古本屋通信

キラリと光る竹永光恵さんの記事

古本屋通信    No 1505    6月30日


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  更新日時:2015/06/30 06:47




  
 キラリと光る竹永光恵さんの記事



  岡山市議の竹永光恵さんは時どきキラリと光る文を書く。きのうの記事がそれだ。解説は不要だろう。感想はひとことだけ。スジがとってもよい。惚れ惚れする。私が惚れたのは文中の青文字の個所。



  文芸教育の世界
 
 竹永みつえ  
  6月29日 

文芸教育研究協議会の小学一年生の模擬授業に参加しました。
詩から読み解くと言うことで、2人の教師から模擬授業を受けました。

授業で学校を変える、授業で生き方まで掘り下げるという研究です。本質を教育の場で発揮するために認識の関連、系統指導をするとのこと。

ねうちのあることを、正しくわかりやすく、面白く伝える。そのためにはタイトルから知恵をしぼらなければ!
などなど、私自身、ニュースや質問や文章を書く時に参考になることがたくさんありました

モノの見方、考え方、分かり方。
よく私たちが若い時に、労働学校などで学んでいた本質的に物事をとらえる理論を教育の場で実践しようとしているみなさんの熱意に感動しました。


8月8日、9日は広島で総会があるそうです。
基調講演は、この会の会長の西郷竹彦先生、記念講演は、あの小出裕章先生の、原子力のない未来のお話、
絵本作家の長谷川義史さんなどです。興味のある方、チラシ預かってます、ご一報ください(^O^)/



 古本屋通信
 この文からして句読点の打ち方、改行、レイアウトなど満点だ。
 感心するほどではないと言う方へ。そうそう書けるもんじゃありませんぜ。
  1. 2015/06/30(火) 07:00:32|
  2. 未分類

浜野忠夫『民主連合政府を・・・』

古本屋通信    No 1504    6月30日

   浜野忠夫 『民主連合政府をめざして』




  きのう岡山平和書房へ行って表題の本を買ってきた。今年はじめに刊行されていたそうだが、私が知ったのは先日の赤旗の書籍広告によってだ。すぐに平和書房に行ったのだが、一昨日は閉まっていた。やっと入手出来てホッとした。

 店主の I 木さんは一昨日は高梁市で開催された岡山県母親大会に(本を売るために)参加したそうだ。  「300人くらい集まりましたか?」 I 木 「いやいや、600人集まったよ」  「へ~え、すごい」。 岡山の婦人運動は最盛期の勢いを失っていない。少し老齢化しているけれど、高梁の田舎に600人集める組織力は大したものだ。



  それはそうと、この本は超おもしろい。読み始めたばかりだが保証する。全国地区委員長(県委員長も)会議での浜野の講義を書籍化したものだ。まだ50頁しか読んでいないが、グイグイ引きこまれてしまった。しかし一気に読むと目が持たない。我慢して中断して、この記事を書いている。

 まあ、これだけのこと(組織課題のこと)を書けるのは浜野しかいないということだろう。その浜野とて70年代初めには滋賀県の一常任活動家に過ぎなかった。今では浜野がいなかったら共産党の全国組織、とりわけ中央委員会は立ち行かないだろう。

 この本の感想と云おうか、書評は追々書くが、それより超おもしろいのは巻末の資料である。第8回大会を起点にあらゆる党勢の指標(党員数、機関紙読者数、議員数など)が都道府県別に網羅されている。最近は赤旗にもこういう統計は載っていない。だから超刺激的だ。

 しかし如何せん、豆みたいな活字なのだ。転記する気にはなれない。それ以前に自分で見る気にもなれない。誰かがフィルム写真で撮影して、拡大して見れるようにしてくれれば助かるんだが、まあ他人に期待しないでオイオイ文字化して行く積りである。期待しないで待っといてください。



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   資料④ 各年代の党勢の変化
  
(1961年の第8回党大会時現勢を100とした各党大会時現勢の指数)


   党員
  60年代(11大会)70年代(15大会)80年代(19大会)90年代(22大会)00年代(25大会)10年代(26大会)
全国  321     493       527      439     462      347


   赤旗日刊紙
  60年代(11大会)70年代(15大会)80年代(19大会)90年代(22大会)00年代(25大会)10年代(26大会)
全国  383     681       513      332     243      213


   赤旗日曜版
  60年代(11大会)70年代(15大会)80年代(19大会)90年代(22大会)00年代(25大会)10年代(26大会)
全国  573    1,191       988      695     503      428
   
 
   党員
  60年代(11大会)70年代(15大会)80年代(19大会)90年代(22大会)00年代(25大会)10年代(26大会)
岡山  209     373       454      380     490      374


   赤旗日刊紙
  60年代(11大会)70年代(15大会)80年代(19大会)90年代(22大会)00年代(25大会)10年代(26大会)
岡山  218     605       461      271     189      165


   赤旗日曜版
  60年代(11大会)70年代(15大会)80年代(19大会)90年代(22大会)00年代(25大会)10年代(26大会)
岡山  250     1,061       891      610     402      335
   
 
  

  古本屋通信

 ひとこと短評。1961年の8大会時にはトコトン少なかったのを、60年代のたたかいを通じて11大会(1970年7月) 迄に3.2~5.7倍と驚異的に伸ばした。これが私の党員時代だ。70年代15大会までは更に伸びるが、これは60年代のたたかいの余波である。1972年の新日和見主義事件が大きな 「転換期」 だった。たしかにその後も数年間は伸び続けた。だから議会主義的純化は党勢拡大にプラスだったとの評価もあった。しかしそれは数年で脆く崩れ去った。

 私に言わせると11大会時、つまり1970年7月を起点に一覧表を作り直したらよい。その後にも一進一退はあったが、45年間で党員数は微増、赤旗日刊紙は半減に近く、赤旗日曜版も3割減である。

 これを最高時の15大会時(1980年2月)を起点にすれば党勢の激減はもっとハッキリする。つまり党員数で3割減、赤旗日刊紙は三分の一以下、赤旗日曜版も実に6割を失っている

 浜野が触れようはずもないが、これは党方針の根本的な誤りから来る激減である。つまりブルジョア議会主義の誤りから結果した激減なのだ。それはそうだろう。大衆闘争をたたかわない、選挙以外を禄にやらない、それで党員が増えようはずはなく、赤旗を購読してくれといってもブル新聞の拡販と変わりはない。党員は嫌気がさして疲弊して離党していく。その絶えざる悪循環の45年間であった。

 浜野がいみじくも正しく指摘しているが、たとえ今回の戦争法を阻止できたとしても、現在の党勢では絶対に民主連合政府は樹立できない。

 ただひとつ重要な点を加えておこう。たたかいを通じて巨大な百万の党を建設しなければならない。しかし (デボーリン氏がそれなりに正しく言っているように) いまのガタガタの党員では話にならない。端的には崎本レベルの党員である (いくら何でも石村クラスや宮本岳志クラスは殆んどいないだろう)。こういう党員には少なくとも引っ込んで貰わなくてはならない。マルクス・レーニン主義 (科学的社会主義) による再教育をしなければならない。

 まあ今日はこれで終わりとしようか。

  1. 2015/06/30(火) 05:12:24|
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平山ひとみさん関連の赤旗記事

古本屋通信    No 1497   6月27日

   平山ひとみさん関連の赤旗記事を発見


 自宅の古新聞の束の中から、6月21日付けの赤旗日刊紙が出てきた。全文を貼っておこう。

 懲罰動議に党町議反論
   福岡・那珂川 同和行政正す質問

 福岡県の那珂川町議会は17日、同和行政の終結を求めて一般質問した日本共産党の平山ひとみ町議が 「差別発言をした」 との不当な懲罰動議を行い、平山議員が議会で反論しました。
 16日に平山議員は、部落問題の歴史的経緯と現在の同和事業の実施状況などにふれ、特別対策の終結を求めて質問しました。ところが翌17日に武末茂喜町長は、「同和」などの言葉を使ったこと、同和事業実施自治体を指摘したことにたいし、同和地区が存在する市町を特定できるなどとして 「差別発言」 だとし、町議会議長に発言撤回を求める異例の「要望」を提出。同日、4町議が発議者となって、謝罪と議事録からの削除を求める懲罰動議を行いました。
 平山議員は「差別をなくし、公平公正な行政への転換を求めて質問した。(動議は)行政に不都合な真実を隠蔽(いんぺい)、将来に禍根を残す」と反論。議長が途中で発言を制止し、退出させました。
 懲罰動議について、福岡人権蓮の植山光朗事務局長は「歴史用語や言葉の枝葉を差別とすることは、市民の間での自由な発言を封じ込める。国の事業が終わったにもかかわらず続けている、町の特別対策への批判を差別とすりかえることは問題だ」 と話しました。
 平山議員は「議員の発電の保障は議会制民主主義の根幹。町長の議会干渉に議会の内外でたたかいを強めたい」と話しました。
 動議は議会閉会後、懲罰特別委員会で審査される予定です。
  1. 2015/06/27(土) 11:03:06|
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平山ひとみ議員支援の輪を!

古本屋通信    No 1496   6月27日

   平山ひとみ議員支援の輪を広げよう。


  いま戦争法案反対のたたかいで大変なときである。しかし同時に、日本の議会制民主主義を根柢から破壊する暴挙が九州の地で行われている。それも同和利権に正面から反対する日本共産党の議員を抹殺しようとするたくらみを持って。この暴挙を許すことは出来ない。私は渦中にある平山ひとみ議員支援を訴えた。しかし商業紙は読売しか報道せず、赤旗も報じていないせいか(訂正 新井直樹さん経由だが、6月21日に早くも報道されたらしい。下記参照。赤旗にお詫びして訂正させて戴く。すみませんでした)、一般のブログではキンピーサイトと古本屋通信しか取り上げていなかった。ところが昨日になって大津留公彦さんのブログに以下の記事がアップされた。よくは存じないが、人気ブログであるらしい。さっそく転載させて頂くことにした。大津留さん、宜しくお願いします。ありがとう。



2015年6月26日 (金)  大津留公彦のブログ2
平山ひとみ議員への懲罰動議の撤回を!
我がfacebook上の友人の福岡県那珂川町の平山ひとみ議員が懲罰にかけられようとしている。
理由は「著しく人権を侵害する」発言をしたとして、同町議4人が懲罰動議を提出した。
質問を全部を聞いたが「著しく人権を侵害する」どころか人権を守るという非常に格調の高い質問でこの人を国会議員にしたいと思わせる内容だった。

2012年に那珂川町の1700人(?!)が浅草の会議に出張してレポートなしというのはどういう事?
どういう研修や会合があったのか?
この質問が数百万の入金が無くなる部落解放同盟の逆鱗に触れたのだろう。
太宰府市が廃止するなら那珂川町も廃止すべし。
福岡県内に四つしか残って無いのだから、

平山ひとみさんのFBより
==============================
今議会の私の一般質問が、なんと懲罰の対象にさせられそうです!
質問動画をぜひ、ごらんください。http://youtu.be/nQsm2ctF_FE
同和地区のみに高齢者医療への助成などしている那珂川町以外の自治体は
殆どないと自治体名をあげたことは、そこに同和地区があると明らかに
したから差別だとか極めつけは「同和」と単体の言葉を使ったから差別語だとか
(「同和地区」はいいらしい)
だから、撤回させろと町長から要望書が提出されました。議会閉会日の明日は、
私への懲罰委員会を設置されるもよう。
もちろん、たたかいます!
明日9時半から行われる議会に可能な方はおこしください。
那珂川町役場の議会HPからライブ中継されますので、ネット視聴をお願いいたします。
==============================

こんな2ちゃんねるの書き込みがあった。
71 :名無しさん@1周年:2015/06/21(日) 01:09:40.53 ID:l8/j8VLr0
問題のビデオを >>34のおかげで見る事が出来た。

共産党は嫌いだが、この議員の言う事は至極真っ当な意見だ。
現在の問題を見ても分かるように、優遇というのは逆差別しか生み出さない。

差別というのは、基本的に被差別者(つまり部落民)に問題があるから起こるもんだ。
それを逆手に取って優遇利権などを得れば、いつか一般民の爆発が起きる。
それは現在を考えれば、容易に理解できるだろう。

解決策は、被差別者が反省し、マナーや考え方を一新するしかない。
まあ最初のうちは、ちょっとお膳立てしてやる必要はあるかもしれんが。

ちょっと共産党を見直したかな。

ーー
平山ひとみ 国保、同和問題
平山ひとみ 弁明途中で退場させられた!

6月議会の一般質問で同和対策事業終結をと求めたところ、差別したと懲罰動議が出され­ました。
当然、弁明をしようとしたら、いきなりの退場命令。
不当です。
ーー
福岡県那賀川町に抗議しよう!
こちらから抗議のメールが送れます。
https://www.town.fukuoka-nakagawa.lg.jp/form/detail.php?sec_sec1=2&inq=03&check
私は以下のメールを送りました。

平山ひとみ議員への懲罰動議は言語道断です。 同和行政について批判されたから懲罰動議をかけるというのは民主主義にもとる行為です。 又それに対する弁明の最中に同和について触れたとたんに議長から退場させられたというのは那賀川町議会の歴史的汚点となるものです。 今すぐ平山ひとみ議員への懲罰動議を撤回して下さい。

読売新聞記事 (何故か読売のみ報道)
以上です。
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・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

平山 ひとみ 福岡県那珂川町議会議員
https://www.facebook.com/hitomi.hirayama.14

私の同和行政批判の議会質問(http://youtu.be/nQsm2ctF_FE)
に対し、町長が発言撤回の要望書を出し、
議会では懲罰動議が出され
私の弁明途中で議長が退場させた(http://youtu.be/4WO-a3hdJds)

一連のことが今日の赤旗13ページに報道されました。
(全国共通の紙面なのかはわかりませんが^_^;)
  1. 2015/06/27(土) 07:33:03|
  2. 未分類

資料・トロツキストの革命論

古本屋通信    No 1495   6月26日

  資料・トロツキストの革命論



  私のデボーリン氏批判 (No 1491 トロツキストの世界革命論) に対して、石崎徹さんのブログに彼から反批判があった。わざわざ丁寧に書いてくれたのだが、石崎ブログでは目に着きにくいだろう。ここに転載させていただこう。これは石崎さんに了解をお願いする。

 私の再批判文はない。二人の基本的な違いは十分明らかになったと思うからである。すなわち一国社会主義者である私と、世界革命論者のデボーリン氏と。 ただ、文末に最小限の掲載者脚注を付した。






古本屋通信氏の民族主義・スターリン主義的本質について
by デボーリンの墓守 on 2015/06/25 at 09:54:01 
古本屋通信記事がどうしていまだに不破綱領の日本共産党に期待するのか、また坂井希委員長がどうのとか妄想にふけるのか理解できませんでしたが、彼が根本的にスターリン主義と決別していないことが明らかとなりました。

>選りによって自分にいちばん不利な所に噛み付いてきた。日本国憲法は日本だけの憲法ではないとでも言うのか。国境がない憲法があるとでも言うのか。それは1848年の共産党宣言でオワリだ。せいぜい81ヶ国の共同声明までだ。しかしコレは各国共産党共通のマニフェストであっても、党綱領でも各国憲法でもない。

『共産党宣言』 (1848年) は「共産主義者同盟」 の綱領として書かれたものですが、その後さらに第一インター(国際労働者協会)、第二インター、第三インター (コミンテルン) 、第四インターと発展してきたことを知らないのでしょうか?
1960年モスクワ声明 (81ヶ国共産党・労働者党国際会議) などは、すっかり堕落したスターリン主義の「国際共産主義運動」でしかなく、真の共産主義運動とは縁もゆかりもありません。

>日本共産党の入党資格問題は戦後10以内に決着がついている。蒸し返すつもりはない。主に在日朝鮮人の党籍だが、双方まったく異存なくケリがついている。外国人を入党させない政党は日本共産党だけであろう。だから支持する。ここら辺は問答無用に願う。

これなんか、まったくわけがわからない主張ですが、「外国人を入党させない政党」は自民党・次世代の党・生活の党と山本太郎となかまたちなどをはじめ多くあるでしょう(注1)。民主党・公明党は国籍を問わず入党でき、社民党は「18歳以上で日本国籍を有する者及び18歳以上で、日本に3年以上定住する外国人」となっていますが。
「外国人を入党させない政党は日本共産党だけであろう。だから支持する。」というのは、もう腰が抜けるほど驚くものです。彼は徹底した民族主義者のようです。なるほど、日本共産党を支持し続けるわけだ。

>外国人が日本プロパーの問題、今回は日本の戦争立法という法制に口出しすることは紛れもなく内政干渉である (だから赤旗は在日外国人の集会参加の記事は掲載していない筈である。私が引用したのもブル新の朝日新聞だった。さすがにこの点では赤旗はいい加減ではない。赤旗は安倍政権批判にしばしば外国の声を援用するが、その範囲を細心の注意を払ってご覧ください。石村では赤旗記者は務まらない。坂井希だったから務まった)。ただし日本国籍を取得していれば日本人である。当然いかなる日本問題について発言してもよい。

「内政干渉」の定義が滅茶苦茶です。外交官でも他の政府公職者でもない個人が「内政干渉」などできるわけがありません(注2)。それに「内政干渉」などという概念自体がブルジョア国民国家の枠組みを自明の前提としたものではないですか。プロレタリア国際主義者が「内政干渉」などという言葉を口にすること自体が驚天動地です。

>「万国の労働者団結せよ」 は本来的に労働者階級には国境がない、そういう階級だといっている。しかし現実問題として国境があるからこそ、国境を越えて団結せよといっている。それが内政干渉的発言がやりたい放題で構わないのなら、こんな楽な話はない。国際連帯とは各国プロレタリアートの各国革命運動を認めた上での連帯なのだ。

これなど完全にスターリン主義者の一国主義そのものです。マルクス主義者にとっては、本質的に世界的な単一の共産主義運動が存在し、それが「形式のうえでは」各国の運動として現象するのです。だから『共産党宣言』は、「ブルジョアジーにたいするプロレタリアートの闘争は、内容としてはそうでないとしても、形式としてはさしあたり一国的である」と述べているのです。ところがスターリン主義者=古本屋通信氏の理解では、「各国プロレタリアートの各国革命運動」がまずあって、それが「国際連帯」するというのです。これが完全なスターリン主義者の理論であり、「自主独立路線」であることは説明を要しないでしょう。

トロツキーがコミンテルン第6回大会へ向けて一国社会主義論を批判して言っているとおりです。ソ連において一国社会主義が可能であれば、ドイツにおいて、フランスにおいてどうして不可能であろうか。そして一国社会主義が可能であるなら、どうしてコミンテルンという世界党の支部である必要があろうか。このようにしてコミンテルンは民族共産主義によって分解していくだろう…
このトロツキーの予言はまさしく現実のものとなり、ブルジョア国家の国籍を入党要件とするような「共産党」が出現するまでに至ったのです。

>ひとことだけ加える。一国社会主義と世界革命の問題に係わるが、党籍問題、在日の政治発言問題とも、革命(論)の輸出はマズイという事である。突き詰めて行くとそうなる。そういう混乱は戦後世界史に限りなくあった。ソ連のチェコ侵攻、アフガン侵攻などの軍事介入には当然ながらその序章があった。党籍問題、在日の政治発言問題とも無責任な大衆迎合発言は慎むべきだ。この辺は藤野と一緒だね。

このあたり、何が言いたいのかさっぱり不明です。しかし、「革命(論)の輸出はマズイ」というのなら、いったいどうしてコミンテルンという世界党が出来たのでしょうか? (注3)

今回は古本屋通信氏の民族主義的地金が確認できて有意義でした。やはり日本共産党から組織的に決別してもイデオロギー的に完全に決別していないものは限界があるのです。


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(注1) これは迂闊でした。自民党は知っていました。あとは知りませんでした。ただ、ここでは左翼諸党派しか眼中にありませんでした。

(注2) そういうことはないでしょう。「外交官でも他の政府公職者でもない」個人のコミュニストが他国の内政に干渉した例は数限りなくあります。

(注3) だから世界戦争中にコミンテルンは解散しました。第一インターからコミンテルンまでの世界共産党は必然性がありました。それは一国社会主義を妨げるものではないでしょう。

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   参考資料

   世界史用語解説 授業と学習のヒント appendix list

コミンテルン/第三インターナショナル/共産主義インターナショナル

 1919年結成の国際的な共産主義運動を指導する共産主義インターナショナル。第三インターナショナルともいう。1920~30年代の国際政治にも大きな影響力をもっていた。当初は革命を指導する機関として動いたがドイツ革命の失敗などから、次第に支援機関という性格に変化し、また1935年から人民戦線戦術に転換した。

 コミンテルン Comintern は、共産主義インターナショナル(Communist International)の略。第3インターナショナルともいう。帝国主義と闘う国際的な共産主義運動を志向したレーニンによって提案され、1919年3月に結成された。第一次世界大戦勃発に伴い、各国の社会主義政党が自国の防衛戦争を優先して第2インターナショナルが崩壊したことの反省にたち、労働運動や社会主義運動の国際連帯にとどまらず、各国の共産主義政党が明確に革命を志向するための世界共産党として組織された。その設立を呼びかけたロシア共産党のレーニンの指導権が圧倒的に強い組織となった。1921年7月にはその下部組織として、モスクワでプロフィンテルン(赤色労働組合インターナショナル Profintern )が社会民主主義的な国際労働組合連合(アムステルダム)に対抗して結成された。 → 第1インターナショナル

 コミンテルンの結成
 1919年3月、コミンテルン第一回の大会に参加したのは、30ヶ国52名の代表であったが、そのほとんどはロシアに亡命していた各国の革命家で、実際に外国からモスクワに到着したのは5人であった。ドイツ共産党(18年末、スパルタクス団を中心に結成した)のローザ=ルクセンブルクらはこの時点では無理であるという意見を伝えてきたが、ロシア革命の成功に自信を持つレーニン、ジノーヴィエフ、トロツキーらはロシア共産党主導でヨーロッパ各国の共産主義を指導し、革命を輸出できると考えていた。このような理念は世界革命論としてトロツキーによって継承されるが、現実的にはヨーロッパでの革命は他国では進展せず、スターリンによる一国社会主義論の路線が主流となっていく。

Episode ラジオで参加を呼びかけたコミンテルン

(引用)1919年1月24日、全ヨーロッパは、モスクワからのラジオ放送によって、近くモスクワのクレムリン宮殿で、共産党インターナショナルの第一回大会が開かれることを知った。しかし、この新国際組織が、なんの目的で、いま作られなければならないのかは判らなかった。この放送は、世界三八ヵ国の革命党にあてての招請状の代りをするものであった。大戦の混乱は、ラジオ放送を通じてのメッセージによってしか、革命党への呼びかけをできなくしていたのである。この放送のおこなわれた三日後には、第二インターナショナル系のベルン会議が開かれることが前から決定していたから、コミンテルンが、このベルン会議に対抗して、急遽新組織を樹立しようとしていることは明白であった。しかし、この異例ともいうべきラジオ放送による大会招請状は、ヨーロッパの社会主義政党から、ほとんどなんの反応もえられなかった。大会は、はじめ2月15日に予定されていたが、各国政府のパスポート発行拒否、逮捕、そして第二インターナショナル系の積極的な妨害にあってやっと3月2日に開会された。大会参加者は三〇ヵ国、三五組織、五二名であった。<菊地昌典『歴史としてのスターリン時代』1966 盛田書店>

 レーニンの誤算 第2回大会
 1920年7月、第二回のコミンテルン大会が開催された。フランス、イギリス、ドイツ、イタリアなどの社会党や共産党からも代表が参加し、国際プロレタリアートによる国際革命を目指すことが議論され、レーニンの原則的な理念である世界革命への展望が広がるやに見えた。ちょうどそのとき、ポーランドのピウスツキが領土的野心からロシアに侵攻し、ソヴィエト=ポーランド戦争が始まっており、ソヴィエト=ロシアの赤軍は国境線までポーランド軍を押し戻していた。トロツキーは反対したが、レーニンはポーランドの労働者が呼応して蜂起することを期待し、赤軍にワルシャワに向けて進撃することを命じた。しかしこれは大きな誤算となり、ワルシャワ目前にして赤軍は大敗北を喫した。ポーランドの労働者は国際プロレタリアートの連隊による蜂起よりも、ピウスツキの呼びかけた祖国防衛という民族主義の方を選んだのである。また赤軍兵士も、戦闘意欲が強かった内戦や干渉軍との戦いとは違い、革命の輸出である国際プロレタリア革命の大義に従う意識は弱かった。レーニンの国際革命への楽観主義、理想主義は早くも挫折を余儀なくされた。<E.H.カー/塩川伸明訳『ロシア革命』1979 岩波現代文庫 p.24-27>
ヨーロッパからアジアへ 第3回大会
 さらに、ドイツ革命に失敗し、ハンガリー革命も押さえつけられてしまい、ヨーロッパでの革命運動はたちまちのうちに行き詰まってしまった。ヨーロッパでの革命が困難になるなか、1921年の第3回コミンテルン大会は、国際共産主義運動の攻撃的性格を転換させ、資本主義諸国内の社会民主主義勢力との協調と、植民地支配下の民族主義運動の支援という、「統一戦線」を目指す方向に向かうこととなった。特に植民地の被抑圧民族の解放を方針として掲げたコミンテルンは中国革命に対する支援を強め、1921年の中国共産党の結成を援助し、さらに国民党の孫文に働きかけて国共合作(第1次)を実現させた。中国国民党との協力には否定的な意見もあったが、スターリンは強く国共合作を進めた。しかしその見通しは、1927年の上海クーデターで誤っていたことが明らかになった。それ以後、中国ではコミンテルン指導に従わない毛沢東の路線が強まることとなる。

 スターリン体制下のコミンテルン 第6回大会
 1924年にレーニンが死去、ソ連共産党の主導権はスターリンに移った。スターリンは一国社会主義論を掲げ、世界同時革命を否定し、トロツキーらを排除した。コミンテルンはソ連外交の支援機関という性格を強めていった。1928年のコミンテルン第6回大会では帝国主義戦争の脅威が高まる中、各国共産党の武装闘争を掲げ、階級闘争の観点から社会民主主義者に対しても厳しく戦う姿勢に再び転じた。1929年にはトロツキーを国外追放とし、スターリン独裁体制が成立、第一次五ヶ年計画が開始されたが、同年、世界恐慌が始まり、世界はファシズムの台頭というより緊迫した情勢となっていく。

 反ファシズム人民戦線
 ファシズムの台頭に対して、ヨーロッパ各国で1934年から、幅広い反ファシズム勢力を結集させる人民戦線の結成の動きが強まってきた。コミンテルンはそれを受けて戦術を転換、1935年のコミンテルン第7回大会ではブルジョア階級との対決を棚上げして、広く民主勢力を結集してファシズムと戦うという「反ファッショ統一戦線(人民戦線)」路線が採択された。これは、フランス、スペイン、中国などでそれぞれ具体化が進み、コミンテルン運動の新たな展開となる。その反面、ソ連共産党ではスターリン独裁体制と官僚制が強まり、自由な発言や活動は封じられるようになり、反対派はきびしく粛清されるという事態が進行していた。

 人民戦線戦術へ転換 第7回大会
 1935年7月から8月にかけて、モスクワで開催された、コミンテルン(世界共産党、第3インターナショナル)大会では、ドイツにおけるナチスなどのファシズム(全体主義)の台頭とアジアにおける日本軍国主義による中国侵略に対し、共産党が単独で対決するのではなく、社会党や社会民主党、自由主義者、知識人、宗教家などあらゆる勢力と協力する、反ファシズム人民統一戦線を結成すべきであるという方針を打ち出した。このような戦術を人民戦線という。これは従来の社会民主主義やブルジョア自由主義を的と捉える共産党の戦術を大きく転換するものであった。この方針にもとづいて、フランスやスペインに人民戦線が結成され、人民戦線内閣が誕生した。またアジアでは、中国共産党がこの路線に基づき、1935年に八・一宣言を出し、抗日民族統一戦線の結成を国民党などに呼びかけた。
 コミンテルンの動きを警戒したファシズム国家側は、1936年11月、日独防共協定を締結した。これは日本とドイツがコミンテルンの主導による人民戦線の結成の動きを、国際共産主義の攻勢と捉え、そこから共同して国家を防衛しようとするものであった。また、スペインにおいては人民戦線内閣に対するフランコ将軍の軍事クーデターが起こると、ドイツは全面的な支援に乗り出し、スペイン戦争へと突入する。
 アジアにおいては1937年に日中戦争が始まると、中国国民党と共産党と第2次国共合作が成立し、日本の軍事侵攻に共同で抵抗が始まる。

 コミンテルン解散
 独ソ戦が開始され、苦戦が続いたソ連で、1943年6月、英米との協調に踏み切ったソ連スターリンがコミンテルンの解散を決定した。

 コミンテルンの解散
 1935年の第七回大会以来、コミンテルンの大会は開催されることはなかった。その後、コミンテルンはファシズムの台頭に対して、スペイン戦争で人民戦線政府を積極的に支援したが、イギリス・フランスは不干渉政策をとり続け、結局フランコ軍に敗れてしまった。この過程で、イギリス・フランスとソ連の関係は冷たくなっていった。ドイツはオーストリア併合を強行するなど露骨な侵略姿勢を強めたが、イギリスのネヴィル=チェンバレンは宥和政策をとり1938年のミュンヘン会談でドイツのズデーテン地方割譲要求を容認し、1939年8月、スターリンがヒトラーと独ソ不可侵条約を締結すると、双方の不信感は決定的となった。

 第二次世界大戦の戦局転換
 こうして1939年9月にヒトラードイツはポーランドに侵攻して第二次世界大戦が開始されたが、ドイツとソ連の提携は次第に雲行きが怪しくなってきた。特にフランスを降伏させたドイツがソ連の利害が対立するバルカン半島にドイツが侵攻したことは両者の関係を決定的に悪くし、ヒトラーはついに独ソ戦を決意、41年6月22日、突如ソ連に侵攻した。

 連合国の形成
 そのため、ソ連は一転して西部からのイギリスのドイツ攻撃に期待せざるを得なくなった。イギリスも同調し、英ソ軍事同盟を成立させ、さらに英ソの首脳が発表した大西洋憲章にソ連が支持を表明、42年1月には連合国共同宣言がにソ連も署名し、連合国が形成された。

 コミンテルン解散とその事情
 独ソ戦の激戦が続くなか、スターリンは、コミンテルンの解散を決定した。それは、連合国と協調する上で、従来資本主義諸国のなかに、ソ連共産党がコミンテルンをつうじて共産主義革命を起こすように仕組んでいると考えられ、ソ連に対する敵視の原因を除去する必要があると判断したからであった。しかしその裏の事情には次のような指摘もある。
(引用)1943年6月9日、コミンテルンの解散が執行委員会幹部会の名で発表された。ソ連のスターリンはその直前、解散の理由を、コミンテルンがモスクワの手先であるという誤解を捨てさせ、統一戦線をおしすすめ、共通の敵ヒットラーにたいする攻撃を容易にすることにあるとロイター記者にのべているが、事実は、戦争によってコミンテルンと弱体化した各国支部の連繋がうしなわれ、もはやコミンテルン自身の存在理由が全く失われてしまったことにあった。<菊地昌典 『歴史としてのスターリン時代』 p.273>
  1. 2015/06/26(金) 15:17:19|
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議会一般質問に言論テロ

古本屋通信    No 1493   6月26日

議会一般質問に言論テロ 福岡県那珂川町の平山ひとみ町議(日本共産党)に懲罰動議


 差別性はゼロだ! 「同和対策事業は税金のムダ遣いです」 の何処が懲罰に値するのか。利権集団と結びついた金まみれ町議こそ町議会から永久追放せよ!

 busayo さん、乞う転載。
 議会質問に懲罰動議など余程の事でないと許されない。平山議員の発言に何の問題もない。またしても部落解放同盟を背景にした一部議員のファッショである。日本共産党は一歩も引くな! 断固たたかえ! 古本屋通信は平山ひとみさんを支持する。ファッショ的暴挙を絶対に許さない。キンピーサイト管理人のエントリーにはユーチューブが貼られているので、まずはそれをご覧になることをお奨めする。以下のコメントの第一声も戦闘的ですね(笑)。余談だけど、こういう時の元東大民青さんはやはり私と真っ向から対立するでしょう。全実存を賭してのたたかいはやはり他人の庭では無理ですね。それから平山ひとみさんという名前で反射的に連想したのが、平山知子さんと石井ひとみさん。どちらも女性共産党員です。



2015年06月25日20:52
福岡県那珂川町の平山ひとみ町議、懲罰動議を出される
読売新聞

福岡県那珂川町の平山ひとみ町議(共産)が議会定例会の一般質問で「著しく人権を侵害する」発言をしたとして、同町議4人が懲罰動議を提出した。
 議会は19日の本会議で賛成多数で可決し、発言を審査する懲罰特別委員会を設置した。
 平山議員は16日の一般質問で、同和対策の事業費などについて質問。4議員は翌17日に平山議員の陳謝と議事録からの削除を求め、懲罰動議を提出した。
 平山議員は読売新聞の取材に対し、「差別的な意図は一切ない」と説明している。


 その懲罰の対象となったのがコレで (ユーチューブ)
弁明しようとしたら退場させられたのがこれらしい。 (ユーチューブ)
懲罰の対象となる質問を飛ばし飛ばし見たところでは、かなり辟易するというか、しつこいなぁとは思うものの、特に問題があるようには思えなかった。ご本人も怒り心頭らしい。
 これは同和関係から刺されたのかも知れないねぇ・・・
busayo_dicbusayo_dic

 コメント一覧
1. 帝国のぼかさちゃん  2015年06月25日 23:02
断固拒否、利権あさりのえせ同和。
解同朝田一派を糾弾し、正義のペンをふるう、タブーのない、正義の味方! しんぶん「赤旗」。偉大なスターリンが言うように、これほどの名誉があるのでしょうか。
そもそも偉大な日本共産党は、小林多喜二烈士、市川正一烈士、伊田助男烈士、岩田義道烈士を失いつつも、日帝国家権力に屈しなかった、偉大な党です。
凶悪な国家権力に屈しなかった日本共産党が、解同だろうが創価学会だろうが朝鮮総連だろうが、中ソ覇権主義を断固粉砕した日本共産党にとっては、そんなものはびくともしないに決まっているのです。
差別を政治利用するような、極悪非道の連中を断固として許さない。これが偉大な日本共産党の革命的伝統です。
トコトン闘いぬき、「糾弾権」などというものをつっぱねてこその日本共産党なのです。
平山ひとみさんがんがれ!
差別の政治利用を許さないぞ!!
八鹿高校白色テロ事件を忘れないぞ!!


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・
  古本屋通信 

 以下は平山ひとみさん本人のツイッターから。
 ここでも平山さんの議会質問の全映像が見えます。これの何処が懲罰に値するのでしょうか。怒り心頭です。まるで狂気です。いったいこの日本でこれが通用する世界が21世紀の現在残っているということ自体がおぞましい。しかしいまだにこれを部落差別だと本気で考えている人がいるのです。その基準をお教えしておきましょうか? 彼らにとって差別とは部落にとって不利になることは全て差別なのです。こうして九州の同和成金が生まれたのです。甘い汁は決して忘れません。



平山ひとみさんがリツイート
かどはら武志(日本共産党東郷町議) ‏@kadohara · 3時間3時間前
つづき)抗議先は那珂川町役場。投稿フォームはこちら https://www.town.fukuoka-nakagawa.lg.jp/form/detail.php?sec_sec1=2&inq=03&check … 人事秘書課宛てなので、町長への抗議はそのままでいいですが、議会宛てならばその旨を明記されると良いでしょう。よろしくお願いします。

平山ひとみさんがリツイート かどはら武志(日本共産党東郷町議) ‏@kadohara · 3時間3時間前
つづき)平山議員自身による最初の報告はこちら→ https://www.facebook.com/photo.php?fbid=469358599893915&set=a.125089947654117.26931.100004593372318&type=1&theater …

  平山ひとみさんがリツイート
かどはら武志(日本共産党東郷町議) ‏@kadohara · 3時間3時間前
福岡県那珂川町で、議会で同和利権を取り上げた日本共産党町議の発言について町長が撤回を求め、議会が懲罰委員会を設置。この発言のどこが差別? 変だと思ったら是非とも町長と議会に抗議を(つづく…平山ひとみ 国保、同和問題 https://youtu.be/nQsm2ctF_FE @YouTube

平山ひとみ ‏@hitomihirayama · 5時間5時間前
町長から私の発言撤回をと要望書が議長に提出されていて、それと今回の懲罰動議は別物だから触れるなら弁明は許可しないと言わんばかりに(それ自体も不当ですが)言われました。私は触れてませんがね。

平山ひとみ ‏@hitomihirayama · 6月23日
町長が私の発言撤回の要望書を議長に提出。懲罰動議はそれと別物なのだから弁明では触れるなと言われてました。でないと弁明も許可しないと言わんばかりに。これもごらんいただくと嬉しいです。同和行政批判の議会質問http://youtu.be/nQsm2ctF_FE

 平山ひとみさんがフォローしています 星野みえ子さん、田辺昭夫さんと赤旗政治記者さん。

星野みえ子 @mietyann1
日本共産党 福岡市議会議員 福岡市当仁小、当仁中、福岡中央高校卒業

田辺昭夫 @akioda1021
日本共産党倉敷市議会議員の田辺昭夫です。現在7期目。日本福祉大学卒業、福祉の心ひとすじに頑張っています。

平山ひとみ ‏@hitomihirayama · 6月19日
私の同和行政批判の議会質問に町長が発言撤回要求、議員らが懲罰動議
質問の録画http://youtu.be/nQsm2ctF_FE
弁明を「行政に不都合な真実を隠ぺいになるのでは」の箇所で議長が中断
弁明の録画http://youtu.be/4WO-a3hdJds
不当です。#那珂川町

平山ひとみ ‏@hitomihirayama · 6月16日  
同和対策事業は税金のムダ遣いです。
#那珂川町 #同和 http://youtu.be/nQsm2ctF_FE



  古本屋通信
  要はいちばん下の 「同和対策事業は税金のムダ遣いです」 が気に食わないわけです。私も現状では「同和対策事業は税金のムダ遣い」 だと思います。しかし「同和対策事業は税金のムダ遣いではない」 と思う人もいるでしょうから、そういう人の発言権をも認めます。しかしそういう人が「同和対策事業は税金のムダ遣いです」 という平山さんの発言を認めないのがファッショだという事です。平山さんの全発言を繰り返し視聴しました。批判に価する発言は完全に皆無です。まして差別発言などあろう訳がありません。差別の個所さえ指摘できないのです。だから全発言を差別として抹殺しようとしました。懲罰動議など凡そ考えられない議会制民主主義の自殺であり破壊です。それがまた可決される地獄の町議会。いったいどうなっているの? いまだにこんな封建的、前近代的 「風習」 が残っているんですね。九州の片田舎とはいえ驚きました。これは 「風習」 ですよ。動議を出した4人と町長は一度トコトン袋たたきにしなければなりません。福岡県那珂川町というのは日本の辺境の地ですね。恥かしくて土地から一歩も出れませんね。平山さんは救いです。


 最後に日本共産党中央と、地方議員を含む全党員の皆さんへ。
 これは九州の一地方自治体で起った問題である。だから地方自治を尊重する立場から党中央委員会と赤旗は大きく取り上げていないように見える。党の地方議員も同様に距離を置いているように見える。しかしこれは断固として一地方自治体の問題ではない。なぜなら党所属の議員が全く不当な言いがかりによって懲罰に懸けられているのだ。これは紛れもなく党に掛けられた攻撃なのだ。断固反撃しなければならない。部落解放同盟(解同)による利権の復活を許さないギリギリのたたかいである。平山ひとみさん支援に全力を集中しようではないか。



・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

  追伸

 いま自宅に帰って、昨日と今日の赤旗日刊紙を隅から隅まで探したが、関連記事はどこにも見つからなかった。殆んどが圧倒的に戦争法反対の記事である。そのこと自体に異存はない。しかし気になることはやはり書いておかねばならない。

 日本共産党はここ数年 「一点共闘」 という事を強調する。これはこれで大事だが、問題は柔軟性と原則性の統一だろう。共闘の相手とも相互批判はするという事だ。

 至近の問題に返る。仮に、仮にだが、こんかい懲罰動議を出した4議員が民主党系の議員で、戦争法案には反対の態度を表明していたとする。その反対の態度は無効だとは言わない。しかし彼らとは絶対に共闘できない。党の根幹を否定しているからである。この点ははっきりさせておきたい。特に北九州では松本親子孫一派、上杉佐一郎一派の影響力はまだ残っているであろう。彼らの社会党や民主党は利権の隠れ蓑に過ぎなかった。熱さ過ぎれば何とやら、利権の根は根絶しなければならない。

 こんかいもミエミエである。一度手にした既得権を共産党に潰されてたまるか、だ。平山ひとみさんの追及の具体をよくご覧ください。出張旅費にせよカラでない証拠はないし、だいいち解放同盟主催の 「研究集会」 になぜ公費を充てねばならんのか。この問題では世間は圧倒的に共産党支持だ。自信を持って対応されたい。
  1. 2015/06/26(金) 00:22:06|
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トロツキストの世界革命論

古本屋通信    No 1491   6月23日

  トロツキスト世界革命論


 石崎徹さん所にデボーリン氏から投稿があった。単純明快だ。トロツキストの所論の縮図である。まあ、革共同3派のいずれかに入党されることをお奨めする。それぞれに不満があるみたいだが、日本共産党よりマシなのではなかろうか。


  以下、全文引用

 「古本屋通信記事にびっくり」 デボーリンの墓守
 日本での生活が56年になるコラレスさんは取材に対し、新たな安全保障法制の関連法案について
「たくさんの憲法学者や国民が『憲法違反』と声をあげているのに、政権がまったく聞こうとしないという事態は異常だ。 憲法9条は日本だけのものじゃない。世界の、人類の宝だと思う」
 下の古本屋通信記事を読んで非常に驚きました。
 古本屋 「何をぬかすか、日本国憲法は日本だけの憲法だ。国境がない憲法があるか。日本の集会に出てきて内政干渉をするな! 叩き出してやろうか」
 あいた口がふさがりません。 彼は入党資格に日本国籍を定めている現在の日本共産党規約を当然視しているのでしょう。そして外国人が政治的発言をすることを「内政干渉」だと思っているのでしょう。
「内政干渉」というのは武力など強制力を用いて他国に介入することで、外国人個人が政治的発言をすることが内政干渉に当たるわけがありませんが。
 古本屋氏は「万国の労働者団結せよ」は内政干渉だと考える民族主義者のようです。



  古本屋通信

 選りによって自分にいちばん不利な所に噛み付いてきた。日本国憲法は日本だけの憲法ではないとでも言うのか。国境がない憲法があるとでも言うのか。それは1848年の共産党宣言でオワリだ。せいぜい81ヶ国の共同声明までだ。しかしコレは各国共産党共通のマニフェストであっても、党綱領でも各国憲法でもない。

 日本共産党の入党資格問題は戦後10以内に決着がついている。蒸し返すつもりはない。主に在日朝鮮人の党籍だが、双方まったく異存なくケリがついている。外国人を入党させない政党は日本共産党だけであろう。だから支持する。ここら辺は問答無用に願う。

 外国人が日本プロパーの問題、今回は日本の戦争立法という法制に口出しすることは紛れもなく内政干渉である (だから赤旗は在日外国人の集会参加の記事は掲載していない筈である。私が引用したのもブル新の朝日新聞だった。さすがにこの点では赤旗はいい加減ではない。赤旗は安倍政権批判にしばしば外国の声を援用するが、その範囲を細心の注意を払ってご覧ください。石村では赤旗記者は務まらない。坂井希だったから務まった)。ただし日本国籍を取得していれば日本人である。当然いかなる日本問題について発言してもよい。

 「万国の労働者団結せよ」 は本来的に労働者階級には国境がない、そういう階級だといっている。しかし現実問題として国境があるからこそ、国境を越えて団結せよといっている。それが内政干渉的発言がやりたい放題で構わないのなら、こんな楽な話はない。国際連帯とは各国プロレタリアートの各国革命運動を認めた上での連帯なのだ。

 デボーリン氏の投稿を石崎さんが歓迎しているか迷惑がっているか知らぬが、ブリッジ投稿のやりとりは今回限りとする。


  ひとことだけ加える。一国社会主義と世界革命の問題に係わるが、党籍問題、在日の政治発言問題とも、革命(論)の輸出はマズイという事である。突き詰めて行くとそうなる。そういう混乱は戦後世界史に限りなくあった。ソ連のチェコ侵攻、アフガン侵攻などの軍事介入には当然ながらその序章があった。党籍問題、在日の政治発言問題とも無責任な大衆迎合発言は慎むべきだ。この辺は藤野と一緒だね。



  翌朝に

 いま翌朝2時である。店に来て見ると拍手が3つ着いている。石崎ブログのデボーリン文には拍手がゼロだ。あちらさんの方が丸一日早くアップされている。勝負は早々についている。それはデボーリン文の幼稚もあるが、そもそも石崎さんのブログが非文学に馴染まないからだろう。デボーリン氏が自前のネット媒体を持たれることを望む。そうしないと対等な対話や論争は無理である。
  1. 2015/06/23(火) 10:26:37|
  2. 未分類

つれあい発、田村智子

古本屋通信    No 1489   6月22日

 
  つれあい発、田村智子



  晩飯を食って店に出てきた。10分で記事を書く。

 私はテレビを観ないので、その情報はつれあいの一言二言に依存する。

 「あんた、田村智子、ええなあ。国会質問、全くスキがなかったよ」

 「そうか、そんなによかったか」

 「ええわ、何を言われても即座に切り返してた」

 「秘書の書いた原稿の棒読みだと、すぐにわかる。まあ、田村が成長株の筆頭だろうよ」

 「高橋千鶴子も悪うないんよ。でも、どこかオットリしとる」

 「どっかの駅弁大学じゃったな。わしらといっしょじゃ。よう頑張っとる。けど早稲田の文学部は何と言っても下地が違う」


 私は学歴主義者ではないけれど、学歴は大切だと思っている。そういう思考があるからか、いつの間にか周囲の付き合いは自分より高学歴が多くなってしまった。あるいは全く大学などと縁のないブルーカラーだ。私にとって両極端が好ましい。

 それは措いて、共産党の議員や専従に学歴は不要だが、それに相当する基礎学力は不可欠であろう。私は付け刃で尤もらしいゴタクをならべる輩をもっともきらう。それがいまいちばん顕れているのが戦争法案に対する発言だろう。モト右翼の姐チャンがそれだ。

 田村智子も最初ガタガタだった。勉強して盛り返した。しかしその背後には学歴があった。これは吉良佳子も変わらない。きっと良くなる、それが私の確信だ。

 京大卒の藤野がミソをつけた。これは傲慢になったためである(思ってもいないことを大衆迎合して言うな。コレ大衆蔑視、すなわち傲慢)。謙虚さに欠けていた。高学歴は仇になった。東大教育学部卒の宮本の国会質問は出色だった。この辺は微妙である。

 10分が過ぎた。こういう調子でブログの記事を書く。早くも涙目になってきた。さようなら。





  翌朝2時に店に出て追加する。

 元東大民青氏、改めデボーリン氏へ。
 日本共産党批判はかくやるべきである。よいはよい、悪いは悪い。個々具体の人物、具体のケースに即してやるべきである。上記の田村、高橋、藤野、宮本徹の4人は全て不破綱領の賛成者だから等しくダメなのか? そういう認識もあろう。なら具体について議論する必要はない。全部ひっくるめて打倒すべきである。そういう政治党派で活動すべきである。なければ自分でつくればよい。それがマルクス主義者であろう。そういう気がないのに坂井がダメだの、吉良や池内(私は近々に池内のヘイト論を批判する予定である)は低レベルだから話が通じないなど、よっぽど彼女たちが好きだと見える。いや、よっぽど気になると見えると訂正しておこうか。そう勘ぐられても仕方がなかろう。文句があれば、(ここでは投稿は受け付けないから)石崎さん所の投稿されたらよい。石崎さんの対応に注目しておこう。

 それから 「帝国主義戦争を内乱へ」 だが、観念的に捉えてはならない。いま具体を想定すること自体が観念論の謗りを免れないだろうから、サワリだけ。自衛隊の出動となった段階で、反戦の呼びかけをする。ギリギリのところでこれに応じる自衛隊員は出る。それを燎原の火のごとく拡げることは必ずしも夢物語ではない。叛乱である。総叛乱である。すなわち命令系統が無効になっているのだから叛乱=内乱である。問題はこのときの党の指導部である。坂井希委員長なら的確な対応が出来る。そう言ったまでである。まあマルクス主義にとって軍事論は重要な分野なんだが、これは遠慮しておこうか。軍隊内部の組織問題もからむ。
  1. 2015/06/22(月) 19:55:31|
  2. 未分類

18歳選挙権を支持する

古本屋通信    No 1483   6月18日

   十八歳選挙権の国会決議を支持する


  選挙権年齢を18歳以上に引き下げる公職選挙法改定案が昨日参院本会議で可決された。全会一致だった。古本屋通信はこの国会決議を支持する。多くの新聞報道を紹介する必要はなかろう。先ほどアップされた赤旗のウェブ記事を貼る。その後に私が先日文字入力した坂井希さんの文章を再録する。




 2015年6月18日(木)  赤旗日刊紙
18歳選挙権 成立  全会一致 来夏参院選に適用へ
 選挙権年齢を「20歳以上」から「18歳以上」に引き下げる公職選挙法改定が17日、参院本会議で全会一致で可決され、成立しました。選挙権年齢の見直しは「25歳以上」から「20歳以上」に引き下げられた1945年以来で、70年ぶりとなります。
 18歳選挙権は公布1年後から施行。国政選挙では来夏の参院選から適用される見通しで、約240万人が新たな有権者になります。
 日本共産党は党創立以来18歳選挙権実現を掲げてきました。今回の法案審議では「さらに幅広い民意が議会に反映されることは、議会制民主主義の発展につながる」との立場を示し、賛成しました。
 一方で、同改定は2007年制定の「改憲手続き法」で、改憲のための国民投票の投票権年齢を18歳としたことに端を発したものです。日本共産党は改憲勢力が18歳選挙権実現を改憲への道筋と位置づけていることを厳しく批判してきました。




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  再録


  古本屋通信     No 1409   4月28日

  
坂井希さんの文を貼りました。

 まえがき
 通信 No1406で、坂井希さんの 「月刊学習」 所収文のことを書き掛けましたが、平和書房が閉まっていて先延ばしになっていました。いま入手したので再開します。私の下手な感想文など止めにして、坂井さんの全文を文字入力します。これはたぶん近々には、私のブログ以外では、パソコンで読めないでしょう。万一 「月刊学習」 編集部から (雑誌の売り上げが減ると) クレームが付けば削除しますが、まあその心配はないと思います。
 尚、今回の転載は単に資料として貼るのではなく、古本屋通信は全面的に賛意を表明するものです。ただし拙ブログの文が如何なる文脈において利用されようと、心から歓迎します。まあ、コピーをって坂井文を 「拡大」 して欲しいものです(古本屋通信)。





  「十八歳選挙権」 の実現を一貫して目指してきた党

        日本共産党中央委員会政策委員会   坂井 希


 選挙権年齢を 「二十歳以上」 から 「十八歳以上」 に引き下げる公職選挙法改定案が、自民、民主、維新、公明、次世代、生活の与野党六党によって、今国会に提出されています。志位委員長は、日本共産党は 「十八歳選挙権は必要という立場だが、今度の法案の動機は 『憲法改定のための国民投票をするため』 と大変悪い。審議の中で、問題をきちんとただした上で (法案への) 態度を決めたい」 (三月五日) と表明しています。昨年成立した改定改憲手続き法は、憲法改定の国民投票の投票年齢を 「十八歳以上」 としましたが、それを実施する上で公選法の選挙権年齢も 「十八歳以上」 に引き下げるとしています。今回の公選法改定案は、この改憲手続き法とリンクしています。
 本稿執筆の時点では国会での審議が始まっておらず、法案への態度は決まっていません。それを前提に、十八歳選挙権に対する日本共産党の基本的な立場について述べたいと思います。



  戦前から先駆的に掲げ続けた

 日本共産党は九十二年前、党創立の直後から、国民主権と 「十八歳以上のすべての男女にたいする普通選挙権 (綱領草案、一九二二年) を掲げてきました。
 当時の日本は天皇絶対の専制政治体制であり、立法権、行政権、司法権も、国を統治する権限はすべて天皇が握っていました。「帝国議会」、「国務大臣」、「裁判所」 は設けられてはいましたが、天皇を助ける 「協賛」 機関にすぎず、その権限は限られたものでした。女性は法的には 「無能力者」 とされ、人権も自由も認められておらず、抑圧されていました。
 「帝国議会」 (一八八九年設置) の貴族院の議員は天皇の任命、衆議院の議員は男性高額納税者による選挙 (制限選挙) で選ばれていました。納税額による選挙権の制限をなくす 「普通選挙権」 の実現は一九二五年。天皇制政府は、労働者や小作農民が選挙に参加することになるので、国民弾圧のための 「治安維持法」 を同時に制定しました。この [普選法」 でも、女性と二十五歳未満の青年はしめだされていました。
 日本共産党が主権在民の民主主義日本を実現する展望とあわせて、「十八歳以上のすべての男女」 の選挙権を求めたことは、きわめて先駆的でした。女性に対する不当な差別をなくし、政治的にも男女同権を実現すること、そして、徴兵制によって兵役を課せられていた青年を含め、十八歳以上の全ての人に選挙権を保障することは、青年を政治と社会の大事な担い手として遇するものでした。十八歳選挙権は、青年の自由と生存の保障、民主的権利の確立のための民主主義日本実現のたたかいのなかで、中心的要求でした。
 戦後も、日本共産党は 「日本共産党憲法草案」 (一九四六年) に選挙権・被選挙権が 「十八歳以上のすべての男女に与えられる」 (第四十七条) と明記し、一貫してこの主張を掲げ続けました。一九七六年に採択した 「自由と民主主義の宣言」 で 「十八歳以上のすべての男女に選挙権を与える」 としたのをはじめ、党綱領にも第十七回党大会 (一九八五年) の一部改定で 「十八歳選挙権を実現させる」 と盛り込みました。第二十三回 党大会 (二〇〇四年) で決定された現綱領には、「日本社会が必要とする民主的改革」 の [憲法と民主主義の分野] の三項に、「十八歳選挙権を実現する」と明記されています。



  日本社会の 「十八歳」 の現実から見ても当然

 十八歳選挙権を実現は、日本社会 の現実から見ても当然の方向です。
 日本の十八歳には、すでにさまざまの分野で、社会的権利や義務があります。
 労働基準法では、十八歳未満の「年少者」を、深夜業、危険有害業務、坑内労働につかせることが制限されていますが、十八歳になれば、こうした保護の対象から外されます。勤労していれば、当然、所得税納税の義務も負っています。
 男女とも婚姻が可能となるのは十八歳です。一人で契約や財産管理・処分などの法律行為を行うことができます。自動車の普通運転免許も十八歳から取得できます。児童福祉法、児童虐待防止法、児童買春・ポルノ禁止法などの 「児童」 は、「十八歳未満の者」 です。
 このように、労働や婚姻など広い分野で社会的権利が与えられ、義務も負ってうるのに、「政治に参加する権利」が保障されていないのは不合理です。
 さらに言えば、政党のレベルでは十八歳以上を入党の要件としているところがどほとんどです。日本共産党、自民党、民主党、公明党、社民党、維新の党は十八歳から入党できます。これらの党は、十八歳に達した青年が、政治活動に参加するにふさわしい資格と能力をもっていることを認めているのです。
 こうした政党の状況から考えてみても、「十八歳に選挙権を与えるのは早すぎる」 という議論は成り立ちません。



  十八歳選挙権は世界の大勢

 十八歳選挙権は世界の大勢です。世界百九十八の国・地域のうちの約九割、百七十六の国・地域で十八歳 (一部は十六、十七歳) 選挙権が実現しています (二〇一四年、国立国会図書館調べ)。サミット八ヵ国中、十八歳選挙権でないのは日本だけです。 
 欧米では、一九六〇~七〇年代に学生のベトナム戦争反対や学園民主化を求めるたたかいが広がり、そのなかで十八歳選挙権を求める運動がわきおこりました。その結果、イギリス(一九六九年)、西ドイツ(一九七〇年)、アメリカ(一九七一年)、フランス(一九七四年)、イタリア(一九七四年) などで十八歳選挙権が次々と実現しました。
 イギリスでは 「肉体的にも早く成熟し・・・・・・大人としての社会的責任を負っている」、「教育も昔より進んでおり、知識も豊富になっている」、「若い者に参政権を与えることは、政治に活気を与え、新しい考え方を吹き込む」、「若い者に『参加』の感覚を植えつけるのに大いに役立つ」、「社会的に大人並みの責任を負わなければならないのに、これに選挙権を与えないのは不均衡」 などの観点が審議・検討され、選挙権年齢が十八歳に引き下げられました。
 アメリカでは、「今日の十八歳の青年は・・・・・・・選挙権の責任ある行使に必要な人格の成熟、判断力、着実性を持っている」、「早くから市民としての責任感が養成され、それにより青年の広汎な社会的、政治的参加が推進される」、「兵役の義務を負い、職業に従事し、結婚ができ・・・・・その実質及び責任において投票する権利に比すべき色々な権利義務が既に我々の社会において与えられている」、「選挙民の全体的な質が改善され、われわれの社会がよりよく代表されるようになる」 という議論から、選挙権年齢が十八歳に引き下げられました。
 フランスでは、「第二次世界大戦後の国力の伸展・経済の発展に伴い、いくつかの法領域で成年年齢がすでに引き下げられていた」、「当時の若年者も成熟度の増大、中東・高等教育の普及、各種メディアによるあらゆる種類の情報の多様化・多量化」 などが選挙権年齢引き下げの目的・根拠としてあげられ、実現しました。
 このように欧米では、教育水準も高く、判断力もあり、すでに社会的な義務を負っていることなどから選挙権年齢の引き下げを当然としました。日本と同様、二十歳選挙権だった韓国でも、「青少年の自然的な精神能力の向上や早熟現象」、「成年擬制や婚姻年齢等の法制度及び急激に変化している社会・経済の現実を考慮」し、二〇〇五年から十九歳に選挙権年齢が引き下げられています(韓国では民法の成年年齢は二十歳のまま)。
 日本の十八歳もすでに多くの権利と責任を負い、マスコミの発達もあり豊富な政治情報をもっています。諸外国の青年と比べて格段に劣っているとは言えないでしょう。

※参考=①法制審議会民法成年年齢部会第七回会議(二〇〇八年九月九日)参考資料19「諸外国における成年年齢等の調査結果」、②国立国会図書館調査及び立法考査局『主要国の各種法定年齢』(二〇〇八年)




  高校生が選挙に行く時代に

  十八歳選挙権が実現すれば、誕生日を迎えた高校三年生は選挙権を得ることになります。これに関わって、文部省初等中等局長が一九六九年に出した通達 「高等学校における政治的教養と政治的活動について」 は、すみやかに撤回すべきです。
 一九六〇年代当時、青年・学生の運動の高揚のなかで、世界では前述したように、十八歳選挙権が次々と実現して行きました。一方、日本政府は、一部の学生による「暴力的な政治活動や授業妨害・学校封鎖への対処」 を名目に、青年・学生運動の押さえ込みをはかりました。通達はそのために出されたもので、その中には 「生徒の政治活動を禁止」 すると明記されています。
 時代背景が大きくかわったのちも、この通達を根拠に、「埼玉県の航行の図書委員の生徒たちが 『子どもの権利条約』 を語る三校交流会を計画したところ、会場を希望された学校が使用を拒否」(一九九一年)、「フランスの核実験に反対する署名活動を文化祭で行おうとした兵庫県の高校生徒会の計画が、『教育の場で高校生が政治的に行動するのは問題が多い』 という学校の判断で中止」(一九九五年) など、高校生の自主的な活動が抑圧されてきました。
 通達は、「政治的活動」 を禁じる根拠として、「選挙権等の参政権が与えられていないことなどからも明らかであるように、国家・社会としては未成年者が政治的活動を行なうことを期待していないし、むしろ行なわないことを要請しているともいえること」をあげています。この言い分自体、憲法や「子どもの権利条約」で保障された高校生の「表現の自由」「意見表明権」を侵害するもので不当ですが、十八歳から選挙権を得ることになれば、この通達の前提自体がかわってきます。時代にいよいよそぐわないこの通達は、撤回されるべきでしょう。
 宮本岳志衆院議員の調べによると、大学でも、「学生は、学内において政治活動をしてはならない」(北海道・私学)、「学内での政治活動、宗教活動は理由を問わず認められません」(埼玉県・私学)のように、「学生生活規程」 などで 「政治活動の禁止」 を明示している例が見られます。
 若者の投票率の低さが問題視されますが、高校生や大学生が政治に関わることをタブー視するような風潮をつくっておいて、二十歳になったらいきなり 「選挙に行け」 と言うのは、あまりに乱暴な話ではないでしょうか。
 「若者は政治にうとい。十八歳選挙権を実現しても棄権が増えるだけではないか」といった懐疑の声も聞かれます。しかし、むしろ十八歳選挙権を実現をてこにして、若い世代が主権者として国や地方の政治に主体的に関わり、「国の主人公は自分たち」 という感覚を育てていけるよう、学校教育や社会のあり方を見直していくことが求められていると思います。



  未来に生きる若者のためにも

 ちょうど本稿の執筆時、『サンデー毎日』 (二〇一五年四月五日号)の「東大合格者アンケート特集」が話題となりました。「安倍政権にひと言」という項目への回答に、「戦争前夜くらいの雰囲気がして不快。戦争で死にたくないし、人も殺したくない」「日本国憲法九条は地球の宝、改正はやめた方がよい」「TPP反対」「反対意見を初めから除外して議論する姿勢は良くない」などの違憲が並んでいるのです。
 厳しい受験戦争に励みつつも、安倍政権の暴走に不安を感じていたのでしょう。晴れて合格したいま、政権批判の声を堂々とあげる十八歳、十九歳の姿を頼もしく感じました。
 十八歳選挙権の実現が、「改憲の地ならし」にすることをねらう勢力の思惑を乗り越え、未来に生きる若者のエネルギーをおおいに引き出し、平和で民主的な日本を築いていく力となることを願うものです。               (さかい のぞみ)
  1. 2015/06/18(木) 12:24:01|
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日の丸 君が代 断固反対!

古本屋通信    No 1482   6月17日

   「日の丸」 「君が代」 断固反対!


  まあ大学もナメられたもんだが、さすがに赤旗はここではマトモである。久しぶりに記事を全文転載し全面的な支持を表明する。



 2015年6月17日(水)  赤旗日刊紙
 
文科相 国立大に 「日の丸」 「君が代」 “要請”

 学長ら「国家の命令」批判
 下村博文文部科学相は16日、国立大学の学長が一堂に会する会議で、大学の入学・卒業式で「日の丸」掲揚と「君が代」斉唱を行うよう要請しました。下村氏は「各大学の自主的判断にゆだねられている」としながらも、「国旗国歌は、長年の慣行で国民の間で広く定着し、国旗国歌法が施行されている」などとして押し付ける姿勢を示しました。

 下村氏は、小中高校では学習指導要領にもとづき「国旗掲揚、国歌斉唱を指導している」と強調。国立大学に対して「適切なご判断をお願い申し上げる」と述べました。

 会議終了後、記者団に対して滋賀大学の佐和隆光学長は「(『日の丸』掲揚・『君が代』斉唱が)慣例になっているとは受け止めていない」と強調し、「(国立大学は)納税者に対して責任を果たすべきだが、国家の命令に従うべきではない」と語りました。

 掲揚・斉唱をしていない京都大学の山極寿一総長も「大臣は、適切に判断をといっているので、これまでの伝統を踏まえて適切に判断する」とのべました。

 「日の丸」「君が代」の強制は、思想・良心の自由、学問の自由などを定めた憲法に反するものです。1999年の国旗国歌法の制定時に政府自身、「強制や義務化はしない」と国会で答弁していました。しかも大学には小中高等学校のような学習指導要領もなく、大学の自治・学問の自由に対する不当な介入にあたります。




  古本屋通信 
 
  私はこれまでの生涯、ただの一度も 「君が代」 を唱和したことはない。口をモゴモゴ動かしたこともない。着席から起立したこともない。(ゴメン。大見得切ったが間違いでした。子供の頃は歌ってました)。それで咎められたこともない。私の記憶では、F書店は社歌・社訓の唱和には頗る熱心だったが、「日の丸」 と 「君が代」 には一貫して冷淡だった。記憶では年に一度の運動会の時だけは「日の丸」を掲げ 「君が代」を唱和した (これは年に一度童心に戻って行う行事だから、小学校の運動会に倣うという理屈だった)が、これにあからさまな拒否反応を示しても一向に構わなかった。社主も消極的だった。然しこれは高教組への配慮だったかもしれない。そうでなくてもテスト屋として批判と浴びていたのだから、まあ商売半分。しかし本当にきらいだったようにも見えた。とうじ谷口澄夫元岡大学長を顧問に据えていたが、谷口も 「日の丸」 「君が代」 には批判的に見えた。いちおう歴史学者だったからな。


 もうひとつの思い出は長男の高校の卒業式だ。私立高校だった。「君が代」 唱和のとき起立を求められた。全ての父兄参列者の中で起立を拒否したのは私だけだった。もちろん咎められはしなかったが。

 私は左派や共産党員は不起立と不唱和を、いかなる場合も貫くべきだと思う。これは現実的に妥協が過ぎるのではないかと思う。学校現場でそう思う。河村さんなんかも PTAの役員をしている。不起立と不唱和を貫けなくなっているのではないか。また学校教員はもっと妥協的ではないか。校長管理職以外の左派教員は生徒のまえで不起立と不唱和を貫徹すべきだと思う。この辺で妥協することが戦争への途に繋がるだろう。孤立しても勇気を持って抵抗したい。見る人は見ているのだ。日頃どんなに正論をブッていても、行動が伴なわないと信用されない。連帯を求めつつ孤立を恐れない、これは全共闘だったかな。まあマトモなことも言ってた、山本義隆。

  1. 2015/06/17(水) 18:20:47|
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