古本屋通信

戦後左翼たちの誕生と衰亡

古本屋通信       No 1351  3月17日

 『戦後左翼たちの誕生と衰亡 ー 10人からの聞き取り』

        (川上徹 著  同時代社 刊 2014/01/30) 



  いきなり奇妙な書き出しになる。私は表題の本をまだ読んでない。読まないままここで採りあげようとしている。今までもこういうケースはあった。しかしそれは読むまでもなく酷評するケースだった。この本は違う。読んでないのだから絶賛というのではない。アマゾンレビューで言えば、☆3つか☆4つだろう。


 まず読んでいない理由を書く。新刊が出た時から本の存在は知っていた。川上さんの聞き取り記録として同時代社から出たのは知っていた。読もう読もうと思いつつ先延ばしになっていたのではない。ずっと丸善岡山店にもあったし、県立図書館にもある。私は足を運ぶ機会はあった。しかし立ち読みはおろか手に取ることさえしなかった。


 要は読まないでも内容の予想が付くのだ。だからわざわざ読むのが鬱陶しい。これは内容がくだらないからというのとは違う。くだる、くだらないではない。くだると思う人にとってはくだる。くだらないと思う人にとってはくだらない。つまり時代の証言集なのだ。そういう出版物として川上さんは自社から出版した。


 時代の証言といえば、『査問』 とそれに続く川上さんの本、それから同時代社のいくつかの本(宮崎、樋口、松崎ら)も、すべて時代の証言だろう。それらは川上さんが賛成するか否かではなく、出版物として残すことが大切な本だ。出版業とはそういうものだろう。私は川上」さんに全面的に賛成する。


 私が今後この本を読むとしたら、自店に古本として入ってきたときだろう。同業を廻って探す気はない。たぶん入ってこないだろう。それでよい。


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 アマゾンレビューには4人の書評があった。予想したとおり評価は高くない。内容もいちいち肯ける。その全てを貼って、それぞれに私の直感的感想を一口だけ赤文字で付した(古本屋通信)。



 5つ星のうち 5.0
貧困と大衆運動を考える一冊,   2014/2/2
投稿者  タミヲ (東京都)
21世紀になっても貧困はなくならないどころか、より深刻になりつつある。戦後の貧困や差別のために戦った当時の若者たちから学ぶものは多いのではないか。

 せっかくの高評価だが、本書を読んでいないので、意味が分りかねる。コメントは控えさせていただく。


5つ星のうち 3.0 >
海軍反省会ならぬ左翼反省会?, 2014/9/26
投稿者  ib_pata
 左翼青年たちのその後について、ブント(赤軍派)、社青同解放派、協会派、フロント、第四インター、中核派と揃えたとしていますが、なんていいますか人数的には構造改革派の人たちが中心。元日共の人が聞いているから、そのぐらいが適温なのかな…。
 印象に残ったのは内ゲバがエスカレートしていった原因について「権力〈警察〉を認めないわけだから、抑止の力は〈当価報復〉という当事者の力ということにならざるをえない」というあたり(p.82)。まあ、なるほどな、とと思うと同時にヘーゲルの重視した現実を軽視して、千年王国を夢見たマルクスがいけないのかもしれないとか読みながら思っていました…。
 《神話とは、人々の期待が裏切られたとき、想像と実体がかけ離れていることが人々に知られてしまった時、崩れ消えるものである。私の左翼体験はその全過程を目撃したことであった。それにしても歴史は三段跳びのように消えていく》というのが一時はあったという「左翼幻想」の行く末なんですかね(p.158)。
 でも、貧乏が左翼的運動に導いたという体験を語られても、それは戦前の皇道派青年将校の体験談が今となってはあまり意味を持たないのと同じですよね。
 まあ、このぐらいの歳になると人間は自分のつくった物語を生きていくしかないんだろうな、と…インタビュアーを含めて感じました。

 「海軍反省会ならぬ左翼反省会」というのはちょっと違うんじゃあないでしょうか。もちろん、党派が違うんだから「同窓会」でもないし。なんだか全体が文学的感想ですねえ。


5つ星のうち 2.0
こんなもんですかね?,  2014/11/20
投稿者  Smd1968
民青全学連委員長が1960年代末のサヨク諸流派の活動家にインタビューして、活動家になった契機とその後の生き様を聴き取った書物であるが、正直物足らない読後感が有った。インタビュー相手は10人であるが、革マル派活動家は11人目の未完相手に想定されている。

物足りなさの原因は著者の出生年代に起因していると思っている。団塊の世代の始まりより7年程歳上なので、基本的に10.8(1967年)を起点とした新左翼の爆発的拡大を担った学生層の心情とズレが生じているし、当時の学生大衆(?)は日共民青をサヨクとは全く思っていないし、当時の状況では常に闘争に対する敵対者として出現して来たのは事実だと思っている。唯一の例外として許容出来るのは宮崎学氏位では無いだろうか。彼も同じ土俵の敵対者では有るが、運動論や組織論に独自のものを持っていて、何処かに普遍的な共通項が有って親近感を感じるのだが。
革マル派については、松崎明氏の「松崎明秘録」を推奨する。
インタビュー相手としては、フロントの朝日健太郎氏と中核派の水谷保孝氏が傾聴に値すると感じたが、余り起爆力の有る本ではありませんでした。

 評者は 「新左翼の爆発的拡大を担った学生層」 の登場、つまり 1967,8 年を始まりに論じられていないのが不満らしい。然しそういう本は小熊本をはじめ多くあるが、さっぱり面白くない。川上の出発が60年安保闘争であったから本書があった。さらに本書には「ノンセクト」は登場していない。当時、民青を「サヨクとは全く思っていな」かったのは「ノンセクト」だけであり、党派はくちとは裏腹に最大党派と考えていた。だから今回の企画があった。


5つ星のうち 1.0
1960年代から70年代にかけてかつて「時代を切り拓く」政治勢力と目された「戦後左翼」を自称する者たちの、詰まるところは“自己弁護・自己合理化・自己擁護=自己愛」の姿, 2014/2/17

投稿者  Rob Jameson
聞き取りの対象となったのは革マル派を除く往時「活躍」したとされる新左翼(赤軍派、社青同解放派、協会派、フロント、第四インター、中核派)から9名、共産党・民青から1名の10名となっているが、本当の主役は、共産党・民青に起きた「新日和見主義」事件という失敗した「反乱」の首謀者である聞き手の川上徹であろう。

それぞれの「お話」は同時代人として実際に交差して「青春物語」としてそれなりには興味深い点がないわけではないが、検証なき一方的な叙述・言説が繰り返されるのは読むに耐えない。

例えば「60年代から70年代にかけて闘われた光文社闘争で勝利に導いた野村豊秋」p159と好意的に紹介されているが、この男の後ろでは中核派の北小路敏が暗躍し、野村死後もながく今日に至るまで出版労働運動に「現場実力闘争」と称して分裂主義を持ち込んだ事実は消せるものではない。

また「内ゲバ」を論じて「粛清」や「除名」や「反党分子」追及と同根と断じているが、70年代以降の新左翼相互の「内ゲバ」は異次元の事象であろう。ここでは毛沢東の「造反有理」が口火を切ったことを示唆しておこう。

川上は「60年代から70年代にかけて、共産党・民青系学生運動は多様な人材を生み出した・・・早乙女裕の声を、今さらであるが聞き取れないのは残念」p243と書いている。そのような「多様な人材」を消耗させた「歴史的」な責任を自身はどう受け止めているのか問いたいと思う。


 まあ、さいてい評価なんだから、こうでも書かなくちゃあね。でもいちいちケチのためのケチ。こういうのを検証しつつ喋ろうと言うのが無理。青春物語が時代史を交差しているところに意義がある。
  1. 2015/03/17(火) 16:55:17|
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