古本屋通信

核問題を復習してみようか

古本屋通信   No 2547    2017年  04月30日


    核問題を小学校から復習してみようか。

 歴史の復習なんだけど、細かい歴史的事実には余り頓着しないでアバウトな話にします。
 1945年第二次世界大戦の終わりの時期、広島と長崎に原爆が投下されました。戦争終結には原爆投下は必要なかったという意見もありますが、これが日本帝国主義の無条件降伏のダメ押しになったことは事実でしょう。これが今日に至るも日本が唯一の被爆国である根拠です。もう二度と戦争はイヤダだ、原爆はコリゴリだとの声の原体験です。然し、これは原爆を投下したアメリカを糾弾する声に結びつきませんでした。
  
 なんとパソコンが行送りできなくなりました。万事休すです。連れ合いが帰らないと私では一行も前に進めません。困った。パソコンの印字、改行できない。
この赤字と青字の部分が改行できないのです。どうもキーボードのEnterのキーが効かなくなった? ならば部品を・・・。
  1. 2017/04/30(日) 14:25:17|
  2. 未分類

ツイッターは止めた方がよい

古本屋通信   No 2546    2017年  04月30日


  公然党員と各級議員はツイッターは止めた方がよい

 表題で書きたいのだが、ネット・ツールにはHPブログとツイッターとフェイスブック(FB)の3つがあるという前提でだ。そして私自身はブログ一本であり、他の2つは見るだけで、やり方(方法)さえ知らない。他人のブログについては毎日多く読んできた。しかし他の2つは限られた訪問であり、FBについては山田みすずが最初である。意外と長文が可能なのだと驚いたが、まだ訪問歴が短いので論評を避けたい。多くの方はブログの文章をFBに組み入れておられるように見える。

 最初に私がツイッターに疑問を感じたのは福山市議の村井明美さんのツイッターだった。村井さんはそれまでのブログを閉じてツイッターに切り替えた。私は戸惑った。とても優秀な彼女のネット文言が、見る見るうちにチンプンカンプンなものに変わったからだ。多くは意味不明だった。他人のくだらないツイートによって肝腎の村井さんがいなくなった趣きであった。私が批判を書いたからではなかろうが、村井さんはやがてブログを再開し、彼女のページは正常化された。

 私はこの頃から少しづつ他人のツイッターと其処に表示される他人のツイートを読むようになった。率直に書こう。女子高生の間のコミニュケーションツールとしては有力な媒体かも知れないが、公然党員や各級党議員のツールとしては(呟きツイートは)短すぎる。殆ど意味がないと思う。百害あって一利無しとまで言わないが安易に過ぎる。

 私はたぶん数十人のツイッターしか訪問していない。国会議員については、ブログも大平クンだけだった。その大平クンが最近ブログ記事を書かなくなった。他に切り替えたのだ。国会議員以外の地方議員でもブログ記事を書かなくなった者は多い。パソコンに向かわないで寝転んで出来るツイッターは便利なのだろう。ただ一定のまとまった見解を他人に伝えるには適していない。情緒的なのだ。情緒的であっても、非議員が自分の日常を伝え、それが優れた論考以上である例はある。その代表が坂井希のツイッターだろう。しかし凡人の女子高生のようなそれは意味がない。その悪しきサンプルを貼っておこう。
 
 以下は党島根県委員長・後藤勝彦さんの出雲市議選敗北後のツイッターである。以下をどう見るかは読者の問題だが、後藤さんのツイッターには珍しく志位委員長のツイートが登場するので、その部分だけ批判しておこう。


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月27日
今日(27日)は地元・稗原小学校の第1回地域学校運営理事会。地域の皆さんといっしょに、学校のこと、子どものことなど、語り合いました(^^)... http://fb.me/5VtBYrgFa


 後藤勝彦さんがリツイート
志位和夫‏ @shiikazuo · 4月25日
「東日本大震災『東北で良かった』今村復興相が発言」。どうしようもない人物を大臣に任命し、「本人の責任」発言があっても大臣を続けさせてきた首相の責任は重い。「森友」疑惑での首相夫妻の疑惑に蓋をしたことが内閣のモラル崩壊を招いている。

私はすでに「辞任した今村前復興大臣だが、担当相がアレだと咎めは止むを得ないが、(一般的に)「首都圏だったら被害はあんなものではすまなかった。(東北だから)まだよかった」 は誰しも思うことだ。私は安倍ではなく自民党の二階幹事長を支持する。つまりゴメンナサイネ、失言でした、で一件落着。つまり立場と脇柄を弁えない発言だったけれど、辞任の必要なし、という見解である」 と書いている。私は今村を「どうしようもない人物」と思わない。しかし立場を弁えない男だとは思った。志位の言う「どうしようもない人物」とは人間のカスという意味だろう。そういう意味では志位、小池、れんほう、野田その他の民主党議員はみんな人間のカスだろう。然し共産党の委員長が他党の国会議員を「どうしようもない人物」だとか「人間のカス」だとか、ツイートすることに何の意味があるのか。志位はこういう言葉を国会質問で平気で使用で出来るのか、出来ないだろう。まったく意味がないからツイッターは無効なのだ。

後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月23日
今日(23日)投開票の奥出雲町議選で、日本共産党は1議席から2議席への躍進を果たすことができました(^^)... http://fb.me/912qbDgqq


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月22日
党県委員会事務所の3階から、今日も美しい宍道湖の夕日を見ることができました(^^)
今日は、安保関連法(戦争法)の廃止を求めるしまね総がかり行動実行委員会の集会に参加。
日本共産党を代表して、私も意見表明。... http://fb.me/1YXUl3itj


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月19日
23日投票の奥出雲町議選に日本共産党から立候補している2人、川西あきのり町議、田食みちひろ町議候補のリーフレットを紹介いたします(^^)... http://fb.me/xvTZveIe


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月15日
Facebook友達の皆さまには、選挙ネタばかり投稿して申し訳なく思いますが…。
インターネットで松江市長選、松江市議選の支持のよびかけができるのは日付が変わるまで。あとわずかになりました。最後のお願いです。... http://fb.me/Wi9iJ33h


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月15日
山崎やすこ候補が奮闘している松江市長選、たちばなよしあき、吉儀けい子、田中はじめの3候補が奮闘している松江市議選は、明日16日が投票日です。
あわせて、明日は隠岐の島町議選、邑南町議選の投票日でもあります。... http://fb.me/J15pfJUI


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月14日
明日(15日)、山崎やすこ松江市長候補が、街頭から訴えます。
午後1時からイオン松江店前にて
午後5時30分から松江テルサ前にて
他にも市内各地をまわります。
山崎やすこ市長候補の訴えを、ぜひお聴きください(^^)... http://fb.me/1lS97Ij23


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月14日
松江市長選、松江市議選6日目。いよいよ明後日が投票日です。
山崎やすこ市長候補と、日本共産党の3人の市議候補、たちばなよしあき、吉儀けい子、田中はじめ。それぞれ、懸命に政策を訴え、支持をよびかけています(^^)... http://fb.me/2NaRP5CUV


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月13日
松江市長選、松江市議選も5日目。
今日(13日)、たちばなよしあき、吉儀けい子、田中はじめ、3人の松江市議候補は松江生協病院前でそろいぶみで訴えました(^^)... http://fb.me/37CMam5Dw


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月12日
松江市長選、市議選もいよいよ終盤戦。
山崎やすこ市長候補は、松江生協病院前で街頭演説。かけつけた病院職員をはじめ、聴衆を前に原発再稼働ストップなどの政策を訴えました(^^)... http://fb.me/1VKvclrVn


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月12日
松江市議選も終盤戦へ。日本共産党の、田中はじめ、吉儀けい子、たちばなよしあき、3候補が全力でかけまわっています。
田中はじめ候補の街頭演説の動画をシェアして紹介します。ぜひ、ご覧いただき、広めてください(^^) http://fb.me/1wIRPlf4T


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月11日
今日(11日)は、地元・稗原小学校の入学式🌸
入学された皆さん、おめでとうございます(^^)
ご家族の皆さまも、おめでとうございます(^^)
私も、地域学校運営理事会の理事として…
児童クラブの運営委員として…... http://fb.me/7P1AtaYvu


後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月9日
http://fb.me/16tIVXAID
後藤勝彦‏ @gotoukatuhiko · 4月9日
9日投票の出雲市議選は、現有2議席から1議席に後退するという厳しい結果となりました。
しっかり総括し、きたる総選挙、県議選、そして4年後の市議選の告示日の捲土重来を期したいと思います。... http://fb.me/5KocFSHiG
  1. 2017/04/30(日) 01:31:34|
  2. 未分類

労働と過労死問題

古本屋通信   No 2545    2017年  04月29日


      労働と過労死問題

 きょうの朝日新聞二面の記事は「中学教員の6割 過労死ライン超え 過重な仕事 教員悲鳴」である。読む気がしないから、読まないが、全て読める。感想は何を今さらである。

 一年前、電通の女子労働者が過労自殺した。何度か書こうと試みたが書けなかった。ブル新聞の取り上げ方にも違和感があったが、裁判は裁判として見守っていけばよいと思った。電通の職場のアレコレは問題になろう。ただ一つはっきりしていることは、女子労働者の自殺くらいでは、電通資本はビクともしないということだ。来年も再来年も電通は大卒の人気企業であり続けるだろう。それは歪んだ資本主義社会だからではない、正常な資本主義社会だからなのだ。つまりブル新聞の過労死キャンペーンなどクソでもないということである。
 
 今回の朝日の記事などヤラセ記事の最たるものだ。取材などしなくても分かりきったことである。小中高の教員で本を読む順番は、高校→小学校→中学校の順番である。中学教員は全く読まない。忙しくて読む暇がない事もあるが、けっこうパチンコや競輪はやっている。生活空間のどこからも本を読む必要が生まれて来ない。いくつか問題を提出しておきたい。

 きのう店に元私立高校の数学教員がこられた。常連の勉強家で80歳である。ずっと私立K高校である。質問してみた「先生の教職生活での比重を仮に教科指導と生活指導に分けるとしたら、どのくらいの比率になるのでしょうか」。先生「それは圧倒的に生活指導です。高校の教員なんか授業の準備なんかゼロですよ。それで私立はけっこうやって行けます。ただ進学校になると教材研究やらないと生徒に舐められるそうです」。高校にしてこうだ。小中教員など趣味で読書するに過ぎない。

 中学教員は地獄である。地獄であるからこそ、福山の管理主義教育が罷り通る。これを村井さんがいくら非難しても、教員の命が懸かっているから直らない。小学校教員だって中学校ほどではないがシンドイ。だから鬱病はじめ心の病での長期欠勤が後を絶たない。

 しかし学校教員はそんなにシンドイ職業なのか? 私はそれを否定しない。だが一般的に民間企業に較べたら、数段楽である。楽だから結婚後も育児をしながら続けられる。これは私の体験からの結論である。

 私自身の元職場のF書店だが、たしかに楽な職場ではなかった。私自身は一生懸命働いた。上昇志向ゼロで、労働者は労働しか売るものがないから労働力を商品として売った。安売りはしなかったが、サボらなかった。残業も進んでやった。でも、F書店の職場はサボろうと思えば、いくらでもサボれたのである。これは教員職場でも同様だろう。

 電通の職場に戻る。私としては自殺者にあまり同情の気持ちが起きないのだ。なぜだろうかと考えてみた。つまり残業は強制されたものではなく、自主的なものだった? そうであっても、残業せざるを得ない職場それ自体に問題があるのではないかという反論はあるだろう。でもそう言っていたら限りがない。殺される前に逃げろである。これが唯一の正解であろう。

 私はいまもってブラック企業だとか、ブラックバイトだとか言うのを聞くとゾッとする。電通はブラック企業ではない独占企業である。打倒目標にするのはよい。資本主義の大手企業ゆえに最後まで生き残るだろう。

 このエントリーは何らかの結論を述べたものではなく、情況をラフ・スケッチしたものである。

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 思い出したから付け加えておく。崎本とし子さんが以下のように書いていた。


「電通」の過労自殺から見えるもの・・・・労働基準法で、長時間残業の禁止を明記すべき!
2016年11月11日   崎本とし子  とし子からの手紙
電通という会社では若者の過労自殺が後を絶たないようです。優秀な若者の命を食いつぶす企業とはどんな「哲学」を持っているのでしょう。「人の命より仕事」「命より利益」という考え方でしょうか。

確かに生活していくためにお金はある程度必要だけど、生きて暮らしていることが前提です。どこか勘違いしている電通という企業は、「くるみん」という働きやすい職場として厚労省の認定を受けていたそうです。(ありえない!)

労働基準法は36条で残業の規制を記述していますが、労使の話し合いの「認める範囲」と緩めており、禁止していません。

何人もの若者の過労死が後を絶たない中、法で禁止するしかないのではないでしょうか。長時間労働を是正することは日本の国の課題です。法規制の時期だと私は思います。

がん健診だって、労働安全衛生法で義務付ければ受診は増え働き盛りの早期発見が増えるに違いない・・・と私は思います。健康診断の中にがん検診を入れるべきです。

命は大切なものです。ましてや若い人が親より先に不本意な思いで旅立つようなことは、なくさなければなりません。

電通に国の調査が入ったようです。このきっかけを作ったのは共産党の国会質問でした。共産党やるじゃないか!!

きゅさん等が大きくなれば命を大切にする政治に変わるなあ・・・と希望を持っています。



  古本屋通信

 いつもながらの文であるが2つだけ。「くるみん」 だが、これは女子労働者の出産と育児を保障する職場を先進的な職場として厚労省が認定したものである。つい数十年前まで「結婚退職」「出産退職」「育児退職」ということばが罷り通っていた。そういう日本企業では画期的である。電通もF書店も 「くるみん」に認定された。その意義を崎本が理解していないのは仕方がないが、私はこの限りで電通は先進的な職場であったと思う。だからこそ高学歴女子の人気企業だった。

 もう一つは労働基準法での長時間残業の制限である。安倍政権が上限100時間を言い、自殺した労働者のお母さんが反対と叫び、ちょっとした議論になった。肝腎の全労連の見解がよく分からないのだが、私は基本的に法規制に反対である。いままでどおり36協定で個別労資(労使)に委ねるべき問題だと思う。理由は残業が労働者の要求であることもしばしばだからである。でも崎本は良いなあ。議員年金があるから食う心配がない。


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  参考


 残業上限は月60時間、繁忙期100時間 政府が改革案
 高橋健次郎  2017年1月29日03時00分   朝日新聞
 政府は「働き方改革」で、これまで事実上、青天井になっていた長時間労働に制限を設け、残業時間の上限を繁忙期も含めて年間720時間、月平均60時間とする方向で調整に入った。忙しい時には月最大100時間、2カ月の月平均80時間までの残業は認める。労使との調整を経て、年度内にまとめる働き方改革の実行計画に具体策を盛り込みたい考えだ。

 現在の労働基準法は、労働時間の上限を「1日8時間」「1週間40時間」と定めている。ただ、同法36条に基づいて労使が協定(36〈サブロク〉協定)を結ぶと、法律の上限を超えた残業が認められる。

 その残業時間は「月45時間、年360時間以内にするのがのぞましい」としているが、労使間で「特別条項」を付ければ、年6カ月までは青天井にできる。長時間の残業を設定しても罰則がないため、長時間労働や過労死を生む原因と指摘されていた。いわゆる「過労死ライン」と呼ばれる過労死の労災認定基準は、1カ月100時間、または2~6カ月の月平均80時間とされている。

 このため政府は、労働基準法を改正し、残業時間の上限を原則として「月45時間」「年間360時間」と規定。そのうえで、企業の繁忙期に対応できるよう6カ月は例外を設け、「月最大100時間」「2カ月の月平均80時間」の残業を認める。その場合でも、「年間720時間」「月平均60時間」に抑えるよう義務づける。違反に対しては、罰則を科す。


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【談話】残業月100時間など到底容認できない
-時間外労働の上限規制等に関する労使合意について-

2017年3月14日
全国労働組合総連合
事務局次長 橋口紀塩


 3月13日、政府の「働き方改革実現会議」で議論されている時間外労働の上限について、政労使の合意が成立したとの報道が流れた。時間外労働の上限について(1)年間では720時間まで、(2)2か月ないし6か月では平均は80時間まで、(3)単月は100時間「未満」まで、(4)月45時間を超える時間外労働は半年まで、法律で容認するという内容である。しかも、長時間労働が著しい業種については、上限規制の適用を「将来」に先延ばしし、生体リズムを守る重要な規制であるインターバル制度の導入は努力義務にとどめ、実労働時間に基づく残業代支払いを行わず、定額・働かせ放題にする「裁量労働制の拡大」と「高度プロフェッショナル制度創設」については撤回の確約がない。過労死をもたらす長時間労働を労働基準法に明記するなど、改悪以外のなにものでもない。全労連は反対である。

 脳・心臓疾患の労災認定基準は、労働者の健康被害の実態をもとに、「発症前1か月間ないし6か月間にわたって、1か月当たりおおむね45時間を超えて時間外労働時間が長くなるほど、業務と発症との関連性が徐々に強まる」としており、時間外労働80時間未満でも多くの労災が認定されている。また、過労死裁判では、月80時間台の残業実態について「公序良俗に反する」との判決がだされている。もしも、労働基準法に、合意の内容が記されてしまえば、従来の司法判断や労災認定基準に悪影響を及ぼすことは想像に難くない。また、36協定で定める時間外労働の上限を、限度基準を参考に月45時間以内におさえている労使は少なくないが、法が100時間もの残業を許容するとの誤ったメッセージが流れ、時間外労働を増長させてしまうだろう。
 合意について、「青天井の労働基準法に初めて上限規制を入れた」と評価する見方もあるようだが、具体的場面を想定すれば、悪影響が広がる可能性の方が高い。

 そもそも「一時的な業務量の増加がやむを得ない特定の場合」といいながら、年720時間もの時間外労働を認めるのはおかしい。年中忙しく、残業が月45~60時間などという状況であるなら、それは人手不足であり、雇用を増やすべきである。1年中トラブル続きなら、業務の在り方の見直しが必要である。いずれも時間外労働の上限規制を、これほどまでに緩めてしまう理由にはならない。

 安倍総理大臣は施政方針演説で、塩崎厚生労働大臣は所信表明の中で、電通過労死事件にふれ「働き過ぎによって命を失うという悲劇を二度と起こさない決意で長時間労働の是正に取り組む」と述べている。今回の労使合意文書の中でも、「過労死・過労自殺ゼロの実現(中略)に不退転の決意で取り組む」とある。時間外労働100時間合法化は、これらの宣言に反する背信行為である。
 合意文書には、「月45時間、年360時間の原則的上限」との文言がある。しかし、労働時間の原則は「週40時間、1日8時間」であり、例外としての時間外労働の上限が「月45時間、年360時間」である。今回の「名ばかり上限規制」合意は、いったん撤回し、原則をふまえた労働時間規制の検討を、至急、再開することを求める。        以上
  1. 2017/04/29(土) 08:25:19|
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鬼藤千春と石崎徹、二人の終焉。

古本屋通信   No 2544    2017年  04月29日


     鬼藤千春と石崎徹。二人の終焉。

    
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     更新日時 : 2017/04/29    06:4



 石崎徹(昭和21年生れ)がブログの休止通知(町内会で振りまわされて、記事を書く余裕がない。当分ブログを休止します)を4月23日に出した。鬼藤千春(昭和22年生れ)はすでに昨年10月末にブログを終了している。私は2人のブログ粉砕を目指していた訳ではないが、こういうデタラメな文章はマッピラだから、消えて清々している。少しだけ「総括」することにした。

 予め結論を書いておくが、石崎は人間がメゲている訳ではない。人間がメゲているなら町内会長は務まらない。文章がメゲている。文芸時評以外の全ての文が出鱈目である。一方の鬼藤は文章は稚拙ながら、マトモである。ところが人間がメゲている。だが私は鬼藤の人間性について論難していない。なぜなら彼は自分で精神病薬を服用していると公言している。だが今回は必要最小限のことは書いておきたい。

 石崎のブログを実質的に閉鎖に追いやったのは古本屋通信である。鬼藤のブログを閉鎖に追いやったのは私ではない。他の誰でもない。鬼藤が鬼藤らしく自分で勝手に自滅したのである。




  鬼藤千春

 鬼藤が私との関わりにおいて、傲慢で社会的認識が著しく劣等なことは、「通信 No 2533 社会認識のレヴェルとプライバシー」 で書いた。鬼藤が民文を脱退した経緯については、まがね文学会HPに鬼藤の投稿が残っている。

曇った眼!
非正規労働者の増大とセクハラの増加は、三つの資料によっても明らかである。まだ、他の資料を当たればより一層明確になる筈である。仮にも労働組合の委員長をしている人間が、この関係性が理解できないということはどういうことか。事物の本質が見えない、曇った眼というほかない。こういう現象がなぜ起こるか。それは、階級闘争の変革する立場が欠落しているためである。石崎のような、党の支持者を名乗りつつ、反共の立場に立つ、党からの脱落者に迎合する笹本も「同じ穴のむじな」である。石崎は、日本社会の変革の展望を失っている。文学でも然りである。彼がいうには、現代文学は現実を描かなければならない、といいながら、未来への展望を語ることができない。まさに、「敗北の文学」である。そういう男の「セクハラ論」にすり寄る笹本もまた、同類といわざるを得ない。「犬は吠えても歴史はすすむ」。もう一切君たちのようなものと関わりたくない。ブログへの訪問、メールなど、断固拒否する。鬼藤千春の小説 URL 2014年09月20日 00:59

「民主文学会岡山支部」はどこへ向かうか
「まがね文学会」は、日本民主主義文学会の支部である。「民主文学会」は大会方針で、「文学の創造・批評を通じて、文学と芸術の民主的発展に寄与する」ことをめざしている。非正規労働者のおかれた厳しい現実を告発し、展望を指し示すような文学もまた求められている。望月笑子の「無機質な腐敗」も、そういう観点で書かれている。非正規労働者の増大とセクハラの関係をきちんと位置づけている。「無機質な腐敗」は、その典型として描出されているのである。君たちは、それが読み取れないのか。20年前、あるいはそれ以前のことを持ち出して論じている。どこにその根拠があるのか、それを示せるというのか。人の発言を批判する場合、その根拠を説得的に示さなければならない。20年前と現代は激変している。現代は若者・女性の2人に1人が非正規労働者である。もちろん欠点のある「無機質な腐敗」という作品であるが、しかし、民主文学のめざす方向にかなった作品である。私は現代の非正規労働者とセクハラの問題を作品化したことを評価しての発言だった。岡山支部はどこへ向かおうとしているのか。大会の方針を堅持して、運営していっているのか。事務局長が、こういう認識で果たしていいのか。岡山支部は変質したのか。反共主義にまみれた共産党くずれの石崎に迎合する事務局長。それで、「文学・批評を通じて、文学と芸術の民主的発展に寄与する」という方針に基づく活動ができるのか。「木をみて森を見ない」非正規労働者の増大とセクハラの増加問題の認識。それで、よく事務局長が、また、仮にも労組の委員長が務まるものだ。「ノミが跳んでいるのは見えるけれど、馬が跳んでいるのは見えない」類いの認識でしかない。本当に事務局長の任務と果たす役割が解っているのか。岡山支部は、いま、思想的な危機に陥っている。その変質を許してはならない。反共主義への迎合・すり寄り、それは、日本の民主的変革への展望を失った男・石崎への迎合・すり寄り・太鼓もちでしかない。鬼藤千春の小説 URL 2014年09月20日 04:06

 まあよくもこのような低脳文が書けるな。国語的にではない、内容に於いてだ。非正規労働者とセクハラの関係などどっちでもよい。その意見の違いで、他人を上記のように攻撃し、挙句に組織から脱退する鬼藤の人間性とは? たぶん病気なんだろう。しかし病気にしても、公開された文章については、誰であろうと意見を述べる権利がある。私は鬼藤の小説を読んだことがないから、小説については触れない。しかし批評文や雑文に就いては、中学生ナミ、それも綺麗ごとだ。石崎の作品批評の足もとにも及ばない。私はそういう鬼藤が一時的にせよ、まがね文学会の代表だったのが不思議でたまらない。

 鬼藤の歩んできた道は一路狂気の歩みであったろう。まがね文学会脱退前後だが、なりふりかまわぬ他人の権威の利用と、それによる自分の権威づけがあった。御し易いと彼が見做したら、さかんに褒めるのである。坪井宗康、坪井あき子、東田一雄、浜野博、有坂初江、実盛和子、妹尾倫良、三宅陽介などなど。だが決して石崎徹は登場しない。基準は『民主文学』に作品が掲載されたか否かである。鬼藤は掲載されたそうだ。

 上記の鬼藤文は自分が日本共産党員であることを公言している文だ。その立場から彼は倉敷民商事件にコミットした。そのやり方が当事者にとって迷惑だった。私は批判したが、かれは当事者の迷惑など考える想像力はないのである。つまり自分だけ。

 民文脱会後に彼は短歌ジャンルに移った。新日本歌人協会である。岡山支部の「たたら」にも加入したらしい。おとなしく作歌してブログに短歌を掲載すればよかった。ところが彼は数百人のブロガーに自分の作品をネットで送り付け、相互リンクを目指した。それ自体はルール違反ではないが、彼は先方の記事など読んでいなかった。利用主義そのものだった。この稚拙なやり口は先方から非難ゴーゴーだった。鬼藤のブログはたちまち炎上した。オマケに悪いことに、先方の中に民主文学会員がいた。鬼藤の所業は全文学会員の知るところとなった。それが新日本歌人協会に伝染しない訳がない。彼が最終的に新日本歌人協会から追放されたという話は聞かない。聞かないが民文から追放された者が歌人協会の中心に坐れる訳がない。鬼藤は岡山の保守歌壇「龍短歌会」に最後の拠り所を求めたのである。服部忠志大先生の主宰である。鬼藤なんかが受け入れられる訳がない。かくして御本人から通知があった。それに拠ると彼はいまも新日本歌人協会の岡山・水島と全国の幹事だという。私は単に自分の感想を述べただけだが、本人が今でも中心にいると言うのだから、取り消そう。龍短歌会については、私は彼が投稿したと言うのを確かに読んだ。しかし所属したか否かは明らかではないので、ついでに取り消す。だが私がそう見做してもおかしくない前後関係はあった)。彼は10月31日、自分のブログを最終的に閉鎖したのであった。





  石崎徹

 石崎については、その都度批判してきたので今更言うべきことはない。最終にトドメを刺した一文を貼っておく。この文には現在拍手が56個付いている。石崎オリジナルには拍手ゼロである。


   
古本屋通信   No 2484    2017年  03月18日


   石崎徹天皇退位私論批判

 よくも、こういう支離滅裂な低脳文が書けるな。文学者(作家、小説家、文芸評論家)とはいい気なもんよなあ。詐欺だなあ。

 石崎徹が超デタラメ文を披露している。以下で、その全文を掲載し、さらに再録した上で、私の批判を随所にで加える。いつものパターンである。石崎文は天皇論である。
  これを批判する私の立ち居地を予め書いておこう。私は現日本国憲法の天皇条項(第1条、2条)に反対だが、ここはそれを論じる場ではないから、いちおう天皇の象徴(シンボル)規定を是認したうえで論じる。そして、その象徴規定の天皇とは、そもそも日本国憲法のいう「国民」ではない。これは「国民」の全てが有する権利・義務を天皇が有しないこと、この一点で明らかである。これだけで、石崎論の正当性は吹きとんでしまう。
 私は議論(新聞で報道される天皇退位にまつわる法制度の整備議論)に興味がないから、いっさい読んでいない。ただ一度だけ、退位に賛成だと書いた。それはたとえ象徴(シンボル)としての天皇であろうと、生身の生き物である天皇本人が体力的限界を感じて悲鳴をあげている。だったらその生命を救うのは当然である。後は法的手続きだけである。国会議員諸君、よきに計らえ。まあ早くしてほしい。後は頓着しない。それが私の立場である。



 天皇退位私論
 雑文 - 2017年03月18日 (土)   石崎徹
 政治学者、原武史が天皇退位にまつわる動きを批判している。憲法第4条で「国政に関する権能を有しない」とされているのに、明仁天皇がひとこと言うと政治が動いた。これはあきらかに憲法に違反している、と。きょうの朝日新聞である。
 原氏が言っているのは明仁は退位してはならないということではない。明仁の言葉で政治が動くのはおかしいということである。退位に関する法整備が必要なら、それは国会が自主的に行うべきであった。権能を有しないはずの人によって政治が動かされるのは危険であるということなのだ。
 <もし国民の誰かが「陛下ももうお年なのだから、そろそろ皇位を皇太子にお譲りになって引退されたら」などと言おうものなら、それこそ「身のほどをわきまえない無礼者」とのそしりを受けた><ところが、いったん天皇からその意思が示されるや、圧倒的多数の国民が受け入れました。これが天皇と国民との関係です。この点で、45年8月と現在は変わっていません>
 原氏の危惧はよくわかる。日本人の精神がいまだに天皇神話に縛られており、天皇の一言で政治が動きかねない(現に動いた)ことを危ぶんでいる。
 しかし、ぼくはこの問題では違う意見を持っている。
 この問題では、ぼくはしりあがり寿氏の見解を支持している。この問題が出たときしりあがり寿はただちに、「そうか、天皇には人権はなかったのか」と書いた。それがすべてだとぼくは思う。
 憲法14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって……門地により……差別されない」と書いてある。22条には、「何人も……職業選択の自由を有する」。18条には、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない……その意に反する苦役に服させられない」と書いてある。
 つまり、天皇をいつ辞めようとその人の勝手であって、これを強制する権利はいかなる権力も持っていない。
 もちろん憲法2条が「皇位は、世襲のものであって」と書いた時点で、14条と矛盾してしまっているのだが、だが、皇室典範に書いてあるのは皇位継承の順序だけであって、皇位を拒否することができないとも、天皇は辞めることができないとも書いてない。
 つまりいまさら、天皇退位法など作る必要はない。誰にでも職業を辞める権利はいつなんときでもある。そして天皇も実質上ひとつの職業であって、それ以上のなにものでもない。
 そしてこれを否定するとしたら、天皇は日本国民ではないのだ、だから憲法は適用されないし、人権は存在しないのだ、という結論に導かれる。
 しかし、人権とは単なる法律上のものではないだろう。それは法律以前に自然法として、すべての人間に与えられているものだ。この自然法に反する法律が存在するとしたら、その法律が間違っているのである。
 その点、「皇位は世襲のものであって」という条項は限りなく怪しいが、だが、天皇の退位を否定する条項がどこにもない以上、明仁は自らの意思で天皇を辞めることができる。それはいささかも国政に関することではない。何故なら天皇は国政に関与しないのだから、国政に関与しない人間が国政に関与しない地位から降りることが国政に関与するはずがないのである


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 石崎は朝日新聞紙上の原武史しりあがり寿を引いて書いている。私はいかなる論でも、朝日に掲載された論を小馬鹿にするが、こと天皇制に関する議論では、朝日にラディカルな論は絶対に掲載されない。然し、それを言いはじめたら議論にならないだろう。いちおう各人を尊重する。それと原武史の議論は石崎の纏めを是として批判する。

 政治学者、原武史が天皇退位にまつわる動きを批判している。憲法第4条で「国政に関する権能を有しない」とされているのに、明仁天皇がひとこと言うと政治が動いた。これはあきらかに憲法に違反している、と。きょうの朝日新聞である。
 原氏が言っているのは明仁は退位してはならないということではない。明仁の言葉で政治が動くのはおかしいということである。退位に関する法整備が必要なら、それは国会が自主的に行うべきであった。権能を有しないはずの人によって政治が動かされるのは危険であるということなのだ。
 <もし国民の誰かが「陛下ももうお年なのだから、そろそろ皇位を皇太子にお譲りになって引退されたら」などと言おうものなら、それこそ「身のほどをわきまえない無礼者」とのそしりを受けた><ところが、いったん天皇からその意思が示されるや、圧倒的多数の国民が受け入れました。これが天皇と国民との関係です。この点で、45年8月と現在は変わっていません>
 原氏の危惧はよくわかる。日本人の精神がいまだに天皇神話に縛られており、天皇の一言で政治が動きかねない(現に動いた)ことを危ぶんでいる。

 原武史の言っていることは原稿料稼ぎの小理屈である。それが言い過ぎなら、事態を後追いした形式的な議論である。生きた議論ではない。
 議論の出発は明仁氏がアゴを出した事に始まる。一言であろうと二言であろうと、生き物としての人間が黄信号を出した。だったら、天皇の場合、それに対応するのは現実政治しかない。いやおうなく天皇退位に向けて政治的対応をしなければならない。さもなくば明仁氏は死んでしまう。
 そこには(その空間には)原武史の言うような憲法議論の入る余地は全くない。繰り返すが明仁氏がしんどいと言った。だったら政治は退位を認めることが絶対条件になる。コレ「明仁の言葉で政治が動」いたのである。おかしいもクソもあるもんか。憲法違反もクソもあるもんか。生き物としての人間を殺すつもりか。ぬくぬくと研究室で碌でもない原稿を書きなさんな。
 最後の2行だが、なぜ石崎は原に理解を示すのか? 後半で石崎が書いていることからは、あり得ないだろう。

 しかし、ぼくはこの問題では違う意見を持っている。
 この問題では、ぼくはしりあがり寿氏の見解を支持している。この問題が出たときしりあがり寿はただちに、「そうか、天皇には人権はなかったのか」と書いた。それがすべてだとぼくは思う。

 そうか。私も天皇には人権はないと思う。別にしりあがり寿、石崎、古本屋通信でなくても、天皇には選挙権も被選挙権もないのだから人権はない。いまさら指摘しなくても、分かり切ったことである、天皇は日本国民ではなく、日本国民統合の象徴シンボルである。

 憲法14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって……門地により……差別されない」と書いてある。22条には、「何人も……[職業選択の自由を有する」。18条には、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない……その意に反する苦役に服させられない」と書いてある。
 つまり、天皇をいつ辞めようとその人の勝手であって、これを強制する権利はいかなる権力も持っていない。

 ありゃりゃ?? まあ腰が抜けるほどビックリした。天皇は何時から日本国憲法の言う国民の一員になったのだ? 天皇規定は憲法1条、2条だったな。石崎に拠ると天皇は憲法14条、22条の国民の一員なんだな? だから何時辞めても、職業選択の自由なんだな? まあこういう低脳文がよく書けるな? そもそもこの議論は、天皇が自由に退位の選択ができない仕組みになっているから、起こっているんだ。それを「天皇をいつ辞めようとその人の勝手であって、これを強制する権利はいかなる権力も持っていない」なんて、私、腰が抜けたよ。

 もちろん憲法2条が「皇位は、世襲のものであって」と書いた時点で、14条と矛盾してしまっているのだが、

 別に天皇の地位規定としては矛盾していないでしょう。14条のいう国民には天皇は含まれていませんから。

 
だが、皇室典範に書いてあるのは皇位継承の順序だけであって、皇位を拒否することができないとも、天皇は辞めることができないとも書いてない。

 当たり前だ。アホウか。そんなことを書く法文がどこの世界にあるか。ないからこそ(できないと書いてなくても、できない規定になっているからこそ)退位が問題になっているのだ。いいなあアホ石崎は呑気で羨ましいよ。

 つまりいまさら、天皇退位法など作る必要はない。誰にでも職業を辞める権利はいつなんときでもある。そして天皇も実質上ひとつの職業であって、それ以上のなにものでもない。

 ??? 天皇は職業じゃありません。小学生に訊いてみな。人はみんな職業選択の自由があるのですが、キミは将来天皇になりたいですか、と。小学生は言いました「ボク総理大臣になりたい。でも天皇は生まれつきだから無理だと思う」。正解でした。

 そしてこれを否定するとしたら、天皇は日本国民ではないのだ、だから憲法は適用されないし、人権は存在しないのだ、という結論に導かれる。

 当然そうなります。小学校の教科書を勉強し直して来い。憲法の規定全てが適用されないのではありません。適用されるのは1条、2条以下数条です。それでオシマイです。例えば天皇家に24条の婚姻の自由がありますか? ある訳ないじゃん。石崎は女性週刊誌の影響で、皇室の面々が自由に結婚していると思っているのでしょう。婚姻の自由とは、結婚が「両性の選択の自由」(両性の合意)のみによってのみ、最終的に可能な婚姻の形態です。つまり双方の出自(出身家庭)から離れて結婚生活を営む自由があるという意味です。ある訳ないじゃん。

 しかし、人権とは単なる法律上のものではないだろう。それは法律以前に自然法として、すべての人間に与えられているものだ。この自然法に反する法律が存在するとしたら、その法律が間違っているのである。

 またまた自然法思想ですか。こういうのを味噌も糞もいっしょ・・と言いますね。しかしスゴイですね。これ一歩間違えたら天皇にスーパーマンを認める戦前回帰ですよ。まあ意識しないアホウだから、そこまでは言いませんけどネ。国家元首には法律以前に絶対神としての「権利」があるというニーチェもどきにも通じる思想です。

 その点、「皇位は世襲のものであって」という条項は限りなく怪しいが、だが、天皇の退位を否定する条項がどこにもない以上、明仁は自らの意思で天皇を辞めることができる。

 「天皇の退位を否定する条項がどこにもない」 のだけれど、明仁氏が老齢で退位せざるを得なくなった。でも 「明仁は自らの意思で天皇を辞めることができ」 ない。だからみなさん苦労して、そのための法整備をしているのです。でも石崎はいいなあ。テニオハを欠いても文学の文が書けるから。

それはいささかも国政に関することではない。何故なら天皇は国政に関与しないのだから、国政に関与しない人間が国政に関与しない地位から降りることが国政に関与するはずがないのである。

 ??? 参った。おおむかしギリシャの哲学者で、たしか詭弁のソフィストといったかな。まあ後は自分で読みんさい。論争術だけど評判悪かった。哲学史にはギリシャ哲学の異端としてしか残らなかったナ。
  1. 2017/04/29(土) 04:15:16|
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赤旗日曜版編集部から500

古本屋通信   No 2543    2017年  04月28日


     赤旗日曜版編集部から500円の図書券が


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     更新日時 : 2017/04/28    06:43




 きのうの郵便物の中に、赤旗日曜版編集部からの図書券500円分があった。つれあいのクイズ当選だろうと思っていた。そしたらクイズは外れていたが、その代わりに余白に数行書いたら、それが日曜版(27)の「ルーム」に採用された。その稿料らしい。つれあいはそんな落書きの事は忘れて 「ちがいさがしの答え」 を見ていたら、その横に自分の名前を見つけてビックリしたそうだ。私に500円の図書券をやろうと言うのだが、一昨日、日曜版の悪口をかいたばかりだから辞退した。ついでに採用された短文、日曜版の担当者の文、それから私の悪口の3つを貼っておこう。


 つれあいの投稿

3月12日「帰りたいけど生活条件ない」に胸がしめつけられるような思いになりました。震災後6年たっても自分の家に帰って事故前のような当たり前の生活ができないなんて「ひどすぎる」と思います。岡山県・I・M

 この部分にマル彦さんから投稿がありました。

古本屋通信さん!!
オツムは大丈夫ですか!!!
つれあいさんの名前を自ら暴いてしまうなんて!!!
「しんぶん赤旗」日曜版4月23日号 27ページ
「岡山県・石川〇〇〇」


 ハイ、大丈夫ですけど、まさかマル彦さんが赤旗日曜版の読者だなんてビックリ。赤旗日曜版も捨てたもんじゃないね。私は最初はフルネーム(実名)を書いていたんです。結局イニシャルにしたけど、夫婦別姓だから、私が石川だということにはなりませんよ。



 しんぶん赤旗日曜版「読者のページ」担当

しんぶん赤旗日曜版をご愛読いただき、ありがとうございます。さて、4月23日号の「読者のページ」に、あなたの投稿を掲載させていただきました。記念に図書券をお贈りします。 
 「読者のページ」は、みなさんに気軽に発言していただく場です。政治・社会への意見、身近な出来事や体験談、紙面への感想など、どしどしお寄せください。また、ご家族、友人、知人にも購読・投稿をおすすめいただけると幸いです。



 私(古本屋通信)の一昨日の記事から

通信 No 2540 「古本屋が手に入れた宝物」より ・・・・中学校の教員もだが小学校教員ほど勉強しない種族はいない。・・・・・私のつれあいも22歳から60歳まで小学校の教諭だったが、本など読んだのを見たことがない(そのくせテレビを実によく観る)。そもそも本をマトモに読む女が 『女性のひろば』 など読むわけがない。赤旗日曜版からして横着者の新聞なのだ。その日曜版さえも購読者の大半は読まないで捨てるらしい。つまり 『女性のひろば』 も赤旗日曜版も、最初から受身の読者を想定している。少し言い過ぎかも知れないが、読めば読むだけ思考力が衰えて阿呆になる。



 古本屋通信

 クイズのハガキの余白に数行書いた投稿とはいえ感心しないので、ちょっと批判しておこう。

 その前に辞任した今村前復興大臣だが、担当相がアレだと咎めは止むを得ないが、(一般的に)「首都圏だったら被害はあんなものではすまなかった。(東北だから)まだよかった」 は誰しも思うことだ。私は安倍ではなく自民党の二階幹事長を支持する。つまりゴメンナサイネ、失言でした、で一件落着。つまり立場と脇柄を弁えない発言だったけれど、辞任の必要なし、という見解である。当然そうなる。岡山市議の林と東が悪乗りしてココゾとばかりエエカッコしているから釘を刺しておく。誰でも書けるきれいごとなど、共産党の市議は書くなよ。

 で本論だが、つれあいの書いていることは綺麗ごとで意味がない。ここでは原発被害の福島限定で書きたい。いったい何がひどいのか。「帰りたいけど生活条件ない」から帰れないことがひどいのか。たしかに帰りたいのに帰れないのはつらい。でも、そもそも帰りたかったら帰るべきなのか、それとも放射能の危険が依然としてなくなっていないから、帰るべきでないのか、そのもっとも肝腎な原点がハッキリしていない。これは大塚愛さんが福島から岡山に逃げ帰って以来の私の問題意識の中心である。

 2つある。一つ目。福島を去る、あるいは福島に残る(福島に戻る、も含む)、それは本人の自由である。だから本人たちが望む選択をよしとして、それを支持する。これが暫定的な政治の方針である。しかしコレだとそもそも福島に危険は残っているのかどうか、人間が住むべき場所なのか否か。その根本が不問のままである。

 もうひとつ。私の結論は極端であるが、ラディカルである。すなわち大塚愛さんの選択こそ唯一の採るべき道であると思う。ただし福島全域が該当するか否かは保留である。少なくとも科学的社会主義を標榜する日本共産党員は選択を明確にすべきだ、コレが私の見解である。すでに削除したと思うが一度書いている。日本共産党福島県委員会は残務整理委員会を残して解散すべきであると。

 この見解は突拍子もないように思われるかも知れない。でも福島支援のさいに問われる不可避な問題である。つまり大塚愛さんの選択の支持である。ところが残念にも彼女は県議補選立候補に当って、この根本的な問題を避けた。つまり御自分の原点から逃避したのである。然しコレを若い大塚愛さんの責任に帰することはできない。まさに曖昧だからこそ日本の政治なのだ。みなさん、福島はまだまだ危険です、だから今いる人も逃げてください、福島に帰るなんて止めましょう、これでは選挙に当選しないでしょう。政治にもなりませんね。

 私はいっけんトンデモ大臣のように見える今村復興大臣は本音を語った常識人に見えるのです。ちょっと前の本人の「自主避難(者)自己責任」論も、ことばのラディカルな意味では正論でしょう。上記の拙論に照らしていえばそうなります。俗な基準から持ち堪えられないと見るや、トカゲの尻尾切りした安倍さんは二流の総理大臣でした。二階幹事長が正しい。本当に腹が立ったから、自民党の幹事長でありながら、今村さんをかばったのです。こうした議会政治のやりとりを見ていると、自民党政治の方が共産党や民進党の政治よりまだマシだとさえ思えてくるのです。特に林や東のような若手の党員を見ているとね。うちのつれあいだって、ああいう不用意な投稿が抵抗なくできるということは、思考訓練が欠けているとしか考えられない。その投稿を採用した赤旗日曜版はつれあいに相応しい新聞だったということです。まあマル彦さん向きではないでしょうね。
  1. 2017/04/28(金) 08:39:06|
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屈服と転落の終着駅

古本屋通信   No 2542    2017年  04月28日


       屈服と転落の終着駅


 志位委員長、ついにトランプ米政権の(対朝鮮民主主義人民共和国)声明を、注目していると積極評価。屈服と転落はどうにもとまらない。

 無能な委員長の行きつく先は、帝国主義者への度はづれな屈服でしかなかった。赤坂てる子さんは街頭演説で、「わが党は北朝鮮の核弾道ミサイル、核拡散計画を撤廃させる上で、今回のトランプ政権の声明は極めて意義ある提案であると注目しています」 と宣伝して廻られよ。そういう下部党員の低脳を誘発する志位委員長の記者会見であった。

 この記事はきょうの赤旗一面のトップ記事だ。昼前にウェブ版を転載するが、声明(ティラーソン国防長官、マティス国防長官、コーツ国家情報長官の共同声明)全文は二面に載っている。赤旗ウェブ版に載らなければ後ほど手打ちで掲載するが、トランプ政権の一路強行姿勢の破綻を示すもの以外ではない。依然として世界最強の帝国主義者としての軍事的選択肢を捨てていない。いわば欺瞞の塊かたまりの声明である。糾弾する以外にない代物である。加えて赤旗は志位援護のために中国筋のトランプ声明評価まで引いている。国家としての中国がどう評価するかは中国の勝手であるが、日本の一政治党派の態度表明とは何の関係もないことである。都合のよいときだけ中国に追従するな。日本共産党志位委員長の稚拙は、極東の核戦争危機にあって、日米安保条約と米軍基地に触れることさえできず、自らは共和国やトランプに働きかけることもできず、日本政府にも相手にされず、ひとり赤旗の読者に向かってのみ、マスターベーション宜しく、対話による解決を、とわめいていることだ。全て無効である。さあ、昨日の記者会見の模様をきょうの朝日新聞朝刊は記事にしてくれるのでしょうか。やがて朝日の朝刊が配達されるでしょう。報告しますネ。お楽しみに。

 残念でした。朝日新聞には志位のシの字もありませんでした。それはそうでしょう。朝日もそこまでアホではありません。タダで共産党の宣伝はしてくれませんよ。やってくれるとしたら産経新聞です。いわずと知れた反共デマ新聞ですが。どうしたことか共産党関係の記事が一番多いんです。それも反共ではなく、ちゃんとアリのままを伝えます。2,3年前からです。例えば例の藤野政策委員会責任者の辞任会見など、赤旗より早く詳しく記事にしましたね。私は産経の全文を転載して自分の記事を作りました。なぜ産経が共産党関係を丁寧に記事にするかと言うと、産経は右翼紙として共産党を馬鹿にしてナメきっているのです。ゆとりなんです。

 しかし志位さんて、スゴイですね。上記の記者会見は彼の思いつき発言でしょう。前日にトランプ政権の国防長官の声明が発表された、それから常任幹部会を開いて討議する時間はなかったでしょう。三役くらいには電話で了解を取っていたかも知れません。でもコレ常幹決議が欠かせない内容でしょう。まあ良い度胸と言おうか、でたらめの極致ですワ。阿呆を委員長にしたら惨い酷いムゴイわ。 



 国連の核兵器禁止条約(核兵器を禁止する法的拘束力のある条約)の交渉会議の第二回目の成功で朝鮮戦争を断固阻止しよう! (アホウか!)

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2017年4月28日(金)  赤旗
経済制裁の強化と外交的措置の追求 米国の対北朝鮮共同声明に注目
対話による解決強く求める 志位委員長が会見
 日本共産党の志位和夫委員長は27日、国会内で記者会見し、北朝鮮対応をめぐりトランプ米政権が26日に発表した「共同声明」について「内容に注目している」と表明しました。
 トランプ政権は26日、上下両院の全議員を対象に北朝鮮問題に対する政権の方針を説明。その後、ティラーソン国務長官、マティス国防長官、コーツ国家情報長官が「共同声明」を発表しました。

 「共同声明」は「大統領のアプローチは経済制裁を強化し、われわれの同盟国、地域パートナー国と共同した外交的措置を追求することで、北朝鮮に圧力をかけ、核・弾道ミサイル、拡散計画を撤廃させることだ」と指摘。「われわれは北朝鮮政権に緊張を緩和し、対話の道に復帰するよう説得する」「米国は、朝鮮半島の安定と平和的な非核化を追求する。われわれは、この目的に向かっての交渉について、引き続きオープンである」としています。

 志位氏は、「共同声明」のこの部分を紹介し、「注目している」と表明しました。さらに「わが党は、この問題では軍事的選択肢をとるべきではない、外交的解決しかないと一貫して主張してきました」と強調。「経済制裁の強化と一体での外交的措置という方向に事態が進むことを願っているし、また進むことを求めたい」とし、「関係国による対話、6カ国協議の場における対話による解決を強く求めていきたい」と語りました。

 中国、米政府声明を評価

 【北京=小林拓也】中国外務省の耿爽(こうそう)副報道局長は27日の記者会見で、米トランプ政権が経済制裁と外交的手段で北朝鮮に圧力をかけて対話を促すとの声明を発表したことについて、「対話と協議を通じた問題解決のメッセージだと注目している。積極的なものであり、肯定できる」と評価しました。

 その上で、「対話と協議を通じた朝鮮半島問題の解決が唯一で正確な道だ」と改めて強調しました。

 軍事的選択肢も説明

 トランプ米政権は26日、上下両院の全議員を対象に新たな対北朝鮮政策を説明したなかで、軍事的選択肢についても言及したもようです。ロイター通信などによると、上院議員を対象にしたホワイトハウスでの説明会後、クーンズ上院議員(民主党)は記者団に「軍事的な選択肢の備えをどれだけ考え、どれだけ計画しているのか明確になり、真剣にさせられる説明会だった」と語りました。

 クルーズ上院議員(共和党)は「米軍は小規模な行動から、より重大な行動まで、当然のことであるが複数の選択肢を検討している」と指摘。「もちろん政権も議会も軍事行動が必要ないことを希望している」と述べました。


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  「対北朝鮮政策での米3長官共同声明」  

 (古本屋通信が赤旗二面記事を手打ちで転記した。表題もママ。日本語訳は赤旗に拠るものと思われる。これが評価できる代物か。)


  過去の努力は北朝鮮の不法な兵器開発ならびに核・弾道ミサイル実験を停止させることに失敗した。挑発のたびに、北朝鮮は北東アジアの安定を危うくし、われわれの同盟国と米本土に対する脅威となっている。
 核兵器に対する北朝鮮の追求は、国家安全保障上の切迫した脅威であり、外交政策上の最優先課題だ。トランプ大統領は、就任後、朝鮮人民民主主義共和国 ママ。ようやるな! 声明の原文の英語は不明である。然し日本語訳としては到底考えられない訳語である。朝鮮語による公式な名称は、조선민주주의인민공화국(ChosonMinjujuui.ogg チョソン ミンジュジュイ インミン コンファグッ)。漢字表記は「朝鮮民主主義人民共和国」が唯一の訳語である。半世紀以上そうだった。それとも日本共産党は「北朝鮮」に続いて新表記「朝鮮人民民主主義共和国」を採用したのであらうか??に関する米政策の徹底的な見直しを命じた。
 本日、ダンフォード統合参謀本部議長とともに、われわれは、この見直しに関して、連邦議員にブリーフした。大統領のアプローチは、経済制裁を強化し、われわれの同盟国、地域パートナー国と共同した外交的措置を強化することで、北朝鮮に圧力をかけ、核・弾道ミサイル、拡散計画を撤廃させることだ。
 われわれは、北朝鮮政権に、緊張を緩和し、対話の道に復帰するよう説得する目的で、朝鮮民主主義人民共和国(ありゃ? 訂正されているワ)に対する圧力を増大するために、国際社会の責任あるメンバーに関与している。地域の安定と繁栄を協力して守るにあたり、われわれは引き続き、われわれの同盟国、とりわけ韓国、日本と緊密な協調と協力を維持する。
 米国は、朝鮮半島の安定と平和的な非核化を追求する。われわれは、この目的に向かっての交渉について、引き続いてオープンである。しかし、われわれは、われわれ自身と同盟国を防衛する態勢を取り続ける。
  1. 2017/04/28(金) 05:53:21|
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ネットは双方向ツールになり得るか

古本屋通信   No 2541    2017年  04月27日


 ネットは双方向コミュニケーション・ツールになり得るか

  ここで云うネットとはブログ、ツイッター、FBをさす

 紙の媒体はマスメディアもミニメディアも発信者の独断場である。新聞がどんなに投稿欄を増やしても、支配階級の道具である事を変更することはない。また赤旗は何所まで行っても党の方針を伝える新聞である。党方針に批判的な人民の声が赤旗に反映されることはない。ミニ媒体も100パーセント発信者の見解である。 ブル新聞やテレビジョン以外の宣伝媒体はモノを売るためのツールであるから、商業目的に合致しない発信はあり得ない。

ネット・メディアは、階級的性格を変えたかのか。ブログ、ツイッター、FBは、方法の放ち手と受けての関係を変え、いわば双方向の対等な意思の交通関係が可能になったのか。結論だけ言えば全く違う。新しいメディアにおいても、意思の伝達は発信者の独裁である。この点は些かも従来メディアと変わらない。

 いま日本共産党がさかんに力を入れているカクサン部など。私は一度も見たことはない。インターネット中継も基本的に見ない。宣伝媒体としても三流である。三流の意味は人間の理性的認識を信頼せず、感覚的受容を期待する、したがって戦う力にならないということである。

 私の古本屋通信は店主の独裁である。まあそうは言っても出来るだけ他人の意見にも耳を貸そうと投稿欄を設けた。元東大民青さんは最良のコメンターであった。それでもポシャッタ。その他かなり多数の有難い投稿もあった。ネット右翼は一件だけだった。倉敷民商事件で執拗なイヤガラセだった。何回か相手をして、あとは無条件に削除した。島根のカルト党員には往生した。ちょうど2chのイヤガラセのような感じだった。幹部だった。根気よく論破したが、先方は論争などする気はなかった。イヤガラセを続けることによって古本屋通信を粉砕するのが目的だった。数ヶ月続いたカルト投稿の主が誰だったのか。正確には分からない。しかしわざわざ「島根の者」をなぜ名乗ったのだろうか。私はそのイヤガラセ投稿が始まる少しまえに後藤勝彦氏の論稿をケチョンケチョンにやっつけていた、低脳文であると。

 私はまもなく古本屋通信の投稿欄を閉じた。閉じることによって失ったものもある。しかし個人ブログは所詮は発信元の独裁だと思った。これを投稿者多数の集合場所にして成功している唯一の例がキンピーサイトだろう。管理人の懐の広さだが、方法としてのプラグマティズム採用の成功だろう。私にはとても真似は出来ない。

 私が読んできた圧倒的なブログ、ツイッター、FBは共産党員個人の発信のものだ。玉石混交だが、いずれのコメントも内容の方向性は限られている。つまり圧倒的に発信者に賛意もしくは好意的コメントである。これは良いも悪いもなく、そうなる。つまり批判的だったり、荒らしだったりは端から削除している。大山奈々子さんはひとり批判的投稿にも応じている。私もそうしたいが、とても身が持たない。

 最後に。たまたまだがブサヨさんが共産党の試みについて新しいエントリーを立てられた。引用させて戴くので、ご了解をお願いします。私の感想だが、まあ小林節や香山リカのようなゴミを招んで番組を作ってもクソにもならんワ。なぜなら小林も香山も商売なんだ。山口二郎や、その他の市民連合とやらも商売である。しかし最近では佐藤学までも商売か。失望した。共産党宣伝局はもう一度小林節を登場させたらよい。出来はしまい。これがこのネットツールが双方向ツールではなく、党独裁である確かな証拠だ。


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2017年04月26日22:07   キンピーサイト
共産党ネット戦略担当・田村一志インタビュー

選挙ドットコム
「悪口には耐性があるんです」ネットの先駆者・共産党の考える動画メディアとは?

ということで日本共産党中央委員会田村一志宣伝局長のインタビュー

2012年、メディアから無視される最低の状況ををなんとかしようとしてはじめたという共産党のネット活動の中でも生放送の「とことん共産党」についてフォーカスを当てている。

-編集部
実際に放送を開始してみて、視聴者からのリアクションはどうでしたか?

-田村氏
最初はニコニコ動画を使っていたので、コメントの”荒らし”が心配でした。ネガティブな意見ばかりになってしまうと、出演している議員も、動画を見てくださっている有権者の方も不快になってしまうのではないかと。
ですが、実際やってみるとそれは杞憂に終わりましたね。もちろんひどいコメントが書かれることもあるんですけど、司会役の小池晃参議院議員がうまく反応して、合いの手を入れたり、ちょっと怒ったりする。そうすると、ネガティブなコメントを書き込んだ人も、「反応があった」と、嬉しそうなんです(笑)。
そのやりとりを通して、ネットを使った生放送は双方向のコミュニケーションを図れるメディアなんだと再認識することができました。ネガティブなコメントでも、しっかりと聞いたり、反応すると、今度は良いコメントに変わっていきます。
共産党が言いたいことをただ言うだけではなくて、生放送をするからにはみんなの反応を確かめながら、コミュニケーションをとることを大切にしていこうという思いでやっています。
共産党は正直、昔から「反共口撃」にさらされてきたので、悪口には、慣れているんです(笑)。ですから、今更ネットで何を言われても別に構わない。そういう人も含めて接近していこう、働きかけようという思いでやっています。


ということで党外の人の出演してもらえるよう力を入れているらしいが、そうした試みの最初が小林節で、その次がしばき隊界隈ってところがアレなのだけど、反共産党の人にも出てもらいたいそうなので、取り組みの方向性としては正しいだろう。
もっとも、反共産党の人って出たがらないだろうけどね・・・。そのあたりをどう乗り越えていくのかお手並み拝見といったところか。


コメント一覧

1. 623
2017年04月26日 23:36
へぇ~どの口が言うんでしょうね。

共産党員ってブログやツイッターに気に入らない或いは批判コメントを入れられると、すぐに削除か無視。

↓これを現実乖離といいます↓
>みんなの反応を確かめながら、コミュニケーションをとることを大切にしていこうという思いでやっています。

2. OH
2017年04月27日 03:38
百田尚樹ぐらい呼ぶ度胸があればちょっとおもしろいけど
この人は破綻してるから共産党は利用しちゃえばいい。

3. すーちゃん
2017年04月27日 07:46
5 御大のおっしゃる通り!

岡野隆・福岡県委員会委員長以下、議員・党員さん、ブロックされた件数は数知れず…。

4. SLEEP@OHさま
2017年04月27日 09:39
百田氏は別に破綻してませんよ、虎8チャンネルを見ていても言い過ぎたとなれば謝罪もしますし、まあそりゃあ元芸能界の人だからメディアからすればいじりやすいんで炎上もよく報道されるけど。
むしろ石平氏なんか呼んで中国共産党の悪口&シナ社会の暗黒面を言ってもらったら見直すなあ。

5. 623@すーちゃん様
2017年04月27日 23:14
批判したら・・・反共だぁ~
反論したら・・・ブロック
批判が増えると・・・ブログを閉じる
勿論、批判や反論コメントは・・・無視
これが共産党のクオリティw
だよね。すーちゃん様
  1. 2017/04/27(木) 03:43:02|
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古本屋が手に入れた宝物

古本屋通信   No 2540    2017年  04月26日


     古本屋が手に入れた宝物

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     更新日時 : 2017/04/26    06:41


 つれあいはB型肝炎関係で朝から東京の国会へ出掛けて行った。今回は共産党の高橋千鶴子さんが各党の世話役代表らしい。私は小雨の中、往復50キロ田舎に行っていま帰ってきた。ほんのわずかな非日常が幾分たりとも頭の切り替えを促す。

 ここ1ヶ月を顧て、自分自身が共産党・赤旗の出鱈目というより近視眼的狭さに取り込まれていると思う。先日の赤坂てる子さんらのスポット演説からして、誰ひとり聞いていないのだ。ウルサイという以上に何の反応もない。同じ日に岡山県委員会は相当数の宣伝部隊を繰り出したらしい。無力を感じないのだろうか。党が自分から外部との通路を遮断している。野党共闘だとか、核不拡散だとか、寝言をいっているうちに、核戦争の危機が迫る。党など何にも役に立たない。屁でさえもない。こういう党と連日付き合っていると、自分が阿呆になる。少し古本商売のことを書く。

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 昨年9月に元小学校女性教員の家の古本の整理に行って、「通信 No 2152 宅買い本(元小学校女性教師)のメモ」 を書いた。その続きを書きたい。その前に小学校教員が古本屋にとってどういう存在なのか、正直に書いておこう。

 中学校の教員もだが、小学校教員ほど勉強しない種族はいない。他人の前に自分の家族だが、私の父母は全く本を読まなかった。それでも父は定年退職後は自己満足の読書を少しした。現役時には読書は皆無であった。私のつれあいも22歳から60歳まで小学校の教諭だったが、本など読んだのを見たことがない(そのくせテレビを実によく観る)。そもそも本をマトモに読む女が 『女性のひろば』 など読むわけがない。赤旗日曜版からして横着者の新聞なのだ。その日曜版さえも購読者の大半は読まないで捨てるらしい。つまり 『女性のひろば』 も赤旗日曜版も、最初から受身の読者を想定している。少し言い過ぎかも知れないが、読めば読むだけ思考力が衰えて阿呆になる。


 コレは小中高教員とも言えるが、教頭・校長になった教員はまずダメである。救いがない。つれあいはならなかっただけマシである。昭和43年に同年卒業者の香川大学教育学部岡山県人会が発足した。15人中13人が小中教諭だった。その13人中11人(女2人以外)が教頭を経て校長になった。話すことがなくなり会は解散した。つまり校長の自慢話しか話題がなくなった。

 私が知る限り、岡山市でマトモな校長は、かつて桑田中学校長だった水内先生ただ一人である。小中高合せてだ。マトモな教員がいないという事ではない。マトモな教員は教頭・校長にならない。これは共産党員の教員でも同じである。党は党員の教員が管理職になる事を禁止していない。なる者もいる。ならない者もいる。しかしなった者はほぼ全滅である。党を離れていく。これは私のような理論的党批判ではない。保身つまり転向である。そうなると気まずいのか口を利かなくなるらしい。

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 上記の元小学校女性教員Kさんの党関係の最終は知らない。もう80歳を超えている。坪井あき子さんと同年齢である。

 Kさんの前に坪井さんのこと。何回か書いている。敬意を表する書き手である。器用貧乏かもしれないが、何でもこなす。だが決してよい教員ではなかった。坪井さんにとって教員職場はメシのタネ以上ではなかった。たぶん教育の本など一冊も読んでいないだろう。しかしそれでいて、蔵書数は並みの教員とは桁外れだろう。文学と社会である。私にとって坪井さんは腰かけ教員だった故に魅力がある。

 元小学校女性教員Kさんのことは、つれあいに少し聞いていたが、大半は買い取った書籍から得た知識である。非常に魅力的教員である。こんなに勉強していて、且つ魅力的な教員は初めてである。彼女は短期で離婚して以後ずっと単身だった。子供はいない。きっと男が付いて行けなかったのだろう。

 Kさんはずっと小学校教諭である。大学は京都教育大(当時は京都学芸大)中学校課程美術専攻である。私のつれあいは香川大だが、他はKさんと同じである。一回りKさんが年長だが、岡山の平和美術会草創期の中心だったという。そういう理論家として一家を成したらしい。中途は省略するが、つれあいは脱落組だった。あまり鋭くて付いて行けなかったという。

 Kさんの小学校教員時代のアレコレは分からない。分からないけれど、恐らく職場では浮き上がっていた。私が買い受けた古本は逸品だった。よく読んでいた。アレで職場でうまくやっていけるわけがない。

 私の店の常連で、ひとりだけ私と同年輩の小学校教員がいた。左翼民学同で、よく本を読み、相当数の蔵書を持っていた。私は民学同の活動家で教員になった者を何人か知っている。だが殆んどダメである。民青・共産党以上にダメである。最低限、教頭・校長になってはダメである。私の店の常連はもちろん管理職にならなかった。


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 Kさんから買取った私の宝物を一冊のアルバムに収納。

  (2016年9月14日) 

① 宮本顕治パンフレット(最初に参院選に出た時のもの)

② 『美術運動』誌上の「リアリズム座談会」

③ 各種雑誌 表紙きりとり

④ 高梁高校 校内風景写真

⑤ 詩誌 切り抜き 詩人たち

その他、安藤昇スクラップ写真  本人撮影の学校写真 計380枚



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   再録


   
古本屋通信      No 2152  9月17日

   宅買い本(元小学校女性教師)のメモ

 3日休んだら体調は何とか回復した。女性教師宅から買った左翼関係を何冊か抽出してメモしておく。ただし古本的に面白いからではない。自分が持っていないか、持っていても記憶が薄れているので、自分用にメモしておくのだ。だから形式を無視したメモランダムになる。興味があれば御覧ください。


矢木明詩集 1971年  これは持っていたが売ってしまっていた。戦後まもなくの詩から載っている。解説は岸本徹。矢木は2年まえに施設に入所、今は消息が判らない。元祖岡山の国鉄詩人。元岡山市議(日本共産党)。


詩集 石の叫び 有事立法・元号法制化に反対する 岡山詩人会議・編集発行  1979年 序にかえて(石津良介) 永瀬清子 間野捷魯 山本遺太郎 道満誠 沖長ルミ子 坪井宗康他


夢をたぐり寄せながら 車イス三十五年のわだちの跡 浜野博 1995年 何冊かのうち一番うすい本。旭川荘を年齢制限で出所して介護施設に入ったが、その後の消息は不明。ただパソコンの頁を放置したままで去ったのは意識的であった。私には浜野の勝手人生の象徴のように思える。感心しない。


道標 3号 岡山詩人会議 常連たち 1978年


まがね 第2号 日本民主主義文学同盟岡山支部 1978年


日本プロレタリア美術史 岡本唐貴・松山文雄・編著 造形社刊 1967年 唯一古書価が付いている。私も学生時代に読み、我が家にもあったが、今は消えていた。ラッキーだった。岡本唐貴は白土三平の父親で岡山倉敷だったと記憶する。


空想から科学への社会主義の発展 フリードリッヒ・エンゲルス 加藤正・訳と解説 季節社刊 1972年 大月版と岩波版の上に加藤の本を持っておられた。私は哲学科だったから一応揃えていたが、ふつうは3点の異同までやらんよ。マイッタ。


今井正・監督作品 小林多喜二 シナリオ・勝山俊介 手塚英孝「小林多喜二」より 1973年 私はどうしても勝山俊介(西沢舜一)が好きになれない。今井正の商売人根性も好きになれない。手塚の多喜二本は確定稿だ。これを見る度にプロレタリア作家が気の毒になる。プロレタリア作家とは多喜二のことではなく手塚のこと。「落ち葉をまく庭」にまさる戦後象徴天皇批判を私は知らない。江口渙、手塚、蔵原、宮本のプロ文の伝統を途方もなく汚したのが西沢舜一だったろう。多喜二もまた救われない。


「八鹿高校事件」現地調査報告書 岡山県民主教育協議会 1975年7月 解説は要るまい。解放同盟の暴力事件の頂点になった事件だ。裁判でも解放同盟丸尾一派は完敗した。岡山からはいち早く調査団が現地に跳んだ。その氏名と学校名が巻末に付されているので転記しておく。ただし年月が経過しているから姓だけにしておこう。ここまで野蛮な暴力の限りを尽くせば弁護の余地はない。この事件以後、解放同盟は凋落の一途を辿ることになる。
赤座(林野高)、有森(岡山南高)、大塚(清輝小)、大森(矢掛高)、丘(倉敷南中)、小幡(磐梨中)、勝浦(福渡高)、越尾(誠道小)、小松(馬屋上小)、佐藤(高松農高)、佐藤(岡北中)、高田(岡北中)、土師(足守中)、服部(西大寺高)、広岡(岡山南高)、藤沢(田原高)、三垣(総社東小)、水内(桑田中)、宮宗(有漢中)、吉田(国分寺中)、吉永(瀬戸高)。


私の歩みから 宮本顕治 64頁横長パンフ 1977年 日本共産党中央委員会出版部 たぶん選挙用パンフ よくできているから、いずれ印字するつもりだ。


革命と文化運動 蔵原惟人著 新日本出版社 1966年第2版


八鹿の夜明け 土井大助 日本共産党中央委員会出版局 私は土井の書いたものは一貫して好きになれない。作家で詩人なのだろう。ならば何ゆえ党の出版局なのか? こういう一事が万事なのだ。少なくとも作品としてのルポなのだろう。ならば党見解と区別しないと表現としての文学の自立性は失われる。この際付け加えておくが、作家の吉開那津子が土井を友人と呼んだことにも違和感を覚えた。だれとだれが友人であっても構わないものの、時と場所によっては党派性の表現となろう。因みに吉開には八鹿高校事件を描いた長編『希望』がある。
 

社会のしくみ 歴史のすじみち 日本民主青年同盟中央委員会 1963年初版 1966年第22版 懐かしい民青の基本文献中の基本文献である。史的唯物論のイロハだが、暗記するほど勉強した。民青の絶頂期だから版に版を重ねている。いま読んでみてもまったく正しい。「空想から科学へ」の日本版とも言える名著だろう。


明日の岡山への提言 則武真一編 1976年初版 これは則武の編集になっているが、当時国会議員だった則武に託すかたちで、共産党の県委員会だけでなく、岡山県下の民主勢力が政策提言した集成である。とうじ私教連の活動家だったK先生なども会議を持って政策を練り上げたそうだ。自分たちの作った本だから絶賛していた。各分野にわたって網羅している。力作である。党の岡山県議団はこれからも学ぶべきであろう。


和して同ぜず 遺稿・追悼集 副島種典先生を偲んで 一人の社会主義経済学者の人と人生 
其の刊行委員会 1991年 表題どおりの本だが、計80人の知己が文を寄せている。追悼文集というのは葬式に準じるらしく、この時ばかりは反党分子も構わないらしい。党を除名された元岡山市議の河合徹も名文を寄せている。


日本美術会機関誌 美術運動 (以下は号数と発行年月)
71(1965・2) 75(1966・2) 76(1966・5) 77(1966・11) 
78(1967・2) 79(1967・7) 80(1967・10) 81(1968・2) 
82(1968・7) 83(1968・11) 84(1969・2) 85(1969・7) 
86(1969・11) 87(1970・2) 88(1970・8) 89(1971・4) 
90(1971・8) 91(1972・2) 95(1973・2)  96(1973・8)
以下版型がB5からA5の小型に、組版も横2段組から縦3段組に変更
98(1974・4) 99(1974・12) 100(1975・6) 101(1975・12) 
102・103 合併号(1976・7) 104(1977・2) 105(1977・8) 
106(1977・12) 107(1978・2) 109(1979・3)
  1. 2017/04/26(水) 16:59:40|
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婚姻外性愛に就いて

古本屋通信   No 2539    2017年  04月25日


       婚姻外性愛に就いて

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     更新日時 : 2017/04/25    06:42


 婚姻外性愛は多くのばあい不倫と呼ばれるが、結婚していない一対の男女の関係もあるから必ずしも不倫ではない。いわゆる同棲である。私の見解は不倫であれ、同棲であれ、他人の個別的性愛については、いっさい口を挟まずである。つまり他人の寝室での出来事など確かな証拠はない。これはあらゆる場合にそうである。

 戦前のハウスキーパー然り。小林多喜二が目くらましのために非党員の女と同棲した。そして実際の小説 『党生活者』 で笠原なる女を描いた。そしたら戦後になって平野謙が論難した。平野は観念論だった。倉橋由美子と変わらなかった。

 戦前の党スパイ大泉のハウスキーパー熊沢光子が大泉のスパイを知らずに共同生活を続け、のち大泉のスパイが発覚後、熊沢は獄中で自殺した。党は彼女に責任はないと繰り返し言ったが、それでも自殺した。全責任はスパイを使った天皇制権力とスパイ大泉にある。この責任を当時の党に帰するのが観念論である。当時にあってハウスキーパーは今で言う同棲だった。これを採用した党の側に何の責任もない。しかも制度として存在していたわけではない。論難は平野謙と同じ誤りである。

 戦前の男女関係における男優位は党活動にも反映している。だから戦前の党員が女を利用して自分の安泰を計ったという批判が出る。だが戦前であろうと戦後であろうと、コミュニストの非合法活動に偽装結婚は一般的だった。あまり問題にならないが偽装結婚においては、男女間でフィジカルな関係は寧ろ少なかったとの見方もある。禁じられていたのではなかろうが、そういう余裕はなかったのかも知れない。私の認識では、革マル派の男女関係は厳格だ。戦後の重信房子と奥平剛士の関係を想起するのもよい。偽装結婚の、しかも重信主導である。奥平は重信に利用され、自死を強制された犠牲者か。私は戦前に於けるハウスキーパーの議論は無意味だと思う。

 戦後の婚姻外性愛(不倫)非難は宮本顕治批判に始まる。百合子という細君がいながら百合子秘書に手を付けたとの批判である。私はコレがなぜ悪いか、一向に解せない。世間には小説の数の何十倍もあるだろう。構わないではないか。せいぜい3者間の問題である。

 こういう議論は窮屈である。もう30年になる。霜多正次が小説で男女間の婚姻外性愛を必ずしも否定的にではなく描いた。そしたら民文で問題になった。新船海三郎だったかの党文化官僚がケチをつけた。不倫に対する党の立場は 「これを認めず」 だそうな。

 この問題を生協の I さんと話し合ったことがある。良いも悪いも 好きになったら仕方がないじゃあないか。でも選挙に出るのはマズイから、そういう人は人選から外さねばならないと。しかしコレもおかしい。自民党から共産党までオカシイ。今後はいっさい下半身の責任は問わない、そういうルールを日本国憲法に明記すべきである。

 私は党岡山県委員会関係でも多くのスキャンダルを知っている。噂を超える事実も多い。関係者全員が死んでしまったら書くだろうか。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  加筆

 店長ランキングが再びトップに跳ね上がったから、気をよくして少し加える。戦前の党、しかも弾圧によって壊滅寸前のスパイ査問事件時の党の総勢はせいぜい百人規模だったろう。今の中核派や核マル派よりはるかに小さい。当時の党生活、それも党生活の一端である男女関係や婚姻の形態、そこでの男女のありかたやモラルについて、戦後数十年が経過してから論じるのがオカシイ。デタラメであってもそれが歴史的事実なら受け入れなければならない。それによって党活動の先駆性は損なわれない。

 ついでに査問事件でスパイ小畑が死亡したことについて。大泉がスパイだったことは明らかである。小畑のシロ・クロだが、共産党がクロだと云うのだからクロが事実である。治安維持法が失効したから併罪も失効した。これは当時の司法当局の判断である。だって、今さら小畑を蘇生させる際に彼を仰向けにしたか、うつ伏せにしたかなど検証不可能である。小畑がスパイではなかった、或いはあったとする証拠はない。党見解を覆す明白な証拠がない以上、小畑もスパイである。この件を持ち出すのは例外なく反共攻撃である。だって反共で有名なあの有名な公明党創価学会でさえも春日違憲質問に味方しなかった。
  1. 2017/04/25(火) 04:48:23|
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で、日本はどうするの?

古本屋通信   No 2538    2017年  04月24日


 で、先方は下の赤字のように言っているんだけど、日本はどうすればよいの?

 まあアメ帝さんに挑発を中止して戴くしか手がないんだけれど、日本はどうするの? 切羽詰まっているんですけど? 安保を破棄するのは間に合いませんね。

 私が共和国の立場を理解こそすれ、支持できないのは、沖縄と岩国の米軍基地に核爆弾をぶち込まれたら困るからです。やめて貰わねばなりません。

 こういう時こそ日本共産党の野党外交力が試されるンですが、まあ何も出来ませんね。中国はアメリカに冷静になってと頼んでいます。ちょっと卑屈ですね。日本政府こそ共和国に平身低頭、土下座して頼みましょう。どうか日本の米軍基地だけは攻撃しないでと頼みましょう。一両日中に沖縄の基地を使えなくすると約束しますから、と。

 沖縄県知事のオナガさんは先頭にたって共和国にお願いしましょうよ。沖縄の全軍労はゼネストを打って基地機能を麻痺させましょう。沖縄の革マル派と中核派はゼネストに協力しますね。

 私がこのエントリーをわざわざ何故立てたかというと、直前の革共同両派の見解に違和感があったからです。

 世界同時革命なんて空想でしょうが? 金正恩政権の反撃をどうやって阻止するの? 日本が悪いのだから、けっきょくお願いするしかありませんね。「核戦争を阻止する」 って、勇ましいけど、こういうことでしょう。何もアチラの金正恩政権とたたかうプロセス(余地)は有ません。まあ、あとは読者の判断に委ねたい。



北朝鮮 軍創設記念日を前に中央報告大会
4月24日 19時26分  NHK
北朝鮮は、25日に朝鮮人民軍の創設から85年となる節目を迎えるのを前に、首都ピョンヤンで記念の中央報告大会を開き、「ア
メリカと追従勢力を粉砕する、わが軍の超精密化された威力ある攻撃手段は、すでに実戦配備されている」などと威嚇し、アメリカとの対決姿勢を強調しました。

北朝鮮では25日が朝鮮人民軍の創設から85年の節目で、これを前にピョンヤンでは24日、記念の中央報告大会が開かれました。

大会の様子は日本時間午後6時半から国営の朝鮮中央テレビが放送し、軍の最高司令官であるキム・ジョンウン(金正恩)朝鮮労働党委員長の姿は確認できませんでしたが、パク・ヨンシク人民武力相が演説を行いました。

演説では、2代にわたって北朝鮮の国防力の強化に尽力したとして、キム・イルソン(金日成)主席とキム・ジョンイル(金正日)総書記をたたえました。
そして、キム委員長の下での団結を呼びかけたうえで、「アメリカと追従勢力を粉砕する、わが軍の超精密化された威力ある攻撃手段は、すでに実戦配備されている。アジア太平洋地域のアメリカの基地とアメリカ本土を狙うわれわれの核攻撃手段は、発射待機の状態にある」と威嚇し、アメリカのトランプ政権を強くけん制しました。


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4月25日の赤旗の見出しは
「軍事的選択肢」評価は危険
だって。危険なんて悠長なことを言ってる場合じゃあないでしょう。沖縄の基地にミサイルを落とされますよ。ここは何とか志位委員長に北京経由でピョンヤンに行って直談判してもらわなければなりません。宮本だったら行ったでしょう。志位さんも手ぶらで行ってもダメです。党沖縄県委員会が米軍基地の前に立ち塞がって抗議行動をしなくちゃあ。
  1. 2017/04/24(月) 20:30:05|
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