古本屋通信

党名誉役員の方へのお願い

古本屋通信    No 1470   6月09日

  白鳥事件について、党名誉役員の方へのお願い



 私は既に古本屋通信 No1298 白鳥事件 歴史の検証と日本共産党の責任」 で以下のように書いている。

  ・・・・・・・・・・・・・ 白鳥事件。この事件が起ったとき私は幼稚園児だった。志位も山下もまだ生まれていなかった。党中央委員の過半数は生まれていなかった。党准中央委員の全員が生まれていなかった。それでも91年党史の正当を云うなら、現指導部に責任がある。野坂を除名したのもその時の指導部だった。
 しかし現指導部は白鳥事件の検証はやらないだろう。と云うより出来ないのだ。私はこれを全面的に支持する。理由は2つある。そのひとつはとっくに時効を過ぎていることだ。事件後すでに 60年経っている (だから私は野坂除名に反対だった)。検証できない。個人ではやってもよい。何冊か本が出ている。然しこれは個人著作だ。いずれも労作である。私は一冊を除いて読んでいる。しかし仮説であることもまた事実だ。その点では 50 年前の松本清張の「労作」と変わらない。党組織として検証することは無理である。
 もうひとつ。事件は党的には未解決だが、社会的には全て解決している。何の問題も残されていない。再審請求も村上の死亡をもって消滅している。つまり村上は有罪判決を受けて下獄し、刑期半ばで仮出所して死亡した。この判決と懲役を覆す事実は出ていない。
 従ってこの2点をもって、事件は日本共産党現指導部の検証の埒外にあると私は思う。
 最後に。日本共産党が今からでも白鳥警部の子孫に詫びるべきだという意見がある。これについては検証が無理なのだから、そもそも問題にならないが、仮に時代が至近で検証可能であっても、即謝罪とはならないだろう。私はすでに大半を忘れているが、山田清三郎の小説には白鳥の疑惑の数々が書かれていた。「見よ、天誅下る」 に相当する部分が白鳥にあったということだ。もちろんだから殺害してもよいとはならない。然し謝罪などは双方の感情が絡む。「日共捕まえて全員絞首台に送ってやるワ」 と公言していたそうだ。そういうことも含めて、白鳥事件は過去の歴史となっている。



  私はこう書いたが、スッキリとはしなかった。書いていることは間違いないと思う。しかし白鳥事件での党の責任はこれで免罪できるものではない。どういうかたちで責任を取るべきか。私が思いついた責任の取り方は、せめて当時生きて活動していた古い共産党員が個人として 「反省」することである。それは自責の文であってもよい。或いは当時の極左冒険主義の批判でもよい。ともかく生あるうちに文責を果たすことだ。これは既に色々なかたちで実行されている。とうじ北大学生細胞の活動家だった中野徹三氏なども発言している。


 私は以下の名誉役員の方々のうち、党50年分裂時に党籍があった方、それはたぶん不破哲三氏と同年輩以上の方だろうが、生あるうちに是非とも書き残しておいてほしいのだ。媒体は赤旗でもよいし、党関係の雑誌でもよい。これはオールドコミュニストの戦後責任だと思うのだが、どうであろうか。


第26回党大会で新たに承認された名誉役員(12人)
足立正恒(75)、石灰睦夫(80)、今井誠(69)、上田均(79)、大内田和子(70)、金井武雄(69)、金子逸(67)、河邑重光(74)、小池潔(71)、反保直樹(64)、福島敏夫(67)、吉井英勝(71)

前大会から引き続き承認された名誉役員(43人)
相羽健次(77)、青木正彦(83)、阿部幸代(65)、石井郁子(73)、岩佐恵美(74)、上原清治(80)、梅田勝(86)、大塚一敏(79)、岡崎 万寿秀(84)、奥原紀晴(68)、金子満広(89)、神戸照(90)、木谷八士(79)、工藤晃(87)、小島優(86)、児玉健次(80)、五島寿夫 (82)、小西武雄(82)、佐々木季男(84)、佐藤庸子(73)、重山正久(88)、菅生厚(87)、瀬古由起子(66)、多田隈博之(88)、立木 洋(82)、田中昭治(87)、寺前巌(88)、成田悧(81)、新原昭治(82)、西井教雄(90)、花房紘(74)、東中光雄(89)、古堅実吉 (84)、細野義幸(88)、堀井孝生(75)、松本善明(87)、箕浦一三(86)、宮田安義(92)、八島勝麿(87)、山手叡(87)、雪野勉 (87)、吉川春子(73)、若林暹(87)
  1. 2015/06/09(火) 09:07:46|
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