古本屋通信

党の2つの戦線でのたたかい

  古本屋通信     No 1174  12月11日 

   日本共産党の2つの戦線でのたたかい


  今回は内容的には12月2日の 通信 No 1160 の続きになります。これは
 「 ソ連共産党のアメリカ帝国主義美化と現代修正主義者の「平和共存」論(部分核実験停止条約支持と核不拡散条約への屈服)  -日本共産党の61年綱領からの逸脱と修正主義・議会主義への転落 その仕上げとしての第13回臨時党大会 「自由と民主主義の宣言」 採択ー」
の長いタイトルで書き始めたのですが、河村さんの記事から、ソ連共産党にたいする日本共産党の最近のデタラメに話が及んだ所で休止してしまいました。今回は
「日本共産党の2つの戦線でのたたかい」 と題しました。これは日本共産党自身が1960~70年代にかけて盛んに使っていた用語です。


 日本共産党の公式文献で何時から 「2つの戦線でのたたかい」 の用語が使われ始めたのか、いまひとつはっきりしません。それは「自主独立」 の用語の使用も同様です。私は2つとも中国共産党との論争を公然と開始し始めた1965,6年ではないかと思います。然し党中央は 61年綱領が自主独立の立場で採択されたのだから、1961年に両者とも確立されたとしています。私は取り合えずそれに異論はないのですが、用語としての 「2つの戦線でのたたかい」 が頻出し始めたのは 「反党修正主義と教条主義―二つの戦線でのたたかい (1966年) 党中央出版部」
が出版された前後からだと思います。これはその前のいくつかの論文を集めて収録したものです。つまり日本共産党のソ連共産党批判と、その数年遅れの中国共産党批判をまとめて「2つの戦線でのたたかい」と称したものです。当時の主な論文名は以下のものです。

●ケネデイとアメリカ帝国主義 (『アカハタ』1964年3月10日)
●現代修正主義者の社会民主主義政党論 (『アカハタ』1964年8月2日)
●フルシチョフの「平和共存」路線の本質について (『アカハタ』1964年11月22日)
●テ・チモフェーエフとアメリカ帝国主義──「ケネディとアメリカ帝国主義」にたいする反論の批判 (『アカハタ』1965年2月26日)
●現代修正主義者の戦争と平和の理論と、これに対する歴史の審判 (『アカハタ』1965年8月14日)

●アメリカ帝国主義に反対する国際統一行動と統一戦線を強化するために (『赤旗』1966年2月4日)
●大会決定を全党的に学習し、アメリカ帝国主義に反対する国際統一戦線の強化と国際共産主義運動の真の団結のために奮闘しよう (『赤旗』1966年5月11日)
●ふたたびアメリカ帝国主義に反対する──国際統一行動と統一戦線の強化について (『赤旗』1966年8月8日)
●志田一派の反党撹乱活動を粉砕するために (『赤旗』1966年8月10日)
●極左日和見主義者の中傷と挑発 (『赤旗』1967年4月29日)
●社会党「通達」の「日本共産党の路線変更」論を反駁する (『赤旗』1967年6月15日)
●撹乱者への断固とした回答──毛沢東一派の極左日和見主義集団とかれらに盲従する反党裏切り分子の党破壊活動を粉砕しよう (『赤旗』1967年8月21日)



 私は当時全ての論文を精読していますが、特にソ連批判では青字の論文中国批判では赤字の論文は真っ赤になるくらい線を引いて読みました。
 これらは現在でも、日本共産党資料館(さざ波通信運営)経由で全文が読めるものです。ネット化された管理人の労に敬意を表しておきます(このサイトの評価は別です)。


 さて今回私が書きたいのは、アレコレの理論問題ではありません。1660年代のこの時期は私の学生時代、すなわち党員時代ですが、当時の革命運動や学生運動に、ソ共や中共がどれくらい影響力を持っていたか、両者を比べて少し書きたいのです。というのは当時を知る人も少なくなりつつあるからです。特に近年、不破氏の言動もあり、ソ連は酷かったけれど、中国は酷くなかったかのデマがまことしやかに広まっています。そこで余り証拠をあげない私の実感を書いておきたくなったのです。断定的に書きますから、そこは少し割り引いてお取りください。

私自身はいずれの影響も受けませんでしたが、ソ連関連はかなり勉強しました。中国関係も読みましたが、こちらはハナから馬鹿にしていました。それまで日本共産党は国際的には中国派に分類されていて、党内にも毛沢東崇拝の空気はありました。しかし私は西沢隆二(ぬやまひろし)に代表される無理論派を馬鹿に仕切っていましたから毛沢東盲従は論外でした。、それは旧徳田派に対する軽蔑でもあったと思います。

日本の革命運動に与えた影響では、どちらが大きかったとは一概に言えないと思います。理論問題では党7回大会以来の論争の絡みもあって、ソ連派のほうがはるかに影響が大きかった。しかし中共はブツで攻めてきました。本当に汚かったです。日中友好とは人参をぶら提げて日本人を釣るの類でした。あちらに行った日本人の大半は打算からでした。殆んど革命家失格です。私がどうしても理解できない知識人がいます。松村一人(哲学)と坂田昌一(物理)の二人です。ヘーゲルや理論物理学の何処から毛沢東に行き着くのか理解できませんでした。

学生運動(学生戦線)への影響はソ連派(それ以前の潮流を含めて)が多大でした。中共派は殆んどゼロでした。大学の共産党と民青で中共派になったのは山口だけでした。恥ずかしいほどゼロ。「鉄砲から政権が生まれる」 などと言って毛沢東語録を広げていたのは低脳のブントの一派でした。これが連合赤軍の片割れに流れて行きます。

暴力団との近似性。ちょっと断っておきます。私は中核派にも革マル派にも、暴力団との近似性を認めていません。ブントは暴力集団ではなく、暴力団です。で、ソ連は暴力は使いませんでした。社革はソ連派ではありませんでしたが、それに近く、一貫して平和主義者でした。然しソ連派の「こえ」の一部は部落解放同盟に流れて、名実とも暴力団に接近していきました。これは日本の被差別部落の解放を30年遅らせました。日本共産党が差別者集団であるなど、カルト以外は言えないでしょう。大阪でコレと組んで日本共産党の議員を除名したのが右翼社民です。社会民主主義者とは裏切り者の代名詞ですね。

あれから約50年経過しました。ソ連社会主義は崩壊・解体し、社会主義世界体制はなくなりました。中国社会の貧富の差と資本主義の復活は驚異的です。遠い世界のことではなく、ヤフオクの中国関連の稀少本を落札するのは全て中国人バイヤーだそうです。全て転売目的だそうです。私は中国社会主義≒資本主義を批判するデータと能力を持ちません。しかし何処かオカシイことは事実です。だからと言って「尖閣」が日本の領土だとはなりません。日本共産党の立場は微妙です。とりあえず言っておきます。党の外交政策は党中央の専決です。地方議員は決して口を挟まないことです。だって情報がないでしょう。十数ヶ国語が読める訳でのないのですから。


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 いわゆる2・4論文です。中国共産党と全面論争する前の無署名論文です。一言で言えば中国共産党が反帝反ソの国際統一戦線を提唱したことに対する反論です。ベトナム戦争において既に、ソ連はベトナム民族解放戦線に武器援助していました。中国の「反帝反ソの国際統一戦線」の提唱はアメリカ帝国主義のベトナム侵略を助ける提案でした。核不拡散条約はアメリカとソ連の核独占のための条約でした。これを半世紀後に支持しているのが今日の日本共産党です(古本屋通信)。



アメリカ帝国主義に反対する国際統一行動と統一戦線を強化するために
 (『赤旗』1966年2月4日)

一、アメリカ帝国主義に反対する国際統一戦線

二、反帝・民族解放・平和の国際的団結を弱め、破壊してきた現代修正主義

三、国際統一戦線の強化と国際共産主義運動の団結


 今日、すべての民族解放と平和、民主勢力にとって、もっとも差し迫った課題は、アメリカ帝国主義の戦争と侵略に反対する国際統一行動と統一戦線の強化である。

 いま、国際情勢の最大の焦点となっているアメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争は、全世界の人民の抗議と反対をふみにじって、いっそう大規模な侵略戦争への拡大の道を、一歩一歩すすんでいる。ジョンソン政府は、昨年末から「北爆」の一時的停止や14項目の「和平提案」など「平和解決」の欺まん的策謀をひときわ強めたのちに、1月31日ベトナム民主共和国にたいする不当、不法な爆撃を再開した。アメリカ帝国主義は、ベトナム民主共和国の中心部や中国との国境地帯にたいする爆撃、南ベトナム人民にたいする無差別な大量殺りく、すでに陸海空あわせて27万をこえている米軍の新たな増派、ラオス、カンボジアへの侵略拡大など、危険な侵略計画をますます凶暴におしすすめ、戦火をインドシナ全域から、さらに中国にまでおしひろげようとしている。かれらは、社会主義中国があたかも「もっとも危険な侵略者」であるかのような逆宣伝を全世界にふりまきながら、とくに極東における核戦略態勢を強化しつつある。ジョンソンの予算教書によれば、1967会計年度のアメリカの公然たる軍事予算は、ベトナム侵略戦費の2倍以上の増加を中心に600億ドルが計上されている。これは朝鮮戦争時最高の軍事予算(1953年500億ドル)を100億ドル以上こえ、第2次大戦後最高のものである。第2次世界大戦が終わって20年、朝鮮戦争、スエズ戦争、コンゴ侵略、キューバ侵略、ドミニカ侵略など、帝国主義の戦争と侵略によってひきつづきおびやかされてきた世界の平和と諸民族の独立は、いままたアメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争によって、きわめて重大な侵害をうけている。

 このような緊迫した事態は、アメリカ帝国主義を先頭とする戦争と侵略の諸勢力に反対し、ベトナム侵略戦争に反対する全世界のすべての勢力の国際的な行動の統一、国際的な統一戦線の強化を、もっとも重要な任務としている。とくに、すでにつかい古された「和平提案」などを鳴りものいりでさわぎ立てたジョンソン政府のねらいが、その侵略戦争にたいする各国人民の抗議、怒り、不安をそらして、かれらの新たな侵略拡大の口実をつくるとともに、国際的な反帝、民主勢力の対立や分裂をひきおこし、それにつけこむことに置かれていることは明らかであり、アメリカ帝国主義の戦争と侵略に反対する国際的な行動の統一の強化は、いっそう緊急性をくわえている。

 英雄的なベトナム人民の闘争は、これまでアメリカ帝国主義の不正不義の侵略戦争に大きな打撃をあたえてきた。南ベトナム解放民族戦線は、昨年も、アメリカのあいつぐ兵力投入、「韓」国、ニュージーランドなどの派兵にたいして侵略軍とかいらい軍に強力な反撃をくわえ、南ベトナムの領土の5分の4を解放し、1000万にのぼる人民を解放してたたかっている。ベトナム民主共和国も、不法な「北爆」からベトナム北部を防衛し、南部を解放し、ベトナムの自主的、民主的再統一を実現するためにたたかっている。社会主義諸国のベトナム民主共和国にたいする各種の援助をはじめとする、全世界の反帝民主勢力のベトナム人民にたいする精神的、物質的支援も強化されている。アメリヵ国内での反戦運動の前進だけでなく、諸国人民の怒りと抗議のたかまりを背景として、アメリカ帝国主義の残忍なベトナム侵略戦争にたいする国際的な闘争は、ますます発展しつっある。さる1月3日からキューバの首都ハバナでひらかれた第1回アジア・アフリカ・ラテンアメリカ人民連帯大会は、3大陸人民の意思を結集して「ベトナムにかんする決議」を満場一致採択し、アメリカ帝国主義のベトナム侵略をきびしく糾弾し、ベトナム人民の正義の闘争を全面的に支持し、あくまでベトナム人民の側にたってたたかうことを宣言し、ジョンソンの「和平提案」の欺まんを暴露して、その侵略と断固としてたたかう方向を確立した。

 アメリカ帝国主義が、どんな策謀をもてあそび、どんなに凶暴にその侵略をつづけようとも、最後の勝利がベトナム人民の側にあり、最後に敗北するものがアメリカ帝国主義であることはうたがいない。そして、アメリカ帝国主義の侵略をうちやぶって、ベトナム民主共和国がジュネーブ協定にもとづいてかかげている四つの項目、南べトナム解放民族戦線がかかげている五つの項目の実現を1日も早くかちとり、ベトナム問題を真に解決する事業の達成が、主としてベトナム人民の闘争の発展にかかっていることは明らかであるが、同時に、それを支援する全世界の反帝平和勢力の行動の統一の強化にもかかっていることも明白である。

 しかし、残念なことには、今日の国際的な統一行動と統一戦線の現状は、国際民主運動において昨年以後に一定の前進方向がみられるとはいえ、全体としてみるならば、情勢が要求する任務からみてまだ大きく立ちおくれている。すべての反帝平和勢力、すべての民主勢力の行動の統一、統一戦線の強化を妨げるさまざまな障害と困難が、なお存在しているためである。この問題について、全世界の共産主義者が、あらためて直視しなければならないことは、統一戦線のなかで先進的役割をはたす責務をになっている共産主義運動の内部に生まれた現代修正主義の潮流が、新しい状況に応じた二面的態度をとりながら、依然として国際共産主義運動の団結に有害な表裏ある行動をとっていることである。すなわち現代修正主義者も、アメリカ帝国主義のベトナム侵略の凶暴化によってその無原則的な対米追従政策の破産があまりにも明白となった今日、わが党をふくむマルクス・レーニン主義諸党が、かれらの一貫した反帝闘争の回避や露骨な分裂主義、大国主義を糾弾してアメリカ帝国主義に反対する行動の統一や統一戦線の重要性を強調してきたのにたいして、これをほおかむりで黙殺することはあらゆる意味で困難になってきた。その結果、一方では「反帝国主義」の立場とベトナム侵略に反対する「共同闘争」の必要を強調しはじめ、実際にベトナム人民を援助する一定の行動をもとらざるをえなくなっている。同時に他方では、依然としてフルシチョフ以来の日和見主義、分裂主義の路線な根本的に清算せず、またその大国主義的支配のたくらみと手口を清算せず、国際民主運動、国際共産主義運動にたいするさまざまな分裂策動をも継続し、反帝平和勢力の国際的統一を阻害している。このことは、アメリカ帝国主義とその目したの同盟者、日本独占資本にたいして勇敢にたたかっているわが党とわが国の平和運動、民主運動にたいするソ連共産党指導部とその指導下の団体からの一貫した分裂策動、干渉の事実でも明白に実証される。

 かれらは、日本共産党の裏切者として党から正式に除名された志貿、神山一派(日本のこえ)の反党修正主義者と野合してかれらをそそのかし、まず日本共産党にたいする破壊工作に狂奔してきた。そしてさらに、日本においてアメリカ帝国主義と日本独占資本に反対する闘争を一貫して妨害している右翼社会民主主義者のさまざまな要素と野合して、原水禁運動の分裂や国際親善運動の分裂を積極的に工作してきた。ソ連を訪問した反党修正主義者や右翼社会民主主義者につねにはたらきかけてきただけでなく、日本を訪問するソ連共産党員やソ連政府関係者もそのような工作を一貫しておこなってきた。日本にあるソ連政府の名称を冠した出先機関も日本におけるこうした分裂干渉工作の策源地の一つとなっている。

 このような状況のなかで、現代修正主義者の表裏のある二面的態度にたいして正確な態度をとり、両翼の受動性――右翼的な追随と左翼的なセクト主義――のいずれにもおちいることなく、主要な危険である現代修正主義の国際的潮流の日和見主義と分裂主義の路線を正しく克服して、アメリカ帝国主義のベトナム侵略に反対する国際民主運動、国際共産主義運動の団結をかちとるために奮闘し、アメリカ帝国主義に反対する反帝・民族解放・平和の国際統一戦線の強化と発展に貢献することは、すべての共産主義者にとって、今日もっとも重要な責務となっている。

 この責務をはたすうえで必要なことの一つとして、現代修正主義者による統一行動、統一戦線の歪曲や破壊とたたかいながら、マルクス・レーニン主義の原則にもとづいて、今日の国際統一行動と統一戦線をめぐる政治的、理論的諸問題をあらためて明確にすることがある。

 とくに昨年は、歴史的な反ファシズム統一戦線戦術を決定した共産主義インタナショナル(コミンテルン)の第7回大会の30周年を迎えた記念すべき年であった。第2次世界大戦がぼっ発する4年前、1935年7月にモスクワでひらかれたこの大会が、労働者階級の統一戦線にかんするレーニンの理論と実践に学んで、当時コミンテルン内部にあったさまざまな日和見主義、セクト主義とたたかい、当時の情勢のもとで、基本的に正確な統一戦線戦術をねりあげた画期的な大会であったことは、あらためて指摘するまでもない。

 レーニンが創設したコミンテルンの最終回大会となったこの大会は、よく知られているように、国際共産主義運動の歴史のなかでも、とくに重要な位置をしめた大会の一つであった。大会でおこなわれた三つの主報告――ウィルヘルム・ピークによる「コミンテルン執行委員会の活動報告」、ゲオルギー・ディミトロフによる「ファシズムの攻勢およびファシズムに反対する労働者階級の統一のための闘争における共産主義インタナショナルの任務」、エルコリ(パルミーロ・トリアッチ)による「帝国主義戦争の準備と共産主義インタナショナルの任務」――とそれらにもとづく諸決議は、ドイツにおけるファシズムの勝利という重大な出来事からきびしい歴史的教訓をひきだし、国際共産主義運動にたいして、ファシズムと帝国主義戦争に反対するための、労働者階級の統一戦線、それを基礎とする人民戦線、植民地・従属諸国における反帝国主義的民族統一戦線、これらの諸勢力を結集した平和擁護のための国際的統一戦線の結成という新しい諸任務を提起した。なかでもファシズムに反対する一国的および国際的規模でのプロレタリアートの行動の統一――これこそ、この大会をつらぬく最大の主題であり、共産主義インタナショナルと第2および第2半インタナショナルとの行動の統一と労働者階級の統一戦線にかんするレーニンの思想を正しくうけつぎ、新しい情勢のもとで創造的に発展させたものであった。すでに国際共産主義運動の共有の財産となっているこれらの歴史的経験を正しくふりかえることは、今日における正しい統一戦線戦術を明らかにするうえでも、重要な前提となっていると言わなければならない。

 ところが現代修正主義者は、このコミンテルン第7回大会の30周年記念をも、今日における国際統一戦線の真の内容と方向をゆがめ、かれらの日和見主義と分裂主義の路線を弁護する新しい機会として利用した。かれらが発表した一連の論文は、コミンテルン第7回大会がつくりあげた統一戦線戦術の「歴史的教訓」に名をかりて、帝国主義との闘争を回避しようとするかれらの日和見主義路線に新たな理論的紛飾をあたえ、マルクス・レーニン主義を堅持する兄弟党にたいする攻撃をおこなおうとしたものであり、昨年3月1日にモスクワでひらかれた分裂主義的会議のコミュニケと、それにもとづくソ連共産党指導部の最近の言動、とくにその「共同行動」の言説にたいする、無条件の礼賛にささげられたものであった。

 だが今日、必要なことは、フルシチョフら現代修正主義の国際的潮流が、この数年来おこなってきた日和見主義路線がはたした役割を厳密に追及し、真のマルクス・レーニン主義にもとづき、今日の複雑な情勢における国際的な反帝統一戦線の諸問題を創造的に明らかにすることである。そしてこのことこそコミンテルン第7回大会をももっとも実践的に記念することなのである。

一、アメリカ帝国主義に反対する国際統一戦線

 今日の国際的な反帝統一戦線の第一の特質は、その主要な敵がアメリカ帝国主義である点にあり、第二の特質は、アメリカを先頭とする帝国主義勢力の戦争と侵略、民族抑圧の政策とたたかって、世界平和の擁護と諸民族の独立・解放という二つの反帝国主義的、民主主義的課題をかちとることを、その共同の中心任務としているという点にある。

 若干の現代修正主義者が、コミンテルン第7回大会30周年を記念して発表した一連の論文は、今日の国際統一戦線のこの二つの特質をいずれもあいまいにし、アメリカ帝国主義の役割や民族解放の任務について一応はふれてみせながらも、実際にはほとんど一致して、アメリカ帝国主義が今日の国際統一戦線の主要な敵であることを不明確にしたうえ、民族解放の課題をおもに新興独立諸国における反帝戦線の任務とみなして世界の反帝民主勢力の共同の主要な任務とせず、新しい世界戦争の脅威とたたかうという口実で国際統一戦線の中心任務をかれらのいう日和見主義的な「平和共存」を擁護する統一戦線にわい小化し、けっきょくは、平和擁護の任務にも貢献できないものにねじまげてしまっている。

 だが、世界戦争の脅威と真に効果的にたたかうためにも、戦争と侵略、民族抑圧の政策をおしすすめている元凶としてのアメリカ帝国主義を明確に主要な敵とし、平和擁護とともに民族解放を明確に共同の中心任務とした、国際的な反帝統一戦線の強化こそが必要なのである。

1、主要な敵はアメリカ帝国主義である

 今日の国際的な反帝統一戦線の第一の特質、すなわち、その主要な敵がアメリカ帝国主義であるという点については、よく知られているように、81ヵ国の兄弟党が一致して採択した1960年の声明は、アメリカ帝国主義が「現代帝国主義の経済的・金融的・軍事的主力」であり、「最大の国際的搾取者」であり、「侵略と戦争り主勢力」であり、「今日の植民地主義の主柱」にほかならないことを確認して、つぎのようにのべていた。

 「最近数年間め国際的諸事件の経過は、アメリカ帝国主義が、世界反動の主柱であり、国際的憲兵であり、全世界の人民の敵であることを示す多くの新しい証拠を提供している」

 その後の5年間の国際的諸事件の経過も、1960年の声明のこれらの規定の正しさを、いっそう明確に立証するものであった。

 第一に、アメリカ帝国主義が、「侵略と戦争の主勢力」であり、その戦争と侵略の政策こそ、世界の平和と諸国民の安全にたいする最大の脅威にほかならないこと、これとたたかうことなしに、世界と諸国民の平和を守ることができないことは、ベトナム侵略戦争の現実によってますます明瞭になっている。

 1954年のジュネーブ協定の厳守こそ「ベトナム問題解決の基礎であり、それをふみにじったアメリカの侵略行為の停止と米軍の撤退だけが、ベトナム人民に独立と平和、民族的統一をもたらすことのできる前提であることは、だれの目にも明白となっている。それにもかかわらず、アメリカ帝国主義は、南ベトナムの占領という侵略目的を捨てず、逆にその目的をつらぬくためにあらゆる手段をとると脅迫し、力による既成事実を、ベトナム人民と世界の人民にあくまでもおしつけようとしている。ここにあるものは、ただ帝国主義のむきだしの“力の立場”であり、より大規模な侵略戦争と直結する侵略者の論理である。

 かつて日本帝国主義は、朝鮮の植民地支配を拠点として、中国の東北地方(「満州」)を侵略し、その既成事実を中国人民と世界の人民におしつけるために、より大規模な中国侵略戦争にのりだし、ついにアジアにおける勢力圏再分割のための太平洋戦争に突入した。ドイツ・ファシズムも、一歩一歩侵略を拡大して、ついには世界再分割をめざす第2次世界大戦を放火した。アメリカ帝国主義のベトナム侵略が、かつての日本軍国主義者や、ドイツ・ファシストの道をたどろうとするものであり、アジア支配をめざすより大規模な戦争の危険を増大させつつあることは明白である。

 アメリカ帝国主義がまさにその道をたどりつつあることは、かれらが、世界支配をめざす侵略戦争の策源地として、第2次世界大戦の主な戦争犯罪人であった日本と西ドィツの軍国主義の公然たる復活に熱中してきたことにも、はっきりと示されている。復活しつつある日本軍国主義は、いまやアメリカ帝国主義のアジア侵略政策の主要な同盟者となっている。NATOの核戦略問題で、アメリカ帝国主義がその指揮のもとでの西ドイツ核武装計画にしつように固執している事実が示すように、復活した西ドイツ軍国主義も、アメリカのヨーロッパにおける戦争準備で、主要な役割を割りあてられている。

 アメリカ帝国主義はまたこの5年間にいっそう大量の核兵器と、ミサイルを生産し、貯蔵し、NATO、GENTO、SEATO、ANZUSをはじめ、全世界にはりめぐらしている反共軍事同盟下の国ぐにに配備し、通常軍備もかつてないほど増強した。かれらは、独立、平和、民主主義、社会主義の勢力の前進と、資本主義世界におけるアメリカの地位の相対的低下から生まれているその世界支配計画の動揺を、軍事力の増強と侵略戦争の継続と拡大の脅かつによってのりきろうとしている。

 アメリカ帝国主義が世界平和のもっとも主要な敵であり、侵略戦争の主要な推進者、新しい世界戦争の主要な挑発者であることは、明白である。今日における国際統一戦線の主要な任務の一つが、このアメリカを主力とする帝国主義の戦争と侵略の政策とたたかって世界の平和を守ることにあることもまた明白である。

 第二に、アメリカ帝国主義は、「今日の植民地主義の主柱」として諸国民を支配し、諸民族の主権をじゅうりんする最大の民族抑圧者であり、民族解放運動弾圧の元凶であること、これとたたかうことなしに諸民族の独立をかちとることができないことも、無数の事実によってかさねて実証された。

 アメリカ帝国主義者は南ベトナムを新しい型の植民地と軍事基地にかえるために、ジュネーブ協定を乱暴にふみにじり、南ベトナム人民のいっさいの民族的権利を破壊して、無残な殺りくを開始し、植民地戦争を強行してきた。ラオス、カンボジアでも、インドネシアでも、南朝鮮や台湾でも、コンゴでも、さらにドミニカでも、アメリカ帝国主義は、諸民族の主権、独立と自由、平和、民主主義にたいする、もっとも凶暴な抑圧者、もっとも卑劣な干渉者として行動した。かれらの血まみれの犯行がおしすすめられたのは、これらの諸国だけではない。アメリカ帝国主義は、「進歩のための同盟」「後進国援助」「地域開発計画」「共産主義の侵略にたいする防衛」などの名目で、各種の「軍事援助」「経済援莇」「文化交流」などを新興諸国に提供し、アジア、アフリカ、ラテンアメリカ諸国の反動勢力のうしろ立てとなり、さまざまな形態の新植民地主義的政策を追求している。

 発達した資本主義諸国にたいするアメリカ帝国主義の支配や、主権侵害もひきつづきおこなわれている。サンフランシスコ条約、日米安保条約によって、わが国を事実上の従属国としているアメリカ帝国主義は、原子力潜水艦の「寄港」を強要し、沖縄をはじめとする日本の軍事基地をベトナム侵略戦争の直接の攻撃基地として利用し、「日韓条約」をおしつけ、わが国の独立と安全を、ますます乱暴にふみにじっている。その他の諸国にたいしてもベトナム侵略戦争への加担の強要、軍事同盟網の強化や、「核拡散防止」を口実にしたアメリカの核戦略機構への組みこみがすすめられ、西ヨーロッパ諸国にたいするアメリカ独占資本の進出も、いっそう増大した。

 アメリカ帝国主義が、諸民族の独立をうばい、あるいは主権を侵害しているもっとも凶暴な独立の敵であることは、うたがいない。今日における国際統一戦線にとってもう一つの共同の主要な任務が、アメリカを先頭とする帝国主義の民族抑圧政策とたたかって諸民族の独立と解放をかちとることにあることは明らかである。

 第三に、アメリカ帝国主義が、「国際的憲兵」、「世界反動の主柱」として、社会主義陣営、各国人民の民主運動、革命運動にたいする国際的反動と反革命の張本人であることも、ベトナム侵略戦争その他の国際的諸事件の経過によづて、いっそうむきだしに暴露された。

 ベトナム侵略戦争は、平和にたいする脅威、民族解放運動の圧殺であるだけでなく、同時にべトナム民主共和国にたいする攻撃であり、社会主義陣営にたいする公然たる侵略戦争である。アメリカ帝国主義は、アジア、アフリカ、ラテンアメリカにおける民族解放運動の発展、新興独立諸国家の反帝国主義、反植民地主義の諸政策と社会主義への共感が、中国、朝鮮、ベトナム、キューバなど、戦後この地域に生まれた社会主義国家の偉大な影響力にもとづくものとみて、当面これら四つの社会主義国家の弱化、転覆のために最大の努力をかたむけている。朝鮮戦争、キューバ侵攻、ベトナム侵略戦争は、すべてそのためのくわだてであった。そしていま、ベトナム侵略戦争拡大のねらいは、中華人民共和国、朝鮮民主主義人民共和国にも向けられている。かれらのアジアと世界の侵略政策の中心には、アジアにおける最大の社会主義国にたいする「封じこめ」政策が置かれている。

 アメリカ帝国主義の反革命のほこ先は、社会主義陣営にだけ向けられているのではない。アメリカ帝国主義は、現代帝国主義の主力として、各国の民主運動、革命運動にたいする「国際的憲兵」としてふるまっている。アメリカ帝国主義は、いわゆる「自由諸国」の反動派の後見人となっているだけでなく、そのスパイと陰謀の組織CIAの謀略・諜報網を、世界各国の主要都市にはりめぐらし、あらゆる反革命運動の中心となり、世界各国の反動勢力や分裂主義者を激励して共産党の弾圧、労働者階級と人民の革命的、民主主義的運動にたいする干渉と挑発の先頭に立っている。かれらの指導する国際自由労連は、世界各国の労働運動の分裂策動の張本人となっている。

 とくにアジアでは、アメリカの反革命政策が強化されている。9月30日事件を契機にして激化したインドネシア共産党への弾圧を、もっとも歓迎し、これに力を貸す努力をおこなっているのはアメリカ帝国主義である。それがインドネシア革命の前進をくいとめるためのものであることはいうまでもない。

 アメリカ帝国主義は、国際労働者階級と全世界の人民がたたかっている民主主義と社会主義の事業にたいする最大の弾圧者である。したがって世界各国の民主運動、革命運動は、それぞれの国の反動勢力に反対する闘争とともに、アメリカ帝国主義と対決し、その反民主主義と反革命の政策とたたかわざるをえない。

 アメリカ帝国主義の以上のような役割こそ、アメリカ帝国主義を、今日の国際統一戦線の主要な敵、国際民主運動、国際共産主義運動の最大の敵とするものである。われわれは、ここに今日の国際的な反帝統一戦線の第一の特質があることを、明確にとらえなければならない。

 そして、アメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争が、世界の平和と諸民族の独立にたいする最大の脅威となった現在の時点では、今日の国際的な反帝統一戦線は、なによりもまず、結集できるいっさいの勢力を結集してアメリカ帝国主義に反対する国際統一戦線でなければならない。

 このことを不明確にしたまま、たんに抽象的に新世界戦争の脅威とたたかうことだけを強調することによっては、けっして今日の反帝統一戦線が当面している任務を正しく明らかにすることはできないし、真に世界平和を擁護する事業に貢献することもできない。

 わが党は、1960年の声明が明確に定式化した基本的見地を正しく守り、党綱領を具体化する「四つの旗」の一つとして、「アメリカを先頭とする帝国主義に反対する民族解放と平和の国際統一戦線の旗」を高くかかげてたたかってきた。そしてアメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争の凶暴化とともに、わが党は、国際民主運動、国際共産主義運動のなかで、国際統一戦線の主要な砲火をいっそう明確にアメリカ帝国主義の戦争と侵略の政策に集中することを主張してたたかってきた。帝国主義時代における国際統一戦線が、「地上人口の圧倒的多数の植民地的抑圧と金融的絞殺」(レーニン「帝国主義論」、全集22巻、219ページ)をおしすすめている世界帝国主義全体と対決するものであることは明白であるが、世界帝国主義全体を弱めるためにも、すべての民族解放、平和、民主勢力の力を結集して、国際的には主要な砲火を、まず、帝国主義の世界体系のなかでもっとも凶悪な帝国主義――アメリカ帝国主義に向けなければならないのである。

 帝国主義の戦争と侵略、民族抑圧と反動の政策の主柱となっているもっとも凶悪な帝国主義を主敵とし、これに国際統一戦線の主要な砲火をむけなければならないというこの戦術は、コミンテルン第7回大会の反ファシズム国際統一戦線の経験があたえた歴史的教訓でもあった。

 日本帝国主義の中国侵略、イタリア・ファシズムのエチオピア侵略、ドイツ・ファシズムによるヨーロッパ侵略の危険の切迫――このような情勢のなかで、1935年にひらかれたコミンテルン第7回大会が、国際的な反帝統一戦線の分野にもたらした創造的貢献は、なによりもまず諸国民の闘争の主要な砲火を、労働者階級と全勤労人民、被抑圧民族の「もっとも凶悪た敵」である、ドイツ・ファシズムとそれを中心とする侵略ブロックに向けたことであった。

 「ドイツ・ファシズムは、新帝国主義戦争の主要な扇動者であり、国際的反革命の突繋隊としてたちあらわれている」(「同志ディミトロフの報告にかんする決議」)

 今日、コミンテルン第7回大会の決議が「新帝国主義戦争の主要な扇動者」、「国際的反革命の突撃隊」とよんだかつてのドイツ・ファシズムの地位に、アメリカ帝国主義がすわっており、民族解放と平和をめざす国際的な反帝勢力の主要な敵がアメリカ帝国主義となっていることを、口先だけでなく、正しく全面的に認識して、アメリカ帝国主義に反対する闘争を国際的反帝闘争のもっとも中心的な課題として位置づけるかどうか、そして実際にその闘争を一貫して遂行するかどうか、ここに、今日の国際餉な反帝統一戦線の決定的問題がある。

2、共同の中心任務は民族解放と平和擁護である

 今日の国際的な反帝統一戦線の第二の特質は、その共同の中心任務が諸民族の独立・解放と世界平和の擁護という二つの反帝国主義的、民主主義的任務にあり、しかもそれらがふかく結びついているところにある。

 今日では、アメリカを先頭とする帝国主義の新旧植民地主義、民族抑圧政策とたたかって、民族の独立・解放を達成することは、全世界の反帝民主勢力の共同の任務の一つとなっている。

 レーニンは、第1次世界大戦中、東洋の被抑圧民族が、最後的に国際的な解放運動のなかにひきいれられたことをくりかえし指摘し、植民地・従属国の民族解放運動が、将来偉大な歴史的役割を演ずることを予言していた。コミンテルンが、レーニンの指導のもとに、植民地・従属国の民族解放運動に大きな注意を払い、コミンテルン第7回大会が、これら諸国における反帝国主義的民族統一戦線を提起し、とくに中国共産党の指導する抗日統一戦線の運動を重視したことは、よく知られている。

 だが、長いあいだ抑圧されていたアジア、アフリカ、ラテンアメリカの諸民族、地域の全人口の3分の2、20億をしめるこれらの諸民族の民族解放の巨大なエネルギーが、せきを切ったようにときはなたれたのは、第2次世界大戦後のことであった。これらの地域の民族解放運動は、社会主義世界体制、資本主義諸国の労働者階級を中心とする革命運動とならんで、現代における三つの革命勢力の一つとなり、もっとも戦闘的な反帝闘争の旗手として、同時に国際的な反帝統一戦線の主要な勢力の一つともなっている。

 これらアジア、アフリカ、ラテンアメリカの民族解放運動の歴史的前進と、さまざまな形態をとった現代帝国主義によるこれらの諸民族にたいする民族抑圧政策の強化、それに発達した資本主義諸国に共通してみられるアメリカ帝国主義にたいする新しい従属の事態をくわえるならば、民族の独立・解放という反帝国主義的民主主義的任務の達成が今日の反帝平和勢力全体の共同の事業となり、今日の国際統一戦線のもっとも主要な任務の一つとなるのは、当然のことである。

 キューバ、アルジェリア、コンゴ、ベトナムその他の事態が明白にしているように、帝国主義者の無慈悲きわまる抑庄と搾取、侵略と殺りくから民族な解放するために、諸民族が立ちあがり、必要な場合に武器をとって戦うことは、まったく正当なことである。全世界の反帝民主勢力は、こうした正義の戦争、民族解放戦争をふくむいっさいの民族解放闘争を団結して支持し、それにたいする帝国主義者の弾圧、干渉、侵略に団結して反対しなければならない。

 今日の国際統一戦線は同時に、アメリカを先頭とする帝国主義勢力の戦争と侵略の政策とたたかって世界の平和を擁護することを、もう一つの主要な任務としている。

 この平和擁護のための国際的な反帝統一戦線のなかにも、コミンテルン第7回大会が定式化した、平和擁護・帝国主義戦争反対の国際統一戦線の歴史的教訓が、現代の諸条件のもとで、いっそう発展したかたちで正しくひきつがれている。

 コミンテルン第7回大会は、ドイツ・イタリアのファシズムと日本軍国主義による新戦争放火の危険に直面して、戦争のぼっ発をひきのばし、さらには戦争を阻止するために、共産党、社会民主主義政党、労働組合、平和主義的組織をはじめ、もっとも広範な新勢力を結集した平和擁護・帝国主義戦争反対の国際統一戦線の結成をよびかけた。

 だが、当時の帝国主義戦争防止の事業の成否は、ドイツ、イタリア、日本において、ファシズムと軍国主義の体制に致命的打撃が加えられるかどうかに、大きくかかっていた。だからこそ、コミンテルン第7回大会は、帝国主義戦争防止に全力をつくしながら、平和擁護闘争を反ファシズム闘争に結びつけることをとくに強調し、同時になお広範な大衆をとらえている平和主義的幻想とたたかい、新しい帝国主義戦争がぼっ発した場合には、この帝国主義戦争を内乱に転化するための闘争を準備することにも大きな注意をはらったのである。

 第2次世界大戦後の国際情勢の大きな変化、世界帝国主義と、社会主義、民主主義、民族解放をめざしてたたかう諸勢力との力関係の大きな変化は、諸国民の平和擁護闘争に、新しい任務とともに新しい可能性をひらいた。一方では、資本主義の全般的危機の深化のもとで、アメリカ帝国主義を中心とする戦争と侵略の勢力がいっそう凶暴化し、核ミサイルの出現による戦争の破壊力の未曽有の増大とともに、世界戦争を防止する任務がいっそう切実な、差し迫った任務として登場してきた。他方では、戦争勢力にたいする反帝平和勢力の優位という新しい力関係のもとで、すべての反帝平和勢力が団結してたたかい、帝国主義の戦争と侵略の政策に反対する闘争を全力をあげて強化するならば、民族解放闘争にたいする帝国主義的武力干渉への効果的な反撃を組織するとともに、帝国主義の新戦争放火の手をおさえつけ、世界戦争をふせぐことができる可能性がうまれたのである。この新しい可能性こそ、いっそう多くの人びとに勇気と確信をあたえ、もっとも広範な諸勢力を平和を擁護するという民主主義的任務のまわりに結集させる一つの土台となり、今日の平和擁護闘争を、反帝国主義的民主主義的な性格をもつ巨大な統一行動としていっそう発展させる新しい条件をあたえたものである。

 こうして今日の国際的な平和擁護闘争は、民族解放の闘争とかたく手をたずさえ、核戦争反対、核兵器禁止、全般的軍縮、外国軍事基地撤去と外国軍隊の撒退、侵略的軍事同盟反対、帝国主義のいっさいの侵略と民族抑圧反対、社会体制の異なる諸国家の平和共存などなどの、反帝国主義的、民主主義的課題をかかげてたたかっている。

 そして今日とくに重要なことは、戦後のすべての現実と実践の経験が教えているように、民族解放と平和擁護という、相互に支持しあうこの二つの反帝国主義的、民主主義的任務を、かならずかたく結びつけてたたかわなければならないことである。

 レーニンがくりかえし強調したように、帝国主義の対外政策の特質は、他民族の抑圧と戦争と侵略であり、現代帝国主義の民族抑圧政策も、その戦争政策と表裏一体となっている。アルジェリア戦争、コンゴ戦争などの植民地戦争はもちろん、世界の平和に重大な関係をもった朝鮮戦争、ベトナム侵略戦争も、民族解放、民族統一の闘争にたいする植民地的抑圧のくわだてと一体となっている。キューバ侵略は、ラテンアメリカにおける民族抑圧体制の維持と不可分のものであった。そして、アメリカ帝国主義が米中戦争を挑発しながら現在その対外政策の焦点にすえている「中国封じ込め」政策は、実際には社会主義陣営にたいする攻撃とともに、アジアにおける植民地体制の強化と拡大を目的としたものである。さらに、アメリカ帝国主義が全世界にはりめぐらしている軍事基地と軍事同盟は、戦争と侵略のための基地であり軍事同盟であると同時に、他民族の抑圧のための基地であり、軍事同盟である。現実にアメリカ帝国主義の侵略をうけ、その支配のもとで苦しめられているすべての民族にとっては、民族の解放なしに真の平和はありえない。

 したがって、平和擁護闘争と民族解放闘争は、同じ帝国主義の戦争と侵略の政策と民族抑圧政策に反対する闘争として、敵を同じくし、相互に支持しあい、かたく結びつく関係にある。平和擁護闘争の前進は、帝魯主義の戦争と侵略の手をしばりつけるものとして民族解放闘争の発展と成功に有利な条件をあたえ、逆に民族解放闘争の勝利は、帝国主義の世界支配体制に大きな打撃をあたえ、その侵略と戦争の体制を弱化することによって世界の平和を強化する条件をもたらす。世界の平和を守る闘争にとっても、民族解放闘争を支持することは、平和擁護の課題のきわめて重要な部分をなしている。

 現代修正主義者が、そのコミンテルン第7回大会30周年に際して発表した論文でも、今日の国際統一戦線の重要な特質として明確にすることを回避した、この平和のための闘争と民族解放のための闘争とのかたい結びつきは、第2次世界大戦中の諸国民の闘争があたえた貴重な教訓であった。ドィツ・ファシズムに占領されたヨーロッパ諸国の人民や、日本帝国主義に占領された中国その他の人民にとっては、武装闘争をもふくめたあらゆる手段によって侵略者をうち破って民族の解放をかちとることが、もっとも積極的に平和をたたかいとる手段だったのである。

 そして、この帝国主義に反対して平和を守り民族解放をかちとるという民主主義的課題を、今日の国際統一戦線の中心任務として正しく位置づけるかどうか、そして実際に二つの任務をかたく結びつけた闘争を一貫して遂行するかどうか、ここにも今日の国際的な反帝統一戦線の決定的問題の一つがある。

3、国際的な反帝統一戦線と各国人民の革命闘争

 「アメリカを先頭とする帝国主義に反対する民族解放と平和のための国際統一戦線」としての今日の国際的な反帝統一戦線の以上のような特質を明確にしてはじめて、われわれは国際的な統一戦線の諸課題と各国の国内における労働者階級を中心とする人民の革命闘争との正しい関連をも明らかにすることができる。

 反帝・民族解放・平和の勢力の国際統一戦線は、アメリカを先頭とする戦争と侵略の政策、民族抑圧の政策とたたかって、平和と民族解放をかちとることを共同の課題としているが、それはアメリカ帝国主義をはじめとする世界帝国主義を地球上から一掃するという世界革命の課題を直接の任務としたものではない。もし後者の任務を今日の国際統一戦線の任務とするならば、それは先進的な革命勢力の統一戦線とはなっても、もっとも広範な平和、民主勢力を結集した国際統一戦線ではなくなるであろう。今日の国際統一戦線の強化のためにも、その根本性格にかかわるこの一般民主主義的性格は、けっして忘れてはならない重要な基本問題の一つである。

 しかし同時に、世界帝国主義を打倒するための国際共産主義運動を中心とする革命的戦線と、今日の反帝・民族解放・平和の勢力の国際統一戦線とのこの区別の必要は、現代修正主義者がつねにおこなっているように、この二つの戦線をまったく無関係に切り離したり、「平和共存」を口実にして他国の反動的支配層に無原則に追随したり、それを美化したり、さらに諸国民の革命闘争の発展を抑制したりすることを許すものではない。なぜなら、労働者階級を中心とする人民の革命闘争は、今日の国際的な反帝民主勢力のもっとも重要な主力をなしているからである。

 各国における帝国主義と反動勢力の支配に反対する革命闘争は、各国の労働者階級と人民のそれぞれの事業である。だが同時にその闘争は、プロレタリア国際主義にもとづいて国際的に連帯したものであり、またアメリカ帝国主義を中心とする世界の帝国主義と反動の陣営の、それぞれの構成部分にたいして打撃をあたえ、それを打倒し、その世界支配を掘りくずす闘争として、民族解放と平和のための国際的な反帝統一戦線の前進にとっても重要な意義をもつ。各国の労働者階級と人民は、それぞれ自国の革命闘争をおしすすめ、同時に、各国人民の共同の国際的任務としての、アメリカを先頭とする帝国主義に反対して民族解放と平和をかちとるたたかいを連帯しておしすすめることによって、帝国主義の世界体制を追いつめる国際的共同闘争を前進、発展させているのである。1960年の81ヵ国共産党・労働者党代表者会議の声明はつぎのようにのべている。

 「帝国主義的な抑圧と搾取に対抗して、すべての革命勢力が統一されつつある。社会主義と共産主義を建設している諸国民、資本主義諸国における労働者階級の革命運動、被圧迫諸国民の民族解放闘争、一般民主主義運動など――現代のこれらすべての偉大な諸勢力は一つの流れに合流して、帝国主義世界体制を侵食し、これを破壊しつつある」

 この意味では、現代における三つの基本的な革命勢力としての、社会主義体制、資本主義諸国の革命闘争、被圧迫諸国の民族解放闘争も、また現代におけるもっとも広範な国際統一戦線としての、帝国主義の戦争と侵略、民族抑圧に反対するすべての反帝民主勢力の共同闘争も、それぞれが現代における巨大な世界的な反帝闘争の重要な構成部分をなしている。もしも、この関係を単純化して、社会主義体制だけを現代における反帝闘争の主力とみなすならば、あるいはアジア、アフリカ、ラテンアメリカ地域の民族解放闘争だけを反帝闘争の主力とするならば、それは、どちらにせよ、その主力とされたもの以外の諸国人民の闘争を、第二義的なもの、受動的なものとして位置づけることにならざるをえない。われわれは、今日、アジア・アフリカ・ラテンアメリカの地域が、世界の諸矛盾が結びつきもっともするどい危機をつくりだしている、帝国主義のもっとも弱い環となっていること、それゆえアメリカ帝国主義がこの地域にその侵略のほこ先を集中し、この地域が帝国主義と反帝・民族解放・平和の勢力との対決の主戦場となっていることを重視するものであるが、民族解放闘争だけを帝国主義に反対する勢力の主力であるとするものではない。現代における反帝闘争の主力は、社会主義体制、資本主義諸国の労働者階級の革命運動、被圧迫諸国の民族解放闘争という、三つの基本的な革命勢力全体にほかならない。そしてこの革命勢力を中心に、もっとも広範な反帝平和の民主勢力を結集したものが同時に今日の民族解放と平和のための国際統一戦線をかたちづくる勢力なのである。

 現在、日本は、アメリカ帝国主義とそれに従属的に同盟する日本独占資本に支配されており、日米安保条約のもとで、アメリカ帝国主義のアジア侵略政策のもっとも重要な拠点となっている。わが党はこの日本で、アメリカ帝国主義と日本独占資本の支配に反対する反帝反独占の民主主義革命と民族民主統一戦線の路線をかかげてたたかっているが、アメリカ帝国主義と日本独占資本の戦争と侵略の政策、日本の軍国主義、帝国主義復活政策に反対する日本人民の闘争の前進は、アメリカ帝国主義に反対する民族解放と平和のための国際統一戦線の強化にたいする、積極的な貢献となるものであり、日本人民がみずから責任をもたなければならない部署である。そして、アメリカ帝国主義と佐藤内閣が、日本をベトナム侵略戦争の直接の攻撃基地、補給基地にし、ベトナム侵略戦争の拡大をささえる土台の一つとして米日「韓」軍事同盟をめざす「日韓条約」を締結するにいたった今日の事態は、日本人民の闘争の国際的責任をいっそう大きいものとしている。われわれは、ベトナム人民をはじめ、アジアと世界の人民とかたく連帯して、アメリカ帝国主義の戦争と侵略、民族抑圧の政策に反対する国際的共同闘争をたたかいぬくとともに、日本の全民主勢力を結集して、日本における米日反動勢力の政策に反対するもっとも広範な行動の統一、統一戦線を組織し、発展させるためにたたかわなければならない。

二、反帝・民族解放・平和の国際的団結を弱め、破壊してきた現代修正主義

 わが党がすでにくりかえし明らかにしてきたように、最近数年来、国際共産主義運動の内部では、アメリカ帝国主義との闘争を中心的課題として位置づけず、その闘争を一貫して遂行するどころかアメリカ帝国主義に追従して、それとの闘争を回避しようとするもっとも有害な日和見主義があらわれ、帝国主義とたたかう国際的団結を弱め、破壊する役割をはたしてきた。今日の国際統一戦線が、なによりもまずアメリカ帝国主義との闘争を中心的課題としている以上、国際的な反帝統一戦線の強化と発展が、この決定的問題にかんする日和見主義の徹底的な克服と重大な関係があることは明らかである。

1、現代修正主義のアメリカ帝国主義美化論

 この日和見主義の路線を合理化する主要な柱となってきたのは、けっきょくのところアメリカ帝国主義の「平和政策」への礼賛に帰着する各種のアメリカ帝国主義美化論である。

 よく知られているように、この数年来、アイゼンハワー、ケネディ、ジョンソンらのアメリカ政府によって、いわゆる「二面政策」がきわだって強化されるとともに、フルシチョフを先頭とするソ連共産党指導部その他、国際共産主義運動内部の現代修正主義者は、わが党が「アメリカ帝国主義の両翼分化論」と「独・仏帝国主義主要打撃論」(1964年3月10日付『アカハタ』、評論員論文「ケネディとアメリカ帝国主義」)と名づけた議論を主張し、とくに部分核停条約についてあやまった評価をおしつけ、国際共産主義運動、国際民主運動に重大な否定的影響をおよぼした。すなわち、アメリカ帝国主義はゴールドウォーターのような冒険主義的好戦的な翼と、ケネディやジョンソンのような平和共存をのぞむ理性的な翼とに分化しつつあり、かれらのあいだの矛盾と対立を利用し、ケネディら「理性派」とも連合して、最悪の好戦的帝国主義者――ゴールドウォーターら「極右派」、報復主義的な西ドイツ帝国主義と反動的なフランス帝国主義などを孤立させることこそ、世界平和のための闘争の当面の基本方針であり、それは、かつてアメリカやイギリス帝国主義とも連合して最悪の帝国主義国――日・独・伊の軍国主義、ファシズムに砲火を集中した、マルクス・レーニン主義の反ファシズム統一戦線戦術のもっとも正しい継承と発展にほかならないというのである。

 だがこの議論は、わが党など真のマルクス・レーニン主義党が、すでに完全に批判しつくしたように、アメリカ帝国主義との断固とした闘争を回避しようとする日和見主義を「正当化」するために、第2次世界大戦当時における国際統一戦線を機械的、教条的にひきあいにだしただけの、反マルクス・レーニン主義的なアメリカ帝国主義弁護論のむしかえしにほかならない。

 第一に、今日ではすでに証明の必要もなくなっているが、ケネディ政府やジョンソン政府のいわゆる「平和」政策や「対ソ融和」政策は、真の平和共存政策とは一かけらの共通点ももたない「二面政策」にすぎず、戦争と侵略の政策をおおいかくし、国際共産主義運動と国際民主運動の不団結につけこんで「中国封じこめ」政策とアジア侵略政策をおしすすめる欺まんの道具であった。そしてその「米ソ協調」も、正しい平和共存政策を日和見主義的に一面化したソ連共産党指導部の対米追随政策につけこんで、ソ連社会主義体制の「自由化」とプロレタリア独裁の変質を策し、ソ連の内部的解体をもねらう策謀であって、それ自体、ユーゴスラビアにたいする「協調」政策と同じく、社会主義体制にたいする破壊工作の一つの形態にほかならない。

 第二に、ゴールドウォーターの路線とケネディ、ジョンソンらの路線との対立が、戦争と平和、あるいはファシズムと反ファッショ民主主義の対立を表現したものであるというのは、今日ではもうだれも耳をかすものもないおとぎ話となった。重要なことは、諸国民にとっての問題は、アメリヵ国内の政治的潮流のなかでの最右翼がどれかということではなく、なによりもまずアメリカ帝国主義が――アメリカ独占体とその国家、政府、軍隊が実際になにをやっているかということである。ファシズムが国際的な反帝統一戦線の主要な敵となったのは、たとえば、たんにドイツにファシズムという政治的潮流があらわれたからだけではなく、まさにファシズムがドイツで国家権力をにぎり、実際に侵略戦争を開始したからであった。ゴールドウォーターの方がよりファッショ的だということで、ケネディやジョンソンの政府を基本的に弁護することは、けっきょくアメリカ帝国主義が現におこなっているあらゆる暴行を弁護することにしかならない。

 第三に、報復主義的な西ドイツ帝国主義の復活がまさにアメリカ帝国主義の支持と激励によっておしすすめられていることも、事実の経過がいっそう明白にしたところであった。アメリカ帝国主義の軍隊は戦後20年をへた今日、依然として西ドイツに駐とんしている。しかもそれは、完全核装備の米第7軍5個師団を基幹とする、27万5千人以上の大兵力である。そして約40の西ドイツ軍の大部分は、アメリカの指揮のもとに侵略的軍事同盟NATO軍に編入されている。西ドイツの軍国主義者がいだいている独自の侵略計画との闘争は、なによりもまずそれを援助しているアメリカ帝国主義にたいする闘争と結びつけ、それとの関係で正しく位置づけられなければならない。

 第四に、もっとも重要なことは、ソ連とともに、ファシスト侵略ブロックとたたかったルーズベルト時代のアメリカ帝国主義の国際的地位と、ドイツ・ファシズムにかわって各国人民の国際的共同闘争の主敵そのものとなっている今日のアメリカ帝国主義がはたしている国際的役割とには、根本的な相違があることである。1954年と1962年の二つのジュネーブ協定などが示すように、帝国主義の戦争と侵略の政策に反対する国際的な闘争の過程で、社会主義国が、世界人民の闘争の圧力に依拠して帝国主義とのあいだに一定の協定その他をかちとり、これを平和と民族解放のために利用する場合があることはいうまでもないが、必要な妥協という口実で世界人民の主敵であるアメリカ帝国主義の政治的指導者との無原則的連合やこれへの追従政策を合理化することは、マルクス・レーニン主義および平和と民族解放の国際統一戦線の事業にたいするもっとも重大な裏切り以外のなにものでもない。

 このような議論とそれにもとづく路線は、ディミトロフが、「われわれの陣営内には、ファシズムの危険にたいする許すことのできない過小評価があった」とのべたのと同様、アメリカ帝国主義のはたしている実際の役割、実生活が示しているそのもっとも危険な侵略牲と反動性にたいする、許すことのできない過小評価にもとづくものである。無原則的な対米追従は、国際労働者階級と全世界の人民がアメリカ帝国主義の戦争と侵略の政策とまっこうから力をつくしてたたかわないでも、その政策に反対する反帝国際統一戦線をますます強化拡大するために努力しないでも、ケネディ政府やジョソソン政府の「平和」政策にたよれば、平和を守ることができるという降伏主義的幻想からみちびきだされたものである。こうした評価や幻想が、逆に世界の平和と諸民族の独立をあやうくし、社会主義国にたいする新たな攻撃をもひきおこすものであったことは、ベトナム侵略戦争を中心とするその後のすべての事態が立証したところである。

 現代修正主義者たちは、アメリカ帝国主義と連合しこれに追従するという、すでにまったく破産したその日和見主義政策を合理化する論拠の一つとして、帝国主義諸国間の矛盾の利用についてのレーニンの命題やコミンテルン第7回大会の教訓をもちだしているが、これほど乱暴な歪曲はない。たしかに今日西ヨーロッパ諸国と日本の独占資本主義が急速に復活強化するにつれて、帝国主義陣営内の矛盾と対立は新たな激化を示し、するどい裂け目が各所に拡大しつつある。EEC(ヨーロッパ共同市場)をめぐるアメリカ、イギリス、フランス、西ドイツの対立、NATO、ベトナム問題、対中国政策、核政策、資本主義世界の貿易や国際通貨の問題その他をめぐるアメリカとフランスの対立、西ドイツ核武装をめぐるアメリカ・西ドイツとフランスの対立、アジア、アフリカ、ラテンアメリカの勢力圏の再分割をめぐるアメリカ、イギリス、フランス、西ドイツ、日本その他の対立などは、社会主義体制と帝国主義体制との対立や、世界帝国主義と国際労働者階級および民族解放運動との対立とからみあいながら、ますます先鋭化しつつある。しかし、これらの矛盾と対立の利用は、アメリカ帝国主義に反対する国際反帝統一戦線のたたかいを土台としておこなわなければならず、また、まさにコミンテルン第7回大会が正しく適用してみせたように、主要な戦争放火者をいっそう明確にしてそれを孤立させ砲火を集中するために、すなわちアメリカ帝国主義を孤立させ、これに砲火を集中し、そのことによって世界帝国主義全体を弱め、反帝勢力を強化するためにこそおこなわれなければならないのである。

 コミンテルン第7回大会は、帝国主義国家間の敵対関係が、反ソ戦争のためのすべての帝国主義国の同盟をつくりだすのを、一定の期間、一定の条件のもとで、ある程度妨げうるように進展しつつあることに注目して、帝国主義諸国間にあるすべての矛盾と対立をたくみに利用しつつ、主要な戦争扇動者であり反ソ戦争の先兵であるドイツ・ファシズムと日本軍国主義に砲火を集中する方針をつくりあげた。この方針は、その後のドイツ・イタリアのファシズムと日本軍国主義のますます露骨な侵略行動と、それによってますます激化した帝国主義諸国間の死闘のなかで、その正しさをいっそう明確にしていった。ミュンヘン会談、独ソ不可侵条約など幾多の屈折をへて、ドイツ・ファシズムがソ連におそいかかったとき、ついに独・伊・日帝国主義打倒のための、ソ連、アメリカ、イギリス、フランス、中国などの連合をふくむ国際的共同戦線が結成された。第2次世界大戦におけるこの国際的共同戦線の勝利は、独・伊・日帝国主義を打倒しただけでなく、世界帝国主義全体に大きな打撃をあたえ、全世界の反帝勢力を大きく強化した。戦後の東ヨーロッパとアジアにおける一連の民主主義革命および社会主義革命の勝利による社会主義世界体制の成立、資本主義諸国における労働運動と革命運動の成長、アジア、アフリカ、ラテンアメリカにお吐る民族解放運動の巨大な前進と植民地体制の崩壊の進行などは、ファシズムにたいする世界の民主勢力のこの歴史的勝利の土台のうえになしとげられたものであった。そしてこの一連の勝利こそ、1960年の81ヵ国共産党・労働者党代表者会議の声明が、「あい対立する二つの社会体制の闘争の時代、社会主義革命および民族解放革命の時代、帝国主義の崩壊、植民地体制一掃の時代、各国人民がつぎつぎと社会主義への道にふみだし、社会主義と共産主義が世界的な規模で勝利する時代」として特徴づけた「われわれの時代」を、明確なすがたをとって前進させたものであった。

 中国共産党が、抗日戦争の時期に、日本帝国主義とそれに結びついた一部の反動派、投降派に反対してかちとった「国共合作」と抗日民族統一戦線の成功も、主要な敵にたいして砲火を集中するこのような戦術のもっとかがやかしい典型の一つであった。中国共産党は、日本帝国主義と国民党との矛盾、日本帝国主義とアメリカ・イギリス帝国主義との矛盾の激化を、主要な敵、日本帝国主義打倒のために利用した。そしてその勝利は、アジアにおける帝国主義の植民地体制全体に、重大な打撃をあたえたのである。

 これらの経験に正しく学ぶならば、さきにのべたような最近の帝国主義陣営内の矛盾と対立の先鋭化を、現代帝国主義の主力であるアメリカ帝国主義に反対する国際的闘争をいっそう有利に前進させ、世界帝国主義全体を弱め、反帝勢力を強化する新しい条件をあたえているものとして利用することこそが、重要なのである。ところが、まさにそのときに、現代修正主義の国際的潮流は、そのアメリカ帝国主義に接近し、妥協し、追従し、連合する道を選んだ。中国、ベトナム、朝鮮、キューバなど社会主義国にたいする公然たる侵略政策を現に強行している最悪の敵と無原則的に妥協し、しかもその妥協を国際民主運動と国際共産主義運動におしつけ、アメリカ帝国主義に反対する国際的統一闘争を分裂させ破壊する道をまっしぐらにつきすすんだ。それは、コミンテルン第7回大会の統一戦線戦術の歴史的教訓をまっこうから裏切ったものであるだけでなく、国際共産主義運動を世界帝国主義に追従させようとした、きわめて重大な裏切り行為であったといわなければならない。

2、民族解放と平和擁護の任務の日和見主義的歪曲

 さらに、現代修正主義者は、アメリカ帝国主義との闘争を回避する日和見主義の当然の結果として、今日における国際統一戦線の中心任務である民族解放と平和擁護の任務をも、日和見主義的に歪曲し、反帝民主勢力の国際的団結を弱化させ破壊するさまざまな策謀を追求してきた。

 第一に、現代修正主義の国際的潮流は、反帝国主義的、民主主義的性格をもつ平和擁護闘争を、反帝国主義的性格をぬきさり日和見主義的に一面化した「平和共存」をめざす闘争にかえ、国際民主運動、国際共産主義運動に対米追従政策をおしつけ、アメリカ帝国主義が戦争と侵略の政策をおしすすめるのを容易にしてきた。

 フルシチョフらは、各国人民が帝国主義の戦争政策にたいする断固たる闘争を不断におしすすめ、その侵略の手をおさえつけることによってはじめて帝国主義におしつけることのできる、社会体制の異なる諸国家間の平和共存を、「米ソ2大国による平和」、すなわち、アメリカ帝国主義の核脅迫に屈服した「米ソ協調」にすりかえてしまった。かれらのいう「平和共存」なるものの実態がどんなものであったかを、もっともあざやかに示したものは、フルシチョフを中心とするソ連共産党指導部が、わが党中央委員会に送って一方的に公表した、1964年4月18日付書簡にあるつぎのような主張である。

 「ソビエト国民の並々ならぬ努力によって、世界で最大の威力をもつ核兵器がつくられました。帝国主義者は、“力の立場”にたつ政策を実施する物質的地盤を失ってしまいました」

 「われわれの階級敵の陣営内では、もし帝国主義の狂人どもが世界戦争をはじめるならば、資本主義は一掃され、葬り去られるという真理を、ますますはっきりと理解するようになっています。まさに、このために帝国主義者は余儀なく、諸国家間の平和共存を受けいれているわけです」

 もし、ソ連共産党指導部が描き出してみせたように、「力の政策」の物質的地盤がすでに失われ、アメリカ帝国主義がすでに平和共存をうけいれているのなら、当然ここからは、世界平和を守るために、アメリカ帝国主義と闘争することもアメリカ帝国主義に反対する国際統一戦線を強化することも必要でなくなり、ただアメリカ帝国主義と「協調」してすでに実現されている「平和共存」の維持に努めさえすればよい、という結論が出てこざるをえない。だが、アメリカ帝国主義が平和共存をうけいれているなどというソ連共産党指導部のこうした評価が、ただかれらのアメリカ帝国主義にたいする降伏政策を合理化するための、でまかせの言葉にすぎなかったことは、いまでは論議の余地もないほど明白である。

 1960年の声明後の5年間、たしかにアメリカ帝国主義の戦争と侵略の政策には、軍事的力関係をもふくめた世界的な力関係の変化におうじて一定の変化がおこったが、それは、どんな意味ででも、アメリカ帝国主義が 「平和共存を受けいれ」たことを示すものではなかった。それはすでにのべたように、「二面政策」の強化という変化にすぎない。すなわち、アメリカ帝国主義は、フルシチョフら現代修正主義者の日和見主義的対米追従政策につけこみ、ソ連とのあいだに一定のやわらぎをつくり出しながら、その内部的解体をねらい、同時に「中国封じ込め」政策を中心にして、各個撃破的にアジア、アフリカ、ラテンアメリカなどの民族解放運動の圧殺や、中国、朝鮮、ベトナム、キューバなどの社会主義国にたいする侵略戦争の陰謀をおしすすめる「二面政策」を強化してきたのである。そしてフルシチョフらの対米追従政策と、アメリカ帝国主義の「二面政策」は、相互に呼応しあって、ベトナム侵略戦争の凶暴化と拡大が反論の余地なく示しているように、アジアにおけるいっそう大規模な戦争の危険を急速に増大させつつある。

 1960年の声明は、つぎのようにのべていた。

 「この時期における主な結論は、社会主義世界体制の力量と国際的影響力の急激な成長、民族解放運動の打撃による植民地体制のいちじるしい崩壊の過程、資本主義世界における階級闘争の激化、資本主義世界体制のいっそうの衰退と腐朽である。世界の舞台では、帝国主義にたいする社会主義勢力の優位、戦争勢力にたいする平和勢力の優位がますます明らかになっている」。

 この優位こそ、同じ声明が「世界戦争をはじめようとする帝国主義的侵略者のたくらみを阻止できるときがきた」と宣言したもっとも深い根拠であったが、今日、アメリカ帝国主義が、傍若無人にベトナム侵略戦争を拡大し、いっそう大規模な戦争をひきおこそうとしている重大な事態は、この「戦争勢力にたいする平和勢力の優位」にふさわしいものでないことは明らかである。さらにまたアメリカ侵略者が、南ベトナムへの侵略の公然とした拡大だけでなく、世界社会主義体制のアジアの前哨である社会主義国の領土に、毎日毎日暴虐な爆撃をくりかえしているという重大な事態が、この「帝国主義にたいする社会主義勢力の優位」にまったくふさわしいものでないことも明らかである。

 このことは、「帝国主義にたいする社会主義勢力の優位」、「戦争勢力にたいする平和勢力の優位」も、けっしてたたかわずに発揮できるものではないこと、社会主義陣営、国際共産主義運動の団結をかため、全世界の反帝勢力を国際統一戦線に結集して帝国主義の戦争と侵略の政策にたいする、不断の闘争を前進させることによってのみ、この本来の優位を発揮し、強化しうるものであることを示している。もしも誤って、フルシチョフのように、現在の国際情勢をすでに平和共存が実現している状態であるかのようにみなして、アメリカ帝国主義との闘争を回避する日和見主義路線を反帝・民族解放・平和の勢力におしつけ、社会主義陣営、国際共産主義運動、国際民主運動の団結を破壊する政策をおしすすめるならば、たとえ大局的には社会主義と平和勢力が優位をたもっていたとしても、帝国主義は社会主義諸国にたいしてさえ局地的に戦争と侵略の政策を強行する有利な機会をみつけることができる。もしも誤って、フルシチョフのように、世界戦争を避けることのできる可能性をたたかわずに実現できるものとみなしてアメリカ帝国主義にたいする無原則的追随政策をとり、反帝・民族解放・平和勢力の、アメリカを先頭とする帝国主義に反対する国際的団結を弱め、破壊するならば、帝国主義が放火する局地戦争がより大規模な戦争に拡大し、新しい世界戦争に発展する可能性さえ増大することとなる。われわれが現在直視しなければならないことは、今日の情勢が、新しい世界戦争は避ける可能性があるということを理由にして、安住していられる事態ではけっしてないということである。アメリカの政府、軍部内部に、「米・中戦争」論――すなわち中国が強力な核ミサイル兵器を完成する以前に、中国に「予防戦争」をしかけ、中国を粉砕することが必要だという主張がますます公然とのべられるようになっている事実は、アジアにおける大規模な戦争――そしてそれが世界戦争に拡大しないという保障はない――の脅威が、実際に増大していることを示している。

 フルシチョフらは、ただ米・ソ間に一定のやわらぎ――それも本質においては欺まん的なものにすぎない――が生まれたことだけを理由にして、すでに「帝国主義者は、“力の立場”にたつ政策を実施する物質的地盤を失い」、「余儀なく平和共存を受けいれている」と言いはなち、アメリカ帝国主義に無上の賛辞をささげてこれとの闘争を回避し、全世界の人民の前から現実の戦争と侵略の危険をおおいかくし、事実上、平和擁護闘争を武装解除させ、さらに分裂政策を強行しようとしたのである。

 第二に、現代修正主義の国際的潮流は、反帝平和の課題を世界戦争防止の課題だけに解消し、さらにそれを保障するものとしてかれらの日和見主義的「平和共存」を最高の地位にまつりあげ、この「平和共存」をあやうくするという口実で民族解放闘争や各国人民の革命運動をおさえつける行動をとってきた。

 たとえばフルシチョフは、1962年の「キューバ危機」の際に、熱核戦争の危機を防ぐためと称して、キューバ政府と事前に相談することなく、キューバの国際査察をケネディに約束した。かれは、「米ソ共存」のためには、他の社会主義国家の民族的主権さえ取引きの道具として恥じなかったのである。またフルシチョフは、1964年夏、アメリカ帝国主義がベトナム民主共和国を爆撃した「トンキン湾」事件に際して、アメリカがこの問題を国連にもちこむことに賛成した。かれは、ベトナム民族にくわえられているアメリカ帝国主義の侵略の問題をも「米ソ協調」に従属させ、そのわくのなかで解決しようとこころみたのである。現在でもまだ、一部の現代修正主義者は、ベトナムを中心に生まれている核戦争の危機を口実にしてジョンソンとつうじあう「無条件停戦」や無原則的な「政治的解決」をとなえ、ベトナム人民の民族的要求を犠牲にして、ベトナム問題を「米ソ協調」の路線にのせようとする、さまざまな策謀をやめていない。

 このほか、現代修正主義者が「平和共存」を口実にして、各国人民の革命運動や民族解放運動の前進を抑制しようとした例は、数えきれないほどである。わが国の反党修正主義者も、「平和共存」が進展すればアメリカ帝国主義の日本にたいする支配もなしくずしに後退せざるをえないと主張して、アメリカ帝国主義にたいする日本人民の民族独立闘争をおさえつけ、日本革命の課題から民族独立をはずそうとした。

 現代修正主義者が口先では平和と独立の課題の結びつきをみとめ、帝国主義の支配に根本的な打撃をあたえる資本主義国や植民地、従属国での革命運動、独立運動の重要性をとなえながら、実際にはかれらのいう日和見主義的「平和共存」を最高の地位にまつりあげている理由は、万一熱核戦争がおきれば、階級も民族もなく、ほとんど全人類が全滅してしまうからということである。たとえば、1963年7月14日の「ソ連の全党組織と全共産党員にあてたソ連共産党中央委員会の公開状」は、原子爆弾は階級的原則にしたがわないとしてつぎのようにのべていた。

 「原子爆弾は、階級的原則におかまいなく、その破壊作用のおよぶ範囲にいる人びとを全滅させてしまう」

 「原子爆弾は、帝国主義者のいるところも勤労者のいるところも区別せず、広い地域にわたって爆発する」

 たしかに、原子爆弾の核反応過程そのものは、社会科学の法則にしたがわずに物理学の法則にしたがい、もし爆発すれば物理的には、帝国主義者も労働者も区別せずに、巨大な破壊力をおよぼす。だがそのことを理由に、原子爆弾の生産と使用および廃棄が、まさに社会科学の法則にしたがい、階級闘争の原則にしたがっておこなわれること、すなわち帝国主義者がその戦争と侵略の政策と世界支配計画のために核兵器を生産し、実験し、配備し、使用すること、社会主義国の核兵器の開発と保有が、帝国主義者の核脅迫に反対し、これを抑止し世界戦争の危険をふせぐために必要となること、一切の核兵器の廃棄は、帝国主義にたいする反帝平和の勢力の闘争によってのみかちとられるものであることを否定することほど、こっけいなことはない。この点にかんしては、破壊力の大小にもかかわらず、水爆も小銃もなんの変わりもない。核兵器をただその破壊力のゆえに、階級闘争の原則からはずそうとする、マルクス・レーニン主義理論のこの露骨な修正のこころみは、ただ、アメリカ帝国主義の核脅迫におびえて、自己の闘争放棄を合理化し、世界の人民に断固たる反帝独立の闘争や革命闘争を抑制するよう説教しようとするものにほかならない。そして、フルシチョフらのアメリカ帝国主義にたいする無原則的追従の底によこたわっていたものは、たとえ反帝・民族解放・平和の国際統一戦線が弱化し、国際共産主義運動が分裂しても、米・ソ間の熱核戦争さえ回避できれば、こうしてえられた「平和」の期間に、「平和」的経済競争でソ連の生産力がアメリカの生産力を追いこすことができ、その「実例」の力にもとづく社会主義の世界的勝利が期待でき、諸民族の完全な解放の日もまたやってくるだろうという無責任な幻想であった。だが、これは、まったく本末をさかさまにした幻想にすぎない。平和と民族解放をめざす諸国民の反帝闘争や革命闘争を犠牲にして、社会主義建設だけが平和のうちに躍進することはありえない。それは帝国主義の侵略と戦争の政策をいっそう助長し、けっきょく、熱核戦争の危険そのものをも増大させることになる。民族解放と平和のための諸国民の闘争、各国人民の革命戦争を、社会主義陣営がプロレタリア国際主義にもとづいて支持し、帝国主義の闘争と侵略、民族抑圧と反勧の政策をおさえつけてこそ、はじめて平和を維持・強化することができ、平和な社会主義建設の躍進もありうるのである。また、このような闘争をつうじてこそ、社会主義の優越した「実例」の力を、世界の人民は真にみてとることができるのである。フルシチョフの日和見主義路線は、帝国主義の圧力に屈して、「米ソ間の緊張緩和」という目前の、しかも、幻想的な利益のために、国際労働者階級とその所産である社会主義体制の根本的利益を見失い、犠牲にしようとするものであった。レーニンが喝破しているように、これこそ修正主義の政策の根本的な特徴なのである。

 「そのばあいばあいで自分の行動を決定し、日々の諸事件に、些細な政治の風向きに順応し、プロレタリアートの根本的利益と、全資本主義体制、全資本主義的進化の基本的特徴とをわすれ、目前の現実の利益または仮想された利益のためにこの根本的利益を犠牲にすること、――これが修正主義の政策である」(「マルクス主義と修正主義」、邦訳レーニン全集15巻、20ページ)

 以前には、レーニンとスターリンの指導したソ連共産党とソビエト社会主義国家は、各国人民の独立、平和、民主主義のための闘争、労働者階級の革命的闘争に惜しみない援助をあたえ、また各国の労働者階級と先進的な人民は、解放のとりでとしてのソビエト連邦を擁護するために、犠牲的献身とめざましい戦闘性を発揮してたたかった。コミンテルン第7回大会の方針は、諸国人民を守る平和擁護、帝国主義戦争反対と同時に、世界ではじめての社会主義国家ソ連を守りぬくためのものでもあった。真のプロレタリア国際主義にもとづく、各国の共産主義者と労働者階級、勤労人民の、ソ連にたいする熱烈な支持にこたえて、ソ連共産党とソ連人民は、ドイツ・ファシズムの凶暴な侵略とまっこうからたたかいぬいて大祖国戦争の勝利をかちとり、同時に各国人民の解放闘争にたいする偉大な歴史的貢献をなしとげたのである。フルシチョフとその追随者たちが、ソ連一国だけの幻想的利益に目をうばわれて、アメリカ帝国主義と無原則的妥協をおこない、平和、独立、民主主義、社会主義のためにたたかう諸国人民の団結を犠牲にし、さらに積極的に今日の国際的な反帝統一闘争と統一戦線を分裂させ、弱化させてきたことは、ソ連共産党の革命的伝統とプロレタリア国際主義をはずかしめるものであるといわなければならない。

 わが党だけでなく、マルクス・レーニン主義を堅持する兄弟党が、断固として批判し、たたかってきた、現代修正主義者のこのような主張と路線は、わが党が論文「現代修正主義者の戦争と平和の理論と、これにたいする歴史の審判」(1965年8月14日付『アカハタ』)のなかでくわしくあとづけたように、アメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争と、それに反対する各国人民の共同闘争をはじめ、国際情勢と世界人民の闘争の現実によって、すでに完全に破産した。一方、その破産と対照的に、1960年の声明が明確にし、われわれが堅持してきたアメリカ帝国主義にたいする評価と、アメリカを先頭とする帝国主義勢力と対決し闘争するいっさいの反帝勢力の統一と団結という路線の正しさは、諸事件の経過そのものによって力づよく立証された。

 コミンテルン第7回大会30周年に際して現代修正主義者によって発表された論文は、共通して平和擁護闘争におけるセクト主義と教条主義にたいする闘争の重要性をしきりに強調しているが、今日までの国際統一戦線にとっての主要な危険は、以上にみたように現代修正主義の国際的潮流の、反帝闘争を回避しようとする日和見主義路線とこれをおしつける分裂主義、大国主義路線にあったことは明らかである。

 今日の国際統一戦線にかんする現代修正主義者の日和見主義的誤りの本質は、すでにのべたように、第一に主要な敵としてのアメリカ帝国主義を美化して、それとの闘争を回避すること、第二にそのことと結びついて、平和擁護と民族解放を切り離して反帝闘争を弱めるだけでなく、それらの課題から反帝的性質をうばいとり、抽象的な「平和」をかかげてアメリカ帝国主義との闘争を回避する無原則的な日和見主義的統一戦線を追求して、反帝民主勢力の真の国際統一戦線を分裂させ裏切ろうとしたことにあった。

 いま重要なことは、アメリカ帝国主義に反対する反帝・民族解放・平和の国際統一戦線にとって主要な危険となっている、こうした現代修皿主義者の日和見主義と分裂主義の路線との闘争を、反帝民主勢力の国際的団結を強化する闘争と正しく結びつけることである。このことによってわれわれは、現代修正主義にたいする闘争をもいっそう有効にすすめることができる。だが、もしもわれわれが、この二つの闘争を正しく統一することができず、正しく結びつけてたたかわないならば、それはけっきょく、現代修正主義の策動にたいして理論的にも実践的にも受動的になる結果を生み、アメリカ帝国主義に反対する国際統一行動と統一戦線の強化という切迫した任務を過小評価する傾向におちいることとなるであろう。現代修正主義の日和見主義と分裂主義の策動にたいする最大の実践的回答は、理論的にこれとたたかうだけでなく、今日情勢が切実に要求している国際的な統一行動と統一戦線を達成する課題を重視し、その強化のためにもっとも積極的にたたかうことである。

 マルクス・レーニン主義者は、マルクス・レーニン主義的路線をゆがめようとするいっさいの修正主義とたたかい、また、教条主義とセクト主義を正しく警戒しつつ、かつて、共産主義インタナショナルの指導のもとに国際的な反ファシズム統一戦線によって、主要な敵ファシズムを打倒したように、帝国主義の主力であるアメリカ帝国主義に主要な砲火を集中し、民族解放と平和という共同の課題をめざす国際的な反帝統一戦線の巨大な前進によって、世界帝国主義の戦争と侵略、民族抑圧にたいする歴史的勝利をかちとらなければならない。

三、国際統一戦線の強化と国際共産主義運動の団結

 アメリカ帝国主義に反対する国際統一戦線を強化するために、国際民主運動や各国人民の統一行動をすすめてゆく際、特別に重要な問題は、その中核となるべき国際共産主義運動の団結とその路線の正しさである。

 81ヵ国共産党・労働者党代表者会議の声明は、この問題につき、つぎのようにのべている。

 「会議参加者は、マルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義にもとづく各国共産党のいっそうの団結こそ、労働者階級の全勢力、民主主義と進歩の全勢力を結集するもっとも重要な条件であり、全人類のかがやかしい未来をかちとり、平和と社会主義の事業の勝利をかちとる大闘争で世界の共産主義運動と労働運動が新たな勝利をおさめるための保障だと考えている」

 コミンテルン第7回大会の時代には、国際共産主義運動の路線の正しさはもちろん、その隊列の団結も強固なものがあった。マルクス・レーニン主義の原則にもとづく強固なこの団結こそ、たとえば、独ソ不可侵条約という複雑な情勢のなかでも各国共産党が毅然としてその基本的立場を堅持して活動しつづけ、第2次世界大戦のなかで、国際共産主義運動の威信と影響力を飛躍的に高めることができた基礎であった。1943年のコミンテルン解散後も、この団結はゆるがなかった。そしてアメリカ帝国主義との反ファシズム連合のなかで、ルーズベルト政策にたいする反階級的幻想と無原則的追従におちいり、アメリカ共産党を解散させたブラウダーの修正主義が発生したときに、国際共産主義運動が全体として適切にそれとたたかい、アメリカ共産党の急速な再建がかちとられたのも、国際共産主義運動の統一と団結が維持されていたことが背後の力となっていた。

 ところが今日では、アメリカを先頭とする戦争と反動の勢力にたいする国際的統一闘争と統一戦線のいっそうの強化がつよく要請され、その発展の保障として、国際共産主義運動の正しい路線と強固な団結がもっともつよく要請されているときに、フルシチョフを中心とする現代修正主義の反帝闘争回避の日和見主義路線が成長し、それを前提とした分裂主義と大国主義が強まって、国際共産主義運動の不団結が重大化してきたのである。この日和見主義、分裂主義、大国主義の路線をどのように克服し、国際共産主義運動の真の団結を回復し、強化するか、ここに今日、すべての共産主義者が全力をあげてとりくまなければならない重要な課題がある。

1、アメリカ帝国主義のベトナム侵略に反対する効果的な共同行動の重要性

 国際共産主義運動の不団結問題の真の全面的解決が、1957年の宣言と1960年の声明が「主要な危険」であると規定した現代修正主義の完全な克服によってのみ、かちとられるものであることは明白である。だが現代修正主義を完全に克服する闘争は、長期にわたる闘争となることはさけられない。

 しかし、ベトナム侵略戦争の現状が示すように、アメリカ帝国主義が、国際共産主義運動の不団結につけこんで、その侵略行為を凶暴におしすすめている現在、玩代修正主義の完全な克服を連成するまで、アメリカ帝国主義の侵略に反対する闘争での国際的共同行動をひきのばし、反帝・民族解放・平和の国際統一戦線を強める努力を怠ることはできない。なぜなら、「世界の舞台では、帝国主義にたいする社会主義勢力の優位、戦争勢力にたいする平和勢力の優位がますます明らかになっている」と1960年の声明がのべた今日の本来の力関係のもとでは、もしも国際共産主義運動がかたく団結し、全社会主義陣営が団結してベトナム人民の闘争を支援しアメリカ帝国主義の戦争と侵略の政策とまっこうからたたかうならば、そもそもアメリカ帝国主義がなにはばかることなく南ベトナムを侵略しベトナム民主共和国に無法な一方的爆撃をおこない、それを拡大するような事態を防止することもできただろうし、今日でもその侵略政策をかならずうちやぶることができるからである。

 アメリカのベトナム侵略は、アメリカ帝国主義の侵略的本性にもとづくものであるが、かれらの犯罪的行為は、かれらなりの打算にもとづいている。それはなによりもまず、ケネディの部分核停条約以来の二面政策とそれにたいするフルシチョフらの美化によって、アメリカ帝国主義の戦争と侵略、民族抑圧の政策に反対する反帝民主勢力の国際的団結が弱められているという打算にもとづいている。南ベトナムの米軍事顧問団を、数百人から1万5千人にまで増員し、「ステーリー・テーラー計画」をつくって公然たる植民地戦争を開始したのはケネディであったが、フルシチョフは一度も真剣にそれを糾弾せず、それどころか、ケネディを理性的な平和の政治家としてほめたたえた。それが、アメリカ帝国主義のベトナム侵略に反対し、ベトナム人民の正義の闘争を支援する、諸国人民の効果的な闘争体制をつくりあげることに、重大な否定的影響をおよぼしたことは明らかである。

 とくにアメリカ帝国主義は、フルシチョフ以来の現代修正主義の国際的潮流のアメリカ帝国主義にたいする追随路線の結果、社会主義陣営をみくびり、その一定部分の日和見主義的変質を期待し、社会主義陣営の不団結につけこんで社会主義諸国を各個撃破できるという打算をかためてきた。このことは、ベトナム侵略戦争の拡大の、これまでの経過からみて、明白である。とくにアメリカ帝国主義がベトナム民主共和国にたいする侵略計画を公然ととなえはじめたのは63年の部分核停条約以後のことであり、アメリカ帝国主義は、それをソ連共産党指導部の部分核停条約支持のおしつけをふくむ日和見主義および分裂主義の路線の強化と、それにもとづく社会主義陣営の不団結の拡大を計算にいれて、一歩一歩実行してきたのである。

 1964年はじめ、ロストウ米国務省政策企画委員長は、ベトナム民主共和国への魚雷艇攻撃、戦略爆撃などを段階的に発展させる「第6ロストウ計画」を提案したが、ニューズ・ウイーク誌3月2日号はこれについて、つぎのように報じていた。

 「ロストウ氏とその支持者は、北ベトナムの情勢はきわめて不安定であり、また中ソの対立は深刻だから共産圏から大規模な報復を受ける危険はほとんどないと信じている」

 同年6月1日、米首脳はホノルル会議を開き、ベトナム民主共和国にたいする12段階にわたる攻撃計画、いわゆる「エスカレーション計画」を決定した。そしてジョンソン政府が6月19日、「米国は東南アジアで中共との全面戦争も辞さない」という好戦的態度を表明し、関係各国に通告したと報道された日から2日後の21日、ソ連共産党機関紙プラウダは、ユーリ・ジューコフの「万里の長城」という論評を掲載した。そこにはこう書かれてあった。

 「北京の指導者たちは、中国人民のなかにソ連にたいする真の友情がふかく根づいたことを知っており、『きびしい試練のときには』中国とソ連はつねに行動をともにするだろうなどという大げさな偽善的な文句を、いまもなお時どき口にしている。だが、分別あるものならだれでも、かれらにこういうだろう。中国でみにくい反ソ・カンパニアがくりひろげられており、朝から晩までソ連にたいするとほうもない非難がまきおこされているような条件のなかで、あなたがたはそのことをどう保証するつもりなのか。ソ中友好の土台そのものを破壊するような、こういう危険な政治的遊戯は冒険のしすぎではないだろうか」。

 この論評が事実上アメリカ帝国主義の侵略政策をはげますものと、広くうけとられたのは当然である。

 そして、アメリカ帝国主義が、ホノルル会議の計画にしたがって、8月2日第1次「トンキン湾」事件をひきおこしたとき、翌3日にフルシチョフは、部分核停条約1周年を記念レて、平然と米・ソの「相互信頼」をほめたたえた。この「信頼」に安心して、ジョンソン政府は8月5日、ベトナム民主共和国に最初の大規模な空爆をおこなった。ベトナム民主共和国、中国、キューバなどがただちにアメリカを断固として非難しつよく抗議する声明を出したこのとき、おどろくべきことにソ連政府は、アメリカと共同歩調をとって、問題を国連安保理事会にもちこみ、ベトナム民主共和国政府代表の安保理事会出席を提案し、ベトナム問題をアメリカの道具となっている国連のわくのなかで「解決」することに手助けしようとしたのである。社会主義陣営の一国にたいする、長く準備された計画にもとづくこの一方的攻撃にたいし、ソ連政府がとった態度は、ロストウが予測したとおり、信じがたいほどあいまいな弱腰のものであった。

 そして、いっそう許しがたいことは、10月15日にフルシチョフを解任したソ連共産党の新指導部が、11月のアメリカ大統領選挙に際して、社会主義陣営にたいする公然たる侵略戦争の火ぶたを切ったジョンソンを、ゴールドウォーターをうちまかすためと称して、公然と支持したことである。11月4日、ソ連政府機関紙イズベスチャは、ジョンソンの当選に際して、「アメリカが世界政治情勢改善、他国との正常で互恵の関係の発展、未解決の国際問題解決へ具体的に前進するだろうと期待する理由がある」「アメリカの政策は、世界平和強化のため協力する用意のあるソ連の立場とはっきり合致するだろう」と書き、依然としてアメリカ帝国主義の美化と、露骨な対米追随政策を変えるつもりがないことを表明した。

 このようなソ連共産党指導部の態度は、ますますジョンソン政府をつけあがらせ、いっそう凶暴な侵略政策にのり出させた。かれらは、こともあろうにコスイギン首相がベトナム民主共和国を訪問している最中をえらび、プレイク基地にたいする人民軍の攻撃への「報復措置」と称して、1965年2月7日から凶暴な「北爆」を開始した。ところが、社会主義陣営と国際共産主義運動の団結が、いっそう切迫したものとして要求されたこのとき、ソ連共産党指導部は、3月1日にフルシチョフの計画をひきついだ分裂主義的会議を一方的に招集して、国際共産主義運動の不団結を拡大しアメリカ侵略者の各個撃破の野望を強めさせた。この会議のひらかれた翌日の3月2日に、アメリカ帝国主義は、20日ぶりにベトナム民主共和国にたいする爆撃を大規模に再開し「報復措置」から爆撃の恒常化に移行させた。分裂を公然化する3月1日の「相談会」をひらいたこと自体が、かさねてアメリカ帝国主義を鼓舞する結果となったことは明白である。

 フルシチョフ以来の現代修正主義者の策謀がひきおこした国際共産主義運動の不団結こそ、アメカ侵略者のベトナム侵略戦争の凶暴な拡大にふみきらせた重要な条件の一つとなったことは疑問の余地がない。だとすれば、現代修正主義者の日和見主義、分裂主義の策謀とたたかって、アメリカ帝国主義の侵略とたたかう効果的な共闘態勢を強化することは、マルクス・レーニン主義を堅持するすべての党の双肩に課せられたもっともきびしい責任であるといわなければならない。

 わが党は、これまで一貫して「アメリカを先頭とする帝国主義に反対する民族解放と平和の国際統一戦線」の強化と発展を保障する重要な条件としての国際共産主義運動の統一と団結の達成を重視してきた。そして、フルシチョフを先頭としたソ連共産党指導部のわが党にたいする公然とした攻撃に直面しつつ、国際共産主義運動の重大化した不団結の根源である現代修正主義の国際的潮流の日和見主義と分裂主義の路線にたいする原則的闘争を国際的義務として積極的に遂行しながら、同時に、アメリカをかしらとする帝国主義勢力とたたかうために、国際民主運動の行動の統一とともに、国際共産主義運動の共同行動を実現することをつよく提唱しつづけてぎた。

 「われわれは論争によって真理を追求しながらも、帝国主義による社会主義陣営にたいする離間策や国際共産主義運動にたいする策謀をゆるさないように、各国人民の共同の敵とたたかうための行動の統一をかちとる努力をすべきだと考える。これこそ、マルクス・レーニン主義の原則とプロレタリア国際主義にもとづく真の団結に向かって前進する現実的な道である。

 国際共産主義運動を決定的な分裂へとみちびくような『国際会議』は、まだひらかれていないのだから、いまからでもおそくはない。われわれは、一方的で根拠のない提案と方法にもとづく『国際会議』――事実上、必然的に団結に有害な――国際会議の招集を中止させること、そして、1957年の宣言と1960年の声明に明確に規定されている各国人民の共同の敵がおこなっている侵略と一致してたたかう具体的な共同行動について協議する国際会議を準備することを、広く各兄弟党に提案する」。(1964年10月5日付『アカハタ』主張「各国共産党・労働者党の国際会議は、分裂のためでなく、団結に役だつようにおこなわれるべきである――日本共産党の提案」)

 さらにわが党は、1965年2月のベトナム民主共和国にたいする爆撃以来、アメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争がつくりだしたきわめて重大な事態にたいし、緊急に必要な「諸国人民の切実な利益を守るために必要な各国共産党の行動の統一」の課題として、「各国の共産党・労働者党が、ベトナム人民の正義の闘争を支持、アメリカ帝国主義の侵略戦争反対、米軍の即時撤退のためにただちに一致して闘争にたちあがること」「国際民主運動のなかでもアメリカ帝国主義の侵略戦争に反対する方向で共同行動を発展させるよう、ともに努力すること」(1965年4月13日付『アカハタ』「ソ連共産党指導部が3月1日からモスクワに招集した会議について」)をよびかけた。

 アメリカ帝国主義がベトナム侵暗戦争への大量の米軍投入、ラオス、カンボジア、中国への戦争拡大など、その戦争と侵略の政策をますます凶暴におしすすめている現在の事態のなかでは、わが党が一貫して提案してきたように、原則上の問題についての必要適切な論争によって真理を追求しながらも、アメリカ帝国主義の侵略とたたかう効果的な共同行動をいっそう強めることがきわめて重要であり、一刻の猶予も許されないことはますます明らかとなっている。そのために真剣に努力することなしに、国際共産主義運動に課せられたきびしい責任をはたすことはできず、民族解放と平和のための反帝国際統一戦線を強化することはできない。

2、ソ連共産党指導部の最近の態度

 ところが、現在とくに注目しなければならないことは、フルシチョフを解任したソ連共産党指導部らと、現代修正主義の国際的潮流も、いまアメリカ帝国主義のベトナム侵略の激化に当面して国際共産主義運動の「共同行動」を口にしないわけにはゆかなくなっていることである。

 すなわちソ連共産党指導部は、昨年の3月1日に一方的に招集された分派主義的会議のコミュニケなるものを、1957年の宣言と1960年の声明に肩をならべる重要文書であるかのようにもちあげながら、「いまの時点で各国共産党を分裂させているものよりも、各国共産党を団結させているものの方がはるかに強い」ことを強調しはじめた。そして、かれらが発表したコミンテルン第7回大会を記念する諸論文でも、この3月1日のコミュニケを、コミンテルン第7回大会の歴史的教訓を現代に生かしたものであるかのようにほめたたえている。

 ソ連共産党指導部が「共同行動」をうんぬんせざるをえなくなっていることは、なによりもまず、フルシチョフ以来の公然たる日和見主義と分裂主義にたいするきびしい歴史の審判の前で、またアメリカ帝国主義を糾弾し、ベトナム人民の闘争にたいする精神的、物質的支援の強化を要求する世界人民の圧力によって、かれらが、アメリカ帝国主義の侵略戦争に反対する共同行動という、わが党がこれまで一貫しておこなってきた提唱と同じようなことをいわざるをえなくなり、一定の反米的な言説とベトナム人民支援の一定の行動をもおこなわざるをえなくなった新しい事態を示している。

 それは、現代修正主義の路線の理論的破産の一定の反映でもある。フルシチョフ以来の現代修正主義の国際的潮流の、日和見主義と分裂主義の路線の理論的破産は、マルクス・レーニン主義にもとづく原則的で系統的な批判と、アメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争を中心とする事態の発展そのものによって完全に証明された。かつてフルシチョフは、アメリカ帝国主義の指導きケネディやジョンソンを公然と礼賛したが、今日の事態のなかで、その後継者たちのだれが、その言葉をそのままくりかえせるだろうか。また、国際共産主義運動にかんしても、分裂のための国際会議をひらいて「集団的措置をとる」というフルシチョフの広言を、今日では、だれもそのままのかたちでかかげることはできなくなっている。

 またそれは、現代修正主義の路線の政治的、実践的破たんの一定の反映でもある。フルシチョフが「平和共存」の実例として鳴りもの入りで騒ぎ立てた「キューバ危機」の「解決」なるものも、部分核停条約の締結も、ただアメリカ帝国主義の「二面政策」、その戦争と侵略の政策をいっそう鼓舞しただけだった。ベトナム問題の国連へのもちこみをはじめとする、アメリカとの無原則的妥協による「平和解決」の策謀も、ただ現代修正主義の政策のみじめな破たんを、全世界の人民の前にますます明らかにしただけだった。こうした政治的破たんのなかで、社会主義陣営にたいする公然たる侵略戦争にまで拡大したアメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争の凶暴化の現実に直面したソ連共産党指導部は、いま、アメリカ帝国主義にたいする反対を、なんらかのかたちで政策と行動でも実際にしめさざるをえなくなっている。

 以上のように、ソ連共産党指導部を中心とする現代修正主義の国際的潮流の最近の「共同行動」の言説と、ベトナム人民への武器援助の強化などをはじめとする一定の反帝国主義的行動は、一面ではフルシチョフ以来の路線と政策の明白な破たんの結果であり、マルクス・レーニン主義を堅持する諸党の批判、全世界人民の圧力の結果にほかならない。

 だがそのことは、けっして、かれらがフルシチョフが先頭にたっていた当時からの誤った修正主義路線を根本的に放棄して、アメリカ帝国主義にたいする全面的闘争と国際共産主義運動の団結のために真剣に一貫して努力しはじめたことを、ただちに意味するものではない。それどころか、ソ連共産党指導部の路線と行動には、かれらの「反帝国主義」の立場と「共同行動」の言説にまっこうから矛盾する日和見主義と分裂主義の路線と行動がひきつづき数多く存在しており、ある場合には強化されてきている。

 第一に、たとえばソ連共産党指導部は、現在必要な「共同行動」のまさに核心的問題であるアメリカ帝国主義の評価とそれとの闘争にかんして、依然としてフルシチョフ以来の「アメリカ帝国主義の両翼分化論」とこれにもとづく日和見主義的「米ソ協調路線」の根本的誤りをみとめていない。これらのきわめて明白な根本的誤りについて一言も自己批判することなしに、社会主義国としての当然の義務であり、われわれもまた、それがもっと多くなることを希望している。ベトナム人民にたいする援助その他を証拠として、自分たちは以前から一貫してアメリカ帝国主義に反対する立場を堅持し日和見主義と非妥協的にたたかってきたなどと強調しても、だれをそのまま信用させることができるだろうか。最近アメリカ帝国主義と対決するかのようなことを一面では強調しているソ連共産党指導部が、まだフルシチョフ以来の対米追従路線の根本的誤りをなんら真剣に自己批判しているものではないことは、アメリカ帝国主義に従属的に同盟して、ベトナム侵略戦争に積極的に協力しているわが国の佐藤内閣にたいする最近の態度一つをみても明らかである。佐藤内閣は、アメリカ帝国主義の許可と支持のもとに、最近、「米・ソ友好」に追随した欺まん的な「日ソ友好」政策をとりはじめているが、わが党の論文「モスクワ放送の佐藤内閣美化論を批判する」(1966年2月1日『赤旗』)が批判したように、最近のモスクワ放送は、この佐藤内閣の対外政策を公然と礼賛している。

 たとえば昨年の8月31日のモスクワ放送は、「20年をへて」と題し、「この数年間アジア諸国における信頼と威信をとりもどそうとして日本が系統的に進めている大きな仕事には賛同を示さないではいられない」「日本にたいする信頼は次第に回復されつつある。これは国際生活での喜ばしい現象である」とのべた。また9月7日のモスクワ放送は、「アメリカがベトナム戦争で日本に割り当てている役割について」と題し、「日米安全保障協議委会議で日本側は割り合いに現実感覚のある態度をとった」「日本側はアメリカ側の見解にたいしてベトナム戦争に反対し、ベトナム危機の平和調整を望んでいる日本国民の見解を主張しようとした」とのべた。さらに昨年の12月12日のモスクワ放送は、「日本の国連加盟9周年に寄せて」と題し、中川新駐ソ大使が、「核兵器拡散防止と内政干渉禁止についてソ連が国連に出した提案が日本で歓迎された」と語ったことなどを引用しながら、「日本も重要な国際問題についてのソ連の政策にますます理解ある態度をとっている」「軍縮をおしすすめる行動やそのほか一連の重要問題で共同行動をとるという日本とソ連の協力のより高い形態を得るための現実的な士台がある」などと評価した。またことしの1月13日のモスクワ放送は、同じように全面完全軍縮を望んでいる日本とソ連とが共同行動をおこなうことを提唱した。

 モスクワ放送が「賛同」を示した、この数年間日本政府がアジアで系統的に進めている仕事とは、「日中貿易前むき」などの欺まんのもとですすめられた中国敵視政策の強化と「台湾」の蒋政権との結合の強化、安保条約にもとづく日米軍事同盟の強化、ベトナム侵略戦争への積極的加担、「日韓条約」による米・日・「韓」軍事同盟への前進、東南アジア諸国にたいする経済侵略などなど、まさにアメリカ帝国主義のアジア侵略政策と「中国封じ込め」政策への追随と、そのもとでの日本独占資本の帝国主義的進出以外のなにものでもない。また、モスクワ放送が、軍縮その他の問題で「共同行動」をおこなおうとしている日本政府が、軍縮を望んでいるどころか、アメリカ帝国主義の要請に応じて、自衛隊の拡張と核武装、憲法改悪をはじめとする軍国主義、帝国主義復活政策をおしすすめている侵略と反動の政府であることは、天下周知の事実である。

 わが党は、日ソ両国民の友好を重視し、正しい基礎のもとに日ソ平和条約を締結するためにたたかってきたし・今後もたたかうものであるが、ソ連共産党指導部の指導下にあるモスクワ放送が、日本の全民主勢力が対米従属、戦争と反動の政府とみなしてその打倒のためにたたかっている佐藤内閣を、このように、あたかも平和と友好の政策をとっている政府であるかのようにほめたたえていることを、絶対にみのがすことはできない。第20回国連総会で、一連のアジア・アフリカ諸国の代表は、日本政府がローデシアにたいする経済制裁に参加しないことをもって、痛烈に日本政府を非難した。ところが社会主義国であるソ連政府は、アメリカ帝国主義に従属した日本政府の戦争と侵略の外交政策をときどきは批判したとしても、最近では、その一機関であるモスクワ放送をつうじて、アメリカ帝国主義のベトナム侵略に直接の攻撃基地を提供し、軍需品を供給し、米原子力潜水艦の恒常的「寄港」につづいて、原子力空母の「寄港」をも承認した日本の佐藤内閣を、国際政治路線で共同の行動をとることのできる政府であるとし、全体として支持、礼賛させているのである。これは、たんなる外交辞令ではけっしてない。佐藤内閣の対米追随と、軍国主義、帝国主義復活の基本路線にたいするこのような無原則的な追随と美化が、アメリカ帝国主義美化論の一変種であることはきわめて明らかである。それば、日本の支配層を思いあがらせるだけでなく、日本人民に誤まった見地をまきちらし、日本人民の闘争に水をかけるものである。

 第二に、ソ連共産党指導部は、わが党中央機関紙の論文「ソ連共産党指導部とその指導下にある機関や団体の、わが国の民主運動およびわが党にたいする干渉と破壊活動について」(1965年6月22日付『アカハタ』)がくわしく指摘したような、わが国の民主運動およびわが党にたいする不当な干渉と分裂主義的破壊活動をひきつづきおこなっている。かれらは依然として、志賀・神山ら一握りの反党集団にたいする支持と援助をつづけている。いったいソ連共産党指導部は、アメリカ帝国主義のベトナム侵略職争の拠点である日本で、アメリカ帝国主義に反対するわが党および人民の闘争を妨害して、アメリカ帝国主義とそれに追随する日本の反動勢力をよろこばすことと、アメリカ帝国主義に反対するすべての国の共産党・労働者党の団結を強調することとを、両立できるものと考えているのだろうか。一方で、兄弟党にたいする破壊活動をおこない、他方で「共同行動」を強調することは、その言説から、真剣な行動の統一の主張としての意義をうばいさるものである。

 以上の事実は、現代修正主義者のいう「反帝国主義闘争」の立場や、「共同行動」の言説が、全面的なものでもなく、一貫したマルクス・レーニン主義的実践の裏づけをもっていないことを示している。それらはむしろ、ソ連共産党指導部など現代修正主義の国際的潮流が、フルシチョフ以来の路線の破たんをとりつくろうために、新しい二面的態度をとりはじめたことを示している。

3、国際民主運動、国際共産主義運動の団結と現代修正主義に反対する闘争

 このような、新しい複雑な事態のなかで、われわれにとってとくに必要となっていることは、現代修正主義にたいする原則的な理論的、政治的闘争と、アメリカ侵略者に反対する国際統一戦線の強化を中心として国際民主運動と国際共産主義運動の効果的な共同行動をおしすすめる努力を正しく結びつけることである。

 第一にわれわれは、ベトナム侵略戦争に反対する国際民主運動、国際共産主義運動の効果的な共同闘争を飛躍的に強化するためにあらゆる努力をかたむけなければなグりない。ぞの際ソ連共産党指導部にたいしても、かれらが国際共産主義運動の一員たろうとするかぎり、実際に一貫した反帝闘争の立場をとり、より強力により効果的にベトナム人民にたいする援助をおこない、アメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争に反対する国際的な反帝統一行動と統一戦線の強化を妨げるいっさいの行動や他党にたいする干渉・破壊活動をただちにやめるよう要求しなければならない。

 第二に、このような国際民主運動、国際共産主義運動の共同行動をかちとるために、それを妨害する日和見主義、分裂主義、大国主義の路線とそのいっさいのあらわれにたいしては必要な国際的な闘争と批判をおこなうことはさけがたい任務である。今日、アメリカ帝国主義に反対する国際統一戦線の団結を強めるためには、団結を妨げている障害を明らかにすることが必要である。わが党とわが国の民主運動にたいする破壊、干渉にその一つの典型を示しているような、ソ連共産党指導部が国際民主運動、国際共産主義運動のなかでおこなっている分裂策動と、その日和見主義へ分裂主義、大国主義の路線を放置するならば、それは民族解放・平和の反帝統一戦線を弱めることとなるであろう。

 われわれは、現代修正主義の国際的潮流の新しい二面的態度にたいし、かれらの日和見主義と分裂主義の策動とはきびしくたたかいながら、同時にアメリカ帝国主義に反対する国際的な統一行動と統一戦線を強化するために率先して積極的に奮闘し、当面の世界人民の切実な要望である団結の旗をたかく、明確にかかげつづけなければならない。それは、これまでくりかえし強調してきたように、ベトナム人民の正義の闘争支援、アメリカ帝国主義の侵略戦争反対、米軍の即時撒退のための国際民主運動、国際共産主義運動の共同闘争が、一刻の猶予もゆるさないからである。そのために今日もっとも必要なことは、わが党が昨年4月に論文「ソ連共産党指導部が3月1日からモスクワに招集した会議について」のなかで提唱したように、なによりもまずアメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争に反対する闘争を一致して強化すること、国際民主運動のなかでアメリカ侵略者に反対する方向で共同行動を発展させるようともに努力することである。ベトナム人民の不屈の英雄的闘争を前提にして、この共同闘争がいっそう強力にいっそう効果的におこなわれるならば、アメリカ帝国主義が、なんらの報復の脅威も感ずることなく、グアム島の基地や第7艦隊の航空母艦から、南北ベトナムにたいして一方的な大爆撃を継続し、南ベトナムにたいして一方的に米軍と「同盟国」の軍隊を大量に送りこんでベトナム人民を殺りくし、アジアにおける大規模な戦争の危険を増大させるという今日の事態を根本的に変える方向に、大きく前進することができることは確実である。

 アメリカを先頭とする帝国主義勢力に反対する国際統一戦線の重要な一翼をになう国際民主運動の各分野で、その統一と団結を確保するために、この2、3年来とくに必要だったことは、主要な危険―――部分核停条約の支持とか、ケネディ黙とうのおしつけとか、軍備全廃のスローガンのあやまった強調とか、ベトナム侵略戦争の「無条件停戦」とか、あやまった対米追従の路線をおしつけ、それをうけいれないものを排除しようとする日和見主義、分裂主義とたたかうことであった。同時に、国際的な統一行動と統一戦線の過小評価におちいることを警戒しながら、アメリカ帝国主義の侵略と戦争の政策、民族抑圧の政策とたたかうための統一と団結という原則的態度を守りぬくことであった。

 国際民主遣動の団結を守るこれらの活動と、民族解放と平和のための国際的な闘争の前進によって、国際民主運動内部の日和見主義、分裂主義の路線は後退し、統一と団結の路線は前進して、アメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争に反対する国際的な統一行動と統一戦線は強化されつつある。たとえば、昨年の5月に、ガーナのウィネバでひらかれた「第4回アジア・アフリカ人民連帯会議」、6月にハノイでひらかれた「アメリカ帝国主義反対・ベトナム労働者人民支援国際労働組合委員会第2回会議」、7月にヘルシンキでひらかれた「平和と民族独立と全般的軍縮のための世界大会」、8月に東京でひらかれた第11回原水爆禁止世界大会、10月にジャカルタでひらかれた外国軍事基地撒去のための国際会議など、一連の重要な国際会議では、一部の代表による反帝闘争回避の路線と分裂主義的策謀を克服して、アメリカ帝国主義のベトナム侵略戦争にたいする反対をはじめ、帝国主義の戦争と侵略、新旧植民地主義の政策に反対し、平和と民族独立をかちとる具体的課題を明示した決議が、満場一致あるいは圧倒的多数で採択され、国際民主運動の団結を前進させた。とくに、3大陸の82ヵ国、512人の代表を中心にして、ことしの1月、キューバの首都ハバナでひらかれた第1回アジア・アフリカ・ラテンアメリカ人民連帯大会は、帝国主義、新旧植民地主義に反対する3大陸人民の団結、ひいては全世界の反帝・民族解放・平和の国際統一戦線を強化するうえで、全体として、画期的なかがやかしい成果をおさめた。すなわち大会は、一部代表の「核拡散防止」や無原則的な対米追従路線、国連美化、現在のアジア、アフリカ人民連帯機構解体などの日和見主義と分裂主義の策謀を封殺して、アメリカ帝国主義を戦争と侵略と搾取の元凶と規定し、民族解放闘争と平和擁護闘争の正しい結びつきを明らかにし、ベトナム人民の正義の闘争支持をはじめとする共同の闘争での全世界の民族解放・平和勢力の連帯の方向を明示した一連の決議を、満場一致で採択した。さらに大会は、臨時にアジア・アフリカ・ラテンアメリカ人民連帯機構の執行書記局を選出し、キューバ、日本、中国、ソ連などをふくむ12ヵ国で構成する「民族解放運動ならびに新植民地主義反対闘争支援委員会」を設置した。

 これらの経過を、たとえば部分核停条約礼賛のおしつけと、アメリカ帝国主義の首領ケネディにたいする黙とうの強要がおこなわれた2年前の世界平和評議会ワルシャワ総会と比べてみただけで、この期間における現代修正主義の日和見主義、分裂主義路線の後退と、アメリカ帝国主義に反対し民族解放と平和をめざす統一と団結の路線の基本的前進は明らかであろう。

 ソ連共産党指導部が、わが党とわが国の民主運動にたいする干渉・破壊活動にみられるように、依然として兄弟党間の団結を妨げつづけている現状のもとでは、こうした国際民主運動における共同闘争の一定の前進が、自動的に国際共産主義運動の団結の回復をも保障してくれるものではない。

 けれども同時に重要なことは、この共同行動が、アメリカ帝国主義の侵略と戦争への打撃を促進することになるとともに、国際共産主義運動の団結をかちとるために必要なマルクス・レーニン主義の現代修正主義にたいする闘争をも前進させるものとなることである。われわれの現代修正主義にたいする闘争の唯一の目的は、マルクス・レーニン主義の原則とプロレタリア国際主義を守り、1957年の宣言と1960年の声明の革命的原則にもとづく国際共産主義運動の戦闘的行動と真の団結をかちとり、全世界の5千万人にちかい共産主義者を結集して、平和、独立、民主主義、社会主義の事業を勝利させることにある。そして現代修正主義者の指導部の影響下にある多数の共産主義者と勤労人民が現代修正主義の有害な裏切りの本質を正しく自覚していない現状のもとでは、国際民主運動、国際共産主義運動の団結の旗を守り、団結して敵に当たる闘争のなかでこそ、現代修正主義の有害な影響からそれらの人びとをその実際的な政治的経験をつうじて正しくめざめさせ、こうして現代修正主義を理論的にも実践的にも真に克服して、国際共産主義運動の真の団結をかちとる道をさらに早めることができるのである。アメリカ帝国主義が二面政策をおしすすめ、現代修正主義者が二面的態度をとらざるをえなくなっている今日の複雑な情勢のなかでは、マルクス・レーニン主義者が現代修正主義にたいする理論的、政治的闘争と、アメリカ帝国主義に反対する共同闘争の前進の努力とを正しく結びつけ、ともに強化することこそ、当面する局面を正しく打開し、国際共産主義運動と世界人民の共同の事業をもっとも正しく、もっとも効果的に遂行するただ一つの道である。

 この問題にかんして、今日、日和見主義、修正主義との闘争についてのレーニンの教訓をあらためて全面的に摂取することも必要である。いま、われわれが学ばなければならない一つの問題は、日和見主義的指導部をもつ党派との統一行動の問題にかんしてあたえたレーニンの教訓である。

 レーニンは、メンシェビキやカウツキー派(カウツキー主義が修正主義であることはいうまでもないが、メンシェビズムもまたレーニンによれば「日和見主義、修正主義のロシア的形態」である)をふくむ内外の日和見主義、修正主義の潮流を克服する闘争において、一定の条件のもとでは、とくに、修正主義的指導部がたとえ不徹底にもせよ帝国主義や反動勢力との闘争を主張して、まだ日和見主義、修正主義路線の本質を明確に自覚していない大衆に一定の影響力をもっており、労働者階級と人民の広範な部分が行動の統一をつよく求めている場合には、この願望にこたえて、帝国主義や反動勢力との闘争において日和見主義的、修正主義的潮流をもふくむ行動の統一とそのための努力をおこなうことを、けっして拒否しなかった。それは、こうした行動の統一とその努力がマルクス・レーニン主義の路線の正しさと日和見主義、修正主義の路線の誤りを、労働者階級と人民が自分自身の政治的経験をつうじて理解するのを助け、日和見主義、修正主義の害悪とその克服の必要を自覚させ、その影響を大衆的に克服するのに役だつからである。そのさい、レーニンが、日和見主義、修正主義にたいする政治的、思想的な闘争を一貫しておこないつづけたことは、いうまでもない。たとえば、第1次世界大戦中、ボリシェビキ党が、「カウツキー派」やメンシェビキ左派などの修正主義的潮流とともにツィンメルワルド会議(1915年)やキンタール会議(1916年)に参加し、「共同宣言」の不徹底さと臆病という欠陥について、公然と異議をのべ、自己の見解、スローガン、戦術を公然とのべたうえでそれに署名したのは、その一例である。レーニンは「共産主義の“左翼主義”小児病」のなかで、このことについてこう書いている。

 「戦時には、われわれは『カウツキー派』、メンシェビキ左派(マルトフ)、部分的には『社会革命党』(チェルノフ、ナタンソン)とある種の妥協をし、ツィンメルワルドとキンタールでは彼らと同席し、共同宣言をだしたが、しかし、『カウツキー派』、マルトフ、チェルノフと思想的および政治的にたたかうことをけっしてやめなかったし、またよわめもしなかった。」(レーニン全集31巻、59ページ)

 また、レーニンは、第1次世界大戦後、共産主義インタナショナルが設立された後の時期においても、修正主義、日和見主義の潮流が主導的な役割を演じている第2および第2半インタナショナルとのあいだで、国際資本とたたかうための統一行動、統一戦線を結ぶことを主張した。そして1921年12月18日のコミンテルン執行委員会の統一戦線戦術についての指針――「労働者の統一戦線と第2、第2半およびアムステルダムの各インタナショナルに所属する労働者ならびにアナルコ・サンジカリスト組織を支持する労働者にたいする態度とにかんする指針」――の作成を指導し、1922年に、三つのインタナショナルのあいだでベルリン会議がひらかれ、行動の統一についての初歩的な協定が結ばれたとき、「プロレタリアートの大衆」が「資本とたたかうのを援助するために、彼らが国際経済全体と国際政治全体における二つの戦線の『巧妙なしくみ』を理解することを助けるために、われわれは統一戦線の戦術を採用したのであり、またそれを最後まで遂行するであろう」(「われわれは払いすぎた」、全集33巻、344~5ページ)と書いた。レーニンは、階級敵とたたかい、日和見主義、修正主義と思想的、政治的にたたかってそれを大衆的に克服するために、必要な場合には大衆に一定の影響力を保持していた日和見主義者や修正主義者の潮流と国際的な行動の統一をおこなうことをもけっしてためらわなかったのである。

 コミンテルン第7回大会の社会民主党と共産党との行動の統一を重要な内容とした統一戦線戦術は、ドイツ・ファシズムの勝利という新しい情勢のもとで、労働者階級と人民の利益に真に奉仕するためにレーニンのこの思想と戦術を創造的に発展させたものであった。コミンテルン第7回大会は、真剣に、共産主義インタナショナルと第2インタナショナル、共産党と社会民主党、およびその影響下にある労働者の、戦争とファシズム、資本の攻勢に反対する無条件の共同行動を全世界の労働者階級によびかけた。社会民主党と社会民主党系労働組合にたいする行動の統一のこの真剣な国際的よびかけこそ、当時もっとも大きな感動と影響をもたらし、コミンテルン第7回大会を不朽のものとした歴史的理由の一つであった。

 国際共産主義運動の内部に、現代修正主義の国際的潮流が成長し、重大な不団結を生み出している今日でも、このレーニンの教訓は重要な意義をもっている。われわれは、現代修正主義にたいする適切な思想的、理論的なたたかいをおこなうとともに1957年と1960年の共産党・労働者党会議の宣言と声明にある革命的原則にもとづき、マルクス・レーニン主義の原則にたつ革命的路線を擁護しながら、アメリカ帝国主義の戦争と侵略とたたかうためのすべての反帝・民族解放・平和勢力の国際的な行動の統一と統一戦線を強化し、そのための努力と闘争をおこなう必要がある。そしてこれこそ、今日の具体的な条件のもとで、レーニンの教えをもっとも正しく生かし、アメリカ帝国主義とたたかう国際統一戦線の強化を求めている世界の人民の期待にもっとも忠実にこたえるとともに、マルクス・レーニン主義の隊列のなかから現代修正主義の路線の影響を一掃し、国際共産主義運動の革命的路線と戦闘的団結を真に効果的に確立する道なのである。

 だが、このことはけっして、わが党がその党破壊活動のゆえに除名した春日庄次郎、内藤、志賀、神山らわが国の反党修正主義者の集団にたいしても、なんらかの意味で行動の統一が必要であることを意味するものではもちろんない。なぜならかれらとの闘争は、国際共産主義運動の団結の前提としての一国の党の団結と革命的規律にかんする問題であり、これらの反党集団は、これまでのすべての事態が明らかにしているように、わが党にたいする破壊活動のみをこととするにいたった一握りの裏切り者、堕落分子の集団にすぎないからである。

 第一にかれらは、たんに党内に生まれた日和見主義的潮流ではなく、共産党の党規律の重大な違反をおかし、党大会で全員一致で除名された売党的破壊分子の集団である。かれらとわが党とのあいだには、いかなる「統一」や「共同行動」もありえない。労働者階級の前衛党は共産党ただ一つであり、日本における前衛党はわが日本共産党ただ一つである。その隊列の統一は、いっさいの党破壊分子を仮借なく粉砕することによってのみ打ちかためられるものである。

 第二に、かれらは、民主的大衆運動における統一行動に参加する資格をもった民主勢力の一部でもない。かれらの存在は、指導部内に日和見主義者、修正主義者をもってはいるが、反動勢力とたたかうことを綱領・目的の中心にかかげ、一定の大衆を組織し、人民のあいだに一定の大衆的基盤をもった政党や、大衆団体とはことなり、マルクス・レーニン主義の裏切者と分裂主義者だけをかきあつめた集団である。しかもかれらは日本人民のあいだには客観的な存在理由をもたず、ソ連共産党指導部の支持と激励を、最大の支柱とした反党集団である。

 この意味でそれは、今日の一般民主団体や労働組合とは、まったく別個の性質をもつものである。一部の人びとは、かれらを、わが党と綱領上、理論上の意見の相違をもっている共産主義者であると誤認しているが、かれらはけっして共産主義者でも民主主義者でもない。そして日本共産党に反対し、その綱領と規律を破壊する反共集団としての本質は、民主勢力の団結を破壊する分裂集団としての性格と不可分に結びついている。そのことは、かれらがわが国の原水禁運動、平和運動においても、「日韓条約」反対の統一行動においても、つねにもっとも積極的な分裂策動の推進者であったことが端的に証明している。かれらはいま、口先では、「統一と団結」を叫びながら、実際にはいっさいの反党分子の結集をはかり、また反共右翼社会民主主義者といっそう緊密に結合して、民主勢力の分裂のために狂奔している。かれらの影響力を一掃し、かれらを完全にうちやぶることは、たんにわが党の統一と団結の強化のためばかりでなく、わが国の民主勢力の行動の統一をかちとり、統一戦線を結成してゆくためにも必要なことである。

 わが党が一貫して提唱してきたアメリカ帝国主義の戦争と侵略、民族抑圧とたたかうための、国際共産主義運動の効果的な共同行動をかちとるためにも、これらわが国の反党集団を粉砕することが必要である。志賀、神山らは、わが党が国際共産主義運動め共同行動、行動の統一を提唱した際、これは国際共産主義運動の団結の問題を、国際民主運動における行動の統一の問題と混同したものとして嘲笑し、反対した。かれらは,はっきりと「世界惰勢の分析、評価など、国際共産主義運動の原則的な諸問題について根本的に討議し、一定の程度でも見解の統一をかちとることなしには緊急の諸問題についての行動の統一は実現不可能である」(1960年11月18日「日本のこえ」)と書いた。志賀、神山らは今日、ソ連共産党指導部が「共同行動」を強調しはじめたため、あわててそれに追随し、かつての言葉を180度転換させて「国際共産主義運動の共同行動」を口まねしているが、骨の髄からの分裂主義者であるかれらの本質をかくすことはできない。志賀、神山らのいう「国際共産主義運動の統一」とは、第一に「ソ連共産党を中心とする」ものであり、第二に「国内においては直ちにわれわれを含むすべての共産主義勢力の行動の統一をおしすすめる」ことを前提にするものである(1965年12月21日「日本のこえ」)。今日の国際共産主義運動の団結は、すべての兄弟党の独立と平等を基礎としており、「中心」の地位に立つどんな党もない。こうした独立・平等という兄弟党間の関係の基準を破って、特別にソ連共産党指導部に「中心」の地位をあたえ、国内で日本共産党にたいして志賀ら党破壊集団との「行動の統一」を要求することは、今日必要とされている国際共産主義運動の団結や共同行動とはまったくことなり、まっこうからこれを破壊するものでしかない。われわれが目標とする国際的な共同行動は、共同行動にたいするもっともセクト的な敵対者であるこのような党破壊集団の策動を粉砕することによって強化されるものである。現代修正主義は、修正主義、教条主義、分裂主義が醜悪に結合したものであり、日和見主義であると同時に、もっとも極端な教条主義でありセクト主義なのである。

 われわれは主要な危険としての現代修正主義とたたかい、教条主義とセクト主義におちいることをも正しく警戒しながら、いま緊急に必要とされている国際民主運動、国際共産主義運動の共同行動を実現するために、いっそうねばりづよい努力をはらわなければならない。

 わが党の第9回党大会の決定は、国際共産主義運動の真の統一と団結をかちとるためには、・兄弟諸党が一致して採択した宣言と声明の革命的原則および兄弟党間の関係についての基準を忠実に守り実践すること、・マルクス・レーニン主義とプロレタリア国際主義にもとづく自主独立の立場を堅持すること、・声明が「主要な危険」とした現代修正主義との闘争、および教条主義とセクト主義との闘争という、二つの戦線での闘争を徹底的におしすすめることが必要であることを明らかにしている。さらに大会決定は、この現代修正主義との闘争においては、・思想・理論戦線の分野での原則的で非妥協的な思想・理論闘争、・国際民主運動、大衆運動における、帝国主義と反動勢力にたいする共同闘争のなかでの、現代修正主義の日和見主義、分裂主義路線の具体的暴露と国際統一戦線の強化、・党建設の分野での、現代修正主義の国際的潮流とそれに盲従しているわが国の反党修正主義者の干渉・破壊活動との闘争の三つを総合的におしすすめなければならないことを明らかにしている。

 わが党のこれらの方針の正しさは、この数年間の国際民主運動、国際共産主義運動の実践のなかで、全面的に実証された。

 とくにアメリカを先頭とする帝国主義勢力に反対し、民族解放と平和をかちとるために、すべての反帝民主勢力が当面一致できる具体的課題で団結し、行動を統一すること、そして、そのためにも、この行動の統一を妨害する大国主義へ分裂主義の路線の具体的なもちこみを許さないことが、今日の条件のもとで、国際統一戦線の強化と発展をもたらしうるものであることは、実践によって証明されつつある。そして、このような態度こそ、反戦・反ファシズムのための広範な勢力の行動の統一をよびかけたコミンテルン第7回大会の歴史的教訓を、現代に正しくうけつぎ、発展させたものである。

 ドイツ・ファシズムを先頭とする独・伊・日侵略ブロックにたいする世界の民主勢力の英雄的な闘争と、その歴史的な勝利は、世界史のうえに新しい時代をきりひらいた。だがアメリカ帝国主義は、第2次大戦中、ソ連と連合してファシズム侵略ブロックとたたかいながらも、自己の帝国主義的野望のためにその勝利を利用し、第2次大戦後は、その強大化した軍事力と経済力に依拠して世界帝国主義の主力となり、資本主義の全般的危機のいっそうの深化のもとで、ドイツ・ファシズムにかわって、もっとも凶暴な戦争と侵略、他民族抑圧の推進者となった。今日、このアメリカ帝国主義を先頭とする戦争と侵略、民族抑圧の勢力にたいする全世界の反帝・民族解放・平和の勢力の闘争と歴史的勝利が、歴史の歯車をさらにつぎの段階におしすすめる世界史的闘争となるものであることは明白である。そして、この世界史的闘争の主体としての、社会主義体制、資本主義諸国の労働者階級、植民地・従属国の民族解放勢力という現代における三つの革命的勢力をはじめ、いっさいの反帝民主勢力の強化が、国際共産主義運動内部の現代修正主義を克服して国際共産主義運動の前進と団結をかちとるためのマルクス・レーニン主義党の奮闘によって、保障されるものであることも明白である。「われわれの時代のもっとも影響力の強い政治的勢力」「社会進歩のもっとも大切な要因」(1960年の声明)としでの国際共産主義運動の団結の強化、マルクス・レーニン主義の原則とプロレタリア国際主義を堅持した、その革命的路線の強化こそ、帝国主義とたたかう国際統一戦線の力づよい前進を保障するものである。その課題のためにたたかうことによってはじめて、われわれは、レーニンとレーニンが創設した共産主義インタナショナルの革命的伝統を、今日の時代に真に生かすことができるのである。
(『日本共産党重要論文集』第3巻より)
  1. 2014/12/11(木) 00:41:38|
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