古本屋通信

ブルジョア議会国会の限界

古本屋通信     No 1178   12月12日

 ブルジョア議会(国会)の限界


 No 1177 の末尾に少し加筆したが、その部分を此処に再録する。独立して読めると思うからだ。


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   再録


 上記の 「立法が個別企業を取り上げるケースは殆んどない」 に関連して思い出したことがあるので書き加えておきたい。ブルジョア議会主義者の傲慢をたしなめるためだ。

 個別企業の例ではない。1970年代の京都の大学の事例だ。大学の名前は京大と同志社大。この両大学で赤ヘル・ブントが自治会の主導権を握って、横暴の限りを尽くしていた。少々のことではなく、ついには反対派の民青を大学から締め出した(こういう例は当時の他大学でもあったが、京都は極端だった)。全ての学部ではなかったが、多くの学部の民青は構内に入れず、活動できないばかりでなく、授業も受けられず、大学を卒業する事が出来なかった。私が何時も言ってるように、ブントは政治党派ではなく暴力団であった。京都の赤ヘルは特にたちが悪かった(その裏には京都の共産党のアレコレがあるのだが、それは別の問題である)。経済学部助手の滝田などというアナとの関係もあった。

 で、コレを共産党が由々しき事態として国会で追及した。拍手喝采で事態が好転すると思ったのだろう。私はマズイことをやるなあと思って見ていた。結論だけ。ますます悪化した。それまで民青は大学に入れなかった。入ると袋叩きにあって放り出された。しかし殺されることはなかった。ところが共産党の国会質問以後、両大学の暴力は一層激しさを増し、「民青が大学に入ったら殺してもよい」となった。これを言い出したのは赤ヘル・ブントではない。アナーキストでもない。右翼でない「一般学生」だった。以後も事態はますます悪化し、このあと40年間、京大同学会の主導権は民青同盟の手にない。今はマル学同中核派が同学会執行部を握っている。中核派諸君、おめでとう。


 三つ書く。

コレ以前も以後も京都出身の活動家と議員は多い。市田と穀田は立命館だが、知らぬことはなかろう。和歌山の県議も京大だそうだし、たぶん今回当選する若い藤野も京大だ。彼らは都合が悪いことは絶対に語らない。まあ無理もないが、コレがどうかという問題。

私はいかなる意味でも赤ヘル・ブントを支持しないが、「一般学生」の気持ちは分かる。大学問題を国会に持ち込み、不正常な自体を解決するのに、国家権力の手で「強制」をもって執行部のブントを逮捕させることは許せないということだろう。と言おうか、「一般学生」にとって国会は権力そのものなのだ。これは正常な感覚だろう。とまれ。如何なる不正常であろうと、大学問題の解決に国会の演壇を使ったのは間違いであった。それは事実においてそうであった。

ブルジョア議会(国会)の限界
京都の大学において、共産党・民青がなぜずっと負け続けているか? 1960年代の「正当防衛権」の行使を放棄したからである。アレコレ書かぬ。書かなくても、みんな知っている。選挙で勝つために人間のもっとも基本的な尊厳を敵に売り渡したのだ。これがブルジョア議会主義である。先が思い遣られる。


 泣いても笑っても、あと二日。つれあいは今日も選挙カーに乗るという (ウグイスではありません。お手ふり要員です。念のため)。年寄りでは訴求力はなかろうが仕方がない。一区の向谷千鳥さんは過労で一日休んで、尾崎宏子さんがピンチヒッターを勤めたという。選管に届けてのことだ。千鳥さんは今日は復帰するだろうが、当選は無理だから無理をしないほうがいいだろう。

 誤解なきよう添える。選挙カーの要員は党後援会の配車係が後援会名簿を見て、片っ端から電話を掛けて依頼する。ウィークデーに応じられるのは少数だし、寒いからみんな遠慮するそうだ。昨日は30人目につれあいに来たそうだ。あんまり気の毒だから、仕方なく応じたそうだ。だって、「票が取れる顔でもない」(本人)し。
  1. 2014/12/12(金) 06:58:48|
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