古本屋通信

『物語戦後文学』

古本屋通信 No 104  1月3日

  『物語戦後文学史』

  岡山発 9:13 の電車で倉敷へ。臨港鉄道に乗り継いで球場前下車。万歩書店倉敷店に。買った本は以下の5冊。

① 『井原市史』 井原市教育委員会 昭和39年
② 『金川町史』 板津謙六 金川町史編集委員会 昭和32年
③ 『幸島村史』 小林久磨雄 幸島村史刊行会 昭和47年
④ 『物語戦後文学史 (全) 』 本多秋五 新潮社 昭和48年6刷
⑤ 『新聞記者の共産党研究』 鈴木卓郎 経済往来社 昭和51年8刷

 ②④は既に在庫があるが重複してもほしかった。①は安かった。相場2万円を5千円さらにセールでその半額で買った。③は邑久郡関係だが持っていなかった。⑤は時事本だが、そういう本の中では上出来だろう。堀り出しだ。④については以下で個人的な事に触れ内容・資料を貼る。ただし新潮社版ではなく岩波3巻本・同時代ライブラリー版である。作成は岩波書店の編集部だ。現在では岩波現代文庫にはいっている。

 私は文学関係の読書量が圧倒的に少ない。同世代の知人に較べても少ないし、私の内でも他の分野に較べて少ない。学生時代の6年間、私は文学を社会科学としてしか読まなかった。つまり戦前のプロレタリア文学と、その戦後版ともいうべき民主主義文学以外は見向きもしなかった。文学作品を読む時間はなかった。もっと正直にいうと馬鹿にして読まなかったのだ。それがとんでもない心得ちがいだと思い知らされたのが、本多秋五の『物語戦後文学史』であった。私はこれを30歳に手が届く頃にやっと読んだ。これを読むことで蔵原惟人や宮本顕治も私の中で再構築できたと思っている。私にとってのバイブルだ。私には解説はできない。岩波編集者の上等な内容紹介を貼る。筆者の T・H 氏は多分私より少し若い人だ。


以下はすべて岩波書店編集部作成のもの。

■ 著者紹介
■ 内容紹介・目次
本書は、次の印象深い文章によって締めくくられます。

  現在われわれがいいうること,そして私がいいたいと思うことは,戦後文学者よ,初心を忘れるな,ということである.批評家よ,戦後文学をその最低の鞍部で越えるな,それは誰の得にもならないだろう,ということである.そしてまた,若い世代の人々よ,出来うべくんば戦後文学の精神を精神とせよ,たとえそれが戦後文学の徹底的否定になろうとも,ということである.

 1970年代初め,著名な作家が「戦後文学をその最低の鞍部で越えるな」という言葉を効果的に引用した文章を読んだことがあります.その時以来これがとても強く心に残っています.戦後文学に限らず,あらゆる知的な営みにあてはまる言葉ではないかと思ったからです.ただ,私はこの言葉が本多さんのものであることを長く忘却しており,本書の元になった同時代ライブラリー版を読み進めて最後にいたった時この文章に出会い,アッと驚きました.そして,上巻刊行後の9月上旬,評論家の坪内祐三さんが本書を『週刊文春』誌上で取り上げ,60年代に出た元版(新潮社)を古本屋で求めて一読したさい,やはりこの言葉を「強く響くものがあった」と受け止めたことを知り,共感を覚えました.
 本書のメインテーマは,「政治と文学」です.坪内さんの文章にあるように,これは本多さんと江藤淳さんの「無条件降伏論争」のあった78年頃までは説得力のあるテーマだったと思います.実際,本多さんが書いているように,戦後文学は共産党,天皇制,占領,戦争責任といった事柄と密接な関係を持っていました.
  共産党の問題をめぐって,本多さんの筆は難渋になっています.中巻の「民主主義文学内部の分派闘争」の章は他の章が大体20頁ほどで収まっているのに,60頁以上も費やされています.続く「『国民文学』をめぐる論議」の章も前章の影響を受けたせいか30頁あり難解です.この点は本多さん自身も気にされて,以上に続く「国士的風貌の論客竹内好」の章の冒頭で反省しています.
  にもかかわらず,いま上記の箇所を読むと,本多さんの戸惑いは貴重な同時代の証言であり,緊張感がひしひしと伝わってきます.これは,上巻の「『政治と文学』をめぐる論争」の章(特に「荒・平野と中野重治」の項),「文学者の戦争責任の問題」の章,下巻の「結びの言葉」の「『政治と文学』論の意味」の項などにも言いうることです.左翼陣営の戦前の「暗部」が広く知られるようになったのは70年代後半,「リンチ共産党事件」が国会で取り上げられたり,平野謙さんや立花隆さんの著書が話題を呼んだりして以降のことですから,本書の執筆が開始された1958年(56年のスターリン批判の2年後!)には左翼の権威は非常に高かったわけで,研究・執筆対象との距離の取り方を間違えれば自己の批評家としての生命に関わる重大事になったということが容易に想像できます.
  50~60年代と現在とでは文学を取り巻く状況が全く違っていますが,今日形を替えた新たな「政治と文学」(この場合,文学の概念を広げて「政治と思想」としたほうが分かりやすいかもしれません)の問題が存在しているではないでしょうか.それは歴史認識の問題など,いろいろな形をとってわれわれの前にあります.そして,それらの問題を権威に安易によりかからず,「最低の鞍部で越え」ないで対処していくということが,新しい世代の思想家・批評家に求められていると言いうるでしょう.
(T・H)

本多 秋五(ホンダ シュウゴ)
1908-2001年.愛知県生まれ.東大国文科卒業.文芸評論家.69-79年明治大学教授.戦時下,トルストイ研究と『「戦争と平和」論』執筆に没頭し,47年刊行(70年増補版刊行,冬樹社).文芸誌『近代文学』創刊に参加し,戦後思想の形成に大きな影響を与えた.
主著は『転向文学論』(未来社),『「白樺」派の文学』(新潮社),『志賀直哉』上・下(岩波新書)など.

上巻 《内容紹介・目次》
日本人にとって,戦後とは何だったのか.焼跡の貧しく奇妙に自由な時代に活躍する作家たちを同時代者の眼できびしく,ユーモラスに描き,戦後体験を思想として定着させた名著.上巻では,『近代文学』創刊,「政治と文学」論争,文学者の戦争責任論争を背景に,石川淳,坂口安吾,野間宏,椎名麟三,花田清輝らが活躍する.
素朴な驚異を頼りに/戦後文学のスタート・ライン/『近代文学』創刊のころ/『政治と文学』をめぐる論争/文学者の戦争責任の問題/抵抗の作家石川淳の登場/絶対の夢想者坂口安吾の新声/織田作之助の命をかけた自己燃焼/「占領下の文学」という規定の是非/野間宏最初期の仕事/梅崎春生のデビュー/『1946 文学的考察』の三秀才/怪物・椎名麟三の出現/戦後第一期の社会的・思想的状況/手の内見せぬ批評家花田清輝/実生活と芸術の混同を斥ける福田恆存/観念のまどわしを見透す竹山道雄/2・1ストの前後/火中の栗をひろう田中英光/滅亡の歌の歌い

中巻 《内容紹介・目次》
2・1スト中止,太宰治自殺,朝鮮戦争……冷戦の谷間で日本の「戦後」は展開し,文学者たちの文学と思想をめぐる闘いも激しさを加える.大岡昇平,武田泰淳,伊藤整,三島由紀夫,竹内好,安部公房らの活躍が新しい時代を感じさせる.「物語」は作家たちの行動と性癖を余すところなく描き,いよいよ佳境に入る.
石上玄一郎の孤独な歩み/戦争体験の分析者大岡昇平/「滅亡」の認識に出発する武田泰淳/伊藤整の前衛的な理論と実作/戦後派ならぬ戦後派三島由紀夫/戦後文学転機の年/民主主義文学内部の分派闘争/「国民文学」をめぐる論議/国士的風貌の論客竹内好/戦後史の転機としての朝鮮戦争/伝統を切断する鬼才安部公房

下巻 《内容紹介・目次》
若い世代の人々よ,出来うべくんば戦後文学の精神を精神とせよ,たとえそれが戦後文学の徹底的否定になろうとも――『太陽の季節』の出現で「戦後文学の時代」は終わる.しかし,堀田善衞,野間宏,椎名麟三,梅崎春生,武田泰淳らの文学的苦闘が,日本人の思想に刻んだものは何か.波乱の戦後文学史を描ききった名著の完結篇.
国際関係に眼をひらく堀田善衞/1952年の過渡的状況/野間宏のその後の仕事/椎名麟三のその後の仕事/梅崎春生のその後の仕事/武田泰淳のその後の仕事/堀田善衞のその後の仕事/伊藤整のその後の仕事/結びの言葉
あとがき
  1. 2013/01/03(木) 20:06:47|
  2. 未分類