古本屋通信

法政大学総長・田中優子

古本屋通信       No 1325  3月5日

   法政大学総長・田中優子



  私は田中優子といっても殆んど知らないのである。だからかなり偏ったイメージを持っているだろう。20年前、古本屋を始めたとき、田中の江戸学なる本が入ってきた。エロ本に理屈をつけて受けを狙った本に見えた。経済史を踏まえた近世文化史とは思えなかったのだ。江戸学という名称にも馴染めなかった。私は田中をろくに読まないで、岡山の近世史家・沢山美果子を読んだ。こちらは面白かった。

ウィキペディア 沢山美果子 (さわやまみかこ) 
 生誕 1951年2月??日
出身校 お茶の水女子大学
学問 時代 20世紀 - 21世紀(昭和・平成)
研究分野 日本史(女性史学)
研究機関 順正短期大学・岡山大学
学位 博士(学術)(お茶の水女子大学・1998年)
主要な作品 『出産と身体の近世』(1998年)
主な受賞歴 女性史研究青山なを賞(1999年)
沢山 美果子(さわやま みかこ、1951年2月 - )は、日本の歴史学者。専攻は日本史(近世女性史)。
1973年、福島大学教育学部中学校教員養成課程卒業。1975年、お茶の水女子大学大学院教育学研究科修士課程修了、1979年同大学院人間文化研究科人間発達学博士課程単位取得満期退学。1998年に学位論文「出産と身体の近世」で博士(学術)。先行研究の少ない、日本近世における農村の性に関する実証的研究を行っている。
1979年東京都婦人情報センター専門員、1980年岡山理科大学非常勤講師、1982年順正短期大学(現・吉備国際大学短期大学部)幼児教育科助教授ののち、同教授を歴任。2008年に順正短期大学を退職し、岡山大学非常勤講師に就任。
1989年に両備聖園記念賞を、1999年には『出産と身体の近世』で女性史研究青山なを賞を受賞した。現在は岡山大学大学院社会文化科学研究科に客員研究員として籍を置き、岡山大学、ノートルダム清心女子大学において非常勤講師を務める。
主な著作[編集]
単著[編集]
『出産と身体の近世』(勁草書房、1998年)
『性と生殖の近世』(勁草書房、2005年)
『江戸の捨て子たち:その肖像』(吉川弘文館、2008年)
『近代家族と子育て』(吉川弘文館、2013年) 
共編著[編集]
『性を考える:わたしたちの講義』(上野輝将、西山良平、 倉地克直、田中貴子、 妻鹿淳子と共著、1997年)
『成熟と老い』 (安井信子、今関敏子と共著、世界思想社、1998年)
『男と女の過去と未来』 (倉地克直と共編、世界思想社、2000年)
『家族はどこへいく』(岩上真珠、立山徳子、赤川学と共著、青弓社、2007年)
『働くこととジェンダー』(倉地克直と共編、世界思想社、2008年)




 で、きょう久しぶりに法政大学文化連盟を訪れて、なんと田中優子が1年前に法政大学の総長に就任していることを知った。その部分を引用させていただこう。



 以下、引用。 

◆武田君「無期停学処分」撤回裁判
 第9回弁論(最終弁論) 3月13日(金)11時半~
   ※「東京地裁615号法廷」にて
   ※傍聴券配布のため、開始30分前までに裁判所入口脇に集合してください。

これまでの裁判の流れについてはコチラ http://08bunren.blog25.fc2.com/blog-entry-1042.html

今回は少々文量がありますが、武田君が前回の「暴行」でっちあげ裁判において行った最終意見陳述を全文掲載します。安倍による大学の戦争動員と田中優子をはじめとする既成左翼による総翼賛体制の構築を弾劾する内容になっています。是非お読みください。

2015年2月23日  武田 雄飛丸

私は無実である。「無罪判決」以外にはありえない。
本事件は、法政大学・田中優子総長と国家権力=警視庁公安部が結託したデッチあげの政治弾圧であり、その狙いは、法大闘争をはじめとする全国学生運動への攻撃だ。今や大学は、戦争へ突き進む安倍政権にとって最も重大な焦点と化している。
 田中優子に代表される既成「左翼」は、「反戦・反安倍」を騙りながら、キャンパスでは「大学の戦争協力阻止」を掲げて闘う学生を弾圧し、安倍の先兵としての本性を露わにしている。私はなんとしても本公判で無罪をかちとり、法大闘争と全国学生運動の爆発で田中優子と安倍を串刺しにする決意である。

 時代は戦争へと向かっている。安倍政権による侵略戦争国家化攻撃が、今通常国会における集団的自衛権行使関連法(安保法制)制定と憲法改悪(9条破棄)というかたちで、推し進められようとしている。本事件の「政治弾圧」としての本質は、この事実を抜きにして語ることはできない。
 「08年リーマン・ショック」以来の世界大恐慌が深まり、アメリカを先頭とする大国間の市場争奪戦が激しさを増し、それは「中東(イラク・シリア)」「ウクライナ」「東アジア」で現実の戦争として火を噴こうとしている。いや、現実に、もうすでに戦争は始まっている。「日本人人質事件」を口実に、安倍政権は「テロ撲滅」「邦人救出」を叫んで、「有志連合」の中心で自衛隊の海外派兵と武力行使にのめり込もうとしている。
 戦争とは、自国の労働者民衆を兵士としてかり出し、ほんの「1%」の資本家や政治家の利益のために他国の民衆と殺し合わせることだ。安倍の唱える「国民の生命と安全を守る(ために戦争をやる)」など大ウソだ。戦争とわれわれの生命は根本的に対立する。安倍がいかに労働者民衆の生命と尊厳を踏みにじっているか、それは福島を見れば、沖縄を見れば、そして非正規職に突き落とされる青年の現実を見れば一目瞭然ではないか。
 安倍政権は戦争をやろうとしている。大学がそれに全面加担しようとしている。そして、戦争に反対して闘う労働者・学生の運動を暴力的につぶそうとしている。ここに本事件の本質がある。私は、全世界で大失業と戦争に抗して立ち上がる数千万数億の民衆と連帯・団結し、この弾圧を必ずうち破る。

1月16日、『産経新聞』が一面で「東大軍事研究解禁」と大々的に報道した。東京大学の濱田総長は、「軍事研究原則禁止」とする教職員組合との協定を事実上破棄し、「軍民両用技術研究を容認する」旨の声明を発した。これは、昨年5月に防衛省から軍事研究の協力要請を受けた東大が、上記協定を理由に拒否したことを考えると極めて大きな転換だ。背景には、安倍政権が「成長戦略」の一環として掲げる「大学改革」、そして一昨年12月に閣議決定した「大学の軍事研究の有効活用をめざす国家安全保障戦略」、そして昨年の「7・1閣議決定(集団的自衛権行使の容認)」という国家意思がある。「戦争のできる国づくり」へ向け、大学の戦争動員が本格化しつつあるのだ。
 安倍の「大学改革」は、本年4月から施行される改定国立大学法人法および改定学校教育法により、いよいよ全面的に具体化される。その中身は、人事権の剥奪などによる「教授会自治」解体と総長権限強化だ。また、2004年の国立大学法人化により、国立大学は経営協議会の「2分の1以上」を学外者とすることが定められていたが、これも「過半数」を占めるように変更された。これにより、国家と独占資本による大学支配がよりストレートに貫徹されるようになる。
 さらに、昨年9月2日付の『東京新聞』は、「文科省が同省の審議会である『国立大学法人評価委員会』での論議を受け、国立大の組織改革案として『教員養成系、人文社会科学系の廃止や転換』を各大学に通達した」と報道した。要は、「お国のためにならない」あるいは「金にならない」学問は切り捨てろということだ。まさに「戦時体制への移行」とも言うべき事態に他ならない。

 また、私立大学においても助成金が削減されて大学間競争が激化する中、文科省は「トップ型」と「グローバル化牽引型」からなる「スーパーグローバル大学」に、法政大学を含む37校を選出。2023年までの間に一大学あたり最高約4億2千万円の補助金を毎年支給するとしている。「グローバル化」の美名の下、「大学改革」を競わせ、国家の意向にどの程度沿っているかに応じて大学を階層化することで、私大をも強力な国家統制下に置こうという狙いだ。
 こうした中、防衛省は今年、過去最大の5兆円もの防衛予算を計上し、その内の約20億円を「大学と連携して最新の軍事技術開発を行うための基金制度創設」にあてることを発表した。たたでさえ教育への公的支出がいわゆる「先進諸国」最低クラスの日本で、ますます大学教育への予算を削る一方、軍事費を膨大化させ、軍事研究に協力しなければ大学間競争に生き残れない構造がつくられようとしている。今回、「軍事研究原則禁止」を明文化していた東大が転向したことで、戦後大学で根強く守られてきた「軍事忌避」の伝統が一挙に崩されようとしていることも、この構造の成立に拍車をかけるだろう。

 「大学の戦争動員」は軍事技術開発という面のみならず、学生を兵隊として戦場へ動員する人的資源の確保の面からも狙われている。昨年9月3日付の『東京新聞』で、文科省の有識者会議である「学生への経済的支援に関する検討会」において、メンバーの前原金一が「放っておいてもなかなかいい就職はできないと思うので、防衛省などに頼んで、1年とか2年のインターンシップをやってもらえば、就職というのはかなりよくなる。防衛省は、考えてもいいと言っています」と、いわゆる「経済的徴兵制」導入を提言したことが報道された。彼が経済同友会副代表幹事・専務理事、かつ日本学生支援機構委員でもあることは非常に示唆的だ。30~40年前と比べ私立大学で3~4倍、国立大学では50倍以上にも達する学費暴騰につけこみ、奨学金が悪質な「貧困ビジネス」と化している現実。若者の約半数が非正規雇用を強制される中、奨学金返済滞納者が10年間で約3倍にも増加している現実が戦争に直結しており、またそのためにこそブルジョアジーによって意識的につくられてきたということだ。

 今や戦後大学の、「戦争協力への反省」を原点とし、そのために「大学自治」と「学問の自由」を重んずるとしてきた在り方は決定的に変質しようとしている。「学問の自由」は、「大学の軍事研究協力」への根拠となり、「大学自治」は経営協議会や理事会を通じた国家と独占資本による独裁を意味するようになった。
 田中優子が「『大学の自治』と『思想信条の自由』を尊重してきた」などと自画自賛する法大の現状が、そのことを何よりも雄弁に物語っている。安倍の戦争政治を、実際にキャンパスで翼賛・推進しているのが彼女に代表されるエセ「リベラル」なのだ。

 「反戦・反安倍」を掲げる田中優子は昨年4月に総長に就任して以来、各種メディアで「非正規職の増大」や「格差拡大」をまるで「グローバル化」という名の自然現象であるかのように言いなし、大学はこうした現実に対応すべく「世界のどこでも生き抜けるグローバル人材を育てるために自らもグローバル化しなければいけない」と主張し続けてきた。「大学・学問とはいかにあるべきか」という問いや、学生を取り巻く現状への批判的視点は当然皆無である。それは安倍の「大学改革でグローバル人材を育成し国際競争力強化を行う」という主張と完全に同一であり、要するに、学生を新興国並みの雇用と労働条件を甘受する「安価な労働力商品」として育成することで、大学・教育を日本資本主義の救済手段にせよと訴えているのだ。これは前原の前記「提言」が示すように、「学生の戦争動員」「大学の戦争協力」とも一体の政策だ。
 すでに述べたとおり、田中優子は昨年7月の『法政大学グローバルポリシー』制定など、「大学改革」を推進することで文科省から「スーパーグローバル大学」に認定され、多額の助成金を引き出す一方、本件弾圧を先頭にキャンパスで安倍打倒と「大学改革」反対を訴える学生を国家権力と一体で弾圧してきたのだ。

 本年1月21日には、田中優子体制になって初の「情宣禁止仮処分」申し立ても行われた。「入学試験は『営業活動』であり、大学には『営業権』があるのだから、公道上であれ法大を批判する情宣は営業権の侵害」などとして、情宣の禁圧を国家権力=裁判所に懇願する田中優子の在り方こそ、「大学の戦争協力」の具体的・実践的姿だ。そもそも、大学においてすら「情宣活動(=言論の自由)」よりも「営業(=金もうけ)」が優先されるという理屈がまかり通れば、資本の価値増殖を原理とする資本主義社会において「情宣可能な場所」など存在しない。さらに今年、前記申し立てを受けての審尋で、われわれの情宣が「法大の営業権を侵害しうる」として提出された証拠の中には、全学連が大学入試センター試験で配ったビラも入っていた。ビラに書かれている内容は、「一緒に学生運動をやろう」「闘う学生自治会を復活させよう」という比較的抽象度のものであり、直接には法大当局への言及や批判はされていない。しかし、これをも「情宣禁止の根拠」とする田中優子の主張は、純然たる「思想、信条への差別」であり「情宣禁止仮処分」の「政治弾圧」としての性質を示して余りあるものだ。まさに憲法改悪の先取りであり、戦時下弾圧への踏み込みだ。

 田中優子の「戦争政治の先兵」としての本性は、先日のシリアでの日本人人質事件をめぐる情勢で、よりいっそう明らかとなった。シリアでの人質事件は、安倍の帝国主義的政策が招いた当然の帰結だ。アメリカの主導する「有志連合」に加盟し、一貫してイラク・シリアへの空爆と民衆虐殺を支持してきた安倍は、1月16日からの中東・イスラエル訪問においても、石油利権をめぐっての中東侵略(=市場・資源争奪)への参入と、兵器産業振興のために、46社もの名だたる大企業を引き連れて、親米・親イスラエル諸国を歴訪し、さらにISIS(イスラム国)との交戦国に2億㌦もの資金援助を表明した。
 
昨年の段階で、すでに日本人2人がイスラム国の捕虜となっていることが判明していたにも関わらず、安倍は国会答弁であけすけに語っている通り、ISISとマトモに交渉すらしていない。安倍は最初から人質を見殺しにし、その死をも利用することで、今国会での自衛隊の海外派兵(中東派兵)と本格的武力行使に向けた安保法制の整備を目論んでいたのだ。
 
今回殺害された人質の一人が、法大卒業生である後藤健二さんであることを受けて田中優子が発した声明には、安倍の「あ」の字もない。安倍政治を批判する要素はまったくゼロだ。日頃、ことあるごとに政権への「批判的」言辞を繰り返してきたにもかかわらず、今回の人質事件の最大の原因でもある安倍の中東訪問と「人道支援」を口実としたイラク・シリア侵略戦争の加担への言及がないばかりか、ISISや事件そのものへの具体的言及すらない。せいぜい「いかなる理由があろうと、いかなる思想のもとであっても、また、世界中のいかなる国家であろうとも、人の命を奪うことで己を利する行為は、決して正当化されるものではありません。暴力によって言論の自由の要である報道の道を閉ざすことも、あってはならないことです」と述べているにすぎない。「殺害された人質の母校の総長」という立場で、「たとえ誰がどんな理由であろうが暴力はダメだ」という愚にもつかない「一般論」を述べ、最大公約数的に世論におもねっているだけだ。地球上で最も暴力を組織的に行使し民衆を殺しているのが米軍であること、それを全面的に支えてきたのが安倍政権であることを完全に棚に上げて、だ。

 また、自らが行っているキャンパスでの学生弾圧を無視して、法政大は「民主主義と人権を尊重してきました」などと自画自賛したあげく、ここでも「日本の私立大学のグローバル化を牽引する大学として、日本社会や世界の課題を解決する知性を培う場になろうとしています。その決意を新たにした本学が、真価の問われる出来事にさらされた、と考えています」などと安倍の「大学改革」を翼賛し、その率先推進を宣言している。総じて声明文の内容は、「追悼の意を表す」としているが、まったくその体を成していない。後藤さんの死をも利用した法大の醜悪な売名行為であり、安倍政権の戦争政治への全面屈服の表明だ。こうした田中優子の態度は、まさにこの間、日本共産党の志位委員長が同党国会議員の池内さおりのツィッターにおける「安倍批判の内容」に対し、「政府が全力で人質解放に向け取り組んでいる時に、あのような形で発信することは不適切だ」と非難し、国会では「テロ非難決議」が1名の棄権をのぞき全会一致で採択されたことに明らかなように、人質事件を利用した総翼賛体制化の流れに連なるものだ。

 田中優子は声明文の冒頭で、「本学は、後藤さんが本学卒業生であることを把握しておりましたが、極めて難しい交渉が続く中、今まで報告や発言をさしひかえていました」などと述べているが、当然法大に人質交渉を左右する影響力などない。これはただ単に、法政大学とその総長である自らがもし社会的に焦点化した際、持論の「安倍批判」を行うことが不可能なために、後藤さんの死亡が確認されるまで意図的に「沈黙」を守り続けたということだ。この声明文に象徴されるように、田中優子は人質事件発生以来、急速に「安倍批判」のトーンを落としている。しかし他方で、『翼賛体制の構築に抗する言論人、報道人、表現者の声明』に名を連ね、ますますそのペテン性をあらわにしている。もし「翼賛体制に抗する」のであれば、一言でも安倍の中東歴訪を批判してみよ、一言でも政治家・マスコミを先頭にした「テロ弾劾」の大合唱を批判してみよ、ということだ。しかし、警視庁公安部と結託してキャンパスでの学生弾圧に血道をあげる田中優子には、絶対にそんなことはできないし、毛頭やるつもりもない。法大=田中体制こそ、安倍の大学支配の最も悪質な形態だ。

 今、われわれは、これまで「国家権力の介入を退けるもの」として一般的に通用してきた「大学自治」や「学問の自由」といった概念が、「大学改革」の中で逆に国家による大学支配と戦争動員の論拠にされようとしている状況に直面している。田中優子に代表される既成「左翼」は、こうした状況に与して「大学改革」には賛成だが、「改憲・戦争には反対」などとペテンを弄し、安倍の戦争政治を「左」から補完している。法大闘争はこうした「知識人」どもの欺瞞を許さない路線・団結を2006年以来の闘いで培ってきた。資本主義の最末期形態である新自由主義を対象化し、打倒対象として規定することで、資本主義の延命を許す立場に立つ限り、どこまでも腐敗していかざるをえない既成「左翼」の本質を暴きだしてきた。そして、田中優子や山口二郎(法大教授)などが提示する「お願い路線」や新自由主義イデオロギーがまき散らす「能力主義」と「自己責任論」をのりこえ、学生の「一人の仲間も見捨てない」団結にのみ依拠することで、キャンパスで大学当局・国家権力と非和解的に闘うことを可能とした。

 その地平は、昨年11月に京都大学キャンパスで公安警察を摘発した京大同学会の闘いが示す通り、「闘う自治会の復権」として全国化しつつある。法大闘争の爆発、闘う学生自治会の復権こそが、安倍と既成「左翼」による大学の新自由主義化と戦争動員を粉砕する道だ。今、その反動として同学会のリーダーである作部羊平君が不当起訴され、福島大学では福大生の決起に追い詰められた福大当局・警察権力が、4周年の「3・11郡山闘争」への予防弾圧として、2月3日に学友一人を不当逮捕している。これらの弾圧は、本弾圧と完全に一体の戦時下弾圧である。

 本公判は、法大当局と公安警察の醜い癒着からも示されるように、私の「暴行」事件を裁くものではない。戦争へ突き進む国家とそれに加担する大学が、それに立ちはだかる学生の闘いを暴力的に圧殺するために仕組んだ「裁判」という名の茶番だ。裁かれるべきは法大当局・警察権力だ。いま問われているのは、裁判所が戦時下弾圧に加担し、「かつて来た道」を歩むか否かということだ。裁判所が示すべき判断は「無罪」以外にありえない。裁判所はただちに公訴棄却、もしくは無罪判決を出せ!以上。

 以上で引用終り。 



 古本屋通信

 私は田中優子に良いイメージを持っていないせいか、法政大学中核派の、いや法政大学文化連盟の言うことがよく分かる。しかしここでも田中は「既成左翼」とされている。この女が左翼ということはなかろうに。

 それは措いて、この女について少しフォローしてみた。ただしウィキペディアは省略するので、全く予備知識のない方はご自分でどうぞ。


総長メッセージ  田中優子新総長から在学生の皆さんへ
 
2014年04月03日
  法政大学総長 田中優子
私は44年前、法政大学に入学しました。その自由な活気は勉強の意欲に火を付け、私は大学に入ってはじめて夢中で勉強しました。まさに「水を得た魚」でした。
大学の勉強とは押しつけられたものではなく、自分で選び自分で行動する、まさに自分で人生をデザインしていくことだったからです。自らもった疑問への回答を、自分で調べながら言葉になるまで創っていくことは、「自分を創っていくこと」でした。
大学で私は江戸文学に出会い、それをずっと続ける決意をしました。道はもちろん平坦ではなく、失敗も挫折もありました。しかし、やめませんでした。社会の動きにも関心を持ち続けました。私はこの法政大学に、人生の基盤を与えられたのです。
在学中、みなさんはひとりひとり、それぞれの道を歩みます。法政大学は、皆さんが充分に能力を身につける仕組みを、すでにもっています。教職員は、皆さんひとりひとりと向き合って、より良い選択ができるよう、日々尽力しています。しかしこの、生涯に二度とやって来ない貴重な大学生活を過ごすのは、あなた方自身です。
皆さんが卒業なさるころ、仕事の舞台は世界に広がっています。法政大学の教職員は皆さんが世界のどこに行っても生きて行かれるように、あるいは、どのような環境にあっても、自ら学び自ら考える力を得られるように、導こうとしています。そのために私たち自身も、成長しようとしています。ですから、一緒に歩んで下さい。悔いのない充実した大学生活を過ごして下さい。その年月は必ず、あなたがたの未来の、しっかりした基盤になります。 



 古本屋通信

 私はこの挨拶にも良い感じを持たない。自分が法政大学の出身であることをもっとさりげなく言えないものか。それにまるで中学生か高校生に言うような語り口も好感がもてない。まあ、むかしの大学生とは違うだろうけれど、上からの目線まる出しだ。これだと学生と対等に大学の自治を担って行こうとする意識は感じられない。管理者意識がプンプン鼻につくのだ。それは以下の後藤さんに関する文で抜き差しならないものとなる。水島宏明なる法政大学教授を経由しての股引用となる。



後藤健二さんの死で大学総長の田中優子さんが発した確かな”言葉”
水島宏明 | 法政大学教授・元日本テレビ「NNNドキュメント」ディレクター
2015年2月3日 13時39分

後藤健二さんは1991年に、法政大学社会学部を卒業しています。現在、私自身も教鞭をとっている学部です。 彼の死をどう受け止めるべきなのでしょうか。 事件について、子どもたちにどのように教えるべきなのでしょうか。 私たちはいったい何ができるのでしょうか。 悩んでいる親も、先生たちも少なくないでしょう。  日頃、若者たちを教えている立場でいうと、この事件は私たち教員にも、学生たちにも、あまりにも重い「問い」を残したと思います。
NHKの柳澤秀夫キャスターが番組のなかでコメントした「言葉」に共感の輪が広がっています。
私たちがこの事件の後で大事にすべきことは、柳澤さんのように、知的で確かな「言葉」で語ることなのだと思います
私の社会学部の同僚でもあり、大学総長でもある田中優子さんがメッセージを発信しました。 後藤さんへの敬意と哀悼の表明など、読む者の心に静かに響く、確かな「言葉」が綴られています。 人それぞれにいろいろな考えはあるかもしれませんが、大人が何をすればいいのかを考えるうえで示唆に富んでいます。 多くの人たちの目に触れればと願い、一部転載します。

以下が田中の文。 
いかなる理由があろうと、いかなる思想のもとであっても、また、世界中のいかなる国家であろうとも、人の命を奪うことで己を利する行為は、決して正当化されるものではありません。暴力によって言論の自由の要である報道の道を閉ざすことも、あってはならないことです。
法政大学は戦争を放棄した日本国の大学であることを、一日たりとも忘れたことはありません。「自由と進歩」の精神を掲げ、「大学の自治」と「思想信条の自由」を重んじ、民主主義と人権を尊重してきました。さらに、日本の私立大学のグローバル化を牽引する大学として、日本社会や世界の課題を解決する知性を培う場になろうとしています。その決意を新たにした本学が、真価の問われる出来事にさらされた、と考えています。
なぜこのような出来事が起きたのか、この問題の本当の意味での「解決」とは何か、私たちは法政大学の知性を集め、多面的に考えていきたいと思います。
まず全学の学生・生徒・教職員が人ごとではなく、この世界の一員として自らの課題と捉え、卒業生としての後藤さんの価値ある仕事から多くを学びつつ、この問題を見る視点を少しでも深く鋭く養って欲しいと、心から願っています。
法政大学総長 田中優子




 古本屋通信

  私はこの事件については多く書いてきたから繰り返さないが、水島宏明も田中優子もサイテイのゲスである。こういう 「良識」 こそがアメリカ帝国主義と有志連合の無差別爆撃を支えている。そういう自覚がないからこそ、資本主義大学の経営トップが務まるのだろう。中核派の、いや文化連盟の田中批判は的をえている。さらに次のツイートをどう考えるべきか。それぞれのツイートの後に古本屋通信のコメントを赤字で付ける。


片野一之 · 法政大学 湯川和夫ゼミ
法政大学社会学部79年卒の者です。イスラム国に拉致され、殺されたのは、湯川氏と後藤氏のお二人ですが、いま、マスコミは後藤氏の死についてしか語っていないのは何故?湯川氏が拉致されてから、後藤氏が帰還予定を明示しながら救出に向かいつつ、拉致されたのは何故?お二人がイスラム国に拉致された時期、安倍首相の外遊の時期、最初の画像がアップロードされた時期、そして日本国政府=安倍政権の反応。。。さらには、ここ何年かの湯川氏と後藤氏の親交が報道されないのは何故?何故何故づくしの謎だらけの経過に疑問の山ばかりが増えています。いったい、本当の事実はどこにあるのでしょうか?政府が自分たちの行為だけを正当化して、自衛隊を動員する「邦人保護」を提案し始めているのも、漁夫の利を得ようとする魂胆に思えたり、、、感情的に軽率な態度・行動をとってはいけない情勢だと痛感します。そういう時期に、田中学長の発信は、法政大学社会学部の伝統に根ざした大学人としての良識を感じ、卒業生として誇りに思います。

 私は法政出身ではないし、時代も10年旧いが、当時の法政のことも知っている。湯川和夫教授は懐かしい。彼は共産党員で理事だった。あと田沼肇と芝田進午が党員で理事だった。私は三人ともよく読んだ。当時の「紛争」で、党員理事が中核派学生を処分した。それであれこれあったが、芝田は広島大学に移った。湯川は辞めたのではなかったか。
 それはさておき、さすがは湯川ゼミ生。よく看られていると感心しました。しかしなぜ最後に田中優子賛美となるのか、さっぱり解せない。これきれいごとですが、背景は文化連盟の言うとおりですよ。



森近一治 · 法政大学法学部法律学科
40年近く前の卒業生として、現学長の田中氏について言いたくはありませんが、かつて中核派の拠点・シンボルであったのは事実です。学生運動という名の下革マルとのセクト闘争に明け暮れ、社会に及ぼす影響をまるっきり考えていなかった連中と言おうか、現在でいうオーム真理教に近い組織に過ぎなかった。私が在学中は授業はつねに中止もしくは休講の連続で、学年末試験に至っては試験中止でレポート提出に置き換えられる始末でした。ろくに勉強しないで卒業してしまいまい、おまけにジャーナリストを目指しましたが法政卒ということで不採用?。今になってなぜこの大学に入学したのか後悔しています。何を言いたいかと言うと、何かにつけて過去を引きずっている主義主張は、現在の社会情勢に適応できないのでは?このままだと、日本そのものが衰退していくでしょう。

 この方は当時も今も典型的なノンポリでしょうね。しかしノンポリゆえのノー天気もあります。当時の法政は東大の植民地といわれるほど世評は高かった。「中核派の拠点・シンボル」 はまさしくそのとおり。民青も強く、その後は各派のオンパレードになりました。しかし左翼大学は大学のステータスを高めたのですよ。それは今もある大原社研を見ても明らかです。「ジャーナリストを目指しましたが法政卒ということで不採用」などと、ずっと思ってきたのですか? 自分が至らぬことを他人のせいにできてシアワセですね。だったら、革マル派の早稲田でもダメですね(あっ、そもそも偏差値不足?)。国士舘か亜細亜大に行けばよかったのに。中核派が追い出され始めたのは今世紀に入ってからですよ。この文も最後はノンポリらしい超ピントハズレですね。田中優子を支持してるの? それとも反対?


堀 優理

大学の知性の府としての立場を示された文章に静かな感動を覚えました。この世界を立て直すのはすべての思想や信条を超えた一致点である憲法の下なのだと。

 ご自分の言っていることの意味が自分でも分からないでしょうが?


加藤 妙子 · 山口県 下関市
後藤さんの正義勇敢さ、は感動しますが、あの残忍な国に、一人で乗り込まれたのは、無謀と思います。湯川さんもあの地で事業をなさっていたのもよく理解できません。世界中を恐怖に陥れ日本国中、の人が目を覆いたくなる結末…。複雑すぎて一般の人は混乱していると思います。

 そんなに複雑ではありません。行ってはいけないことはありません。行くのは「正義勇敢」どころかアホウですが、アホウするのも本人の自由です。然し戦争の地に行くのですから殺される覚悟で行かなければなりません。湯川は武器売買で一儲けしようと企んで現地に乗り込んだのです。それを (助けようと追跡したのではなく、ネタにして戦地記事を書くために) 追ったのが後藤でした。それで殺された。寧ろピンピンして成功裡に帰ってくるほうが不思議でしょうね。殺されても仕方がありません。いっさいの議論は不要です。田中優子こそいやらしい。法政の卒業生というだけの後藤を利用して、自己の大学管理に使っています。

付記
この長々しい板を仕上げてから改めて「田中優子」を検索してみた。そしたら読売の過去ウェブで、総長就任後の田中と大江健の対談が出てきた。ご祝儀のつもりか、それとも媒体を選ばぬ大江故か知らないけれど、この辺がノーベル文学賞作家の限界だろう。田中は喜々としていたぞ。


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最後に、私が最初に見て「なんじゃい、このエロ本は・・・」と思った田中の 『江戸の想像力』 の書評がアマゾンレビューにあったので貼っておく(古本屋通信)。


投稿者 紫陽花 "玲瓏" (神奈川県相模原市)
レビュー対象商品: 江戸の想像力―18世紀のメディアと表徴

(ちくま学芸文庫)
江戸の近世文化が平賀源内と大田南畝(特に源内)を中心としたネットワーク(著者言う所の"連")で成り立っていたという論を平たく説いたもの。特に、著者の源内へと思い入れは凄まじく、著者から源内へのラブレターと言っても過言ではない。私は子供の頃にNHKのドラマ「天下御免」を観て源内を知り、私なりに源内への興味を持ったのだが、著者のそれには遠く及ばない。
この時代の著名な絵師、浮世絵師、読本作者等が各々交流を持っていた事は周知の通りだが、その基礎を俳諧の"連"としている辺りに新鮮味があるだけで、その他は余り目新しい事は書かれていない。また、全体は5章構成なのだが、第3,4章は本書の趣旨から逸脱して、全体から遊離しており、良く練った論考というよりは、思い付きのまま書いたエッセイと言った趣きが強い。その第5章で、源内と対比する人物として上田秋成を取り上げるのだが、秋成を本居宣長と並べて国文学者と位置付けているのは噴飯物。物語中の題材によって区分けしているらしい。秋成が宣長の強烈な批判者であり、この時代における最も合理的な精神の持ち主だった事を知らないのだろうか ?
ミーハー的要素が強く、取り上げる人物・事物も雑多という混沌とした内容(江戸の近世文化に相応しいのかも知れないが)で、もう少し論旨のスッキリとした形にならなかったのだろうか。
  1. 2015/03/05(木) 02:13:15|
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