古本屋通信

低脳の『十二年の手紙』評

古本屋通信       No 1341  3月13日

  
  低脳の 『十二年の手紙』 宮本顕治・百合子


 先ごろ宮本百合子の同性愛について触れる機会があり、昨日は坪井宗康の手紙を文字入力した。この二つから顕治と百合子の 『十二年の手紙』 を連想した。アマゾンの書評サイトを開けたら、以下のレビューがあった。ふつうこの手の低能文は相手にしないのだが、行きがかり上、特別サービスさせていただこうか。




家父長的説教臭さ  5つ星のうち 1.0   2001/12/1
投稿者 カスタマー  レビュー対象商品: 十二年の手紙  (新日本文庫 )
この書は、宮本顕治と宮本(中条)百合子の書簡集である。この種の私的通信を堂々と刊行し、党員に読ませる宮本顕治という男の卑小さ、革命家らしからぬうぬぼれがまず鼻につく。また、内容も革命家らしからぬ家父長的説教が多く、年下であるにもかかわらず悪い意味での日本的夫婦関係である。戦後、百合子に党から選挙への出馬を打診された時、顕治は夫としての所有者意識をむき出しにしてそれを蹴っている。この自称革命家の人間としての器量は、スターリン主義政党にふさわしいものではあったが、共産主義者のそれではなかったと言えよう。





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 まず戦中・戦後の文学史も、時代状況もご存知ない。いや、まんざらそうでもなさそうだ。宮本顕治憎しの一点で書いている。つまり反共、いや本人は共産主義に反対ではなさそうだから、反日共=反宮本一本である。それでもよいが、低脳はいけない。


 私の記憶では、『十二年の手紙』 はまず新科学社から3分冊で出版され、たしか出版社が潰れて筑摩書房が受け継ぎ、筑摩叢書2冊本が定着した。これはいまでも古本が溢れている。それはともかく、先行する百合子の選集や全集企画を含め、戦前の非転向者の著作や書簡や日記に出版社(出版者)が目を付けない訳がない。本人たちがいやでも出版させられた。金もないからホイホイと乗っただろう。


「この種の私的通信を堂々と刊行」 近代文学における作家や思想家の日記や書簡集はたいてい個人全集の最終巻数巻に入っている。私的通信であるゆえに独自の光彩を放っている。まして絶対主義天皇制権力の下、非転向で戦った二人の獄中と獄外の往復書簡が日本近代文学の類い稀な成果でないはずがない。これが単なる私信の公開に見える目がどうかしている。 
 

「党員に読ませる宮本顕治という男」 これ、そういう目的は皆無だったろう。この企画がもちあがったのは百合子の死の前後だったが、党の50年分裂の時代だった。百合子の文学は党主流派(『人民文学』派)の理不尽な攻撃に晒され、それとの戦いは顕治の 『文芸評論選集』 に詳しいが、党内は 「党員に読ませる」 ような状況ではまるでなかった。私の観察では、当初の読者の圧倒的多数は非党員の、主に文学の読者だった。筑摩叢書もそれを裏づける。たぶん臼井吉見辺りの推挙だったろう。「近代文学」同人も揃って推した。


「卑小さ、革命家らしからぬうぬぼれがまず鼻につく」 そう受け止めるお前の無知と卑小さこそ鼻につく。まず、他人に読ませようと書いたものではなく、発表された部分は全体の全てではなかったろう。うぬぼれなど皆無である。


「内容も革命家らしからぬ家父長的説教が多く、年下であるにもかかわらず悪い意味での日本的夫婦関係である」 年上、年下を問題にすること自体の方が余程家父長的である。当時、この夫婦の関係はあらゆる意味で顕治がリードする関係であった。党的にもそうだったが、文学の実作者と批評という関係でもそうだった。しかしいっけん従順でしおらしそうに見える百合子に葛藤がなかった訳ではない。百合子は自分の「後家の頑張り」的な部分を自問し苦しんでいる。よく読め。


「百合子に党から選挙への出馬を打診された時、顕治は夫としての所有者意識をむき出しにしてそれを蹴っている」 当時の党主流派の言い分そっくりだが低脳。まず百合子のあの肥満の水ぶくれのような外貌をなんと知る? 非転向のまま保釈されたときから健康体ではなかった (当時の天皇制権力でさえも、あのまま獄中生活を続けさせれば病死するだろうと認定せざるを得なかった) が、当時も病気だった。しかしそれを表面には出さなかった。主流派はそれをよいことに百合子、というより顕治を潰しに掛かった。それが出馬要請だった。不可能なことが初めから分かっていて、「百合子なら当選する」 とやった。断ったら、「現代の紫式部を気取っている。労働者とかけ離れた、類い稀なプチブル作家である」 と 『人民文学』 に書かした。俗流政治主義の悪しき典型である。共産党がタレント議員の先駆けをやってよい訳がなかろう。しかし 「所有者意識」 といい、「スターリン主義政党」 といい、この辺のレッテル貼りは反共右翼と変わらない。


 まあ、この手紙ものちに奇妙な読まれ方をしたのは事実だが、いずれにしても文学として時代に即して読まないと誤読するだろう。そういう意味では、すばらしい恋愛の見本として読むのは感心しない。かなり特殊な愛のかたちだからだ。のちに共産党界隈で度外れな百合子賞揚があったのも事実である。


  この辺は中村智子の 『宮本百合子』 (筑摩書房、昭48年)を参照されたい。中村のこの本も津田孝だったかの不当な非難を浴びた。それから、この手紙中心に論難している訳ではないが、高知聰の 『宮本顕治を裁く』 (高知聰、創魂出版、昭49年) と 『宮本顕治 批判的評伝』 (高知聰 月刊ペン社 昭53年) が面白かった。よく「褒め殺し」といわれるが、この本はその逆である。つまり味噌クソに批判しているが、読んでみると宮本顕治の優位性だけが残る。さすがは革マル派の文化官僚だ。私は痛く感心したものだった。

  1. 2015/03/13(金) 03:18:54|
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