古本屋通信

私の祝辞はおかしくない。

古本屋通信    No 1554   8月11日

  
 吉良・松嶋夫妻への私の祝辞はちっともおかしくない。



  昨夜、私の少し前の文に以下の投稿があった。面白い投稿だと思うので反応してみようと思うが、その前にハンドルネームに気をつけてほしい。「とおりすがり」 だとか 「名無し」 はハンドルネームとして認めない。投稿主の責任を放棄した(ブログ荒らしの)名前だし、それでなくても異なった人物から重複して同一名が使用されると、ブログが混乱してしまう。これは投稿の常識であり礼儀であろう。

 
 
忌み言葉
 せっかくの祝辞的な文章なのに 「離婚すればよい」 はオカシイですね。2015/08/10(月) 21:40:28 | URL | とおりすがり




 古本屋通信

  大した問題ではないでしょう。あなたはオカシイと思った。私はオカシイと思わない。しかもこれは私が結婚式場で述べた祝辞ではなく、私的なブログで謂わば一人よがりで吐いた放言です。いま読み返してみて、ちっともオカシクない。しかしあなたが 「これは忌み言葉だから使うべきではない」 とおっしゃれば、ああそんなもんかなあとも思う。でも、以後気を付けようとは思わない。そういうお互いの違いを認めたうえで少し書きます。但しこれでオワリです。三度(みたび)議論はしません。

 下に元文を張っておきました。全体としてよく出来た祝辞だと思います。その一部にタブーがあったのか。これは一般論で言うことはできないでしょう。詳細は省きますが、私は科学的社会主義の党に属する、それも名の知れた吉良さんと松嶋さんの結婚の祝辞として述べているのです。その前提には科学的社会主義のあるべき結婚観(ついでに離婚観)があります。此処ではその具体を述べてはいません。然しこう書いています。

 「・・・ といって真面目にきれいごとを書いたが、無理があったら (いやになったら) 何時でも離婚すればよい。その自由を謳歌するのもまた科学的社会主義の党である。お二人の前途が輝かしいものであらんことを」

 これだけで満点ですね。

 そうは言っても祝辞はふつう受け取る側、また周囲のいる前で述べられるのですから、本人が気を悪くしたり、周囲が違和感を抱くならば、それは祝辞に相応しくないと言えるでしょう。

 しかしどの点をとっても私の祝辞は満点だと思います。吉良さんは多忙をぬって『資本論』に挑戦しているそうです。エンゲルスの『 家族・私有財産・国家の起源』 も読んでいると思います。あなたは読んでいますか? 私の祝辞には私と吉良さん、松嶋さんとの間に、暗黙にエンゲルスの存在がありました。そういう認識はあなたには皆無だったでしょう。これはあなたの僭越です。僭越ですが、そこから来る無礼です。まあ、無知な高校生が一人前の顔をして大人に注意している図でしょう。アホウだと思うだけで腹も立ちませんがね。

 ですから今後は、あなたは他人の心の交流に口を挟むときには慎重のうえにも慎重にお願いします。

  1. 2015/08/11(火) 02:41:23|
  2. 未分類