古本屋通信

大森久雄先生のこと

古本屋通信     No 1658  11月30日

  
  大森久雄先生のこと


  私は大森久雄先生に一面識もない。「会ったこともない人(坂井希さん)の事を妄想で、妄言を書くな」 という島根県のカルト党員のイヤガラセがあった(やっぱ、島根は委員長が委員長だから他県とは事情が違うらしい)。イヤガラセを無視して大森先生について少し書くことにした。しかし書き出したら長くなりそうだ。短く書きたい。
 私にとって、大森先生との最初の出会いは渋染一揆の研究者としての先生だった。下記に数人の著作を貼っておくが、このうち大森先生、柴田先生、安原(やすはら)先生は著作以前にも資料の編集など、研究の蓄積はあった。




 渋染一揆関係の主な単行本
1 概説・渋染一揆 大森 久雄/著 岡山部落問題研究所 1992
2 概説・渋染一揆 2 大森 久雄/著 [岡山部落問題研究所] 1991
3 渋染一揆論 柴田 一/著 八木書店 1971
4 渋染一揆論 柴田 一/著 明石書店 1995
5 虫明街道 渋染一揆物語 やすはらまん/著 福武書店 1977
6 渋染一揆 川元 祥一/文 解放出版社 1975
7 渋染一揆 ブンとサブ 劇画・部落史シリーズ みゆき てつ/作・画 部落問題研究所 1988
8 渋染一揆・美作血税一揆の周辺 ある墓碑銘への注 岩間 一雄/著 岡山部落問題研究所 1996





 古本屋通信
 
  渋染一揆は有名な一揆だから、岡山だけでなく全国に知られており、例えばせんじつ会った元神奈川県の学校教員は社会科の授業で取り上げた言っていた。 岡山では私の小学校時代から教材に使われていた。・・・・・(中途省略)・・・・・・。

 僭越ながら、上記の各著者を短評しておく。まあ 史家として評価できるのは大森先生だけだ。といっても川元祥一氏の本は記憶に薄いし、みゆきてつ氏の劇画は異質だから保留にしておこう。

 あとの3人。柴田先生の本はよく出回っている。八木書店版が絶版になったから明石書店が受け継いだのだろう。私は柴田先生とは 『歴史と風土 谷口澄夫先生古希記念』 の編集の関係で付き合いがあったから、先生の史観などもよく知っている。その研究の中心は「岡山藩郡代津田永忠」だが、まあ小学校の教員上がりの努力賞だろう。その歴史学を私は高くは評価しない。まあ大森先生のレヴェルではないワナ。大森先生も柴田先生の「渋染一揆論」を批判しているようである。

  やすはらまん(安原萬次郎)先生の本を編集したのはこの私である。これが子供向けの本であるところが味噌である。先生は子供向けだから書けたのではないか。先生は教育委員会の嘱託だった。ちょうど部落解放運動の対立が頂点に達した頃だったので、先生はバランスを取るのに苦労されたようだ。 「私は教育者だから運動には係われない」 が口癖だった。いい先生だったが、同じ教育者でも水内昌康先生とはちがったようだ。水内昌康先生は決して政治から逃げなかった。

  岩間 一雄先生の本は本書に限らずオール没である。ひどい詐欺本だ。評価以前、何を書いているのやらサッパリ分からない。これがけっこう出回っているのは岡大の教科書で使ったからだ。でないと、こんなゴミを誰が買うか。それでも装丁が立派だから見栄えがする。編集担当は手帖舎の高田さんだろう。いつかやっつけてやろうと時をうかがっている。これで部落問題研究所のトップが勤まるのが不思議である。岡映さんが死んだとき弔辞をよんだらしい。全くもって私の理解を超えている。名古屋大学の守本順一郎の弟子である。守本が死んだとき丸山真男が彼を高く評価する文を書いている。まあ守本は第一級だワナ。私は守本の追悼文集(非売品)をK先生に売った。その中に岩間先生の一文も入っていた。アッ、小畑隆資先生も岩間先生をヨイショしてたな。名古屋の後輩なんは分るがね・・・・。


  休憩しながら書き続けたい。

  時はずっと下る。15年ほど前だろうか、私が古本屋を始めてから5~6年後に倉敷市宮前に古本市場花の街店がオープンした。その頃はまだ古本市場に古書が出ていた。私は岡山と倉敷をマメに巡回していた。ある日、オープン間もない花の街店に大量の、たぶん30年間分くらいの 『歴史地理教育』 のバックナンバーが出た。その当時の古本市場の値付けは定価の40%だった。しかし40%で買った記憶はない。私は即座に全てを買った。たぶん3万円位だった。そして本には蔵書印も記名もなかったが、これが全て大森先生からの放出だと分った。私はそのバックナンバーの全てを、半年以内に一括転売した。転売先は30代の高校教員だった。たぶん5万円位で売ったと記憶する。

 私が10年ほど前に蟲文庫(田中美穂さんの店)に行ったとき、店の片隅に紐で縛った古い文庫の束が3つあった。文庫の束は珍しくはないが、この時は岩波文庫と国民文庫(大月書店)と青木文庫だった。私はアレッと思った。岩波は珍しくない。国民文庫が混じっていることもよくある。しかし青木文庫は珍しい。私は顔色を変えた。果たしてきこう本が数冊あった。美穂穂さんは一冊百円で気持ちよく譲ってくれた。同業者でも1割しか負けてくれない蟲文庫だが、「こんな本はほかで売れませんから」 と言って負けてくれた。しかし彼女は小出しにするんだ。「まだたくさんあるんです。オイオイ出しますから」 と。私は文庫本の旧蔵者はすぐに判った。本には大森久雄のゴム印が押されていた。美穂さんにそれを示すと白状した。「先生はご近所なのよ。まだまだ入ると思います」 と。私は以後一年間、大森先生の旧蔵本を買うためだけに蟲文庫に通うことになった。結果的に獲物は古い文庫本だけだったが、私的にはモトは獲った。絶版文庫の宝だった。そこには先生が愛媛大学の学生時代に松山市の坊ちゃん書房でかったマルクス『聖家族』(岩波文庫)も含まれていたのだ。
  1. 2015/11/30(月) 05:37:59|
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