古本屋通信

万歩書店、完結へ

 古本屋通信 No 115  1月20日


  万歩書店、完結へ

 昨19日に万歩書店平井店が 50% オフセールを開始した。1月末までと言う。2月以降の事は発表されていないが 2月70% オフ、3月80% オフとみる。そして3月末に閉店だろう。但し、売りつくしセールで最終が延長されるかも知れない。

 私は初日の開店と同時に入った。既知、未知の同業らしき人が4、5人いた。全然殺気だっていない。情報は万歩書店の HP に前日表示された。抜け目なく駈けつけるのは業者だ。まず郷土史誌のコーナーへ走る。棚はスカスカだ。半分以上が予め抜き取られていた。背取り的にはゼロだ。しかたなく2階の人文コーナーへ。みすず書房の棚はここも三分の二が空いていた。しかもばっちり良書がない。次に東洋文庫だ。ここも同様だ。もともといいものがなかったのにいよいよ出がらし。哲学、歴史もすべて同様。社会系のまさかと思ったいた 『見田石介著作集』 や 『梯明秀著作集』 までない。あと単品で買うものがゼロというわけではないが、これなら 3月に 80% オフになってからでよい。結局一冊も買わずに帰った。

 ここからは私の予想だ。なんらかの情報があってのことではない。その点をまず断っておきたい。社主の金本喜岡氏の死亡から4ヶ月、万歩書店は店を閉じることを決めたと思う。それが金本氏の遺志だったか、後継者の意志かは分らない。しかし期間が死後半年も経ていないことから、私は金本氏の遺志だったと思う。そうであっても事業を継続するかどうかは、最終的には生きている者の判断だ。儲かれば継続するだろう。僭越ながら言う。儲からないのだ。多いのは苦労ばかりだったろう。よくここまでやってきたと思う。

 まず平井店の閉店というのが、全店閉店のシナリオからして意味がある。平井店は赤字店ではない。外から見る限り優秀店だ。店長中川氏の本のたいする見識も優れていた。だからいい本も比較的多かった。これは衆目の一致すろところだろう。それがなぜ平井店を閉じるのか? 私は全店閉店への強力な意思表示だと思う。第二弾は倉敷店だろう。県北の三店も追って閉店とみる。最終の本店閉店まで二年かかるだろう。あるいは本店はごく小規模に縮小して残すかも知れない。多少の紆余曲折はあろうが、近い将来、大型古書店・万歩書店は「完結」する。そして、そのことによる岡山古書業界への影響はない。不思議に思われるだろうが全くない。私が通信 No38 で書いたとうりだ。

 私は自分が古本屋でありながら、小さな自分の店を切り回していくことのほか、古書店経営に興味がない。だから超大型店の経営など守備範囲外なのだが、一人の読者として万歩書店をみたときの感想を少し書きたい。

① 大型古書店というのは、その名前自体が形容矛盾だろう。ブックオフように本を内容で評価しない店にしない限り、古書店は小型以外あり得ないというのが私の持論だ。その理由は色々あるが、本というのは一冊一冊に目を通してやらないと売れないのだ。本にたいする愛情も必要だし、本を知らないと商売にならない面もある。これは大型ではとうてい無理だ。ブックオフはすべての本の個性を抹殺することで成立した。しかし万歩書店は違う。究極まで従来型の古書店のやり方すすめて来た。その結果、従業員とりわけ店長は想像を絶する重労働を強いられる。久保田さんの死因は特定できないだろうが、膨大な量の古書の値付けを目にするとき、古本屋というのは本当に肉体労働だと思った。あれから、店も健康管理に一層の注意をはらっていることは分った。しかし大型古書店という存在そのものが重労働を強いるのだ。まさか人員を2倍には出来まい。もうこの辺が限界だろう。

② しばしば万歩書店にいい本があるか否かの話になる。率直に言っていい本はない。どの分野においてもない。もちろんゴミではない。そこそこの水準は保っている。しかし他の小型店に較べて落ちる。これは店員の本を見る目が落ちるのでは決してない。入庫した本の単品管理がそもそも無理なのだ。いい本はすぐ消える ( 売れる )。然し補充がきかない。私事だが十年程まえ、入店する度に極度に警戒された時期があった。万引きや写真撮影の警戒ではない。いい本を抜かれることの警戒だ。社主の金本喜岡氏が同業者を極端に警戒していた時期があった。本店の入り口には「同業者とマンガ喫茶お断り」の貼り紙があった。三年ほど続いたのち改められた。これはしかし、愚策だったろう。古本にかぎらず古物業界くらい同業者が上客の世界はないのだから。然し私は残念ながら、万歩書店でとびきりいい本を買ったことは一度もない。

③ 私には経験がないが、経営の苦労の半分は労務関係だろう。つまり働く者どうしどう仲良くやっていくかだ。労使双方の対立する利害も絡む。いったいに古書業界はそういう問題に馴染まないのだ。昔から丁稚奉公で修業する世界だった。今でも神田村の老舗には、地方の2代目、3代目が目白押しらしい。近代的労使関係とは別の世界だ。私は万歩書店の具体について熟知しているわけではない。しかし何人かの元従業員から低賃金のボヤキを聞いた。万歩は誤魔化しながらよくやってきたと思う。然しそれは金本さんという良くも悪くも強力な個性があってのことだった。いまさら近代経営に生まれ変われる可能性はない。それはブックオフになれというに等しいのだ。この辺が限度だろう。

④ 次は大きいことはいいことかという問題だ。これは新刊書店と対比して書く。新刊書店はいいも悪いもない。いまや大型店しか存在しない。大型書店が中小・零細を駆逐した。読者の側からも大きいことはいいことなのだ。日々量産される新刊に対応するためには、選択の幅のある大型しか対応できない。しかし、これは古書店には当てはまらない。パターン配本されるわけでもない。返品されるわけでもない。オートメ化される部分は殆んどない。大きいことのメリットは少ない。
 この問題は在庫の回転率という観点でみると、よりはっきりする。回転率などというと可視化されていなように思えるが、顧客が店に入ったとき見る、今ある本が1年後にどれだけ入れ替わっているかという問題だ。3回転以上は分らないが、入れ替わりの有無は見れば分る。
 新刊書店=70% ブックオフ=70% 小型古書店=40% 万歩書店=3% 
 これは私が悪意をもって書いているのではない。ある筋からの引用だ。つまり、万歩書店においては97% の棚スペースは無駄なのだ。つまり超大型古書店は本を死蔵するための空間という事になる。一時はそれなりのインパクトはあったが、ブックオフの登場以来その利点を失なったことは否めない。





 まだまだ書きたいことはあるが、ひとまず、これまでとする。
  1. 2013/01/20(日) 00:57:07|
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