古本屋通信

立石憲利氏をどう捉えるか

古本屋通信     No 1577  8月23日

 
  立石憲利氏をどう捉えるか



  崎本とし子さんが 「とし子からの手紙」で、「民話の会・・・立石憲利さんの語りは最高!」 なる文を書いている。絶賛する文である。私は崎本さんを特に貶すつもりはないが、やはり私の立石憲利氏批判を書かねばと思った。これは長い間の私の宿題だった。

 結論から先に書く。私は全面否定である。私は立石氏の民話の採取と出版活動を肯定的に評価しない。反動的なものもある。毒にも薬にもならないものもある。その総体200冊の本は膨大なゴミである。どう贔屓目に見ても暇つぶしの趣味の本である。これは古本屋を始めて数年後に氏の 『戦争の民話』 を読んだとき以来の私の確信である。

 当時の私まだブログを開始していなかったが、10枚足らずの原稿を書いて 『戦争の民話』 を批判した。しかしそのままになった。私は立石氏を批判する文を公表することが鬱陶しかった。これは氏が共産党員だったからではない。氏を批判し始めたら、民俗学や柳田國男にまで言及しなければならなくなるからだ。これは私にとっては重荷であり、ストレスだった。


 しかし少しずつ書かねばなるまい。箇条書きにする。
私は古本屋を始めたとき、特に立石氏の本を蒐めようとも、排除しようとも思わなかった。しかし彼には多くの著作があったので、たちまち10冊を超えた。歴史学の棚にではなく、郷土史誌の棚に入れた。まあまあ売れたと思う。それで数年が経過した。あるとき 『戦争の民話』 なる本が入ってきた。これは本の題名からして異常だった。あり得ない本だと思った。直ちに精読した。私の予想は違っていなかった。箸にも棒にもかからない最悪の本であった。ここでは批判を省略する(改めて批判に紙幅を費やす必要のない本だ)。戦争(戦時)体験の「聞き書き」 なら、こういう本になる。戦争はこんなに酷かったという戦争被害の話だ。加害体験の聞き書きは全くない。これに対する著者の批判的な眼差しはない。

私は全ての立石氏の本を即座に自店の棚から降ろして処分した。約30点あった。2束に括って水を掛けてゴミに出した。それ以来15年、私は立石氏の本が入れば即座に捨てた。逡巡したことはない。

私はこれは立石氏だけではなく、民俗学一般の方法に通じると思った。許せないとまで思わなかったが、どうしようもないと思った。救いがたいと思った。

私はそれまでも民俗学を学問と認めたことはなかった。民俗学は他の歴史学や考古学のような歴史科学ではない(少し乱暴を承知で書けば、論理も法則性も認めないのは凡そ科学ではない。まあ迷信の集大成のような範疇だろう)。いわば趣味の雑学である。趣味の雑学が悪いというのではない。一人前の学問づらをするなという事だ。だから多くの国公立大学には今日に至るも民俗学の講座はない。岡大にもない。だから私の店にも民俗学の棚はない。私にとっては柳田國男も南方熊楠も雑本なのだ。

立石氏は落合高校時代に書いた調査レポートが柳田の目にとまって天才少年として認められたそうだ。そのことは、岡山民俗学会初代会長(理事長?)の土井卓治氏(元朝日高校教諭)も、近藤義郎氏(元岡大教授)も知っていた。だから立石氏はふたりの推挙もあって、第三代岡山民俗学会会長に収まる。第二代会長の佐藤米司氏(元朝日高校教諭)はこれに不満だったらしい。私はそれをちょくせつ佐藤氏の口から聞いている。

土井卓治氏について。私は土井氏を研究者(科学者)として認めない。旧東京高師の出身で肥後和男の教え子である。肥後は戦前の右翼だ。戦後も天皇制を賛美し続けている。土井氏の研究は墓の研究 『葬送と墓の民俗』 である。単著はこの一冊だけであろう。これが正常である。佐藤氏については別に書く。

立石氏には研究者としての学歴はないが、もともと研究者ではないのだから学歴は要らない。そのかわり彼には早くから共産党員としての活動があり、その延長に共産党県議団職員(公費の公務員)があった。ここでは彼の文章力がモノをいう。ロクに文も書けない共産党県議に代わって質問原稿を書いたのは立石氏だった。ここらはいくらかの証言と資料があるが、今はまだ具体的には書けない。氏自身は「4人の県議と一緒に仕事をした。それぞれみんな違っていた」 と書いて、付き合いの苦労を臭わせている。

この期間、立石氏は二足の草鞋をやめなかった。つまり民話の採取を続けたのだ。これには氏の意地も感じられる。しかし共産党界隈では酷評だった。好意的に言う党員はいなかった。氏のボヤキの文も残っている。然し私は批判者を断固支持する。「どうしようもない道楽の趣味をやめて党活動に専念したらどうか」 と。これはマルクス・レーニン主義の党としては余りにも当然だった。そもそも共産党員が非マルクス主義の民俗研究(マルクス主義民俗学など在り得ない)に没頭するなど、反党活動とまで言えないだろうが、党員の生き方としては決定的に誤っている。私はそう思う。また、党綱領にマルクス・レーニン主義の規定があった時代には党員の共通認識であったろう。ここらが狂ってきたのが、崎本さんや竹永さんの時代からだ。書いてある文の内容がどうであれ、たくさんの著書があり、党外でも名が知れた党員は党の自慢なのだ。冒頭の崎本さんの記事はまさにそういう文脈で書かれている。「200冊目の出版を記念する会」 もその延長線上で盛大に開催された。

200冊の出版記念会。もはや言葉が見つからない。狂気の沙汰だ。こういう会に出席した面々は出版事情など何も知らないのであろう。毎年10冊の本の原稿が普通の人間、しかも他に仕事を持っている職業人が書けるのか。また仮にトコトン手抜き原稿が書けたとして、それを出版することに何の意味があるのか(間接的に聞いたところでは、各地の古老のはなしを本にしてあげて、喜ばれるのだそうである。どこから金が出ているのやら)。空いた口が塞がらない。

私は日本共産党員は個人として自由な諸活動をすればよいと思う。とりわけ文学芸術活動の自由は保障されるべきだ。しかし政治活動の自由に一定の枠がはめられるように、何を書いてもよいというわけにはいかないだろう。私は立石氏の著作活動は全体として党員失格だと思う(私は「聞き書き」という方法そのものに抜本的な批判があるが、これを書き始めたら数十枚の原稿になるだろう。ひとことだけ。伝承がまるで無意味だとは云わない。しかし科学的社会主義者がうつつをぬかしてやるべき仕事ではない。検証が無理で真偽がはっきりしない証言は学問や科学の対象にはなり得ない。いわば伝承文学として虚偽も含めて文学である。つまり虚構の世界である。冒頭の崎本さんの文には 「語り」 が出てくる。語り継げば継ぐほど「語り」 は変形されていくだろう)。しかし党規約違反ではなかろう。だから崎本とし子さんがこれを持ち上げるのも自由だ。私は立石氏評価は岡山の共産党員の試金石だと思っている。いまのところ立石氏を持ち上げる党員は多くはない。私はこれに安堵している。


試金石 人の力量や物の価値を判定する規準となる物事。


  1. 2015/08/23(日) 01:07:49|
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