古本屋通信

永年党員と50年党員

古本屋通信    No 1570   8月19日

  
 永年党員と50年党員



 日本共産党員には入党30年目で永年党員証書が与えられ、さらに入党50年目で50年党員証書が与えられるらしい。私は1965年の入党だから、1970年に「脱落」 していなかったら、ちょうど50年党員で表彰される年に当たる。今日そのことに気が付いた。

 「脱落」の経過は既に詳しく書いたから繰り返さないが、要は離党でも除名でもなかった。転籍の握り潰しだった。形式としては除籍の処理なのだろうが、私は今でも地区委員会事務所に未処理の転籍届けが残っているのではないかとさえ思う。こういう規約違反は当時多くの地区委員会であったと後で知った。私の場合、転籍届けに長文の中間機関批判を添えたのが地区委員会の逆鱗に触れたのだ。私の批判の内容は一昨日転載した「意見書」のようなものだった。つまり機関を批判するような学生上がりの党員は追放するという事だった。私はコレを不名誉なことだと思った事はないから、再申請も再入党もしなかった。

 しかしこれで以後50年の私の個人生活が変わったことはある。ただし私は党と切れてしまうことはなかった。赤旗日刊紙はずっと購読したし、濃淡の差こそあれ、それをずっと読んできた。これは私のブログの読者にはご理解いただけるだろう。赤旗だけでなく、私は社会運動史、とりわけ党派関係の書籍には目を通してきた。だからこのブログの記事も書ける。


 ここで唐突なことを書く。と云っても私の想いである。私はこの50年間、自分がずっと日本共産党員であった気がするのだ。五十年間党費を払い続けてきたら、総額は数百万円になっただろう。倹約できてよかったとつくづく思う。これは皮肉でも当て付けでもない。本当にそう思うのだ。つまり私は自分では50年間ずっと党員のつもりなのだ。

 私は散々党批判の文章を書いてきた。しかし千を超えるこれらの文には、共産党に対する憎しみや怨念は看て取れないだろう。元東大民青さんは「いまだに愛情を失っていない」 と書き、私をアホ扱いにした。私はコレを甘んじて受ける。

 このところ3日連続で 『さざ波通信』 の記事を転載した。こういう文も日本共産党の(傍流ではあるが)財産であろう。私も悪びれることなくその末席を汚したい。

 きょうは栄えある私の50年党員の記念日なのだ。ひとり店でアイスクリームを食いながら、この日を祝った。




  1. 2015/08/19(水) 10:59:20|
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