古本屋通信

ブル新朝日の中国批判

古本屋通信    No 968  7月29日

  ブル新朝日新聞中国批判



 本来は記事にならない or してはならない事件を記事にするのもデッチアゲと変わらない。いやデッチアゲの範疇にはいるだろう。その一例を今朝の ブル新=朝日新聞の中国批判 に見た。


 朝日新聞デジタル

中国が強めるメディア管理 記者への圧力、自殺者も
北京=倉重奈苗  2014年7月29日01時13分
写真・図版
中国版ツイッター「微博(ウェイポー)」上で公開された記者の遺書とされる文書
中国で今月、一人の記者の自殺が波紋を呼んだ。記者は指導者の名前を書き間違えたことを批判され、悩んでいたという。報道への規制が強まる中で、現場の記者が受ける圧力は深刻さを増している。
 自殺したのは、四川省遂寧市に住む地元紙の男性記者(25)。その遺書が7月初旬、中国版ツイッター「微博(ウェイポー)」に掲載された。「お父さん、お母さん、ごめんなさい。でもよく考えた結果なのです」「生きる方が静かに横になる(死)よりも苦痛」
 インターネットの複数のメディアは、記者が自殺する直前に四川省の秘書長の名前を記事で書き間違えたことで内部の批判を受け、悩んでいたと報じた。記者の上司は自殺との関連性を否定した。
 中国メディア関係者は「この記者は間違えたのが地方指導者だから批判ですんだ」と指摘する。昨年、アモイ市の機関紙は中央政治局会議に関する記事で、習近平(シーチンピン)国家主席の名前を1文字間違えたことで、2人の編集者が停職処分になったという。同関係者は「事実を間違えるよりも、指導者の名前を間違える方が批判は深刻と打ち明ける。



 古本屋通信

  ウチの店の客人はたいてい朝日新聞の読者である。これをどう考えるか。私はとんでもない記事だと思う。アレコレの前に私の結論。これは朝日新聞北京支局が閉鎖されても不思議ではない「国際犯罪」である。どう大目にみても記者の即時国外追放は避けられない。中国は余程のお人好しだな。

取材せず記事にしている。「遺書とされる文書 」、「悩んでいたという」。こういう文をよく書くよ。必ずウラをとらねばならない。ウラが取れねば記事にしてはならない。海外だから無理だろう。だからそもそも記事にならない。それを承知でデッチあげ、その言い訳に 「報道への規制が強まる中で、現場の記者が受ける圧力は深刻さを増している」 と、こんどは伝聞としてではなく、事実無根の強弁をする。二重三重の詐術。完全に報道の使命の放棄。

そもそもツイッターなどを報道の根拠にするのが間違っている。 朝日は中国ツイッターの何処までを信頼できるとするのか。「微博(ウェイポー)」なるメディアの信頼性は? いや、それ以前に日本のツイッターはどうなのか。

今日の日本では常識になったが、自殺の原因を特定することは出来ない。精神医学的に不可能である。だから、かつてのように「部落差別によって結婚に反対されて自殺」などと報道されることはない。そう断定する根拠が薄いからだ。したがって日本の自殺をこのように報道することはない。

 遺書が仮に本人の手で書かれたものであっても、自殺の原因が 「秘書長の名前を記事で書き間違えたことで内部の批判を受け、悩んでいた」 からと断定することは出来ない。現にそれは記者の上司によって否定されているのだ。なぜ朝日は「中国が強めるメディア管理 記者への圧力、自殺者も」 というようなデッチアゲをやるのか?

最後の数行は何をか言わんやだ。これのどこがおかしい? ちっともおかしくないではないか。朝日新聞は「安倍」総理大臣の名前を「安部」、「阿部」と書き間違えた記者の責任を不問にするのか? 信じられない。「習近平(シーチンピン)国家主席の名前を1文字間違えたことで、2人の編集者が停職処分になった」 のは当然だろう。


たったこれだけの記事でも、ブル新の歪んだ目は果てしなく有害である。ゆめゆめブル新に騙されないようにしたい。

倉重奈苗の名前は憶えておこう。たぶん若くて優秀な女性特派員だろう。新聞資本の意を汲んでデッチアゲ記事を書いくな。この女の意識にあるのは事実にもとづく真実の報道ではない。時流(釣魚島を日本の領土だと強弁する右翼ナショナリズム)に迎合した朝日の報道姿勢、それを受けての保身の記事送信だ。恥を知らなければならない。
  1. 2014/07/29(火) 01:36:00|
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