古本屋通信

速見賢三論文の続きを掲載

古本屋通信     No 1360  3月25日

  資料・革共同再建協議会 『未来』 (2月25日掲載分の続き)



  いわゆる革共同関西派の機関紙に掲載された速見論文を転載させて頂いて、今日でちょうど一ヶ月経った。たったいま 『未来』 を見ると、その続編が掲載されていた有志連合下で派兵・参戦狙う(上)があったのかも知れないが、今となっては転載できないことをお断りしておく)。引き続いて転載させて頂く。ありがとうございます。
 尚、私は個人的には速水論文に教えられることが多いが、今回の転載も資料としての掲載であることに変わりはない。氏の見解に態度保留する点も多くあることを付記しておきたい。
 また、前回掲載から時が経過しているので、後半に前回分を再録した。通しで読んで戴ければ幸いである(古本屋通信)。






視座  人質2人を見殺しにした安倍
有志連合下で派兵・参戦狙う(下)  
  速見 賢三

「『イスラム国』対策」は戦争である

アメリカも安倍も、「テロリストには屈しない」と言い続けるが、「イスラム国」はひと握りの「テロリストのグループ」ではない。広大な領土を実効支配し、行政機構を持ち、軍隊を持ち、それなりの民衆の支持を集め支配している「一国」そのものだ。「イスラム国」と対峙するということは、「ひと握りのテロリストグループ」を相手にするのとはわけが違う。戦争だ。
安倍は、「2億ドル」発言で、「イスラム国」に宣戦布告をおこなったのだ。安倍政権は果たしてどこまでその認識をもっていたのか、決意と体制を持ってのぞんだのか。そもそもわれわれは、「『イスラム国』との戦争」を聞かされていない。誰が決めたのか。安倍が勝手に決めて良いのか。

人道・難民支援を妨害

中東各地で人道支援・難民支援をおこなっているのは安倍政権でもなんでもない。その多くがNGOの活動だ。これまで日本はイスラム世界から、「戦争をしない国」として評価されてきた。従って中東諸国のムスリム(イスラム教徒)は日本に対しては比較的友好的であった。しかし湾岸戦争、イラク戦争あたりから、アメリカ支持を明確化させ始めたことでムスリムの意識も変化し始めている。そして今回の安倍演説で、「『イスラム国』との戦争」を明確化させたことで、NGOなどの難民支援活動に困難が生じ始めている。日本からのNGOスタッフが身の危険を感じざるを得なくなり、活動をセーブせざるをえなくなっている。安倍のやっていることは、人道支援・難民支援ではなく、その妨害だ。

実態はグレーゾーン

ところで、安倍のいう「『イスラム国』と戦う周辺諸国への2億ドルの拠出」の実態はどうか。政府の発表によれば、医薬品や食料、仮設住宅建設などの人道支援・難民支援も含まれてはいるが、「テロリストや武器の流入を防ぐための高性能の監視カメラを周辺国の国際空港に設置するなどの国境管理費用」という軍事や治安とのグレーゾーンも含まれている。安倍政権の発表を鵜呑みにすることはできないが、政府発表ですら「グレーゾーン」の部分がかなり含まれているのだ。そして、実際に中東の各国に拠出されたものが、そのまま人道支援・難民支援に使われるかどうかは不明である。
さらに2月17日に岸田外相が発表した「テロ対策支援を1550万ドル(約18億円)に倍増」では、「国境管理、当局の捜査能力の向上、テロ対策装備」に当てるとしている。これは、「人道支援・難民支援の2億ドル」の中の「国境管理費用」と何ら変わらない。「2億ドル」には「テロ対策費用」も含まれていたことがはしなくも暴露された。 本当に人道支援・難民支援に拠出しようと考えるなら、日本が使用目的をあらかじめ明記することはやめるべきであり、また周辺諸国に軍事目的の転用をさせないことが必要であり、そのためにはNGOやイスラム諸国の赤十字に相当する赤新月社などに委ねるしかない。安倍の言う「2億ドル」は、人道支援・難民支援を口実に、「『イスラム国』と戦う周辺諸国への支援」であると多くのムスリムは感じている。

「人質殺害」を待っていた安倍政権

安倍は単に何もできなかったわけではない。人質を見殺しにしただけでもない。むしろ「イスラム国」に人質が殺害されることを予期して、それを契機に「イスラム国」の残忍さを最大限アピールして民衆に恐怖心を植えつけ、「イスラム国」と戦うこと、テロと戦うことがあたかも正義で必要であるかのように錯覚させ、安全保障体制を一気に強化しようと企んでいた。二人の命を、安倍がやりたい戦争体制の強化に使ったのだ。実に卑劣である。
そして矢継ぎ早に、
①邦人救出のための自衛隊派遣
②日本版CIAの創設 ③海賊対策を口実に設けたアデン湾に面したジブチの自衛隊拠点を、多目的使用に変更し、恒久的海外軍事基地拠点にする
④周辺事態法から「周辺」という地理的概念を失くし、米軍以外の他国軍への支援もおこなえるようにし、給油、武器・弾薬の供給も可能とする
⑤自衛隊の海外派兵を、これまでの「特措法」ではなく、いつでも派兵できるように「恒久法」にする
⑥ホルムズ海峡の機雷掃海
⑦これまでのODA(日本政府の途上国支援)を見直し、他国軍への支援も非軍事に限って可能とする(人道支援・難民支援と同じ手口)。さらにODAで軍事援助も可能にする ⑧2016年の参議院議員選挙の後に改憲の発議をおこなう
⑨渡航自粛要請、さらにシリアに行こうとしていたフリーランス・フォトグラファーの杉本祐一さんにパスポート返納命令を出し、実質的な渡航制限、取材禁止をおこなった
⑩さらに、「イスラム国」に「罪を償わせる」という「報復宣言」をし、「イスラム国」との戦争に前のめりに突き進んでいる。

「自己責任」論と罵倒

湯川さんと後藤さんが「イスラム国」に拘束されていることが判明して以降、「自己責任」論が吹き出した。「危険な場所に勝手に行ったから政府には救出する責任はない。自己責任」という論理だ。ジャーナリストは、ある程度危険が予測される場所にも取材に赴く。それは官製の報道では伝えられない事実を伝えるためだ。「自己責任」論とは、国家の言うとおりに黙って従っていればいい、という論だ。
自民党の高村副総裁は、国家に従わずに危険地帯に取材に行った後藤さんの行為は「蛮勇」だと罵った。しかし一方、日本国家は、兵士が戦争で国家のために命を落としたら、「国のために命を捧げた英霊」として祭り上げるのだ。「靖国」に祭り上げ、「国民は同じように国家のために命を差し出せ」と言うのだ。
安倍は、「最高責任者は私」と豪語し「人命最優先」と言っていたのだから、二人を救出できなかったこと、「国民の命」を守れなかったことに謝罪し、首相を辞任するのが筋である。
後藤さんの母親は何度も安倍との面会を求めたがことごとく拒絶された。いまだに「お悔み」のひとつすら言おうとしない。
なぜ「イスラム国」は伸長したのか
なぜ「イスラム国」が伸長し、ムスリムの中に一定の支持を拡大しているのか、そしてついには「一国」にまで勢力を伸ばしたのかを見なければいけない。それは、もはや決死の戦いにしか希望を見いだせないほどにまで、欧米帝国主義諸国がムスリムへの侵略と殺戮をおこなってきた結果であろう。石油資源の宝庫である中東は、アメリカの世界支配にとっては不可欠であり、アメリカはあらゆる手段を使って支配し続けてきた。時には独裁政権に資金や武器を豊富に提供し、従わなければ武力で崩壊させてきた。時には、反政府武装勢力やイスラム主義勢力にも武器や資金を提供してきた。中東支配のために、何度も戦争を仕掛け、無数の人々を殺戮し難民に追いやってきた。
それは、アメリカやヨーロッパに暮らす多くのイスラムの人々が感じている現実でもある。差別と迫害にさらされ、仕事も見つからず、居場所がなく希望を見出せない。3万人とも4万人とも言われる人々が、「イスラム国」に「義勇兵」として駆けつけている現実はそれを物語っている。
欧米帝国主義諸国が言う、「自由・人権・平和・民主主義」はムスリムには適用されない。このダブルスタンダードに対して、「イスラム国」は西欧型の民主主義も人権もことごとく否定する。キリスト教やユダヤ教、欧米の文化や価値観も否定する。アメリカや西欧は、そして今回、日本も加えられたが、ことごとく否定の対象とされた。しかしかれらによる「無差別のテロや殺害」とされるものは、アメリカ(とそれに加担する西欧諸国や日本)が作り出した結果なのだ。

戦争とテロの応酬

アメリカのオバマ政権は、「イスラム国」への空爆を強め、地上軍の派兵も含めた戦争の拡大を検討し始めている。日本も含めた欧米諸国が、「テロとの戦い」と称して「イスラム国」や「原理主義勢力」に対して、空爆や地上戦も含めた攻撃を強化すればするほど、それは一般のムスリムに多大な犠牲を強いる。
一人の「テロリスト」を殺害するために、何十人何百人の一般民衆が犠牲とされる。こうした無差別殺戮をおこなえば、それへの報復として「イスラム国」や「原理主義勢力」は、欧米諸国や日本の民衆や、キリスト教徒やユダヤ教徒まで攻撃する。そして空爆や地上戦で家族を奪われた人々は、「イスラム国」に兵士として身を投じる。これらはすべて、アメリカの理不尽な中東支配とそこでのおこないがもたらした結果である。それを改めない限り「テロ」は無くならないのだ。むしろ憎悪の連鎖が拡大し、「戦争とテロ」の応酬が続く以外にない。

有志連合下での日本の参戦、空爆と地上戦を許すな

アメリカやヨーロッパ各国では「テロ防止」の名の下に、政府に批判的な意見を持つ人々やイスラム教徒に対して、無差別の監視と逮捕・拘禁、射殺が始まっている。
中には全く無関係の人も含まれており、抗議の声が上がっている。「テロとの戦い」に異を唱えるものはすべてテロリストの同調者とみなす弾圧が始まっているのだ。日本でも無縁ではない。公安警察はイスラム教徒への監視を強め、民主党も共産党も二人の人質事件の際に安倍政権への批判を「自粛」した。「テロとの戦い」であれば何をやっても許されるという風潮が始まっている。

安倍権を倒せ

今回の事態を通して、我々の住む日本は、安倍の勝手な「宣戦布告」によって、「イスラム国」との戦争に引きずり込まれた。このことをはっきりと認識しなければならない。日本は戦争の当事国になったのだ。「テロとの戦い」の名のもとに、日本は本当に戦争をするのかが問われている。ムスリム殺害の加害者となることを拒否し、そして被害者にならないためにも、安倍政権を打倒し、アメリカや西欧のムスリムへの戦争と殺戮をとめよう。なによりも自国・安倍政権の参戦を許すな。空爆と地上戦を許してはならない。
そして「戦争とテロの応酬」を乗り越える道は、民衆自身の自己解放、自己決定に根ざした「アラブの春」の闘いを、イスラム社会においても、欧米や日本においても、目に見える形で実現することだ。(おわり)

革命的共産主義者同盟再建協議会| HOME > 今号のトップへ



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 再録

古本屋通信     No 1310  2月25日

 
  資料・革共同再建協議会 『未来』



視座 アラブの春と「イスラム国」 米帝の中東政策支える安倍   速見賢三

「イスラム国」による日本人人質事件は、アラブ人民、ムスリム人民に敵対する形で、日本が中東情勢に深々とかかわっていることを衝撃的に明らかにした。本稿ではまず、イスラム教系の武装勢力が伸長してきた歴史的経緯を明らかにしていきたい。そして「イスラム原理主義運動」が支持を拡大している社会的背景を考察する。

はじめに

アメリカがフセイン政権を武力で打倒して親米政権を打ち立てたイラクでは内戦が激化し、その中で「イスラム原理主義」を名乗る「イスラム国」が勢力を伸ばし、北部の油田地域から首都バクダッド近郊にまで迫っている。これにヨーロッパを中心にしてイスラム教徒のみならず、「イスラム国」に共鳴する多くの若者が「義勇兵」として加わっている。こうした事態に直面した欧米諸国は、「テロの脅威・恐怖」を煽り立て、激しい空爆を加えている。
さらに1月7日にはイスラム教を揶揄する風刺画をくりかえし掲載してきたシャルリー・エブドなどが襲撃を受け、17人が死亡する事件が起こり、11日にはフランスで約370万人が「表現の自由を守れ」と叫ぶデモをおこなった。フランス政府が「テロとの戦い」を打ち出すなかで、反イスラムデモ、移民排斥デモがくり広げられ、それに対抗するデモも頻発している。そしてモスクなどのイスラム系の人々への襲撃も相次ぎ、またユダヤ人への襲撃も相次いでいる。ついで1月20日、日本人が「イスラム国」の人質となり身代金が請求される事件が発生した。
「テロとの戦い」の名のもとに、「アルカイダ=イスラム原理主義=テロ組織=イスラム教徒はその温床」という図式が作りだされ、欧米諸国は「イスラム原理主義との戦争」のかけ声のもと、イスラム民衆との戦争につき進んでいる。
本稿では、欧米諸国は中東とイスラム民衆をどのように支配し抑圧を加えてきたのか。その中で、「イスラム原理主義」運動が何ゆえに生みだされ、力を持ち、膨大な武装をなしえたのか。そしてどのような経緯をたどって「イスラム国」は生まれたのか。今起こっている問題の本質は何であり、われわれはどのような態度と立場を取り、何が問われているのかを考えてみたい。

Ⅰ 歴史的背景

ソ連のアフガン侵略

ソ連がアフガニスタンへの侵略戦争を開始したのは1979年。当時のアフガニスタンの親ソ連政府に対する民衆の抵抗運動が激化する中で、これを潰すためにソ連は軍事介入をおこなった。しかしそれはアフガニスタン民衆の抵抗運動をより激しくさせ、ムジャヒディン(ジハードを遂行する者)が生まれる。アメリカはソ連を包囲し影響力をそぎ落とすためにムジャヒディンを支援し、武器や資金を大量に援助した。この時に、アメリカの支援を受けてビンラディンなども参加している。戦争は89年まで続いたが、最終的にソ連は撤退を余儀なくされた。
しかし親ソ連政権に代わって新たな政府を樹立する基盤が存在せず、アメリカから供与された膨大な武器を持つグループの間で内戦が激化し、そして「イスラム原理主義」勢力のタリバンが全土の実効支配をおこなうようになったのが96年である。タリバンはビンラディンなどのアルカイダを受け入れ、タリバン政権が「イスラム原理主義」勢力の基盤となっていく。

イラン・イラク戦争

ソ連のアフガニスタン侵略と同じころ、79年にイランで親米政権を打倒するイスラム革命が起きた。欧米各国そしてソ連も、それが中東全域に波及することを恐れ、その圧殺のために動いた。隣国のイラクのフセイン政権に膨大な軍事援助をおこない、80年9月にフセイン政権はイランを急襲したが、イランの反撃にあい、戦争は88年まで続いた。しかしこの過程で欧米の軍事援助を受けたフセイン政権は中東の軍事大国に成長した。

湾岸戦争

8年も続いた対イラン戦争で、経済的にも疲弊したイラクのフセイン政権は、欧米の援助によって軍事大国化した軍事力を使ってクエートに侵攻し、併合することで、石油資源の確保に走った。しかしそれは、アメリカの中東支配を揺るがしかねないものであり、意に沿わないフセイン政権に対して、アメリカは多国籍軍を組織し、91年1月に湾岸戦争に踏み切り、クエートから撤退させ、フセイン政権に多額の賠償と経済制裁を負わせた。

「9・11」

アルカイダがおこなったといわれている2001年「9・11」。ハイジャックした航空機を使った世界貿易センター(ツインタワー)とペンタゴン(国防総省)突入の反米テロは、アメリカをはじめ西側諸国を恐怖にたたきこんだ。アメリカ・ブッシュ政権はその直後の10月、アルカイダの基地になっているとして、アフガニスタン戦争に突入し、タリバン政権を崩壊させた。しかし安定的な政権基盤はできず、いったんは追いやられたタリバン勢力も盛りかえしはじめ、ますます不安定になっている。

フセイン政権の打倒

さらにブッシュ政権は、「イラン・イラク・北朝鮮はテロ国家・悪の枢軸」と世界中に言い放ち、「イラクのフセイン政権が大量破壊兵器を持っている」と一方的に決めつけて、2003年3月20日にイラク戦争を開始し、フセイン政権を崩壊させた。しかしその後、フセイン政権は大量破壊兵器など所持していなかったことが判明し、まさに戦争を仕掛けるためにこじつけた理由でしかなかったことが明らかになった。しかし、アメリカの庇護の下に形成されたマリキ政権は、フセイン政権の基盤であったバース党を追放し、シーア派重視の姿勢を取リ続けたため、スンニ派やクルド人などの反発は強く、安定した政権基盤を確立できなかった。そしてイラクを武力で制圧していた米軍が2011年12月にイラクから完全撤退するや急激に不安定に陥り、「イスラム国」の伸長が始まった。

「アラブの春」

さらに2010年12月にチュニジアからエジプト、リビア、シリアなどアラブ世界全体に波及した民主化を求める「アラブの春」にアメリカは介入した。リビアでは民主化勢力が弱いので、「アラブの春」に乗じて、反米のカダフィ政権を打倒するために、原理主義勢力に武器と資金を供与して打倒したが、その結果、いまや私兵化した勢力同士が抗争する無政府状態に陥っている。
またアメリカはシリアでも、アサド政権を「アラブの春」に乗じて打倒しようとした。だが西欧志向の民主化勢力といわれる「自由シリア軍」は勢力が弱く、アメリカは原理主義勢力に武器と資金を提供してアサド政権を攻撃させたが、民衆の無差別殺戮をもたらし、アサド政権、「自由シリア軍」、原理主義勢力の間の内戦に突入している。
アフガニスタンも、イラクも、リビアも、シリアも、一定の安定的な政権としてなりたっていたものを(もちろん各々の政権がどれだけ民主的であるのかどうかは問題があるとしても)、アメリカがさまざまな理由をこじつけて暴力的に打倒した結果、権力基盤が崩壊し空白となったなかで、イスラム原理主義勢力が伸長したのである。
こうして今や、中央アジアから中東全域、アフリカのナイジェリア・ケニアに至る広大な地域に、広範な「イスラム原理主義」運動のネットワークが形成され、その領土的基盤がシリアとイラクにまたがる地域を実効支配している「イスラム国」なのである。

Ⅱ アメリカの中東政策と「イスラム原理主義」

原理主義の伸長

アメリカの中東支配は中東の石油支配を貫くということであった。そのくさび・拠点がイスラエルであった。パレスチナ民衆が生活する土地を暴力的に奪い取って建国したイスラエルは、イスラム民衆にとっては決して認めることはできないのであり、イスラム諸国は何度も戦争に打って出たが、アメリカの支援のもとにあるイスラエルに敗北し、エジプトのムバラク政権をはじめ中東の各国は和解の道に進み、パレスチナの孤立化が図られた。
もう一方でアメリカは、サウジアラビアなどの王族国家を支援し、親米に回らせ支配を固めていった。そして反米のイラン政権に対抗するために、イラクのフセイン政権も支援し、アメリカの中東支配体制を作っていった。この支配体制を維持するために、原理主義勢力にも武器や資金を提供し、意に従わない政権を攻撃させてきた。
このように、アメリカのいう「テロ勢力」とは、アメリカが中東支配のために、原理主義勢力に武器や資金を提供してきた結果として生みだされたのであり、アメリカの意に従わないとなれば、「テロ集団」と決めつけて、恐怖を煽って攻撃を正当化するという許しがたいものである。

民衆の支持

ではなぜ、多くの民衆が「イスラム国」や原理主義を支持するのか。
第1に、アメリカの石油支配、中東支配のために、イスラエルを徹底して擁護し、イスラエルに歯向かう政権には戦争で屈服させて、アメリカの意に従う政権を打ち立て、従わなければ理不尽な言いがかりをつけて戦争を仕掛けて打倒する。こうした民主主義も基本的人権も守らないやり方に怒りが蓄積している。
第2に、そのためには無差別の爆撃・攻撃を日常的に繰り広げ、膨大な一般市民を犠牲に晒してきた。何万、何十万、何百万もの人々が殺され、あるいは家も土地も奪われて難民となっている。
第3に、アメリカにたてつく人々を見つけだすために、理由なき連行と拷問・殺害をくり広げてきたことである。CIA(中央情報局)が12月9日に発表した拷問の実態報告書で明らかにされたように、ブッシュ大統領の命令のもとでアメリカ国家が、まさに中世を彷彿とさせるような行為をおこなっていたのだ。しかも訴追しないと決定した。
犯罪を犯しても裁かない国家は民主国家・法治国家ではない。最も裁かれるべきはブッシュであるが罪に問われないというのだ。拷問は世界中のアメリカの秘密施設でおこなわれ、この「拷問ビジネス」で100億円も稼いだ者がいる。武器・兵器・銃のビジネス、軍事顧問や傭兵ビジネスなど、無差別の人殺しで富を得ることが当たり前の社会とは異常である。アメリカこそが「テロ国家」なのである。

Ⅱ アメリカの中東政策と「イスラム原理主義」(承前)

アメリカへの怒り

第4に、アメリカの意に従う時には、独裁政権にも「原理主義」運動にも武器や資金を供与して支えるが、意に従わなくなった途端に手のひらを返したように「テロ集団」といいなして攻撃を加えて叩き潰すやり方に、イスラム民衆の忍耐はもはや限度を超えたのである。
第5に、多くのイスラム民衆が戦争の結果、難民として、あるいは生活のために西欧各地に移民として移り住んだが、イスラムに対する日常的な差別と迫害に晒され続けていることである。フランスなどでは、公共の場でのヒジャブ(イスラム教徒の女性が顔を覆うスカーフ、ベール)の着用が法律で禁止されている。
法も正義も通用せず、今やイスラム民衆全体を「テロ集団」とみなし、侮蔑し、迫害し、平気で殺害する欧米にたいし、他の手段がないなかで、多くのイスラムの若者が「原理主義」運動に共感を持ち参加していったことは容易に想像できる。そしてそれがついに、「一国」を形成するに至ったとき、欧米各国で同じような仕打ちを受け、同じ思いで暮らしてきたイスラム系の人々を一気に惹きつけたのであろう。
そしてアメリカへの怒りと憎しみ、反米の気持ちは、西欧式の文化、宗教など欧米の在り方そのものの否定へと進む。アメリカが無差別殺戮を正当化すれば、「原理主義」勢力も欧米のジャーナリストなどへの無差別テロを加える。こうした連鎖が続いているのである。そしてアメリカをはじめとする軍事介入は、ますます内戦を拡大させ、テロ以外に手段を見い出せない人々はますますテロに傾斜する。西欧各国が「テロとのたたかい」を拡大すればするほど、それは世界中に広がっていく。安倍政権もそこに足を踏み入れようとしている。

「イスラム国」

まずは、数多くのイスラム民衆が、テロに突き進まざるを得ない、強いられた歴史と現実を見据えなければいけない。その上でしかし、「イスラム原理主義」運動は人間の普遍的解放をめざすものではないと言わねばならない。「イスラム原理主義」運動は、西欧やアメリカへの激しい憎悪に基づく攻撃を繰り返しているが、それは根拠をもっている。 しかし、欧米、ソ連、イスラム諸国の利害の結果、国民国家を形成することすら認められず、迫害され続けてきたクルド人に対する攻撃など他民族を抑圧している。また宗派の違う人々への迫害もくり返している。さらには、女性の権利や教育を認めず、外出も制限している。そして女性や子どもの人身売買や、12月16日の子どもたち148人の無差別殺害などは決して許されないものである。
欧米諸国は、こうしたことをクローズアップして、イスラム教への恐怖を煽っているが、「イスラム原理主義」運動のこうした思想や行動はイスラム教の本来の教えでは決してない。この思想や行動は、人種、民族、宗教、出自、性の違いを越えた人間の普遍的解放をめざすものではない。
「イスラム国」には、純粋に「イスラム原理主義」を信奉して集まった人もいるが、必ずしもそうではない。打倒されたフセイン政権のバース党関係者なども混ざっている。イスラム民衆のアメリカや西欧に対する激しい怒りの土壌の上に、それと戦おうと命を投げ出す覚悟を持つ青年たちの結集の上に、イスラム教の教義のもとでイスラム国の建設をめざすという理想を掲げながら、打倒された旧政権の支配層なども集まっているのが実態である。
さらに、「イスラム原理主義」勢力は、「イスラム教的世界の実現」を掲げているが、それはイスラム民衆が強いられている差別と迫害からの解放の本質たりえず、また普遍的人間の解放の道でもない(後述)。

Ⅲ 「イスラム原理主義」とアラブの春

「表現の自由」とは

「表現の自由」は近代民主主義社会においては、最も重要な権利のひとつである。なぜそれが大切とされたのか。それは、権力による情報統制と言論弾圧を許さないということに本質がある。「表現の自由」とは、国家権力が表現を奪うことへのたたかいが本質である。その上で、「表現の自由」とは、何を言っても構わないということでは決してない。まず、事実にもとづかないデマや捏造は「表現の自由」ではない。
さらに、人種、民族、出自、性、文化、宗教への冒涜や誹謗中傷は許されない。それは「表現の自由」ではなく「ヘイト表現」である。京都朝鮮第一初級学校への在特会らの襲撃事件において、在特会は「表現の自由」を主張したが、裁判所は「表現の自由」にはあたらず、ヘイト・スピーチと認定した。国連もヘイト・スピーチの法規制を日本政府に勧告している。
在特会のような露骨極まりないヘイト・スピーチまでいかなくとも、ギリギリの表現が「表現の自由」「言論の自由」の名のもとにまかり通っている。週刊誌では毎号のように、「売れれば何でも良い」とばかりに、「反中」「嫌韓」「愛国心」に関わる煽動のセンセーショナルな見出しが踊っている。それらを法規制すべきかどうかは別として、言論人・報道人は社会的責任を負っている。
風刺も然りである。風刺とは、権力者を揶揄することで、民衆がそれを見て密かに笑い溜飲を下げることに意味があり狙いがあるはずである。しかし、力を持つ者に対してではなく、力のない者、虐げられている者、文化や価値観の違う人たちに向けられた時には、それは風刺ではなく、からかい、侮蔑、罵りに過ぎなくなる。風刺画でイスラム教を嘲り、侮辱をくり広げれば、鬱積したイスラム民衆の怒りがそれに向かうのは必然である。もちろん、たとえ「ヘイト表現」であろうと、テロによって「解決」を図ることは許されないことは言うまでもない。

イスラム民衆への差別

今回のテロ事件を引き金に、「テロとの戦い」が叫ばれれば叫ばれるほど、反イスラムデモや移民排斥デモが勃発し、それはイスラム民衆への襲撃や虐殺を深刻化させている。そしてそれへの報復テロはキリスト教徒やユダヤ人に向けられている。
しかし問題の本質は宗教対立にあるのではない。アメリカをはじめとする帝国主義の中東支配とそのためのイスラム民衆に対する差別と迫害である。資本主義諸国による中東と世界の搾取と収奪、その中での差別と迫害に根本原因がある。したがって、大国の利害のためにイスラム民衆におこなってきたすべての歴史への謝罪と清算抜きに問題は解決しない。アメリカや西欧諸国が、イスラムにたいしてどのような仕打ちをくり広げてきたのか、差別し迫害を加えてきた歴史と事実を真摯に見つめ、それを改めることからしか始まらない。
したがって、キリスト教的世界の実現や、ユダヤ教的世界の実現、イスラム教的世界の実現の中に解決の途があるのでもなければ、その中に人間の普遍的解放の道があるのでもない。特定の宗教の原理主義的絶対化は、他宗教の信者への抑圧と迫害に必ずつながるからだ。
「イスラム原理主義」運動が、女性や子どもを抑圧し、クルド人やユダヤ人などへの攻撃を正当化する根拠はここにある。しかしこうした無差別テロや攻撃は、帝国主義による抑圧と迫害の本質を見誤らせ、民族的宗教的対立を激化させ、民衆同士の殺し合いを生み出すものでしかない。民族的、宗教的迫害を加える帝国主義支配の打倒をめざさねばならない。

「社会主義国」の変質

「イスラム国」にイスラム民衆の支持と共感が集まるのは、人間の普遍的解放をめざすこれまでの思想と運動が荒廃した結果ではないだろうか。共産主義への支持が失墜した結果、「イスラム原理主義」がイスラムの民衆にとっての希望と解放の思想になっているのではなかろうか。
かつてイスラム諸国の中には、相当程度、共産主義勢力が影響力を持っていた。パレスチナ解放人民戦線(PFLP)や79年イラン革命の主力となったフェダイン・ハルク(イラン人民義勇戦士)などがそうである。しかし、ソ連崩壊以降、ソ連が「社会主義」の名のもとにおこなってきた農民や少数民族への弾圧、強制移住と抑圧の実態が暴露され、同じく「社会主義」を名乗るカンボジアのポルポト政権による数百万人の虐殺の実態が暴露された。さらに戦後のアジアの民族解放運動の後背地となってきた毛沢東の中国が、「社会主義」とは似ても似つかぬ共産党独裁によって、党の幹部が国営企業などの利権を独占して新自由主義政策を進め、一方労働者農民は飢えに苦しむという驚くべき格差社会の進行の中で、共産主義・社会主義への信頼と期待は失われていった。
われわれは反スターリン主義を掲げてきたから無縁とは決して言うことはできない。共産主義運動全体がその責任を問われているのであり、われわれもその責任を負っているのである。こうした中で、それに代わるイデオロギーとして「イスラム原理主義」に期待が集まり、実際に激しい反米テロを繰り返す中で相当数の民衆の期待を集めてきたのであろう。もちろん、その一方で、他宗教や他民族、従わない人々への残忍な仕打ちは、大きな反感と怒りも買っている。

未完の民衆革命

2010年12月にジャスミン革命と呼ばれたチュニジアの暴動から始まった民衆の抗議行動は、瞬く間にアラブ諸国全域に波及していった。デモなどの動きがほとんどなかったのは、カタールとアラブ首長国連邦ぐらいであった。大学を卒業しても就職できない若者が中心となり、失業、人権侵害、政府の腐敗への抗議行動が火を吹き、2011年2月にはエジプトのムバラク政権が打倒された。イスラム諸国の民衆による、貧困の廃絶と平等、自由と民主主義を求める民衆革命であった。
「アラブの春」あるいは同時期の2011年の「ウォール街占拠」は飢えや貧困を廃絶し、自由と民主主義と平和を求める、民衆の民主主義に根ざしたたたかいであった。権力によって封殺されてしまったこうしたたたかいを、いかにして復権させていくのかが問われている。
こうした民衆運動の力による社会変革こそが、戦争や暴力によって決着をつけようとする社会のシステムに対抗する道ではないだろうか。富の一極集中とその一方で飢えと貧困に苦しむ膨大な人々を生み出す新自由主義を廃絶しなければならない。平和と人権と民主主義を社会の中に打ち立てなければならない。(おわり)

革命的共産主義者同盟再建協議会| HOME > 今号のトップへ
  1. 2015/03/25(水) 17:39:52|
  2. 未分類