古本屋通信

丸山真男と江田五月

古本屋通信    No 971  7月30日

  丸山真男と江田五月


 私は毎日と言ってよいほど、江田五月のリンク集を利用させてもらう。十日前その冒頭部分に 7月19日 NHKテレビ戦後史証言プロジェクト「日本人は何をめざしてきたのか 知の巨人たち」 『第3回 丸山眞男と政治学者たち』 に出演しました と出ていた。すぐに検索して映像を探したが、観たくない司馬遼太郎しか出なかったのでそのままになっていた。先ほど第3回の丸山が出た。といっても初めから終わりまでNHKの映像に付き合うつもりはなかった。観ないでも分かるのだ。で、5分間だけ観た。予想通りの企画である。タイトルを見ただけで十分だから、レッテル貼りはしない。さらに司馬遼太郎と同居しているというだけで、切り口が通俗的であることも分かる。

 しかし5分間は無駄ではなかった。その一は死の直前だと思われる丸山の二枚の写真を見たことである。よぼよぼの写真だった。然し老醜ではなかった。どう言ってよいか、最晩年の丸山らしい写真だった。それしか言いようがない。感動した。

 その二は江田の短時間のコメントが聞けたことだ。私は江田の話だけが聞きたかったのだ。まず結論。私は大いに満足した。江田が話したことは戦後民主主義についての中学生並みの解説だった。それを丸山が目指していたと。江田は自分と丸山の係わりなどいっさい語らなかった。私は江田が丸山に花を副えたと確信した。私は江田を尊敬するわけには行かない。しかし更に距離がなくなった。それは私にとって、自分の老化の自覚だった。あれほど嫌った江田親子だったのに ・・・ と。

 私は東大法学部について何も知らない。風の噂のそのまた噂である。丸山真男は江田五月の能力を最高級に評価していた。事実江田は法学部をトップで卒業した。以下も江田の親友の浜野博(岡山朝日高時代の同級)から聞いた話だ。学生運動で江田は大学を退学処分になった。その江田をアメリカ留学させたのは丸山である。詳しくは知らぬが一度留学すると東大法学部では退学者も復学できるらしい。丸山は江田が自分の優秀なゼミ生であると証言している。しかし江田は自分が不肖の弟子であるとの想いしかなかったらしい。これには必ずしも江田の謙虚さだけからでない理由があったかもしれない。

 眠くなった・・・・・・ 

 
  1. 2014/07/30(水) 00:02:11|
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