古本屋通信

石崎さんへ

古本屋通信     No 1177   12月11日

  石崎さんへ




もうひとつ、労働問題に介入できるのは司法だけであって、立法も行政も介入すべきではないと古本屋さんが言っているように読んだが、読み間違いなら指摘してほしい。
 ぼくの考えではそんなことはない。立法は労働者のための法律を作り、またためにならない法律を阻止できる。そしてこれを施行し、監視し、指導するのは地労委、中央労委、労働基準監督署、すなわち行政である。立法はまたこれらの行政機関がちゃんと役割を果たしているか監視し指導する責任も持っている。
 司法へ来るのは立法でも行政でもできないケースへのむしろ最後の手段である。」 
                                         以上、石崎文
 

 とことん問題のすげ替えです。労働基準法をはじめとする関係法令が立法府を経て制定されるのは小学生でも知っている。また、現在の省庁についての詳細は知らないが、行政府の労働関係省庁にも仕事が山とあるだろう。

 問題になっている文脈は全て個別企業の「ブラック」。ブラック企業委員会が、そして日本共産党赤旗日曜版が具体的企業を挙げて表彰(糾弾)した。どっちも許せないが、後者のほうがより悪質である。

 前者はゴマンとある「ブラック企業」 の数社を (ゴマンを調査したわけではなく、噂を根拠に 「任意に選出して」) 槍玉に挙げただけである。後者の日本共産党は(ワタミの例のように)、前者を根拠にして、さらにロッテリアなど数社を加え、これらをブラック企業の名で括って、一括総合的に糾弾した。

 個別企業の糾弾なら、最終段階(個別労働者の訴えにもとずく長期の調査活動と企業内でのやり取りの後、どうしても企業側の誠意が認められない最後の段階)で、赤旗が企業名を挙げて糾弾することはありうるだろう。

 事実は全く違う。ブラック企業という名が先ずあった。それに見合う物件を探してきてノミネートした。やられた側はたまったものじゃあない。ブラック企業糾弾旋風のなかに投げ込まれるわけだ。

 これに近かったのが、かつての部落解放同盟の糾弾だった。ロクに弁明の機会も与えず、そこら辺の差別ともいえない事例を取り上げて死ぬまで(吐くまで、差別でなくても差別と認めて自己批判するまで) 糾弾するわけだ。まず差別糾弾があった。差別がなかったら差別をでっち上げて糾弾した。なぜやったか。解放同盟の幹部がメシを食うためだ。差別がなかったらメシが食えないから困るのだ。差別サナサマだ。これ私が言っているんじゃあない。最近まで赤旗に書いてあった。

 今回の「ブラック企業キャンペーン」の、何と「差別糾弾キャンペーン」 と酷似していることか。ホンマに共産党というのはアホウじゃなあ。自分が昨日やられて苦しかったことをすぐ忘れて今日は他人にやる。

 一般的に若者の使い捨て状況は広くある。ワタミの労働実態に象徴される現代の 「奴隷工場」 はある。そういう労働者のミゼラブルを記事にするのは構わない。然しこういう記事では企業名も労働者名ふつう出さない。イニシャルにする。テレビの映像などは企業や個人映像にボカシを入れる。これが常道である。

 ここで共産党がまた醜いウソを書いているのを思い出した。「赤旗が企業名を挙げて批判できるのは、大企業から広告を取っていないからです」。これ関係ないだろう。誰が頼まれたって、この3年のノミネート企業が赤旗に広告出すかよ。デタラメにも程があろう。

 絶対に個別の名前を出してはならない。なぜなら、取材はしていても検証していないからだ。

 まず「ブラック企業糾弾」ありきで、それに見合うタマ(個別企業)を引っ張ってくるやり方は許せない。

 立法が個別企業を取り上げるケースは殆んどない。委員(国会議員)は質問は自由に出来るが、いい加減に固有名詞を出すと致命的な傷を背負うだろう。それに関連して、正式に企業責任者を証人喚問するのは余程の場合に限られよう。「ブラック企業」などは論外である。ワタミは証人喚問されたかのか?

 私は書かないが、吉良さんが性根を入れられているようだ。見たところ、吉良の国会質問は全て不発である。それはそうだろう。国会議員特権はJR切符くらいで、企業の立ち入り調査など出来るはずがない。何にも資料がない。官僚は丁寧に質問を受けるが馬鹿に仕切っている。一期目だから、まあこれからだ。

 地労委、中労委は多くの場合、労働裁判の調停関係だろう。労使問題にいきなり介入することはないのではないか。

 労働基準監督署だが、むかしは「労基に訴えてやる」 とよく言ったものだ。私も脅しで言った。然しそんな事が何ももたらさないことも知っていた。無茶苦茶な企業には、労基の「立ち入り調査」、「抜き打ち調査」も法的には可能だろう。しかし今時、それに引っ掛る間抜けな企業の労務担当はいないだろう。それに間違えてはいけない。労働基準監督署は労働者の味方ではなく、中立でもなく、企業の味方なのだ。企業に対して「あんまり無茶な酷使はしなさんな」と言う総資本の代理人に過ぎない。

  以上、丁寧に書き過ぎた。この文は 「石崎さんへ」 と題したが、若い共産党員に向けて書いた。


  あらためて石崎さんへ

 あなたはご自分の実感で書き過ぎる。私はあなたの文学は関知しない。然し政治に係わる文に、事実の見極めは欠かせない。上記については一点のみ。立法も行政も一般的な労働問題に関われないのではありません。個別的な労働問題、すなわち個々の労働争議、より端的には労働運動の範疇に係われないのです。あなたはごく初歩的な見極めをされていない。日本共産党はやった上で、つまり間違いを承知の上で、選挙のためにブラック企業反対をやっているのです。つまり解放同盟なんですよ。これは都議会野次の時そうでした。私はこれを二重対峙と読んでいます。ある意味、仕方がないんですが。やはり間違いですね。短期の議席狙いだと、こうなるんですが、けっきょく墓穴を掘ることになりますからね。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 後記

 上記の 「立法が個別企業を取り上げるケースは殆んどない」 に関連して思い出したことがあるので書き加えておきたい。ブルジョア議会主義者の傲慢をたしなめるためだ。

 個別企業の例ではない。1970年代前半の京都の大学の事例だ。大学の名前は京大と同志社大。この両大学で赤ヘル・ブントが自治会の主導権を握って、横暴の限りを尽くしていた。少々のことではなく、ついには反対派の民青を大学から締め出した(こういう例は当時どこの大学でもあったが、京都は極端だった)。全ての学部ではなかったが、多くの学部の民青は構内に入れず、活動できないばかりでなく、授業も受けられず大学を卒業する事が出来なかった。私が何時も言ってるように、ブントは政治党派ではなく暴力団であった。京都の赤ヘルは特にたちが悪かった(その裏には京都の共産党のアレコレがあるのだが、それは別の問題である)。経済学部助手の滝田などというアナとの関係もあった。

 で、コレを共産党が由々しき事態として国会で追及した。拍手喝采で事態が好転すると思ったのだろう。私はマズイことをやるなあと思って見ていた。結論だけ。自体はますます悪化した。それまで民青は大学に入れなかった。入ると袋叩きにあって放り出された。しかし殺されることはなかった。ところが共産党の国会質問以後、両大学の暴力は一層激しさを増し、「民青が大学に入ったら殺してもよい」となった。これを言い出したのは分とではない。アナーキストでもない。右翼でない「一般学生」だった。以後も事態はますます悪化し、このあと40年間、京大同学会の主導権は民青同盟の手にない。今はマル学同中核派が同学会執行部を握っていろ。おめでとう。

 三つ書く。
①コレ以前も以後も京都出身の活動家と議員は多い。市田と穀田は立命だが、知らぬことはなかろう。和歌山の県議もそうだし、たぶん今回当選する若い藤野も京大だ。彼らは都合が悪いことは絶対に語らない。まあ無理もないが、コレがどうかという問題。

②私はいかなる意味でも赤ヘル・ブントを支持しないが、「一般学生」の気持ちは分かる。大学問題を国会に持ち込み、不正常な自体を解決するのに、国家権力の手で「強制」をもって執行部のブントを逮捕させることは許せないということだろう。と言おうか、「一般学生」にとって国会は権力そのものなのだ。これは正常な感覚だろう。とまれ。如何なる不正常であろうと、大学問題の解決に国会の演壇を使ったのは間違いであった。それは事実においてそうであった。

③何故共産党・民青が京都の大学において、ずっと負け続けているか。1960年代の「正当防衛権」を放棄したからである。アレコレ書かぬ。書かなくても、みんな知っている。当面のブルジョア選挙で勝つために、人間のもっとも基本的な権利である正当防衛権を売ったのだ。これがブルジョア議会主義である。

 泣いても笑っても、あと二日。つれあいは今日も選挙カーに乗るという。年寄りでは訴求力はなかろうが仕方がない。一区の向谷千鳥さんは過労で一日休んで、尾崎宏子さんがピンチヒッターを勤めたという。選管に届けてのことだ。千鳥さんは今日は復帰するだろうが、当選は無理だから無理をしないほうがいい。
  1. 2014/12/11(木) 14:46:01|
  2. 未分類