古本屋通信

伊藤一のいいだもも批判 

古本屋通信     No 1255   9月30日

  資料・伊藤一氏のいいだもも氏批判 


 自分の読書用にコピーしたものですが、よろしかったらお読みください。伊藤一さんのものは以前大量に貼ったのですが、いつの間にか消えてしまいました。あと、れんだいこさんの戦後学生運動史を貼る予定です。これは川上徹さんを偲ぶ試みです。


いいだもも氏「再び討論の姿勢について」に反論する
2000・12 伊藤 一 (『国際主義』編集会議)
①、協議会の論戦活発化に逆行するいいだ反論

 『未来』16号への菊池里子氏の〈コム・未来〉の現状にかなり否定的な意見を述べた投稿に対して、いいだもも氏が『未来』17号に「再び討論の姿勢について」という長文の批判を投降した。
 いいだ氏の反論が、〈コム・未来〉の展望をめぐる内容上の論戦・反駁として出されたものであれば、内容上の蓄積の点でも、論戦の活溌化促進の点でも、大きい意義を持ったはずである。論争・思想闘争を熾烈におこなうことは、協議会として積極的であり、その生命ですらある。
 しかし、いいだ氏の批判は、菊池氏の投稿を歓迎し、その内容を批判・反駁することで、自己の主張をより説得的なものにすることをめざした思想闘争ではない。それは、菊池氏が、〈コム・未来〉への否定的見解を投稿したこと自体を論難するものである。
 このような内容での長文の反論は、論点の明確化や発展、内容蓄積という面で意味がない。意味がないどころではなく幻滅を拡大するだけのものであろう。
 ただし、いいだ氏の反論は、〈コム・未来〉が現在持つ否定面の一端を鮮やかに公開したものとして、その限りでは特別の意味をもった。
 わたしは、〈コム・未来〉への深刻な問題を持つと捉えているので(おそらく、その多くは菊池氏と共通している)、その問題傾向が、いいだ氏の一文によって、押し進めた内容で明快に提示されたことは大変有り難いと思っている。

②、「初発的共有化」とは何か?

 いいだ氏は、「プログラム討議」への「初発的共有化」があるにもかかわらず、〈コム・未来〉への否定的見解が出されたことを、特に問題視する。
 「……『「コム・未来」の今後について』『あまり期待をもてない』としている具体的な想定の筋道の記載については、わたしとしては、正規な全国会議にみんなあつまった上での『四基本提起』と『室井ワーキング・グループのまとめ』という一年間の討議の基本的志向についての初発的共有化を(大方の皆さんもそうだと思うが)したばかりだったので、正直の話、面くらった」と。私は、このいいだ氏の捉え方に本当に面くらった。
 仮に、大会などで方針を決定した後であっても、それに反する批判・疑問などが掲載されることに、なにを“面食らう”必要があるのか? そのような異論・反論の表明を促し、それを包摂できる革命組織でないならば、協議会であろうと党組織であろうと、閉鎖的な旧左翼の限界を脱却することなど考えられない。
 しかしそれどころではない。いいだ氏が上げているのは、大会決定のような決定ではない。いいだ氏が「初発的共有化」としてあげている「室井ワーキング・グループのまとめ」は、会議後に書かれた個人文責文書である。また、「四基本提起」は、それぞれ異質な内容提起であり、しかも四本だけで提起が終ったわけでもなく(=募集中)、内容共有化など意味していない。あるいは、別の面から見れば、このなかには、われわれ(伊藤/津村)の提案も含まれているので、それも「共有化」の一部ということになる。しかし、その内容は、「共有化」へのいいだ氏のような捉え方、批判・異論へのいいだ氏のような扱いと真っ向から対立し、それを重要な克服対象とする思想に立っているのである(おそらくは飯島提起も)。
 これらを異論提出を問題視する根拠としてもちだすことは、「強引」を通り越している。
 たしかにいいだ氏は「初発的共有化」を、「大半の皆さんもそうだと思うが」という推定であるかのように語っている。しかし、それに“反する”菊池氏の投稿が出たことだけで「面くらった」というのだから、いいだ氏にとっては、「プログラム討議」を含む〈コム・未来〉の活動は、上述のような「共有化」(???)があれば、批判・疑問が提出されないはずのものなのである。このように根本的批判や疑問から「保護」されることを前提とした「プログラム討議」とは、一体なんだろうか?

③、批判を拒絶する理論活動か、批判と共存する(歓迎する)理論活動か

 いいだ氏が、〈コム・未来〉やその「プログラム討議」や、現在の組織形態などに確信を持っているならば(そう思いたいが)、菊池氏の投稿を、それへの論駁や説得の形を通じて、いいだ氏が確信する積極的意義を、『未来』読者や〈コム・未来〉会員により具体的に説得する格好の機会と捉えるぐらいの余裕を持つことが何故できないのだろうか、と思う。そのような政治的・組織的内容評価をめぐる(本質的な意味で)激烈な思想闘争を行うのではなく、反対に、いいだ氏は“面くらって”そうした批判・提案は出してもらいたくなかったという、出すべきではなかったということを、繰り返している。このように、批判がだされること自体にピリピリするような姿勢は、現在の〈コム・未来〉の一面の思想状況を雄弁に反映しているものと、わたしには感じられた。
 更にいいだ氏はいう。
 「……次から次へと先走って、協議も討議もまだはじまらないうちから、『コム・未来』の未来の『協議会改変』までも見越しているような問題状況認識……」をいいだ氏は断罪している。“協議もまだはじまらないうち”だって???――それぞれの会員の〈コム・未来〉の一年以上の協議会活動をいいだ氏は何と思っているのだろうか?
 さらに、このことを別にしても、これは二重、三重に深刻な見解である。
 第一に、自分が勝手に決めた枠組みを越えて考えたり提案することを「先走り」と断罪する点で。第二に、思想的討議は全面的に行うべきだが、組織の根幹に関わる思考や提案だけは別であると聖域にして自己の保身をはかる伝統的な既成左翼の思想を表現している点で。この思想は、党外労働者や党員を、(思想闘争は大いに結構と言いながら)党組織を左右する根本問題から遠ざける一大要因となってきた。第三に、二年を期限とする〈コム・未来〉の活動では、期限後をどうするのかの論議と関連付けて「プログラム討議」を行えればより積極的であり、その後への提案をし合うことを組織内外に呼びかけ、論議を進める必要があるからである。その後をどうするのかを考えさせないようにして、あるいはそれをめぐる見解を公表させないようにして期限を迎えるならば、会員にとっても、組織外の労働者にとっても、01年6月の期限は「ある日突然」となって受動的な立場を強いられる。だが、このことを事前に会員・読者が自主的に考えることを嫌ういいだ氏は、彼らを受動的な状態においたままで、なし崩し的に期限後に進もうとしていると捉えられても仕方がないのではないのか? 

 いいだ氏は、かつて、共労党の中枢にあったことを含め、いくどもこうした檄をとばしてきたはずである。それらの檄は成功したのか失敗だったのか? それらの具体的総括を踏まえて、現在の〈コム・未来〉の内容・条件への評価を語り、進むべき方向を提示する論争を推進したならば、階級闘争への寄与の点で、「姿勢について」の一文とは正反対に、どれほどの意義を発揮できただろうか?
 だが、その総括なしに行われるこうした「姿勢」の説教が、誰を納得させられると考えているのだろうか? こうした提起の仕方を是正し、論戦をおさえる反論ではなく、論戦を触発する反論を行うことができないのだろうか?
 この前提なしには、協議会はもちろん、スターリン派など旧来の左翼組織を克服する革命組織建設などありえない、とわたしは考えている。


共産主義協議会・未来(コム・未来) 新たな協議・協働へ、論争と行動の波よ起これ!
  1. 2015/01/30(金) 16:49:12|
  2. 未分類

民主党新代表・岡田克也氏

古本屋通信     No 1233  1月19日

 民主党新代表岡田克也



  民主党の新しい代表に岡田克也氏が選ばれたそうだ。勝った選挙(総選挙で得票数、議席数とも伸ばしている)でブルジョア議会主義政党の民主党が党首を交代する? これは究極の茶番劇だが、それは措いて一言だけ感想を書く。
 
  代表が誰であろうと第2自民党の民主党に期待するものは皆無である。保守政治としての 「偏差値」 も自民党よりかなり低かった。これは既に 「政権交代」 で実証済みである。まあ、アホばっかりおるワ。党首も例外ではなかった。最近の菅、野田、海江田。みんな政治家としての偏差値が低かった。

  結論だけ。岡田は少しはマシだろう。政治的見識ではない。実務上の偏差値だ。期待はしないが、お手並み拝見だ。少なくとも志位や山下よりは辣腕だろう。岡田委員長を凌ぐには共産党は坂井希から新委員長しかないであろう。

  誤解なきように添える。自民党の歴代の党首の中では小沢一郎が少しだけ偏差値が高かった(小沢は方々渡り歩いたから、何処で党首だったか記憶に薄い。しかし何処であっても変わらない。角栄門下の優等生の保守政治だ)。それに匹敵するという意味だ。小沢も悪いことばっかし。岡田がよいことをやるはずがない。しかし低脳の海江田やガキの細野とは違うという意味。

 
  1. 2015/01/19(月) 07:12:46|
  2. 未分類

注目の赤い評議員=貝瀬正さん

 古本屋通信     No 1232  1月18日
 

   注目の赤い評議員≠)貝瀬正さん



  キンピーサイトの新しい板にも赤い評議員さんの投稿があったので、連続して引用転載させて頂きます。なにやら怪しい雰囲気が漂っていると思ったらやっぱり。ブサヨさん、外野席からの感想としては、出来るだけ穏便にお願いしたいです。

 

2015年01月18日10:53
東大民青の力が明らかになった仁比講演会
半年前の民青のツイートなのだが、ご覧の通り写っている観客だけで三人。全員合わせても五、六人と言ったところか。 .
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コメント一覧

1. コットン@ひる寝
2015年01月18日 13:48
東大民青崩壊とか、ここで笑いものにされているから、志位さん達、党本部が反撃に出てるんかなー。写真が貧素すぎですから、絶望感が漂いますね。不破さんの新聞インタビューのお言葉「人為的にやっても、上手く行くものでは無い」を深く考えましょう。

こういう写真は難しいんでしょうね。顔を露出できない人も居るし。外部応援入れても、すぐにバレてネットで笑いものに成るし、、、

人数の多い写真を載せてもオジン、おばん、白髪頭にハゲ頭ばかりとか言われるし~。党としての対策は、党関係の集会は若作りして行くように指導したり、会場受付でカツラを貸し出し配布するか、党委員会にカツラを大量に常備するというアイデアも有る。
 と言うような、しょうも無い事を考えた。


2. 赤い評議員
2015年01月18日 15:40
東大民青は崩壊していない。ただ組織方針に関して大きな修正が行われたのは確かだ。
都委員会の旧グループと中央委員会との協議が難航したことで東大細胞関係学生同志には混乱を作ってしまったがそれもすでに解決した。
どこの団体に学んだかはここでは伏せるが我が党も表面で活動をする者と勉学中心で後に活躍の場を提供することを約束する者とを分けることにしたのだ。
何ろく氏が東大から離れるまではしばらくはこの方針でいくことになる。これは余談だが駒場商店街には新たなたまりを確保することにも成功した。これは選挙効果と言ってもよいだろう。また先日実施された東大生意識調査では我が党は民主に次ぐ第3党であったことも付け加えておこう。
駒場祭が一つの決戦の場、様々な新方針をあらわせるお披露目の場になるのではないか。少なくとも書記局内の大半はそのように考えているし、実際にそうなるよう準備を進めている。


3. スターウルフ
2015年01月18日 16:37
赤い評議員ちゃんよ、公然・非公然をよその団体から学んだなんて、もったいぶった言い方をするな!昔、昔、わんさかと学生党員、同盟員のいた大学では当たり前の組織スタイルだったよ!お前、口先だけの偽物だろう!


4. 赤い評議員
2015年01月18日 17:32
スターウルフ君。君はたいした活動をしてきてないとみえる。レーニンを読みなさい。


5. スターウルフ
2015年01月18日 18:14
赤い評議員ちゃん、幼気な青年学生から手を離して、新たな沼地にはお前らだけで行ってくれ!そこが、赤い評議員ちゃんにお似合いだ!


6. busayo_dic@管理人
2015年01月18日 19:51
赤い評議員こと貝瀬ただしさま
当blogでは複数のハンドルネームの使用はご遠慮いただいております。

貝瀬と赤いのIPアドレスは違いますけど、文体と知性が一致しているのですぐわかりますよ。

どちらかに統一。あるいは別のこれこれのハンドルを名乗ると宣言していただければオーケーです。

あくまで複数ハンドルの使用に固執されるなら、次から削除が待っていますのでよろしくお願いします。

どうしても複数ハンドルを使いたいとおっしゃるからメールをください。理由いかんによっては許可する場合もあります。


7. busayo_dic@管理人
2015年01月18日 19:59
>赤い評議員ちゃんよ、公然・非公然をよその団体から学んだなんて、もったいぶった言い方をするな!

たぶん赤い評議員さまは党フラクションのことを言っておられるんでしょうね。スターウルフさまもよくご存じのように、一次共産党の頃から総同盟にフラクションとして渡邉、国領、山本、野坂、谷口あたりが入っていて引き回すつもりができなくて評議会作って分裂させたという・・・原水禁でも同様だったし、サスパルや反原連あたりでもたぶん同じ道をたどるでしょう。


8. 秦野真弓
2015年01月18日 20:37
◎フラクションとクラクションって,違うのかな?
◎そういえば
JR各社様は
平成元年頃から
A:真っ昼間から,メチャクチャ明るい前照灯を点灯させるかわりに
B:駅を発車するとき
プアンと汽笛吹鳴する事→廃止したらしいです
C:ただし,何らかの形で
列車が,停車場と停車場の間にて→停車した後
発車するときは汽笛吹鳴しますよ
●阪神大震災から20年
●東日本大震災から4年経ちましたね
●東日本大震災直後後
新橋駅にて
「いつ頃,鉄道動くのでしょうか」旨,私に
尋ねてきた馬や鹿が,おられました。ひひーん!
A:停車場と停車場の間に
鉄道車両が止まり
B:お客様が線路,歩いている状態では
C:【線路閉鎖手続】が
D:【裁判所の和解手続き】同様
行われいるわけですよね
◎【究極の安全目指す≒JR東日本様】にとり→危なくて列車,動かせるわけないじゃん
@参考資料:2014年の
国土交通省本省が
地方の出先機関の鉄道部長様に発した
【線路閉鎖手続きの徹底させる旨】の通達≒http://m.news.mynavi.jp/news/2014/02/28/163


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  参考 古本屋通信) 

中央委員会の機構と人事(第26回党大会)
日本共産党中央委員会の機構と人事  (2014.1.18)

幹部会委員長  志位和夫
書記局長     山下芳生
副委員長     市田忠義、小池晃、緒方靖夫、浜野忠夫、広井暢子

常任幹部会 (22人)
市田忠義、岩井鐵也、浦田宣昭、太田善作、大幡基夫、緒方靖夫、笠井亮、紙智子、小池晃、小木曽陽司、穀田恵二、志位和夫、高橋千鶴子、○田村守男、寺沢亜志也、中井作太郎、浜野忠夫、広井暢子、不破哲三、水谷定男、○森原公敏、山下芳生

幹部会 (55人)
○青山慶二、赤嶺政賢、○鮎沢聡、有坂哲夫、○石井妃都美、市田忠義、○井上哲士、岩井鐵也、岩中正巳、植木俊雄、浮揚幸裕、浦田宣昭、大久保健三、太田善作、大幡基夫、岡宏輔、緒方靖夫、岡野隆、○荻原初男、笠井亮、紙智子、上岡辰夫、小池晃、小木曽陽司、穀田恵二、佐々木憲昭、佐々木陸海、志位和夫、高橋千鶴子、棚橋裕一、○田村一志、田村守男、○田母神悟、寺沢亜志也、○土井洋彦、中井作太郎、西口光、長谷川忠通、浜野忠夫、林通文、土方明果、広井暢子、不破哲三、紅谷有二、増子典男、○松田隆彦、水谷定男、森原公敏、柳浦敏彦、山口勝利、山口富男、山下芳生、山谷富士雄、若林義春、渡辺和俊

書記局 (21人)
書記局長 ○山下芳生
書記局次長 中井作太郎、佐々木陸海
書記局員  ○梅村早江子、大幡基夫、太田善作、○川田忠明、田川実、○辰巳孝太郎、棚橋裕一、○田村一志、田村守男、辻慎一、寺沢亜志也、○土井洋彦、○土方明果、藤田健、○藤野保史、水谷定男、柳浦敏彦、山谷富士雄

訴願委員会(5人)
責任者 紅谷有二
委員 武村拓三、○姫井二郎、○平井恒雄、○吉田秀

規律委員会(9人)
責任者 上岡辰夫
委員 今田吉昭、 ○貝瀬正 、田邊進、○堤文俊、○成中春樹、福島敏夫、○松井信嗣、柳沢明夫

監査委員会(3人)
責任者 ○西口光
委員 三羽和夫、○和田一男

中央機関紙編集委員会 (21人) 
責任者 小木曽陽司
委員 ○飯山博之、石渡博明、稲田達、勝又健、○金子豊弘、○工藤徹也、栗田敏夫、近藤正男、○坂本伸子、○高柳幸雄、内藤豊通、西澤亨子、西村央、藤田健、○星野大三、松井信嗣、○宮澤毅、村木博、山沢猛、○山本豊彦
>



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 古本屋通信

  まあ、ヨソ様の板ばかり借りるのは情けないので、グッと全国的インパクトは落ちるが岡大情報。民青はよく分からない。学生党員は一人もいない。だからもちろん学生支部はない。これは数年前から岡山県下の学生支部はなくなっていた。

  私は岡山でも民青には力を入れず、ちょくせつ党員にしていると思う。だから、民青班は倉敷で数人が混合でやっているくらいで、岡大にも班はないと思う。

  ついでだが全国の主だった大学では、民青はほぼ壊滅状態で、マル学同両派(革マルと中核)の方が勢いが勝っているという確かな情報がある。これは私が数年前から指摘してきたことだ。私はいまや日本共産党と革共同両派は日本の革命勢力としては互角であると思う。これはブルジョア議会に目を奪われていたら理解で出来ない。選挙だって、先の選挙で中核派の鈴木弁護士が杉並で獲った得票数は驚異的だった。ここは中核派からの離脱区議が2人いたのだ。それも18000票余り(一寸訂正。1万6981票)だった。大学でも京大、広島大で民青は中核派に勝てない。まあ、東大はよく分からんが。
  1. 2015/01/18(日) 23:05:32|
  2. 未分類

ブサヨさん所に怪しげな投稿

古本屋通信     No 1231  1月17日

  ブサヨさん所に何やら怪しげな投稿が・・



 3日ほど前、キンピーサイトに共産党3中総についてのエントリーは長くて印字が面倒なので、今後はを使用したい)が立てられた。ブサヨさんのリードも短かったし、私もどうせ統一地方選と組織目標くらいしかないとタカを括って遣り過ごしていた。ところがきょう念のために再訪問すると、奇妙な投稿が付着しているではないか。さっそく転載させて頂きます。ブサヨさん、毎度ながらお世話になります。ありがとう。これ党中央? 私が慌てて転載したのは、ブサヨさんが消すのではないかと思ったからだ。ダブル投稿も妙だし(左記コメント欄にブサヨさんから投稿がありました。当方もダブりは削除しました。古本屋通信)。



2015年01月14日11:41
なんと20日に3中総
しんぶん赤旗
日本共産党の山下芳生書記局長は13日、国会内で記者会見し、20日に第3回中央委員会総会を開くことを発表しました。

記事もたったこれだけw
2中総があまりに遅すぎたので、これで帳尻を合わせようとしているのだろうが、総選挙で勝ったど~、頑張ろうぜぇ~となるのは間違いないが、注目点は赤旗の減紙をどうするのかですな。
2中総直後に党勢拡大の大運動(特別期間)となるんじゃないかなぁ? .

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コメント一覧

1. もーたん
2015年01月14日 12:44
またも通算何回目になるかわからない成功したためしがほとんどない大運動ですか。うんざりですね、いいかげん。

2. コットン
2015年01月14日 17:10
1.~大運動。良いんじゃーないですか~
   痩せる事が出来て、、
 衆院選で議席倍増でもー、赤旗新聞が減ってる~フーン。
共産党流?ダイエット~凄い、企業秘密が在るのかも知れん。
忘年会、新年会で体重増えてる人多いでしょう。共産党に入ったら、確実に痩せられるかもなー。ジャン、ジ゙ャン。 

3. もーたん@コットンさま
2015年01月14日 23:09
ま、やったところで、ダイエットにはなりますけど、肝心の部数は増えないでしょうね。

4. スターウルフ
2015年01月15日 03:56
痩せてダイエットになる共産党のいつもの大運動ならば、ある意味で社会貢献ですが、実際のところ、ストレス性の暴飲暴食で、肥満してしまう専従が増えると思います。

5. かわせみ
2015年01月15日 11:41
2中総とか、よくわかりません。
依然、支部会レクで高齢者がコピーをダラダラ読んでいたけど何がしたいのかサッパリ理解できず。時間のムダ。
そして、新聞勧誘する(される)方の名前や住所晒して、議員が頷く。
理解できん

6. コットン
2015年01月15日 14:03
3.~4.~5.~
>肝心の部数は増えない~
 ソコー、ソコ、 ソコなんですよ、共産党の面白いところはー
普通に考えたら衆院選でひゃく万病ぐらい得票を増やしているから赤旗新聞の部数は増えると思うでしょう。がー、減ってる。込み上げてくるような「バカだなー」感。そう言う古典落語的、オチがたまりません。

>ストレス性の暴飲暴食で、肥満してしまう専従が~
 それでコロッと逝けたら、生活保護への逃げ込みより社会的負担が少なくて良いかもね。
廃専従の行き先としての民商、民医連系へ就職ネジ込みは、この頃はどうなっているんでしょうか。狭き門かもな。

>高齢者がコピーをダラダラ読んで~
サッパリ理解できず。時間のムダ。 理解できん~
 そんなこと言わずに楽しく理解しましょう~
 共産党の経費による固定票維持、老人福祉「老健施設」赤旗配って毎日散歩、健康維持、と考えれば素晴らしいですね。革命的日常ナノダー。


7. 赤い評議員
2015年01月17日 10:34
3つの大事なことを見逃している
1つは不破哲三とその側近達の勇退が近づいており、その準備を粛々と進めていく必要に迫られているということ。その経費の算出のために党本部所有の美術工芸品、土地、貴重資料、情報、人材、多くのものを売り払うことが内々に決定された。
2つは国際派の覇権。この20年の間に幾度か表舞台に表れているのだがほとんど注目されることはなかったであろう。志位同志は国際派には属していないものの影響の度合いは濃く、多々の利用をされてきた。国際派の中心はすでに六十代後半の者が過半数となっているが党内ではけして高齢とは呼べない。中国ではなくロシアとの関係正常化を望む声が多いが、その決着はあと2年以内につくことになる。若林同志は期待外れに終わったが宮本同志が加わったことで勢力を盛り返すことができたのだ。間違っても中東や東南亜細亜とはならないので見誤らないよう注意されたし。
3つは地方機関と部署の統廃合、民青の組織解消の五カ年計画が決定されたことだ。これも当初の計画からは十年以上かかってしまったもののようやく表に出せるところとなった。すでに常幹では新方針の名で囁かれているが問題は再就職先斡旋が近年の不況と経営悪化により予定通りに進められなかったことだ。また幾つかの党派団体会社機関が離脱表明をしていることも深刻で十年前の影響力をもちきれず人事案をひっくり返す暴挙が暴挙とも呼べないままに繰り返されている。1つめとの絡むことだが不破哲三とその側近グループが勇退することによりその兆候が加速することは間違いなく、2年以内に決着をつけないといけない。しかし計画は今なお五カ年のまま。
3中総で大運動を提起するかどうかなど米粒のような話題で遊んでいるようでは大局はつかめるはずもない。


9. ビオラ
2015年01月17日 14:36
>ストレス性の暴飲暴食で、肥満してしまう専従が

なる程~だから、肥満になる人が多いのですね!
中には専従になってから2年程の間にみるみる肥えて妊婦と間違われる事多数の人や、顔が般若のように変わってしまった人が……
ストレスが強すぎるから、人の話にまともに耳を傾けられず、我が儘?・妄想?・思い込み?と思われるような自分の思いを、人に対して力で抑えつけて強要して来たりする暴走行為をする人が出来上がってしまうのですね~

痩せるどころかどんどん肥え、更に運動不足で身体はだらしがない程たるんでく……

不正需給して、暴飲暴食&不規則なだらしない生活をしていると思っていたら、ストレスだったとは!
赤旗配達も車、徒歩数分の距離に行くにも車、肥えるのは完全に運動不足だろ~と思っていたもので(笑)


10. 民主経営管理者
2015年01月17日 15:31
三十歳以上の廃専従予備軍の皆さん!せめて、日商簿記やFPの2~3級、宅建程度は、コネ応募、コネ紹介される前に取得しておいてください!口先だけの人間は必要ありません!


11. コットン
2015年01月17日 15:45
8. 不破和衛門改め大高源吾様
 貴重な事例報告ありがとうございます。心の病も経験したとのこと大変なご苦労が有ったのではと思います。自分は専従ではありませんが20代後半ストレスを抱え、3年ほどサナトリュームで療養後、30歳で解雇的退職しました。仕事は転々・~・ーとして色々と苦労は多かった筈ですがアッケラカンと40年。とうとう70歳になりました。共産党経験は良い肥やしに成ってます。
 大高様の今後の健勝と活躍をお祈りいたします。


12. もーたん@赤い評議員様
2015年01月17日 16:08
民青解消の5か年計画って具体的にはどのようなものですか?


13. 不破和衛門改め大高源吾
2015年01月17日 17:53
ちなみに、北海道機関紙印刷所は、2009年8月ごろ、各地区委員会に対する売掛金を回収しきれず、倒産寸前に追い込まれ、道委員会「指導」の下、機関紙印刷所の社長と営業部長が各地区委員会を回り、地区委員長に売掛金の返済計画を出すよう詰めてましたね。
あと、自分の拙い経験から、民主経営管理者様の書き込みに付け加えさせていただきます。
自分のように心の病になり「解雇寸前」の廃専従予備軍みなさん、6か月以上の精神科受診歴があるのなら、解雇前に主治医に相談し障がい者手帳の申請をしましょう。
ただの解雇なら1年以上の勤務実績で雇用保険は90日で終わりですが、障がい者手帳があれば、就職困難者に認定され45歳~65歳であれば360日、それ以外の方でも180日の雇用保険が受けられます。そのほかにも、ハローワークのみどりの窓口(障がい者就職支援)も利用できます。住民税・自動車税などの障がい者控除も受けられます。
「元専従」ということだけでハンデを負わされるのです。使えるものは何でも使いましょう。


14. くろねこ@大高源吾さま
2015年01月17日 22:17
 重箱の隅をつつくような細かい部分で、本当に申し訳ありません。

>自分のように心の病になり「解雇寸前」の廃専従予備軍みなさん、6か月以上の精神科受診歴があるのなら、解雇前に主治医に相談し障がい者手帳の申請をしましょう。

私は大高さまの上記意見には反対です。
 理由は、グレーゾーンで強引に手帳保持してしまうとデメリットが生じる可能性もあるからです。
 自動車運転免許において、「つじつま」があわなくなります。今後問題になってくると思います。

 もちろん「障害者手帳(精神)を保持」しながら、「自動車運転問題なし」との精神科医の診断書がもらえるケースは別です。

 都心通勤・茨城都民のんちゃんのような偏差値高い学校出て車なしの人ならば、例え強引に障害者手帳申請して「権利だ!もっとゼニよこせ!コラ!」などワーワー騒いでも問題ないが・・・
 しかし現実に自動車を運転する可能性ある場合、手帳申請(精神)については、目先だけで安易に判断せず「じっくり考えた方」が良いでしょう。

さらに細かい部分ですいません。

雇用保険基本給付日数
雇用保険上の就職困難者(精神障害の場合は手帳保持者)
45歳未満
  雇用保険1年未満150日
 1年以上300日
45歳以上65歳未満
  雇用保険1年未満150日
 1年以上360日

自己都合退職は1年以上10年未満で90日
解雇の場合は1年以上10年未満で90日〜240日(雇用保険被保険者の年齢と算定基礎期間の年数によって細かく変わる。90日以上もらえる場合もあります)

 参考 ハローワークインターネットより
https://www.hellowork.go.jp/member/unemp_question02.html

お気を悪くされてしまったらすいません。
でも少し気になったのでコメントさせてもらいました。


15. ハスカップ@不破和衛門改め大高源吾さま
2015年01月18日 01:01
>紙智子の亡夫の弟が経営する

詳しいですね。これは知らなかったです。ありがとうございます。




  1. 2015/01/17(土) 11:15:13|
  2. 未分類

変なのがふたり現われた。

古本屋通信     No 1229  1月16日

  また変な朝日の記者日本共産党の青年が現われた



  たったいま読んだ朝日新聞のウェブ記事を転載する。


朝日新聞デジタル
(いま国政に挑む)脱ブラック、取り戻せ若者の夢
秋山惣一郎 2015年1月16日02時59分
吉田直義さん略歴
■元雇われ店長 共産・吉田直義
 夢なんて考えてみたこともなかった。将来がどうなるかなんてわからない。くるくる回る車の上を走るハムスターのようにただひたすら働く一生。学歴もお金も手に職もない自分には、そうやって生きる以外に道はないと諦めていた――。
 2014年師走、衆院選の12日間。吉田直義(まさよし、27)は、千葉市内の選挙区を駆け回って、そんな思いや経験を語り、若者の労働環境改善を訴えた。
 ◇ ◇
 4年ほど前のこと。夜10時から翌朝11時まで週6日。千葉市内のコンビニで雇われ店長として働いていた。転がり込んだ友人宅で寝て起きて、徒歩30分の道を往復するだけの日々。たまの休日も学生バイトが休んだなんだと、呼び出されることもあった。
 夢も希望も残業代もなかった。
 オーナーに「休みをください」と言っても、「オレだってきついんだよ。勘弁してよ」とにべもない。その前に勤めた警備会社では連日朝8時から夜10時まで働かされた。「休みを」と言ったら、あっさりクビになった。
 都合よく使われて、文句を言ったらさようなら。家族も友人も地域社会も頼れない。言われるまま、お追従の笑顔を浮かべることが処世術だった。
 ◇ ◇
 「たまには遊ぼうぜ」。コンビニで働き始めて1年が経ったころ、高校時代の友人から電話があった。そのうちなと、やんわり断ったが、金がないならおごるぜ、とまた誘われた。君と遊ぶには眠る時間を削らなきゃいけないんだ。理由を話すと友人の声が曇った。
 「それ、おかしくないか」


秋山惣一郎  ウィキペディア
この存命人物の記事には、出典が全くありません。
信頼できる情報源の提供に、ご協力をお願いします。存命人物に関する出典の無い、もしくは不完全な情報に基づいた論争の材料は、すぐに除去する必要があります。(2013年8月)
秋山惣一郎(あきやま そういちろう)は朝日新聞の編集委員。オピニオン担当。「政治を話そう ふたたび安倍政権」(2012年12月27日)、「心を一つに 気持ち悪い」(2013年7月13日、中村うさぎへのインタビュー)、「国境の島、右傾化しているの?」(2013年8月31日)など、日本が右傾化しているという前提で、様々な人にインタビューした記事の掲載を続けている。 
[icon] この節の加筆が望まれています。
記事・インタビュー一覧[編集]
「政治を話そう ふたたび安倍政権」(2012年12月27日)
「心を一つに 気持ち悪い」(2013年7月13日、中村うさぎへのインタビュー)
「国境の島、右傾化しているの?」(2013年8月31日)(要旨:沖縄県与那国町で、自衛隊誘致を掲げる現職が町長選に勝利し、国防の最前線へ名乗りを上げた。対中国で強硬姿勢を示そうと、保守反動勢力が動き出しているのか。島は右に傾き始めたのではないか)


  古本屋通信

 一瞬目を疑った。コレ朝日ではなく赤旗ではないかと。朝日だった。いったい何時のことじゃ? 総選挙の立候補者?

 そうだった。この方の職歴と選挙結果とが出ているが、コピーできなかった。職歴をザット書く。


  長々と書いたのだが、パソコンの誤操作で消えてしまった。もう書かない。この方が狂っているのは経歴ではなく、共産党の事務局に入ったことでもなく、選挙候補者になったことでもない。選挙カーの上から青年の雇用の改善を訴えたことだ (いったい誰に向かって訴えているんだ。抽象的な社会に向かってか? みんなで雇用を改善しましょうだと? そんな政治政策があるもんか)。コレ自分が楽な道を選んで、上からの目線で説教を垂れるの醜悪。仲間の裏切り。万死に価。これがいまの共産党員には理解できない。



  朝日も赤旗もこの青年もコンビニの名前も挙げれない。私は挙げる。サンクス清心女子大前店。この店でかつて3年間、ウチの看板娘(実子ではない)が働いた。高知宿毛からの仕送りなしで何とか専門学校を卒業し、いま倉敷市児島で被服デザイン関係で働いている。今年も年賀状が来た。コンビニの店長はオーナーだった。副店長がその細君だ。このまえ古本を見に天城の実家に伺った。「Kさん(看板娘のこと)はよくやってくれた」 と言っていた。私が見る限り労使は人間的な関係だった。コンビニとて競争が激しいから過酷な労働は多い。然しこの店はアルバイトに臨時出勤を強いることはなかった。めったにオーナー夫妻が店に入らない店だった。それでも年末年始は夫妻がフル始動だった。

 如何なる業種であろうと、固有名詞を挙げないで否定単色に描かない方よい。吉田直義(まさよし、27)さんには早期に共産党市議会事務局を退職し、みたびコンビニで働くことをお奨めする。警備会社でもよい。でないと、あなた碌な共産党員にはならないだろう。私のようなことを奨めない共産党であれば、それは貧困ビジネスとしての共産党だから早く離党した方がよいだろう。



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 ついでに蛇足

 看板娘とは読んでの通りだが、別に愛嬌を振り撒かなくてよかった。時々店に来て若者情報を提供してくれる女子学生。男子学生もいたが、こちらは古本代を半額頂いた。女子は原則無料で古本を持ち帰ってもらった。こういう学生が開店からずっといた。しかし卒業する度にいなくなる。Kさんが最後の看板娘だった。それまでは岡大と清心が半々だった。まあ、色々いたワ。勝手と云おうか、ドライなのもいた。然しお陰で岡大文学部と清心文学部の内部は手に取るように分かった。だが、そのうち清心が店に寄り付かなくなった。それは服装をみても納得だ。もう、こうなったら専門学校生のほうが余程よい。だいいち学校生活の構えが違う。清心は遊びに学校へ来ている。専門学校は手に職を着けるのに必死だ。そういう必死さは古本屋にもコンビニの店長(兼オーナー)にも通じる。あっさり使い捨てもあろうが、このコンビニではKさんのための お別れ会 までやってくれた。だからと云って「搾取」がない訳ではないが、社会のしくみを云わないで流通の末端を指弾する 「ブラック企業反対キャンペーン」が屁にもならない事は明らかだ。これは(青年の貧困につけ込んで票を掠め取る)貧困ビジネス日本共産党の選挙用キャンペーン
以外ではなかろう。

 Kさんを最後に私の古本屋から看板娘が消えた。これは私が老母の介護などで店を閉めることが多くなったからだ。その母も昨年夏に 94歳で送った。少しゆとりが出来たから、若い学生が店に来れば嬉しい。しかし表に書いた脅迫的な貼紙 「買わない奴は店に入るな」 を見たら来ないだろうナ。それはそれでよいか。
  1. 2015/01/16(金) 03:57:38|
  2. 未分類

古在由重の戦後の仕事

古本屋通信     No 1227  1月15日

  古在由重の戦後の仕事



  私は川上徹氏の死去を受けて、一昨日までに3本の記事をたて続けに書いた。かつてない拍手があった。嬉しくなって、きのう4本目を「古在由重と川上徹」と題して書きかけたが、途中で投げ出した。私は古在の書いたものを殆んど全部読んでいる。また川上の運動上の歩みと、その延長としての同時代社に就いて、自分なりの認識をもっていると自負していた。だから何とか書けるだろうと思っていた。しかしいざ実際に書いて見ると、読むに耐えないもになった。櫻井氏の文のような思い入れだけが先走った文だ。私はふたり夫々について知っていても、その関係など殆んど知らないのだ。あきらめて古在由重についてのみ書く。

 以下、彼の戦後の仕事について、独断的な決め付けを書く。私は櫻井氏が挙げている 『古在由重 人・行動・思想 二十世紀日本の抵抗者』 も、鈴木正編 『古在由重 哲学者の語り口』 も、太田哲男編 『暗き時代の抵抗者たち 対談 古在由重・丸山眞男』 も読んでいる。別に不満がある訳ではない。それを是をしたうえで、書かれていないことを少しだけ書く。


 1945年~1960年 民科哲学部会を拠点に、党員哲学者と同伴者を組織する仕事。それはソ連哲学界との接触と交流を条件とした。日本共産党第7回大会(1957年)にミーチンも参加。この時、日本の哲学者はミーチン歓迎晩餐会。ミーチンの両隣は古在と柳田謙十郎だった。即ちスターリン・ミーチン哲学の連続的認知。古在自身の政治的立場は後の社革(社会主義革新運動)に近かったが。

 
1961年~1970年 戦前の唯物論研究会と戸坂潤の紹介。これは日本と世界にむけて発信された。戦前の『唯物論研究』の復刻。日ソ哲学シンポジウム。日本唯物論研究協会設立。

1971年~1980年 季刊『現代と思想』 40号まで。青木書店江口編集長らと。これは統一戦線雑誌。私はこの季刊雑誌の最終近くの投稿欄に櫻井氏の名前を見たと記憶している。


 つまりこれだけ。1980年代になると、古在のする仕事はなくなった。1984年原水協問題。はっきり言う。書こうと思えばいくらでも書けるが、ここで古在はオワッた。共産党の議会主義を別にして、古在のズブズブの「統一戦線論」の完璧な破産。私は吉田、草野らに何の正当性も認めない。

 私は戦後の古在が論文らしい論文を書かなかったことを責めてはいない。唯一纏まった本が『和魂論ノート』である。岩波哲学講座(1967~)に寄せられた数本の論稿を集めたものである。これは古在流の統一戦線論(哲学編)であったろう。以後マルクス主義者は岩波哲学講座から消えることになる。
  1. 2015/01/15(木) 00:32:29|
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贔屓の引き倒し

古本屋通信     No 1225  1月13日 

  贔屓の引き倒し

 グーグルにようやく顕われた一文。その全文を引いて批判させていただく。これは論争の開始を意味しない。これで終わりである。


2015-01-13 11:45
自立した社会主義者川上徹を追悼する  櫻井智志
 私は川上徹氏の声を電話で聞いた。出版した『座標』のことで同時代社に電話した時に、すでに社長を離れていた川上氏が電話に出て、わずかなやりとりであったが、凛とした声を聞いた。
 最も早く川上徹の名前を知ったのは、「全国民主主義教育研究会」の機関誌『民主主義教育』であった。公民教育における民間教育側の社会科教育団体だった。そこには哲学者古在由重氏がときどき対談や座談会、随筆などを寄せていた。川上徹氏と古在由重氏とは、私の意識にセットとしてあった。

 古在由重氏が逝去され、「古在由重先生を偲ぶ集い」が、東京・九段会館で開かれた。青木書店の江口十四一氏、岩波書店の緑川亨氏をはじめ錚々たる知識人が実行委員に名前を連ねていた。その事務局長を務めたのが川上徹氏であった。戦前戦後を貫いて唯物論哲学者として実践的知識人だった古在由重氏は、ここで詳細はしないが、哲学者として啓蒙家として実践家として見事な先達であった。原水禁団体の統一問題で、古在由重氏は離党を願ったが、日本共産党からは除籍処分を受けた。その追悼の集いを事務局長として企画・実行したことで、共産党からの注意を振り払って行動したことが、日本共産党規約に触れて除籍された。
 川上徹氏は、古在氏が逝去した後も、主宰する同時代社から『古在由重 人・行動・思想 二十世紀日本の抵抗者』を「古在由重 人・行動・思想」編集委員会が編集して、ちょうど四〇〇頁の単行本を一九九一年七月一五日初版として出版した。勁草書房からは翌一九九二年に鈴木正が編者となって『古在由重 哲学者の語り口』を出版している。二〇〇一年には太田哲男氏が編者となり、『暗き時代の抵抗者たち 対談 古在由重・丸山眞男』を同時代社から出版した。

 川上徹は、東大教育学部の学生の頃から学生運動に真摯に取り組み続けた。大学闘争では、日本共産党を支持する全学連の活動家として、一貫して実践し続けた。その頃から古在由重氏の生き方と学問を尊敬してやりとりもあったと思われる。いわゆる「新日和見主義」問題では、査問を受けている。後の一九九七年筑摩書房の『査問』では二十年以上も過ぎてから、査問を受けた様子を静かに描きだしている。二〇〇二年にも筑摩書房から『アカ』を出版している。ここでは戦前に長野県で新教・教労の教育労働運動に取り組んだ御尊父の受難を描き、自らの原点をも鮮明に伝えている。
 また、大窪一志との共著『素描・1960年代』同時代社 (二〇〇七年出版)では、自らの学生運動を新日和見主義運動と見なしていると聞く。私はこの本は未読だが、川上氏は居直りではなく、新日和見主義として批判された行動そのものの実際の姿とその意義を伝えたかったと思われる。親鸞の「善人なほもて往生をとぐ、いはんや悪人をや」の悪人正機説のように、自らが信念として行動したことを、言い逃れや否定せずに、その意義を伝えたかったと想像する。

 時代は変わった。支配層の政権は、安部晋三氏が総理となった自公政権となり、一挙に日本国憲法を変え、軍隊をもち海外侵略の企図を進めている。国会は衆参両院ともに3分の2前後の議席を与党自民公明が占めている。日本共産党は広く国民との共同・共闘や一点共闘を訴え、衆院総選挙沖縄県では1区から4区まで、反自公政権の「オール沖縄」が勝利して、急速に統一戦線を広げている。本土では沖縄のような統一戦線は、一歩間違うと野党野合に堕しかねない。

 私は現在の日本共産党の姿勢と闘争を支持する。しかし、民衆闘争の歴史で古在由重氏や川上徹氏らが受けた受難は、歴史に蓋をしてしまうのでなく、闘争激動期に発生した問題を、どう民衆側はとらえ、「統一と協同」の組織を磨き直すか、たえず吟味していく必要がある。
 いまでは日本共産党も「反党分子」「反革命分子」のようなレッテル貼りはしていない。川上徹氏のご冥福を祈念するとともに、日本の民主的革新の運動が一歩前進することを願うものである。



   古本屋通信

  まずタイトルだが、なにゆえ川上徹氏 (以下では川上) を 「社会主義者」とするのか。川上の後半生の活動は出版活動であり社会主義の活動ではなかった。出版活動とは編集、営業、経営の全体、すなわち企業活動であった。さらに 、「自立した社会主義者」 の 「自立した」 とは何か? 日本共産党を除籍されてもなお社会主義への確信を喪わなかったと言う意味か? やはり根拠がないだろう。筆者櫻井氏の勝手な思い込みに過ぎぬ。私は川上がそうでなかったと言っているのではない。勝手に断定するなと言っているのだ。  

 本文一行目からの電話の話は意味がなかろう。晩年まで親しかったと云う意味か? 編集者と著者の一般的関係である。
 
 川上は仕事上いろいろな教育団体に関わっただろう。たぶん1980年代だ。たまたま古在が依頼原稿を寄せていた。二人は特に関係なかったろう。


 古在を偲ぶ集いの実務担当を川上が引き受けたことに思想的な意味はないと思う。あとあとの出版の予定ぶくみであろう。この件で川上が党を除籍されたからといって、川上が古在に近かったと云うことにはなるまい。「版の会」への川上の参加も儀礼的な参加だったろう。

 古在は 「離党を願った」 のではない。離党届けを出しただけなのだ。やはり違うだろう。

 以下に続く著書関係の文は日本語が酷い。整理して簡潔にした方がよかろう。

川上徹は、東大教育学部の学生の頃から学生運動に真摯に取り組み続けた」 はその通りだろう。

大学闘争では、日本共産党を支持する全学連の活動家として、一貫して実践し続けた」 はまるでデタラメである。全学連は日本共産党を支持したことは戦後一度もない。これくらい全学連委員長だった川上を冒涜する文言はない。

その頃から古在由重氏の生き方と学問を尊敬してやりとりもあったと思われる」。そういう事実は一切なかろう。

 以下、ちょっと付き合い切れない。日本語にしても稚拙だし、いったい何が言いたいのかサッパリ分からない。全て自分の型に死者をはめこもうとしているだけだ。こういうのが一番悪い。これでは川上が宮崎学、辻井喬、鈴木邦夫、樋口篤三、松崎明らの本を手がけたことの説明が付かんだろう。

 「私は現在の日本共産党の姿勢と闘争を支持する。しかし、民衆闘争の歴史で古在由重氏や川上徹氏らが受けた受難は、歴史に蓋をしてしまうのでなく、闘争激動期に発生した問題を、どう民衆側はとらえ、「統一と協同」の組織を磨き直すか、たえず吟味していく必要がある

 まあ、究極のデタラメである。だったらどうするのか? 私の見るところ、その彼なりの実践が「さざ波通信」への無数の投稿らしい。私は呆れ果てている。

 
  1. 2015/01/13(火) 19:33:59|
  2. 未分類

追悼・川上徹(元全学連委員長)

古本屋通信     No 1223  1月12日

   
追悼・川上徹
  (出版社・同時代社代表 再建全学連初代委員長)

 たった今、キンピーサイトで川上徹氏(以下では川上)が1月2日に死んだと知った。私はこのサイトは毎日訪れるのに、このニュースを見落としたのは不思議だ。いちおう 「追悼・川上徹」 としたが、いわゆる追悼文を書きたくない気持ちが強い。断片的に細切れの想いを述べたい。


 キンピーサイトは宮崎学HP経由である。川上が晩年の出版活動で宮崎を使った。宮崎だけでなく色々使った。私に違和感はない。そもそも 『査問』 からして「証言」であった。川上は出版業をよく知っていたと思う。


 私は学生時代、何度か川上の演説を聞いている。何時も新保寿雄といっしょだった。私の印象は牧梶郎のそれと似ている。ただし私は 『査問』 に不満は持たなかった。川上はシンヒヨを早期に相対化できた。私は油井よりも川上を支持する。


 川上の「同時代社」は私の古本屋のヒントだった。私は終生の川上を尊敬した。たしょう意味は違うが、私の中で川上と同等な意味を持っているのは、宮本顕治と古在由重だろう。年齢では川上が近い。1964年夏、私は平民学連の7月集会で初めて川上を見た。私は18 歳で川上は既に25歳だった。


 さっきネット検索した。宮崎は不愉快ではない。しかし有田芳生が飛び込んできた。こういうのが「お別れ会」に集うんだろう。ゾッとする。まあ、出版社の代表だったんだからな。そういえば『査問』の文庫版あとがきは加藤哲郎の執筆だった。これも気に食わない。


 私の心象では、1960年代の青年学生運動経験者の中で、党の中でずっと生きてきた者は少ない。殆んどが離党しているか、党に残っていても表に出ていない。党中央委員会に上ったのは田熊和貴だけだろう。また反共に堕した者を私は知らない。まあ古本屋通信が平均値だろう。


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 キンピーサイトのコメントから、ひとつだけ転載させて戴くことにした。


6. 常陸国原住民
2015年01月11日 13:51
川上徹氏が死去されたとのこと。川上氏への思いを下記HPで牧氏(雑誌[葦芽]編集長)が語っています(多分1990年代末)。牧氏の思いの多くに私は共感しています。それは牧氏と私が世代を同じくするからでしょう。
http://www1.odn.ne.jp/ashikabi/JN-18maki.htm
川上氏の演説の説得力に伍した演説といえば本ブログでもしばしば登場する論客・河内賢策氏のそれであったと私は記憶します。
http://j55.pw/LNmc 
梶氏はK党に深い失望を抱きながらも、数%の可能性を、この党の全うな道への回帰を期待する風です。が、私は2011年雑誌[世界]1月号での朝日新聞社記者の投稿記事冒頭部分で、この党の本質、つまりこの党の権力・傀儡から逃れ得ない定めを見、「この党が支配勢力の補完部隊である」と断じています(今般の選挙がまさにその証)。
川上氏が、今しばらく長生きし、思うところを全て後世の人間のために活字で残して欲しかったと残念に思っています。氏のご冥福をお祈りいたします。



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  追加

 上記の拙文を書いた数時間後に、以下の有田芳生文をネットで発見した。グーグルで発見できた川上徹の追悼記事は多くなく、有田のツイートに続いて古本屋通信が出てきた。一瞬、有田が論難しているのは拙文かなと思った。しかし有田の日付けは6日だから、私ではない。私だけでなくペテン師にアタマにきた人間はいたらしい。まあ、せっかくだからこのさい叩いておこう。



 2015-01-06 12:04 (6日前)  有田芳生 @aritayoshifu
先輩の訃報を知りました。拉致問題をめぐり対立があり、お互いに会うことを避けていましたが、いつしかそんなことがつまらないことだと思うようになりました。神保町の酒場でばったり遭遇、むかしのように話をしました。「戦後民主主義が消えたね」特定秘密保護法が可決されたときの言葉が強烈でした。


 有田文の以上が上段、以下が下段。

2015-01-06 20:11 (5日前)  有田芳生 @aritayoshifu
午前中、大切な先輩が亡くなったことをツィートしました。それを揶揄するいくつかの書き込みを、いま見ました。許せない!人間は、どこまで歪むことができるのでしょうか。哀しい人格に哀しみを覚えます。




 古本屋通信

 ちょっと私の勘違いがあった。有田を揶揄したのはネットウヨだったようだ。しかし「ペテン師有田」は変らない。 

 上段は全て有田の作り話だろう。死者に口なしである。証拠は何もない。まあ川上は言わんだろう。有田は上田耕一郎の時も上田が死んだ後にデタラメをやった(HP内に「上田耕一郎という学校」)。疑われるのがいやだったら、証拠が残っている話だけを持ち出すことだ。これはウィキの記事だって注意される。酒場の第三者でも見つからない限りボツだろう。今回はそこまで書かぬが、ここに有田が書いていることが全部ウソだという状況証拠はある。それは私が慧眼だからではない。川上と同時代を送ってきた世代は容易に気付くだろう。

 下段はネットウヨに怒っているのだが、まあ、ネットウヨといいとこ勝負だろう。エゲツナサでは有田が勝っているだろう。

 「大切な先輩 いつか書いた記憶があるが、このオトコは本当にゲスだ。有田にとって川上が「大切な先輩」である理由は一切ない。あるというなら示せ。1972年の新日和見主義摘発事件のあと、シンヒヨ残党一掃の関西大運動の中で、有田は喜々として (立命館大学で) 入党した。党活動を継続した父・有田光雄の息子として党内出世をめざし、新日本出版社に職を得て、そこで上田耕一郎に取り入る。何を隠そう、上田こそ党中央に於けるシンヒヨ狩りの中心人物だった。上田は川上本人の査問にも立ち会った。なにが 「大切な先輩」か。反吐が出る。上田の 『先進国革命の理論』 こそシンヒヨ狩りと表裏の関係にあった。

 私は有田が権力のスパイだとは思わない。しかしもっと悪い。立命館大時代から一貫した有田の手法がある。目的(自分の上昇)のためには手段を選ばないのだ。父・光雄の生死は知らぬが、生涯共産党員だったろう。この息子は父を利用し、京都の共産党を利用し、上耕を利用し、民主党を利用し、いまホヤホヤの死者である川上徹を利用する。

 私はそこまでは言いたくないが、統一協会もオウムも拉致事件も利用したとしか思えない。

訂正 有田の入党時の基礎組織(細胞あるいは支部)について、誤りだと投稿で指摘された(入党時期の指摘ではないが、投稿者の18歳入党説で計算すると、有田の入党は事件2年前の1970年ということになる)。詳細をご存知の方なのであろう。こういう問題で確定的に断定することは難しいが、私に「立命館入学後」と断定するデータがない以上、上記の傍線部分を削除し、「党活動を継続した」と訂正する。尚、このディテールは私の文脈にとって副次的だと考える。よって議論に及ばないだろう。問題は以後長期にわたって彼が日本共産党員であり続け、党副委員長・上田耕一郎の庇護の下にあった事だ。それは今では削除された彼のHPの記事「上田耕一郎という学校」で赤裸々に語られていた。そこには新日和見主義の一語も、川上徹の一語もなかったのである。

追加投稿に就いて その後、同じ方から有田の高校時代、浪人時代の民青と党生活について擁護的な投稿があった。それで分かったことだが、投稿者の典拠は彼の実体験ではなく、有田自身がブルジャーで語ったことに過ぎなかった。すでに私が繰り返し述べたように、有田の証言はデタラメであることが多い。私は全く信用しない。このエントリーもその趣旨である。投稿者が有田証言の真偽についてどう考えるか、それは投稿者の自由である。しかしそれをめぐってここで遣り取りする気はない。投稿板としても相応しくないと考える。よって今回の投稿を削除する。
 また、上記の第一投稿も、自身の体験からではなく、有田に直接訊いたことでさえなく、有田がブルジャーで語ったことに過ぎないと判明した以上、訂正を取り消すべきであろう。しかしこれに気がつかなかったのも私である。京大目指して3浪は周囲も見ていることであろう。この件限定で証言を採用するにやぶさかではない。上記はママとする。
 投稿者にお願いします。私は有田不信任の文脈で記事を書いているのです。あなたがそれに違和感を持たれ、「いやこれは斯く斯くの理由で信用できる」との投稿をされる。私はそれがあなたの実体験に依るものだと見做して採用した。然しそれは私が全く信用していないブルジャー上の有田の発言のコピーだった。これは初めから投稿がスジ違いなのです。有田が信用できる人間であると見做すのはよい。その趣旨で投稿するもよい。しかしその根拠がなっていないのです。ハンドルネームからは、訂正癖のある方だとお見受けしました。以後の投稿はくれぐれも私の趣旨を踏まえてお願いします。
 尚、今回は初めてのあなたの「未熟」でしたから、出入り禁止にはいたしません。しかし有田問題での再々投稿は無条件に削除し、以後は出入りを禁止します。そして今回の私の見解はブログ管理上の私の不可侵の領域ですから、これに対する異論も受け付けず、その類の(管理人に意見する)投稿も即出入り禁止とします。
 以上、これは全ての投稿者にお読み頂きたいことでもあります。よって、新しく「業務連絡」の板を立てて注意を促します。



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 さらに追加


拉致問題をめぐり対立があり、お互いに会うことを避けていました

 川上は拉致問題は語らんだろう。ごく近親ならともかく、民主党の国会議員の有田とは語らない。それは出版者としても避けるのがふつうだろう。自社出版物の著者に多様な著者を迎えるためでもある。

 それに「お互いに会うことを避けて」というが、いままで川上と有田が面談する機会はなかったはずである。そういう政治的、職業的立場になかった。川上が自分を査問した上耕に媚を売った有田を知らぬ筈がない。

 もういい。全てデタラメだ。これは品性と節度の問題なのだ。



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 有田氏からの投稿文

 雑感

明日のお別れ会に出るため、いま東京駅の喫茶店でネットを見ていて、偶然に読ませていただきました。川上さんとは、数えてみれば37年間のお付き合いでした。ほとんどが飲み屋です。拉致問題の対立とは池袋の沖縄料理店での会話での対立で、それをきっかけに数年の空白がありましたが、幸いなことに(川上さんの人生の)最後に和解できました。上田さんとの邂逅と訣別については、『闘争記』(教育史料出版会)に加筆、収録しております。もし機会がありましたら批判のためにでもご覧いただけると幸いです。
2015/01/23 (金) 16:23:40 | URL | 有田芳生 #qhVXTLRM [ 編集 ]
  1. 2015/01/12(月) 02:05:46|
  2. 未分類

[倉敷民商弾圧事件] の後註

古本屋通信     No 1222  1月10日


 [通信 No 1199 倉敷民商弾圧事件] の後註

 年が明けて1月10日、ここのエントリーがキンピーサイトに転載された。 

   倉敷民商事件続報、某古本屋氏の努力に感謝


 ブサヨさん、ありがとう。623さんをはじめ民商にきびしいコメントが付きそうだ。楽しみである。なお私はこの件では伸子さんに違和はないが、別件の政務活動費問題では彼女と真っ向から対立している。そのうち伸子さん批判もやるつもりである。


 なお、岡山以外ではすます伸子さんを知らない人も多いだろうから、ひとこと紹介しておきます。私が一発で惚れた女性なのです。理由は東京だか伊豆の会館だかに行ったとき、新米の田中のぞみさんに不破のことを、「不破さんは将来、マルクス=エンゲルス=不破といわれる人よ」と紹介したと知ったからです。本人は皮肉のつもりはサラサラない。然し意識下の何とやら、立派な批判ではないか。これを党中央の議員研修会でやったのだから凄い。聞こえたら只じゃあ済まないよ。この時から私は伸子ファンなのです。宮本百合子の小説の主人公モデルでもあります。

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 『宮本百合子と十二年』  1986年  不破哲三

 『私の宮本百合子論―「獄中への手紙」から「道標」へ』  1991年  不破哲三
  1. 2015/01/10(土) 13:42:35|
  2. 未分類

(憲法違反の)自衛隊の解散を!

古本屋通信     No 1219  1月9日

  河村さんの記事 (=赤旗の記事) から導き出される結論は(憲法違反の自衛隊の解散(=廃止=解体)以外ではあり得ない。



 日本共産党福山市議の河村ひろ子さんの最新記事を転載します。私のコメントはありません。



日本は軍事大国?  2015年 01月 08日  ひろ子ワールド
今日のしんぶん赤旗に「軍事費 4.98兆円 過去最大」というトップ記事
えっ?約5兆円ってこと?
目を疑うような記事で、食い入るように記事を読みました
2014年度比で2%増だそうです・・・・
その内容は、オスプレイ5機購入、水陸両用車30両購入なども含まれている
いっせい地方選挙が終われば、集団的自衛権などに関する法整備を進め
戦争が出来る仕組みをつくりあげようとしている
そして、米軍と共に自衛隊の軍事訓練をさらに強化し、そのための予算も最大限確保する
日本は軍事大国になった、実際に戦争も出来る事になった、と世界へ十分アピールすることになります
世界の流れは、「紛争による解決」ではなく、「話し合いによる解決」の道へ大きく舵を切っている時に
日本は戦争の道を着々進んでいる!
時代錯誤も甚だしい
世界にとって、日本は「脅威」でしかありません
異質な存在として、世界から孤立するのではないでしょうか
このように軍事力をつける一方、私たちの身近な施策はどうなっているのか?
小学校の35人学級をやめて40人学級に
入院病床を削減計画を立てさせ、医療費を抑え込む
介護報酬は約3%も引き下げ、介護保険認定の軽度者を介護給付から外す
障がい者事業の報酬も1%削減
生活保護はさらに改悪へと検討中などなど・・・・
消費税を上げるのは、福祉のためとはまったくのデタラメである事は周知の事実ですが
安倍首相、安倍政権の暴走はますます加速している
私たちの生活はどうなっていくのだろう?
もうメチャクチャじゃないか!
安倍政治の中身を知れば知るほど、怒りが湧いていきます
しかし、国民はだまってはいません!
あまりにもひどい政治に対して、私たちは声を上げなくてはいけません
戦争はしたくないし、子どもに武器は持たせたくない!
安心して生活が出来る社会にしてほしい!
平和と生存権を求めた闘いです
日本共産党も安倍暴走政治を打倒するため、4月のいっせい地方選挙全力で頑張る決意です
福山市では県議会議員選挙
現在11議席ですが、次の選挙では10議席と、定数が1議席減ります
しかも、4人のベテラン議員が引退し、後継者として新人が立候補予定
少数激戦が予想されます
日本共産党は辻つねお県議必勝へと、みなさんと力を合わせて頑張りますよ~!

# by kawamura0827   
2015-01-08 23:29
  1. 2015/01/09(金) 14:12:50|
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