古本屋通信

罵詈雑言を学ばねばならない

古本屋通信    No 1798   2月29日

  こういう罵詈 ばり 雑言は古本屋通信も学ばねばならない



 古本屋通信は今回はニュース内容に立ち入った評価はしない。私は現在平壌放送を聞いていない。このニュースを提供してくれたブル新聞の産経に感謝したい。できれば全文を掲載してほしかった。なぜなら末尾に(ソウル支局)となっているのは、このニュースを傍受したのが「韓国」だったことを物語っている。加工されたニュースでない証左には労働新聞丸1ページの全文転載しかないであろう。
 それから、朝鮮(北)の人工衛星について、中核派も、革マル派も、四トロ派も、ボロクソに言っていると知った。仕方がないなあ。そういえばデボーリンは反応しないなあ





  産経新聞   2016 2 29  07 : 00 【北朝鮮情勢】
 「破倫の悪女」「ぼけた老女」-北朝鮮が朴槿恵大統領を〝総攻撃〟品性を疑うその罵詈雑言とは…

  北朝鮮による韓国・朴槿恵大統領に対する人身攻撃がエスカレートしている。21日付の朝鮮労働党機関紙、労働新聞は6面丸1ページを使って朴大統領への批判記事を掲載し、罵詈(ばり)雑言を極めて人身攻撃を繰り広げた。朴大統領が16日の国会演説で、北朝鮮の金正恩体制の崩壊に言及したことに強く反発したとみられる。北朝鮮の対韓工作機関傘下の祖国平和統一委員会のウェブサイト「ウリミンジョクキリ(わが民族同士)」も21日、「特等級の嘲笑の種であり続ける朴槿恵の『国会演説』」と題する論評を掲載した。

 労働新聞は1~6面構成で発行されている日刊紙で、6面全面を使い1本の記事のみが掲載されるのは珍しい。21日付の6面には「一刻を争って歴史のごみ箱にぶち込むべき特等級の災難の種-心から激怒するこの国の民心の爆発」と題した記事を掲載し、文中では朴大統領を「朴槿恵」と呼び捨てにしながら誹謗(ひぼう)中傷を展開している。

 同紙は、北朝鮮による4回目の核実験に対する朴大統領の反応を取り上げ、「(祝賀ムードに包まれている北朝鮮と違い)有毒、朴槿恵だけは正反対だ」「わが民族の恥辱であり悲劇である朴槿恵の見苦しい醜態」「水爆の爆発音に慌てふためいた犬の鳴き声」と表現した。

 朴大統領自身のことも、同紙は「核の錯乱症にかかった、ぼけた老女」「スカートをまとった逆賊」「醜悪な破倫の悪女」「尾っぽのない老いぼれの気の狂った雌犬」と口を極めてののしった。

 また朴大統領の対米・対日外交についても「親米・親日に狂い立った朴槿恵は一つの国、一つの国土としてつながっているこの国の民族の悠久な単一性を永遠に断ち切ろうとする想像もできない盲動も働いている」「朴槿恵は同族の核に対しては大騒ぎする半面、米国のヤンキーらの核戦争殺人装備には下着まで脱いで狂喜する狂人だ」と非難した。

 ちなみに北朝鮮は記事中で、米国のことを「朝鮮人民の不倶戴天の敵」と呼び、日本人を「100年の宿敵である島の野蛮人」「再侵略に狂奔する軍国主義毒蛇」と形容している。

 一方、サイトでは朴大統領の国会演説に焦点をあててこれを問題視し、「朴槿恵は、歴代のどの執権者も吐くことができなかった誰それの『体制崩壊』をはばかることなく口にした」と反発。最後に「明白なのは、朴槿恵の対決狂乱騒動があたかも狂犬の発狂のような治癒が不可能な最後の段階に達したということだ」という言葉で締めくくられている。

 こうした北朝鮮の報道に対し、韓国統一省は「われわれの国家元首に対し低劣な人身攻撃をし、下品な言葉で非難したことに強い遺憾を表する」と抗議し、誹謗中傷を中断するよう求めた。

 北朝鮮の人身攻撃には、朴大統領も黙ってはいなかった。22日の会議で、「金正恩が韓国に対するテロの能力を結集せよと指示した」などと金第1書記を呼び捨てにして批判した。朴大統領はこれまで「金正恩政権」などと述べており、金第1書記を公の場で呼び捨てにするのは極めて異例だ。(ソウル支局)




  古本屋通信

  ディテールの表現はともかく、赤字変換した部分は概ね正論ではなかろうか。基本的には極東アジアの平和を破壊しているのは幼稚な朝鮮(北)の軍事力ではない。日米「韓」3国軍事同盟である。誰が見ても明らかなことだ。仮想敵国を設定している民族に「民族の自由」はない。
  1. 2016/02/29(月) 07:45:21|
  2. 未分類

再開されない武田ブログ

古本屋通信    No 1797   2月29日

  
  再開されない武田ブログ



   以下の 「ブログ閉鎖のお知らせ」があったのは昨年末の12月19日であった。再スタートを予告した「西大寺会陽裸祭り」(2月第3土曜日)は既に10日前に過ぎている。たぶん永久に再開されないだろう。そんなことは予想通りだ。もう過去のことになったが、武田の 「いのしし日記」 について一瞥を呉れておく。



 「いのしし日記」の読者の皆さんへ ブログ閉鎖のお知らせ
  2015年12月19日 武田英夫
サーバーの不具合でこの2週間ほど、「いのしし日記」が中断していました。現在は再開していますが、サーバーの関係で「いのしし日記」は年内で閉鎖となります。
新しいブログは、年が明けてから準備をし、備前平野に春を呼ぶ「西大寺会陽裸祭り」(2月第3土曜日)の裸群の「わっしょい、わっしょい」の声が響き渡る頃には、新たな装いでスタートしたいと考えています。
その頃、「武田英夫」で検索していただければ、新バージョンのブログをご覧いただけると思います。この間のご愛読に感謝するとともに、新しいブログへのご声援もお願いして、この「いのしし日記」を閉じさせていただきたいと思います。
よいお年をお迎えください。





   古本屋通信

  武田は自分の過去記事が自慢らしく、細大漏らさず保管しているので、その壮大な文書は日本共産党岡山県議団の活動記録の付帯参考文献として吟味するに価するかもしれない。然し私は過去に遡ってまで武田を糾弾しないと公言している。そんな暇がないのだ。

 私が初めて武田のブログを訪ねた日にたしかな記憶はないが、たぶん民主党政権が誕生したのを受けて、岡山の低脳代議士の津村啓介がトンデモない「民主党のルール」なるものを岡山の政治業界に押し付けた頃ではなかったか。武田も反対し、横田悦子も反対し、石井県知事もやんわり反対した。津村は民主党県連代表を追われ、事実上失脚した。私は低脳津村を糾弾する紙の古本屋通信を書いて武田や横田を激励した。武田の代りに森脇県議が県議会議決案のコピーを持って私の古本屋に来た。

  その前後から、私は武田ブログと横田ブログを読むようになった。横田のそれは際立って優秀だった。しかも新左翼の匂いが濃厚だった。武田のそれについての評価はこのさい置いておこう。ただ当時の武田のブログには訪問客がとても多かった。

 当時の武田ブログはアクセスカウンターを付けていた。少ない日で100人、多い日で250人の訪問客があった。いまの私とはブログの性格が違うから単純に較べられないが、私よりやや多かっただろう。そしてこれは岡山県内の県議と市議では随一だったと思う。参考までに現在のアクセス。多いのは倉敷市議の田辺さんが100人前後だ。福山市議の河村さんも同じくらいだろう。あとは知れている。武田ブログは県議として知り得た情報量が豊かだったので、党関係だけでなく党外にファンが多かった。私はそれを率直に認める。

  やがて武田は議員を辞める。この前後のことも知っているが書かない。彼はブログを続けた。しかしアクセスは激減した。はっきり憶えていないが、十分の一位になったのではないか。時間を置かずアクセスカウンターを取り除いた。ショックだったのだろう。書く内容はそんなに変わらなかった。しかし訪問者にとって非議員のブログはまるで魅力のないものに映ったのだ。武田自身が変わったのでも、衰えてたのでもなかった。議員のまわりに群れていた俗物たちが蜘蛛の子を散らすように離れていったのだ。この中には自民党の関係者も多かったろう。

  最近1,2年、武田のいのしし日記を訪ねるのは古本屋通信ほか数人だけだった。その傍証もある。なぜそうなったか? 意味が通じない党カルト文を誰が読むものか。だいいち面白くない。私はことさら面白い記事を書こうとは思わない。しかし他人に読んで頂こうと思えば、それなりに工夫は要るし、読者サービスもしなければならない。武田の文は自分の自慢と、党の自慢ばかりである。自慢はまだよい。都合の悪いことは一切書かない。そういう文を誰が読むものか。

  その後も恥晒しの文を書き続けていたが、時々私の絶好の鴨になる他は誰も読む者はいなかった。そのうち古本屋通信を経てキンピーサイトの鴨になった。いま「武田英夫」で検索してごらん。時には武田本人の「いのしし日記」よりも、キンピーサイトや古本屋通信が上位にランクされるようになった。

  さすがに嫌気が差したのであろう。いつやめるか、いつやめるか、そう思ってみていたら、歳の瀬が押し迫ってついにギブアップとなった。再起不能だろうが、中国ブロックニュースを書いている。手打ち印字の紙の印刷をネットに乗せている。どうか読んであげてください。紙だから印字コピーはできません。あしからず。
  1. 2016/02/29(月) 04:36:09|
  2. 未分類

眼鏡(メガネ)について(2)

古本屋通信    No 1794   2月28日

 
  眼鏡(メガネ)について(2)



 No1786 眼鏡(メガネ)について」 の続きである。私は「パソコンには老眼鏡ではなく、中近メガネが最適だというM先生の指導に従って、中近を初めて購入した。だが私には中近は使い辛く、けっきょく引き続いて老眼鏡でパソコンに向った」 と書いた。

  中近メガネについて書きたい。

  中近メガネは一般に室内用とされている。その範囲で個人の用途に応じて上手に使えばよいのだろう。でパソコンだが、一般には老眼鏡ではなく中近メガネが適しているとされる。それは老眼鏡が常に一定の距離を保って対象を凝視する設定になっているのに対し、中近メガネには自在(フレキシブル)性があるからだろう 。つまりパソコンでは、ディスプレイ上の大小の文字を見るとき、キーボード(文字盤)を見るとき、見る対象との距離がまちまちだから、自動調整しなければならない。それには老眼鏡ではしんどく、中近メガネが最適だということだろう。

  ところが私はどこをどう調整して使ってみても、中近メガネ(同じものが2つある)ではディスプレイ上の文字が見えないのだ。まあ宝の持ち腐れである。一万八千円もした。

  この2つの中近メガネは初めて作ったのではなかった。最初の中近メガネが傷だらけになり2度目だった。ところが先日、最初の傷だらけの中近メガネを取り出してパソコンのディスプレイを見た。なんと、よく見えるのだ。傷だらけの方が新しい中近メガネよりよく見える。

  これはショックだった。作り変えたとき、度数も変更しているだろう。この度数が元に戻ったということであろうか? いちど見え難くなった目が時の経過と共に再度よく見えるようになる、そういう事はしばしば起きるといわれている。そういうケースだったのか?

  これを眼鏡屋の愛眼さんに持ち込んで相談した。懇切丁寧に新旧の中近メガネを調べてくれた。メガネ・カルテも残っていた。傷ついた古い中近メガネは2009年に作ったものだった。

  結論だけ書く。2009年に作った中近メガネは3年前に作り変えたあたらしい中近メガネとは全く構造がちがうそうだ。全てのメイカーが造り方を変えてしまったから、どうしようもないと言う。詳細な説明は省略する。メーカーが変更した最大の理由は室内テレビがもっとも見えやすいメガネ、つまり最大ニーズに応えられるメガネということだった。私は古い中近メガネと新しい中近メガネのそれぞれで、テレビ距離の物体を見た。明らかに新しい中近メガネが勝っていた。私の視力が変わったのではなかった。新しい中近メガネをパソコン用に造り変えようにもメーカーが製造していない。だから不可能なのだ。私は納得した。

  私はいちおう納得したが、これからも老眼鏡でパソコンを操作し続けなければならないことに多少の苦痛を感じている。老眼鏡は距離固定の読書用である。みなさん、それぞれ工夫してやっておられるのだろう。私の未熟な体験を書いて恥を晒したが、少しは役に立っただろうか。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


  以下はメガネとは関係ないが、思い付いた身辺雑記である。私的なことで誇ることはないが、隠すようなこともない。少しは織り交ぜていく積りである。


  私の目の疲れの原因はもっぱらパソコンである。読書量は最盛期の百分の一に落ちている。私はたぶん18歳から40歳位まで一日10時間くらい本を読めた。そういう職業を得たのは幸せだった。これはたぶん研究者か、教員か、編集者にしか出来ない贅沢ではなかろうか。この時代の貯金があるからブログが書ける。

  しかし古本屋開店と同時に読書をしなくなった。いや、本に触っている時間は相変わらず10時間くらいはある。その向きあい方が全く変わってしまった。読書ではなく本の品定めである。本の冊数だけからすれば、これは読書時代の数百倍の冊数である。しかも幸いにして殆んど目が疲れない作業なのだ。

  パソコンに戻る。1時間やったら30分休めといわれている。私はしばしば5時間連続でやる。古本検索とブログ執筆である。後者について書く。

  私は文章を書くことは苦痛ではない。たぶん好きである。これは50年間ずっとそうだった。「まがね文学会」の三宅陽介によると100読んで1書くのが一般的らしい。小説ならそうであろう。私は10読んで1書いた。いくら多く本を読んでも、文を書くことなくしては思想形成は無理というのが私の見解である。発表目的でないのだから、上手な文など書かなくてよい。とにかく読書ノートでも、研究草稿でもよいから書く。いまのブログ記事もその延長のつもりである。だから書いて忽ち消しても惜しくはない。自分の思考訓練なのだから。

  とびとびになるが、ブログの作成は本当に目が疲れる。蛍光灯の光線を目一杯に浴び続けているのだから疲れない訳がない。だが私は蛍光灯の光線を意識する事はない。気が狂いそうになるほど疲れるのは「ブログの編集」である。これはやってみないと分からない。実に疲れる。たいていのブログはプロが予め設定した模範的なレイアウト設定に基づいて文を挿入する形をとっている。それは確かに楽だ。然したちまち不満が出てくる。ほんらい表現とは規格に入り切らないものだ。だからといって素人が好き勝手に書き散らかして碌なブログができる筈がない(このさい憎まれ口を叩いておくが、石崎ブログの訪問者の高原氏のブログなど、「読んでくれるな」というような代物だ。これは技術的な未熟ではない。他人と認識を共有しようとする志向が最初からないのだ。でないとこういうブログは公開できない。まあ思想上の欠陥であろう)。


  アトランダムに続けよう。短い細切れの記事を書けば疲れない。私はいつも逡巡する。短いほうが読む方も楽だ。拍手も明らかに多い。鬼藤さんの主眼は短歌だから一寸ちがうが、あれくらいの長さもひとつもモデルケースだろう。じじつ短いことがよいといえる場合も多い。じっさい長いと読まれないのだ。

  然し私の中に根強く残っている観念がある。事物を把握するにせよ、自己を表現するにせよ、直感的・感覚的認識には限界があるのではないか。理性的・論理的認識を得るにはどうしても一定の長さは欠かせない。

  私は長くて読まれる文を書きたかった。成功しているとは思わない。しかし固定読者がついていないでもない。ここ2年ほどアクセス数は変わらない。たぶん一日150人くらいで、うち50人は相互アクセス目的の非読者だろう。実質一日100人だ。でも1週間のうち一度の訪問者も常連様である。実質の常連様はこの5倍の500人である。私は紙の書物の流通については、いささかプロだとの自負があるが、ホントにインターネットは驚異的である。私は自費出版など考えた事もないが、モニュメントとしての出版ならともかく、何処をどうあがいても100人以上に読まれることはあり得ない。インターネット様様なのである。

  最後に分かりきった事を確認しておきたい。 世に倦む日日氏のようなネット商人は別にして、自己表現を目的とするブログがアクセス数自体を目的的に追求するのは邪道である。私がアクセスカウンターを取り付けない理由もそこにある。だが同時に、他人に読まれない公開ブログなど全く意味がない。出来るだけ広く読まれる工夫をしなければならない。そのために私は 分かり易い文を書くこと。読みやすい編集・レイアウトにすること。この2つを心掛けている。加えて、他人に対する情容赦ない罵倒。これは論争術として左翼ジャーナリズムから多くを学んだ。これを下品だとか傲慢だとか言って非難した石崎らには驚愕した。そんな暇があったら毎日20前後しか客のない自分のブログを改善すべきである。難しい事ではない。喧嘩ブログにしたら忽ち客は激増するぞ。これ初歩の初歩。常識である。
  1. 2016/02/28(日) 00:33:23|
  2. 未分類

熊本以外ではビクとも動かない

古本屋通信    No 1793   2月27日

赤旗が連日どんなに 「5野党合意 参院選構図が一変」 (今日の赤旗一面の大見出し。加えて旧聞に属する2枚の写真を使うオソマツ) デマ・キャンペーンを重ねても、熊本以外ではビクとも動かない。



  赤旗が連日どんなに「野党共闘の話し合いが進んでいる」とデマキャンペーンを張っても、党中央委員会のHPには最新( 2016/02/24現在)の参議院選挙区の正直な候補者名が掲載されています。沖縄は何年も前から共同候補が決まっていました。熊本が決まってからもう一ヶ月にもなるでしょうか。「2月19日の5野党協議の合意に基づき、1人区については候補者を調整中です」 とありますが、成果は0県。話し合いの具体的経過の記事なども赤旗に掲載されません。私は県段階の折衝は殆んどなされていないのだと思います。それで時間を稼いで、ある時点で(無条件に)一斉に降ろすのだと思います。それでも共産党は比例区で6~7名と選挙区(東京)で獲れるから OKなのでしょう。もちろん民主党は惨敗です。私はザマアミロと思っています。今回改選の民主党参院議員は党名変更に大反対だと聞きます。とくに比例区が党名選挙だから、新党名だと致命的マイナスでしょう。それでも変えるそうですから、惨敗は覚悟をしていますね。鈴木貴子という女衆院議員はある意味で利口だったのでしょう。アッ、私は衆院北海道5区補選は自民党楽勝の予想です。初めからそうでした。鈴木ムネオが枝野に挑戦状を突きつけていますが、結果はムネオの勝ちでしょうね。

 

 2016 参議院選挙区  赤旗HPより
 日本共産党の都道府県委員会が発表した予定候補を紹介します( 2016/02/24現在)。2月19日の5野党協議の合意に基づき、1人区については候補者を調整中です。
森つねと[北海道] 2016参院選
よしまた洋[青森県] 2016参院選
藤本ゆり[秋田県] 2016参院選
吉田恭子[岩手県] 2016参院選
いわぶち彩子[宮城県] 2016参院選
石山ひろゆき[山形県] 2016参院選
くまがい智[福島県] 2016参院選
山添拓[東京都] 2016参院選
伊藤岳[埼玉県] 2016参院選
小林きょう子[茨城県] 2016参院選
小池一徳[栃木県] 2016参院選
伊藤たつや[群馬県] 2016参院選
あさか由香[神奈川県] 2016参院選
浅野ふみ子[千葉県] 2016参院選
宮内現[山梨県] 2016参院選
唐沢ちあき[長野県] 2016参院選
にしざわ博[新潟県] 2016参院選
亀田りょうすけ[石川県] 2016参院選
高橋わたる[富山県] 2016参院選
山田かずお[福井県] 2016参院選
鈴木ちか[静岡県] 2016参院選
すやま初美[愛知県] 2016参院選
高木光弘[岐阜県] 2016参院選
かまい敏行[三重県] 2016参院選
わたなべ結[大阪府] 2016参院選
金田峰生[兵庫県] 2016参院選
大河原としたか[京都府] 2016参院選
佐藤こうへい[滋賀県] 2016参院選
いずみ信丈[奈良県] 2016参院選
坂口多美子[和歌山県] 2016参院選
植本かんじ[岡山県] 2016参院選
高見あつみ[広島県] 2016参院選
松田一志[山口県] 2016参院選
遠藤ひでかず[鳥取県・島根県] 2016参院選
たなべ健一[香川県] 2016参院選
小路貴之[愛媛県] 2016参院選
三ヶ尻亮子[徳島県・高知県] 2016参院選
しばた雅子[福岡県] 2016参院選
かみむら泰稔[佐賀県] 2016参院選
原口敏彦[長崎県] 2016参院選
山下かい[大分県] 2016参院選
松本隆[宮崎県] 2016参院選

統一・共同予定候補 (2016/02/24現在) 
あべ広美[熊本県] 統一・共同/2016参院選
イハ洋一[沖縄県] 統一・共同/2016参院選
  1. 2016/02/27(土) 14:28:01|
  2. 未分類

伊東香織市長、再々出馬表明

古本屋通信    No 1792   2月27日

  伊東香織市長、4月の倉敷市長選挙へ出馬表明

 内容的には昨日の 「倉敷市長選挙で田中容子(ようこ)さんを支持する」 に続く記事ですが長くなったのと、一日で現職の伊東さんの出馬表明と議会答弁があったので、別エントリーを立てました。私は田辺さんが書いている以上の事を知りません。しかし以前から感じていましたが、彼の記事はじつに過不足なくまとまった信頼性の高い記事です。安心して転載出来ます。田辺さん、お世話になります。アリガトウ。

 それときのう貼った 「私たちの倉敷市政をつくる会」 HPの記事ですが、惚れ惚れするような優れた内容でした。一瞥してすぐに判りましたが、これは候補者の田中容子さんご自身が作成した記事ですね。まず間違いないと思います。そう思ったから私は即座に田中さん支持を表明したのです。このHPはこれからは多分みんなで手分けして作っていくのだと思いますが、信頼性の高いページになるでしょう。私も随時ここから転載していくことになるでしょう。

 余談ですが、前々回の立候補者である矢引亮介さんについて。何所かで見た顔だと思ったら、先日の岡山市の街頭演説会に来ていました。同志社大の卒業後、京都で専従と議員をやったのち、岡山に来ていますね。いちどキンピーサイトで冷やかされていましたね。市長選のあと倉敷地区委員会委員長をやり、その後いろいろあって今は岡山県委員会か岡山地区委員会の専従だと認識しています。タイプとしては松田準一さんに似ているなと思いました。これは余談でした。



 日本共産党倉敷市議団(党倉敷地区委員会副委員長) 田辺昭夫  2016/2/26 市長に「保育所の新設」を言及させたもの  
 
今日から倉敷市議会は代表質問が始まりました。
 トップバッターの「くらしき希望の会」の質問に答えて、伊東香織市長はこの4月の市長選挙への出馬を表明しました。
「世界にむかって発信する倉敷をめざす」「未来に向かって責任を果たす」というように、美辞麗句、大風呂敷を広げるとともに、倉敷駅鉄道高架事業は、あくまでも推進を表明するなど、市民感覚とはかけ離れた姿勢をあらわにしています。

しかし、今日の議会では与党会派の質問に対して、伊東市長の注目すべき答弁がありました。
それは、保育所の待機児童対策です。
これまで伊東市長は、私たちが認可保育所の新設での待機児童の抜本対策を求めても、小規模保育や事業者内保育の拡充、定員の増加という対応で、抜本的な対策については方針を示してきませんでした。
ところが、今日の答弁で「平成31年までに待機児童解消するという方針を前倒しし早急に取り組むため、抜本的対策として保育所の新設が必要と考えている」と述べたのです。
これまで、市長が口にしてこなかった「保育所の新設」という言葉・・・・・。
何をして市長に語らせることになったのか。
そこには、昨日の「私たちの倉敷市政をつくる会」の田中よう子市長予定候補が発表した「争点と政策」があることは明白です。
田中よう子さんは、記者会見で、伊東市長が保育所の新設を掲げす、抜本的な待機児童対策を示していない点を指摘し、伊東市長の「子育てするなら倉敷で」というスローガンが中身のないものであると批判しました。そして、自分の公約として「認可保育所の新設・増設で待機児童を速やかに解消する」ときっぱりと述べました。
この主張が伊東市長にはかなり堪え、今回の発言に至ったのではないでしょうか。
田中よう子さんの立候補の決断と政策の的確さが、確実に市政を動かしていると実感します。
教員として37年。子どもは未来、いのちは平等 を掲げる田中よう子さんに市政のかじ取りをしてもらい、市民の願いを実現する市民本位の市政をつくり上げたいものです。
  1. 2016/02/27(土) 09:39:29|
  2. 未分類

鈴木貴子、そもそもこんなアホウ・・

古本屋通信    No 1791   2月27日


     古本屋通信のランキング
     ブログ    329位 (昨日:366位) / 120322人中
     店長ブログ  12位 (昨日:13位) / 3351人中
     更新日時 : 2016/02/27  07:05




   
鈴木貴子

  民主党・枝野に分。だがアホウを議員にしたのが誤り


  いま焦点の衆院選北海道5区補選だが、地元の民共「合意」情報の内容はまったく出ないし、候補者を降りた(降ろされた?) 橋本美香さん陣営のHPも消えている。その代わりに以下の産経新聞の記事がヒットした。産経はこういうのが割りと好きだね。まあ3大ブル新聞の漏れを拾うわけだが、ゴシップ記事としては面白いね(古本屋通信)。



産経新聞  2016.2.26  【ムネオ氏の娘、貴子氏離党】

民主・枝野幹事長が激怒! 「離党するなら議席をお返し頂きたい」 「重大な反党行為だ」  

 民主党の枝野幸男幹事長は26日午後、鈴木貴子衆院議員(比例北海道)から離党届の提出を受けた後、国会内で記者団の取材に応じた。詳報は以下の通り。

 「大変残念な話だが、本日の12時、党本部に鈴木貴子衆院議員がおいでになって、離党届を提出をされた。鈴木議員については、この間も(離党に踏み切るとの)報道などがあったので、過日、本人を呼んで 『あなたのためにも、比例の当選者という立場とさまざまな側面から、おかしな行動をとらないように』 ということを申し上げたが、きょう、残念ながらそういうことになった」

 「私からは、鈴木さんの将来のためにも、それから、いろんな経緯があるにしても、民主党の比例の枠で、しかも比例1位で当選しているということなどを含めて 『離党を思いとどまるべきではないか』 と申し上げた。残念ながら 『翻意する考えはない』 と。『それでは、大変残念だけれども、離党するのであれば議席をお返しをいただきたい』 と。『比例代表の1位に優遇をして、小選挙区と重複立候補されたわけだが、小選挙区では当選せずに、比例代表で救われているわけなので、これは民主党の党名を書いた皆さんの議席であるので、離党されるのであればお返しをいただきたい』 と。『これは今の重複立候補制度、衆議院の比例代表の仕組みのスジである』 と。そして、『もし、どうしても離党されるということであるならば、あわせて、民主党で預かっている議席を返上されたほうが、あなたの将来のためでもある』 ということで申し上げたが、それも拒否をされた」


 「その上で私から、『報道などでは自民党と協力というような話も伝えられているが、そういうことなのか』 ということを念のため問いただしたが、ご本人は 『離党したら無所属で(父の宗男元衆院議員が代表を務める政治団体の)新党大地の一員として行動していく』 と。その新党大地が自民党と協力すると言っている。結果的に自民党に協力するということだと受け止めた」

 「したがって、私からは『離党届はお預かりするが、このまま離党をお認めするということはできないと思う』 『しかるべき処分に向けての手続きになると思うので、それはご連絡します』 と申し上げた。比例代表の議席であるということ、それから、事実上、自民党に協力をするという方向性を否定されていないということを合わせて考えると、これは厳重に重い処分をせざるをえないと思っている。北海道連からは、除籍を求める上申をするということで、私に対して口頭で報告があった。大変残念だが、ご本人にとっても、長い目でみれば政治生命を損なう誤った選択であるというふうに思う」

 --新党結成が正式に決まる日に離党を申し出たことをどうお感じか

 「いつ申し出られるにしても、比例代表での議席ということの意味を認識されていないということは一緒ですから」

 --想定しているのは「除籍」か

 「役員会、そして常任幹事会にご相談をして、最終的には倫理委員会にもかけないと決定はできないので、私から軽々に申し上げるべきではないと思っているが、地元の北海道連から『除籍を求める』という申し出があるということ、それから比例代表の制度の趣旨、さらには、自民党に協力するということを事実上否定できないということを考えると、相当重大な反党行為であるという前提で対応せざるをえないと思っている」

 --北海道での選挙への影響は

 「こういう行動をするような方に対する支持は間違いなく消えていくと思っているので、大勢に影響はないと思っている」

 --事態の悪質さに鑑みて、党として議員辞職勧告なども必要ではないか

 「党として公職の辞職を求めるというのは、重さからいえば、除籍よりも相対的には軽いのかなと思うが、当然、そうしたこともセットでの処分の議論になるだろうと思う」




会見詳報 「有権者との約束を果たすことはできないとの思いから判断」

民主党に離党届けを提出し、会見する鈴木貴子氏=26日午後、東京・永田町の衆院第一議員会館(斎藤良雄撮影)

 民主党の鈴木貴子衆院議員は26日、国会内で記者会見し、離党する意向を表明した。会見の冒頭発言は以下の通り。

 本日、民主党を離党する決意を決めて、離党届を提出させていただいた。民主党の先生方には自らの政治活動、さまざまな機会、そして幅を与えていただいた。先生方へ心から感謝を申し上げる次第であります。しかしながら、政治家として信念に基づいて決断をしなくてはいけない。今月19日には北海道5区補欠選挙、この5区において基本的な思想、また国家観といったものが全く異なる政党、共産党とのいわゆる野党統一候補の擁立が正式に発表された。私の政治家としての信念、何においても成し遂げなくてはいけない、やり遂げなくてはいけない諸課題に対して、いまのままでは私の地元、有権者の皆さまとの約束を果たすことはできないとの思いから、離党という判断をさせていただいた。

重ねてこの1年数カ月にわたり、叱咤激励をいただき、ご指導をいただいた。多くの民主党の先生方、党本部の皆さん、関係各位に心から感謝を申し上げさせていただきたい。今回、私の決断を必ずや政治家としての糧として地元の北海道をはじめ、日本にとって、これでよかった。この決断がよかったと思っていただけるよう誠心誠意、精進を重ねてまいる所存であります。



鈴木貴子氏、岡田氏の党運営に不満
「反省すべきは反省してほしい」 
 
 民主党の鈴木貴子衆院議員(比例代表北海道ブロック)は26日、党本部で枝野幸男幹事長に面会し、離党届を提出した。鈴木氏は同日の記者会見で、離党の理由として、民主、共産両党が衆院北海道5区補欠選挙(4月24日投開票)で統一候補を擁立することをあげ、「(共産党は)基本的思想や国家観が民主党とまったく異なる。今のままでは、(北方領土問題の解決など)有権者との約束を果たせない」と述べた。

 鈴木氏は今後無所属として活動するが、自ら代表代理を務める政治団体・新党大地の鈴木宗男代表は、夏の参院選で自民党候補の支援を表明している。

 貴子氏は自民党との今後の関係について「北海道や地元の発展のため、ベストな選択をしていくのが政治家の使命だと思っている」と言及。将来の連携を視野に、宗男代表と行動をともにする考えを示した。

 貴子氏は、民主党の岡田克也代表の党運営について「党としての考え方をしっかり掲げるべきだった。率直に申し上げ、党内での価値観の共有など、岡田氏には反省すべきは反省してほしい」と述べた。

 超低脳だね。民主党のアホウを絵に描いたような女だ。安倍が惚れたというのは方便にしても下劣だね。 古本屋通信)。



民主・岡田代表 「議員辞職すべきだ」
 民主党の岡田克也代表は26日午後の記者会見で、同党の鈴木貴子衆院議員(比例北海道)が離党届を提出したことについて「将来のある若い政治家だと思ってきたので残念だ」と語った。鈴木氏が、比例当選者であることを踏まえ「彼女の政治家としての将来を考えても、議員辞職すべきだ」とも指摘した。




ムネオ氏が枝野幹事長に逆襲!
 「必ず示しつける」 「人間味も人情もない幹事長…民主党の現状」
 「幹事長としての資質が問われる」「必ず選挙で示しをつけてみせたい」-。鈴木宗男元衆院議員は26日付の自身のブログで、長女の貴子衆院議員(比例北海道)の民主党離党に際し、議席返上を求めた同党の枝野幸男幹事長の対応を激しく批判した。

 宗男氏は、前回衆院選で代表を務める地域政党・新党大地が選挙協力した結果、民主党の北海道での比例代表得票数が約21万票増えた経緯を挙げ、「これは民主党だけの票ではなく新党大地の票が入っている結果である」と指摘。比例選出を根拠に議席返上を要求する枝野氏を「このことを分かっていないだけでも幹事長としての資質が問われるのではないか」と批判した。

 また、枝野氏が「こういう行動をする方(貴子氏)への支持は間違いなく消えていく」と述べたことに対しては「この言葉を覚えておいてほしい。必ず選挙で示しをつけてみせたい」と“宣戦布告”した。

 枝野氏が「長い目で見れば政治生命を損なう誤った選択だ」と評したことにも「そっくりのしをつけてお返ししたい」と反論し、「人間味も人情もないこのようなお方が幹事長であることに(原文ママ)民主党の今の置かれた状況ではないのか」と逆襲した。
  1. 2016/02/27(土) 05:56:14|
  2. 未分類

ガキでも分かる志位委員長の嘘

古本屋通信    No 1789   2月26日

 
  ガキでも分かる志位委員長の大うそ
 


  下記は今日の赤旗だが、まあ、いけしゃあしゃあと、ここまでミエミエの大うそを悪びれることなく公言できる神経とは、志位委員長だけに備わっている能力であろうか。ほんとに驚いてしまう。
 いけしゃあしゃあ しゃくにさわるほど平然としているさま



  5野党合意 前向きの大激動をつくり始めている
  2016年2月26日(金)  しんぶん赤旗
  志位委員長が会見
  市民運動の新たな発展に貢献 選挙協力でも良いスタート
 日本共産党の志位和夫委員長は25日、国会内で記者会見し、安保法制=戦争法の廃止や国政選挙での協力などを確認した5野党党首会談での合意(19日)後、さまざまな国民運動が発展していることや、5野党間で選挙協力の具体的な協議が始まっていることなどを示し、「画期的な合意が情勢の前向きの大激動をつくり出しつつある」と強調しました。

 (写真) 記者会見する志位和夫委員長=25日、国会内

 志位氏は、5野党合意に対して各界・各層から多くの歓迎と激励が寄せられ、21日に取り組まれた沖縄米軍新基地建設反対の「国会大包囲」行動に2万8000人、高校生グループ「ティーンズソウル」による同日の安保法制廃止を求めるデモに5000人が駆けつけたことに言及。「5野党合意がさまざまな国民運動、市民運動の新たな発展に貢献する作用を発揮しています」と述べました。
 さらに、23日に始まった5野党書記局長・幹事長の協議で、▽安保法制廃止と集団的自衛権の行使を容認した「閣議決定」の撤回を各党の選挙公約にする▽政権の問題についても協議していく▽安保法制以外のさまざまな政策課題についても一致点を探る協議をおこなう―ことが確認されたことを挙げ、「選挙協力でもたいへん良いスタートを切ることができました」と表明しました。
 そのうえで志位氏は「まずは参院選の1人区すべてで野党共闘が成立し、自公に打ち勝つ態勢をつくるために全力をあげたい。そういう態勢をつくることができれば1人区だけでなく複数区、比例区を含めて、自民・公明とその補完勢力対5野党プラス広範な市民連合の協力という選挙戦全体の対決構図が明瞭になってくる」と力説しました。
 志位氏は各地の選挙協力の現状について問われ、「党中央段階の協議と確認を行ったうえで、県段階での協議と確認を行うという段取りを踏んで進めていきたい」と述べたうえで、「いくつかの県で日本共産党と民主党との非常に前向きな話し合いが始まっています。各地で一緒にたたかおうという機運が広がっていることは大変うれしく、心強いことです」と語りました。

 ◇

 志位氏は、民主党と維新の党の合流の動きについて問われて、「両党の判断で進んでいることなので立ち入ったコメントは控えますが、5野党党首会談の合意にもとづいて野党共闘がさらに前進することを心から願っています」と述べました。




   古本屋通信

  いちいち論破するために貼ったのではない。誰が読んでもデタラメなことは分かる。

  既に書いたように野党「合意」なるものは単に4項目の確認事項に過ぎなかったが、志位委員長がそれを合意と呼ぶなら、合意と認めよう。だが、その合意に基づいて、沖縄と熊本を除く30の一人区の、いったい何県で、候補者の一本化が決まっているのか。19日から26日まで既に一週間経っているのだ。ただの一県も決まっていない。ゼロである。

  これをわれわれは(ふつうの日本語では) 「まったく成果は上がっていない」 と云うのだ。政治に限らず実業のすべての分野で問われるのは結果である。結果だけが最終報告に価する。

  たとえば私はかつて高校廻りをして各種教材の注文を取った。成果がゼロなら沈黙するしかなかった。それでもとやかく言うと 「言い訳をするな」 とどやされた。当たり前のことである。

  この記事だけ読んでも、ブル新記者の苛立ちが伝わってくるようだ。記者は壮大なゼロを嗅ぎ取っている。

  あのなあ、成果が数字になって顕われていないなら記者会見は延期し、せめて30の一人区のうち半数の15選挙区で決まってからすべきであろう。上記のような記者会見は恥の上塗りである。わからんかなあ。

  最後に。沖縄や各地での大衆行動は野党合意とは何の関係もない。他人の成果を盗んで我がものにするな。こう書くと必ず文句を垂れる奴がいる。「5党合意があったから、それに励まされてデモが盛り上がったのだ」 と。なら因果関係を証明してみろ。あり得ないが、でも参加者にカルト党員を配置しておいて、八百長問答を赤旗に掲載することくらいは考え付くかもしれない。
  1. 2016/02/26(金) 10:38:01|
  2. 未分類

倉敷市長選で田中容子さんを支持

古本屋通信    No 1788   2月26日

   倉敷市長選挙で田中容子(ようこ)さんを支持する


  来るべき倉敷市長選挙において革新無所属(日本共産党推薦)で出馬する予定の田中容子(ようこ)さんの記者会見がたった昨日あった。古本屋通信は田中さんを支持したい。詳しくは下記の田辺昭夫さんの記事と、出来たばかりの支持母体のHPをご覧いただきたい。田中さんは香川大学教育学部の出身で、私の大学・学部の後輩にあたる。そのご岡山に戻って教職生活37年を送った。この点では私のつれあいとも共通である。私たち夫婦はとうてい他人事とは思えない。現職市長は誉れ高い才媛ではあるが、市政にはほころびが続出していると聞く。古本屋通信は田中さんの当選めざして微力を尽くすものである。




あきおの日記  2016/2/25 
日本共産党倉敷市議団長(党倉敷地区委員会副委員長) 
 田辺昭夫
倉敷市長選挙に挑戦する田中よう子さんの支援母体「私たちの倉敷市政をつくる会」のHPが出来ました田中よう子さんのプロフィール、政策などがご覧いただけます。ぜひ訪問してください。


私たちの倉敷市政をつくる会公式ホームページ
記者会見をおこないました。 事務局 田中よう子   2016-02-25
本日、朝9時より、倉敷市役所記者クラブで、倉敷市長選挙立候補記者会見を行いました。
集まっていただいたマスコミのみなさんには、心から感謝申し上げます。立候補にあたっての決意、倉敷市政に対する思いを話しました。
4月24日まで時間は限られていますが、「子どもは未来、いのちは平等」をスローガンに倉敷市政を市民本位に変えるため全力で頑張ります。

私たちの倉敷市政をつくる会
◾事務所 〒710-0038 倉敷市新田1294 (県道22号沿い・船倉町交差点南200m西側)
◾☎ ・fax 086-421-7616
◾メール:info@kuraci.jpn.org このサイトからメッセージ送信もできます。

田中よう子(田中容子) プロフィール
生年月日:昭和28年11月1日
年齢:62歳
現住所:倉敷市児島柳田町456-8

学歴
倉敷市立第五福田小学校
倉敷市立水島中学校
岡山県立倉敷青陵高等学校
香川大学教育学部

職歴
S.51年5月6日~7月16日:倉敷養護学校講師
S.51年7月31日~11月23日:玉島小学校講師
S.51年12月1日~12月24日:倉敷西小学校講師
S.52年1月2日~7月31日:連島南小学校講師
S.52年9月27日~S.53年1月8日:連島西浦小学校講師
S.53年1月9日~S.54年1月31日:天城小学校講師
S.54年6月23日~S.55年3月31日:下津井東小学校講師
S.55年4月1日~S.63年3月31日:下津井西小学校教諭
S.63年4月1日~H.5年3月31日:味野小学校教諭
H.5年4月1日~H.13年3月31日:郷内小学校教諭
H.13年4月1日~H.20年3月31日:本荘小学校教諭
H.20年4月1日~H.25年3月31日:倉敷支援学校教諭

趣味
お菓子作り
車中泊旅行・トレッキング

家族
夫 (独立した子ども3人と孫4人)

肩書
子どもの医療費の無料化をすすめる倉敷の会 代表
倉敷市の学校給食をよくする会 共同代表
新日本婦人の会 岡山県本部常任委員 児島支部事務局次長
憲法9条を守る児島の会事務局員
◾倉敷市政政策・立候補表明ごあいさつ・プロフィール PDF2.6MB
◾2/25追記:写真をUPしています 写真:田中よう子 – 4.24変えよう倉敷市政:田中よう子



倉敷市長選挙:立候補表明にあたって
教員として37年 子どもは未来、いのちは平等
この度、倉敷市長選に立候補する決意をしました田中よう子です。よろしくお願いいたします。
私は、37年間、家族や職場の同僚に支えられて小学校・支援学校の教員をしてきました。「子どもたちを二度と戦場へ送らない」という誓いを掲げ、保護者と力を合わせて、子どもたちの成長を見守ってきました。

4.24倉敷市長選:田中よう子いま、全国学力テストが導入されてから、順位にこだわり、県や市独自のテストも行われ、宿題も増えて親も子も悲鳴を上げています。学習が分からない子はますます取り残され、「どうせ自分なんか」と荒れる子もいます。私は、わかる授業、楽しい授業に心がけるとともに、学習だけでなく、いろいろな面から評価され、一人一人の個性が大切にされることこそ、子どもの成長にとって大切と考えてきました。子どもに過度の競争を煽る学力テストはやめ、市独自の正規教員の配置を行い、少人数学級の推進、子どもたちに寄り添った教育行政をすすめたいと思います。また、障がいのある子どもたちのための特別支援学級は、教師1人で定数8人いっぱいの児童生徒を指導しているクラスが、倉敷市内に12もあります。教員を増員し、子どもの発達に応じた特別支援教育をすすめます。

退職後、障がいのある子どもの保護者から、「定期的に病院にかからないといけないのに、中学生になったら医療費がいるので困る」という相談を受け、いろいろ調べました。すると、岡山県内のほとんどの市町村が中学卒業まで無料であり、倉敷市が遅れていることが分かり、運動を始めました。その結果、昨年4月より入院のみ中学卒業まで無料になりました。今年はぜひ「通院も無料に」「障がい者の医療費を無料に」と、昨年より多い17,471名の署名を届けました。「障がいのため、いくつもの病院にかからないといけない。3割負担になると、病院に連れていけなくなる。」と切実な声がありました。重度の障がい児のお母さんは、看病をしながら3,000名も集めました。また、教育現場からも、「格差が広がり子どもの貧困が深刻になっている中で、無料化の拡大は必要なこと」という声が多く寄せられています。
どの子も安心して病院にかかれるようにというみんなの願いをぜひ実現させたいと思います。


4・24 倉敷市長選挙|田中よう子「私たちの倉敷市政をつくる会」が発表した「倉敷市長選挙基本政策:3つの争点・重点政策 と8 つの基本政策」をご紹介します。

このページでは項目のご案内をさせていただきます。全文は、PDFでご覧ください。

スローガン  子どもは未来、いのちは平等

3つの争点・重点政策

1、中身のない「子育てするなら」か、真の子育て一番の倉敷市をつくるのか。
→重点政策1 子育て応援!教育の充実

2、倉敷駅「鉄道高架」事業をあくまで固執する市政か、鉄道高架は中止し、均衡ある倉敷市のまちづくりをすすめるのか
→重点政策2 倉敷駅鉄道高架はきっぱり中止します。

3、「安倍暴走政治」いいなりの市政か、戦争法廃止、地方自治守る市政か
→重点政策3 戦争法廃止、憲法を暮らしに生かします。

8つの基本政策

1.安心して子育てができる環境・教育の充実を図ります
2.災害に強い倉敷市を
3.いのちと暮らしが大切にされる市政を
4.環境にやさしいまちづくりをすすめます
5.農漁業、中小企業支援、雇用の拡大を図ります
6.住民のためのまちづくりをすすめます
7.戦争の愚かさ、悲惨さ、平和の大切を伝える平和行政をすすめます
8.国・県に対してはっきりものを言い、住民の命と暮らしを守る市政を





  山陽新聞 (2016年02月25日 12時53分 更新)

倉敷市長選、田中氏が出馬表明 「市民の声吸い上げる市政に」
  記者会見して倉敷市長選への出馬を表明する田中氏
 任期満了に伴う倉敷市長選(4月17日告示、同24日投開票)に、新人で元小学校教諭の田中容子氏(62)=同市児島柳田町=が25日、無所属で立候補する意向を表明した。共産党が推薦を予定している。

 田中氏は同市役所内で記者会見し「市は『子育てするなら倉敷で』とうたっているが、子どもの医療支援や学校生活に不安を抱く保護者が多い。市民の声をしっかりと吸い上げる市政をつくりたい」と述べた。

 通院医療費無料化の対象を小学6年から中学3年までに引き上げる▽学校給食共同調理場の建設計画を中止し、自校方式を進める▽保育園の新設・増設で待機児童をなくす―といった政策を掲げている。「(岡山県による)JR倉敷駅鉄道高架事業の無駄遣いをきっぱりとやめ、税金を有効に使う」とした。

 田中氏は倉敷市出身。香川大教育学部を卒業後、同市内の小学校や支援学校で37年間教員を務めた。現在は「子どもの医療費の無料化をすすめる倉敷の会」などの代表。

 倉敷市長選には元市議の木村圭司氏(56)が出馬表明しており、田中氏が2人目。現職で2期目の伊東香織氏(49)は26日の市議会本会議で態度表明する予定。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  関連参考資料


  伊東香織   ウィキペディア

生年月日  1966年5月14日(49歳)
出生地   福岡県福岡市   
出身校   東京大学法学部  ハーバード・ロー・スクール
所属政党  無所属
公式サイト みらいに向って!笑顔と元気あふれるまち / 伊東かおり
第6代 岡山県倉敷市長  当選回数 2回
在任期間
2008年5月19日 - 現職

伊東 香織(いとう かおり、1966年5月14日 ‐ )は、日本の政治家、郵政・総務官僚。岡山県倉敷市長(2期)。
福岡県福岡市生まれ。1990年3月、東京大学法学部卒業。同年4月、郵政省(現総務省)に入省した。1993年6月、アメリカ合衆国ハーバード・ロー・スクールを修了し、法学修士号(LLM)を取得。1995年6月、栃木県日光郵便局長に就任。1998年から2000年まで総理府(現内閣府)国際平和協力本部事務局で勤務。ボスニア・ヘルツェゴビナ国際平和協力業務に従事した[1]。
2003年4月、総務省から倉敷市へ出向し、倉敷市総務局長に就任。翌2004年より倉敷市収入役。2007年8月に総務省へ戻り、国際部多国間経済室長に就任したが、同年11月に退官[2]。

2008年倉敷市長選挙[編集]
2008年4月27日に行われた倉敷市長選挙に無所属で出馬。現職の古市健三、元市議の秋山正らを破り初当選[3]。中国・四国地方では史上初の女性市長であり、かつ初当選時の年齢(42歳5日)が、それまで女性市長では史上最年少であった白井文(元兵庫県尼崎市長)の初当選時(2002年)の年齢(42歳6ヶ月)を下回った。しかしこの記録は2010年白井の後継として尼崎市長に当選した稲村和美が37歳10ヶ月で当選して更新された。この記録も2012年に36歳6ヶ月で滋賀県大津市長に当選した越直美に再度更新されている。
※当日有権者数:373,435人 最終投票率:47.13%(前回比:0.64ポイント)
伊東香織 41 無所属 新 79,135票 45.35%
古市健三 60 無所属 現 70,915票 40.64%
秋山正 53 無所属 新 24,445票 14.01%

2012年倉敷市長選挙[編集]
2012年4月22日に行われた市長選挙では、元京都府大山崎町議の矢引亮介[4]を破り再選。
※当日有権者数:377,023人 最終投票率:33.72%(前回比:-13.41ポイント)
伊東香織 45 無所属 新 112,634票 89.31%
矢引亮介 41 無所属 現 13,477票 10.69% (推薦)日本共産党




  倉敷市長選、木村氏が出馬表明 元市議「未来への投資を」
 4月17日告示、同24日投開票の倉敷市長選に、新人で元倉敷市議の木村圭司氏(56)=同市茶屋町=が5日、無所属で立候補する意向を表明した。  山陽新聞

 木村氏は同市役所内で記者会見し「教育問題や高齢者世帯の不安解消などがなおざりにされ、市の未来に限界を感じる。問題を先送りせず、未来への投資を惜しまず、10年先に責任を持てる倉敷市にするため全力で前進したい」と述べた。

 水島コンビナートの環境対策を最重要課題に挙げたほか、保育施設整備と定員の緩和による待機児童ゼロの実現▽高齢者世帯の居住・生活環境整備―などに取り組む考えを示した。岡山県によるJR倉敷駅周辺の連続立体交差(鉄道高架化)と市の第2土地区画整理事業には「連続立体交差は事業(推進)の旗を降ろし、区画整理は中止を視野に方向付けすべき」とした。

 木村氏は倉敷市出身。日本大商学部を中退後、会社員や会社役員を経て2001年1月から市議を3期12年務めた。

 倉敷市長選への出馬表明は木村氏が初めて。現職で2期目の伊東香織氏(49)は今のところ立候補の表明はしていないが、3選に向けて意欲をにじませている。 (2016年02月05日 12時56分 更新)
  1. 2016/02/26(金) 08:36:18|
  2. 未分類

眼鏡(メガネ)について

古本屋通信    No 1786   2月25日

  眼鏡(メガネ)について



  私は左翼関係と古本屋稼業以外の私生活についてブログに書くことは殆んどないのだが、今回は例外的に眼鏡(メガネ)について書くことにする。
 
  このブログは2月15日に書いて以後、20日まで更新がストップした。私としては珍しいことだった。この間、M眼科に行って診て貰った。症状としては涙目である。眼圧正常、糖尿病の異常はあるが悪化はしていない。大したことはないが、いちおう炎症を抑える薬を出すから1,2週間点滴せよとの事であった。それで5日目に涙目は改善された。やっぱり M先生はありがたい。

  それと並行して眼鏡屋の愛眼さんで遠近メガネを点検した結果、作り直してもらう事になった。つまり度が合わなくなったというより、表面に傷がいっぱい入っていて見えにくくなっていたのである。その新調のメガネが注文してから1週間後の今日昼前に出来上がるのだ。その待ち時間に老眼鏡を掛けてこの記事を書いている。

  いくらか他人に参考になることがあるかも知れない。あるいはまるで役に立たないかもしれない。

  メガネの傷だが、私は1ヶ月前にもこの老眼鏡(同じもの2つ)を作り替えている。傷の原因だが、私はそんなに粗末に扱った憶えはなかった。たまに地面に落下させたことはあったが、それは鋭い線となって現れる傷である。メガネが見えにくい傷はそれではなかった。表面一帯に薄い曇りとなって現れている傷こそが見えにくさの元凶だった。

  私は迂闊にもその傷の原因を1ヶ月前まで知らなかった。愛眼さんで初めて教えてもらった。胸ポケット(といってもスーツではなく、ジャケットかワイシャツ)にケース無しで、無数にメガネを出し入れしていたのだ。これが決定的に悪かったと知った。私が夢にも思わなかった事だった。だから今後は老眼鏡は職場と自宅の2ヶ所に置いて、決して持ち運びしない事に決めた。

  これは(あとで詳しく書くが)中近用メガネも同様である。やはり職場と自宅の2ヶ所に置いて持ち運びしない事にした。

  きょう出来上がる遠近メガネは原則的に何時も掛けている移動用のメガネである。だから2つも要らない。胸ポケットに入れる必要のないメガネである。

  たまに同業の店に行ったり、新刊書店に行くときには、遠近メガネを掛けて、胸ポケットにケース入りの老眼鏡を入れて訪問しなければならない。中近用メガネを持ち運ぶことはしないつもりである。

  以上が今回の私のメガネ事情である。

・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  以下は私のメガネ履歴とメガネ雑感である。少しづつ書いていく。


 私は小学生時代、裸眼1,5だった。中学生時代も裸眼1,5だった。高校時代と大学時代は1,2だった。職場時代の40歳までたぶん1,0だった。遠くは良く見えるのだ。しかし35歳で老眼鏡が必要になった。遠くが良く見える者ほど老眼が進むそうである。

 老眼は進行が早いと聞いていたので、メガネは百円ショップか、それに近い安上がり商品を消化した。それで60歳まで通した。

 眼科医院とは無縁だったが、45歳で糖尿病だと診断され、年一度の眼底検査を受診するようになった。ここからM先生のお世話になる事となった。45歳時の視力は0,8位だったが、やがて50歳台で運転免許証セーフの裸眼0,7をクリアーできなくなり、遠近メガネの使用を余儀なくされる。

 それと同時に老眼鏡を改善し、M眼科医院で処方された老眼鏡の使用を開始した。ちょうどパソコンを開始した時期だった。それで新調したばかりの老眼鏡でパソコン検索に勤しんだ。

 然し、間もなくパソコンには老眼鏡ではなく、中近メガネが最適だというM先生の指導に従って、中近を初めて購入した。だが私には中近は使い辛く、けっきょく引き続いて老眼鏡でパソコンに向った。と言っても中近を捨てた訳ではなく、もっぱら古本屋の店内用とした。だが対象物の本との距離はまちまちなので、まことに使いにくかった。つまり古本屋作業には老眼鏡と中近と遠近の3種類のメガネを使い分けなくてはならないのだ。けっこう面倒である。    以下、未完。
  1. 2016/02/25(木) 08:22:52|
  2. 未分類

八鹿暴力事件は1990年に決着

古本屋通信    No 1780   2月20日

   八鹿・朝来暴力事件は1990年に決着済み


  石崎ブログにデボーリンから以下の投稿があった。拙文の一箇所 「主犯の丸尾らは実刑判決であった」 は事実誤認であったので訂正する(主犯丸尾良昭は懲役3年執行猶予4年確定)。其の他は全てデボーリンの出鱈目である。文末の高杉の本については、大昔に論難済みである。デボーリン全文に三度目の反論の労をとる暇がない。他人のネット上の文章を借りて反論に代えたい。尚、文末に解放同盟兵庫県連大会における野次について、主犯の丸尾に関する噂を傍証として貼っておく。これは権力のデマでもないし、対立する陣営の流した誹謗でもない。解放同盟内部から出た「真実」であろう。こうしたレヴェルであったのであろう。





587:八鹿高校事件 by デボーリンの墓守
on 2016/02/20 at 09:03:52 
古本屋通信が八鹿高校事件について支離滅裂なことを書いています。
事実関係からしてでたらめばかりで、どこから批判していいのかわからないくらいです。たとえば「主犯の丸尾らは実刑判決であった」と書いていますが、実刑判決は出ていません。
それに古本屋通信の主張は全くの自己矛盾です。古本屋通信は宮顕の査問致死事件について「治安維持法のせいだから無効である」と言っていたはずです。私は賛成しませんが、これはこれで一つの立場として理解はできます。
しかし古本屋通信は部落解放同盟に対する不当弾圧については、最高裁の差別判決を全面的に容認する立場です。(その差別判決ですら、「赤旗」「兵庫民報」などが大宣伝した「リンチ」などは認定していないのですが)
次の主張に私は全面的に賛同します。
http://tmp3.2ch.net/test/read.cgi/rights/1077425731/549n
人民の闘いには、権力の弾圧や有罪判決はつきものだと思います。
意見の違いがあるにせよ、闘う人民を権力に告訴し、不当な有罪判決をこれみよがしに宣伝するのは、左翼政党としての最低限の資格を疑わせる行為です。
-------------------------
当時、「赤旗」「兵庫民報」や兵庫県高教組が部落解放同盟の「蛮行」なるものについてデマ宣伝を行いましたが、そんなものはなかったことは明らかです。
次の本をぜひ読んでください。
高杉晋吾『部落差別と八鹿高校 糾弾の論理』(三一書房)
これは初版1975年で、私が持っているのは1988年第11刷ですから、かなり売れたはずです。今でも古書で容易に入手できます。





八鹿高校事件有罪確定

ーー最高裁の上告棄却と「糾弾権」路線の破綻ーー

最高裁(第一小法廷、角田禮次郎裁判長)は、九〇年十一月二十八日、八鹿高校事件を頂点とするいわゆる「八鹿・朝来暴力事件」について、主犯丸尾良昭ら部落解放同盟(「解同」)側被告人一三名からの上告申立に対し、適法な上告理由がないとして、これをいずれも棄却する決定をくだした。
この結果、一九八三年十二月十四日神戸地裁が言い渡した、主犯丸尾良昭に対する懲役三年、執行猶予四年の刑を最高とする全被告人、全事件有罪の一審判決が確定した。

「八鹿・朝来暴力事件」というのは、一九七四年九月から十一月にかけて発生した「解同」による集団暴力事件で、兵庫県南但馬地方に誕生したばかりの「解同」丸尾派がその勢力拡大のため、暴力主義と利権あさりの体質を露呈し、南但馬の自治体や学校教育現場をその支配下におさめるべくいわゆる「朝田理論」と「解放教育論」をふりかざして暴力と洞喝の限りをつくし、多くの住民をも震憾させた事件であり、起訴された事件だけでも八件、被害者数二〇〇余名にたっする一大暴力犯罪であった。

八鹿高校事件は、そのなかでも最大の事件であり、同年十一月二十二日、部落解放研究会(「解放研」)問題を口実に県立八鹿高校に対する教育介入をはかった「解同」が、これに抵抗する教職員集団(同校のほぼ全員)にたいし、これを校内に拉致監禁したうえ、「糾弾」と称する凶悪・凄惨・陰湿な集団リンチを加え、内四八名に瀕死の重傷を含む傷害を与えた(入院も二九名に達した)事件である。主犯丸尾良昭らが逮捕、監禁(致傷)、強要、傷害の罪で起訴された。

今回の最高裁の上告棄却決定により、一連の事件発生以来、被害者側の告訴、告発を受けて「長年月の裁判に耐えうる証拠の確実な事件、被告人に絞って起訴した(捜査主任検事の言明)とされる日本の教育史上前例のない、あるいは裁判史上有数とされるこの一大刑事事件は、その後の神戸地裁の一審有罪判決、それにたいする「有罪」を不服とする被告「解同」側と「量刑不当」を理由とする検察側の双方の控訴、これにたいする一九八八年三月二十九日の大阪高裁における双方の控訴を棄却する判決、さらにこれにたいする被告「解同」側の上告申立(検察側は上告理由が見当たらないとして上告を見送った)という流れを経て、刑事事件としては丸一六年ぶりに決着をみたことになる。

この事件の有罪確定により、「解同」の凶悪な集団暴力犯罪が明確に断罪されるとともに、「解同」の運動論の中心に位置してきたいわゆる「糾弾権」なるものも、社会的にはもとより法的にも完全に否定されたことになる。



・・・・・・・・・・・・・


八鹿高校事件で、レイプは『あった』のですか。解放同盟は否定しているのですか。

1976年4月21日の部落解放同盟兵庫県連大会では、執行部派が反執行部派の丸尾良昭(八鹿高校事件主犯)に対して「おまえ、ええかっこいうが、朝来事件や八鹿高校事件は暴力ではなかったのか。『解放研』の女子高校生を強姦までしている」と野次っており、八鹿高校事件における、強姦を含む暴力行為の存在が部落解放同盟の内部でも知られていたことが窺える。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  古本屋通信

 尚、デボーリンの指示どおり上記をクリックしたら、以下の2チャン投稿が表示されたので、ついでに貼っておこう。


 「解放同盟の親戚」さんが「さざなみ」に送った記事の続き

>   当時解同タブーの中で、一般マスコミや警察が不介入の中、赤旗のみ
>   がこの事件を報道したのです。又全学連を中心に防衛隊が組織され、
>   私の同僚も参加しました。こうした結果蛮行した者達は起訴され、確か
>   有罪判決を受けた筈です。

>  「蛮行」はありませんでした。司法は、この事件の本質的責任のありか
> を無視し、不当な有罪判決を下しましたが、糾弾権は認めました。
>  人民の闘いには、権力の弾圧や有罪判決はつきものだと思います。
> 意見の違いがあるにせよ、闘う人民を権力に告訴し、不当な有罪判決を
> これみよがしに宣伝するのは、左翼政党としての最低限の資格を疑わ
> せる行為です。

相手が「挑発してきた」ら暴力は振るってよい。それは「蛮行」ではない暴力闘争は必要だ。暴力振るうのは人民の闘争だ。人民の闘争を権力に 売り渡すような告訴戦術、「不当な有罪判決」をこれみよがしに宣伝するのは 左翼政党として最低限以下、だと。「資格を疑う」と。



  古本屋通信は非暴力思想の持ち主ではないから、人民が権力との闘争において実力を行使する事をいちがいに否定しない。また暴力集団の襲撃に対しては、断固とした正当防衛権を認めるものだ。然し上記の丸尾らに暴力を行使する一分の理由もない。まるでヤクザの暴力以下だ。千歩ゆずって部落解放運動の内部対立としようか。集団で徒党を組んで八鹿高校の教師集団をリンチに掛けてよい理由は何ひとつない。デボーリンはもうこの件はやめたほうがよい。私も今後は過去の事件として持ち出さないことにする。
  1. 2016/02/20(土) 21:20:42|
  2. 未分類
次のページ