古本屋通信

ウジムシ(成様)を殲滅しよう

古本屋通信   No 3455    2018年  07月21日


 ウジムシ(中核派のことではありません。洞口さんゴメンね)を殲滅しよう

 合同投稿サイトの宿命とは云え、また凄い新入り(成様)が湧いたナ。コレが一寸我慢できないのは、独立文だとハナから死文なのに、他人の真っ当な投稿に冠せて投稿することだ。その点ではにゃんチャンの二番煎じだが、マア文章はにゃんチャンの方がずっと上手だ。こりゃ、にゃんコよ、褒めてやったゾ、うれしいか?  

 アホ文の批判だけではさみしいから、上にKM正様の玉稿を貼っておく。昨日の投稿の御礼も兼ねて。

 ありゃ、そうしているうちに常連のひろゆきの様の投稿、これまたデタラメな日本語に加えて時空を超えた、つまり戦前と戦後の時代認識皆無の低脳文だが、今回はシカトする。コッチが阿呆になるからナ(ひとつだけ教えてやる。劇団民藝は民芸ではない。固有名詞だから必ず民藝だ。この誤用は文字にした瞬間に分からねばならぬ)。



1. KM生@管理人様
2018年07月21日 00:44
>こんな大事件の資料で、まだ非公開(というか、出版時に見つからなかった?)のものがあったのかと驚きを禁じ得ない。
特高資料などいまだ大部分が非公開ですよ。近代史研究者は、戦後70年以上経た今日尚(わざわざ渡米して)米国議会図書館で(占領時に押収された)旧特高資料を参照しているのが現状です。むろん日本への返却は度々求められてきましたが、(日本政府への返却という形になるが、日本政府側の公開の意思が確認できないため)見送られてきたのです。
>内容的には驚くような新事実は出そうにもないが・・・。
今回の文書に関してはそうかも知れませんが、例えばゾルゲ事件など(常識的に考えてゾルゲ機関内部に特高への内通者がいたはずですから)、「従来いわれたような伊藤律端緒説が崩壊した現在、果して誰が内通者だったのか」特高資料が公開されれば一目瞭然な筈です。むろん国際的歴史的大スクープになります。
結論的にいえば、特高資料は国民的歴史的財産なのですから、(特高資料に限らず)一定期間を経た政府関係秘密文書は国民の前に公開されるべきです。

4. KM生@管理人様(追伸)
2018年07月21日 08:48
(成やひろゆきのの下らん御託は無視して、(^^)
さらに付加えるなら、特高資料は大部分が(敗戦後特高解体が決定された時点で占領軍に押収される前に)特高関係者によって焼却裁断処分されたことでせう。米議会図書館に残るものも、辛うじて処分を免れた(特高資料全体の)ほんの一部分というところでせう。
空白の歴史を埋めるには、あとは(90年頃に赤旗「日本の暗黒」シリーズでとられた様な)「旧特高関係者への聞取り」という手法しかないでしょう。しかし戦後70年以上経た現在、旧特高関係者も大部分が鬼籍に入り(またたとえ生存しているにせよ)まともに答えられるかすらあやふやな年齢ですから、最早この手法も実質不可能でせう。



2. 成
2018年07月21日 05:11

そもそも共産党は指示通り内戦起こそうとした最悪の連中。党員はアホだから騙されてるが調べてれば分かるのに。ソ連の内戦転換論に従ったのが連中。戦後に対立するまで日本支部として手足だった。内戦が最も死者でるのは歴史が示してる上に、連中の望んだ路線の歴史だと冷戦下よ東欧のような有り様に日本がなってた。民主主義国家の左翼は利益を全て得ながら最悪のことをしてきた連中。スターリンの各地域の連中粛清すら民主主義国家にいたのは民主主義国家のおかげで守られた。それを破壊しようとしてたのにな。



  古本屋通信
 あほらしいけど、原則的に批判しておく。
 まず内戦云々だけど、これは 「帝国主義戦争を内乱に転化せよ」 をコミンテルン(国際共産党)のスローガンに見立てた言い掛りだろう。だがコレはそもそも第一次世界戦争を内乱に転化させて革命を成功させた1917年のロシア革命に端を発する。その後のコミンテルンに受け継がれたが、そもそもレーニン主義の基本テーゼであり、スターリンに特有なスローガンではなかった。

 阿呆に訊きたい、戦前の絶対主義天皇制、その圧倒的な侵略戦争に対する日本共産党の正しいスローガンは何か。貴様は屈して権力にひざまづき罪なき大陸の民衆を皆殺しにした天皇制賛美者(社会ファシスト)を是とするのだな。死ねや、百年おくれのファシストめ。当時の日本共産党は弾圧によって根こそぎ監獄に繋がれたから、帝国主義戦争を阻止する力はなかった。それでも獄中にあって、帝国主義戦争反対の旗を降ろさなかった。それが帝国主義戦争を内乱に転化せよであった。これは全く正しいスローガンであった。コミンテルン各国支部で、このスローガンが当てはならない共産党など皆無であった。嗚呼つかれた。なんで阿呆にこういう高校生向けの説教をせにゃならんのだ。

 後半はキチガイじゃな。内戦で死者が出るだと? 残念ながら日本は帝国主義戦争を内乱に転化できなかった。だから多くの死者は出なかったのか? 15年戦争中に限ってでも、何百万人の日本人が死んだか。そして何千万人のアジアの民衆を殺したか。それにしても自分の書いた文を声を出して読んでみろ。
 内戦が最も死者でるのは歴史が示してる上に連中の望んだ路線の歴史だと冷戦下よ東欧のような有り様に日本がなってた。民主主義国家の左翼は利益を全て得ながら最悪のことをしてきた連中スターリンの各地域の連中粛清すら民主主義国家にいたのは民主主義国家のおかげで守られたそれを破壊しようとしてたのにな

 読めるか? 意味が分かるか? 自分では分かるんだろうな。よいから自分のサイトを自分の力で作ったらよい。果たしてお客様が訪問して下さるでせうか?

 コレちょっと例があるので紹介しておきますね。高原さんと仰る方で、石崎さんの常連さん、私の拍手欄にも投稿がありました。かれのHPブログは以下ね。意味分かる? たぶん年間の訪問者ゼロね。

現実論理への道
技術,制度,生活の背後にある「価値」と「方法,論理」
高原利生(安井利生)
ugg21948@outlook.com
http://www.geocities.jp/takahara_t_ieice/
ホームページの作り方に不案内で、見づらい。平文の羅列の形でしか、今のところ作れない。
前の方だけ、タイトルをカラー化し大きくした。
最近のブログコメントと関連するブログ  
突然、2018年1月、石崎徹さんからブログmaganetoru.blog.fc2.comのコメントを削除するという通告があった。あちこちで引用していたので非常に困っている。
コメント729:石崎徹『ジョージ・オーウェル「1984年」』へのコメント 高原利生 2017.10.20-12.24
http://maganetoru.blog.fc2.com/blog-entry-1075.html#comment729
https://plaza.rakuten.co.jp/mozu0017/diary/201711030001/comment/write/#201711062359123621
https://plaza.rakuten.co.jp/mozu0017/diary/201708250000/comment/write/#comment これがミスで消えたらしいので、上のコメントを送った。
コメント701:「物々交換から始まる全体」(三版まで「物々交換をめぐる全体」):石崎さんブログ「マルセル・モース「贈与論」 2017.07.24」へのコメント四版 高原利生 by 高原利生 on 2017/08/11
http://maganetoru.blog.fc2.com/blog-entry-1046.html#comment701
コメント696「物々交換をめぐる全体」:石崎さんブログ「マルセル・モース「贈与論」 2017.07.24」へのコメント
http://maganetoru.blog.fc2.com/blog-entry-1046.html#comment696



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  冒頭で洞口さんの名前を出したのは、彼女が前進チャンネルのナレーターをしていて、その最新版・質問コーナーを私が見ていたからだ。きのう前編の録画があった。数日中に後編もあるだろう。

 前編に限っての感想。面白かったのでお勧めですが、いくらか気がついた。

 「前進」の名前の由来は了解したが、「中核(派)」は逃げていた。1963年の革共同第三次分裂で、「カクマル」(中核派の用語)が脱落して、そのご中核になる組織という意味で北小路敏が提案して決まったそう。ウソではなかろうが、いい加減である。中核は極左時代の日本共産党の非合法組織・中核自衛隊から採った命名である。また1963年の分裂時は革共同全国委員会であった。今もそうである。中核派というのは学生組織のマルクス主義学生同盟(中核派)に由来する。親組織の革共同全国委は中核派とは言わなかった。もともとはマスコミの便宜的な呼称だった。それがたぶん立花隆の本のころから、中核派になってしまった。当初はいやな顔をしていたが、面倒になったのだろう。いつの間にか 「中核派で構いませんよ」 となった。それが経過である。まあ後は視聴してください。大衆化路線ですね。斎藤君によると 「党の革命」 というそうです。洞口さん、よく勉強してますよ。まったくボロを出していません。アッ、ほらぐちと読みます。「二世党員ですか」 という質問には、口を丸めて誤魔化していました。二世なんです。


付記 ねんのために再視聴した。上記は間違いではないが、洞口さんは中核派の呼称の始まりを、学生戦線で最初に(北小路の提案で)使われたとしていた。この点では正確であり、私の書き方が誤解を生んだかも。後編は別の青年がナレーターだった。
 
 全体に分かりやすく、難問にも的確に答えていたが、ただ一点、革マル派については全く説得力に欠けた。まあ無理もないが。

 それと中核派のオウム真理教についての見解を別のチューチューブで見た。なんと何時もはスラスラよどみなく喋る洞口さんが原稿の棒読みである。これは他人の書いた原稿の棒読みだろう。つまり中核派の対オウム見解など間に合わせなのだ。権力によって育成された・・云々も説得力がなかった。「カクマル」共々盲点だな。

 後編を見ての感想。分かり易いが、疑問があった。自衛隊員を革命のために獲得する、というより獲得可能らしい。かつての小西を思わせる。解体の時期も遅く設定している一方で、警察権力は革命後ただちに解体するらしい。これは逆ではないか。理論問題ではなく現実の問題として逆であろう。

 それから 「早稲田の革マル派はいつ解体できますか」 という質問に、「近いうちに必ず解体してみせます」 と答えたのには爆笑してしまった。いまだ早稲田の革マル派は健在、法政の中核派は絶滅。まあ京大と広大で頑張れよ。それと沖国大でもね。「カクマル派」 とは平和共存の時代なんよ。民青ともね。
  1. 2018/07/21(土) 06:23:40|
  2. 未分類

小池晃は党中央書記局長失格

古本屋通信   No 3454    2018年  07月20日


   小池晃は党中央書記局長として完全失格である

小池晃は党中央書記局長失格  投稿者 : KM生
スレが消えていますので、ここにコメントさせて頂きます。井上成美海軍大将については、日共は従来から評価してきますた。宮顕時代から度々赤旗で「開明派軍人の井上成美元海軍大将は、戦前日共を合法化しておけば戦争は起らなかったと述べた」と度々持上げていますた。何も今回の件に限らず、日共としては(以前から)余程井上成美の発言が嬉しかったのでしょう。考えようによっては、松本善明は海軍兵学校出身の弁護士だったし、柴田睦夫元衆院議員も陸軍士官学校出身の弁護士だった。元軍国少年が、戦後は日共代議士という代表例。「侵略戦争への反省の結果」などといえばそれまでですが。ある意味(戦後まで生延びた)旧職業軍人(候補も含めて)の中に、「自分達が生業とした球日本軍は惨敗し、歴史的には侵略軍として解体された」がゆえに、「戦前命懸けで戦争に反対した日共」に対するある種のシンパシーが起ったのかも知れませぬ。

古本屋通信 井上成美について立てていた板をすでに削除していたので、KM生様から、ここに投稿がありました。3つほど消去しましたので、すでに記憶は薄れていますが、天皇ヒロヒトに引っ掛けて、天皇制海軍の将校を評価することのケッタイを書いたのだと思います。べつに誤ったことを書いたから消したのではありませんが、自分の書いた文に奇妙なねじれを感じたのは事実です。そしてそのねじれは、KM生様ご指摘の事実を私が知らなかったこととも関係があったでしょう。どうも有り難うございました。で、この新しく知った事実についての私の感想を一言でいえば、やはり共産党の「歴史のねじれ評価」ということになります。宮本には、奇妙にそういう所があったように思います。科学的社会主義の党にあるまじき反史的唯物論だと。それはともあれ、この新事実を私が知らなかったことは不覚でした。コメントしないと言いつつ長いコメントになりました。この冒頭の遣り取りは少なくとも暫らくはこの場所に残して置きます。



 まず公平に順を追って書いていく。暫らく訪問していなかった党県委員会書記長の垣内京美さんのツイッターを先ほど訪問した。小池書記局長をリツイートしたものが連続して3つあり、その三番目が以下だった。


垣内京美さんがリツイート
小池晃‏認証済みアカウント @koike_akira · 7月15日
日本共産党は以前から高梁川、小田川の堤防の危険性を指摘。合流点の付け替えを求めていました。また、木や草で荒れ放題の小田川河川敷の伐採も求めていました。しかし国交省は耳を貸さず。これは3年前の田辺昭夫倉敷市議のニュースです。
河川管理を怠り、甚大な被害を出した政府、与党の責任は重大。


  あれっと思った。瞬間的に4つ思った。

第一番目。小池が如何に秀才でも、岡山の一地方の高梁川・小田川の堤防の危険性など知っているわけがないから、これは3年前の田辺倉敷市議発行のニュースをそのまま是認してツイートしたのだろう。コレは無理からぬことだ。

二番目に思ったのは、リツイートした垣内京美県書記長の責任問題である。このリツイートは形式的に党中央の幹部の発言を拡散したものではない。事情に疎いだろう小池の発言に、県委員会書記長としてお墨付きを与えたものである。いわば実質は県委員会の見解の表明である。

三番目。ここで問題になるのが、田辺倉敷市議のニュースの内容である。これは拡大すれば読める。小池書記局長が要約していることで、概ね間違いない。問題はこれが正しいか否かである。もし間違っていても、3年前の市政ニュースを出した田辺市議の責任は重大ではない。だが一旦事故が発生した今の段階での、小池ツイッターと垣内リツイートは責任重大である。あえて格差を云う。小池はヨソものだから書記局長といえども阿呆で済ませられる。だが小池発言をリツイートした垣内書記長は決定的である。即県書記長辞任に価する。たぶんそういう自覚はないだろうが。

四番目も重要である。私はこれまで小山通博元倉敷市議をケチョンケチョンに罵倒してきた、が今回だけはアレッと思った。良い事を書いていると思って評価した。その部分は以下である。

この豪雨・洪水被害は未曽有のもので、倉敷市で死者50人を超え、甚大な住宅被害は7月14日現在全容がつかめていません。その対策は多面的に探究されなければなりませんが、気になるのは、マスコミに登場した「専門家」曰く「建設省が、高梁川と小田川の合流点を南に下げる」工事を早くしていたら被害が防げた、と述べていることです。洪水対策は単純ではありません。もしも、真備町地内で堤防決壊が起きなければ、どこか他所で決壊・洪水が起きていた可能性があります。本流・支流合流点での水位上昇をどう処理するかは、水利土木工学の要です。抜本的な探求を求めたいと思います。何よりも、小田川が、矢掛町分は県管理で、平坦化工事が進んでいるのに対して、真備町側は、1級河川で国管理ですが、川の中は雑木ジャングルが放置されています。かつては、食糧増産で、川床に稲田をつくり、農家が河川管理していたのを、国が追い出したのです。2018/07/13 13:21:15


 これはよく分からぬが、市議経験のある小山さんの従来からの持論であり、この機会に表明したものだろう。田辺ニュースとは明らかに異なる。経緯は知らぬが、私は直感的に小山さんの方が正しいと確信した。だからきのう 「大本よりも小山がマシだ」 と書いた。

。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。。

 さて、ここから小池ツイッターに対する返信だが、冒頭の夏はつとめて‏さんを転載する。特に言うことはない。私には下の投稿が完全に正しいかどうか分からない。だが小池と垣内が100パーセント誤っていたことは確かだ。検証する時機でないという以前に、自然災害を政権の失政のせいにする、ならば失政がなかったら災害は起りようがなかった、そう断言できるのか。この調子なら、たぶん今回の災害で日本共産党の支持率は低下するであろう。党中央、党県委員会ともアウトだから。そのアウトだとの自己認識でさえもない。残念な事である。


夏はつとめて‏ @yoursmins · 7月16日
返信先: @koike_akiraさん
夏はつとめてさんが小池晃をリツイートしました

は?何を寝ぼけたこと言うてるねん。デマはやめなさいよ。恥ずかしくないの?あなたが出してる新聞にも書いてあるやろ
国交省の平成19年に100年に一度の氾濫に備える計画って
平成22年からはじめて、40年に完了する予定で工事始めるって。
読めないですか?
古本屋 私、これ当初は赤旗のことだと勘違いしてた。これ田辺ニュースのことでした。ならば完全に小池のデマ。小池はネタ元も碌に読まずにデマ。垣内もこれじゃあ書記長は無理じゃわ。

夏はつとめて‏ @yoursmins · 7月16日
共産党は、嘘やデマを、垂れ流すのをやめましょう。

国交省、中国地方整備局、岡山河川事務所のホームページ貼っとく。
本当にいい加減にしなさいよ。
http://www.cgr.mlit.go.jp/okakawa/kouhou/seibi/odagawa/odagawa_seibi_index.html …

夏はつとめて‏ @yoursmins · 7月16日
小田川の洪水対策は長年の懸案 国交省が秋にも付け替え着工(山陽新聞デジタル) - Yahoo!ニュース https://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20180710-00010005-sanyo-l33 … @YahooNewsTopics

今から8年前には既に計画立ててるねん。共産党は嘘も、ええ加減しなさいよ。

夏はつとめて‏ @yoursmins · 7月16日
更に、この地域では、倉敷市船穂町が、付け替え工事に反対してきた経緯が説明されてるからよくよく読みなさいよ。船穂町は、かつて河川工事で上流の真備町などのために自分たちの地域が沈んだ事があり、上流にしかメリットないと反対したとある。付け替えで他に我慢してもらうべき地があれば説得も必要

夏はつとめて‏ @yoursmins · 7月16日
50年も頓挫してきた付け替え工事の歴史。片方の正義しかみない共産党らしい姿勢よね。

とにかく共産党はデマはやめなさい!

真備町浸水、50年間棚上げされた「改修計画」



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   参考


 井戸端会議・瓦版  2018-07-11

倉敷市真備町に大きな洪水被害を引き起こした小田川の治水対策はどのような状況だったのか

西日本の各地を襲った大雨で岡山県倉敷市真備町では小田川の堤防が決壊し、大きな被害が発生しました。

該当の地域は「治水の必要性」が指摘されており、そのための工事が開始される予定となっていました。被害を軽減できた可能性もあっただけに、治水対策に関する時系列を確認しておく必要はあると言えるでしょう。

小田川(および高梁川)の治水事業に関する時系列

小田川の治水事業に対する時系列は下表のとおりです。

1997年4月
柳井原貯水池を堰として利用する『高梁川総合開発事業』が着手

2002年12月
(小泉内閣)
水道需要の低下などを理由に『高梁川総合開発事業』の中止が決定。ただ、「高梁川並びに小田川の治水対策は必要」との今後の方針が定まる

2007年8月
(第1次安倍内閣)
『高梁川水系河川整備基本方針』が策定される

2007年11月
(福田内閣)
国交省が第1回『明日の高梁川を語る会』で「柳井原貯水池を利用した小田川合流点付替え案」を公表。共産党倉敷市議団が「地元の反対」を理由に反対運動を始める

2010年10月
(菅内閣)
『高梁川水系河川整備計画』が策定される

2014年
(第2次安倍内閣)
国交省が事業を予算化。事業が動き始める

2017年
河川整備計画(変更原案)が作成。公聴会などを経て、事業評価監視委員会に報告される。2018年秋に着工予定

『基本方針』が発表されてから、実際に『着工』が始まるまで10年以上を要する結果となりました。今回、洪水が発生した原因は “当時から指摘されていたこと” です。そのため、この点は要改善と言えるでしょう。

なぜ、小田川で「バックウォーター現象」が起きるのか

小田川で「バックウォーター現象」が起きたことが甚大な洪水被害を引き起こした有力な理由と見られています。

小田川は高梁川に合流しますが、洪水時の合流水位は高梁川の方が高い状態です。そのため、洪水時は高梁川の河川水が “水の壁” として機能し、小田川の流れが阻害され、水位が高くなる(=バックウォーター)の特性を保持する結果になっているのです。

また、高梁川と小田川の合流点付近が「高梁川の流下能力の最小地点」という指摘(PDF)を見落とすべきではないでしょう。

画像:高梁川が抱える問題

“流下能力が最小” ということは「その地点の水位が最も高くなる傾向がある」と考えられます。つまり、高梁川の水位が最も高くなる(と考えられる)地点でバックウォーターが起きる因子を持った小田川が合流していたのです。

指摘されていた危険性が現実のものになったと言えるでしょう。

国は小田川に対するどのような治水事業を実施しようとしていたのか

危険性が指摘される点に対し、行政が何も反応を示していないなら、それは怠慢と言えるでしょう。しかし、小田川の件については国交省が「小田川の流下能力不足」について対策計画(PDF)をまとめています。
1.高梁川からの背水影響による水位上昇 ◦小田川との合流地点の付け替え
◦固定堰の改築

2.小田川の河積不足 ◦河道の掘削
◦河道内にある樹林の伐採

共産党は「付け替え工事に反対、河道の掘削をすべき」との主張を展開していました。この主張は治水対策として不十分で、逆効果になるでしょう。

高梁川の背水影響によって水位が上昇したところに河積能力を増強した小田川の河川水が流れ込むのです。「ラッシュで人が溢れているターミナル駅に従来より車両編成を増強した列車を支線から到着させるとどうなるか」を想像すると理解できるはずです。

もし、現・野党の支持者で「民主党政権時に計画があった」との理由で「安倍政権の問題」と批判している人がいるなら、すぐに主張を止めるべきです。

なぜなら、民主党政権は計画を策定しただけで、予算は付いておらず、事業は具体化していないからです。しかも、基本方針は第1次安倍政権時に発表済みなのですから、ブーメランになることは確実です。

むしろ、公共事業を敵視した批判を受ける結果になることでしょう。『コンクリートから人へ』と主張し、社会福祉でバラマキを行った “ツケ” が公共事業などに予算削減という形で現れたことを自覚する必要があると言えるのではないでしょうか。
  1. 2018/07/20(金) 12:15:36|
  2. 未分類

豪雨災害、現場からのレポート

古本屋通信   No 3452    2018年  07月19日


    豪雨災害、現場からのレポート


トップ この方、誰でしょうね、福山市在住なんですけど。正解は石崎徹さんでした。河村さん、やっとれんね。
全然知らなかったのだが、広島・岡山両県の豪雨災害で、道路も鉄路も寸断され、大変だったようで、一部回復したが、未回復のところも多い。




  河村さん、福木さん、須増さんの報告は、安心して聞けます。それだけで、どんなに助かることか。超階級的な災害ですから、党の自慢だとか自己主張は不要です。河村文の太字に注目してください。当たり前の自己認識ですが、たぶんこれが書ける共産党員は多くないでしょう。そうなんです。精確な自己認識というより自党評価ですね。ここの3人を含めて一老人政党がやれる事など知れています。せいぜい自党内の相互援助です。それが分かっていれば、自然災害の復興で政権批判など出来ようはずもない。いちばん幻滅は辰巳孝太郎の「自民党亭宴会」批判でした。ここまで狂うかの標本でしたね。

  全国民復興の力添えなど不可能です。その自己認識を欠落させたとき党は人民から見放されます。小池晃や大平喜信のように。後は義捐金詐欺をやめろという大合唱です。党の次期参院選挙での敗北は必至でしょう。それが分かっていながらの小池と大平なのです。


大平喜信‏認証済みアカウント @tekuteku_diary · 7月13日
今日の成果? 何のこと? キミ、成果を上げたの? キチガイだな をただちに現場に返し、支援の充実へといかすとともに、引き続き被災者の皆さんの声を集め、また届けに来ねば。国会議員団(秘書、事務局の皆さん含め)の資料提供など様々な形での支援にも心からの感謝。まだ若いのに官僚作文か、まいったねえ。

 上記の石崎と大平は、顕われ方こそ違うが、基本的に同じである。他者の苦悩に驚異的に無関心であるという一点で近似である。


対策会議に参加しました!
2018年 07月 18日  日本共産党福山市議  河村ひろ子
今日は、日本共産党の議員団が集まった「豪雨災害被災者支援の交流・対策会議」に参加しました
広島県内の各自治体の市議・町議をはじめ、岡山県議や倉敷市議、山口県議なども参加です
災害救助法など、さまざまな支援制度について学び、各自治体の現状や取組について報告し合う
被害の大小はあったとしても、どの自治体も深刻な事態です
今回の豪雨災害は、とにかく被害地域が広い!
広島県内は、ほぼどの自治体も被害が発生しています
山を削り住宅地を造成したため、土砂災害の危険個所がとても多い広島県
川の土砂を取る浚渫や、樹木を切るなど治水の対策の遅れ
非難場所の問題や、被災者に情報がきちんと伝わっていない
猛暑の中の断水で、片付けや日常生活にも大きな支障になっている
国や県や市などの救済制度があるのに、住民には十分知らせ切れていない
自治体職員も十分把握できていない、もちろん私たち議員も

岡山県の須増県議によると、真備町の浸水は最大5メートルだったと・・・岡山からの報告も衝撃的でした
今回の被害が大きくなった問題をしっかり検証し、防災減災について考え対策を講じなくてはなりません
頑張らなくては!
さて、今日もと~っても暑かったですね
夜、仕事を終えて帰途についたのは夜の9時ごろ
車の温度計を見ると、何と気温30度!
市街地から北へどんどん車を走らせる間に、気温はどんどん上がっていく
自宅近くになると、ついに33度!
え~!!田舎なのに?!
夜の9時で、まだ33度とは・・・・
被災された方の暑さとの闘いは夜も続く
せめて夜はぐっすり休みたいですよね
私も寝苦しい夜になりそうです
# by kawamura0827 | 2018-07-18 23:35




大型の食器棚を運ぶため最後のボランティアを
2018-07-18 22:05:09   日本共産党赤磐市議  福木京子
浸水被害にあった牛さんたち元気でした。

 今日、兄夫婦が12日目にやっと自宅に帰れました。7日に床上浸水にあい、私の家に避難してから17日までの11日間、一緒に過ごし、家の片付けに明け暮れました。
 今日は、大型の食器棚を元に戻していただく最後のボランティアをお願いすると、昼頃、力持ちの男性4人が来て、さっと運んでくれました。大助かりでした。一人の方は、神奈川県から来ているとのことでした。全国からの支援に感謝します。

 食器棚が収まったので、義姉の大切にしているたくさんの食器を次々棚に並べました。これで安心です。後、こまごました片付けや拭き掃除、夕食の買い物などしてあげました。

 義姉は、1週間休んでいたリハビリを再開し、気持ちも少し楽になったようです。

 矢井には酪農家がいて、牛たちがこの水害で首まで24時間浸かったままだったと書きましたが、今日、牛たちを見に行きました。飼い主の方にお聞きすると、生まれたばかりの白い子牛がいますが、他の3びきの子牛たちとともに、いち早く牛舎の2階に連れて行ったとのことで、元気にしていました。
 大きな牛たちは19ひきもいてみんな元気でした。安心しました。(写真)

 暑い中、必死に片付け、多くのボランティアの方に助けられ、やっと見通しが立ちました。まだまだ片付けは残っていますが、早く元に戻った生活になるよう兄たちにはがんばってもらいたいと思います。明日は、赤磐平和行進です。



稗田地域の土砂崩れ現場
2018年7月18日
日本共産党岡山県議 同倉敷地区委員会副委員長 
 すます伸子

児島の稗田地域の土砂崩れの現場を調査しました。
ここは、スカイラインの道沿いに残土捨て場が散見され、土砂崩れがよく起こる地域です。
今回はスカイラインの道路が完全に分断されています。
土砂崩れの下には民家があり二次災害が起きないかということを県民局に確認したいと思います。



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 避難所に段ボールの簡易ベッド設置 岡山 倉敷
 2018年7月19日 4時13分   NHK
今回の豪雨で避難生活を余儀なくされている人に少しでも体を休めてもらおうと、岡山県倉敷市真備町の避難所に段ボール製の簡易ベッドが設置されました。

日本赤十字社は、倉敷市真備町にある3つの避難所に段ボール製の簡易ベッドを順次提供していて、18日は、二万小学校におよそ130個のベッドが設置されました。

ベッドは、長さがおよそ1メートル90センチ、幅が90センチあり、下のスペースには荷物を収納することもできます。

この小学校に避難している人たちは体育館の床にふとんを敷くなどして寝ていましたが、このベッドを使うことで床のほこりを吸い込むのを防ぐことができるほか、起き上がるのが楽になるなどのメリットがあるということです。

自宅の片づけ作業などから避難所に戻った人たちは、早速ベッドに座ったり寝そべったりして、くつろいでいました。

自宅が全壊したという60代の女性は「高さもちょうどよくて快適です。あたたかい支援をいただき、とても感謝しています」と話していました。

石巻赤十字病院の植田信策副院長は「避難生活が長引く中、ゆっくりと体を休めてもらうとともに、腰掛けて話をするなど、コミュニケーションにも活用してもらえれば」と話していました。


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 末尾になったが、石崎の秀作があったので貼っておく。これだけ書けるから、私は追っている。見事なものだ。オウムと神国日本を、こんにちの野党共闘に置き換えて読まれたい。カルトであることに寸プンの違いもない。


オウム事件から
雑文 - 2018年07月14日 (土) 石崎徹
 恥ずかしながら歴史の知識に欠けていて、日本古代史だけは何冊か読んだことがあったが、それも半世紀も前のことだ。現代史も、ベトナム戦争以前のことはほとんど知らない。第二次大戦以前の日本など、ぼくにとっては江戸時代のようなものだ。
 そんな状態だが、最近なんとなく気にかかることがあった。
 第二次大戦敗北前に少年少女だった人たちが、ほとんど例外なく、自分は軍国少年、軍国少女だった、と告白することだ。
 ぼく自身は辛うじて敗戦後の生まれで、ここに決定的な断絶があるように感じた。あまりにも例外なく軍国少年、軍国少女なので、「そうなのか。子供をだますということはそんなにも簡単なことだったんだ」と、にわかに納得してしまった。
 考えてみればそうかもしれない。人間が持って生まれた本能は、ただ動物として生きるのに必要なことだけで、それ以上のことは全部生れてから学ぶのだ。嘘を教えられても判断する方法がない。信じこんで当たり前なのだ。
 大人はどうだったのだろう。軍国少年少女たちの口から聞くのは、敗戦後大人たちがコロッと反対のことを言い始めた、大人は信用できないと思い軽蔑した、ということなのだ。
 だが、軽蔑するには当たらない。大人は子供たちのように心の底から嘘を信じてなどいなかった。ただ長いものに逆らうとやばいので、賢くふるまって嘘を信じているふりをしただけだ。というか、そもそもそれが嘘かほんとうかなど、彼らの人生には何の関係もなかった。そんなことは生きていく上で、考慮に値することではなかった。それが正しいと言われればそうですかと言えばいいし、じつは反対のことが正しかったのだと言われればそれもそうですかと言えばいい。
 大人は何も信じない。信じる必要がない。生きていければいいのだ。
 だが、子供は違う。生きていく上で必要なことをまだ何も知らないから、教えられたことを信じるしかない。これは決定的な違いだ。
 だから敗戦後の変わり身は大人たちの方が早かった(らしい)。
 とはいえ、大人たちも大戦前の教育から完全に自由だったわけではない。子供たちのように無邪気に神国日本を信じることはできなかっただろうが、信じているようにふるまわねばならなかったのだから、ふるまっているうちには自分で自分をだますようにもなる。どこまで信じていたか、どこまで疑っていたかは微妙な問題だ。
 そして信じていたにせよ、疑っていたにせよ、多くの大人が子供たちに嘘を教え、嘘を信じ込ませ、人を殺させ、また自殺させた。それが現実であった。
 こういうことが気になっていたときに、オウムの元幹部たちの死刑執行があった。
 オウム事件はぼくの子供たちから少しだけ上の世代が引き起こした事件だ。下手をすれば子供たちが巻き込まれていたかもしれない事件である。だから無論関心はあったが、知識はほとんどない。麻原本人に対してはまったく興味がなく、麻原に騙された人たちに関心があった。なぜ騙されるんだろう、と考えていた。
 それが今回、軍国少年、軍国少女たちとぴったり符合した。ちょうどそういうことを考えていたときだったので、これはまったく同じ構図じゃないかと、つくづく得心したのだ。
 なぜ騙されるのか。なぜあんなくだらない嘘を信じることができたのか。――だが、70年以前には、日本中が嘘を信じていたではないか。子供たちは本気で信じていたし、大人たちはどこまで本気か知らないが、少なくとも信じているようにふるまっていた。それもオウムに劣らない、下らない嘘だ。あんな嘘をなぜ信じることができたのかと首をひねるような嘘だ。70年以前には日本中がオウム信者だったのだ。
 オウムは少しも不思議な事件ではない。たしかにオウムに騙されたのは子供たちではない。もう少し上の世代だ。しかしいずれ未熟な若者たちだ。人生経験の少なすぎる年代だ。インテリの卵ばかりだったから、社会的により未成熟だったかもしれない。
 だが、誰が彼らを馬鹿に出来るのか。70年以前天皇制政府の馬鹿々々しい嘘を信じ、もしくは信じるふりをして、それを子どもたちに教え込んだのも、我々の祖先なのだ。
 同じ構図じゃないか。
 そんなことを考え、文章化したいと思っていたら、高橋源一郎に先を越された。今日の朝日新聞に、ぼくがここに書いたのと同じことを書いている。
 だからぼくは書く必要がなかったのだが、後出しジャンケンみたいだが、まあ、書いてみた。朝日新聞をご覧ください。>
  1. 2018/07/19(木) 05:58:16|
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原水爆広島大会を中止せよ

古本屋通信   No 3447    2018年  07月18日


  原水爆禁止世界大会(広島大会)と甲子園大会を中止せよ

 こう書いたら、キンピーサイトの低脳投稿者が私を低脳と罵った。「中止を求める理由が書かれていない」 と、おっしゃる。「非常事態からだ・・・」 としか書かれてないとノタマウ。参った。それ以外に何の理由が必要なのか。完全にメゲていた。書いてる全文も低脳文で、最後まで読めなかった。再びキンピーサイトに投稿してくることはなかろうが、あればトコトン粉砕する、にゃんチャンはKM生様にお任せしてね(笑)。

 原水禁大会を広島で開催するなら相当な心臓である。マアやれるものならやってみろ。甲子園大会の予選は岡山でも進んでいる。とにかく朝日新聞と毎日新聞が異常に神経質になっている。いかなる場合も、自粛の空気を木っ端微塵にして突き進む。まちがっても 「甲子園大会は予選段階で公平さが保証されないから中止しよう」 という投書は載らない。商売だが、キチガイである。

 下はすます伸子さんの真備の家の近況である。写真を見れば明らかだが、ちょっとやちょっとで元の生活に戻れない。私の見立てでは、毎日十人の支援者が毎日働きつめて一ヶ月は懸かるだろう。これは平島の福木京子さんのご兄弟の家も同様である。この規模の被災 お宅はすますさんと福木さんだけではない。岡山県下だけで数千世帯である(下のすますさんの記事では真備だけで4600世帯だそう。私も何回か田舎に帰る度に国道53号沿いの被害を確認している。日常生活の困難まで含めたら数万世帯だろう)

 日本共産党の県委員会と倉敷地区委員会が対策委員会を設置しているのはよい。だが、そこにボランティアを募るのもよいとして、倉敷市当局と別仕立の組織で、いったい常時どれくらいの人員を確保できるのだろうか。私の見立てだと、せいぜい百人、隣県は無理だから、関東方面からの支援を含めても精々二百人だろう。

 二百人でいったい何が可能なのか。はっきり言う。党員と其の縁者の家の支援で手一杯である。被災党員の数は明らかでないが、少なめに百人として、二百人が二人ずつ一軒に付いたら、それで終わりである。被災者全員などありえない。

 行政に要求を上げることが必要だとしても、それは副次的である。大平なんかは邪魔である(大平ツイッターの返信が殆ど皆無なのは誰もが大平を求めていない証拠)。倉敷市は全職員を配置して要求を把握している。大平も小池も要らない。特に小池は最悪だった。地方行政に中央の立法府の議員が注文をて付ける、それは自然災害の場合は圧力以外ではない。ゆるせないことである。伊東市長が怒り狂っている様子が目に浮かぶようだ。


  きょうの赤旗一面。書くなというのに、再度囲み記事 「赤坂自民亭に開き直る首相」。自民党が宴会やって悪くて、共産党が96周年記念パーティーをやってよいという。辰巳という議員も済んでるのう。何が常任幹部会委員か。



被災後の生活
2018年7月17日すます伸子
我が家の義弟家族6人の避難生活は、毎日真備町通い、ガレキ泥だし作業をして昼過ぎにかえってくるを繰り返しています。
夫は、コインランドリーに通い大量の泥だらけの服を洗ってます
家の片付け作業で、姪の二人は、デザイン科を出たこともあり、自分の作品が泥でぐちゃぐちゃになっているのを見つける度に、あ〰と声をあげて、少しましなものを見つけると、良かったーと泣みだくむという繰り返しです。
義妹は、気丈に黙々と作業をして、我が家でも気を使って、食事の準備から掃除までよくくるくると働いています。
考えると辛いので体を動かして気を紛らしいるのかなと思います。

義弟は職場も被災してまだ仕事が再開していないので逆に助かっています。でもいずれ仕事が始まり早島から真備町まで通わなくてはなりません。
車が3台共に浸水し廃車になって、現在は、民商の会員さんの善意で一台車をいただくことができてその車で何とかしのいでます。しかし、義妹はパートに行っていましたが車がなくていけないし、おじいちゃんも軽トラでうろうろできません。

着の身着のまま投げ出され、家も車もなくなり、思い出のしなも、おばあちゃんの高価な着物も私たち嫁二人の訪問着や喪服も、家電も、仏壇もタンスもすべてのものが災害ゴミと化してしまいました。

こんな喪失感の中でも、わが家で私の活動も支えてくれながら愚痴ひとつ言わず生活している義弟家族はすごいと思います。

きっと4600世帯の被災世帯の皆さんが同じように、困難をかかえながら、片付けしなから、くらしの復活を目指しているのだと思います。
私たちができることは、くらしとなりわい、学業を取り戻すために、行政と協力して力を尽くすことです。
がんばります



支援の仲間たちとともに
2018年7月17日 すます伸子
連日、日本共産党倉敷地区災害対策本部である新田事務所に、支援の仲間が集まり、支援物資の配布や要望の聞き取り、泥だし、ガレキ出しのお手伝いなどすすめています。
特にこの三連休は90名以上の方々が動いてくれました。
本当にありがたい頼もしいあたたかい支援に感謝感激しています
  1. 2018/07/18(水) 05:22:15|
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共産党のボランティアに公共性なし

古本屋通信   No 3446    2018年  07月17日


  共産党のボランティアは公共性を持たさず、共産党員と其の周辺の復興支援を

 下の福木京子赤磐市議宅の支援こそ共産党のボランティア活動のお手本である。だって共産党員って平均年齢が65歳前後だ。若い党員は日々の労働で忙しい。はっきり言う。党中央の災害対策本部は即刻解散せよ。無用の長物である。何にも出来ないのに、やったやったのウソ宣伝は真っ平である。ひっそりと身内の被災の片付けをするのに、党中央の災害対策本部はいらない。


  以下は全て福木京子さんのブログ


熱波の中、共産党のボランティアの支援が
2018-07-16 17:43:53 | 議会
今日のボランティアの方の写真を撮る余裕がなく、早朝見つけたひまわりの花にしました。

 今日はさらに猛暑日になりました。太陽が照りつけ、10分ぐらいすると影に入らなくは持たない状況でした。このような中、午前中、共産党のボランティアセンターから、お願いしていた力持ちの方々を派遣していただきました。
 6人も来ていただき、さっそく、大型の食器棚を6人がかりで移動させていただき、2人(大学生)がその場所の汚れたところをきれいに掃除していただきました。さらに何かすることはありませんかと言って、納屋の片付けも手伝ってくれました。
 
 今度は、4人がかりで3点セットの大型のタンスを外から元の位置に収めていただきました。これは本当に大変だったと思います。60代の方2人と大学生の2人でやってくださいました。さらにもう1つ、洋服ダンスもはこんでいただきました。

 6人の方は、今日は午後3時ごろまでボランティアをするつもりだといわれました。3連休の休みに、このようにボランティアで人助けをしていただくことは本当に素晴らしいことだと思います。ありがとうございました。

 今日のあまりの暑さで、みんな疲れが出始めています。休み休みしなければと思っていますが・・・。


共産党のボランティアの方が支援に
2018-07-15 18:33:04 | 日記
わが家の裏庭に、スイカがこんなに育っています。無事に大きくなって、甘くなるようにと祈るばかりです。

 今日も1日中、里で後片付け。次女も来てくれました。兄夫婦は、午前9:00前に家を出て矢井へ。昨日、ボランティアセンターへ連絡が出来ず、午前9:15にはすでに、若者2人がボランティアで来てくれていました。さっそく、冷蔵庫を動かして掃除をしていただいたりしました。

 引き続いて、玉野市から4人がボランティアで来ていただき、網戸や、タンス、鍋類などきれいに洗っていただき、暑い中一生懸命支援していただきました。

 玉野市では、以前水害被害が出て、私たちはボランティアに行きましたが、今後は、反対に遠いところから来ていただき支援していただきました。ありがとうございました。

  タンスの下2段目の引き出しが開かず、とうとう裏側からのこぎりで板を伐って、濡れた衣類を取り出しました。こんなことをする人はいないと思いますが、このタンスをまた使おうという思いで、兄が汗をたらしながら、根気よくやって、きれいに水洗いして乾かしています。夫も今日は覗いて、少し手伝ってくれました。

 今日も大変な作業で、ボランティアの方に助けられて、片付けに勢を出しました。


若者がボランティアで来てくれました
2018-07-14 22:49:51 | 日記
今日来てくれたボランティアの若者たち。

 今日は、私の次女も2回目のボランティアに朝から来て手伝ってくれました。タンスは、下2段目まで水に浸かって開かず、重たいタンスは持ち出せないとあきらめていましたが、次女が、「このままにしているとカビがはえたり、くさくなるよ」と言うので、市社協の方にお願いして、若者支援を頼みました。

 するとさっそく若者5人がすぐ来てくれ、タンス6個も持ち出してくれました。さすがに若者は力があるし元気です。汚れたタンスもきれいに水で洗い、雑巾できれいに拭いてくれました。

 タンスは、2日ほど日に当て乾かして、又お願いしようと思っています。さらに、まだ、大型の食器棚が手をつけられていず、これも出すのが無理かとあきらめていましたが、明日ここを片付けようと思っています。

 高温の日が続き水分補給で休みながらの作業です。

 電気製品は、万がよく、テレビを除いてみな助かりました。今日やっと電気屋さんに来てもらいテレビを直していただき、見れるようになりました。少しづつ日常生活が戻りつつありますが・・・。


豪雨で浸かった部屋の消毒を
2018-07-13 18:18:33 | 日記
いつの間にか、わが家の垣根にもうこんなに花が咲いていました。

 今日は、早朝から気温がうなぎのぼりに上がり汗が出て来ました。片付けの疲れが出てきて、兄は足がむくんで痛みが出たので、午前中病院に。私は、歯医者に。

 しかし、一刻も早く家の片付けをしなければと、気が休まることはありません。午後2:30~里に向かいました。

 今日は、市から配られた消毒液で、浸かった壁や床、家具などきれいに拭きました。明日もまた、残りをします。床上浸水は本当に大変です。家具を全部動かして乾かし、浸かったところは消毒をしなければなりません。

 乾くのに約1ヶ月近くかかるそうです。しかし、兄夫婦は、少しでも早く自宅に帰りたいと片付けに勢を出しています。

 この浸水で、矢井の酪農家では、牛20頭ほどが首まで浸かって、それも24時間じっとしておかなくてはならなかったとのことでした。大変だったことが想像されます。
 次の日、獣医さんが来て、きれいに洗ってくれたり、診察してくれたりしたそうですが、その時の牛さんの気持ちはいかばかりだったろうか。

 また、2号線が浸かり、海になってしまったので、舟が走っていたとのことです。義姉は救急車の所まで、約500メートル担架に乗せられ運ばれたとのことですが、車椅子の障害者の方は、舟で運ばれたと聞きました。救急隊員、消防隊員の方の市民に対する奉仕の精神はすごいと思います。感謝です。


共産党のボランティアに感謝
2018-07-12 21:59:19 | 日記
上は、焼きそばとおにぎりの差し入れ支援、下は、畳・タンスなどの片付け支援をしていただきました。

 午前9:00すぎから家を出て里に片付けに。今日は、兄と一緒に、軽自動車で災害ゴミを出しに集積所に持って行きました。矢井の場所は、すでにうずたかく積み上げられて一杯です。まだまだ増えています。
 うれしいことに、すぐ近くにある「満天」ディーサービスセンターの方が、駐車場西端の一部を災害ゴミ置き場に提供してくださり、置き場所が増えて助かりました。
 また、うれしいことに、12:40頃、食べ物ボランティアの方が、焼きそばとおにぎりを2人分届けて下さいました。お聞きすると市のボランティアの方たちで、初めて矢井へ入って来てボランティアをしているとのことでした。感謝です。

 昼食を取りながら休憩していると、畳など運ぶボランティアの方が着てくれました。昨晩ボランティアの方にメールで、「力持ちの若い人をお願いします」と連絡していました。さっそく、午後1:00すぎに本当にやって来てくれました。中心で世話をしてくださっているOさんが、民青の3人の若者とともに応援に来てくれました。

 濡れて重たい畳を4人ですぐに外に出してくれました。運ぶトラックが後から来ますと言って帰って行きましたが、すぐに、Kさんが運転手でトラックが着いたので、電話すると5分後ぐらいにまた戻って来てくれました。

 平島団地の中にある共産党の事務所をボランティアセンターにしていて、そこから派遣してくれているとのことでした。今度は5人で、トラックに畳や大型のタンスなど次々乗せて、結局4回も往復してくれました。庭に散らかっていた大型ゴミがきれいに片付き、本当に大助かりで、感謝しかありません。肩の荷が降りた感じです。
 畳をのけた後の板場をきれいに水を流し、拭いてさっぱりさせました。一週間ぐらいは乾かさなければなりません。今日は、ボランティアを組織してくださった方々に感謝します。ありがとうございました。


午前中、戦没者追悼式、午後、議員研修
2018-07-11 18:02:46 | 議会
今朝、今年初めてのアサガオを見つけました。右は、赤磐市戦没者追悼式会場。

 午前10:00~11:00、赤磐市戦没者追悼式が山陽ふれあい公園体育館であり出席。赤磐市では、1200有余柱の若者が戦死しています。東備県民局健康福祉部長が県知事のあいさつを代読。その中に「恒久平和のため全力を尽くします」という言葉がありました。

 ご遺族の皆さんは、高齢になられています。市社協の方々が、車の手配をして参加されています。最近の朝鮮半島での平和の動きについて2人の方が触れましたが、北東アジアの平和の流れを創っていくこと大変大切なことです。私も再度の決意をしたところです。

 今日私は、義姉が作った昼食のお弁当を、里で浸水被害の後片付けをして兄に届けることしか出来間撰でした。

 午後2:00~5:00前まで、議会改革での最初の議員研修会があり、議員と議会の基本的な勉強をしました。講師は、廣瀬和彦氏で(株)地方議会総合研究所 代表取締役の方で、熱心に抗議していただきました。

 明日は、1日中、里の片付けをします。


4日目にやっとぬれた畳を持ち出す
2018-07-10 22:16:23 | 日記
矢井の広場に積み上げられた災害ゴミ。

 朝から兄夫婦が矢井に。矢井の隣の西祖の友達にボランティアを頼むと今日1日中手伝いに来てくれ、大助かりでした。私は、午前中、厚生委員会の担当部・課長と正副委員長の打ち合わせ。一番の話題は、豪雨災害のことでした。

 赤磐市の今日現在の被害状況は、床下浸水は合計36件、床上浸水は合計19件です。国・県・市道、農道も被害があり、その状況を調査中です。御津地域も被害が大変だったとのことで、県下全体では相当の被害状況だと思われます。

 午後から里へ。一部屋が大分片付いていてほっとしました。ボランティアの女性の方は、義姉のことを案じてくれ、とてもよく働いてくださって感謝です。

 兄と女性2人で濡れた畳を外に出そうと言うことになり、力を合わせて1枚は外に出しましたが、7日から10日までの4日間も濡れた状態なので、臭いもしだし、あまりにも重たいので、腰が痛くなりそうでした。床の板がはずれ、穴が空いていました。足が穴にはまりそうでした。こんなことで怪我をするのだと思いました。

 太陽は照りつけ、今日もとても暑い日で、水分補給をしながらがんばりました。

 夜には、共産党の会議があり、7月11日(水)午後6:30~党創立96周年記念講演会があり、党中央HPよりリアルタイムで視聴できるので見ることや7月11日から16日まで党勢拡大集中期間になっているのでがんばることなど意思統一しました。


西日本豪雨被害、平成最大とニュースが
2018-07-09 23:29:50 | 日記
被災の写真でなく、早く元にとこんな写真にしました。

 今日も、朝から兄が午前8:0過ぎには、里の片付けに。9:30には、義姉と私が出かけていきました。障害の義姉は、家の被害の実態を始めてみて、非常に驚いていました。義姉には、大事な書類など仕分けしてもらったりしました。昼には、兄が残って片付け。私は、義姉とともにいったん家に帰宅。

 昼食を急いで済まし、私は里へ。太陽が照りつけるなか、汗を流し、休み休みしながらも急いで片付け。今日は1部屋がやっとでまだもう1部屋とお風呂周りが残っています。災害ゴミが家のまわりに積みあがりました。

 矢井の県道から入った広場に災害ゴミの置き場が設けられていますが、日に日に積みあがっています。山ずみです。

 テレビやラジオのニュースを聞くと、今回の西日本豪雨災害は、平成で最大規模となり、死者が135人にもなっています。岡山県の真備町での被害は甚大で、本当に大変です。


砂川決壊で、平島周辺は大被害
2018-07-08 21:18:49 | 日記
砂川決壊で私の里も大被害。こんなの見たことありません。

 昨日の明け方、平島周辺の砂川の堤防が決壊し、私の里の矢井もすべての家々が大被害にあいました。あっという間に水がきたとのことで、障害のある義姉は救急車で病院に。その後、私の家に避難。

 今日、水が引いたのを確かめて兄と私は、里に向かいました。平島の松下電器のあたりの砂川の堤防が100メートルに渡って決壊したと聞きました。このあたりの県道の周辺のお店などでは、家具を出して大掃除をしていました。平島小学校も浸かったようでした。

 矢井に着くと県道の入り口あたりがまだ水が引いてなくて、車が通れなく、歩いて家に。写真のように里は、玄関がこんな状態になっていました。家の周辺の田んぼも海みたいでした。こんな景色は見たことがありません。どこから手をつければいいか途方にくれました。

 まず兄が残って片付け。私は、兄の息子たちに応援を頼みましたが、仕事なのでダメで、私の娘に応援を頼みました。午後1時半から3人で大片付け。日が照り出して大助かりでした。
 高齢者だけの世帯の方は大変だと思いました。このような時のボランティアのありがたさを実感しました。午後5時過ぎに兄の息子が1人駆けつけてくれ大助かりでした。
 外に出して家具など乾かそうとそのままにしようと思いましたが、また、決壊するかもしれないと連絡があり、乾かないうちに家具など家の中にいれ直し、午後7時ごろまで片付けをしました。まだ当分かかりそうです。
  1. 2018/07/17(火) 09:33:49|
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