古本屋通信

史的唯物論と共産党員の品性

古本屋通信     No 1163  12月4日

  史的唯物論と共産党員 (コミュニスト) の品性


 日本共産党の綱領から「マルクス=レーニン主義」の規定が「科学的社会主義」の語に変わったとき、私はそれに正面から反対する理由を持たなかった。このとき私は既に党員ではなかったが、仮に党籍があっても「科学的社会主義」に反対はしなかっただろうと思う。しかしある種の危惧を感じたことは確かである。そのことから書き始めよう。

 「マルクス=レーニン主義」というのは総合的な科学的世界観である。これは「マルクス主義の3つの構成部分」(レーニン)でよく知られているように哲学,経済学,社会主義を含む。少し長いが、他人から引用しておこう。


マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分
マルクスの学説は,全文明世界をつうじて,ブルジョア科学全体(官学的なものも自由主義的なものも)のこのうえなく大きな敵意と憎悪をまねいている.それは,マルクス主義をなにか「有害な宗派」のようなものとみているのである.そして,これ以外の態度は期待すべくもない.階級闘争のうえにきずかれている社会に「公平無私の」社会科学はありえないからである.官学も自由主義的な科学も,すべてなんらかの仕方で賃金奴隷制を擁護しているの,マルクス主義は,この奴隷制度にたいして容赦ない戦いを宣言したのである.賃金奴隷制の社会で公平無私の科学を期待するのは,資本の利潤を減らして労働者の賃金をふやすべきではないかという問題で,工場主の公平無私を期待するのと同じくらい,ばかげた,おめでたいことである.

だが,それだけではない.哲学の歴史と社会科学の歴史とがまったく明瞭に示しているように,マルクス主義には,世界文明の発展の大道からそれたところで発生した,なにか閉鎖的で,硬化した学説という意味での「宗派主義」らしいものはなにもない.反対に,人類の先進的な思想がすでに提起していた諸問題に答をあたえた点にこそ,マルクスの天才がある.彼の学説は,哲学,経済学,社会主義の最も偉大な代表者たちの学説をそのまま直接に継続したものとして生まれたのである.

マルクスの学説は,真実であるがゆえに全能である.それは,完全で,整然としていて,およそ迷信や,反動,ブルジョア的抑圧の擁護とはあいいれない全一的な世界観を人々にあたえている.それは,人類が19世紀にドイツ哲学,イギリス経済学,フランス社会主義という形でつくりだした最良のものの正当な継承者である.

マルクス主義のこの三つの源泉ならびに構成部分について,簡単に述べてみよう.

1
マルクス主義の哲学は唯物論である.ヨーロッパの近代史全体をつうじて,とくに,あらゆる中世的ながらくたに反対し,制度上および思想上の農奴主義に反対して決戦がたたかわれた18世紀末のフランスでは,唯物論は,自然科学のあらゆる教えに忠実で,迷信やえせ信心などに敵対するただ一つ首尾一貫した哲学であることが,実証された.そこで,民主主義の敵は,全力をあげて唯物論を「論駁し」,くつがえし,中傷することにつとめ,さまざまな形態の哲学的観念論を擁護した.この後者は,つねになんらかの仕方で宗教を擁護ないし支持することに帰着するのである.

マルクスとエンゲルスは,最も断固として哲学的唯物論を守り,この基礎からの逸脱はすべてはなはだしい誤りであることを,幾度となく説明した.彼らの見解は,エンゲルスの著作『ルートヴィヒ・フォイエルバッハ』と『反デューリング論』のなかに最も明瞭に,また詳しく述べられており,これらの著作は-『共産党宣言』と同様に-自覚した労働者のだれもが座右におくべき書物である.

しかし,マルクスは,18世紀の唯物論にとどまってはいないで,哲学をさらに前進させた.彼は哲学を,ドイツ古典哲学,とくにヘーゲルの体系の諸成果によって豊かにした.このヘーゲルの体系は,ついでフォイエルバッハの唯物論へみちびいたのであった.この成果のうちの主要なものは,弁証法である.すなわち,最も完全で,深遠で,一面性をまぬかれた形での発展学説,永遠に発展してゆく物質の反映をわれわれにあたえる人間知識の相対性についての学説である.自然科学の最近の諸発見-ラジウム,電子,元素の変換-は,古い,腐った観念論へ「新たに」復帰しているブルジョア哲学者の諸学説に反して,マルクスの弁証法的唯物論の正しさをみごとに確証した.

マルクスは,哲学的唯物論を深め,発展させて,それを徹底させ,その自然認識を人間社会の認識へとおしおよぼした.マルクスの史的唯物論は,科学思想の最大の成果であった.それまで歴史観と政治観を支配していた混沌と恣意は,驚くべく全一的な,整然とした科学的な理論によってとってかわられた.この理論は,生産力の発展の結果として,社会生活の一つの制度から,他の,より高度の制度が発展してくること-たとえば,農奴制から資本主義が成長してくること-を,明らかにしている.

人間の認識が,人間とは独立に存在する自然,すなわち発展してゆく物質を反映するのとまったく同じように,人間の社会的認識(すなわち哲学的,宗教的,政治的その他のさまざまな見解や学説)は社会の経済的構造を反映する.政治的諸制度は,経済的基礎のうえに立つ上部構造である.たとえば,現代のヨーロッパ諸国家のさまざまな政治形態が,プロレタリアートにたいするブルジョアジーの支配の強化に役だっているのを,われわれは見ている.

マルクスの哲学は完成された哲学的唯物論であって,それは人類に,とくに労働者階級に,偉大な認識の用具をあたえた.

2
経済的構造はそのうえに政治的上部構造が立つ基礎であることを認めたマルクスは,なによりもこの経済的構造の研究に注意をむけた.マルクスの主著『資本論』は,現代社会すなわち資本主義社会の経済的構造の研究にあてられたものである.

マルクス以前の古典経済学は,最も発展した資本主義国であったイギリスで成立した.アダム・スミスとデーヴィッド・リカードは,経済的構造を研究して,労働価値理論の基礎をきずいた.マルクスは彼らの事業を継承した.彼はこの理論を厳密に基礎づけ,それを首尾一貫して発展させた.彼は,すべての商品の価値はその商品の生産に支出される社会的必要労働時間の量によって決定されることを,明らかにした.

ブルジョア経済学者が物と物の関係(商品と商品の交換)を見たところに,マルクスは人間と人間の関係をあばきだした.商品交換は,市場を媒介とする個々の生産者たちの結びつきを表現する.貨幣は,この結びつきがますます緊密になってゆき,個々の生産者たちの全経済生活を切り離せないように結合して一つの全体にしていることを意味する.資本は,この結びつきのいっそうの発展を意味する.つまり,人間の労働力が商品になるのである.賃金労働者は自分の労働力を,土地,工場,労働用具の所有者に売る.労働者は労働日の一部を自分と家族の生計費を支弁するために使い(賃金),労働日の他の部分をただで働いて,資本家のために剰余価値をつくりだす.この剰余価値が,利潤の源泉であり,資本家階級の富の源泉なのである.

剰余価値学説は,マルクスの経済理論の土台石である.

労働者の労働によってつくりだされた資本は,小経営主を零落させ,失業者軍をつくりだすことによって,労働者を圧迫する.工業では,大規模生産の勝利は一目瞭然であるが,農業でも同じ現象が見られる.すなわち,大規模な資本主義的農業の優位が増大し,機械の使用がふえ,農民経営は貨幣資本のわなにかかり,遅れた技術の重圧のもとに衰退し,零落する.農業では,小規模生産の衰退の形態は違っているが,その衰退そのものは争う余地のない事実である.

小規模生産をほろぼすことによって,資本は,労働生産性の増大をもたらし,巨大資本家たちの連合の独占的地位をつくりだすようになる.生産そのものはますます社会的になってゆく-数十万,数百万の労働者が計画的な経済機構に結びつけられてゆく-が,共同労働の生産物はひとにぎりの資本家によって取得される.生産の無政府性,恐慌,狂気じみた市場の追求,住民大衆の生活不安が増大する.

資本主義制度は,労働者の資本への隷属を増大させるとともに,結合された労働という偉大な力をつくりだす.

マルクスは,商品経済の最初の萌芽である単純な交換から,資本主義の最高の諸形態,大規模生産にいたるまで,資本主義の発展をあとづけた.

そして,古い国と新しい国とを問わず,すべての資本主義国の経験は,マルクスのこの学説の正しさを,年ごとにますます多数の労働者にまざまざと示している.

資本主義は全世界で勝利した.しかし,この勝利は,資本にたいする労働の勝利の序曲にすぎない.

3
農奴制がくつがえされて,「自由な」資本主義社会がこの世に現れたとき,この自由が勤労者の抑圧と搾取との新しい制度を意味するものであることが,たちまち明らかになった.この抑圧の反映として,またそれにたいする抗議として,ただちにさまざまな社会主義学説が発生しはじめた.だが,最初の社会主義は空想的社会主義であった.それは,資本主義社会を批判し,断罪し,呪い,それの廃止を夢想し,よりよい制度を空想し,搾取の不道徳なことを富者に説きつけようとした.

しかし,空想的社会主義は真の活路を示すことができなかった.それは,資本主義のもとでの賃金奴隷制の本質を説明することも,資本主義の発展法則を発見することも,また新しい社会の創造者となる能力をそなえた社会勢力を見いだすこともできなかった.

そのあいだに,ヨーロッパのいたるところで,とくにフランスで,封建制度,農奴制の没落にともなった嵐のような革命は,階級闘争が全発展の基礎であり,推進力であることを,ますます明瞭にあばきだしていった.

農奴主階級にたいする政治的自由のどの勝利も,必死の抵抗にあわずにかちとられたものはなかった.どの資本主義国も,資本主義社会のさまざまな階級のあいだの生死をかけた闘争によらずに,多少とも自由な民主主義的基礎のうえに形成されたものはなかった.

マルクスの天才は,彼が,だれよりもさきにこのことから世界史の教える結論を引きだし,首尾一貫して適用することを解した点にある.この結論が,階級闘争の学説である.

人々があらゆる道徳的,宗教的,政治的,社会的な空文句や声明や約束のかげにあれこれの階級の利害を見つけだすことを学びとらないうちは,彼らはいつでも政治上の欺瞞と自己欺瞞の愚かしい犠牲者であったし,今後もつねにそうであろう.すべて古い制度というものは,どんなに野蛮で腐朽しているように見えても,あれこれの支配階級の力によって維持されているのだということを,改良や改善の賛成者たちが理解しないうちは,彼らはつねに古いものの擁護者たちによって愚弄されるであろう.そして,これらの階級の抵抗を粉砕するには,ただ一つの手段しかない.それは,古いものを一掃して新しいものをつくりだす力量をもつ力を形成することのできる-また,その社会的地位からして,そうせざるをえない-勢力を,われわれの周囲の社会そのもののなかに見いだし,啓蒙し,闘争へ組織することである.

マルクスの哲学的唯物論だけが,これまですべての被抑圧階級にいじけた生活を送らせてきた精神的奴隷状態から抜けでる道を,プロレタリアートに示した.マルクスの経済理論だけが,資本主義制度全体のなかでのプロレタリアートの真の地位を明らかにした.

アメリカから日本まで,スウェーデンから南アフリカまで,全世界で,プロレタリアートの自主的な組織が増加しつつある.プロレタリアートは,その階級闘争をおこなうことによって啓蒙され,教育され,ブルジョア社会の偏見から解放され,ますます緊密に結束し,自己の成功の度合いをはかることを学び,自己の勢力を鍛え,おさえがたい力で成長しつつある.



 古本屋通信

 これはよく利用させていただくサイトの解説なのだが、じつは誰のサイトなのか匿名さえも分からない。どうも旧協会系の方らしいのだが分からないので、そのまま使わしてもらった。

 最初の私の元文に戻ろう。党綱領が「マルクス=レーニン主義」から「科学的社会主義」に変わったとき私が感じた「ある種の危惧」とは、「マルクス主義の3つの構成部分」、つまり哲学,経済学,社会主義の3つから、哲学,経済学が消えてしまったのではないかという危惧であった。その危惧は当っていたように思える。

 あれから40年以上経った。いま日本共産党の党の講師制度のテキストがどうなっているのか、私は詳細を知らない。『月刊学習』は今でもあるが、先日たまたま見かけた数冊には哲学と経済学の記載はなかった。それでも経済学は新日本出版社の『経済』があるからまだよい。哲学は党の学習分野から完全に消えているのではないか。

 私の青年時代の党文献の哲学分野は、用語としては弁証法的唯物論と史的唯物論だった。その解説が『月刊学習』にくどいほど掲載された。しかしこれはスターリンの 『弁証法的唯物論と史的唯物論』 と 『レーニン主義の基礎』 を下敷きにした記述だった。これは党綱領が「マルクス=レーニン主義」から「科学的社会主義」に変わってからも暫らくは使われたが、やがて徐々に消えていったように記憶している。いまの若い党員、といっても30代の党員は弁証法的唯物論や史的唯物論の言葉を知っているのだろうか? まあ、田中のぞみさんは知らなくて当然だと思うけれど、河村さんやその他の若い党員が使っているのを見たことがない。議員が日常活動で使う必要はないが、ひょっとして知らないというより、そういうものは有害だとして党中央はしりぞけているのではないか? 

 そういえば党の哲学者はいったいいるのだろうか? ほんの2,3人しか赤旗の書籍の広告宣伝に載らない。それもいささかピントはずれの石川康宏 「マルクスが今生きていたら・・」 など、話にもならない。つまり不破サン以外、マルクスも科学的社会主義も要らないんだ。

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  1. 2014/12/04(木) 05:26:22|
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