古本屋通信

岡山の高校校長たち

古本屋通信    No 989  8月10日

  岡山の高校校長たち



 現在午前7時である。私はいま岡山市北区下伊福西町の自宅にいる。伊福町の店に行きたいのだが、台風の動きを警戒している。ニュースでは高知県安芸市に上陸したらしい。現在の岡山市は風雨とも強くないが、いま暫く自宅に留まることにした。

 私の自宅は狭い。その中でも私の領分は2 階の6 畳一間だけだ。他は猫の額ほどの庭に至るまで、つれあいの支配下にある。私はこれが不満ではない。そもそも子供2人がそれぞれ2 階の一部屋を占領していた数年間、私の居場所はなかったのだ。それに比べると今は天国である。

 自宅のこの部屋には本箱はない。本はダンボールを立てて、背文字が見えるようにセットしている。本の数は流動的だが大体200~300冊だろう。読み応えのある大著などなく、半端な本が多い。まあ、そこら辺りの事情は説明が難しいので省略する。

 その半端本の一冊に 『よるべ』 という、どうにも救いようのない本がある。著者は 内藤一人 という元操山高校の校長先生である。大昔に死んでいる。この本がここにある理由は、私が何時かやっつけようと残しておいたからだ。反吐が出るような醜悪な汚物だから、その目的以外に残す理由がなかったのだ。

 私はたしかこの男の著書について書いたことがあった、そう思って自分の過去記事を調べたら、下の No 321がヒットした。少し長いが(部分再録ではなく)全文を再録する。しかし ⑧、⑨、⑩ だけが内藤関連だから、その他は読み飛ばしてくれて構わない。約一年まえの文である。


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   再録

  古本屋通信  No 321 7月24日
  


  パソコン余話

昨年七月このブログを始めてから一年たった。私がはじめてパソコンを買ったのは十年まえだが、使用は古本の検索に限定された。標準価格しらべが中心だが、付随して新旧書籍や著者の情報はとても役に立った。しかし、私はパソコンで自分の文を書こうとは思わなかった。それまでにタイプライターやワープロで文を書いたこともなかった。そもそも私は文章を書くことが余り好きではなかったし、それ以上に機器を使って文を書くことに嫌悪感があった。自分の文が自分の文ではなくなる気もした。

それを最初に感じたのは(否定的な例として名前を出して申し訳ないが)、加藤哲郎(当時一橋大教員)の 『東欧革命と社会主義』 (花伝社 1990)を読んだときだった。かれがかなり書き殴っている時だったせいもあろう(その後もかれは多産だ)が、私はこれを読んで、機器を使っての文章は文体が変わると思った。そのあと彼の大著 『コミンテルンの世界像』 (青木書店 1991)も読んだ。本格的な研究書だと感心したが、文は無機質なような文体で、これが気になった。このときの私の感じを文にするのは難しい。加藤だけの文体だったかもしれぬ。しかし私はそうは受け取らなかった。「文学的」でなかった。「論理的」でもないと思った。加藤は編集者出身の研究者である。私は加藤が編集した本も知っているが、それは社会科学のふつうの本だった。こんなことを書いてもたぶん説得力はなかろう。しかし、私はこの頃から、全般に社会科学系の本の文体が様変わりしてきたという印象をずっと持ち続けている。

ここでいきなり私のブログに戻る。といっても私の文のことではない。私が引用した他人の文のことである。梯秀明の文。佐多稲子の文。吉塚勤治の文。私がこれらを転載するさい、ネット上にコピーできる資料はなかった。だから、紙の印刷物をみて自分で印字した。とても時間が懸かった。自分の文を書く数倍は懸った。梯秀明の文は『戸坂潤全集』月報に書かれた文だが、途中で投げ出してしまった。そのうえ私は、梯の文を悪文とまで断じた。然し読み返してみると、実に名文ではないか。
 
はじめから第一級と誉めそやした佐多稲子の文が、パソコン印字でどれだけ難航したことか。私には苦業そのものだった。吉塚勤治の文は、詩人だから文体はパソコンに馴染まないとは言えないが、それでも時間は懸った。そこで結論だが、梯秀明も、佐多稲子も、吉塚勤治も、かりに彼らがいま生きていて、パソコンで文を書くとしたら、同じ文体の文を書くだろうか。パソコンは書き手の個性を殺すのか? 本当のところはよく分らない。小川洋子なんか、完全にパソコン世代だろう。古い世代でも大江健三郎はパソコンだろう。しかし佐多稲子の筆になる好並かおるの追悼文はパソコンでは書けなかった気がする。

さて、パソコン文について、いくらかの疑問を保留しながら、これが便利な道具であることを強調したい。自分の書いた文を何度でも訂正できる、これは決定的な利点だ。誤字・脱字から始まって、文のねじれ、意味不明、表現の不適切、舌足らず、句読点の問題、改行関係、段落、加筆・追補、これが何度でもたちどころに修正できる。これは編集上の革命なのだ。私は粗原稿を自宅のパソコン(光ファイバー)で書く。まあ、ガタガタの文章ですワ。それを店のパソコンでなおす。但しはじめの文から他人の目に晒す。そうしないと、どうしても修正が遅れるからだ。

パソコン以前に、いま振り返ってみて自分でも不思議に思うのだが、私には文章を自分で書いた経験は殆んどなかった。あるのは、学生時代のほんの一時期のビラ、卒業論文、読書サークルの雑文、ミニ新聞の穴埋め記事。これがすべてだ。時間も量も少ない。しかもこれらは目的があって仕方なく書いた文なのだ。だが、なぜか活字の印刷物(本)とは縁が切れなかった。①古本屋をオープンした時の蔵書は一万冊だった。しかし、これは自分が文を書く事とは別だ。②それから職業上の仕事が編集であったことは、他人の文に敏感になれた理由だろう。

人によって文が上手だとか下手だとかは勿論あるが、文筆家以外は初めはみんな下手だと考えたらよい。箸にも棒にもかからない文が、編集者の手で修正されて立派に新刊書店に並ぶ。私は世の出版物の大半はそうだと思っている。だいたいが本を上梓したことのない研究者の文など無茶苦茶なのが相場なのだ。それで一向に構わない。だが、自分が書こうとしている研究対象についての認識、これが浅かったり歪んでいたらどうしようもない。編集者はその分野の素人だから打つ手がない。だから、編集者は原稿の質を瞬時に判別し、駄目な原稿は突き返さねばならない。そうしないとあとが地獄になるのだ。

はなしが抽象的になっては分り難いだろうから、脱線覚悟で具体例を書く。私が退職して間もなく、私のいた会社から一冊の本が出た。私は関係しておらず、ずっと後に古本屋に出廻ってから初めて知った。『正法眼蔵と現代』 (内藤一人 F書店 昭和61)。著者の内藤一人は岡山操山高校の元校長で、岡山の教育筋ではそれなりに有名だ。保守反動と俗物性を兼ね備えた人物が多い中で、内藤はそうではなかったらしい。岡山一女時代からの教員で信望が厚かったという。それで 『正法眼蔵と現代』 を広げてみた。二三頁もよんだ。なんとか好意的に読もうとした。この本を編集したのは私の後輩だし、内藤自身も私の母の女学校の恩師だった。しかしテンデ駄目だった。よくもこんなもん出版したワナ。この本はいまも岡山の古書業界で流通しており、結構な値がついている。私の店の客人でも名著だという者もいる。 

私がここで槍玉に挙げるということは、自信あってのことだ。違っていたら私が恥をかく。私は現代語訳の「正法眼蔵」でさえ歯が立たない。しかし内藤の本が駄目なことはすぐ分った。よくもまあ、こんなのを原稿段階で突き返さなかったものだ(あとで担当編集者に訊くと、それなりの理由があった)。ここで差別的とも受け取れることを敢えて書きたい。高校の退職教員が「正法眼蔵」の研究書を出版したいといってきたら、まず警戒しなければならない。専門の研究者ではないのだ。まず無理だろうと思うのが常識だ。この件、古本も流通していることだし、あとは読者の判断に委ねたい。

もう少し、調子に乗って、本の真贋判定について書く。上記 『正法眼蔵と現代』 はタイトルからしてメゲている。ただし、タイトルは出版社がつけることもあるから、これをもって内藤がメゲているとは断定できないが、どっちにしても狂っている。ためしに「源氏物語と現代」、「道元と現代」、「アリストテレスと現代」、「形而上学と現代」、「純粋理性批判と現代」、「カントと現代」、「資本論と現代」、「マルクスと現代」、以上の書名の本があるかどうか、日本の古本屋アマゾンで調べてみた。雑誌の特集タイトルでそれを含むものはあったが、単行本では最後のふたつを除いてなかった。「資本論と現代」は向坂逸郎だ。これなら了解だ。しかし凡百の研究者が「資本論と現代」「マルクスと現代」などのタイトルで本を出せば、それだけでばかにされるだろう。その他のタイトルはタイトルからして狂っている。一行も内容を読まないでも失格だ。アリストテレス、道元をどう現代に引き寄せて論じようというのか。常人のなせる技か。一応、これで区切りをつけて終えるが、まだまだ書けそうだ。あとは折を見て書きます。


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 以下が今回の古本屋通信

内藤一人 一年前に上記の文を書いた時点では、『よるべ』 はまだ見ていなかった。今更この本の書評をする気にはなれない。全編で青年に説教を垂れている。その内容の貧しいこと。支配勢力に一片の批判の目もないこと。まさに人間のカスである。「人間にはカスなどない」 という反論が予想される。内藤が旧制一女からの国語の一教師として生をまっとうしていたら、人間のカスではない。戦後の岡山教育界で果たした反動的な役割、その汚物の落とし紙としての 『よるべ』。とうてい読める代物ではない。だから読まなくてよい。読まなくても、これを上回る人間のカスが序文を書いている。


谷口久吉 岡山財界の大ボス 谷口澄夫(4つの大学の学長)はここに婿入りした。

高畑浅次郎 これに勝る教育反動はいない。私は殺意を禁じえなかった。関係ないが高畑勲は息子。


篠井孝夫 これは複雑だ。元操山高校の校長である。時代の中で一定の反動的役割を果たしたのは事実だろう。教育行政をめぐるアレコレで、近藤義郎(考古学)など篠井を悪玉の筆頭に挙げていたという。だが、私は死後の十三回忌で全蔵書の処分を賜った。半端じゃない良書を読み込んでいた。地理の教員で戦前の東京高師である。あの時代にリベラルだった。私は好きである。

 篠井孝夫だ出たついでに、私が肯定評価する校長たちをあげておこう。彼らは例外である。



友野澄雄  篠井孝夫の後輩である。十三回忌には来ていた。やはり地理だが、早くから管理職になった。最後は大安寺の校長だ。若いころ高教組の活動家だったから、明誠のK先生なんかいまだにポチと呼ぶ。「K先生だって似たり寄ったりですよ」。息子は東大教育学部修士から、昭和女子大准教授だと思うが、絶対に自慢しない。私はコレを友野の家に小熊英二の 『民主と愛国』 があることで知った。だって、友野澄雄が小熊なんか読む訳ない、そう思って突っ込んだら、しぶしぶ息子のことを喋った。息子が読んで夏休みに置いて帰ったんだ。息子は小熊と同年代だったと思う。


尾野作次郎  内藤一人よりひとつ前、篠井孝夫よりふたつ前の操山高校の校長である。悪く言う人も多いが、私はかわいがって貰った。私の職場時代に関連予備校の校長だった。私は彼の部下ではなかったから、対等といえば対等な関係だが、歳は爺さんと孫の差ほどあった。グループ企業とはいえ、実質は同一企業の他部門である。尾野作次郎(俗称 オノサク) は私を「サン付け」 で呼ぶのである。これには参った。こういう民主主義感覚を身に着けている元校長は珍しいのではないか。



 あと悪口を書くつもりだった超俗物が数人いるが、アホらしくなった。
 どうやら、台風は逃げたのではなかろうか?


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参考

坐禅に活かす正法眼蔵 現代訳抄 / 窪田慈雲
筆者は安谷白雲師の弟子に当たる人です。
巷にいくつかある正法眼蔵の現代語訳は、ほとんどが誤訳の塊なのですが(訳者が内容を理解していないのでしょうがない)、この本は確かな目を持った禅者が、しっかりと現代語に翻訳されています。正法眼蔵がまともに現代文で読める日が来るとは思いませんでした。ほんとうに感謝なしでは読めない本です。



 古本屋通信

 これはたった今、ネットで見つけた専門家の書評なのだが、これを見ただけでも内藤一人の「研究書」など、ハナから疑わしいことは古本屋的にも自明である。

 古本屋は商売だから本が売れればよい、本の真贋は読者に任せると、尤もらしい理屈をいう人がいる。とんでもない話である。出版にせよ流通にせよ、プロの商人は読者に選択の幅を示さなければならない。ゲテモノ、偽物を提供するのは業者の恥である。私はそういうものは決して売らない。

 たった今、日本の古本屋を開いたら、以下の出品があった。何れも岡山の古本業者である。他人の出品は他人の出品だが、このかぎりに於いて、私は同業者に勝っている。私は同業者は商売の同盟者であると心得ているが、批判するに躊躇はない。


正法眼蔵と現代  南天荘書店   1,800円
内藤一人、 福武書店、 昭61、  A5 函少ヤケ本美

正法眼蔵と現代  赤木書店   1,800円
内藤一人、 福武書店、 昭和61





  1. 2014/08/10(日) 07:07:09|
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