古本屋通信

民進の小池都知事へのラブコール

巻頭言 民進党を死滅させ、「自共対決の時代」(3年前の日本共産党第26回党大会決定の規定)を迎えよう。「4野党+市民の共闘」の欺瞞性。市民など何処にもいない、というより安倍政権を支持する市民が市民ではないという日本語がそもそも日本語ではない。次に、4野党など実質的に存在していない。社民党はコンマ以下の支持率、自由党に至っては0,1パーセントの支持率である。ゆえに比例ブロックで一人の候補者も立てられない。候補者擁立を初めから投げている泡沫政党に「野党共闘」を語る資格はない。厚かましいのだ。だから共産党が言っている4野党とは、実質民進党と共産党との野合である。この野合は今度こそ絶対に成功しない。いや必ず失敗させなければならない。第2自民党政権はもうコリゴリである。野田は悪夢である。れんほうは土井たかこよりずっとお粗末である。

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 古本屋通信   No 2404    2017年  01月31日


    民進党・野田幹事長の小池都知事へのラブコール

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      更新日時 : 2017/01/31   06:40


 きのう正午すぎネットで面白い記事を発見したので、表題を上記のように決めて、とりあえず当該記事をコピー取りして自分のブログに貼り付けた。それが下記引用文である。貼った途端にケイタイに電話が入って古本屋の仕事となった。仕方なく書き掛けのブログを一時的に収納庫に移動した。以後18時間仕事に掛かりっきりだった。たったいま収納庫から戻して読んでみた。ところが私が長時間プッツンしたせいか、日本語がマトモだとは思えない。言いたいことは分かるが、マイナーだとこんなものなのか。せっかく思い付いたことだから、編集に手を加えないで、ありのままはっておくことにした(古本屋通信 31日午前8時)。

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 きのう面白い記事があった。こういう、マイナーだけれど核心を突いた記事はブル新聞や赤旗には絶対に載らない。加えて日刊ゲンダイなど政治の一線から外れたメディアの政治記事もダメである。それかと思えば「ニュース女子」などという極右メディアだ。まあ私のブログも含めてマイナーメディアの役割は小さくないだろう(古本屋通信 30日午後1時)。


2017-01-29    kojitakenの日記
「野党共闘」と「小池百合子との共闘」とは相容れない小池百合子, 野党共闘
某「都会保守」氏(別名「リベラル」氏)のブログが、千代田区議選で小池百合子が応援する多選・高齢の現職を応援すると宣言していた。私はその現職も、自民党が推す「よりにもよって与謝野」(別名・全身ガン政治家)のドラ息子も応援しないが、すっかりコメント欄もまばらになった前述都会保守氏のブログには、前日、その数少なくなったコメンテーターがこんなことを書いていた。

公明党や民進党、若手議員たちをまとめるのは、いま、小池さんしかいないでしょう。
アベさんと対峙できる人として評価してもいいのでは?
東京から変えていってほしいと思います。


やれやれ、と思ったが、これが日頃から民進党を応援している、少なからぬ都会保守の人たちが抱いている心情なのだろう。
もちろん、当の民進党にも小池と手を組みたくてたまらない人たちは大勢いるようだ。下記はかなり古い1月21日付の日経記事。

 民進・野田氏、都議選で小池知事と連携も:日本経済新聞
 民進党は21日、党本部で都道府県連の幹部を集めた全国幹事会を開いた。野田佳彦幹事長は会合で、夏の東京都議選を巡る小池百合子都知事との連携について「民進党の公認候補者を第一としながらの協力関係はやぶさかではない」と述べた。
 複数の出席者から「東京都の小池知事との協調路線を取ってほしい。都議選でのすみ分けや次期総選挙での影響力が多大だ」と要望が相次いだため、これに答えた。蓮舫代表はすでに「改革を進める人たちが過半数を取ることが望ましい」との考えを示していた。 (日本経済新聞 2017/1/21 18:35)


同じ頃の下記日刊スポーツのコラム「政界地獄耳」は既にリンク切れしているが、キャッシュからたどった。
http://www.nikkansports.com/general/column/jigokumimi/news/1767639.html

 野田興味「野党」より「百合子」共闘
 ★国会開会を前に開かれた共産党大会では「本気の共闘」を宣言し、大会決議に日米安保の考え方など「野党共闘に独自の立場を持ち込まない」と記し、次期衆院選の小選挙区で民進、自由、社民3党との選挙協力を進めて、野党連合政権を目指すとした。なかなか指導力を発揮せず、野党共闘に後ろ向きな民進党に代わり主導権を握ることができるのか。結党95年の英知を結集できるのかがカギになる。
 ★一方、民進党幹事長・野田佳彦は国政での野党の大きなうねりには目もくれず、都知事・小池百合子との今夏の東京都議会選挙に興味津々だ。「選挙区で小池が出してこようという人たちとの調整をする関係はできるのではないか。(小池側と)接触しながら準備に入ってきている」と党中央の幹事長とも思えぬふるまいだ。
 ★政界関係者が言う。「野田が本性を現し始めた。野田や民進党代表・蓮舫は党勢拡大や野党共闘をつぶすために党の主導権を握ったのだろう。彼らにあるのは都議会議員選挙で小池を支持。衆院選挙では民進党として戦うものの、リベラル系を多く落選させ、党を弱体化させてから、維新と小池新党と合流して小池を党代表に据え、最終的には自民党政権と連立をもくろもうというものだ」。
 ★途方もない計画だが、今の振る舞いを見ればうなずける部分もある。となれば民進党のリベラル系や穏健派、社民、自由が合流するのも必然といえる。そこに共産が関わることになろう。これは第2新進党と第3新進党が野党再編によって生まれ、与党と野党に分かれるということになる。政策的にはわかりやすくなりそうだが民進党の隠れ自民党が正体を現すというだけではないのか。(K)※敬称略 (日刊スポーツ 2017年1月20日9時25分)


コラムのタイトルや、コラムの最後の段落には、「民進党のリベラル系や穏健派、社民、自由が合流」して「そこに共産が関わる」政党を「第3新進党」と名づけるネーミングセンスの悪さを除けば同意できる。小池に公明党や新進党右派がくっついた政党ができれば(その可能性は今のところ20%くらいしかないと思うが、仮に今後安倍晋三がトランプとの交渉に手こずった場合、かつて新進党に所属していた石破茂が小池一派に合流するなどの事態が生じることも考えられるので、その可能性は排除できない)、それは「新・新進党」そのものだろう(元祖・新進党の小沢一郎あたりもそれに秋波を送る可能性がある)。

いずれにせよ間違いなく言えることは、「野党共闘」と「小池百合子との共闘」とは相容れないということだ。こう書くと、昔「菅(義偉ではなく直人)も小沢も応援する」と書いたブログ主は、「『野党共闘』も『小公民』も応援する」と言い出しそうだが、それは現実には絶対に両立し得ない。

前述の都会保守氏やそのブログの愛読者たちの多くは、おそらく野田佳彦がお気に召さないであろうと思うが(事実ブログ記事にそんな記述がよく出てくる)、都会保守氏たちご自身こそ、誰よりも野田佳彦に近い感性をお持ちではないかと思う。

前にも書いたが、「小公民」に「ちょっとワクワクする」、という心理機構は、トランプに「少しわくわくする」と語った小泉進次郎と酷似している。ネオリベ保守に惹かれるか復古保守に惹かれるかの違いはあるにせよ。
  1. 2017/01/31(火) 07:21:52|
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27大会中央委員会の機構と人事

巻頭言 民進党を死滅させ、自共対決の時代(3年前の日本共産党第26回党大会決定の規定)を迎えよう。「4野党+市民の共闘」の欺瞞性。市民など何処にもいない、というより安倍政権を支持する市民が市民ではないという日本語がそもそも日本語でない。次に4野党など実質的に存在していない。社民党はコンマ以下の支持率、自由党に至っては0,1パーセントの支持率である。ゆえに比例ブロックで一人の候補者も立てられない。候補者擁立を初めから投げている泡沫政党に「野党共闘」を語る資格はない。だから共産党が言っている4野党とは、実質民進党と共産党との野合である。この野合は今度こそ絶対に成功しない。いや必ず失敗させなければならない。第二自民党政権はもうコリゴリである。野田は悪夢である。れんほうは土井たかこよりずっとお粗末である。

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 古本屋通信   No 2403    2017年  01月30日


    中央委員会の機構と人事(第27回党大会)

 党大会後に決まった新人事の第一弾は大会最終日の18日に発表になり、これは翌19日の赤旗に掲載された。私は即日自分のブログに転載した。これが今回の下記掲載の前半部分である。

 ところが何時の大会後にも発表される機構と人事の具体がなかなか発表されなかった。今人事は党外に公表しないのかと思っていた。然し私は気付くのが遅れたが、26日に公表されていた。これが今回の下記掲載の後半部分である。

 個々の人事について論評はしない。前26回大会との比較は、前半は新人事に○印が付いているが、後半は何も付いていない。替わっていることは容易に想像が付くが、それは何処の組織でも同じであろう。

 あと一瞥して気付いたことだが、国会議員の過半は党内人事に組み入れられていない。べつに文句がある訳ではないが、これだと、次の衆院選で落選した中央委員や准中央委員は居場所がなくなるのではないか。池内や大平のことが心配である。まあ彼らは新米だから構わないが、宮本岳志なんかには何か役職を与えてやらないと始末が悪いだろう。いくら使い物にならなくてもだ。

 私が知っている名前は限られているが、いくらか注目している方を赤字変換しておく。これは評価ではない。単に注目している印である。



 新しい中央委員会の機構と人事

 第27回党大会で選出された中央委員、准中央委員と、第1回中央委員会総会で決定した新しい中央委員会の人事。
2017年1月18日

 三役
 幹部会委員長 志位和夫
 書記局長 小池晃
 副委員長 市田忠義、緒方靖夫、田村智子、浜野忠夫、広井暢子、山下芳生

 常任幹部会(25人)
 幹部会が選出した常任幹部会は次の通りです。(50音順、○印は新)
市田忠義、岩井鐵也、浦田宣昭、太田善作、緒方靖夫、笠井亮、紙智子、小池晃、小木曽陽司、穀田恵二、志位和夫、高橋千鶴子、○辰巳孝太郎、○田中悠、田村智子、田村守男、寺沢亜志也、中井作太郎、浜野忠夫、広井暢子、藤野保史、不破哲三、水谷定男、森原公敏、山下芳生

 幹部会(59人)
 第1回中央委員会総会が選出した幹部会は次の通りです。(50音順、○印は新)
青山慶二、赤嶺政賢、鮎沢聡、市田忠義、井上哲士、○今田吉昭、岩井鐵也、岩中正巳、植木俊雄、浮揚幸裕、浦田宣昭、大久保健三、太田善作、大幡基夫、岡宏輔、緒方靖夫、岡野隆、荻原初男、笠井亮、紙智子、小池晃、小木曽陽司、穀田恵二、佐々木陸海、○沢田博、志位和夫、高橋千鶴子、○辰巳孝太郎、○田中悠、田邊進、田村一志、田村智子、田村守男、田母神悟、○堤文俊、寺沢亜志也、土井洋彦、中井作太郎、西口光、長谷川忠通、浜野忠夫、土方明果、広井暢子、○藤井正人、○藤田文、藤野保史、不破哲三、紅谷有二、増子典男、松田隆彦、水谷定男、森原公敏、○柳利昭、山口富男、山下芳生、○山村糸子、山谷富士雄、若林義春、渡辺和俊

 書記局(23人)
 第1回中央委員会総会が選出した書記局長を責任者とし、幹部会が任命した22人の書記局員で構成される書記局は次の通りです。(○印は新)

 書記局長 小池晃
 書記局次長 中井作太郎、田中悠、佐々木陸海
 書記局員 ○今田吉昭、大幡基夫、 ○吉良佳子(サプライズ  とても無理ではないか?) 、○沢田博、田川実、田村一志、田村守男、辻慎一、○堤文俊、寺沢亜志也、土井洋彦、土方明果、○藤井正人、○藤田文、藤田健、藤野保史、水谷定男、山谷富士雄、○吉岡正史

 訴願委員会、規律委員会、監査委員会
 第1回中央委員会総会が任命した訴願委員会、規律委員会、監査委員会は次の通りです。(50音順、○印は新)

 訴願委員会
 責任者 太田善作
 副責任者 紅谷有二
 委員 武村拓三、姫井二郎、平井恒雄、○平兼悦子、吉田秀樹

 規律委員会
 責任者 田邊進  委員 ○岡嵜郁子、貝瀬正、成中春樹、福島敏夫、○米沢幸悦、松井信嗣、柳沢明夫

 監査委員会
 責任者 西口光  委員 三羽和夫、和田一男

 中央機関紙編集委員会(23人) 
 幹部会が任命した中央機関紙編集委員会(23人)は次の通りです。(50音順、○印は新)
 責任者 小木曽陽司
 委員 飯山博之、石渡博明、稲田達、金子豊弘、工藤徹也、栗田敏夫、近藤正男、坂本伸子、○菅原啓、高柳幸雄、○竹本恵子、○堤由紀子、○中祖寅一、○中山芳樹、西澤亨子、○深山直人、藤田健、星野大三、松井信嗣、宮澤毅、○森近茂樹、山本豊彦


 大会で選出された新中央委員会
 第27回党大会で選出された中央委員、准中央委員は次の通りです。(50音順、○印は新)
青山慶二(62)/赤嶺政賢(69)/秋元邦宏(61)/鮎沢聡(52)/○石黒良治(57)/○石山淳一(51)/○伊勢田良子(42)/○板橋利之(51)/市田忠義(74)/市谷知子(48)/○井上和好(65)/井上哲士(58)/猪原健(40)/今田真人(70)/今田吉昭(59)/岩井鐵也(71)/岩切幸子(59)/岩中正巳(64)/植木俊雄(70)/上田俊彦(63)/○植本完治(57)/浮揚幸裕(67)/内田裕(60)/浦田宣昭(74)/遠藤いく子(68)/大内久美子(67)/大久保健三(69)/太田善作(69)/大嶽隆司(55)/大幡基夫(65)/大山とも子(61)/岡宏輔(69)/緒方靖夫(69)/岡野隆(69)/荻原初男(63)/奥谷和美(64)/貝瀬正(65)/笠井亮(64)/加藤清次(66)/金森亨(60)/紙智子(62)/上村秀明(58)/神山悦子(61)/川田忠明(57)/神田米造(67)/○吉良佳子(34)/久保田仁(60)/倉林明子(56)/小池晃(56)/小木曽陽司(62)/穀田恵二(70)/小菅啓司(66)/後藤勝彦(48)/小林年治(64)/小日向昭一(69)/駒井正男(49)/小松崎久仁夫(70)/小村勝洋(62)/佐々木陸海(72)/佐藤登(72)/佐藤文明(67)/佐藤正美(76)/沢田博(66)/志位和夫(62)/○椎葉寿幸(40)/塩川鉄也(55)/○柴岡祐真(32)/下角力(64)/庄子正二郎(61)/白川容子(50)/菅原則勝(58)/大門実紀史(61)/高橋千鶴子(57)/○田川実(52)/田代忠利(63)/○辰巳孝太郎(40)/田中悠(35)/田邊進(68)/○田邊良彦(52)/田村一志(54)/田村智子(51)/田村守男(67)/田母神悟(68)/田谷武夫(65)/○千葉隆(59)/塚地佐智(60)/○辻慎一(52)/○堤文俊(57)/鶴渕賢次(67)/寺沢亜志也(63)/土井洋彦(54)/土肥靖治(64)/中井作太郎(68)/中島康博(63)/○長瀬由希子(48)/長久理嗣(69)/西口光(68)/仁比聡平(53)/練木恵子(54)/○野村節子(63)/野元徳英(67)/長谷川忠通(72)/畑中孝之(53)/畑野君枝(59)/畠山和也(45)/花田仁(55)/浜野忠夫(84)/林紀子(54)/林田澄孝(66)/春名直章(57)/土方明果(66)/日高伸哉(61)/火爪弘子(61)/平兼悦子(68)/広井暢子(69)/樋渡士自夫(63)/○藤井正人(66)/節木三千代(58)/藤田文(59)/藤田健(56)/藤野保史(46)/○藤森毅(56)/○藤原正明(44)/不破哲三(86)/紅谷有二(73)/細野歩(59)/細野大海(65)/堀江ひとみ(57)/本間和也(62)/前屋敷恵美(66)/増子典男(76)/松岡清(66)/○松崎真琴(58)/松田隆彦(58)/松原昭夫(60)/○松本隆(55)/水谷定男(69)/南秀一(67)/宮本岳志(57)/宮本徹(44)/武藤明美(69)/村上昭二(69)/○村上亮三(60)/盛美彰(62)/森原公敏(67)/柳下礼子(70)/柳利昭(61)/柳沢明夫(79)/山内佳子(62)/山口富男(62)/○山口典久(56)/山下満昭(64)/山下芳生(56)/山村糸子(66)/山村幸穂(61)/山谷富士雄(69)/結城久志(69)/○吉岡正史(42)/吉田秀樹(63)/米田吉正(69)/若林義春(66)/和田一男(63)/渡辺和俊(65)/○渡辺ゆり子(64)

 准中央委員(50人)
○浅賀由香(36)/阿藤和之(46)/○池内沙織(34)/○岩渕友(40)/梅村早江子(52)/○大平喜信(38)○岡嵜郁子(46)/岡田政彦(51)/○小倉忠平(55)/垣内京美(50)/金倉昌俊(42)/河江明美(51)/香西克介(40)/小越進(55)/○小山農(29)○斉藤和子(42)坂井希(44)/○坂本伸子(46)/○佐藤彰(55)/○島津幸広(60)/清水忠史(48)/関口達也(57)/祖父江元希(41)/高柳幸雄(51)/○多川正(57)/○田川豊(48)(デボーリン君が絶望)○武田良介(37)/谷本諭(46)/○田村貴昭(55)/○中祖寅一(54)/○中野武史(42)/西澤亨子(57)/能勢みどり(44)/林伸明(50)/○比嘉瑞己(42)/○姫井二郎(45)/福井英俊(49)/○藤本哲也(46)/堀内照文(44)/○真島省三(54)/町田和史(40)/松岡勝(43)/宮本次郎(41)/村主明子(45)/本村伸子(44)/○矢加部裕哉(58)/○山添拓(32)/山本豊彦(54)/吉俣洋(43)/○渡部結(35)


 第27回党大会で承認された名誉役員
 今大会で新たに承認された名誉役員(11人)
有坂哲夫(75)、石井妃都美(66)、石坂千穂(68)、和泉重行(70)その後、死亡)、佐々木憲昭(71)、棚橋裕一(70)、林通文(76)、最上清治(67)、柳浦敏彦(71)、山口勝利(72)、吉村吉夫(72)

 前大会からひきつづき承認された名誉役員(47人)
相羽健次(80)、青木正彦(86)、足立正恒(78)、阿部幸代(68)、石井郁子(76)、石灰睦夫(83)、今井誠(72)、岩佐恵美(77)、上田均(82)、上原清治(83)、梅田勝(89)、大内田和子(73)、大塚一敏(82)、岡崎万寿秀(87)、奥原紀晴(71)、金井武雄(72)、金子逸(70)、河邑重光(77)、神戸照(93)、木谷八士(82)、工藤晃(90)、小池潔(74)、小島優(89)、児玉健次(83)、五島寿夫(85)、小西武雄(85)、佐々木季男(87)、佐藤庸子(76)、菅生厚(90)、瀬古由起子(69)、立木洋(85)、反保直樹(67)、寺前巌(91)、成田悧(84)、新原昭治(85)、西井教雄(93)、花房紘(77)、古堅実吉(87)、細野義幸(91)、堀井孝生(78)、松本善明(90)、八島勝麿(90)、山手叡(90)、雪野勉(90)、吉井英勝(74)、吉川春子(76)、若林暹(90)


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  以下が後日発表の機構と人事

 日本共産党中央委員会の機構と人事について

 2017年1月26日 日本共産党中央委員会書記局

 中央委員会常任幹部会は、第27回党大会で選出された中央委員会の機構と人事を、つぎのように決定しました。


 政策委員会
 責任者 笠井亮
 副責任者 辰巳孝太郎
  同   寺沢亜志也
  同   畠山和也
 事務局長 神田米造
 次長  坂井希

 経済・社会保障政策委員会
 責任者 垣内亮
 副責任者 谷本諭
  同   佐藤洋

 政治・外交委員会
 責任者 山根隆志
 副責任者 小松公生

 宣伝局
 局長  田村一志
 次長  西村哲
  同  星野正弘

 広報部
 部長  植木俊雄

 国民の声室
 責任者 藤原忠雄

 国民運動委員会
 責任者 山下芳生
 副責任者 浦田宣昭
  同 紙智子
  同 大幡基夫
  事務局長 堤文俊
  次長 姫井二郎
  委員 川田 忠明
  同 小泉親司
  同 米沢幸悦

 労働局
 局長 大幡基夫
 次長 米沢幸悦

 農林・漁民局
 局長 紙智子
 次長 橋本正一

 市民・住民運動・中小 企業局
 局長 堤文俊
 次長 梅津邦夫

 平和運動局
 局長 川田忠明

 基地対策委員会
 責任者 小泉親司

 女性委員会
 責任者 広井暢子
 副責任者 高橋千鶴子
  同 藤田 文
  同 畑野君枝
 事務局長 平兼悦子

学術・文化委員会
 責任者 土井洋彦
 事務局長 改正充
 次長 土井誠
 委員 藤森毅
  同 西澤亨子
  同 平静丸

 文教委員会
 責任者 藤森毅

 宗教委員会
 責任者 土井洋彦
 事務局長 平静丸

 スポーツ委員会
 責任者 畑野君枝
 事務局長 鳥井健次

 選挙対策局
 局長 水谷 定男
 次長 沢田博
  同 吉田秀樹
  同 小松崎久仁夫
  同 佐藤登
  同 多川正

 自治体局
 局長 今田吉昭
 次長 岡嵜郁子
 同 金子邦彦

 国際委員会
 責任者 緒方靖夫
 副責任者 森原公敏
 事務局長 田川実
 委員 神田米造
 同 田代忠利
 同 小島良一
 同 菅原啓

 党建設委員会
 責任者 中井作太郎
 責任者代理 長谷川忠通
 副責任者 田村守男
  同 土方明果
  同 山谷富士雄
 委員 太田善作
  同 増子典男
  同 奥谷和美
  同 小日向昭一
  同 細野大海
  同 吉岡正史
 事務局長 今井賢一

 組織局
 局長 土方明果
 次長 細野大海
  同 奥谷和美
  同 吉岡正史
 局員 岩切幸子
  同 加藤清次
  同 和田一男

 機関紙活動局
 局長 田村守男
 次長 小日向昭一
  同 井上和好
  同 庄子正二郎

 学習・教育局
 局長 山谷富士雄
 次長 長久理嗣
  同 村主明子
  同 若林節子

青年・学生委員会
 責任者 田村智子
 副責任者 増子典男
 事務局長 辻慎一

中央党学校運営委員会
 責任者 浜野忠夫
 副責任者 中井作太郎
 事務局長 山谷富士雄
 委員 長谷川忠通
  同 土方明果
  同 山口富男

法規対策部
 部長 柳沢明夫
 副部長 矢加部裕哉
  同 小林亮淳

人事局
局長 浜野忠夫
次長 板橋利之
 事務局長 稲津浩一

財務・業務委員会
 責任者 岩井鐵也
 事務局長 大久保健三
 委員 佐藤正美
  同 結城久志
  同 藤本哲也
  同 三輪慎

 財政部
 部長 大久保健三
 副部長 藤本哲也
  同 堀田美鈴

 機関紙誌業務部
 部長 佐藤正美
 副部長 神田正夫
  同 大井伸行

 管理部
 部長 結城久志
 副部長 秦克也
  同 深沢純一
  同 山田優子

 厚生部
 部長 大久保健三
 副部長 三輪慎
  同 佐藤憲七

社会科学研究所
 所長 不破哲三
 副所長 山口富男
 事務局長 小野秀明

出版企画委員会
 責任者 岩井鐵也
 委員 寺沢亜志也
  同 土井洋彦
  同 田代忠利

出版局
 局長 田代忠利
 次長 北村優治

雑誌刊行委員会
 責任者 田代忠利
 事務局長・『前衛』編集部編集長 盛美彰
 委員・『女性のひろば』編集部編集長 藤田文
 同・『月刊学習』編集部編集長 酒井雅敏
 同・『議会と自治体』編集部編集長 渡邉幸久
 委員 坂井希
 同 土井誠
 同 西村哲

党史資料室
 責任者 岡宏輔

中央委員会事務室
 責任者 佐々木陸海
 副責任者 岡宏輔
  同 平井昇

コンピュータ・システム開発管理部
 部長 田中芳樹
 副部長 今村拓也
  同 葛西邦生

第二事務室
 責任者 髙宮正芳
 副責任者 秦克也
  同 坪井光男
 事務局長 菊地英行

赤旗編集局
 編集局長 小木曽陽司
 次長 藤田健
  同 坂本伸子
  同 山本豊彦
  同 近藤正男
  同 松井信嗣


赤旗編集局の人事について
2017年1月26日 日本共産党中央委員会書記局

編集局長  小木曽陽司
 次長 藤田  健
 同 坂本 伸子
 同 山本 豊彦
 同 近藤 正男
 同 松井 信嗣

編集センター責任者  藤田健
編集センター  坂本伸子
 同   飯山博之
 同   稲田達
 同   栗田敏夫

編集総務 星野大三

論説委員会責任者 宮澤毅

特報チーム責任者 藤田健

政治部長 高柳幸雄

社会部長 森近茂樹

経済部長 金子豊弘

国民運動部長 深山直人

外信部長 菅原啓

地方部長 中山芳樹

学術・文化部長  西澤亨子

くらし家庭部長 堤由紀子

囲碁・将棋・行楽部長  田中良明

スポーツ部長 和泉民郎

テレビ・ラジオ部長  藤沢忠明

読者室長 勝又健

写真部長 宮下秀和

党活動部長 石渡博明

整理部長 工藤徹也

 同   高橋正樹

校閲部長 河邑哲也

工程管理・開発部長 坂下清香

広告部長 森田桂三

総務部長 西田外志光

日曜版編集長 山本豊彦
 副編集長 竹本恵子
 同   神田晴雄
 同   田中倫夫
 同   平田和宏
 同   村木博

東日本総局長  大星史路

首都圏総局長 村崎直人

東海・北陸信越総局長 斎藤統美

関西総局長 渡辺健

西日本総局長 内野健太郎


(尚、前26大会の途中から消去されたブロック委員会の名前と責任者名は今大会の名簿にも掲載されませんでした。従って中国ブロック事務所と、事務局長の武田英夫氏を党中央の決めた機構と人事に含めることはできません。また、党中央入りした石村智子さんの名前が何処にも見つからないのは結婚後に改姓されているからかも知れません)。
  1. 2017/01/30(月) 03:09:23|
  2. 未分類

続・共産党はなぜ敗北したか 

巻頭言 民進党を死滅させ、自共対決の時代(3年前の日本共産党第26回党大会決定の規定)を迎えよう。「4野党+市民の共闘」の欺瞞性。市民など何処にもいない、というより安倍政権を支持する市民が市民ではないという日本語がそもそも日本語でない。次に4野党など実質的に存在していない。社民党はコンマ以下の支持率、自由党に至っては0,1パーセントの支持率である。ゆえに比例ブロックで一人の候補者も立てられない。候補者擁立を初めから投げている泡沫政党に「野党共闘」を語る資格はない。だから共産党が言っている4野党とは、実質民進党と共産党との野合である。この野合は今度こそ絶対に成功しない。いや必ず失敗させなければならない。第二自民党政権はもうコリゴリである。野田は悪夢である。れんほうは土井たかこよりずっとお粗末である。

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   古本屋通信   No 2402    2017年  01月29日


    続・共産党はなぜ倉敷市議選で事実上敗北したか

 昨日28日の大本芳子さんの記事に以下の文言があった。 

私は、元議員という立場で、「何が何でも私の後継者を!」の思いでこの選挙獅子奮迅に戦いました。しかし全体として党候補に頂いた得票は、12000票を下回る過去最低のものでした。なぜこういう事になったのかしっかり分析しなくてはなりません。新しい発展のために!今日はその総括会議です


  大本さんは正直でよい。負けたのに勝ったように言う武田なんかよりずっとよい。私はすでに開票翌日に得票数を挙げたうえで書いた。

4年前は応援の記事を書いた。今回はまったく書かなかった。その直接の理由は田辺昭夫市議が正月2日にトンデモ記事を書いたことにある。然しそれ以前、たぶん半年以上まえから、私は倉敷市議選をめぐる党の対応に不自然なものを感じていた。候補者の交代と引継ぎが外部にも分かるように説明されていなかったのである。いちばん驚いたのは、参院香川選挙区の候補者のお母さんの田辺牧美さんが倉敷市議選の候補者であることを、春名直章さんのブログで知った事だ。これだけなら構わない。しかし田辺牧美で検索しても市議選の候補のことなどまったく出ないのだ。これに先ず不信感をもった。つまり引き継ぎが他人に分かるようにできていない。たぎさんもすみよりさんも引退表明をしていないのに、勝手に新人2人が名乗りをあげたように見えた。勘ぐれば内部対立があるのではないかとさえ思えた。つまり最初から選挙を戦う態勢になっていなかった。
ここからが本論であるが、もうアレコレは書きたくない。選挙の告示日は党大会の初日と重なった。まさに党大会が選挙の足を引っぱった。野党共闘が全党と倉敷地区党のやる気に水を差した。アホらしくて選挙がやれるかという厭戦気分である。いったい何処に野党共闘の目がアルのか。まったくない。
それと、より抜本的には「野党と市民の共闘」が有権者に支持されなかったどころか、馬鹿にされ切ったのである。実体がない架空のスローガンを弄ぶ党に一瞥をくれるほど有権者はヒマではない。
最後に来るべき衆院選の予測だが倉敷地区の比例得票は1万票を割るだろう。大平再選の目は潰えたと言えるかも知れない。


 今回これに加えることがあるとすれば、倉敷地区党はこのさい徹底的に自己批判して膿を出せということだ。私は今まで疑問に思っていた事も多かったが、田辺さんが立派な議会質問をするから、遠慮して書きたい事も書かなかった。このさい正直に書きたい。

  数年前、県議選の倉敷地区共倒れで地区委員長が更迭された時から、倉敷地区委員会はガタガタではなかったのか。それが今回の市議選挙に集中的に顕われたに過ぎぬ。これは新旧市議の交代劇のデタラメを見れば一目瞭然である。そしてこれは党倉敷市議団の責任ではない。党倉敷地区委員会の責任である。倉敷地区委員長の垣内雄一氏、副委員長の田辺昭夫氏とすます伸子さんの責任である。この3人は責任をとって辞任すべきである。これは3年前に矢引き地区委員長が引責辞任したことと同様である。

 その上での自己批判的分析だが、党中央のペテン的共闘論に振り回されてチャラチャラやっているから敗北する。上を見て選挙して勝てるわけがない。下を見て選挙せんかい。然し、史上最低の得票数とは知らなかった。大本さん、教えてくれてありがとう。

 でもこれでハッキリした。この低落傾向は、史上最低は、倉敷地区党だけではないだろう。中国地方全域を覆っている暗雲であろう。いまのままでは大平再選は幻想である。奇しくも昨日、森脇県副委員長らが4野党共闘の街頭演説をやった。きょうは午後1時半から大平が岡山で党大会の報告会をやった。こんなアホウをやってるかぎり、衆院選は絶望である。まあ、倉敷地区党は岡山県党会議に先駆けて下りの地区党会議を持ったようなカッコだな。がんばれよ。


今回の倉敷市議選(2017年) 43--51
投票総数 167,987 (投票率 42,73パーセント)
3,046 田口明子
2,959 田辺牧美
2,910 田辺昭夫 (前回より 542票減 地区割は同じ)
2,671 末田正彦 (前回より 1,030票減 地区割は同じ)
合計得票  11,586票

2016年 参院比例区得票(倉敷地区) 13,642票

2015年 岡山県議会選挙・倉敷都窪選挙区(すます伸子) 12367票

2015年 衆院比例区得票(倉敷・水穂地区) 16,194票

前回の倉敷市議選(2013年) 43--47
投票総数 173,599 (投票率 45,69パーセント)
3,705 すみより善志
3,647 末田正彦
3,442 田辺昭夫
3,138 たぎ公夫

合計得票  13,932票

2011年 岡山県議会選挙・倉敷都窪選挙区(二人の合計) 13563票

2009年 倉敷市議選(立候補者5名の合計) 17179票
 まあココまで表示したから言うけれど、当時(失われた玄石文庫とやらで)無茶苦茶な議会質問したツケが今頃になって天罰で、倉敷市議団を撃ったと云えるでしょう。悪は長続きしないと知るべしだ。そうでしょう、田辺さん

2005年 倉敷」議選(立候補者4名の合計) 14053票



 見てのとおり、ずっと長期に基礎票が目減りしている。決して一過性の敗北ではない。最盛期の17000票から5000票以上減らしている。これだけ減っているということは単に倉敷市議団の議会活動が弱いということではないだろう。党そのものが有権者から嫌われ、従来の支持者が老齢化して離れ、新しい青年層に支持者がいないということである。私は次期総選挙では1万票を割ると見ている。

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  念のため中国ブロック事務所のカルト記事をもう一度貼っておこうか。武田サン、ご苦労さん。こういう記事が党を滅ぼすんだよ(まるで太平洋戦争末期の大本営発表。負けているのに勝った勝ったのデマ発表)。

年最初、そして第27回党大会直後の投票となる倉敷市議会員選挙で、日本共産党は激戦の中、現有4議席を確保しました (現職2人、新人2人) 。市議選は、党大会での野党共闘の様子がテレビや新聞で報道され、日本共産党への期待と関心が高まる中での選挙 でした。
また、中国ブロック内では、広島市・ 岡山市に続いて第3の都市です。 「ここでの勝利は、比例選挙での前に欠かせない」と中国ブロックの各県からの支援体制も組んでの取り組 みでした。


 こんなデマ=「野党と市民の共同」を叫ぶ党大会の最中に倉敷市議選の応援などに行けるか、と倉敷支援に行かなかった岡山の党員は多かった。また、福山からも応援に入らなかった。倉敷市議選は党の内外で厭戦気分に充ち満ちた選挙だった。だからこそ得票を大幅に減らしたのである。
  1. 2017/01/29(日) 15:26:41|
  2. 未分類

岡山に帰ってきた姫井由美子さん

巻頭言 民進党を死滅させ、自共対決の時代(3年前の日本共産党第26回党大会決定の規定)を迎えよう。「4野党+市民の共闘」の欺瞞性。市民など何処にもいない、というより安倍政権を支持する市民が市民ではないという日本語がそもそも日本語でない。次に4野党など実質的に存在していない。社民党はコンマ以下の支持率、自由党に至っては0,1パーセントの支持率である。ゆえに比例ブロックで一人の候補者も立てられない。候補者擁立を初めから投げている泡沫政党に「野党共闘」を語る資格はない。だから共産党が言っている4野党とは、実質民進党と共産党との野合である。この野合は今度こそ絶対に成功しない。いや必ず失敗させなければならない。第二自民党政権はもうコリゴリである。野田は悪夢である。れんほうは土井たかこよりずっとお粗末である。

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   古本屋通信   No 2401    2017年  01月29日


    岡山に帰ってきた姫井由美子さん

 古本屋通信の大好きな姫井由美子さん(「姫の虎退治」と不倫で有名な元参議院議員)が岡山に帰って来た。「お帰りなさい、大歓迎」と言いたいところだが、そうは行かないようだ。まずは本日の赤旗日刊紙の西日本のページの記事を貼る。



 市民と野党 共闘に確信 岡山 4野党が共同街頭宣伝
 「安保法制の廃止と立憲主義の回復をもとめるおかやまいっぽんの会」と野党4党の共同街頭宣伝が28日、岡山駅前であり、おかやまいっぽんと野党4党の旗が並び立ちました。
 日本共産党の森脇久紀県委員会副委員長(県議)は、27回党大会に野党4党と沖縄の風の代表が参加したことを紹介し、「市民と野党の共同で政治を変えることができるという確信をつかんだ」と訴えました。
 民進党の柚木道義県連代表(衆院議員)は「野党が結集して、おかしいことはおかしいと国政に反映できる政治を」と述べました。
 自由党の姫井由美子県総支部連合代表は「野党共闘のためひと汗もふた汗も流したい」と語りました。
 社民党の武本恒夫県連合幹事長は「総選挙にむけ重要なことは、野党の共同政策と小選挙区候補一本化、効果的な選挙協力です」と呼びかけました。
 宮本龍門おかやまいっぽん共同代表は「この国の主権者は私たち国民。行動し、うねりをつくっていきたい」と訴えました。
(写真説明) 共同街頭演説をする(右)から、「おかやまいっぽん」、社民党、自由党、民進党(2人 柚木と高井)の代表


  古本屋通信

  まずは愛する由美子サンに花を持たせて、ひとこと。アンタ県総支部連合代表だってね? 組織の全容は訊きません。ところで事務所くらいはあるんでしょうね? えっ、学南町の自宅だって? うん、間にあわなかったんですね。了解です。ところで江田さんとは手打ちをしたんですか? あなたは今も小沢さんの自由党ですね。江田さんを捨てて小沢さんに走った。いちおうケジメをつけないと、岡山では通らないんじゃあないの。アッ、そうか、高井さんと同じようなケースだし、江田さんが引退したから問題ないんだね。で、それで事務所だけど、奉還町の例の不倫の相手とゴチャゴチャあった食堂の隣の事務所、アレをもう一回借りたらどうなの?

 写真のメンバーのうち、高井が民進党1区候補、柚木が民進党4区候補。おかやまいっぽんって、理屈を言うな、クソ坊主(緑の党のダミー)。高井と柚木を降ろして一本化などする気はサラサラないんだろ? だから二人はノコノコ出掛けて来て神妙に御託を並べている。アッ、そうか高井は黙っていたのか。柚木や津村よりは利口だね。

  柚木と高井に言っておく。万がいち共産党が候補者をさげても、小選挙区での当選はあり得ない。問題は比例区での復活だけだ。世間の注目は津村と柚木と高井の三つ巴の内ゲバだけだ。必ずひとりは落選する。死ぬまでやれ!

 あのなあ、森脇さん、金がなくて困っているのは分かる。だけど供託金カンパ、1万円するからサ、もう止めてよ、やっちもない恥じさらしの演説は。冒頭の私の巻頭言を読んでよ。いいかい、大平さんは赤信号なんよ、本人はすっかり落選気分で悟りきっているみたいだがね。まあ准中央委員だから満足なんだ。



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  参考  ウィキペディアより

姫井由美子さんの不倫・有印私文書偽造行使疑惑
週刊文春が、かつて姫井と不倫関係にあった元高校教師が、交際時の2ショット写真やエピソードを暴露し、姫井が2006年3月に岡山市で飲食店を開店する際のトラブルについても語った、と報道[10]。2007年10月、飲食店開業の際上記の元高校教師の母親の名義を無断で使って営業許可申請していたとして、元高校教師親子から有印私文書偽造・同行使の容疑で刑事告発されたが、姫井側は合意の上だったとして、この容疑を否定した[11]。姫井は、2008年4月、有印私文書偽造・同行使の容疑で書類送検された[12]。2008年12月24日に岡山地方検察庁は、飲食店開店の際の有印私文書偽造と同行使、参議院選挙での詐欺の疑いについて、いずれも嫌疑不十分と判断して姫井を不起訴処分とした[13]。その一方で、元高校教師は、2007年12月に飲食店経営をめぐる契約違反などを理由として、総額6,000万円を要求する民事訴訟を起こしている[14]。

10.^ 週刊文春2007年9月6日号
11.^ 姫井議員を刑事告訴 有印私文書偽造の疑いと知人女性ら 山陽新聞 2007年10月11日
12.^ 2008年4月18日 中日新聞夕刊
13.^ 姫井議員を不起訴 詐欺容疑など嫌疑不十分 岡山地検 岡山日日新聞 2008年12月24日
14.^ 夫婦で協力!姫井議員元愛人を逆提訴 スポーツニッポン 2008年2月4日


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  引き続いて参考記事。

“ぶってぶって姫”姫井由美子のスキャンダルって?
7月の参院選で初当選した民主党の姫井由美子議員ですが、8月30日発売の週刊文春に元交際相手との不倫疑惑報道に見舞われ、国会議員としての質を問われる事態となっています。
出典
姫井議員、週刊文春で不倫を暴露され・・・ : Y's WebSite : Blog 〜日々是好日〜

姫井 由美子(ひめい ゆみこ)
姫井 由美子(ひめい ゆみこ、1959年2月14日 - )は、日本の政治家。生活の党所属の元参議院議員(1期)。
岡山県岡山市中区出身。岡山県立岡山操山高等学校卒。岡山大学法文学部第二部を経て、岡山大学大学院法学研究科修了。1982年に司法書士試験合格、父の後を継いで司法書士・行政書士事務所を開業する。全国青年司法書士協議会副会長、岡山青年会議所常任理事などを歴任する。
(出典:Wikipediaより)

週刊文春2007年9月6日号で、かつて姫井と不倫関係にあった元高校教師が、交際時の2ショット写真やエピソードを暴露し、姫井が2006年3月に岡山市で飲食店を開店する際のトラブルについても語った。
出典
姫井由美子 - Wikipedia

週刊文春の記事は01年から06年まで関係を持ったと自称する不倫相手の男性が実名で登場し“ほぼすべて”を語る赤面もの。姫井氏が「○○(男性の名前)の子供をつくりたい」と話したことや「当選したら、私のボディーガードにならせてあげる。公設秘書でもいい」という“マニフェスト”も明かされている。さらにはお互いの血を酒に入れて腕を交差させて飲みあったことまで語られている。

出典
<横峰議員に続いて>姫井氏に不倫報道…また民主新人にスキャンダル(スポーツ報知) gataro
夫と1男1女を持つ姫井氏。この日は党本部の会合「女性議員ネットワーク会議」で演説。選挙や家族について語った。「昔は黒縁のメガネをあけて『アラレちゃん』と呼ばれてた」と笑いを取ったほか、夫について「相手より(姫井という)名前が好きになって結婚した」ことや、政治活動を嫌がる夫から離婚届を突きつけられたことなど、思い切りタブーに踏み込んだ。会合の後も報道陣から逃げることなく歩いたのは潔かったのだが…。
出典

地雷、連鎖爆発中 - ヘボナイトまこやんがネタがあって気が向いたときになんとなく書いている日記
“ぶってぶって姫”姫井由美子のスキャンダル 画像・写真
出典
gallery.1kakaku.com

“ぶってぶって姫”姫井由美子のスキャンダル 画像・写真
~姫井議員のスキャンダルの詳細・週刊文春記事より~
元高校教師が実名で告発している記事は、生々しい写真入りで掲載。
2001年から6年間も夫婦より濃密な心の繋がりをもった関係を続けていたと
いう。この元教師と、姫井議員とは結婚する予定だったと言うのである。
10数冊のアルバムに収められた450枚超の写真には、大分の湯布院・別府温
泉、京都の龍安寺、小豆島、伊勢などの観光名所をバックに楽しそうな顔を
浮かべる姫井議員と元高校教師、肩を組んだ2人の笑顔の写真も何枚もある
と言う。
2人の出会いは、2000年の9月29日に開かれた、中国建国51周年慶祝岡山県
祝賀会の席上だといい、当時姫井議員は民主党県議だったそうだ。その席で
名刺交換を行い、飲み会などで意気投合して、携帯番号を交換。頻繁に連絡
を取り合うようになり・・・不倫の関係が始まる。
2人の仲が崩壊したのは姫井議員が参院選出馬を決意したのと同じ昨年の10月。
原因は、姫井議員らがオープンした喫茶店「ゆめカフェ」を巡る問題だったと
いい、カフェを共同経営したいという話が姫井議員からあり両親にあり、当時
は教員だったので、人員削減をしている学校にばれると拙いため断っていたと
いう。
しかし、姫井議員が一生あたなの面倒も見ます。2号店・3号店も出して下さい
と言ったから、やむなく引き受けた。そして、何度催促しても契約書をつくら
ず、オープン前後ようやくもってきた契約書は約束とは全く異なる内容のため、
三度作り直させたが、それでも納得できなかったそうだ。
一番おかしいのは、共同経営という約束だったにもかかわらず、姫井議員側か
らの「営業委託」に変わっていたことだと言う。それでも学校とカフェとの往
復生活を続け、睡眠時間は一日一時間だったという。
さまざまな衝突を繰り返して昨年10月に決裂し、現在は絶縁状態にあるといい、
今年の4月19日に元高校教師とカフェのプロデュースに関わった両親は、未払い
の給与とプロデュース費等の費用を含め約1500万円の支払いを求める調停を裁
判所に申し立てているとある。
元高校教師は、姫井議員は参院選を前に関係を清算してかったのだろうと述べ、
このイザコザがと学校現場での重圧で入院を余儀なくされ、今年の7月には学校
から解雇処分を受けてしまったらしい。
引用元:ハズカシイ!民主党姫井参院議員のスキャンダル - 今そこにあるNippon :http://blogs.yahoo.co.jp/karyudo111/49181512.html

著者は、姫井氏の性癖を「かなりのMで、ぶってぶってとよくせがまれた」と週刊誌に暴露した、元高校教師の横田育弓生氏(43)。姫井氏らがオープンした喫茶店をめぐり、民事、刑事両面で姫井氏側を告発している。
出典
芸能:ZAKZAK

有印私文書偽造行使事件についても告発
2007年10月、飲食店開業の際上記の元高校教師の母親の名義を無断で使って営業許可申請していたとして、元高校教師親子から有印私文書偽造・同行使の容疑で刑事告発されたが、姫井側は合意の上だったとして、この容疑を否定した。
出典
姫井由美子 - Wikipedia

「姫井は、2008年4月、有印私文書偽造・同行使の容疑で書類送検された。」
告訴、告発によると、姫井議員は同市奉還町で喫茶店をオープンさせる際、食品衛生責任者の資格を持つ知人女性の住所や氏名、生年月日を勝手に記載し、営業許可申請書など3通を偽造。2006年3月、市保健所に提出したとされる。店は同4月に開店した。
出典
民主党の姫井由美子 有印私文書偽造|世界一の無責任男

2008年12月24日に岡山地方検察庁は、飲食店開店の際の有印私文書偽造と同行使、参議院選挙での詐欺の疑いについて、いずれも嫌疑不十分と判断して姫井を不起訴処分とした。その一方で、元高校教師は、2007年12月に飲食店経営をめぐる契約違反などを理由として、総額6,000万円を要求する民事訴訟を起こしている。
出典
姫井由美子 - Wikipedia

【ぶって姫】民主党・姫井由美子議員、書類送検される。
「ぶってぶって姫」と呼ばれる所以とは?
ぶってぶって姫
出典
hirotaka2235.blog35.fc2.com

ぶってぶって姫
“ぶってぶって姫”と話題を呼んだ民主党の姫井由美子参議院議員
出典
告白本出版 姫井議員、印象的なコスプレはセーラー服 ニュース-ORICON STYLE-

07年8月、元高校教諭との不倫スキャンダルが報じられる。姫井議員は既婚で一男一女の母だが、元教諭と頻繁にラブホテルで密会し、「彼女はかなりのMで『ぶって、ぶって』とよくせがまれた」などと性生活を暴露されてしまった。それ以来「ぶって姫」と呼ばれるようになるほど、このスキャンダルは大きなインパクトを与えた。
出典
いまだ尾を引く「ぶってぶって」 公認上申見送りの姫井議員 : J-CASTニュース

「ぶって姫」こと民主党の姫井由美子参院議員(50)の元不倫相手による暴露本「毒姫」(マガジン・マガジン、1300円)が18日、発売された。肉体関係が詳細に記されているほか、姫井氏が大小52の犯罪をしたとして告発する内容
出典
芸能:ZAKZAK

毒姫―元婚約者が語る姫井由美子の犯罪と正体 [ムック] 横田 育弓生 (著)
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毒姫―元婚約者が語る姫井由美子の犯罪と正体 (SUN MAGAZINE MOOK)

毒姫―元婚約者が語る姫井由美子の犯罪と正体 [ムック] 横田 育弓生 (著)
2001年から約6年間、姫井由美子(現参議院議員・民主党所属)と夫婦同然に過ごした著者が、二人の出会いから決別に至るまでの日々、参院選での裏話、さらには現在も係争中の姫井との裁判について等、豊富な証拠書類や写真とともに真実を克明に記した告発本です。姫井由美子という国会議員が、いかに極悪非道な人間であるか、また、民主党、自民党、マスコミ、捜査当局、剣道界への批判などなど、騒動の渦中にいた著者本人だからこそ語れる興味深いエピソードが満載となっています。

現在は司法書士として働きながら「いつか国会に戻ってくる」と、政治活動も続けている。
出典
NEWSポストセブン|衆院選落選の姫井由美子氏 司法書士しながら国会復帰目指す
  1. 2017/01/29(日) 07:27:53|
  2. 未分類

尖閣も竹島も日本の領土ではない

巻頭言 民進党を死滅させ、自共対決の時代(3年前の日本共産党第26回党大会決定の規定)を迎えよう。「4野党+市民の共闘」の欺瞞性。市民など何処にもいない、というより安倍政権を支持する市民が市民ではないという日本語がそもそも日本語でない。次に4野党など実質的に存在していない。社民党はコンマ以下の支持率、自由党に至っては0,1パーセントの支持率である。ゆえに比例ブロックで一人の候補者も立てられない。候補者擁立を初めから投げている泡沫政党に「野党共闘」を語る資格はない。だから共産党が言っている4野党とは、実質民進党と共産党との野合である。この野合は今度こそ絶対に成功しない。いや必ず失敗させなければならない。第二自民党政権はもうコリゴリである。野田は悪夢である。れんほうは土井たかこよりずっとお粗末である。

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   古本屋通信   No 2400    2017年  01月28日


   尖閣も竹島も北方四島も日本の領土ではない

 尖閣諸島魚釣島や竹島はもちろんのこと、北方四島も日本固有の領土とは言えない。北方四島は日本が戦後処理において(全面講和条約ではなく、サンフランシスコ単独講和条約を締結することで)放棄したのだから、日本に領有権はない。ロシアの領土である。上記3件とも、未解決の領土問題は存在しない。だから(日本共産党の大好きな、アメリカ帝国主義を中心とする核大国すなわち「国際社会」において、日本政府の主張を正当とする国家は一国も存在しない。下記の産経新聞の報じる文科省の措置は許しがたい。排外主義ナショナリズムもここまで来ると、靖国神社に参拝しない人間は日本人ではないと小中学生に教えるのと変わりはない。どうせ日本共産党は反対しないであろう。あのなあ、尖閣諸島魚釣島にしても、日中国交回復時点において、両国政府の間で、具体的には田中角栄とトショウヘイさんの間で、棚上げの合意が成立していたんだ。それを蒸し返したのは日本である。サイテイ日本共産党は今回の文科省の措置に断固反対すべきである。まあ言っても無駄だろうがね。


 2017.1.28  産経新聞
 尖閣と竹島「我が国固有の領土」指導要領明記へ 文科省方針、 小学校でも題材取り上げ
 尖閣諸島魚釣島=2011年10月、沖縄県石垣市(鈴木健児撮影)
 文部科学省が、今春告示する小中学校社会科の新学習指導要領に、竹島(島根県隠岐の島町)、尖閣諸島(沖縄県石垣市)を「我が国固有の領土」として初めて明記する方針を固めたことが28日、分かった。法的拘束力のある学習指導要領に記載することで領土教育の徹底を図る。
 現行の学習指導要領では、中学校社会の地理で北方領土に関する記述があるだけ。指導要領を補足する解説書には、中学校社会で竹島、尖閣諸島も「日本固有の領土」として扱うよう明記しているが法的拘束力はない。
 新学習指導要領では、小学校社会で北方領土、竹島、尖閣諸島に関し日本の固有の領土として扱うことを明記。中学校社会でも扱い、地理では「尖閣諸島に領土問題は存在しないこと」を、公民では「北方領土や竹島に関し、平和的解決に向けて努力していること」に触れるよう記載する。
 学習指導要領はほぼ10年に1度改定され、授業や教科書編集の指針にもなる。次期学習指導要領は意見公募を経て、今春告示される。小学校は平成32年度、中学校は33年度から全面実施される予定。



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 準備 草稿

民進党・野田幹事長の小池都知事へのラブコール

  きのう面白い記事があった。こういうマイナーだけれど核心を突いた記事はブル新聞や赤旗には絶対に載らない。加えて最近は日刊スポーツなど政治の一線から外れたメディアの政治記事もまったくダメである。それかと思えば「ニュース女子」などという極右メディアである。まあ私のブログも含めてマイナーメディアの役割は小さくないだろう。



2017-01-29 「野党共闘」と「小池百合子との共闘」とは相容れない
「野党共闘」と「小池百合子との共闘」とは相容れないCommentsAdd Starhayakuzakatabbybyward

小池百合子, 野党共闘

某「都会保守」氏(別名「リベラル」氏)のブログが、千代田区議選で小池百合子が応援する多選・高齢の現職を応援すると宣言していた。私はその現職も、自民党が推す「よりにもよって与謝野」(別名・全身ガン政治家)のドラ息子も応援しないが、すっかりコメント欄もまばらになった前述都会保守氏のブログには、前日、その数少なくなったコメンテーターがこんなことを書いていた。




公明党や民進党、若手議員たちをまとめるのは、いま、小池さんしかいないでしょう。

アベさんと対峙できる人として評価してもいいのでは?

東京から変えていってほしいと思います。



やれやれ、と思ったが、これが日頃から民進党を応援している、少なからぬ都会保守の人たちが抱いている心情なのだろう。

もちろん、当の民進党にも小池と手を組みたくてたまらない人たちは大勢いるようだ。下記はかなり古い1月21日付の日経記事。

民進・野田氏、都議選で小池知事と連携も  :日本経済新聞


民進・野田氏、都議選で小池知事と連携も



 民進党は21日、党本部で都道府県連の幹部を集めた全国幹事会を開いた。野田佳彦幹事長は会合で、夏の東京都議選を巡る小池百合子都知事との連携について「民進党の公認候補者を第一としながらの協力関係はやぶさかではない」と述べた。

 複数の出席者から「東京都の小池知事との協調路線を取ってほしい。都議選でのすみ分けや次期総選挙での影響力が多大だ」と要望が相次いだため、これに答えた。蓮舫代表はすでに「改革を進める人たちが過半数を取ることが望ましい」との考えを示していた。



(日本経済新聞 2017/1/21 18:35)



同じ頃の下記日刊スポーツのコラム「政界地獄耳」は既にリンク切れしているが、キャッシュからたどった。

http://www.nikkansports.com/general/column/jigokumimi/news/1767639.html


野田興味「野党」より「百合子」共闘



 ★国会開会を前に開かれた共産党大会では「本気の共闘」を宣言し、大会決議に日米安保の考え方など「野党共闘に独自の立場を持ち込まない」と記し、次期衆院選の小選挙区で民進、自由、社民3党との選挙協力を進めて、野党連合政権を目指すとした。なかなか指導力を発揮せず、野党共闘に後ろ向きな民進党に代わり主導権を握ることができるのか。結党95年の英知を結集できるのかがカギになる。

 ★一方、民進党幹事長・野田佳彦は国政での野党の大きなうねりには目もくれず、都知事・小池百合子との今夏の東京都議会選挙に興味津々だ。「選挙区で小池が出してこようという人たちとの調整をする関係はできるのではないか。(小池側と)接触しながら準備に入ってきている」と党中央の幹事長とも思えぬふるまいだ。

 ★政界関係者が言う。「野田が本性を現し始めた。野田や民進党代表・蓮舫は党勢拡大や野党共闘をつぶすために党の主導権を握ったのだろう。彼らにあるのは都議会議員選挙で小池を支持。衆院選挙では民進党として戦うものの、リベラル系を多く落選させ、党を弱体化させてから、維新と小池新党と合流して小池を党代表に据え、最終的には自民党政権と連立をもくろもうというものだ」。

 ★途方もない計画だが、今の振る舞いを見ればうなずける部分もある。となれば民進党のリベラル系や穏健派、社民、自由が合流するのも必然といえる。そこに共産が関わることになろう。これは第2新進党と第3新進党が野党再編によって生まれ、与党と野党に分かれるということになる。政策的にはわかりやすくなりそうだが民進党の隠れ自民党が正体を現すというだけではないのか。(K)※敬称略



(日刊スポーツ 2017年1月20日9時25分)



コラムのタイトルや、コラムの最後の段落には、「民進党のリベラル系や穏健派、社民、自由が合流」して「そこに共産が関わる」政党を「第3新進党」と名づけるネーミングセンスの悪さを除けば同意できる。小池に公明党や新進党右派がくっついた政党ができれば(その可能性は今のところ20%くらいしかないと思うが、仮に今後安倍晋三がトランプとの交渉に手こずった場合、かつて新進党に所属していた石破茂が小池一派に合流するなどの事態が生じることも考えられるので、その可能性は排除できない)、それは「新・新進党」そのものだろう(元祖・新進党の小沢一郎あたりもそれに秋波を送る可能性がある)。

いずれにせよ間違いなく言えることは、「野党共闘」と「小池百合子との共闘」とは相容れないということだ。こう書くと、昔「菅(義偉ではなく直人)も小沢も応援する」と書いたブログ主は、「『野党共闘』も『小公民』も応援する」と言い出しそうだが、それは現実には絶対に両立し得ない。

前述の都会保守氏やそのブログの愛読者たちの多くは、おそらく野田佳彦がお気に召さないであろうと思うが(事実ブログ記事にそんな記述がよく出てくる)、都会保守氏たちご自身こそ、誰よりも野田佳彦に近い感性をお持ちではないかと思う。

前にも書いたが、「小公民」に「ちょっとワクワクする」、という心理機構は、トランプに「少しわくわくする」と語った小泉進次郎と酷似している。ネオリベ保守に惹かれるか復古保守に惹かれるかの違いはあるにせよ。

  1. 2017/01/28(土) 22:00:24|
  2. 未分類

科学的社会主義の哲学

頭言巻? 巻頭言 民進党を死滅させ、自共対決の時代(3年前の日本共産党第26回党大会決定の規定)を迎えよう。「4野党+市民の共闘」の欺瞞性。市民など何処にもいない、というより安倍政権を支持する市民が市民ではないという日本語がそもそも日本語でない。次に4野党など実質的に存在していない。社民党はコンマ以下の支持率、自由党に至っては0,1パーセントの支持率である。ゆえに比例ブロックで一人の候補者も立てられない。候補者擁立を初めから投げている泡沫政党に「野党共闘」を語る資格はない。だから共産党が言っている4野党とは、実質民進党と共産党との野合である。この野合は今度こそ絶対に成功しない。いや必ず失敗させなければならない。第二自民党政権はもうコリゴリである。野田は悪夢である。れんほうは土井たかこよりずっとお粗末である。

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   古本屋通信   No 2399    2017年  01月28日


 高村是懿氏(広島県労働者学習協議会)の「科学的社会主義の哲学(世界観)」を紹介する

 このエントリーを立てた直接の動機を書いておく。さきほど石崎徹氏の至近の一文を読んだ。サルトルがアンチ・ブラトンはよいとして、またサルトルはとうぜん反ヘーゲルだが、ヘーゲルからマルクスまで氏の思い通り操作され、最終的にマルクスはサルトル主義者にされている。何も氏の新発見ではない。腐るほどあるサルトル主義者のエピゴーネン(思想・文学・芸術などの、追随者。独創性のない模倣者。亜流)に過ぎない。こういうのを相手にしていたら時間はいくらあっても足りない。そこで科学的社会主義の哲学を少し復習する事にした。いままで何回か名前を出したことのある広島学習協の高村是懿氏に登場願う。ヘーゲル研究者の弁護士であるが、広島で実践的に頑張っておられる。彼の講座はユーチューブで視聴できる。すでに多くの方に利用されている。私はまだだが、文字を追いながら聴いてみたいと思っている。


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『科学的社会主義の哲学史』 出版記念講演

1.はじめに

① なぜ科学的社会主義を学ぶのか

● あれこれの思想の一つとして教養のために学ぶのではない

② 科学的社会主義の学説は、「それまでに人類が生みだしたすべて
  の価値ある知識の発展的継承者であると同時に歴史とともに進行
  する不断の進歩と発展を特徴としている」
  (日本共産党第13回党大会決議)

● 科学的社会主義の学説の核心である、弁証法的唯物論と史的唯物論は、人類史
 上最高の哲学であることを主張するもの―言いかえると、最高の真理認識の思
 惟形式であることを主張するもの

● この主張が独断論ではないことを2600年の哲学史をつうじて論証しなければな
 らない


2.哲学とは世界の根本に分け入って
  真理を探究する学問

① 世界の根本は大きく精神と自然、思考と存在に二分される

● 人間は自然の一部でありながら、自然に対立する精神をもっている

 ・精神と自然とは対立しつつ相互に媒介する

 ・精神は自然を変革する能力をもつ

 ・逆に自然(脳の発達)は精神(人間独自の意識)を変革する

● 精神と自然は、思考と存在とも呼ばれ、両者の関係が問題となる


② エンゲルスは、精神と自然(思考と存在)とは
  どういう関係にあるのかを探究するのが
  哲学の根本問題だという(『フォイエルバッハ論』)

 ・1つは、どちらが根源的かの問題(唯物論か観念論かの問題)

 ・2つは、精神はあますところなく自然を認識しうるのか(いわゆる「思考と
  存在との同一性」という真理認識の問題であり、絶対的真理を認識しうるの
  か否かの問題)

③ しかし、精神と自然の関係はそれだけにとどまらない

 ・2600年の哲学史をつうじて、さらに2つの問題が提起されている

 ・1つは、真理認識の思惟法則の探究をつうじて、形式論理学か弁証法的論理
  学かの問題を提起

 ・2つは、真理は「世界はどのようにあるか」に関してのみ存在するのか、そ
  れとも「世界はどのようにあるべきか」についても存在するのか(「事実の
  真理」のみか「当為の真理」も存在するのか)

④ 科学的社会主義の哲学は、精神と自然にかかわる以上4つの
  問題の真理をとらえる哲学として、最高の哲学となった

 ・それを以下にみていくことにする


3.唯物論と観念論

① 近代哲学は、唯物論と観念論の対立を鮮明にする

● 近代の自然科学の発展により、自然の根源性を主張する唯物論が観念論に勝利
 していった時代

 ・自然科学の発展は、人間の認識はすべて経験にはじまる(ロックの「タブ
  ラ・ラサ」)ことを教える

 ・すべての脊椎動物のもつ脳(物質)は、外部の情報を自分のうちに取り込
  み、それを処理する器官

 ・人間の脳のもつ感性、悟性、理性も情報処理する器官であることに変わり
  なし

 ・人間の脳は感性、悟性、理性として相対的に区別されながらも統一して情
  報を処理することにより、「世界がどのようにあるか」を認識するだけで
  なく、世界をあるべき姿に変革しようとする

 ・人間の精神も物質である脳の機能として生まれたものであり、何ら動物の
  脳と本質的に異なるものではないことが判明

● 他方で、近代は近代的自我の確立を生みだし、理性を一面的に強調することか
 ら、精神の根源性を主張する観念論が生まれてくる

 ・カントは、はじめて、感性、悟性、理性を区別

 ・感性とは、受動的な「感じる」能力であるのに対し、悟性、理性は能動的な
  「考える」能力

 ・人間の脳には、受動的能力と能動的な能力という対立する2つの能力がある
  ことを明確にしたのは、カントの大きな功績

 ・しかし「考える能力」を「感じる能力」から切りはなし、一面的に強調するこ
  とで観念論が生まれてくる

 ・そこに観念論を簡単に克服しえない一因がある

② 唯物論と観念論をめぐる問題

● 近代哲学は、唯物論と観念論の対立から以下の3つの問題を派生させる

1)経験から出発する経験論は、入口における唯物論にすぎない

 ・イギリス経験論のうちホッブス、ロックは、感性のみならず悟性、理性も自
  然(物質)を意識のうえに反映したものととらえる

 ・これに対し経験論者のバークリは、経験により知覚しえないものは存在しな
  いとして、物質とは「感覚の複合」にすぎないと主張する

 ・また経験論者ヒュームは、経験は個別性を教えてくれるが、必然性、法則性
  までは教えてくれないとして、人間の認識に限界を設けることで不可知論と
  いう観念論に

 ・経験論は入口における唯物論ではあっても、出口における唯物論を保障する
  ものではない

 ・マルクス主義はホッブス、ロックの継承者として、最後まで唯物論をつらぬ
  く

2)唯物論は必然的に社会変革の思想につながる

 ・「もし人間がその環境によってつくられるものであるとすれば、ひとはその
  環境を人間的なものにつくっていかなければならない」(全集② 136ペー
  ジ)

 ・したがって、イギリス経験論は、イギリス啓蒙思想(ホッブス、ロック)と
  してイギリス革命に、またフランス唯物論はフランス啓蒙思想(ルソー)と
  してフランス革命に結びついたのみならず、バブーフ=ブオナロッティによ
  ってフランス社会主義思想に

 ・「フランス唯物論の他の方向は、直接に社会主義と共産主義とに注いでい
  る」(同)

 ・マルクス主義は唯物論をつらぬくことで社会変革の革命の哲学に
  →社会変革の思想に結びつかない唯物論は真の唯物論ではない

3)「近代唯物論は本質的に弁証法的」(エンゲルス)

 ・近代自然科学の発展により、「自然は弁証法の検証となる」ことが明らかに

 ・したがって事物に即して認識を深めていく唯物論は、必然的に弁証法的唯物
  論となる

 ・ここに科学的社会主義の真理性がある

〔*注(全集)=『マルクス・エンゲルス全集』大月書店〕


4.精神はあますところなく自然を認識しうるのか

① ヒュームは経験から出発しながら、不可知論に

● ヒューム(1711~1776)は、経験こそ認識の源泉としながらも、経験は必然
 性、法則性までは教えてくれないとする

● すなわち経験は因果法則を教えてくれるが、これはたんなる習慣にすぎない

 ・経験が教えてくれるのは、Aが存在すれば、それに続いてBという変化が起
  きるということだけ

 ・それを因果法則という必然性としてとらえるのは、たんなる習慣にすぎない
  のであって、理論的に立証されたものではない

 ・したがって必然性は、何ら経験のうちに含まれた客観的なものではなく、人
  間は必然性、法則性を理性的に認識することはできないとする不可知論に


② カント( 1724~ 1804 )も同様に
  ヒュームの影響を受け不可知論に

● カントはヒュームの不可知論を引きつぎ、経験によっては必然性、法則性を
 認識しえないとする

● しかし実際には人間は必然性、法則性を認識しているのであって、それは習
 慣によるものではなく、人間の先天的能力としての「悟性的概念」(カテゴ
 リー)によってとらえられると主張

 ・つまり必然性、法則性は客観のうちにあるのではなく、主観のうちにあると
  するもの

 ・「対象は我々の認識にしたがって規定されねばならない」(『純粋理性批
  判』)という認識のコペルニクス的転換を主張するもの

 ・悟性のもつカテゴリーは、経験から生まれる多様性を統一する能力だから、
  経験から生まれる現象は認識しうるが、経験を超える「物自体」は認識しえ
  ないとして、不可知論におちいる

 ・カントの不可知論の最大の問題は、「物自体」を認識しえないというのみな
  らず、経験を超える「真にあるべき姿」を認識しえないとするとことによ
  り、人間の変革能力を否定することに

③ マルクス主義の不可知論批判

 ・必然性、法則性は、カントのいうように主観のうちに存在するのではなく、
  客観のうちに存在するのであり、ヒュームのように認識しえないものではな
  く、認識しうるもの

 ・経験には、「観察による経験」と「実践による経験」がある

 ・「観察による経験」だけでは、けっして必然性を十分に証明しつくすわけに
  はいかない」(全集⑳ 537ページ)。しかし「実践による経験」によって
  AからBを作り出すことができれば、必然性、法則性が客観的なものである
  ことを証明することができるし、カントの「『物自体』はわれわれにたいす
  る物」(全集21 281ページ)となる

 ・「必然性の証明は人間的活動のうちに、実験のうちに、労働のうちにある」
  (全集⑳ 537ページ)

 ・マルクス主義は、実践を媒介に無限に真理に接近しうることを主張


5.形式論理学から弁証法へ

① 論理学

● 論理学とは、理性的に(合理的に)判断する基準となる論理を探究する哲学

 ・真理は理性をつうじてのみ認識しうる

 ・論理学には形式論理学と弁証法的論理学とがある

② 形式論理学は、合理的学問の典型とされる
  幾何学から生まれた論理学

● 幾何学とは、定義から出発し、公理を導き出し、公理にもとづき証明された命
 題として定理が作られ、定理をもとに命題から命題へと証明していくことによ
 り、演繹的論理を展開して体系化していく学問

 ・形式論理学は古代ギリシアのアリストテレスによって完成されたとされてい
  るが、影響力からすると「ユークリッド幾何学」で知られるユークリッドが
  大きい(2000年にわたるヨーロッパ合理論の柱に)

 ・ユークリッドの『幾何学の原本』は聖書に次ぐ歴史的ベストセラーとされる

 ・17,18世紀の大陸の「合理論」は世界の根本原因を実体としてとらえ、その
  実体から演繹的に論理を展開することで世界を創造するという観念論におち
  いる

 ・「合理論」には、理性を真理判断の基準にするという積極面と同時に、理性
  を一面的に強調して観念論におちいるという消極面がある

● 幾何学において真理判断の基準とされたのは「論理的完全性」であり、言いか
 えると論理の展開に矛盾がないこと

 ・論理の展開に矛盾がないとは、「AはAである」という論理をつらぬくこと

 ・したがって形式論理学の公理となるのは、「A=A」という同一性の原理

③ 弁証法は形式論理学の批判として誕生

● きっかけとなったのは、古代ギリシアのエレア派のパルメニデス

 ・「有るものはあり、あらぬものはあらぬ」

 ・真理はただ「有る」ということのうちにあり、「有る」ということは、変化
  するものではなく、不動で終わりのないもの(つまり形式論理学の同一性の
  原理)として、運動を論理的に否定

● それに反論したのがヘラクレイトス

 ・エレア派の論理は運動を否定しているが、真実は「万物は流転する」ことに
  ある

 ・「すなわち、万物は存在し、また存在しない。なぜなら、万物は流動してお
  り、不断に変化し、不断の生成と消滅のうちにあるからである」
  (エンゲルス『空想から科学へ』全集19 199ページ)

 ・運動を有と無の統一としてとらえ、生成とは無から有への移行であり、消滅
  とは有から無への移行であるという弁証法にこそ真理があるとしたもの

 ・「古代ギリシアの哲学者たちはみな生まれがらの、天成の弁証法家であっ
  た」(同198ページ)―アリストテレスは「弁証法的思考の最も根本的な諸
  形式を研究していた」(同199ページ)

④ 近代は形式論理学に始まる

● 近代自然哲学は機械的自然観にたち、形式論理学の立場に

 ・自然は絶対に不変であり、機械的に同じものをくり返すのみと考えられてい
  た

●「大陸の合理論」者(デカルト、スピノザ、ライプニッツ)は、演繹的論理の
 展開による世界創造で、幾何学の同一性の論理を採用

⑤ 機械的自然観から弁証法的自然観に

● 19Cの3大発見

 ・細胞の発見

 ・エネルギーの変換と保存の法則

 ・ダーウィンの進化論

●「自然は弁証法の検証となるもの」(全集⑳ 22ページ)

⑥ 古代ギリシアの弁証法は、近代のドイツ古典哲学において
  復活し、ヘーゲル(1770~1831)においてほぼ完成

 ・「近代のドイツ哲学の最大の功績は、思考の最高の形式としての弁証法をふ
  たたびとりあげたことである」(同)

 ・フランス革命の影響を受けたドイツ古典哲学は、理想と現実の弁証法を論じ
  ることで弁証法を発展させた

 ・ヘーゲルは弁証法の基本形式を対立物の統一として定式化し、対立物の統一
  には対立物の相互浸透と対立物の排斥(闘争)があること、対立物の闘争を
  つうじて対立を揚棄する発展が生じることを明らかに

 ・したがって弁証法の公理は「AはAであると同時にBである」とするところ
  にある

⑦ 弁証法は形式論理学を包摂する

● 形式論理学は、対象となるものが「何であるか」を確固としてとらえる初歩的
 な真理認識の方法

 ・対象を確固としてとらえるには、対象となる事物を固定したものとして、他
  のものとの関連を断ち切ってとらえることが必要

 ・それは「いわゆる常識の考え方」(全集⑲ 200ページ)であり、「おそかれ
  はやかれ限界につきあたる」(同)

 ・その限界とはその事物が「どのようにあるか」を認識しようとするとき

● その限界に突きあたったとき、真理を認識するには弁証法が必要となる

 ・形式論理学は、静止をとらえる論理学であるのに対し、弁証法は静止と運動
  の統一をとらえるもの(たんに運動のみをとらえるものではない)

 ・すべての事物はそのうちに対立を含み、その対立が媒介されない対立のうち
  にあるとき(自立的統一)事物は相対的に静止しており、自立的統一が媒介
  された対立に移行するとき(媒介的統一)、事物は絶対的に運動する

 ・その意味で弁証法的論理学は、形式論理学を包摂したより高い真理をとらえ
  る論理学といえる

 ・マルクス主義は、弁証法的唯物論をもち、それを史的唯物論として具体化す
  ることで、より高い哲学に


6.事実の真理と当為の真理(理想と現実の統一)

① 変革することは、「当為(まさにあるべし)」を問題にすること

● 人間は世界のすべてを変革する能力をもつことで動物界から区別される

● 変革するとは「現にある姿」という「事実」(現実)を認識することをつうじ
 て「あるべき姿」という「当為」(理想)を認識し、それを目標にかかげて実
 践することにより実現される

 ・人間は「当為」をもって「価値」或るものと考え、それを実践して現実性に
  転化しようとする(当為≒価値)

 ・「意識的な生活活動は人間を直接に動物的生活活動から区別する。まさにこ
  のことによってのみ人間は1つの類的存在なのである」(全集㊵ 437ペー
  ジ)

 ・したがって人間は、実践をつうじて、事実と当為(価値)、言いかえると現
  実と理想を統一してとらえてきた

 ・言いかえると「現にある姿」をとらえる「悟性」と、「あるべき姿」をとら
  える「理性」とを同一と区別の統一としてとらえることで、人間は動物界か
  ら区別される存在に

② 哲学の歴史は、変革の立場を理想と現実の統一として論じてきた

● プラトン、アリストテレスは、理想を「イデア」として論じてきた

 ・アリストテレスは、プラトンの「イデア論」を発展的に継承し、イデアを自
  ら主体的に客観に転化させるものととらえる

● ヘーゲルは、理想を「概念」、理想と現実の統一を「理念」としてとらえる

 ・ヘーゲルは、アリストテレスのイデア論を、理想と現実の統一をとらえる実
  践的真理として理解する

● マルクス主義は、ヘーゲル哲学を発展的に継承し、理想と現実の統一としての
 革命の哲学を確立

③ 新カント主義に事実と価値の峻別

● 新カント主義は19C後半から20C初頭に広がった現代観念論の一形態

 ・彼らは、カントの感性、悟性、理性の区別をふまえ、感性、悟性による「事
  実の認識」と理性による「価値の認識」とを全く別個のものとして切りはな
  す

● とりわけウェーバーは、事実と価値の峻別のうえにたって「事実の認識」には
 真理があるが、「価値の認識」には真理はないとする

 ・したがって、社会科学に価値を持ち込んではならない(「没価値論」)との
  立場から、マルクス主義は「断固として排斥さるべき」と攻撃する

 ・ウェーバーの「没価値論」は、マルクス主義を攻撃するために生みだされた
  ブルジョア的観念論

④ 科学的社会主義の哲学は理想と現実の統一を理論的にも解明する

● 人類はその脳(物質)の働きをつうじて意識(精神)をもつものとして、実践
 的に事実を認識することをつうじて価値(当為)を認識することを当然のもの
 としてとらえてきた

● 科学的社会主義の哲学は、弁証法によって初めて「事実の真理」から「当為の
 真理」にいたる事実の「合法則的発展」の論理を解明した

 ・すなわちすべての事物は、自己のうちに対立する2つの側面をもち、その事
  物のもっとも基本的な対立が矛盾となり、その矛盾を解決する(揚棄する)
  ことによって事物は「合法則的に発展」することを解明

 ・事物の基本的な対立をとらえることが「事実の真理」であり、その矛盾の解
  決としての対立をとらえることが「当為の真理」となる

 ・例えば、資本主義の基本矛盾は「社会的生産と資本主義的取得」(『空想か
  ら科学へ』)であるのに対し、その矛盾を解決する社会主義とは「社会的生
  産と社会的取得」としてとらえられる

●「合法則的発展」の理論的解明により、真理には「事実の真理」があると同時
 に「当為の真理」があることも明らかになり、ウェーバーの誤りを理論的に解
 明した

 ・「当為の真理」を否定することは、事物の合法則的発展を否定することであ
  り、人間が世界を変革する能力を有することを否定するに等しい観念論的議
  論

⑤ 科学的社会主義の哲学は、より善く生きることの真理は理想と
  現実の統一を求める生き方にあることを解明

● ソクラテス以来、哲学はより善く生きることを探究

 ・「大切にしなければならないのは、ただ生きるということではなくて、よく
  生きるということなのだ」(ソクラテス)

 ・ソクラテスからカントに至るまで、「よく生きる」問題を内面的な道徳論と
  して論じてきた

 ・それを内面の生き方にとどめず、より良い国家、社会をつくりあげるという
  変革の立場に結びつけたのがヘーゲル

● 科学的社会主義の哲学は、理想と現実の統一を求める変革の立場にたつこと
 が、もっとも人間らしい最高の生き方であることを解明


7.科学的社会主義の進歩と発展のために

① ソ連・東欧の崩壊から学ぶべきもの

●「ソ連型社会主義」はマルクス主義の「社会主義論」の実践から生まれなが
 ら、「社会の実態としては、社会主義とは無縁な人間抑圧型の社会として、
 その解体を迎えた」(日本共産党綱領)

 ・スターリン以後のソ連指導部は「社会主義の原則を投げすてて、対外的に
  は、他民族への侵略と抑圧という覇権主義の道、国内的には、国民から自由
  と民主主義を奪い、勤労人民を抑圧する官僚主義・専制主義の道を進んだ」
  (同)ことがその原因とされる

● 問題は、マルクス主義の「社会主義論」の実践がなぜこういう結果を招いたの
 かの根本原因の解明にある

 ・その解明によってこそ「不断の進歩と発展」の哲学といえる

② 社会主義の3つの基準

● これまで社会主義の基準は
 ①生産手段の社会化 ②社会主義的な計画経済 ③プロレタリアートの執権
 の3つとされてきた

 ・これは『空想から科学へ』の末尾の「プロレタリア革命」からとられた基準

 ・『社会科学総合辞典』の「社会主義社会」の項目にもその旨の記載がされて
  いる

 ・「ソ連型社会主義」

1)生産手段の国有化が、国有企業における党官僚の支配と結びつき専制支配に

2)中央集権的計画経済は、経済をコントロールする党官僚の官僚主義・専制主
  義に直結

3)プロレタリアート執権は、共産党の一党支配と自国民および他民族の自由と
  民主主義の抑圧に

● 3つの基準がそれ自体社会主義の目的とされていたところに問題あり

③ 社会主義とは人間解放の社会

● 社会主義の原点は人間解放にある

 ・「人間をいやしめられ、隷属させられ、見すてられ、軽蔑された存在にして
  おくようないっさいの諸関係」(全集① 422ページ)を廃棄するのが人間
  解放

 ・その意味では社会主義とは、人間を最高の存在にする真のヒューマニズムの
  理論

 ・3つの基準は、それ自体が目的なのではなく、人間解放を実現するための手
  段にすぎないのであって、その観点から3つの基準は運用されなければなら
  ない

● この社会主義の原点を明確にすることがソ連・東欧の崩壊から学び、科学的社
 会主義の進歩と発展をもたらす根本問題となるのではなかろうか



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 『科学的社会主義の哲学史』より


第一講 科学的社会主義の哲学は人類の知的遺産の集大成


一、本講座の目的

 科学的社会主義

 本講座は「哲学史の総括としての科学的社会主義の哲学」と題して開催されます。一九世紀前半、フランス革命の挫折を受けて、革命の精神である真の「自由、平等、友愛」を求め、さまざまな社会主義思想が誕生します。そのなかで、マルクス、エンゲルスは自分達の創設した社会主義思想を、サン・シモン、フーリエ、オーエンという三人の偉大なユートピア社会主義者との対比において「科学的社会主義」とよんだのです。
 マルクスは、エンゲルスの有名な『空想から科学へ』の「フランス語版(一八八〇年)へのまえがき」のなかで、この著作を「科学的社会主義の入門書」(全集⑲一八三ページ)とよんでいます。
 マルクス、エンゲルスが自称した科学的社会主義は、その後「マルクス主義」とよばれるようになり、さらにロシア革命を指導したレーニンの科学的社会主義の学説に対する理論上の貢献もあって、スターリンの時代に「マルクス・レーニン主義」とよばれるようになりました。
 科学的社会主義を理論的基礎とする日本共産党も、その例にならって科学的社会主義の呼称と併せて「マルクス・レーニン主義」という呼称も使ってきましたが、一九七六年の第一三回臨時大会で、「科学的社会主義」に一本化しました。その理由として、今日とは異なる事情のもとで述べられたマルクス、エンゲルス、レーニンの言説を金科玉条とすることは安易な保守主義であること、レーニンの死後世界の共産主義運動や革命運動は豊かな経験をしており、その教訓に学ばなければならないことが指摘されています。
 本講座では、マルクス、エンゲルスの学説を「マルクス主義」とよび、マルクス、エンゲルス以降レーニンをはじめとする革命的実践をつうじてより豊かになった「マルクス主義」を「科学的社会主義」とよんで、両者を区別して使用したいと思います。

 科学的社会主義の哲学は人類の知的遺産の集大成

 こうして日本共産党は従来の「マルクス・レーニン主義」の呼称を廃止して「科学的社会主義」に一本化すると同時に、科学的社会主義の学説を次のように規定しました。
 「この学説は、それまでに人類が生みだしたすべての価値ある知識の発展的な継承者であると同時に、歴史とともに進行する不断の進歩と発展を特徴としている」(『前衛』四〇〇号、五〇ページ)。
 この規定の後半部分は、科学的社会主義への呼称の変更理由につながるものとしてある意味当然といってよいでしょうが、前半の「人類が生みだしたすべての価値ある知識の発展的な継承者」という箇所は、科学的社会主義の学説にかんする日本共産党の独自の規定といえます。マルクス、エンゲルスは、自らの学説を「科学的社会主義」と称したものの「すべての価値ある知識の発展的な継承者」ととらえたことはありません。
 科学的社会主義をはじめて体系的な学説としてとらえようとしたのが、レーニンです。彼は「マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分」(レーニン全集⑲)という一九一三年の小論文で、マルクスの学説は「人類が十九世紀にドイツ哲学、イギリス経済学、フランス社会主義という形でつくりだした最良のものの正統の継承者」(同三~四ページ)ととらえました。さらに一九一八年グラナート百科辞典のために書いた論文「カール・マルクス」(レーニン全集)では、この考えを発展させ、「マルクスは、人類の三つのもっとも先進的な国に属する十九世紀の三つの主要な思想的潮流の継承者であり、天才的な完成者であった。この潮流とは、ドイツの古典哲学、イギリスの古典経済学、および一般にフランスの革命的諸学説とむすびついたフランス社会主義である」(同三七ページ)としています。
 このレーニンの規定からすると、科学的社会主義とは、ヘーゲルに代表される一九世紀のドイツ古典哲学、イギリス古典経済学、フランス社会主義の発展的な継承者ということにしかなりませんから、科学的社会主義の「哲学」とは、ドイツ古典哲学を発展的に継承したものということになるでしょう。またレーニン以外に科学的社会主義誕生の思想的系譜を述べたものも特に見当たらないように思えます。
 科学的社会主義の哲学とは、一般に弁証法的唯物論と史的唯物論とされています。日本共産党の規定によると科学的社会主義の哲学が、たんにドイツ古典哲学だけではなく、「それまでに人類が生みだしたすべての価値ある知識の発展的な継承者である」ことが事実に照らして証明されなければならないとともに、マルクス、エンゲルス、レーニン以降の「歴史とともに進行する不断の進歩と発展」の哲学であることもまた明らかにされなければならないことになるでしょう。
 それは言いかえると、まず第一に、二千六百年の哲学史を学ぶことをつうじて科学的社会主義の哲学が歴史上のすべての価値ある哲学の発展的な継承者であることが明らかにされなければならないことを意味しています。
 長い哲学の歴史のなかで、無数の哲学者が登場し、さまざまな見解を示しています。その知的遺産は、歴史のにかけられて、価値あるものは永遠の生命を保って現在まで生き残り、価値のないものは歴史のくず箱に捨てられ、消え去っていきました。現代にまで生き残っている哲学史上の価値ある知的遺産のすべてを、たんに継承するだけではなくて、発展的に継承したものが社会主義の哲学だというのです。それはまた科学的社会主義の哲学がレーニンのいうようなドイツ古典哲学のみの発展的継承者ではない、として消極的にレーニンの規定を否定していることにもなってくるのです。

 科学的社会主義の哲学の進歩・発展

 第二には、二〇世紀以降の社会主義をめざす諸国の動向を科学的社会主義の哲学にどう反映させ、「不断の進歩と発展」の哲学にするかの問題です。
 レーニン以降の社会主義をめぐる歴史は、文字どおり激動とよぶにふさわしいものでした。社会主義をめざす国は、一九一七年のソ連に始まり、第二次大戦を経て東欧全体に広がり、大戦後中国、ベトナム、キューバへと拡大し、それらの諸国で生活する人々は、一時は世界の人口の三分の一にも達しました。日本共産党第一三回臨時大会はこうした世界情勢のもとで、先に述べたような科学的社会主義の規定を採択したのです。
 しかし二〇世紀末にソ連、東欧は相次いで崩壊し、「社会主義崩壊論」の大合唱が生まれました。崩壊直前のソ連や東欧は社会主義とは無縁の存在でしたが、それでもこれらの諸国が出発時に社会主義をめざしていたことには間違いありません。したがってこれらの諸国の崩壊の原因の究明も含め、こうした歴史を科学的社会主義の学説、とくにその哲学からみてどう評価すべきなのかは大きな問題であり、その批判的総括のうえにその学説の発展もなされなければなりません。
 また二〇世紀末から始まった中南米の相次ぐ左派政権の誕生のなかから、「ソ連型社会主義」を否定して、新しい「二一世紀の社会主義」を展望する動きも出ています。これらの教訓を学ぶことをつうじて、科学的社会主義の哲学が「歴史とともに進行する不断の進歩と発展」の哲学であることを証明することが求められています。
 本講座が「哲学史の総括としての科学的社会主義の哲学」と題されているのは、大きくいって、この二つの目的を実現しようとするものです。


 二、未知への挑戦

 マルクス、エンゲルスの哲学史の研究

 ヘーゲルは生涯にわたって十回も哲学史を講義し、その総括のうえに自らの弁証法的論理学を確立しました。彼は「哲学史の研究こそ即ち哲学そのものの研究」(『哲学史』上六一ページ、岩波書店)であることを身をもって実践した人物です。
 マルクスもエンゲルスも、ヘーゲルの『哲学史』を深く研究するにとどまらず、自らの手で直接二千五百年におよぶ哲学の発展の歴史を学びつくそうとしました。
 マルクスは、ベルリン大学法学部に学びながら、哲学博士の学位をとった人物であり、二十三歳の博士論文が
「デモクリトスの自然哲学とエピクロスの自然哲学との差異」(全集㊵)というものです。この論文のなかで、マルクスは古代から近代までの哲学史を詳細に述べたヘーゲルの『哲学史』について、「そもそも哲学史は彼の哲学史から始まるものとすることができる」(同一八九ページ)として、それは「驚嘆に値するほど偉大で大胆な構案」(同)と高く評価しています。いかにヘーゲルの『哲学史』を深く学んだのかを理解することができます。またこの論文は、エピクロス(ヘレニズム時代)の原子論は古代ギリシアのデモクリトスの原子論をそのまま継承したものとするそれまでの定説を批判して両者の差異を論じたものであり、マルクスが古代哲学の歴史について該博な知識をもっていたことを証明するものとなっています。こうした古代哲学の研究のうえに、マルクスは「僕は古代の哲学者のうち彼(ヘラクレイトス――高村)よりも好きなのはアリストテレスだけだ」(「ラサールへの手紙」全集㊳四二七ページ)と語っています。
 さらにマルクスは、ヘーゲルのみならず近代哲学全体にも通じていました。マルクスとエンゲルスの最初の共著「聖家族」(全集②)のなかに、マルクスの執筆として有名な「フランス唯物論にたいする批判的戦闘」(同一三〇ページ以下)という箇所があります。そのなかでマルクスは近代哲学全体を視野のうちに入れながら、フランス革命を生みだしたフランス唯物論が、ベーコンに始まるイギリス唯物論(イギリス経験論)とデカルトの物理学に由来することを明らかにすると同時に、フランス唯物論は「直接に社会主義と共産主義とにそそいでいる」(同一三六ページ)ととらえています。このマルクスの唯物論の叙述は、後にエンゲルスが『空想から科学へ』の「英語版(一八九二年)への序論」(全集⑲五四五ページ)のなかで引用していることでも有名な箇所です。
 このようにマルクスは古代哲学のみならず近代哲学についても深い関心を寄せていましたが、朋友エンゲルスはそれ以上でした。というのも、マルクスが『資本論』の執筆に打ち込むようになってから、二人の任務分担によって、哲学の問題はもっぱらエンゲルスの肩にかかってきたからです。彼は『自然の弁証法』(全集⑳)のなかでヘーゲルの『哲学史』の一部を抜粋してノート(同四九六ページ以下)を作成しており、マルクス同様ヘーゲル『哲学史』を「最も天才的な著作のひとつ」(「シュミットへの手紙」全集㊳一七〇ページ)と高く評価しています。
 またエンゲルスは『空想から科学へ』の「序説」において、古代から近代に至る哲学史を大きく弁証法と形而上学の関係から総括して、古代哲学の弁証法から近代自然哲学の発展による形而上学へ、さらにドイツ古典哲学における弁証法の観念論的復活からマルクス、エンゲルスの唯物論的な弁証法への発展としてとらえており、彼が哲学史全般につうじていたことを示すものとなっています。それは「哲学の二五〇〇年にわたる発展の成果を身につけることを学んでこそ、……イギリスの経験論から受けついだ、それに固有な狭い思考方法からもぬけだすことができるであろう」(『反デューリング論』全集⑳一五ページ)との言葉にも示されています。エンゲルスは「哲学の二五〇〇年にわたる発展の成果を身につけ」たからこそ、近代哲学を画するイギリス経験論(イギリス唯物論)の固有の狭さもとらえることができたし、またそれを打ち破ることができたのだという自負がここに示されています。
 こうしてみてくると、マルクス、エンゲルス自身は古代哲学以来の全哲学史を研究してマルクス主義の哲学に生かしているのをみてとることができます。その意味でも、マルクス主義の哲学の源泉をドイツ古典哲学に限定することには問題があるように思われ、レーニンのとらえ方よりも日本共産党の「それまでに人類が生みだしたすべての価値ある知識の発展的な継承者」との規定の方が正しいのではないかを推測させるものとなっています。それをたんなる推測にとどめるのではなく、本講座で検証してみようというのです。

 未知への挑戦

 しかしそうなるとまた別の問題が生じてきます。古代哲学の最高峰をなすのが、プラトン、アリストテレスであることは衆目の一致するところです。ところがこれまで科学的社会主義の哲学におけるプラトンの位置づけは客観的観念論の一言で片付けられてしまい、そのなかに「価値ある知識」は何も存在しないかのように扱われてきました。またアリストテレスに至っては、マルクスが最も好きな哲学者に掲げているにもかかわらず、その功績について一言も触れられていません。
 因みにヘーゲルは、その『哲学史』のなかでプラトン・アリストテレスの功績を高く評価しているのみならず、『エンチクロペディー』の「第二版への序文」において「古いもの……が復活されねばならないとすれば、例えばプラトンが、そしてはるかに深い形でアリストテレスが与えているような理念の形態は、以上述べたようなものとは比較にならないほど想い起す価値を持っている」(『小論理学』上四九ページ)と述べています。そのうえでヘーゲルは、「それをわれわれの思想のうちに取り入れて明かにするという仕事は、単にそれを理解することを意味するにとどまらず、哲学そのものの進歩をも意味するからである」(同)としています。ヘーゲルは「第一版への序文」のなかで、この著作は「それが唯一の真実な、内容と同一な方法であることが認められることを私が期待しているような方法にしたがって哲学を革新しようとする」(同二〇ページ)ものだと語っています。したがって「第二版への序文」は、ヘーゲルがプラトン、アリストテレスを自己の哲学に取り入れることによって「哲学を革新」して、弁証法的論理学を確立したといいたいのです。いったいそれが何なのかも本講座で検討すべき重要な課題の一つとなります。
 科学的社会主義の哲学が、プラトンやアリストテレスから何も学んでいないとすれば、すべての人類の知的遺産の発展的継承者ということはできないでしょう。もし学んでいるというのであれば、プラトン、アリストテレスからヘーゲルが学んで「哲学そのものの進歩」をもたらしたものを含め、科学的社会主義の哲学として何を学び、発展させていったのかが明らかにされなければなりません。
 こうした問題も含め、本講座は「未知への挑戦」ということができます。本来なら哲学史の総括をつうじて、科学的社会主義の哲学が古代、中世、近代哲学におけるすべての知的遺産の発展的な継承者であることが証明されなければならないにもかかわらず、今日まで実際にはその結論のみが示されるにとどまっていました。
 この残された課題という「未知への挑戦」ですから、多くの困難が待ち受けているでしょうが、「哲学史の研究こそ即ち哲学そのものの研究」であるとすれば、この挑戦自体が科学的社会主義の哲学をより豊かなものに発展させることにつながると思われますので、それを信じて本講座を進めていきたいと思います。


 三、科学的社会主義の立場にたって哲学史をとらえる

 以上のような問題意識をもってこれから哲学史を学んでいくことになりますが、学ぶにあたって科学的社会主義の立場から二つの観点を貫きたいと思います。一つは、哲学史を真理認識の弁証法的発展の歴史としてとらえ、その知的遺産が真理を探究する科学的社会主義の哲学のうちにどのように生かされているのかの観点から哲学史を学ぶということであり、もう一つは、哲学を社会における上部構造の一つとして、土台である経済的諸関係との関係においてとらえるという唯物論の観点です。
 哲学史、とりわけ西洋哲学史については、古代から現代まで無数といってよいほどの著作があります。しかし残念ながらこの二つの見地を貫き、科学的社会主義の立場にたって二千六百年の哲学史を総括する哲学史はこれまで存在しませんでした。この二つの見地を貫くことによって、科学的社会主義の哲学が「人類が生みだしたすべての価値ある知識の発展的な継承者」であり、かつ「歴史とともに進行する不断の進歩と発展」の哲学であることを証明するのが本講座の課題となるのです。

 哲学史を真理認識の発展史としてとらえる

 エンゲルスは「反デューリング論への旧序文」のなかで、「思考にかんする科学(哲学――高村)は、他のすべての科学と同様に、一つの歴史的な科学であり、人間の思考の歴史的発展にかんする科学」(全集⑳三六一ページ)であって、論理的思考を「育ててゆくためには、従来の哲学を研究する以外のどんな手段もいままでのところではないのである」(同)と述べています。つまり哲学史を学ぶことによってのみ「人間の思考の歴史的発展」を知り、論理的思考を育ててゆくことができるというのです。
 哲学は、真理を探究する学問です。真理とは人間の思考(認識)が客観的事物と一致すること、つまり「思考と存在との同一性の問題」(エンゲルス『フォイエルバッハ論』全集㉑二八〇ページ)を意味しています。人類は真理を認識するために必要な思惟の諸形式を哲学史をつうじて作りあげてきました。それがいわゆる「論理学」といわれるものです。哲学の歴史は、より深い、より発展した真理を探究すると同時に、そのためのより発展した思考の諸形式をとらえていく歴史なのです。
 哲学史をはじめて真理認識の発展史としてとらえたのが、ヘーゲルの『哲学史』であり、マルクス、エンゲルスがそれを高く評価した理由もそこにあります。ヘーゲルは、これまでのすべての哲学は何らかの意味で否定され、反駁されてきたけれども、哲学史はけっして「さまざまの過ちの陳列場」(『小論理学』上二六五ページ)ではないといいます。「反駁」とは、その哲学を全否定して片づけてしまうことを意味するものではなく、その哲学を弁証法的に揚棄すること、つまり「その哲学の特殊の原理を理念的な契機へひきさげること」(同)によって、より高い、より普遍的な真理へと前進することを意味しているからです。
 その意味で哲学史は「人間の精神が犯したさまざまの過ちの陳列場ではなく、神々の姿のまつられてあるパンテオンに比すべきもの」(同)なのです。したがって哲学史上に残されている哲学は、何らかの相対的真理の粒をもっているのであって、いかなる哲学も否定されると同時に否定されないのです。否定されるのはその真理が究極のもの、絶対的規定だとされることであり、否定されないのはそこに含まれている相対的真理の粒なのです。私たちはすべての哲学を肯定と否定の両面から評価しないと、正当に評価することはできません。哲学の歴史は、こういう相対的真理の粒を一つずつ拾いあげ、積み重ねていく歴史ということができます。
 「従って最も後の、最も若い、最も新しい哲学は、最も発展した、最も豊富な、最も深い哲学だということである。この最後の哲学の中には、一見過去のものであるように思われるすべてのものが保存され、包含されておらねばならない」(『哲学史』上七四ページ)。
 これはヘーゲルが、自分の哲学を「最も新しい最後の哲学」であると宣言した文章です。ヘーゲルの『哲学史』は古代哲学に始まり、中世、近代の哲学を経て、ドイツ古典哲学のカント、フィヒテ、シェリングで終わっています。その後に登場したヘーゲルの哲学こそ最も新しい、最後の哲学だといいたいのです。しかしヘーゲルの死(一八三一年)後、すでに百八十年が経過し、その間にヘーゲル哲学を源泉の一つとして科学的社会主義が誕生しました。また科学的社会主義の創始者であるマルクスの死(一八八三年)から百三十年、エンゲルスの死(一八九五年)からも百二十年近くが経過しています。
 科学的社会主義の哲学が「人類が生みだしたすべての価値ある知識の発展的な継承者」であることを証明するためには、その後の現代哲学の発展をふまえてもなお科学的社会主義の哲学が真理を探究するうえで「最も発展した、最も豊富な、最も深い」哲学であり、二一世紀の現代においてもなお「最後の哲学」であることを証明しなければならないのです。これがなされてこそ、はじめて私たちは、科学的社会主義の哲学は真理探究の唯一の思考形式であり、「正しいので全能」(レーニン全集⑲三ページ)ということができるのであり、また私たちがほかならぬ科学的社会主義の哲学を学ぶべき理由もそこにあるということができるでしょう。
 レーニンは、「マルクス理論の道をすすめば、われわれはますます客観的真理に近づくであろう。……ところがそれ以外の道はどんな道をすすんでも、われわれは混乱と虚偽以外のなにものにも到達することができない」『唯物論と経験批判論』同⑭一六七ページ)といっていますが、これはレーニンの直観的感想にすぎないものであって、その結論は正しいとしてもその裏付けが求められることになります。
 本講座の全体をつうじて、科学的社会主義の哲学が、二千六百年の哲学史を総括する「最も発展した、最も豊富な、最も深い」真理探究の哲学ということができるのかを検証していきたいと思います。

 哲学史を史的唯物論の立場からとらえる

 史的唯物論では社会は構造をもっており、土台となるのは経済的諸関係であって、そのうえに政治的、法律的諸関係と社会的イデオロギーという上部構造が存在しているととらえます。
 土台と上部構造は相互に作用、反作用する関係にありますが、究極的に規定的要因となるのは土台である経済的諸関係となります。いうまでもなく哲学は社会的イデオロギーの一形態ですから、その時代を反映した時代の精神ともいうべきものです。
 ヘーゲルは「哲学史は世界史の核心である」(『哲学史』下の三、二〇二ページ)ととらえ、マルクスも「およそ真の哲学はその時代の精神的精髄である」(マルクス「『ケルン新聞』第一七九号の社説」全集①一一二ページ)としています。この観点を貫き、哲学史をたんにイデオロギーの歴史的発展としてのみならず、それぞれの時代を反映した時代の精神の歴史としてとらえていきたいと思います。特に重要なことは、私たちは哲学史をつうじて科学的社会主義の哲学を学ぼうとするものだということです。社会主義の思想は、冒頭にみたようにフランス革命の挫折のもとで、革命の精神を発展的に継承するものとして歴史上に登場しました。その社会主義思想を資本主義の発展のもとでの資本家階級と労働者階級との間の階級矛盾の激化と階級闘争の発展という土台のうえに、科学的な思想に発展させ、革命的理論にまで高めたのが科学的社会主義の学説です。その意味では科学的社会主義の学説は、資本主義のもつ矛盾をイデオロギーのうえに反映したものということができます。


 四、本講座の概説

 ここで本講座の概要を説明しておきます。第二講から第五講までは古代哲学です。古代哲学は世界の根源的存在を探る自然哲学に始まり、やがて自然(ピュシス)に対する人為(ノモス)の探究にむかい、ソクラテスの人間哲学に移行します。古代哲学で最も重要なのは、プラトン、アリストテレスであり、彼らによって弁証法、とりわけ理想と現実の統一が論じられ、アリストテレス哲学のもとで世界観としての哲学が確立されます。古代哲学は自由なポリスの集合体であったギリシアで発展したものですが、ヘレニズムの時代を経てローマ帝国の成立でポリスは解体し、ローマ帝国の圧制のもとでギリシア哲学の輝きは失われていきます。
 第六講は中世哲学です。ヘレニズム・ローマ時代の過渡期の哲学を経て、中世の哲学は封建制社会の主柱であったカトリック教会の「神学の侍女」となり、暗黒の時代を迎えます。人間哲学から神の哲学への移行です。
 第七講から第一二講は近代哲学です。一五世紀のルネッサンスと宗教改革により、「神からの脱却」による新たな哲学の発展が生まれます。歴史的区分としては封建制から資本主義への移行と資本主義の矛盾の顕在化の時代となります。
 近代は自我の確立、人間が自己を取り戻すことに始まり、「近代的自我の確立」によって、思考と存在とはどういう関係にあるのかという認識論への関心を高めます。そこからイギリス唯物論と大陸の観念論の対立を経て、フランス唯物論とドイツ観念論の対立が生まれます。
 フランス唯物論はフランス革命を準備すると同時に、その精神を引きつぐ社会主義・共産主義に直結するものとなりました。このフランス革命の影響のもとに、革命を理論的に総括し、理想と現実の統一を論じるドイツ観念論が誕生し、ヘーゲルの革命の哲学で完結することになります。ドイツ観念論のもう一つの産物が真理認識の最高の形式としての弁証法を復活させたことでした。認識論においてフランス唯物論が機械的自然観におちいっていたのに対し、ドイツ観念論はそれを批判し、ヘーゲル弁証法に結実することになります。
 こうした近代史をふまえ、その到達点としてのマルクス主義の弁証法的唯物論と史的唯物論が誕生しますが、それは同時に、古代、中世哲学の価値ある遺産をも継承・発展させるものでした。マルクス主義哲学によって唯物論の勝利は決定的となり、以後哲学は変革の立場にたつのかどうかが厳しく問われることになるのです。
 第一三、一四講は現代哲学です。世界最初の社会主義をめざしたロシア革命の指導者であったレーニンは、マルクス主義哲学の発展に貢献し、マルクス主義を科学的社会主義に発展させました。しかしそれ以外の現代哲学は、観念論の諸潮流の立場から科学的社会主義の哲学を批判し、攻撃はするものの、全体として消極的批判にとどまり、それにとってかわる新たな哲学は示せないままとなっています。
 第一五講はまとめです。科学的社会主義の哲学が、現代においてもなお「最も発展した、最も豊富な、最も深い」真理探究の哲学であることが哲学史の総括のうえに証明されなければなりません。
 さらに科学的社会主義の哲学が現代においてもなお「最後の哲学」であることを証明していると言いきるためには、ソ連・東欧の崩壊が提起した問題点をも発展の契機として取り込み、「歴史とともに進行する不断の進歩と発展を特徴としている」ことを示さなければなりません。その意味でまとめでは、現代の科学的社会主義の哲学が考えるべき新たな問題点を整理して提起し、今後の議論の素材になればと考えています。
  1. 2017/01/28(土) 16:27:07|
  2. 未分類

1967~68年の学生運動

頭巻言? 巻頭言 民進党を死滅させ、自共対決の時代(3年前の日本共産党第26回党大会決定の規定)を迎えよう。「4野党+市民の共闘」の欺瞞性。市民など何処にもいない、というより安倍政権を支持する市民が市民ではないという日本語がそもそも日本語でない。次に4野党など実質的に存在していない。社民党はコンマ以下の支持率、自由党に至っては0,1パーセントの支持率である。ゆえに比例ブロックで一人の候補者も立てられない。候補者擁立を初めから投げている泡沫政党に「野党共闘」を語る資格はない。だから共産党が言っている4野党とは、実質民進党と共産党との野合である。この野合は今度こそ絶対に成功しない。いや必ず失敗させなければならない。第二自民党政権はもうコリゴリである。野田は悪夢である。れんほうは土井たかこよりずっとお粗末である。

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   古本屋通信   No 2398    2017年  01月28日


      1967~68年の学生運動

 さいきん寒いので倉庫の片づけをしているが、発見された一冊の古本を取り上げる。

『スチューデント・パワー 世界の全学連ーーその底流 』  毎日新聞社 昭和43年8月1日初版


 1968年から1970年に懸けてが、所謂70年安保闘争の前段階闘争として、日本の新左翼運動が活気を呈した時代である。本書はその時代の入り口あたりで、ブル新聞として取材して単行本にした書物である。ざっと読んだが、後半で世界各地の学生運動を駆け足で紹介している他は、何も特別なことは書かれていない。

  ところが統計・資料として何点か年表などが掲載されている。当時の政治党派や全学連各派の勢力図などだが、これはすべて公安当局の資料を転載したものである。これが素晴らしい。なぜ素晴らしいか。(ここで見るかぎり)精確で作意がないからだ。これはまあ私はこれまでも取り上げて褒めたこともあった。だが今回はいままで取り上げていない資料を掲載する。最近の反日共系全学連の街頭闘争一覧(昭43・6・15現在 公安調べ)を紹介する。といっても手打ちだからポイントだけ、つまり 闘争の名前と動員数 だけを転載する。これによって70年闘争の前段階闘争に於いて、日本の新左翼トロツキズムに影響された街頭闘争の等身大の実力が分かるであろう。つまり過大評価してはならないし、過小評価してもならない。

  私自身の当時の受けとめ方についてひと言。1967年10月8日の三派全学連の第一次羽田闘争を私は高松市の電話交換手のアルバイトをしながらテレビで見た。私は大学4年で、民青の運動の一線から引いていた。しまった、ヤラレタと思った。それ以後2年間、負けはしなかったがトロツキストの春の時代がやってくるのだ。

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最近の反日共系全学連の街頭闘争一覧 (昭43・6・15現在 公安調べ) 

昭42・2・26 2・26砂川基地拡張阻止闘争 600人

5・26 5・26砂川基地拡張阻止闘争 1400人

5・28 5・28砂川基地拡張阻止闘争 3200人

6・9 砂川基地拡張阻止闘争(含 エンタープライズ寄港反対) 900人

6・30 佐藤首相訪韓阻止闘争 250人

7・9 7.9砂川基地拡張阻止現地闘争 2600人

9・7 佐藤首相訪台阻止闘争 400人

10・8 佐藤首相第二次東南アジア訪問阻止事件 (第一次羽田事件 山崎博昭君が死亡) 2500人

10・21 10・21ベトナム反戦(国際統一行動)闘争 10500人(うち東京3400人)

11・12 佐藤首相訪米阻止事件 (第二次羽田事件) 3300人

昭43・1・15 飯田橋事件 200人

1・17 平瀬橋事件 800人

1・18 1・18佐世保橋事件 750人

1・18 日比谷事件 300人

1・19 1・19佐世保橋事件 650人

1・19 外務省庁舎侵入事件 200人

1・21 1・21佐世保橋事件 400人

2・20 2・20王子闘争 870人

2・26 2・26成田事件 950人

2・27 2・27王子闘争 570人

3・3 3・3王子闘争 505人

3・8 3・8王子闘争 1550人

3・10 3・10成田闘争 1600人

3・28 3・28王子闘争 800人

3・31 3・31成田闘争 1000人

4・1 4・1王子闘争 630人

4・2 4・2王子闘争 480人

4・8 4・8王子闘争 490人

4・15 4・15王子闘争 810人

4・21 4・21ベトナム反戦闘争 1350人

4・26 4・26ベトナム反戦・沖縄闘争 8240人(うち東京3200人)

4・27 4・27沖縄闘争 3270人(うち東京730人)

4・28 4・28沖縄闘争 1870人(うち東京1310人)

5・1 第39回メーデー 3311人(うち東京1702)

5・13 5・13日米安保協議委再開反対統一行動(東京) 昼 910人 夜 740人

5・17 ベトナム反戦、沖縄奪還、教育三法粉砕統一行動 1100人

5・19 ベトナム反戦、反安保5・19市民集会 300人

5・23 教育三法粉砕デモ 250人

5・30 5・30ベトナム反戦沖縄闘争 4530人(うち東京2520人)

6・1 61ベトナム戦即時中止ベ平連行動 1100人

6・3 6・3全学連(社青同)無許可デモ 150人

6・7 6・7米機九大墜落抗議アスパック粉砕 5200人

6・14 6・15前夜行動 8250人(うち東京4150人)

6・15 615全国行動 13715人(うち東京9060人)


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  古本屋通信 

  感想だが、公安はよく実態を把握している。それとトロ派も三派全学連を結成してから頑張っている。この中で私が一番目を見張ったのは三派の佐世保闘争だ。長崎の片田舎だが、アメリカの原子力潜水艦エンタープライズが再三に渉って寄港した。なんと三派に佐世保市民の圧倒的な支持が集まったという。カンパは瞬く間に百万を超えた。後にも先にも中核派と解放派と社学同がこんなに支持されたことはなかったろう。この文脈の中で彼らは市街地から大学に戻り、やがて全共闘の構成部分として民青と対峙するようになる。

  誤解なきように断っておく。この時期に民青同盟と其の系列の全学連は統一行動をサボっていたわけではない。公安もちゃんと把握していただろう。しかしブル新聞は悪意をもって全てを無視した。ブル新には社学同・藤本や中核派・秋山の名前は載るが、民青系全学連・田熊の名前は絶対に載らなかった。いくら数千人規模の統一行動とデモをしても、ブル新は一行も報道しなかった。われわれはこれを不当なこととは考えなかった。ブル新に掲載されるようになったらオワリだと思っていた。

 ブル新が無視しても公安当局は精確に実態を把握していた。同じ資料に拠る各派全学連の自治会数を掲載しておこう。

(加盟・結集自治会数)

代々木系全学連 316自治会(正式加盟 91大学 205自治会)

革マル派全学連 22自治会 (決して多くはないが、50年近く経過した今日でも、当時の殆どの大学でいまも影響力を失っていない。革マル派に敬意を表して、当時の加盟自治会を転載しておこう。早稲田大(一文、一商、二文、二商)、学習院大(文、理)、国学院大(一部、二部)、日本女子大、国際基督教大、岐阜大(農、工)、愛知大(豊橋一、二部)、金沢大(文)、福岡教育大、熊本大(教育)、熊商大、鹿児島大(教養、文理、教育、水産)

中核派全学連 27自治会

4トロ派 2自治会

社青同解放派 11自治会

社学同(反帝全学連) 32自治会

社青同協会派と構造改革派(江田派) 知るかぎり後者はない。九州の佐賀大と大分大に向坂の足跡がわずかに残るだけである。 5自治会

構造改革派フロント 17自治会

構造改革派民学同(共産主義労働者党の影響下) 14自治会 阪大と大阪市大と岡山大が中心。尚、日本のこえの学生組織も民学同だが、こちらが自治会を握っていたケースを私は知らない。

日共左派 1自治会 花園大となっている。いわゆる毛沢東派だが、大学への影響力はまったくなかった。中国毛派の影響力があるとすれば、社学同の一派への影響だけだったろう。それと、連合赤軍の片割れの京浜安保共闘なる自称「革命左派」だが、私は今もってこの組織が分からない。毛派ではなくブントの末裔のブランキストだと思っている。永田洋子のような女はこの派の行きつく当然の終末だと思う。だから私はブント(社学同)系列を左翼と見做さないのだ。因みに私はブント各派が連赤事件をわが事として総括している文を読んだことがない。すべて他人事である。そういうのは左翼と呼ばない。保守に合流したマル青同とブント戦旗派を見よ!


  尚、公安の資料では、党派の影響下にない、全学連の傘下に入っていない自治会を299挙げている。私はこれがよく分からない。例を上げれば、早稲田(一理工)、日本大(法、文理)、上智大、関西大(文、商、工、社)、近畿大(法、商、薬、農、二部)などはノンポリまたは右翼体育会系だったのは分かるが、大阪大(経、薬、歯、基礎工)、横浜市立大(医)などはよく分からない。たぶん星雲状態の自治会だったのだろう。まあ日大的だったんだろうな。 
  1. 2017/01/28(土) 06:22:44|
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きょうの赤旗見出し???

巻頭言? 巻頭言 民進党を死滅させ、自共対決の時代(日本共産党第26回党大会決定)を迎えよう。「4野党+市民の共闘」の欺瞞性。市民など何処にもいない、というより安倍政権を支持する市民が市民ではないという日本語がそもそも日本語でない。次に4野党など実質的に存在していない。社民党はコンマ以下の支持率、自由党に至っては0,1パーセントの支持率である。ゆえに比例ブロックで一人の候補者も立てられない。候補者擁立を初めから投げている泡沫政党に「野党共闘」を語る資格はない。だから共産党が言っている4野党とは、実質民進党と共産党との野合である。この野合は今度こそ絶対に成功しない。いや必ず失敗させなければならない。第二自民党政権はもうコリゴリである。野田は悪夢である。れんほうは土井たかこよりずっとお粗末である。
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  古本屋通信   No 2397    2017年  01月27日


     きょうの赤旗一面の見出し???

    
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     更新日時 : 2017/01/27   06:42



  たったいま赤旗一面の見出しを一瞥して違和感を持った。それを書いておく。

 「日米同盟第一」 根本から見直しを  「米国第一」とは最悪の組み合わせ 志位委員長が会見

 これはトランプが「米国第一」と言ったのに対して、日本の安倍政権が「日米同盟第一」とトランプに応じた、それがケシカランという意味だろうと思って、赤旗の記事全文を読んでみた。おや? 引用はしないが、書かれている範囲では、安倍本人も閣僚もそんなことは言っていない??? 言っていないが、日ごろの言動から見て「日米同盟第一」 に違いないから、トランプ発言に引っ掛けて先回りして安倍を批判したとも受け取れる。好意的に解釈すればそうだろう。しかしトランプが言ったことに対して、安倍が言っていない事まであげつらって非難しても説得力はなかろう。これが額面どおりの志位会見の評価だ。

  しかし志位会見のトンデモ性は別のところにある。いったい日米同盟って何だ? 日米安全保障条約のことではないのか? 日米軍事同盟条約のことではないのか? 志位はなぜ日米安保条約のことをはっきり口に出して言わないで、「日米同盟」などという言葉を使うのか?

 いまや日本共産党にとって日米安保条約を口にすることは殆どタブーになっている。日米安保条約反対ではないかのようにさえ見える。日米安保条約反対だと、4野党共闘が成立しないからだ。だから 「日米同盟第一」根本から見直しを などという寝惚けたスローガンをデッチアゲざるを得ない。

  はっきりとこう言い換えるべきである。いまこそ対米従属の日米安全保障条約を廃棄すべきときである。トランプ政権に対して、日本政府は廃棄通告を出せ、と。
  1. 2017/01/27(金) 07:33:33|
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引き続いて「初めての選挙」 さん

巻頭言? 巻頭言 民進党を死滅させ、自共対決の時代(日本共産党第26回党大会決定)を迎えよう。「4野党+市民の共闘」の欺瞞性。市民など何処にもいない、というより安倍政権を支持する市民が市民ではないという日本語がそもそも日本語でない。次に4野党など実質的に存在していない。社民党はコンマ以下の支持率、自由党に至っては0,1パーセントの支持率である。ゆえに比例ブロックで一人の候補者も立てられない。候補者擁立を初めから投げている泡沫政党に「野党共闘」を語る資格はない。だから共産党が言っている4野党とは、実質民進党と共産党との野合である。この野合は今度こそ絶対に成功しない。いや必ず失敗させなければならない。第二自民党政権はもうコリゴリである。野田は悪夢である。れんほうは土井たかこよりずっとお粗末である。
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  古本屋通信   No 2396    2017年  01月26日
 

  引き続いて「初めての選挙」 さんのサイトから

 中国5県では「野党共闘」はひとつもあり得ない。かりに民共一本化があったとしても、勝つ可能性は殆んどゼロである。共産党が候補者を降ろして民進党候補を統一候補として推すならば、古本屋通信は及ばずながら全力を挙げてそれを阻止するであろう。その場合は中国ブロック候補の大平喜信の再選を阻止する選択に繋がらざるを得ないことをここに表明しておきたい。志位委員長のハッタリ(まるで野党共闘すれば勝てるかのような意識的なデマの垂れ流し)に惑わされることのないようにお願いします。


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  第48回衆院選 岡山、鳥取、島根選挙区情勢予想

  次期衆院選の情勢予想です。本日は岡山県、鳥取県、島根県の予想。

中国地方は自民党の地盤が強い地域であり、前回衆院選では3県とも自民党が全勝(次世代の党から出馬して自民党に復党した平沼氏を含む)

参院選でも合区になった鳥取・島根で危なげなく勝利し、岡山でも民主党の重鎮であった江田五月氏が引退したことで自民党が議席を取り返した。


岡山県

岡山1区
岡山市北区(2区に属しない地域)・南区(2区に属しない地域)、加賀郡(旧加茂川町域)が選挙区。
自民党の逢沢一郎氏が固い地盤を築いており、小選挙区制導入以降は全勝。
前回も維新の党から出馬した高井崇志氏に対して約34000票の大差をつけた。
高井氏は民進党に合流して再び挑戦するが、逢沢氏に勝つのは難しいだろう。
逢沢氏が確実に勝利すると予想。

岡山2区
岡山市北区(中原、祇園、後楽園、牟佐)・中区・東区(旧瀬戸町域を除く)・南区(児島半島の地域及び旧灘崎町域)、玉野市、瀬戸内市が選挙区。
小選挙区制導入当初は自民党の熊代昭彦氏が連勝を重ねていたが、熊代氏が郵政民営化法案で造反したことで2005年に公認を得られず。
熊代氏に代わり当時岡山市長だった萩原誠司氏が出馬するも、民主党の津村啓介氏に敗れ、2009年も熊代氏、萩原氏が揃って出馬するも、再び津村氏に敗れた。
しかし民主党政権の失敗で逆風に晒されたことにより、2012年と2014年では自民党の山下貴司氏が連勝。津村氏は2回とも比例復活に甘んじている。
今回も山下氏と津村氏の一騎討ちになると予想される。
前回は山下氏が約15000票差で勝利したが、共産党も同じくらいの票を獲得しており、野党票が一本化されれば接戦になるのは間違いない。
しかし中国地方において民進党の党勢回復の気配はなく、津村氏も以前の勢いはない。
逆転するほどの材料は見当たらず、山下氏が競り勝つと予想。

岡山3区
津山市、備前市、赤磐市、真庭市(旧北房町域を除く)、美作市、岡山市東区(旧瀬戸町域)、和気郡、真庭郡、苫田郡、勝田郡、英田郡、久米郡が選挙区。
保守派の重鎮である平沼赳夫氏の地盤であり、小選挙区制導入以降は全勝。
前回は次世代の党から出馬し、自民党の阿部俊子氏を破った。
しかし平沼氏はその後自民党に復党。
すでに年齢が70後半になる平沼氏は議員生活の最後を自民党で終えたいとのことから自民党に復党したとのこと。
よって今回はおそらく出馬せず引退するだろう。
自民党は再び阿部氏が出馬すると予想され、平沼氏の票もある程度乗ることで危なげなく勝利するだろう。
民進党は候補者を擁立できておらず、ここは共産党の尾崎宏子氏が野党候補として立つ可能性がある。

岡山4区
倉敷市(旧船穂町・真備町域を除く)、都窪郡が選挙区。
かつては総理大臣を務めた橋本龍太郎氏の地盤であったが、金銭スキャンダルにより出馬を取りやめて息子の橋本岳氏に地盤を譲った2005年は民主党の柚木道義氏に選挙区を奪われた。
柚木道義は2009年でも勝利して連勝するが、最近2回は再び橋本岳氏が取り返している。
前回は橋本氏が約16000票差で柚木氏に勝利。
共産党は前回約13000票を獲得しているが、候補者を取り下げても票数では橋本氏には届かない。
共産党の候補者取り下げにより前回よりは接戦になると予想されるが、橋本氏が再び勝利すると予想。

岡山5区
笠岡市、井原市、総社市、高梁市、新見市、真庭市(旧北房町域)、倉敷市(旧船穂町・真備町域)、、浅口市、浅口郡、小田郡、加賀郡(旧賀陽町域)が選挙区。
自民党の地盤区であり、小選挙区制導入当初は村田吉隆氏が、2009年以降は加藤勝信氏が勝利を重ねており、自民党としては負けなし。
前回は民主党が候補者を立てることができず、加藤勝信氏は共産党の候補相手に約78000票差で大勝した。
民進党は今回新人の加藤高明氏を擁立するが、自民党鉄板区の岡山5区では勝負にならないだろう。


鳥取県

鳥取1区
鳥取市、倉吉市、岩美郡、八頭郡、東伯郡三朝町が選挙区。
次期総理候補の一人とも言われる自民党の石破茂氏の地盤区であり、小選挙区制導入以降は全勝。
最近2回は民主党が候補者を擁立することもできないという揺るぎない強さを見せており、今回も民進党は候補者擁立の目途が立っていない。
今回も石破氏と共産党の塚田成幸氏が対決する無風区となり、石破氏が圧勝すると予想。

鳥取2区
米子市、境港市、東伯郡湯梨浜町・琴浦町・北栄町、西伯郡、日野郡が選挙区。
自民党が強い中国地方では珍しく、与野党が毎回接戦を繰り広げている選挙区となっている。
しかし結局はほとんどの選挙で自民党が勝利。最近は自民党の赤沢亮正氏が4連勝している。
民主党旋風が吹き荒れた2009年でも僅差で議席を守った赤沢氏の強さは本物で、最近2回は民主党の湯原俊二氏に対していずれも30000票近い大差をつけて圧勝。
今回も赤沢氏が確実に勝利すると予想され、湯原氏は共産党に候補者を取り下げてもらい票を乗せてもらうことで比例復活枠に滑り込むことが目標だろう。


島根県

島根1区
松江市、安来市、雲南市(旧大原郡域)、出雲市(旧平田市域)、仁多郡、隠岐郡が選挙区。
細田家の地盤であり、小選挙区制導入以降は自民党の細田博之氏が盤石の強さで全勝している。
民主党旋風が吹き荒れた2009年でさえ40000票以上の大差で圧勝。それ以外の年ではほぼダブルスコアかそれ以上の差で大勝している。
今回民進党はみどりの風の幹事長や国民新党の政調会長などを歴任した亀井亜紀子氏を擁立するが、細田氏に勝つのはほぼ不可能だと思われる。

島根2区
浜田市、出雲市(旧平田市域を除く)、雲南市(旧飯石郡域)、益田市、大田市、江津市、飯石郡、邑智郡、鹿足郡が選挙区。
自民党の竹下登元首相の地盤であり、2000年以降は弟の竹下亘氏に地盤が引き継がれ、全勝している。
最近2回は2位にトリプルスコアに近い差で連勝しており、今回も民進党は候補者を擁立する気配はなし。
共産党の向瀬慎一氏との勝負になりそうで、今回も竹下氏が圧勝すると予想。


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  第48回衆院選 広島、山口選挙区情勢予想

次期衆院選の情勢予想です。本日は広島県、山口県の予想。
両県とも保守が強い地盤であり、近年は衆院選、参院選ともに自民党が圧勝している。
前回も元自民党の亀井静香氏が土をつけただけで、残りは全て自民党が勝利した。


広島県

広島1区
広島市中区・東区・南区が選挙区。
現在外務大臣を務め次期総理候補の一人と言われている岸田文雄氏が祖父の代からの地盤を引き継いでおり、小選挙区制導入以降は全勝。
前回は維新の党の候補に対して4倍近い大差をつけて圧勝した。
今回も民進党は候補者を擁立できておらず、岸田氏の勝利は確実。
自由党が菅川洋氏、共産党が大西理氏を擁立する予定だが勝負にならないだろう。

広島2区
広島市西区・佐伯区、大竹市、廿日市市、江田島市(旧能美町・沖美町・大柿町域)が選挙区。
保守が強い広島県の中で、比較的野党が健闘している区になっている。
最近5回は自民党の平口洋氏と民主党の松本大輔氏が争っており、ここまで平口氏の3勝2敗。
今回は6度目の対決となる。
最近2回は平口氏が連勝しており、前回は約25000票差で勝利。
また日本維新の会は参院選に二度挑戦して健闘した灰岡香奈氏を擁立。
美人候補として一部に人気の灰岡氏が出ることで、野党票も割れるため、さらに平口氏が有利になる。
前回約16000票を獲得した共産党の票が全て松本氏に乗ったとしても追いつけず、今回も平口氏が勝利すると予想。
松本氏と灰岡氏は比例復活を目指し、少しでも惜敗率を上げたい戦いになる。

広島3区
広島市安佐南区・安佐北区、安芸高田市、山県郡が選挙区。
小選挙区制導入当初は自民党の河井克行氏と新進党出身の増原義剛氏が接戦を繰り広げていた選挙区だが、増原氏が自民党に入党して以降はコスタリカ方式となり2003年では増原氏、2005年では河井氏が当選。
その後2009年では民主党旋風により増原氏は敗れ政界を引退。
2012年からは自民党の候補者が河井氏に一本化され、再び自民党が議席を取り返している。
前回河井氏は2009年に増原氏に勝利した民主党の橋本博明氏に対して約19000票差で勝利。
元職の橋本氏も健闘しているが、最近2回は比例復活も果たせず、2015年には酒気帯び運転で摘発されるという不祥事を起こし、民主党を離党した。
民進党は空白になった選挙区を埋められておらず、今回も河井氏が盤石の情勢
日本維新の会は今枝仁氏を擁立するが勝利するのは厳しく、2区の灰岡氏との比例復活争いになると思われる。

広島4区
広島市安芸区、東広島市(旧安芸津町域を除く)、三原市(旧大和町域)、安芸郡が選挙区。
小選挙区制導入当初は自民党の中川秀直氏が圧勝を続けていたが、2009年に民主党旋風の追い風を受けて、民主党の空本誠喜氏が初めて中川氏を破った。
しかし中川家の地盤が息子の中川俊直氏に引き継がれると、最近2回は再び中川氏が圧勝。
2012年に父が敗れた空本氏に対してダブルスコアに近い大差で勝利すると、前回は民主党は候補者を擁立することもできず、次世代の党の中丸啓氏に対してトリプルスコア以上の大差をつけた。
今回民進党は新人の恵飛須圭二氏を擁立するが、中川氏の地盤を前には勝ち目は薄いだろう。
中川氏が危なげなく圧勝すると思われる。

広島5区
呉市、竹原市、三原市(旧本郷町域)、東広島市(旧安芸津町域)、尾道市(旧瀬戸田町域)、江田島市(旧江田島町域)、豊田郡が選挙区。
元首相の池田勇人氏の娘婿である池田行彦氏が小選挙区制導入当初は連勝を続けており、池田氏が亡くなった後は池田氏の娘婿である寺田稔氏に地盤が引き継がれている。
寺田氏は2009年には敗れたものの最近2回は圧勝。
前回は民主党が候補者を立てることができておらず、今回も目途が立っていない。
寺田氏が圧勝すると予想。

広島6区
三原市(旧本郷町・大和町域を除く)、尾道市(5区に属さない区域)、府中市、三次市、庄原市、世羅郡、神石郡が選挙区。
保守王国ではあるが亀井静香氏の地盤でもあり、亀井氏が郵政民営化投票の造反で自民党を離党した後も勝ち続けている。
郵政選挙ではホリエモンこと堀江貴文氏を刺客に送られたり、最近2回は自民党の小島敏文氏に詰め寄られるなど危うい選挙もあったが、国民新党や未来の党、無所属と主要政党には所属しないながらも競り勝っている。
今回も自民党の小島氏と無所属の亀井氏という対決になると思われるが、自由党も佐藤公治氏を擁立予定。
もし自由党が候補者を降ろさなければ野党票が割れ、さらに接戦になる可能性がある。
しかし広島県において自由党がそれほど集票力があるとは思えず、影響は限定的だろう。
今回も亀井氏が持ち前の強さを発揮して競り勝つと予想。

広島7区
福山市が選挙区。
元首相である宮澤喜一氏の地盤であり、2000年からは甥の宮澤洋一氏に地盤が譲られて連勝を続けていた。
しかし2009年に民主党の和田隆志氏に敗れて落選すると宮澤氏は参院に転出。
その後2012年からは自民党の小林史明氏が選挙区を奪い返している。
前回小林氏は民主党の村田享子氏に対してダブルスコア以上の大差で圧勝。
民進党は今回新人の佐藤広典氏に候補者を差し替えるが、自民党の地盤を崩すのは至難の業だろう。
小林氏が危なげなく勝利すると予想。


山口県

山口1区
山口市(旧阿東町域を除く)、周南市(旧徳山市・新南陽市・鹿野町域)、防府市が選挙区。
自民党の高村正彦氏が強固な地盤を築いており、小選挙区制導入以降は全勝。
前回は民主党が候補者を擁立せず、高村氏は維新の党の高邑勉氏に対してトリプルスコアの大差で圧勝。
今回も民進党は候補者を擁立できておらず、共産党の五島博氏との対決になるか。
高村氏が大差で圧勝すると思われる。

山口2区
下松市、岩国市、光市、柳井市、周南市(旧熊毛町域)、大島郡、玖珂郡、熊毛郡が選挙区。
保守王国の山口県の中では比較的自民党が弱い地域で、たびたび民主党の平岡秀夫氏が勝利していた。
しかし最近2回は自民党の岸信夫氏が平岡氏に対して大差で連勝しており、平岡氏は2014年に落選した後、政界を引退。
民進党はまだ後継候補を決められておらず、共産党は松田一志氏を擁立するが、岸氏が危なげなく勝利すると予想。

山口3区
宇部市、萩市、山陽小野田市、美祢市、山口市(旧阿東町域)、阿武郡が選挙区。
強固な保守地盤であり、小選挙区制導入以降は自民党の河村建夫氏が全勝。
最近2回は民主党の候補相手にトリプルスコア以上の大差で連勝しており、今回は民進党が候補者を擁立できていない。
共産党が藤本一規氏を擁立予定だが、河村氏が圧勝すると予想。

山口4区
下関市、長門市が選挙区。
安倍晋三首相の地元であり、地盤区。小選挙区制導入以降いずれも危なげなく全勝しており、一度も相手に比例復活を許していない。
民主党に強力な追い風が吹いていた2009年でさえ、ダブルスコアで圧勝しており、典型的な無風区となっている。
民進党は前回候補者を立てられず、今回も擁立する気配はない。
共産党の西岡広伸氏との対決になると思われるが、安部首相が圧勝するだろう。
  1. 2017/01/26(木) 09:34:10|
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藤野保史・常任幹部会残留記念

巻頭言? 巻頭言 民進党を死滅させ、自共対決の時代(日本共産党第26回党大会決定)を迎えよう。「4野党+市民の共闘」の欺瞞性。市民など何処にもいない、というより安倍政権を支持する市民が市民ではないという日本語がそもそも日本語でない。次に4野党など実質的に存在していない。社民党はコンマ以下の支持率、自由党に至っては0,1パーセントの支持率である。ゆえに比例ブロックで一人の候補者も立てられない。候補者擁立を初めから投げている泡沫政党に「野党共闘」を語る資格はない。だから共産党が言っている4野党とは、実質民進党と共産党との野合である。この野合は今度こそ絶対に成功しない。いや必ず失敗させなければならない。第二自民党政権はコリゴリである。野田は悪夢である。れんほうは土井たかこよりずっとお粗末である。
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  古本屋通信   No 2395    2017年  01月26日
 

 第27回党大会・藤野保史常任幹部会残留記念特集・「防衛費(自衛隊予算)は人殺し予算である」発言激賞・特別再録

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    更新日時 : 2017/01/26   06:42


 7ヶ月まえの記事をここに再録する。今大会に於いて、本来藤野は小池に代わって書記局長に選ばれるべきであった。しかし坂井希が幹部会委員長に選ばれなかったように、機はまだ熟していなかったのだ。だが事前に一部で心配された藤野の「処刑」は遂に実行されなかった。それを記念して私の過去記事を再録する。ここには「事件」直後の党指導部の生々しい遣り取りがヴィヴィッドに活写されて、読む者は目を見張るだろう。

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    再録

   
古本屋通信     No 2013   6月29日

   藤野保史(やすふみ)政策委員長の更迭を検証する 

 一瞬わが目を疑った。まさか、まさかである。藤野のどこが誤りだったのか。どこが党の方針と異なる誤った発言だったのか。いったいどこが自衛隊員を傷つけたのか。そういう個所はまったく見当たらない。あるのは志位執行部の選挙方針にとってマズかったと、執行部がそう見做したという理由だけだ。現在の党綱領を擁護する立場に立っても、藤野は何ら誤っていない。当面の選挙において今回の辞任は(執行部の思惑とは反対に)こころある有権者の党に対する信頼を決定的に裏切るだろう。その結果として党の支持票はおそらく百万票単位で激減するだろう。これが藤野政策委員長更迭の負債である。血をもって賄わねばならない。これとは反対に、党が俗論に惑わされることなく断固として藤野政策委員長を守り切っていたならば、党に対する信頼は強固になり、当面の選挙に勝利していたであろう。いずれにせよ結論は選挙投票日の7月10日に出る。私は志位執行部に抗議の意を籠めて、比例区で日本共産党に投票しないことを表明しておく。田村智子さん、約束違反でごめんなさい。

 (  )内の赤文字が古本屋通信のコメントである。


 共産・藤野政策委員長辞任 「人殺すための予算」発言で
 2016年6月28日22時59分  朝日新聞デジタル
  共産党の藤野保史(やすふみ)政策委員長(46)は28日、防衛予算について「人を殺すための予算」と発言した責任を取り、政策委員長を辞任した。藤野氏は記者会見で「党の方針と異なる誤った発言で、結果として自衛隊のみなさんを傷つけたことを深く反省し、国民のみなさんに心からおわび申し上げる」と述べた。同委員長は当面、小池晃書記局長が兼任する。
 防衛予算「人を殺すための予算」 共産・藤野氏が撤回
 藤野氏は26日のNHKの討論番組で、防衛費が2016年度当初予算で5兆円を超えたことなどを指摘した際、「人を殺すための予算ではなく、人を支え、育てる予算を優先していく」と発言。同日夕には党広報部を通じて「不適切であり取り消す」との文書を出し、発言を撤回したが、自民、公明両党の批判の的となった。安倍晋三首相は26日、甲府市での演説で「自衛隊に対する最大の侮辱だ」と指摘した。公明の山口那津男代表は28日、新潟市の演説で「血も涙もない共産党に、人々の命や財産を任せるわけにはいかない」と指摘した。
 藤野氏は衆院当選1回。今年4月、政策委員長に抜擢(ばってき)されたばかりだった。党関係者は「火が広がりすぎ、どうしようもなくなった」と話した。


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  産経新聞詳報    産経新聞詳報    産経新聞詳報

古本屋通信のコメントを随所( )内に赤字で付すことにした。


  【共産「人殺す予算」発言】 2016.6.29 00:17
 
藤野保史政策委員長辞任会見  詳報
  「人を殺す予算」は誤り  党の方針と異なる


「防衛費は人を殺す予算」と発言したことに対して、政策委員長の辞意を表明し謝罪する共産党の藤野保史政策委員長。右は小池晃書記局長=28日午後、渋谷区・日本共産党中央委員会(納冨康撮影)

 共産党の藤野保史政策委員長は28日夜、党本部で緊急の記者会見を行い、NHK番組で防衛費について「人を殺すための予算」と発言した責任を取り、政策委員長を辞任した。政策委員長を兼務することになった小池晃書記局長も同席した記者会見の詳報は次の通り。

 藤野氏まず私からコメントを読む。NHK討論で、軍事費について『人を殺すための予算』と述べたことについて、多くの方々から厳しい批判をいただいた。この発言は、わが党の方針と異なる誤った発言で、結果として自衛隊の皆さんを傷つけるものともなってしまった。深く反省し、国民の皆さんに心からおわび申し上げる
 「あわせて選挙をともに戦っている野党共闘の関係者の皆さん、支持者と党員の皆さんに多大なご迷惑をおかけしたことをおわびする。発言は撤回したが、党の方針と異なる発言をしたことは政策委員会の責任者として極めて重大であり、責任をとってこの職を辞したいと考える」

 小池氏藤野さんの深い反省と辞任の申し出を尊重して、本日、常任幹部会として藤野政策委員長の職を解くことを決めた。合わせて当面私が政策委員長の代行を務めることも決めた。党としても国民の皆さんに心からおわびを申し上げる


(党の云う事実経過については、百人が百人だれも信用ないだろう。常幹のうち誰ひとり藤野が間違った発言をしたと言うものはいなかっただろう (この傍証として常幹ではないが党中央委員でもある熊本県委員長と佐賀県委員長の産経新聞に掲載されたコメントを貼っておく。これが平均的な党幹部の見方であり、常幹メンバーと大差あろうはずがない)。議論の中心はコレで選挙が戦えるか否か、突っ張るか、それとも折れるか、いずれが選挙に有利か、それだけが問題だったのだ。常幹といっても選挙中ゆえ会議を開いた訳ではない。大半のメンバーは議論を投げて態度を表明せず、志位と小池に一任しただろう。そのほうが後(ポスト志位)がやり易いからだ。2人は藤野に詰め腹を切らせる線で合意した。藤野は抵抗せずアッサリ呑んだ。利口なのだ。あとのセルフは藤野が全部自分で考えて草稿を書いた。それを小池が了承した) 

「不用意な発言だったが、誤解だ。言葉尻をとらえての攻撃には断固反対だ」(熊本県委員会・日高伸哉委員長
「言葉足らずだったかもしれないが、発言に問題は全くない」(佐賀県委員会・今田真人委員長



 --藤野氏は今日、辞表を提出したのか 

 藤野氏今朝、指導部に辞任を申し入れた

 小池氏常幹については今日、選挙中なので持ち回りの形で

 --指導部というのは志位和夫委員長だけなのか。小池氏の代行とは

 藤野氏私から志位委員長に辞任を申し入れた

 (以上は草稿どおり)


 小池氏代行というのはまさに代行だ。当面、兼任をする

 --党本部に来た抗議の数は

 藤野氏具体的な数は把握していないが、かなり多数の電話やメールが寄せられた。多くは批判だ

(批判は多くなかった。ネトウヨ系列ばかり。それもそのはず。すでに発言を取り消しているのだから、自公両党支持者も抗議しようがないだろう。半数以上は党内外からの激励であった。「ちっとも間違っていない、がんばれ」と)


 --藤野氏の発言をめぐっては、志位委員長が「注意をした」「解決済みだ」と言っていたが

 藤野氏注意を受けて、自分でさらに考えて、その後のさまざまな批判もあったので、自分で判断した

 --今回の発言が参院選に与える影響については

 藤野氏ともに戦っている野党共闘の関係者の皆さんにも大変なご迷惑をかけたと思っている。また、支持者や党の皆さんにも本当に申し訳ない影響を与えたと思っている。それが今回の判断につながった

 (草稿どおり)


 --26日のNHK番組では、他党の方から「撤回した方がいいのではないか」という指摘もあった中、沈黙していた。重大だという認識に至ったのはなぜか

藤野氏その場で撤回すべきだったと思っている。党の方針と全く異なる発言なので、その場で撤回すべきだった。それができなかったことを含めて責任を感じて、政策委員長を辞する判断をした

(その時も、今も間違ったことを言ったという認識はゼロだから、撤回などしようがない。ただ、党の方針と異なる云々は今でも絶対にありえないと思っているが、結論の辞任が先にありきだから、落としどころはコレしかない。その点では3人で一致した)


 --そもそもどうしてあのような発言をしたのか

 藤野氏私たちは5兆円を超える軍事費全てが問題だということではなく、海外派兵用の予算を削って暮らしに回せという主張をしている。軍事費の全部を削れとは言っていないが、私の発言は『全部がダメだ』という趣旨になってしまった。これは党の方針と明確に異なる発言だ

(ホントのことだから、思った通りを喋ったまでだ。党の方針と異なる発言ではまったくないが、党の方針と明確に異なる発言だという事にしないと収まりが付かないから、そうしたまでだ)


 --藤野氏は国会議員になって長い年月ではない

 藤野氏そういう意味では、そのことも含めて、責任を感じて今回の決断をした

(出る釘は打たれるという事だろう。若いから何度でもやり直しが効く。出来れば後はサブの宮本さんか、畠山さんにやって欲しかった)


 --政策委員長は空席か

 小池氏政策委員長の代行をするわけだから、政策委員長は私ということになる。当面。書記局長と兼任

 --参院選への影響は

 小池氏今後の参院選での戦いは頑張るしかない。その一言に尽きる

 --発言による影響は

 小池氏 そういったことも含めてこういった形で重い判断を受け止めて。全力を尽くして頑張るしかない

 --発言の内容そのものを問題視したのか。それとも参院選への影響を重視したのか。表現の仕方の問題だったという気もするが、どこが不適切だったか

 藤野氏防衛費全体が削減の対象ではなく、そのうちの専守防衛ではないような海外派兵型の部分について削減して暮らしにまわすべきだと主張している。私の発言はそうした党の方針と全く違う趣旨になっている。中身が問題だ

(こういう理屈で通すという事だが、実際の防衛費は総額5兆円があるわけで、その内訳の明細があるのではない。「防衛費を削れ」が一貫した党の方針である。だから発言はまったく正しい。現実の問題としては全自衛隊員の首が切れるわけではないから、防衛費をゼロには出来ない。しかしわれわれは運動をやっている。人殺しの防衛費を生活費に回せと戦後言い続けてきた。何の問題もない。ちょっと異常である)


 --批判の声があったということだが、「辞任すべきだ」というような声はあったか

 藤野氏そういった声もあった

 (悪意のもの以外は全くなかった)


 --議員辞職は

 藤野氏辞職も含めていろいろな意見があった

(とんでもない話で、これで辞めるのなら初めから選挙闘争などやらない。党内にそういう意見があるわけがない)

 --就任してからわずか2カ月。任命責任は

 小池氏今回、こういう重い判断を受け止めて、われわれとしては辞任という決断をした。今回は本人の深い反省として辞任の決意を受け止めた

 (任命責任などあり得ない)



 --問題があったと思っているのはどこか


 藤野氏 『人を殺す』という表現を使ったことが党の方針を間違って伝えた

(防衛費、すなわち自衛隊員を人殺しのために海外に派遣する予算は人を殺す予算だ。間違いなくそうだし、直截な表現こそベストだと想っている。なんら党の方針との不一致はない)


 --表現自体にも問題があったのか

 藤野氏もちろんだ


 --共産党として防衛費をどうとらえているのか

 小池氏いま藤野氏から話があった通りだが、防衛費を全てなくせ、ゼロにしろと主張したことは一度もない。海外派兵用の兵器、高い殺傷能力を持つもの、敵基地攻撃能力を持つようなものとか、あるいはオスプレイなど、日本の国土を守ることから逸脱したようなものについては削減の対象と、一貫して党の政策では求めている。共産党として削減すべき防衛費は示している。それと今回の発言は矛盾をする。党の方針と違う発言になってしまった

(こうでも云わなければ云いようがないだろう。日本の国土を守る災害復旧費用のみ認めて、そのほかは全部アウトよ。削減すべき防衛費を数字で示すのはあやまりである)


--自衛隊の存在は明確に認め、尊重するということで謝罪をするのか

 小池氏党の自衛隊についての見解について言うと、『違憲である』という立場は変わらない。しかし、国民の合意がない限りすぐになくすことはできない。かなりの長期にわたって自衛隊は存続することになる。万が一、その期間に急迫不正の大災害とかがあった場合は自衛隊には働いていただくというのが、わが党の立場だ。その立場には変更はないし、綱領に書かれている立場から照らしても防衛費全体を『人殺しのための予算』としてしまうのは党の立場とも異なる

 (ああ、しんどいなあ


 --急迫不正の防衛のための自衛隊の役割は明確に認めるのか

 小池氏今は、そういう場合には、自衛隊の皆さんにも働いていただくというのは、この間、何度も申し上げている通りだ。そこは変わらない」

 (ああ、しんどいなあ


 --参院選での野党共闘への影響は

 小池氏
そういうこともあるので、藤野さんもこういう決断をした。われわれとしては誠心誠意、共闘の前進のために力を尽くしたい

 --今まで共産党は自衛隊の解消を訴えてきた。自衛隊の方に謝罪するのは異例だと思う。自衛隊の任務に対しては党としても尊重するのか

小池氏私どもは災害時に自衛隊が大きな役割を果たしているということはこれまでも表明してきている。立場は変わらない。一貫している

 藤野氏私も災害救援などで頑張っている自衛官の皆さんには心から敬意を表している

(だれが自衛隊に謝罪なんかするものか。自衛隊と自衛隊員は分けて考えている。われわれは一般自衛隊員の方を敵視したことはこれまで一度もない。自衛隊員のかたと手を携えて平和な日本を作って行きたい)


 --防衛に関しては

 藤野氏そうしたさまざまな自衛隊で頑張っている方を、防衛というところを超えて、今度の安保法制で海外に送る、危険な任務を加えるということが心にあった。そうした安全保障法制をなくしていくという点については、今後も頑張らなければいけないという気持ちは変わらない

      (終わり)


  古本屋通信
  私の当初の予想通り、藤野の正しい発言を訂正させたのは志位と小池の合議だった。この2人も必死なのだ。しかしよく分かった。あとから来た優れた者が先行者を越える気配がある時、先行者は必死で妨害する。どんな社会でも一緒なんだなと。大体がオカシイ。委員長の藤野がアウトなら、なぜサブの宮本か畠山を後釜に据えない?

 山下を更迭し、藤野を更迭し、宮本、畠山を昇格させない。3人の副委員長(浜野、緒方、広井)は生きているのか、それとも死んでいるのか、ウンともスンとも言わない。志位が疲れているから、小池の独裁である。
  1. 2017/01/26(木) 06:54:10|
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