古本屋通信

未来の党

古本屋通信   No 69  11月30日

未来の党

原発新党=嘉田新党=未来の党に就いては今後書く予定はない。いままでの三つのコメントを貼って終りとする。
 
 総選挙に向けて作られたこうした状況が規定した「中道リベラル」的ともいうべき新党が「脱原発」などの民意を結集する上で一定の役割を果たすことを軽視するものではない。ただしこれらのグループは現在のところ未定型な議員集団であり、日常的な議員活動においても、大衆運動との関係においても試されているとはいえず、一部の新党の「脱原発」の主張には多分に「選挙目当て」の付け焼刃的色彩も見てとれる。さらに改憲問題、沖縄米軍基地・オスプレイ配備の問題に関しても原則的に反対の立場を貫けるか否かという点では何ら信頼できる要素はなく、われわれは「脱原発」の一点に絞った形でこうした「新党」への投票を呼びかけることはできない。( かけはし )

 嘉田新党は、いわゆる「第三局」を可視化し、原発問題での右翼とリベラルの二分化を促したという。たしかにその側面はあった。だが嘉田じしん、つい最近まで橋下と協力関係にあったし、新党の代表代行も橋下のブレーンだった人物だ。私はこの新党になんら新しさを感じないし、支持できる要素はなにもない。また、この新党からみの「政局」についておしゃべりするつもりもない.( 古本屋通信 )

 未来の党に旧態然とした小沢さんや亀井さんの影が見えると心配する向きもありますが、新党を結成して「脱原発」をしっかり争点化したために他の政党の主張に少なからず影響を与えることが出来ていますから、これだけでも大変な効果だと思います。選挙を通じてしっかり議論してほしいものです。台風の目になるか!( 横田えつこ・みどり岡山 )



 
  1. 2012/11/30(金) 04:38:29|
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小沢一郎

古本屋通信   No 67  11月29日

  小沢一郎

 横田さんのブログに触発されて、丸一日、政局の報道を追ってみた。その結果は、感想を書きたい気持ちと、書きたくない気持ちが半々だ。少しだけ書くことにした。
 嘉田新党は、いわゆる「第三局」を可視化し、原発問題での右翼とリベラルの二分化を促したという。たしかにその側面はあった。だが嘉田じしん、つい最近まで橋下と協力関係にあったし、新党の代表代行も橋下のブレーンだった人物だ。私はこの新党になんら新しさを感じないし、支持できる要素はなにもないまた、この新党からみの「政局」についておしゃべりするつもりもない。ただ、新党の実質上の仕掛人である小沢一郎について、このさい少し書いておきたい。
 そのまえに、横田さんたち緑の党」は嘉田新党とどう関わっていくのか。私の予想を言う。地域によって多少の濃淡はあろうが、私は深くは関わっていかないと思う。そういう腹は固めているが、「緑の党」自体が拘束のゆるい組織なので共闘、協力、推薦などの含みを残したのだろう。これは横田文にも滲み出ている。

 さて小沢一郎だが、戦後保守政治にあって傑出している。橋下も傑出しているが、右翼との評価からは逃れられないし、なんといってもまだ未知数だ。しかし小沢にはいまだに、リベラルだの反権力だの肯定評価が付きまとう。いわゆるチルドレンだって、柔ちゃん 三宅雪子、そして由美子姫と政治的力量に不安はあるが、保身のためだけでない崇拝者を抱えている。これは岡山の国会議員の高学歴・低学力とはえらい違いだ。
 ここで由美子姫に登場ねがう。私の思いは「通信 No 64」に書いた。これは冷やかしではない。文末に「この拙文を千葉における選挙活動の中で、出身県岡山のファンからの手紙として使って頂けるなら、これにまさる歓びはありません」 と添えたが、ひょっとしたら本当に使ってくれるのではないかと思わせるような素人っぽさが、由美子姫にはあった。いまとなっては叶わぬ希望になったが、私は姫に訊きたかった。
架空「あなたの周囲には三人の男がいた。菅直人。江田五月、小沢一郎の三人です。なぜ幼小のころ可愛がってくれたお兄ちゃんでもなく、政治の世界の入り口から国会議員にまで育ててくれた大恩ある先生でもなく、見も知らずのアバズレ顔の男を何故えらんだのですか?」
架空「男として選んだのではありません。政治の世界の先輩として選んだのです。信頼感がぜんぜん違います。それに私、菅さんとか、江田さんとか、どうしても「さん」付けで呼べないの。だから困ったしまう。でも、小沢さんは、小沢さんて呼べるの。小沢さんはハイ、ハイと応えてくれるわ。でも菅さんは怒りそう。江田さんはきっと睨みつけることでしょうね」

 小沢一郎は一貫して国家権力に刃向かってきたか、刃向かってきたように演出してきた。司法権力と全マスコミは一貫して小沢一郎の敵だった。

           中断 続きは追って

 少し休憩している間に、新しいニュースが入ってきた。嘉田がインターネット討論会で小沢を尊敬していると発言したという。小沢の力が日本のために必要だとも。新党の政策は「生活が第一」の政策をそっくり引き継ぐそうだ。
 嘉田は唯物論者だ。いや、こういうときは英語がよい。嘉田はリアリスト or materialist マテリアリストだ。こういう発言は一般的にはブル新にも、選挙民にも受けないだろう。さっそく新党は名前を変えた小沢党だと言われよう。ブル新の小沢叩き、新党叩きが始まる。小沢にとっては先刻承知のことだ。
 小沢は、叩かれる度に、叩かれるごとにそれに拠って生彩を放ち、ちからを蓄えてきた。これは小沢が田中角栄から学んだ政治手法だが、本来的には保守プロパーの方法ではない。むしろ、革命派の手法だ。この手法は古い時代の日本共産党と今日の革マル派に著しいのだが、小沢は左翼とは無縁だから、やはり角栄から学んだのだろう。言い古されたことだが、田中角栄の手法は、角栄が旧財閥とも天皇家とも姻戚関係をもたない保守傍流の出自だったから採らざるを得なかった手法だ。角栄が勝ったか負けたか評価はさまざまだろうが、私の中では群をぬいて印象が強烈だった。リアリスト or マテリアリストとしての印象だ。そして嘉田をリアリスト or マテリアリストに感じさせたちからこそ、角栄から学んだ小沢の政治手法なのだ。ここにおいて嘉田は小沢と一体化している。小沢批判の保守本体は、待ってましたとばかり嘉田は小沢の術中に嵌ったというだろう。

          中断 続きは追って
 

  
  1. 2012/11/29(木) 00:01:15|
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速い反応

古本屋通信   No 66  11月28日

  速い反応
 
 昨日の横田悦子さんブログ記事を貼っておく。彼女の反応は極めて速い。とても助かる。

 嘉田さんの新党結党!
 びっくりしました。昨日から今日にかけての報道は、期待を込めて「良かった!!」という思いと、時間がない今、どこまでいけるか・・・? という心配と二つあります。
 24日には私も名古屋の「みどりの風」関係者と話したり、嘉田さんチームの動きを聞いたりしていましたが、脱原発勢力の結集は今回の衆議院選挙には間に合わないかな、という感想を持って帰りました。それが、その日の晩に話が急展開したらしい。今回の動きには、嘉田さんを動かそうという意思が強く働いた人がいるようです。
 環境派のシンボルと言える嘉田知事の旗振りであれば、私も問題なく同調してその動きに身を投じたい思いですが、今後の動きが読み切れない。さて、選挙までにどのような形になるのだろうか・・・?
 良い形が出来れば、なんとか中国地方でも候補者を出して応援したい。そして全国に広がる脱原発の動きになり、多くの皆さんの期待に応えられることを願っています。

 本日は全文引用である事をお断りしておきます。注目したいと思います。
  1. 2012/11/28(水) 06:28:16|
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A級戦犯の孫

古本屋通信   No 65  11月28日


  A級戦犯の孫

 またしても件の地方議員氏を相手にしなければならなくなった。

 「「自民党の安倍総裁が選挙の公約に「自衛隊を国防軍にする」と言って拳を振り上げています。A級戦犯の岸信介の孫らしい発想だとあきれました。」」

 自民党の安倍が岸信介の孫であることは天下周知の事実だ。安倍は世襲議員だ。世襲者は近代政治への参加資格がない、私はそう思っているし、書いてきた。世襲は批判されてよいし、しなければならない。然しそれは、世襲という事実の一点についてだ。
 自民党の安倍が「自衛隊を国防軍にする」と言ったことと、かれが岸信介の孫であることには何の関係もない。「らしい発想」と言うのは DNA 論だ。語尾に付けた「らしい」を取り除いて「A級戦犯の岸信介の孫の発想」とすれば、もっとはっきりする。DNA 論というのは橋下が朝日を批判して言ったように、「血が決定する」という論だ。
 「A級戦犯の岸信介の孫らしい発想」、「A級戦犯の岸信介の孫発想」、「A級戦犯の岸信介の孫ならではの発想」。赤字個所をどう言い換えても、換えなくても、これは差別だ。何でも差別と言うのは本意ではないから、差別に通じると言い直してもよい。爺さんが戦争犯罪人だったら孫はその孫らしい政治的発想をするのか?先祖に刑事犯罪者がいたらDNAで、末裔はその「血」を継承するのか? アホらしくてやっとれん。このところ右翼の擁護ばかりだ。自分が右翼になったみたいだ。でなければ共産党のピンボケだ。こっちでは反共を演じなければならないし。
 午前零時をまわった。これから仕入れた古本の値付だ。それが済んだら、加藤哲郎の原発資料だ。いそがしい。ひとそれぞれにいそがしい。じぶんだけ特別だと思わんことだ。


 爺さんが戦争犯罪人だったら孫はその孫らしい政治的発想をするのか?先祖に刑事犯罪者がいたらDNAで、末裔はその「血」を継承するのか? 
 
 爺さんが戦争犯罪人だったら孫はその孫らしい政治的発想をするのか?先祖に刑事犯罪者がいたらDNAで、末裔はその「血」を継承するのか?
 
 
 爺さんが戦争犯罪人だったら孫はその孫らしい政治的発想をするのか?先祖に刑事犯罪者がいたらDNAで、末裔はその「血」を継承するのか?

 爺さんが戦争犯罪人だったら孫はその孫らしい政治的発想をするのか?先祖に刑事犯罪者がいたらDNAで、末裔はその「血」を継承するのか?
  1. 2012/11/27(火) 22:04:42|
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姫井由美子さん

古本屋通信   No 64  11月27日


  姫井由美子さん

 新聞を読まない私は、姫井さんが参議院から衆議院に鞍替えされようとしていることも、その小選挙区が岡山ではなく千葉に決まったことも全く知りませんでした。姫井ファンとして恥じいる次第です。
 振り返ってみますと、私はずっと貴女のファンでした。なのに一度も貴女に投票したことがなく、いまとなってはとりかえしの付かないことになってしまいました。お許しください。貴女には政治信条をこえて愛せる魅力がありました。司法書士試験の難関を軽々と突破され、事務所を持たれたばかりの若い貴女に、私は新築の我が家の登記をお願いしました。貴女は稀に見る才媛でしたが、ご自分の有り余る才能をもてあまし、隠そうとされているように見えました。そういう貴女はとても魅力的でした。
 五年前の選挙で貴女が片山虎之助氏に勝つなど、いったい誰が予想したでしょうか。まさか、まさかの逆転勝利でした。この大勝利を決定したのは紛れもなく貴女の魅力でした。あの時はまだ民主党の追い風は吹いていませんでしたから。あの条件の下で虎之助氏に勝てたのは後にも先にも貴女をおいてなかったでしょう。
 その後のあなたをめぐる個人的そして政治的環境の変化は万人の知るの通りですが、あなたは逆境にあっても、いや逆境にあってこそ、なにものにも怖じけることなくご自分の信念を貫かれました。私はそばから、いや遠くからみるだけでしたが、貴女の性格がただ好きでした。
 今回、岡山から遠くはなれての立候補の決意、私には細かい事情は分りませんが、一寸先は闇の政治の世界におかれましても、貴女らしく突きすすんで行かれますように。あなたと御家族の健康を旧事務所の近くの古本屋から、切に願っております。 2012年 11月27日 姫井由美子様 場末の小さな古本屋より。

 この拙文を千葉における選挙活動の中で、出身県岡山の「ファンからの手紙」として使って頂けるなら、これにまさる歓びはありません。                   
 
                                   


  1. 2012/11/27(火) 06:47:40|
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橋下の2勝目

古本屋通信   No 62  11月25日

  
橋下の2勝目

 忙しくてすっかり忘れていたが、橋下が2勝目をあげていた。第一戦より、もっと完全勝利だった。相手はブル新代表、天下の朝日新聞だ。
 橋下は第一戦で新潮と文春に勝ち、その戦いを通じて全ての既成政党に勝った。 また部落解放同盟と地域人権連にも勝った ( 通信No27 )。そして第二戦では朝日との戦いを通じて全ブル新に勝った。もちろん既成政党にも、部落解放同盟にも、地域人権連にも勝った。
 
 まず脇役の佐野眞一についてひと言。橋下も相手にしなかったが、「カス」だろう。私が読んだのは 「だれが本を殺すのか」 の一冊だ。偽物だ。3行よんだら偽物とわかる。しかしそうと分るには、①基礎学力を身につけること。②社会・人文系の古典をたくさん読んでおくことが必要だ。まあ、ノンフィクションライターというのは気の毒な一面もある。典型的な売文稼業だから。今日ではまともな書き手は殆んどいなくなった。まともにやっていてはメシが食えないのだ。嘘でも人権侵害でもよい、売れそうなネタで、ろくに調べもせずに記事をデッチあげる。なにせ一本が何万円の世界だ。取材にかける金などない。そんな暇があったら次の記事を書く。問われているのは「読者を騙す能力」だ。ヤクザ商売の最たるものだ。その昔トップ屋の世界に入り損なった私には分る。まあ、読めるのは本多勝一と鎌田慧までだろう。

 それにしても、週刊朝日の記事は酷かった。最近の半世紀に、部落解放運動だけでなく全民主主義運動が勝ちとってきた地平を、一瞬にして突き崩すものだった。橋下は控えめに 「一線を越えた」 と言ったが、これを部落差別といわずして、何を部落差別と言うのだろう。「天下の朝日」の差別事件として後世の日本史に必ず残る。

 佐野眞一は「カス」だが、責任はアンカーの週刊朝日の編集長にある。雑誌の世界の仕組みをちょっとでも知っていればわかるが、フリーランスを相手にしても仕方がない。フリーが書くのは下原稿だ。アンカーが自由に仕上げる。フリーはアンカーにいっさい口を挟めない。原稿を売って、それで終わりだ。一般的には責任もない。もめた場合に裁判沙汰に関わっていてはメシが食えなくなるからだ。それが雑誌の世界だ。橋下が佐野眞一を相手にしなかったのは当然である。だから、雑誌環境を知り尽くしている読売や共同通信の記者が 「佐野さんにも言われたらどうですか」 などとほざいたのは、限りなく汚い。それは記者クラブに属するブル新記者の、フリーランスにたいする差別意識のあらわれでもある。限りなくえげつない。

 責任が親会社の朝日新聞にもあることも橋下のいうとおりだ。記者会見を見たが、ブル新側はグウの音もでなかった。百パーセント橋下が正しい。右翼思想の橋下に、ヒトラーのホロコーストを持ち出されてやっつけられるとは、ブル新も地に堕ちたものだ。まるで橋下がヒトラーの批判者のように映ったではないか。
 朝日新聞について言う。今回の朝日新聞は1960年代からずっと解放同盟べったりで、「糾弾闘争」のお先棒を担いで差別でないものまで差別にデッチあげた朝日新聞と同一の朝日新聞だ。あらわれかたはいっけん正反対だが、本質は同じだ。

 部落解放同盟と地域人権連は、なんで沈黙していたのだろう?声明のひとつも出したのか?もし出していたなら、ごめんなさい。出していないという前提で言うが、運動団体が政治党派と一線を引かないから対応できないのだ。選挙まえであろうと選挙中であろうと、差別は時を選ばずやった来るのだ。このさい部落解放同盟と地域人権連は自分たちの運動の無力さを自覚したらよい。世間から信用されるためには、差別を受けた人物が右翼だからといって、知らぬ顔をしないことだ。人権のための組織と運動は、21世紀にあっては、「頼まれざる弁護士」の役割を果たすべきだろう。猛省を促したい。

 この2勝目は、来月の総選挙で橋下一派が勝つか敗けるかとは相対的に無関係に、日本の政治状況 ( 政局ではない ) の流動化を進める出発点になるかも知れない。数年後にはまさかの橋下総理の誕生もありうるのだ。となると日本ファシズムの到来が現実味を帯びてくる。そういう危険を感じないのは、骨の髄まで議会主義の毒に冒され、そこでメシを食うためにだけ選挙をやっているからだ。橋下はそういう「政治屋」を遙かに超えている。だから橋下は大物の右翼なのだ。たとえ総選挙で敗けても彼は勝っている。私が30年おそく生まれ、学生運動にもマルクス主義にも出会っていなかったら、きっと橋下一派に投票していただろう。部落差別に反対だという一点で、私は日本ファシズムの渦に呑まれ、沈んでいったかもしれない。橋下は怖い、恐い、強い。橋下を侮るなかれだ。
  1. 2012/11/25(日) 19:41:04|
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シンフォニー古本まつり

古本屋通信   No 58  11月22日

  シンフォニー古本まつり

 昨日はシンフォニー古本まつりの初日だった。今回は目録があったが、事前にほしい本はなかった。しかし会場で予期せぬ本があったので、それを買った。全点一口物で、出品者は S 堂書店さん、単価はオール百円均一。 以下、買った本をあげる。

☆民主的行政改革の理論 渡辺佐平編 大月書店 1978
☆現代の課題と日本共産党 下 宮本顕治 党出版部 1966
☆地域自治の政治経済論 遠藤晃他編 自治体研究社 1977
☆民主集中制論 榊利夫 新日本出版社 1980
☆21世紀と社会主義 聴濤弘 新日本出版社 1984
☆治安と人権 杉村敏正 中山研一 原野あきら 岩波書店 1984
☆もろき平和 上野博久 新星書房 1984
☆意識論 寺沢恒信 大月書店 1984
☆戦後日本の技術革新  中村静治 大月書店 1979
☆日本経済と危機管理論 二宮厚美 新日本出版社 1982
☆環境科学への扉 日本環境学会編 有斐閣 1984
☆理論戦線の到達点と課題 不破哲三・上田耕一郎 党出版局 1976
☆80年代の大衆運動 市川正一 新日本出版社 1981
☆世界平和と「勢力均衡」論 巣山靖司 新日本出版社 1985 
☆日本の貧困 柴野徹男・菅沼副夫 新日本出版社 1983
☆社会科学学習辞典 労働者教育協会編 学習の友社 1966
☆共産主義運動の基本問題 宮本顕治 新日本出版社 1988
☆マルクス主義と環境問題 ギ・ビラオ 青木書店 1976
☆管理社会と民衆理性 日常意識の政治社会学 栗原彬 新曜社 1982
☆現代民主主義の理論 榊利夫 新日本出版社 1975
☆経営での党活動と党建設 不破哲三 新日本出版社 1986
☆マルクス主義研究年報 No2 1978年版 芝田進午責任編集 合同出版
☆マルクス主義研究年報 No3 1979年版 芝田進午責任編集 合同出版
☆唯物論研究年報 1988年版 唯物論研究協会 白石書店
☆経済思想史読本 水田洋・玉野井芳郎編 東洋経済 1978
☆前衛 1969年3月号 日本共産党中央委員会理論政治誌
    東大闘争の到達点と今後の課題 ・・・・大野源一
    大学問題における各党の政策 ・・・・・小林栄三
    大学闘争におけるトロツキストの「理論」と行動 ・・宇野三郎
    哲学シンポジウム2 史的唯物論と現代の思想的課題
     古在由重  吉沢 達   森 宏一
     高田 求  中原雄一郎  司会・河野公平

☆自治体政策づくり読本 大原光憲・横山桂次編 総合労働研究所 1981
☆法と経済の一般理論 藤田勇 日本評論社 1976
☆婦人問題と日本共産党 党中央委員会出版局 1979
☆社会主義的所有の基本問題 シュクレドフ 御茶の水書房 1973
☆反共風土と社会進歩 党中央委員会出版局 1983
☆デモクラシーの二つの伝統 セイバイン 未来社 1977
☆南ベトナム小説集 炎のなかで ベトナム外交出版社 東邦出版 1967    
☆サイゴン解放作戦秘録 バン・ティエン・ズン 新日本出版社 1967
☆知りたい知らせたい女たちの戦後史 柴田悦子 創元社 1989
☆オルグ学入門 村田宏雄 勁草書房 1982
☆社会主義協会向坂派批判 日本共産党中央委員会出版局 1975
☆人間裁判 生と死をかけた抗議 朝日茂の手記 草土文化 1965
☆婦人論の学習 マルクスレーニン主義学習双書 村上益子 1972
☆現代技術論 有斐閣選書 中村静治編 有斐閣 1978
☆日中両党会談始末記 小島優編 新日本出版社 1980
☆日本共産党の45年 日本共産党中央委員会出版局 1967
☆日本共産党初級教科書(案) 教育部編 出版部発行 1968
☆投降主義者の観念論史観 中央委員会出版局 1986
   志位和夫氏の2論文は本書のなかに収められている。
  *変節者のあわれな末路   *退廃と遊戯の「哲学」

☆革新統一戦線の探究 日本共産党中央委員会出版局 1978
☆自由に生きる権利 小林孝輔 法律文化社 1972
☆高齢化社会と社会保障 角田豊他編 法律文化社 1978
☆東の風と西の風 毛沢東 新日本出版社 1958

 以上48冊、数冊を除いて珍しい本ではない。このうち半分以上は在庫がある。はじめ、在庫のない本だけを抜こうかと思った。然し頁をめくるうちにタダナラヌ空気を感じた。一瞥して同じ旧蔵者からでていることはすぐ分ったので、旧蔵者の正体を知ろうと本を探った。次々と本を手にとり頁をめくった。なんと、なんと、本に何の痕跡もないのだ。48冊中だだの一冊にも書き込み、傍線、蔵印、メモ用紙、なんにもないのだ。完膚なきまでに打ちのめされた。 S 堂さんに訊くなど、恥じさらしができるわけがない。それで、ほぼ全点を持ち帰った次第である。いやはや凄い天才がいるもんだ。読んでいないことは絶対にない。天才なんだろう。こういう出会いがあるから、古本屋はやめられないのだ。
 ひと晩、まっさらの古本と格闘して、なんとか旧蔵者の目星をつけた。今回の場合、私に守秘義務がないこと、旧蔵者が故人であるらしいことから、ここに書いてもいいと思う。旧蔵者は上記の本の著者のひとりと看た。しかし、違うかもしれないので、実名を書くのはとりあえず止めておこう。



 




   

   
  

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  1. 2012/11/22(木) 08:37:24|
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県共産党三役

古本屋通信   No 57  11月22日

  県共産党三役

 県議会議員の森脇久紀氏のブログより


18日、年に1度開催する岡山県党会議が開かれました。・・・・中略・・・・
 役員選挙がおこなわれ、52人の県委員、4人の准県委員が選ばれました。ただちに開かれた第1回県委員会総会では、全会一致で石井ひとみさんを引き続き県委員長に選びました。副委員長は、これまでの松田準一さんに加え、私もその任に就くことになりました(重すぎる!)。書記長は、島田清さん(再任)です。日常的に業務を担当する常任委員会は、三役と氏平県議ほか8で構成されることになりました。


          以下は私の文
 
 党の人事は最高議決機関である県党会議で民主的に決められており、党外があれこれ言う筋ではない。否定的感想は何もない。すべて肯定的感想だが、それも最小限に止める。石井さんは県党をまとめ指導するにもっともふさわしい人だ。出たがり屋でない所もよい。松田さんは、私の知る限り岡山一の共産党の論客だ。資本論の原書がよめる水準だ。森脇さんが対外的な顔になり窓口となる。重いだろうけれど「重すぎ」はしない。いままでどおり県議会に軸足をおきつつがんばってほしい。島田さんは古い世代の活動家ときいている。党の構成の過半は古い世代だ。三役の要 ( かなめ ) だろう。氏平さんがいると、周りがパッと明るくなるそうだ。ブログのやる気は?


 
  1. 2012/11/22(木) 02:58:21|
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保留の理由

古本屋通信   No 56  11月20日


  保留の理由

 今回の選挙。私は小選挙区で共産党候補の支持を表明したあと「ただし衆議院選挙比例区は保留しておきます」と書いた ( 通信No34 )。 選挙本番も近づいて来たので公示前に保留の理由を書いておきます。

 石村さん擁立の過程、つまり県議選落選直後からの一部の人による再挑戦表明(注)、さらに党中央からの要請を受けての今回の立候補、これら一連の過程が、党内はともかく党外の支持者を納得させる十分な説明がなかったからです。併せて支持者の神経を逆なでするような「決定」について、候補者自身何の説明もせず、また説明しないことに何も感じていないらしいことです。それは県委員会の責任もありますが、候補者自身の国会議員としての資質を疑わせるに十分な理由となりうるものです。このことが保留の理由です。共産党の選挙は党内だけのものではないということです。

(注) 「一部の人による再挑戦表明 これ 自体も前例をみない奇妙なものでした。次の県議選挙は、補欠選挙でもないかぎり4年後です。選挙総括もしないうち、落選した党員を自動的に4年後の候補に据えるなどだれが決めるのでしょうか。本人が決めることではないのは勿論ですが、県委員会の機関決定のまえにあり得ないことです。その前に、あたかも再挑戦が既成事実のごとく口にするのは、思い上がりもはなはだしいことです。党の私物化です。むかしだったら「組織のうえに個人を置く行為」として規律違反で処分だったでしょう。そして、これは共産党だから言えるという事ではなく、政治組織であろうと団体・企業であろうと、およそ近代的なあらゆる組織に当てはまる事です。政党では、もっとも古い体質の自民党でさえ、もう少しマシです。
 自民党公認で参院選挙を江田五月氏と戦って敗れた山田美香さんの例。彼女は3年後に再挑戦するつもりでしたが、一度負けたら公認は白紙ですから、公認まちの待機です。彼女はそのことをブログにも書き、控えめに活動を継続していました。結果は石井政弘氏が公認され、彼女は政治から離れました。自民党内の事情はいざ知らず、はた目からは自民党のほうが共産党より民主的に見えます。情ないことです。 
 こう書くと実は落選直後に再挑戦の機関決定があったのだという言い訳があるかも知れません。大ウソをいいなさんな。たとえ再挑戦の含みを残すにせよ、県議選では正式決定は選挙の一年まえが常識です。それは候補者の諸条件も含め政治を取り巻く情勢がつねに流動的で、余りさきの事を確定するのは現実的でないからです。それはかつての立花一也さんの例を見ても明らかです。一度落選した立花さんは、このとき一時的に医療機関に就職しています。誰もが再挑戦を疑いませんでしたが、機関決定で公認されるまでは一市民だということです。それが民主主義の常識でしょう。
 そもそも落選して4年ものあいだ候補者活動に専念しなければならないのか?専念するとして、その間の生活費・活動費は誰がだすのか?そんなに岡山の共産党は金持なのか?
 この選挙で使われた「後継者」という言葉も気になります。この言葉を引退する議員が、バトンタッチする候補者を選挙運動のなかで有権者に紹介する際に使うのなら、その限りでは妥当でしょう。しかしそれ以上の使用は止めるべきです。民主主義の世の中で「後継指名」などあってはなりません。そういう使い方が残念ながら一部でありました。それは前近代的でおよそ科学的社会主義と相容れないと言えます。科学的社会主義の党の党員にとって絶えざる理論闘争と思想闘争を欠くとどうなるか。
 それと、たまたま地方議員を党の任務として受け持った党員だけを「政治家」扱いすることも、ブルジョアジャーナリズムの世界ではいざ知らず、科学的社会主義の党の中であってはならないことです。

(注1) の部分のほうが長くなったのは、これが一連の過程ではむしろ重要な部分だからです。一般の社会常識で考えてもおかしい事はおかしいと言い続けていきたいと思います。でないと、党は支持率2%の壁を突破出来ないでしょう。

(注2) 衆議院岡山4 区の立候補予定者公開討論会があるそうです。仮に石村さんがこの区の候補だったら、出席して橋本氏や柚木氏と論戦して勝てるのか。国会での論戦はこの比ではないだろうが、それに耐えられるのか。
  1. 2012/11/20(火) 13:16:52|
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解散総選挙

古本屋通信   No 52  11月14日 

  解散総選挙

 明後日にでも解散になるのか。解散総選挙の時期がいつであろうと、なすべきは岡山*区~*区まで**党の候補を全員*選させることだ。**党は政権*党だったのだから 。つまりこんどの選挙はこの5名を***ための選挙だ。
   ****  ****  ****  ****  ****
 後のことは後のはなし。ブログを見るかぎり、****以外は覚悟はしているようだが、後腐れなきように、完膚なきまでに、二度と立ち上がれないように、再起不能になるまで、粉々になるまで、打ち砕こう。言うまでもないが、私怨あってのことではない**党所属の公認議員として叩き潰すということだ。

 もともと**党から出てもおかしくない顔ばかりだ。それが主義主張も何もなく、ドサクサに紛れ、****に取り入って**党 ( 保守と右翼社民の雑炊 ) から出た。考えてもみよ。公募などという、もっともらしい制度からして狂っている。

 政治党派から国会議員にでるには、3年5年と党員生活をつづけ、その活動のなかで党員として政治活動を職業にする自信ができたとき、周りから推挙されて初めて候補者となる。**党、**党はこれだが、この点でも**党は**党に劣る。

 **党にはそもそも綱領がない、いや作れないのだ。だからマニュフェストで誤魔化す。綱領なくして選挙公約ができるはずがない。あんのじょう空手形。近代政治学で言う政党ではない。選挙法の政党要件を充たしていたというに過ぎない。しかし、同類のインスタント政党進出の先達になったことだけは「功績」だったかもしれない。

 後続が出るわ、出るわ、名前を口にするのもおぞましい。石原慎太郎が言っているように、これらが持続的に政党として存続することはない。しかし、戦後版大政翼賛会への流れをつくるうえで一定の役割をはたす。とりわけ大阪の橋下は警戒しなければならない。これに関連したブログを引用する。

 長い政治生活の中では、立場の異なる政治家であっても、その演説に圧倒されたり、魅了される機会はあるものです。2001年総裁選挙で絶対優勢の橋本龍太郎を打ち破った小泉 純一郎の演説がそれだったし、自民党の大ボスだった野中広務の話しぶりは「好きな演説」の一つに入っています
 「日本維新の会」の橋下徹代表が岡山駅前で演説するというので、聞きに行きましたが、全くの「期待外れ」でした。
まず第1は、話が小さすぎる。
「日本を変える」の話で挙げた例が、大阪天王寺動物園にある売店の民営化の話なのです。その程度の話なら、岡山県内の首長の「実績」にいくらでもあります。
 もう一つは、話が古すぎる。
「競争社会のすすめ」は、それこそ小泉時代からの話で、その結果がこの「格差と貧困」「成長が止まった日本」を生んでいるのではないでしょうか。橋下氏の最大のブレーンの一人が、小泉ブレーンの竹中平蔵であることも、私に言わせれば「博物館」的な話です。「時代の寵児」とされていますので、出来る限り「冷静」に「好意的」に聞こうとしましたが、「話が小さい」「古臭い」の印象しか残りませんでした。

 知り合いの記者が「敵陣の偵察ですか」と声を掛けてきたので、「いや、今年の流行を見に来たんです」と答えて帰りました
 ( 元・岡山県議会議員 現共産党岡山県委員会副委員長武田氏のブログから )


 ハナから「長い政治生活の中では」という書き出しに驚いた。共産党関係では耳にしたことがなかったから。然しこれは本論でないので措く。私は岡山駅前の橋下演説を聞いていない。だが一度大阪の選挙のとき聞いた。武田氏の文は橋下の過小評価としか思えない。或いは虚勢を張っているように見える。橋下徹は、小泉純一郎、野中広務に比べても「大物」だ。武田氏と自民党ボスの批評を競おうとは思わない。橋下と小泉はメディア露出型だ。ふたりともヒトラーになりうるということだが、インパクトは橋下が格段につよい。野中は加藤紘一とともに自民党にあっては珍しいデモクラットだ。自民党にしておくにはもったいなかった。左翼にいかなかったのは、当時の部落解放運動に野中が違和感を持ったからだろう。

 引用文はそれとして参考になると思ったので、ここに貼った。然し、一箇所だけ異論を挟んでおく。赤字の個所だ。これは「博物館的な話」ではなく、怖ろしい話だと私は思う。橋下を侮るなかれだ。

   
  1. 2012/11/14(水) 18:01:33|
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