古本屋通信

民主主義文学とは何か

古本屋通信     No 1280    2月12日

 民主主義文学とは何か


 「民主主義文学とは、要約していえば、さまざまな対象を社会の民主的発展の方向をめざしてリアルにえがく文学である」
 30年以上前、民主文学同盟が発表した定義である。
 正直言って吹き出したくなるような定義で、要約しすぎて何もなくなってしまった定義なのだ。



 これは石崎徹さんの先日のブログの書き出しである。以下、彼は実作者としての自分の想いを書いている。それに対する私の感想も批判もない。私は実作者でもなければ、批評家でもないからだ。ただ、私は民主主義文学を戦後まもなくの新日本文学会の結成のころから支持している。その立ち位置から石崎さんが言う 「吹き出したくなるような定義」 に限って、ひとこと書いておきたい。


 まずこの定義は戦前のプロレタリア文学にたいする、戦後民主主義文学の性格の違いを自己規定したものだ。つまり戦後のあるべき進歩的文学(運動)は戦前のような労働者の文学プロパーでもなければ、中国の革命文学のような戦いを描いた革命文学でもないということだ。


 然しだからといって、何をどう描いてもよいというのでは会の性格は商業文壇と変わらない。「さまざまな対象」はよいとして、それを「民主的発展の方向をめざしてリアルにえがく文学」でなければならない。


 これを狭く理解すると様々な弊害が生まれてくるが、規定そのものは陳腐ではない。実作者から叩かれる事を覚悟して言えば、史的唯物論の立場で書けということだ。その枠は必要だということ。それがひとつ。私はここまでは賛成である。


 ところが発展して、もうひとつ問題がある。「民主的発展の方向をめざして」 を特殊政治的に解する立場だ。日本共産党の政治が何時いかなる場合も、民主的発展の方向と一致しているのだから、何時いかなる場合も、日本共産党を批判的に描いてはならないとなった。これはもはや人間の文学ではない。なぜなら 「民主的発展の方向をめざして」、「さまざまな対象」を描けば必ず階級闘争の具体を人間に沿って描かなければなるまい。そこには当然ながら党と党員の存在がある。その自己検討の中から党批判も出て来る。党の無謬性や最終結論の党賞揚を前提にした文学表現はありえない。


 私はいまだかつて 『民主文学』 に党批判を含む作品が掲載されたのを見たことがない。初期の稲沢潤子の佳作でさえ掲載誌は 『群像』 だった。党批判を含まない作品がダメだということではない。しかしそういう席に自分が同席しているのだという自覚は必要だろう。だから私は 「まがね文学会」 にお世話になったが、民主主義文学同盟の準会員になろうとは思わなかった。



 いま思い出したが、既に 「まがね文学会」を辞めた鬼藤千春氏がこう書いていた。『民主文学』 に作品が掲載されるか否かが会員の優劣を決定する基準だと。なんでも鬼藤氏は何回か自作が掲載されたが、石崎さんは一回も掲載されたことがないらしい。だから 『民主文学』 に作品が掲載されたことのない者は一人前の口を叩くな、と。そこから、鬼藤氏にたいする以下の期待もあった。


No title
こんばんは~♪
いつもご訪問ありがとうございます^^
プロレタリア文学の流れをくむ民主文学が現代社会の矛盾と正面から立ち向かい、その一端をになっていらっしゃる鬼藤さんの頑張りに期待しております。
第二、第三の多喜二が誕生すればいいですねσ(゚ー^*)
2014-09-16 (21:39)  まり姫




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 ところで、その鬼藤千春氏だが、「まがね文学会」で袋叩きにあって退会し、さらに自ブログから他人のブログに大量のコピペを送りつけた。そこでも袋叩きになって、自ブログを閉鎖に追い込まれた。それには民文の誰かが噛んでいた。ここまでは確認していた。


 ところが先ほどかれのブログを開けて驚いた。昨日、たった昨日、ブログを再開していたのだ。しかしプロフィール欄に民主主義文学会会員の記載はない。やるもんだ。たくましいね。森末さんは死んだし、実盛さんは痴呆状態だ。やるもんだね。マイッタ。



 プロフィール
 1947年生まれの67歳で、
 「新日本歌人協会」の会員です。
 短歌創作を通じて、平和と民主主義をめざしています。
 住所は岡山県浅口市寄島町です。
 青い海と緑の山、青い空をもつ素敵な村です。
 名前は「千春」ですが、男性です。




 短歌を詠む

 2015年2月11日(水) 曇り時々晴れ


幸せに暮らしているかふと想う
         遠い昔に別れし奈津子

君はいま見知らぬ町にいるという
         「幸せなのか」われは呟く

久し振り賀状が届く君はいま
         「幸せなのか」それは分からず

君からの七日遅れの賀状なり
         「幸せなのか」われ問うている

君からの七日遅れの賀状なり
         「幸せなのか」じっと見つめる

五十年 党員として生きてきた
         時代の風に真向いてあり

ああ悲しわが人生はアゲンスト
         されど真向い生きてゆくなり

ああ悲したゆたっている光る海
         石もて投げてやりたし心

風花がちらりほらりと舞っており
          水平線が鋭く光る

白梅が放つ芳香漂いて
      春はそこまで近づいており



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 ■新日本歌人とは
新日本歌人協会は、「平和と進歩、民主主義をめざす共同の立場から、広範な人びとの生活・感情・思想を短歌を通じて豊かに表現し、将来に発展させることを目指す」(規約)短歌の団体です。

歴史と今
新日本歌人協会は、太平洋戦争敗戦の翌年の昭和21年(1946)、2月2日に渡辺順三をはじめとして平和と進歩、民主主義を求める多くの歌人たちによって結成されました。そして機関紙として『人民短歌』が創刊されました。1949年には『新日本歌人』と改題されて今日に続いています。

新日本歌人協会は、日本の近代短歌史のなかで石川啄木がひらき、土岐哀果(善麿)、渡辺順三らが発展させてきた「生活派短歌」の系譜を引き継いでいます。しかし創作方法や短歌観の違いに関わらず広い歌人、短歌愛好家に門戸を開いています。

新日本歌人協会は会員と月々発行される『新日本歌人』の購読者とあわせて1000名を越え、支部は全国に63があり、それぞれ歌会や勉強会がもたれています。
また、「憲法九条を守る歌人の会」の事務局の一翼を担い、活動しています。

会員・購読者になれば
会員は『新日本歌人』に月々一人8首投稿できる他、評論などを投稿できます。購読者は「読者歌壇」に投稿でき、添削希望者には選者による添削が受けられます。

こんな企画も組まれています
短歌創造をすすめるための短歌講座、文学散歩などが開かれます。
「啄木コンクール」は毎年取組まれ、協会の枠を越えて広く、一般から募集をおこない、優秀作品は表彰されます。
また「啄木祭」が毎年開催され、啄木研究の発表などが行なわれます。
あなたもぜひ
今、新日本歌人協会は、時代の激流、逆流の中で、新しい歴史の節目に立って、時代の動きに耳さとく歌をつくる人々や生きるよすがに、歌をつくる人たちをも仲間に迎えながら、日本の短歌の歴史の、価値ある遺産を謙虚にまなびとり、新たな創造をめざしています。
みなさん。ぜひ『新日本歌人』誌をお読みいただき、新日本歌人協会に入って、あなたの今の思いを短歌作品にして見ませんか。
  1. 2015/02/12(木) 06:19:25|
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