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古本屋通信

妻の遺稿・ひまわり学級に参加して

古本屋通信   No 4079    2019年  7月20日


   妻の遺稿 「ひまわり学級に参加して」

 遺稿といっても、原稿が遺されているのではなく、数年前に雑誌 『人権21』 に発表された文章の、そのゲラ刷りである。当該の雑誌はいま私の手元になく、残っているのは初校ゲラと再校ゲラでだけある。初校ゲラは読めないくらい訂正・加筆が入っているが、再校ゲラに赤の訂正はほとんどない。これを確定稿として印字する。
 妻は38年間、小学校の教員だったから教材研究の類いは多くあったろうが、私は印刷された妻の文章は見たことがない。唯一のまとまった文章が下記だろう。だが私は碌に読んでいない。再校の段階で妻の求めに応じて素読みした覚えはあるが、それはあくまで校正レベルの指摘だった。この文についても、当時なんの感想も持たなかった。今も同じである。文章なんて人さまざまだから、本格的に論難するならともかく、適当にほめたり貶したりしても仕方がない。晩年の妻の等身大の文章として、私の読者にではなく、妻の旧知の方々に向けて公表する。お目に留まれば幸いである。尚、ひまわり学級というのは 「生活と健康を守る会」 の主宰する学級である。転載は自由であるし歓迎する。

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   ひまわり学級に参加して
                                石川 真佐代

 大阪維新の会や橋下大阪市長の教育関係の発言を聞いていると、改めて、「教育とは・・・」 を問い直さずにはいられない気持ちになります。彼らが教育に大きな力を注いでいることは、教育が大きな力を持っているからです。戦前の戦争に突き進んでいった教育を言うまでもなく、「人間としての全面発達」 から 「人材育成」 へと変えた教育基本法によって、教育の現場は大きく様変わりしました。目に見える成果を要求し始めました。
 教育現場での成果主義は危険です。なぜなら、教えることも育てることも、すぐには目に見えて確かめられるものではないからです。ありふれたことを繰り返して、時間をかけなければ子どもたちの身につかないことが多いのです。
 PISAの学力世界一でフィンランドの教育が取り上げられた時、フィンランドの国の教育への取り組みが報じられました。資源のない国の未来は、子どもにかけるしかないということでした。具体的には、教育に高い理想を持ち時間をかけお金をかけ、子どもの成長を側面から促す教育政策でした。それはかつての日本の「教育基本法」そのものではないかと共感したことを覚えています。日本のように一つの教室に40人の子どもたちを詰め込んで、一方的に教壇に立って教える授業ではありませんでした。まして、学力テスト世界一を目指して取り組んできた教育でもありませんでした。
 優れた教育実績を上げている国は、「教育費は無料である」 とか 「一学級は二十人前後の少人数である」 と共通しています。そして複数担任であり、一人ひとりの子どもの学びに寄り添っていける態勢が出来ています。決して競争や強制ではなく、子どもの学ぶ意欲を大切にしています。子どもの能力を伸ばす教育であって、ある個人や特定の恣意的な目的の教育はしていません。そして何よりも大切なことは子どもの多くが 「学校は楽しい」、「勉強は面白い」 とこたえていることです。


みんな子どもだった
 大人になると子どもの頃のことは忘れてしまい、子どもたちに自分の思いを強く押し付けてしまいがちです。でも思い出してみましょう。私たちが物心ついて成長する過程で、何が楽しく何が苦しかったでしょうか。
 私個人で言えば、苦しかったことは人と比較されること、納得できないことをやらなっければならなかったこと。楽しかったことは子ども心に自由を感じたときのことです。
 今、大阪府下では首長が教育目標を決め、教師を支配しようとし、子どもたちに競争を強い、しかも学習についていけない子には留年を強制しようとする政策まで出されています。
 子どもの頃、その時間内で理解できなかったことを時間がたって、「そういうことか」 とわかった経験をもっている方もいるのではないでしょうか。それはわかりたいと思っているから心に残っているのだと思います。子どもはみんなわかりたいのです。理解の早い子もいれば、時間をかけて理解する子もいます。いろいろな子がいて学びが成り立っています。だから教室では、少人数の子どもたちを多くの目で見ることが望ましいと思うのです。
 しかし現実の学校は、教室にいっぱい子どもたちがいます。そして一日中、子どもたちから目を離すことの出来ない担任が、授業の準備をする時間も十分取れずに、毎日の授業をこなしているのだと思います。
 先進的な世界の教育と比べると、日本の教師はなんと多忙と雑務の中をがっばっていることか! 日本の教師たちは、効率的に粒の揃った子どもたちを送り出してきました。そして教師は自分もこの教育パターンで育ってきたので、少人数だと競争意識に欠けて活気のない子どもが出来ると言う人がいます。そうした声をひろい集めて、行政は教育費を削るために学校の統廃合を進めてい行きます。自分の受けてきた教育のなかでしか、自分の仕事としての教育が考えられないでいます。


ひまわり学級開級
 生活と健康を守る会の方は長年の相談活動を通して、
「人は、学んで身につけたものが仕事や生活のありようにまで及ぶ。」
ことを痛感して来られました。
「貧困は親から子へとつながる。貧困の連鎖を断ち切るために、子どもたちに学力をつけなければならない。そのために無料の塾を開いて子供たちに学力をつけたい。」
 生活と健康を守る会から無料の学習塾の構想が、子どもの貧困をテーマにシンポジュウムを開いてきたおかやま教育文化センターの田中さんに提案されました。呼びかけにこたえて塾を開くにあたって、おかやま教育文化センターではどんな学級にしていくかを話し合いました。そして、三つのことが共通理解できました。
一、進学指導のための塾にならないようにしたい。
二、宿題を見るだけの塾にならないようにしよう。
三、子どもたちが学ぶ意欲を持ち、楽しみを持てる時間にしよう。
 生活と健康を守る会と話し合いをし、周到な準備とネットワークでスタッフが確保されスムーズに進んでいきました。教師経験者の三人、運営スタッフが二人で出発しました。


ひまわり学級の取り組み
 五月の開級を前に、子どもたちを含めた準備会で学級の名前を決めました。開級式では、校長先生役の石井さんの用意したデニムの大で人間トランポリンをしました。これは子どもたちと大人が協力して乗せた人を落さないようにすることが課題になりました。そして乗る子どもたちは、スリルを味わいながらを持つ人たちへの信頼をもとに期待を高めていったと思います。歓迎の人間トランポリンをすることになりました。
 一年間、


ひまわり学級の課題



教育の専門性



どの子も伸びる



終わりに
  1. 2019/07/20(土) 06:17:12|
  2. 未分類

MY生命のTさん

古本屋通信   No 4078    2019年  7月19日


   MY生命のTさん

 妻が入院したとき個室を選んだのは、保険でいくらか金が入るだろうとの計算があった。一日10,800円の個室代は高い。半分くらい出るだろうと思った。入院後にMY生命のTさんに訊ねてみた。一日3,000円だと言う。ガックリきた。そのごTさんのことは忘れていた。

 生命保険のことを書く。

 Tさん(女性外交員)が拙宅に来られ始めたのは、妻が退職してからだが、たぶん妻はそれ以前から保険に入っていた。それは特に保険好きでなくても、教員職場なんて保険の絶好のお得意だからだ。たいていの教員は入っている。私はいまだ入っていないが、それでも妻に勧められたことはある。最後は数年前、Tさんの前で勧められたのだが、年齢と持病の糖尿病のためアウトだった。そのとき私は初めてTさんと話した。Tさんは年に一度は来られた。最後は昨年の末で、この時は妻が認知症だったので、Tさんの要請もあって私が同席した。このとき妻が掛けている保険が、掛け捨てタイプの満期のない保険であることを知った。

 妻が今月3日に死んだ。死んだ時、保険のことは思い付かなかった。死後一週間経って妻の貯金通帳を見た。そのときオリコなる正体不明の大量引き落としがある事を発見した。これはすでに書いた。それはその後に解決した。

  もう一つあった。妻の貯金口座から、毎月14,397円がMY生命によって引き落とされていた。これは大金である。妻の年金の8パーセントに当たる。妻が死んだのだから即刻止めねばならない。そう思ってTさんに電話した。

 この後は省略する。Tさんの対応というより処理は早かった。

 最後は昨夕電話があった。翌日MY生命から私の指定した金融機関の私の口座に入金すると言った。

 本日昼過ぎに銀行に行って通帳に記帳してきた。たしかに入金されていた。

 金額については書かないが、死亡時の保険金としては少ない部類だろう。それでもゼロの数が多い。妻の入院費用と葬式代は既に支払っているので、私が当面保険金を使うことはない。貯金通帳を見ていたら疲れがドッと出た。

 たぶん妻は30代で保険に入って30年間支払ってきた、そのトータルが今回の金額になるのだろう。何のことはない。妻が支払った金である。トータルでほぼ一致しているだろう。

 別途だが、MY生命から病院の領収書に基づいて、治療代・入院費用補助金421,248円が私に支払われる。これは個室代も含めて43日間の入院総費用670,359円の63パーセントにあたる。こちらのほうが実感がある。大いに有難い。
  1. 2019/07/19(金) 17:13:00|
  2. 未分類

比例は共産党、選挙区は白紙投票

古本屋通信   No 4077    2019年  7月19日


   比例は日本共産党に、岡山選挙区は白紙投票を

 参院選挙だが、亡き妻も私も、党が候補者を立てている選挙において、党の候補者以外に投票したことはない。これは比例選挙であっても同様である。参院比例といえば1980年代に石井ひとみさんが候補者になった選挙が懐かしい。とにかく私は比例は党に投票する。たとえ小池晃を落選させたくてもである。

 岡山選挙区で原田ケンスケに一票たりとも与えるわけにはいかぬ。全員そろって白紙投票しようではないか。ガキの悪口をいう気にはならぬ。早く落選して屁をこいて寝てろということだ。

 3年前、当時の民進党が黒石健太郎を立てて、共産党も乗った。野党統一候補であったろう。この選挙は引退する江田五月の議席の継承であっただけに、江田は必死の構えでたたかった。一方自民党は候補者がいなくて、女の巨人を立てた。名前さえも忘れた(調べたら小野田 紀美だった)が、Fラン大学(拓殖大学だったかな)出身の低脳候補だった。黒石は東京大学卒だった。江田はいつも東大卒しか立てぬ。

 黒石は低脳女に完敗した。この女が参院議員になって3年経過した。国会でただの一度でも発言したか。皆無だろう。こういうFランでは自民党でも使えないのだ。いっぽう負けた黒石は負けた其の日に東京に帰った。そのご一度も岡山に来ていない。政治の政の字も口にしない。要するに自分が国会議員になりたかっただけで、初めから政治に関心など無かったのだ。黒石が特殊なのではない。共産党以外は殆ど全員が同じなのだ。原田もそうだし、東京選挙区の塩村あやかもそうである。こんな輩に一票を与えてはならぬ。

 まあ見ていてごらん。原田ケンスケの落選後の処世を。立憲民主党岡山県連の副代表か幹事長をやるのが筋だと思うよ。でもそうはしないで、東京に帰って他の商売をやるだろう。もともと岡山には立憲民主党が議員募集していたから途中下車したに過ぎない。なにが 「すばらしい候補者がみつかった」(志位) だよ。サイテイの下種ではないか。それは無内容としか言いようのない喋りに、隠しようもなく現れている。

 今回の比例、立憲民主党の善戦が予想されている。私はこれが理解できない。
  1. 2019/07/19(金) 07:35:06|
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党員に読まれているのか

古本屋通信   No 4076    2019年  7月18日


 古本屋通信は一体どれほどの日本共産党員に読まれているのか

 私のブログはアクセスカウンターを付けていない。正確なアクセス数は分からない。毎日の人気ランキングの近隣のアクセス数から、200人前後だと思っている。このうち党員と非党員の比率は全く分からない。私が書く内容が変わるわけではないが、闇に向かって鉄砲玉を放っているような不安はある。

 私の立場は、党61年綱領の立場に立って、現在のブルジョア議会主義に転落した党を批判することである。この限定された目的のため、党に関心のない一般読者は寄りつかない。

 私は読者の中に現役党員がどれくらいいるか無関心ではない。今までに判明したことは、京都の私のファンの方が永年党員であるらしいということ。それと、かつての2チャンネルの罵倒者が党員であったこと。これだけである。あと党員を名乗る者はいない。これは古本屋通信を読んだら党規違反にならないにせよ、党員倫理に反するからである。こういうサイトは黙殺する、それでないと色々党員資格と矛盾してくるからだろう。

 岡山県内外を問わず、党員で古本屋通信を読んだと公言する者はいない。また党員間で古本屋通信が話題になったことも、文言で顕われる限り無い。一度もない。これは私にとっては些か気味が悪い。

 だが読まれている痕跡は無いではない。例えば倉敷真備町の災害対応を廻って田辺市議と須増さんの対立があり、田辺市議が脱落してブログを閉じたと私が書いた。途端に須増さんが田辺市議と行動を共にしている記事を書いた。また赤磐市議の福木さんにも同じような対応があった。だがこれは私への回答ではなかった。古本屋通信を読んでいるだろう県内党員への弁明であっただろう。ういう例はかなり存在する。だが古本屋通信は断じてタブーなのだ。

 京都の永年党員らしき方に拠ると、古本屋通信はけっこう読まれていて一部に熱心なファンもいるが、公式にはああいうものは書くべきではないし、読むべきではない、たとえ読んでも相手にしてはならないそうである。これが正解であろう。私にとっても予想された正解である。

 私は党員の対応や反応をまったく期待していない。だがそれは党員に何の影響力も持たない、そういう古本屋通信を想定しているわけではない。もちろん党中央への反乱を挑発してはいないが、少なくとも暗黙の共感は求めている。

 私の求めているものは党の民主化ではない。まあ宮廷革命である。結論だが志位ー小池執行部の後にくる、強力な執行部である。その日のために暫く書き続けるだろう。
  1. 2019/07/18(木) 05:55:25|
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妻の病気の前半(認知症)

古本屋通信   No 4075    2019年  7月18日


   妻の病気の前半(認知症)

 妻の認知症に最初に気がついたのは石井さんだった。私は気がつかなかった。夏も終るころ、妻が言った「石井さんが病院に行って診てもらったほうがよい言うとるから、行こうと思う」。私は深刻ではなかったが賛成した。それで済生会病院に電話をしたが、そういうのは無いとの回答で、しかも該当する病院も教えてもらえなかった。それでパソコンで調べたら、認知外来というのが岡山T病院にあると知った。そこに行くことにした。すぐに出掛けて行ったが予約制で、一ヶ月先でないと診てもらえなかった。だから初診は9月中旬だったろう。そのとき脳神経外科でMRIを撮ったが、脳に異状はなかった。ただ血液検査の結果に異状があったので、循環器内科にもかかった。心臓に水が溜まる慢性心不全である。こちらは薬を処方された。2つの外来に月一度かかることになった。一ヶ月後の脳神経外科の別の検査で、はっきりと認知症と診断された。だが深刻ではなく、以後月一回通院して簡単な問診を受けるだけであった。循環器内科のほうは、心臓の水の増減があり、身体のしんどさもそれに比例してあったが、それほど深刻ではなかった。それが大体年内の妻の状況であった。

 ただ日常生活における認知症がもたらす混乱は次第に深刻化して行った。一々は書かないが妻が関係している全ての団体の活動で混乱が起こり、私はその混乱の収拾に相当なエネルギーを浪費した。主なところを挙げる。岡山平和美術会会計、B型肝炎患者会、退職女性教職員の会、アイの会(絵画の同好会)、土ひねりの会(焼き物の同好会)、市民劇場のサークル花いちもんめ会などである。妻に電話がある度に混乱が起こったが、私が介入して妻が最終的に脱退することで決着を図った。

 大きな金銭的責任を伴なって決着したのは平美の会計だったが、これは事務局長のTさんに散々迷惑を懸けたものの、Tさん以外には混乱はもたらさなかった。しかも失われたはずの42万円の大半は妻のもとに戻っていた可能性もあった。そういうお粗末な灰色決着であった。あとの団体もほぼ足を洗うことができた。それが今年初め頃であった。

 それ以後、私は妻の認知症に悩むことは少なくなった。寧ろ平穏な日常だった。妻は一段と愛おしい存在であった。妻は自分の病気を明確に認識できた。「わたしゃ、自分がアンタより早ようボケるとは夢にも思わなんだ。アンタがボケて、私が面倒みると信じていた。順番が逆になったな」

 妻の認知症は私の苦痛ではなくなった。が、それを見越したように出鱈目な発言が増えて行った。

 5月22日の入院以後については既に書いている。それなりに危機もあったが認知症は身体の病気の陰に隠れていた。でも相当に進んでいただろう。食欲の圧倒的低下は認知症とも関係しているそうである。食欲低下が身体の衰弱を引きおこし、それが死の原因になった。私はそう認識している。

 死そのものは突然妻を襲った。私は妻の死をまったく予期していなかった(これは既に書いたことと正反対だが、実は両方とも本当なのだ)。寧ろ長い長い妻との共同生活を予感していた。それは認知の進んだ妻との自宅での、そして施設での共同生活であった。認知の進んだ妻は、私にとって苦痛では無かった。寧ろ愛おしい存在であった。最終的に二人は施設の共同部屋で最期を迎える予定だったのに、妻が先に逝ってしまった。順番が逆だったのだ。

 この文は読み返してみて、なんとも鬱陶しい。実はこういう文こそ私の書きたい文(文体)なのだ。高橋和巳を私は好んでいた。
  1. 2019/07/18(木) 01:06:51|
  2. 未分類
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