古本屋通信

日の丸 君が代 断固反対!

古本屋通信    No 1482   6月17日

   「日の丸」 「君が代」 断固反対!


  まあ大学もナメられたもんだが、さすがに赤旗はここではマトモである。久しぶりに記事を全文転載し全面的な支持を表明する。



 2015年6月17日(水)  赤旗日刊紙
 
文科相 国立大に 「日の丸」 「君が代」 “要請”

 学長ら「国家の命令」批判
 下村博文文部科学相は16日、国立大学の学長が一堂に会する会議で、大学の入学・卒業式で「日の丸」掲揚と「君が代」斉唱を行うよう要請しました。下村氏は「各大学の自主的判断にゆだねられている」としながらも、「国旗国歌は、長年の慣行で国民の間で広く定着し、国旗国歌法が施行されている」などとして押し付ける姿勢を示しました。

 下村氏は、小中高校では学習指導要領にもとづき「国旗掲揚、国歌斉唱を指導している」と強調。国立大学に対して「適切なご判断をお願い申し上げる」と述べました。

 会議終了後、記者団に対して滋賀大学の佐和隆光学長は「(『日の丸』掲揚・『君が代』斉唱が)慣例になっているとは受け止めていない」と強調し、「(国立大学は)納税者に対して責任を果たすべきだが、国家の命令に従うべきではない」と語りました。

 掲揚・斉唱をしていない京都大学の山極寿一総長も「大臣は、適切に判断をといっているので、これまでの伝統を踏まえて適切に判断する」とのべました。

 「日の丸」「君が代」の強制は、思想・良心の自由、学問の自由などを定めた憲法に反するものです。1999年の国旗国歌法の制定時に政府自身、「強制や義務化はしない」と国会で答弁していました。しかも大学には小中高等学校のような学習指導要領もなく、大学の自治・学問の自由に対する不当な介入にあたります。




  古本屋通信 
 
  私はこれまでの生涯、ただの一度も 「君が代」 を唱和したことはない。口をモゴモゴ動かしたこともない。着席から起立したこともない。(ゴメン。大見得切ったが間違いでした。子供の頃は歌ってました)。それで咎められたこともない。私の記憶では、F書店は社歌・社訓の唱和には頗る熱心だったが、「日の丸」 と 「君が代」 には一貫して冷淡だった。記憶では年に一度の運動会の時だけは「日の丸」を掲げ 「君が代」を唱和した (これは年に一度童心に戻って行う行事だから、小学校の運動会に倣うという理屈だった)が、これにあからさまな拒否反応を示しても一向に構わなかった。社主も消極的だった。然しこれは高教組への配慮だったかもしれない。そうでなくてもテスト屋として批判と浴びていたのだから、まあ商売半分。しかし本当にきらいだったようにも見えた。とうじ谷口澄夫元岡大学長を顧問に据えていたが、谷口も 「日の丸」 「君が代」 には批判的に見えた。いちおう歴史学者だったからな。


 もうひとつの思い出は長男の高校の卒業式だ。私立高校だった。「君が代」 唱和のとき起立を求められた。全ての父兄参列者の中で起立を拒否したのは私だけだった。もちろん咎められはしなかったが。

 私は左派や共産党員は不起立と不唱和を、いかなる場合も貫くべきだと思う。これは現実的に妥協が過ぎるのではないかと思う。学校現場でそう思う。河村さんなんかも PTAの役員をしている。不起立と不唱和を貫けなくなっているのではないか。また学校教員はもっと妥協的ではないか。校長管理職以外の左派教員は生徒のまえで不起立と不唱和を貫徹すべきだと思う。この辺で妥協することが戦争への途に繋がるだろう。孤立しても勇気を持って抵抗したい。見る人は見ているのだ。日頃どんなに正論をブッていても、行動が伴なわないと信用されない。連帯を求めつつ孤立を恐れない、これは全共闘だったかな。まあマトモなことも言ってた、山本義隆。

  1. 2015/06/17(水) 18:20:47|
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