古本屋通信

古在由重の戦後の仕事

古本屋通信     No 1227  1月15日

  古在由重の戦後の仕事



  私は川上徹氏の死去を受けて、一昨日までに3本の記事をたて続けに書いた。かつてない拍手があった。嬉しくなって、きのう4本目を「古在由重と川上徹」と題して書きかけたが、途中で投げ出した。私は古在の書いたものを殆んど全部読んでいる。また川上の運動上の歩みと、その延長としての同時代社に就いて、自分なりの認識をもっていると自負していた。だから何とか書けるだろうと思っていた。しかしいざ実際に書いて見ると、読むに耐えないもになった。櫻井氏の文のような思い入れだけが先走った文だ。私はふたり夫々について知っていても、その関係など殆んど知らないのだ。あきらめて古在由重についてのみ書く。

 以下、彼の戦後の仕事について、独断的な決め付けを書く。私は櫻井氏が挙げている 『古在由重 人・行動・思想 二十世紀日本の抵抗者』 も、鈴木正編 『古在由重 哲学者の語り口』 も、太田哲男編 『暗き時代の抵抗者たち 対談 古在由重・丸山眞男』 も読んでいる。別に不満がある訳ではない。それを是をしたうえで、書かれていないことを少しだけ書く。


 1945年~1960年 民科哲学部会を拠点に、党員哲学者と同伴者を組織する仕事。それはソ連哲学界との接触と交流を条件とした。日本共産党第7回大会(1957年)にミーチンも参加。この時、日本の哲学者はミーチン歓迎晩餐会。ミーチンの両隣は古在と柳田謙十郎だった。即ちスターリン・ミーチン哲学の連続的認知。古在自身の政治的立場は後の社革(社会主義革新運動)に近かったが。

 
1961年~1970年 戦前の唯物論研究会と戸坂潤の紹介。これは日本と世界にむけて発信された。戦前の『唯物論研究』の復刻。日ソ哲学シンポジウム。日本唯物論研究協会設立。

1971年~1980年 季刊『現代と思想』 40号まで。青木書店江口編集長らと。これは統一戦線雑誌。私はこの季刊雑誌の最終近くの投稿欄に櫻井氏の名前を見たと記憶している。


 つまりこれだけ。1980年代になると、古在のする仕事はなくなった。1984年原水協問題。はっきり言う。書こうと思えばいくらでも書けるが、ここで古在はオワッた。共産党の議会主義を別にして、古在のズブズブの「統一戦線論」の完璧な破産。私は吉田、草野らに何の正当性も認めない。

 私は戦後の古在が論文らしい論文を書かなかったことを責めてはいない。唯一纏まった本が『和魂論ノート』である。岩波哲学講座(1967~)に寄せられた数本の論稿を集めたものである。これは古在流の統一戦線論(哲学編)であったろう。以後マルクス主義者は岩波哲学講座から消えることになる。
  1. 2015/01/15(木) 00:32:29|
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