古本屋通信

アベお前がハルナを殺した

古本屋通信       No 1344  3月14日

  「アベ、お前がハルナを殺した」  (後藤健二)

  
  この事件は日本社会においてまだ解決されていない。キーパースンは安倍でもなければイスラム国でもない。いっかいの素浪人の殺された後藤健二氏であった。まことに気の毒であった。然し、この男はかつてない規模で、日本中、とりわけ左翼界隈と共産党を大変な混乱に陥れた。

 事件の第一報を耳にしたとき、私が最初に思ったのは、この件はブル新聞は騒ぐだろうけれど、左翼は一般刑事事件並みに黙殺すべきだという事だった。つまり日本とは関係ない、日本から遠く離れた一般事件なのだ。政治上の意味はこれとは違うけれど、日本赤軍がテルアビブで事件を起こしたようなものだ。ほっておくべきだ。

 
 原因を遠因にまで遡れば議論は限りない。私は事件発生後の日本政府の対応は完璧であったと思う。そのひとつは日本政府が(心にもない「人命が第一」の言葉でカモフラージュしつつ)、全くなにもしないで人質2人が殺されるのをひたすら待ち続けたことだ。結果は思惑どおりになった。つまり金を渡さないのだから、これしかないのだ。私は皮肉を言っているのではない。日本政府を文字通り高く評価している。そして私と同様に政府を評価する日本人は過半数に達した。これは健全な世論である。後藤さんの死後の政府のコメント、つまり、三度にわたる警告を無視して出かけた「蛮勇」、これも完全に支持できるものであった。

 私は何度も書いたが、行きたければ行けばよい。鳩山も行くそうだ。渡航の自由を制限することは出来ない。これは日本国憲法の精神に反する。行ってどうなるかは、本人と向う様の間の問題である。しかし捕まって捕虜にされ、身代金の材料にされたら、その段階で自爆しなければならない。日本赤軍の奥平剛士が正解である。後藤氏は 「アベ、おまえがハルナを殺した」 と言った。これは産経だけが報じた.私は忘れはしない。以後、日本の全てのブル新聞も赤旗も報じなかった。隠したのだ。

音声は「私はケンジ・ゴトウだ。写真はイスラム国で殺害されたハルナのものだ」とした上で、「アベ、お前がハルナを殺した。われわれをとらえていた者の脅迫を真に受けず、72時間以内に行動しなかった」と指摘。や2人の娘に向けて「愛している。会いたい」と述べた。ヨルダンで収監されているサジダ・アルリシャウィ死刑囚の釈放を要求した(産経ニュース 2015.1.25 02:15 )。

 
 以後も安倍政権は着々と改憲を目指して進んでいる。だから政権批判は欠かせない。ところがこれが悉くずれている。なぜずれているかと言うと、政府の正しい人質対応を非難し、トコトン「迷惑な人」である後藤さんを枕にして(褒めて)安倍批判をやる。これはやればやるほど馬鹿にされる。まあ、腐るほどあるので特定できないが、ブログよりツイッターが烈しい。村井さんのツイッターはその悪しき典型だろう。


 「ジャーナリスト」 なる職業について、書きたい事が山とあるが、これは日を改めよう。
 此処では後藤さんの著書に限って批判しておこう。私はたった一冊も、たった一行も読んでいない。読まないで批判で出来るかって? 冗談じゃあない。私は古本屋である。プロである。読まないでも批判できる。以下、出版社の汐文社のHPから引用する。


ジャーナリスト後藤健二さんの報道に関して  2015/02/02(月)
後藤健二さんの無事の帰国を切望しておりましたが、このような事態となってしまい、深い悲しみと大きな喪失感につつまれております。
弊社刊行の四作品に通じるのは、困難に直面する子どもたちの現状を、日本の子どもたちに伝えたいという真摯な思いです。同じ地球に住み、同じ時間を生きていても、環境によってこんなにも生活が違うんだということを伝え、自分たちが住む「いまの世界」を考えてみようとの問いを投げかけています。
後藤さんのまなざしは常にあたたかく、慈愛に満ち溢れています。
私たちにできることは、ジャーナリスト・後藤健二の足跡を永遠に語り継いでいくことです。後藤さんが本当に伝えたかったことを、子どもたちに読み継いでいただけるように出版し続けることが、出版社としての使命だと考えます。
後藤健二さんの志を、私たちはずっと胸にとどめておきます。


ダイヤモンドより平和がほしい 子ども兵士・ムリアの告白
後藤健二著
小学校高学年から  定価:本体1,300円+税
ぼくはもう、銃を握りたくない…。アフリカ・シエラレオネで、子ども兵士として生きるしかなかった少年、ムリアの夢とは?産経児童出版文化賞受賞作。


もしも学校に行けたら アフガニスタンの少女・マリアムの物語
後藤健二著
小学校中学年から  定価:本体1,400円+税
タリバン政権下ではかなわなかった、学校に行く夢がかなう!アフガニスタンで著者が出会った、ある少女のノンフィクション。


ルワンダの祈り 内戦を生きのびた家族の物語
後藤健二著
小学校高学年から
定価:本体1,400円+税
3か月で百万人もの人が殺されたといわれるルワンダ大虐殺。この悲劇を生きのびた家族の強いきずなを描いたノンフィクション。



 古本屋通信 

 まず出版社。貧すればなんとやら、出版の自由とはいえ、かつての哲学雑誌 『唯物論』 の版元もここまで堕ちるのか。産経児童出版文化賞を受賞している。感無量である。たとえ商業出版であろうと、出版者には誇りがあろう。少なくとも同時代社はここまでやらんぞ。いやジャンルのことではない。児童書は大いによい。その内容だ。なっていない。

 上記の青色。社告と書籍紹介。全くデタラメ。然しこれは出版社の広告である。異論はない。自社出版物を批判したのでは宣伝コピーにならない。社告で著者を褒めないわけには行かない。たとえホンネが逆であっても。誰のお陰でメシを食ってるか考えれば当然だ。しかし内容は全てデタラメ。


 社告は挨拶だから置く。後藤さんの著書3冊。読んでいない。しかし宣伝コピーを見る限りフィクションではない。ノンフィクションである。ならば始めから無効である。つまりこういう本はあってはならない。、ありえない本だということだ。


 簡単に書く。学校も、子どもも、現代世界においては、一国の国家体制に組み込まれて存在する。一国の法の規制を受ける。ここに採りあげた国なら、他国からの侵略との戦いもある。それが教育に及ぼす影響がある。つまりこういうことだ。世界共通の絶対的な平和がありえないように、国境を越えた子どもたちを尊重する立場はあり得ない。とまれ国連児童憲章だとか、子どもを守る最低限の国際的ルールはある。しかしそれは後藤さんのやり方では絶対に無理である。つまり立ち位置が欺瞞なのだ。素浪人の公平な取材などありえない。まあ、しかしよう書くな。今の共産党では、こういうイカサマでも通用するんだな。社会科学書をちゃんと読んでたら、おかしいことにすぐ気が付くだろうに。

 後藤さんについては当初から、多くの疑惑つまり国際スパイではないかというネット上の書き込みが複数あったことを付記しておく。
  1. 2015/03/14(土) 15:47:47|
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