古本屋通信

日本プロレタリア文学運動史

古本屋通信     No 1288   2月14日

  『討論 日本プロレタリア文学運動史』



  このブログは左翼および左翼崩れに向けて、左翼崩れが書いたものである。私の仕事がたまたま古本屋なので、古本屋通信を名乗っているが、同業および古本ファンに向けて発信した文ではない。それでも固定読者の一定数は左翼関係ではなく古本関係らしい。近くの同業者が読んでいるらしいとも聞いた。少しは古本のことも書かねばならない。


 一昨日が岡山の市会(業者交換会)だった。私は組合員でないから参加権はないが、同業が落札した束の中から、いくらかを譲り受けた。まあ、安いわ。これじゃ買うほうはよいが、売るほうはたまらん。だから私は自分の在庫を売る決心がつかないのだ。


 今回譲って貰った中にはけっこう良書があった。然しそれは私の読書にとってよいという意味である。嬉しかった本を3冊あげておこう。


守本順一郎 思想史への道なかばに  非売品  未来社制作 1977年

プロレタリア文化の青春像 』 山田清三郎 新日本出版社 1983年 初版

討論 日本プロレタリア文学運動史 三一書房 1955年初版 1969年再版


は未読で、こんな本が出ていることさえ知らなかった。飛び上がるほど嬉しかった。いわゆる追悼文集で、守本の死後2年後に刊行されている。全く宣伝されなかったのだろうから、知りようがない。50人以上の研究者が文を寄せている。そのうち私は半分の名前を知っている。丸山真男、岩間一雄ら。読んだら何か書くかもしれない。


は新刊で読んでいる。古本としても扱ったが、たぶん倉庫の奥に埋まっている。取り出しようがないので今回も抜いてきた。山田については様々な想いが頭を過ぎる。肯定と否定が交錯する。それを羅列してオワリとしたい。もうあまり関わりたくないのだ。プロレタリア文学作家。ナップ系を通し、文芸戦線には行かなかったと記憶している。しかし極めてタチの悪い転向。戦後の屈折した戦線復帰。私は吉本の転向者糾弾を支持しないけれど、壷井繁治は許せるが、山田が戦中に書いた文を読むと許せない気がする。だから戦後は冷や飯を食わされた。実作(創作)をやらないで文学史ばかりを書いた。この限りではいい仕事だったろう。しかし止めときゃいいのに 『小説 白鳥事件』 四部作を書いた。1970年代初頭の東邦出版社の刊だった。まもなく東邦出版社は倒産した。新日本出版社が受け継いだのだったか。いま調べたが分からなかった。ここら辺はモデルになった村上国冶の死とかかわって微妙である。白鳥事件が冤罪ではなく、日本共産党札幌地区委員会の犯行であったことが確実になったのは今世紀に入ってからだ。山田の『小説 白鳥事件』 四部作はペテンの大著と云うことになる。 『プロレタリア文化の青春像』 をそういう疑いの目で再読したいと思って抜いてきた。


は名著である。私は1970 年代に古本で買った。これ一冊あればプロレタリア文学史は十分とも言える。凄い本だ。主導しているのは「近代文学」の同人だ。まあ、よくもこれだけ豪華メンバーが集まったもんだ。『近代文学』 誌上に1954年から6回に分けて分載された討論を一冊に纏めている。各回ごとに出席者の入れ替わりはあるが、ここでは通しで名前を挙げておこう。

蔵原惟人  宮本顕治  小田切秀雄  野間宏  本多秋吾  荒正人  佐々木基一  平野謙  亀井勝一郎  中野重治  林房雄  山田清三郎  鹿地亘  神山茂夫  高見順  窪川鶴次郎  新島繁  久野収  寒川道夫  栗林農夫  除村吉太郎  青地晨  江口渙  岩上順一  菊池章一  花田清輝  竹内好  猪野謙二  服部達

 読者はこれを見て何もお感じにならないであろうか? 私がわざわざ面倒な手打ちで名前を書いたのには理由がある。一人も女性がいない。いくらなんでもこれはないだろう。そういえば「近代文学」同人に女性はいない。不思議な組織だ。もちろん新日本文学会には大勢いただろう。
  1. 2015/02/14(土) 02:12:39|
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