古本屋通信

林じゅんは現職岡山市議だから

古本屋通信   No 2486    2017年  03月24日
 
 岡山市議林じゅんは現職だから、石崎徹よりも始末が悪い

  いったい何を書いているのやら。同じ低脳でも林は石崎徹と違って、日本共産党の現職市議である。本人が自慢して言うには岡山市議団幹事長の要職にあるそうな。以下は2日にわたるブログの全文である。これじゃあ市議は無理だ。私は籠池の証人喚問など興味がないから全く見ていない。でも林がダメであることは分かる。私でなくても誰でも分かる。各文のあとに赤字でコメントを付けたが、ほんとはこんなもの要らないだろう。



 森友学園問題 籠池氏証人喚問
 2017-03-23 23:18   日本共産党岡山市議   林潤
森友学園の問題で籠池氏の証人喚問。移動中に一部を聞いただけですが、公明党委員の質問は、安倍首相が関与していないことを印象づけようとするものであることは分かりました。
籠池氏自身の問題追及より、政治家(安倍首相ら)を守るかどうか、が焦点ということではずれてはいませんでした。公明党の役割を果たそうとする質問ではありました。


 一箇所(、)を補っておいた。私はテレビを見ていないから、キミがそういう印象を受けたことをとやかく言わないが、たった数行これだけ書くと、逆にキミが安倍首相が関与していることを印象づけようとしているように読める。証人喚問の質問の当否はもちろんあるが、全文を引用しないと、読者に説得力はない。短絡的なんだ。


 首相夫人の行政への影響
 2017-03-24 09:39  日本共産党岡山市議   林潤
首相夫人の行政への影響はさらに明らかにされるべきですが、そもそも影響を期待することが民主的ではありません。
期待して働き掛けたのは、教育勅語を教える「教育者」らしいです。その教育を持ち上げて動いた政治家の責任は重大です。
力を与えるために首相夫人も選挙で選ぶ国にしたら?
やっぱり民主主義ではありません。


 もうチンプンカンプンだね。主観的な想いだけが先行して言葉が追い付かないわけだ。市議失格なのよ。第1文の行政政治のほうがベターじゃあないか。民主的の遣い方も主観的だね。その曖昧さが第2文の捩れを呼んでいます。その後の太字部分は冗談のつもりかも知れないが、それじゃあ通用しない。究極の低脳。それ以外ではありません。これだけで即刻クビですね。

・・・・・・・・・・・・・・・・

  追記
 衆参で13人の議員が質問したそうだ。公明党の議員が誰だかちょっと不明だったが、ある自民党議員の質問について、元検事(現弁護士)がブル新聞紙上で感想を寄せていた。「まったく迫力のない質問だった」 と。それで、その質問を読んでみた。たしかに百点満点の50点の質問だった。でも、20~30点しか出来ない質問者は、そもそも質問をさせて貰えない。共産党は宮本岳志が質問したが、恥かしくて見ていられなかった。自民党や民進党は余りにも恥かしい議員は起用して貰えない。たとえば岡山の民進党国会議員が質問に立ったのを見たことは私は一度もない。毎週一回病院の待ち時間にテレビを観るが、過去数年間一度もない。つまり国語が出来ないから(この点で林といっしょ)使えない。第一質問は秘書の書いた原稿を棒読みする。しかし第二質問が出来ないから使えない。すくなくとも自民党と民進党の国会議員には、都議会みんなの党のポルノ都議のごとき低脳は演壇に立たしてもらえない。塩村文夏だったかな。だからヤジられたのだ。つまり林じゅん市議クラス、民進党の津村啓介、柚木道義、高井崇志クラスは国会に登壇しない。ハッキリしている。政党の沽券にかかわるからナ。そう考えれば、林じゅんごとき低脳日本語の使用者がオオモノを垂れるべきではなかろう、恥かしい限りである。

 ついでに加筆。病院の待ち時間のテレビは面白い。つまり質問者によって雰囲気がガラリと変わる。たとえば共産党の議員だ。悪いけれど大平喜信だと、議場がダレきって小馬鹿にした空気なのだ。同じ新人議員でも藤野保文が登壇すると議場はピリッとした緊張感が走る。これはどうしようもない実力の差である。質問内容も全然違う。大平の教育問題、奨学金問題、被爆地広島を背景にした基地問題も大切だが、新米議員でも出来る。しかし藤野の部落差別永久化法案反対や、年度予算反対討論は大平では出来ない。新人では藤野でなければ出来ない(これは天分の能力差では必ずしもない。藤野は二人の国会議員秘書として党政策に精通し切っているのだ。だからこそ自衛隊予算を人殺し予算だと、まさに正しく喝破できた)。それを自民党や民進党の議員も知っている。その違いが議場に正直に顕われるのだろう。
  1. 2017/03/24(金) 18:46:03|
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共謀罪と宮本の『日本革命の展望』

古本屋通信   No 2485    2017年  03月23日
 

   共謀罪と、宮本顕治 『日本革命の展望

 更新が5日ぶりだとランキングがここまで落ちる。まあ多忙だが儲かることはない。報告するようないい商売ではない。入ったクチは防衛大学校第一期生の家の片付けだった。資料がかなりあったが値は付かない。

 このところ鬱陶しいのは共謀罪だが、これは戦後ずっとかたちを変えて出てきているから、目新しい法案ではない。私が我慢できないほど鬱陶しいのは赤旗である。といっても私は赤旗の関係記事は一度も読んでいない。読む前にゾッとする。その理由をほんの少しだけ書いておく。

 共謀罪は今回はテロの文言は入っていないらしいが、入ろうが入るまいが私は反対だ。が、そもそも共産党こそ、テロの定義が無茶苦茶なんだ。書くのも鬱陶しいが、いったい共産党はテロ集団など日本に現在存在していると思っているのか。そこが一番の問題だ。公安調査庁は日本共産党も取り締まり対象に含めているのだから、一歩間違えたらテロ集団にされるだろう。共産党が 「冗談じゃあない。わが党は公党である。政治結社の自由は憲法で認めている権利である」 というのは正しい。だったら他の政治結社、新左翼諸党派はどうなんだ?

  革共同3派はテロ集団ではないんだな? 中核派、革マル派、かけはし派はテロ集団ではないんだな? いまは勿論だが、昔もテロ集団ではなかっんだな? 中核派は革マル派の3頭目に対して赤色テロルを公然と宣言していたぞ。それでもテロ集団ではなかっんだな? 私の見解はテロ集団ではなかったである。単なる内ゲバだった。

 社青同解放両派は、ごく最近まで内ゲバ殺人をやっていた。私はテロ集団ではないと断定する。かつてのブント諸派、その究極の劣化集団が連合赤軍であった。私は連合赤軍はテロ集団ではなかったと思う。マル青同もテロ集団ではなかった。

 はっきりさせておこう。革命党派かエセ革命党派かは措いて、革命を非平和的手段で達成することを政治綱領に掲げていることをもって、その集団をテロ集団と見做すことは間違っている。これだと日本共産党はかつての51年綱領の時代はテロ集団だったということになる。

 面倒だから端折る。人民はそもそも革命権をもっている。これはフランス革命を引けば分かり易い。政治体制が旧くなれば、社会の仕組みを根本から変えなければならない。史的唯物論は正しい。権力の移行の問題がある。この移行が平和的にスムーズに行けば嬉しい。しかし歴史の事実は違っていた。支配者側が暴力を使って、権力の移行を妨げるからだ。

 日本共産党は、革命は平和的に移行することが望ましいが、あらかじめ手を縛るのは現実的でないとしている。すなわち革命がいかなる形態をとるかは、そのときの階級的諸関係に依って決まるものであって、予め予測することは不可能である。これを日本共産党61年綱領では「敵の出方論」と呼ぶ。これこそが正しい。これはごく少数が支配者側の指導者を暗殺する殺人すなわちテロ行為では全くない。

 日本共産党は1970年代に入って以降、あたかも党が平和革命一辺倒であるかの如きを喧伝しているが、綱領は日本革命の性格を修正していない。敵のデマ宣伝に正確に反撃する上でも、われわれが平和的移行を切望しているからといって、無条件に平和革命が達成できるかの如き錯覚に陥ってはならない。この辺りは61年綱領報告集である宮本顕治『日本革命の展望』を参照されよ。この文献は今日でも全く旧くなっていない。今日の党も宮本顕治『日本革命の展望』をお蔵入りにしていない。

 私は、旧オーム真理教を含めて、日本にはテロ集団などいないと断定する。

  いまでもたまに日本共産党の若手党員が中核派や革マル派をテロ集団と呼ぶのを耳にする。こういう誤りをきれいサッパリ清算しないと共謀罪とたたかえないだろう。


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  1. 2017/03/23(木) 07:55:36|
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石崎徹「天皇退位私論」批判

古本屋通信   No 2484    2017年  03月18日


   石崎徹天皇退位私論批判

 よくも、こういう支離滅裂な低脳文が書けるな。文学者(作家、小説家、文芸評論家)とはいい気なもんよなあ。詐欺だなあ。

 石崎徹が超デタラメ文を披露している。以下で、その全文を掲載し、さらに再録した上で、私の批判を随所にで加える。いつものパターンである。石崎文は天皇論である。
  これを批判する私の立ち居地を予め書いておこう。私は現日本国憲法の天皇条項(第1条、2条)に反対だが、ここはそれを論じる場ではないから、いちおう天皇の象徴(シンボル)規定を是認したうえで論じる。そして、その象徴規定の天皇とは、そもそも日本国憲法のいう「国民」ではない。これは「国民」の全てが有する権利・義務を天皇が有しないこと、この一点で明らかである。これだけで、石崎論の正当性は吹きとんでしまう。
 私は議論(新聞で報道される天皇退位にまつわる法制度の整備議論)に興味がないから、いっさい読んでいない。ただ一度だけ、退位に賛成だと書いた。それはたとえ象徴(シンボル)としての天皇であろうと、生身の生き物である天皇本人が体力的限界を感じて悲鳴をあげている。だったらその生命を救うのは当然である。後は法的手続きだけである。国会議員諸君、よきに計らえ。まあ早くしてほしい。後は頓着しない。それが私の立場である。




 天皇退位私論
 雑文 - 2017年03月18日 (土)   石崎徹
 政治学者、原武史が天皇退位にまつわる動きを批判している。憲法第4条で「国政に関する権能を有しない」とされているのに、明仁天皇がひとこと言うと政治が動いた。これはあきらかに憲法に違反している、と。きょうの朝日新聞である。
 原氏が言っているのは明仁は退位してはならないということではない。明仁の言葉で政治が動くのはおかしいということである。退位に関する法整備が必要なら、それは国会が自主的に行うべきであった。権能を有しないはずの人によって政治が動かされるのは危険であるということなのだ。
 <もし国民の誰かが「陛下ももうお年なのだから、そろそろ皇位を皇太子にお譲りになって引退されたら」などと言おうものなら、それこそ「身のほどをわきまえない無礼者」とのそしりを受けた><ところが、いったん天皇からその意思が示されるや、圧倒的多数の国民が受け入れました。これが天皇と国民との関係です。この点で、45年8月と現在は変わっていません>
 原氏の危惧はよくわかる。日本人の精神がいまだに天皇神話に縛られており、天皇の一言で政治が動きかねない(現に動いた)ことを危ぶんでいる。
 しかし、ぼくはこの問題では違う意見を持っている。
 この問題では、ぼくはしりあがり寿氏の見解を支持している。この問題が出たときしりあがり寿はただちに、「そうか、天皇には人権はなかったのか」と書いた。それがすべてだとぼくは思う。
 憲法14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって……門地により……差別されない」と書いてある。22条には、「何人も……職業選択の自由を有する」。18条には、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない……その意に反する苦役に服させられない」と書いてある。
 つまり、天皇をいつ辞めようとその人の勝手であって、これを強制する権利はいかなる権力も持っていない。
 もちろん憲法2条が「皇位は、世襲のものであって」と書いた時点で、14条と矛盾してしまっているのだが、だが、皇室典範に書いてあるのは皇位継承の順序だけであって、皇位を拒否することができないとも、天皇は辞めることができないとも書いてない。
 つまりいまさら、天皇退位法など作る必要はない。誰にでも職業を辞める権利はいつなんときでもある。そして天皇も実質上ひとつの職業であって、それ以上のなにものでもない。
 そしてこれを否定するとしたら、天皇は日本国民ではないのだ、だから憲法は適用されないし、人権は存在しないのだ、という結論に導かれる。
 しかし、人権とは単なる法律上のものではないだろう。それは法律以前に自然法として、すべての人間に与えられているものだ。この自然法に反する法律が存在するとしたら、その法律が間違っているのである。
 その点、「皇位は世襲のものであって」という条項は限りなく怪しいが、だが、天皇の退位を否定する条項がどこにもない以上、明仁は自らの意思で天皇を辞めることができる。それはいささかも国政に関することではない。何故なら天皇は国政に関与しないのだから、国政に関与しない人間が国政に関与しない地位から降りることが国政に関与するはずがないのである


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・

 石崎は朝日新聞紙上の原武史しりあがり寿を引いて書いている。私はいかなる論でも、朝日に掲載された論を小馬鹿にするが、こと天皇制に関する議論では、朝日にラディカルな論は絶対に掲載されない。然し、それを言いはじめたら議論にならないだろう。いちおう各人を尊重する。それと原武史の議論は石崎の纏めを是として批判する。

 政治学者、原武史が天皇退位にまつわる動きを批判している。憲法第4条で「国政に関する権能を有しない」とされているのに、明仁天皇がひとこと言うと政治が動いた。これはあきらかに憲法に違反している、と。きょうの朝日新聞である。
 原氏が言っているのは明仁は退位してはならないということではない。明仁の言葉で政治が動くのはおかしいということである。退位に関する法整備が必要なら、それは国会が自主的に行うべきであった。権能を有しないはずの人によって政治が動かされるのは危険であるということなのだ。
 <もし国民の誰かが「陛下ももうお年なのだから、そろそろ皇位を皇太子にお譲りになって引退されたら」などと言おうものなら、それこそ「身のほどをわきまえない無礼者」とのそしりを受けた><ところが、いったん天皇からその意思が示されるや、圧倒的多数の国民が受け入れました。これが天皇と国民との関係です。この点で、45年8月と現在は変わっていません>
 原氏の危惧はよくわかる。日本人の精神がいまだに天皇神話に縛られており、天皇の一言で政治が動きかねない(現に動いた)ことを危ぶんでいる。

 原武史の言っていることは原稿料稼ぎの小理屈である。それが言い過ぎなら、事態を後追いした形式的な議論である。生きた議論ではない。
 議論の出発は明仁氏がアゴを出した事に始まる。一言であろうと二言であろうと、生き物としての人間が黄信号を出した。だったら、天皇の場合、それに対応するのは現実政治しかない。いやおうなく天皇退位に向けて政治的対応をしなければならない。さもなくば明仁氏は死んでしまう。
 そこには(その空間には)原武史の言うような憲法議論の入る余地は全くない。繰り返すが明仁氏がしんどいと言った。だったら政治は退位を認めることが絶対条件になる。コレ「明仁の言葉で政治が動」いたのである。おかしいもクソもあるもんか。憲法違反もクソもあるもんか。生き物としての人間を殺すつもりか。ぬくぬくと研究室で碌でもない原稿を書きなさんな。
 最後の2行だが、なぜ石崎は原に理解を示すのか? 後半で石崎が書いていることからは、あり得ないだろう。

 しかし、ぼくはこの問題では違う意見を持っている。
 この問題では、ぼくはしりあがり寿氏の見解を支持している。この問題が出たときしりあがり寿はただちに、「そうか、天皇には人権はなかったのか」と書いた。それがすべてだとぼくは思う。

 そうか。私も天皇には人権はないと思う。別にしりあがり寿、石崎、古本屋通信でなくても、天皇には選挙権も被選挙権もないのだから人権はない。いまさら指摘しなくても、分かり切ったことである、天皇は日本国民ではなく、日本国民統合の象徴シンボルである。

 憲法14条は、「すべて国民は、法の下に平等であって……門地により……差別されない」と書いてある。22条には、「何人も……[職業選択の自由を有する」。18条には、「何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない……その意に反する苦役に服させられない」と書いてある。
 つまり、天皇をいつ辞めようとその人の勝手であって、これを強制する権利はいかなる権力も持っていない。

 ありゃりゃ?? まあ腰が抜けるほどビックリした。天皇は何時から日本国憲法の言う国民の一員になったのだ? 天皇規定は憲法1条、2条だったな。石崎に拠ると天皇は憲法14条、22条の国民の一員なんだな? だから何時辞めても、職業選択の自由なんだな? まあこういう低脳文がよく書けるな? そもそもこの議論は、天皇が自由に退位の選択ができない仕組みになっているから、起こっているんだ。それを「天皇をいつ辞めようとその人の勝手であって、これを強制する権利はいかなる権力も持っていない」なんて、私、腰が抜けたよ。

 もちろん憲法2条が「皇位は、世襲のものであって」と書いた時点で、14条と矛盾してしまっているのだが、

 別に天皇の地位規定としては矛盾していないでしょう。14条のいう国民には天皇は含まれていませんから。

 
だが、皇室典範に書いてあるのは皇位継承の順序だけであって、皇位を拒否することができないとも、天皇は辞めることができないとも書いてない。

 当たり前だ。アホウか。そんなことを書く法文がどこの世界にあるか。ないからこそ(できないと書いてなくても、できない規定になっているからこそ)退位が問題になっているのだ。いいなあアホ石崎は呑気で羨ましいよ。

 つまりいまさら、天皇退位法など作る必要はない。誰にでも職業を辞める権利はいつなんときでもある。そして天皇も実質上ひとつの職業であって、それ以上のなにものでもない。

 ??? 天皇は職業じゃありません。小学生に訊いてみな。人はみんな職業選択の自由があるのですが、キミは将来天皇になりたいですか、と。小学生は言いました「ボク総理大臣になりたい。でも天皇は生まれつきだから無理だと思う」。正解でした。

 そしてこれを否定するとしたら、天皇は日本国民ではないのだ、だから憲法は適用されないし、人権は存在しないのだ、という結論に導かれる。

 当然そうなります。小学校の教科書を勉強し直して来い。憲法の規定全てが適用されないのではありません。適用されるのは1条、2条以下数条です。それでオシマイです。例えば天皇家に24条の婚姻の自由がありますか? ある訳ないじゃん。石崎は女性週刊誌の影響で、皇室の面々が自由に結婚していると思っているのでしょう。婚姻の自由とは、結婚が「両性の選択の自由」(両性の合意)のみによってのみ、最終的に可能な婚姻の形態です。つまり双方の出自(出身家庭)から離れて結婚生活を営む自由があるという意味です。ある訳ないじゃん。

 しかし、人権とは単なる法律上のものではないだろう。それは法律以前に自然法として、すべての人間に与えられているものだ。この自然法に反する法律が存在するとしたら、その法律が間違っているのである。

 またまた自然法思想ですか。こういうのを味噌も糞もいっしょ・・と言いますね。しかしスゴイですね。これ一歩間違えたら天皇にスーパーマンを認める戦前回帰ですよ。まあ意識しないアホウだから、そこまでは言いませんけどネ。国家元首には法律以前に絶対神としての「権利」があるというニーチェもどきにも通じる思想です。

 その点、「皇位は世襲のものであって」という条項は限りなく怪しいが、だが、天皇の退位を否定する条項がどこにもない以上、明仁は自らの意思で天皇を辞めることができる。

 「天皇の退位を否定する条項がどこにもない」 のだけれど、明仁氏が老齢で退位せざるを得なくなった。でも 「明仁は自らの意思で天皇を辞めることができ」 ない。だからみなさん苦労して、そのための法整備をしているのです。でも石崎はいいなあ。テニオハを欠いても文学の文が書けるから。

それはいささかも国政に関することではない。何故なら天皇は国政に関与しないのだから、国政に関与しない人間が国政に関与しない地位から降りることが国政に関与するはずがないのである。

 ??? 参った。おおむかしギリシャの哲学者で、たしか詭弁のソフィストといったかな。まあ後は自分で読みんさい。論争術だけど評判悪かった。哲学史にはギリシャ哲学の異端としてしか残らなかったナ。
  1. 2017/03/19(日) 15:10:47|
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証拠はないがアイツなら ・・・・

古本屋通信   No 2483    2017年  03月18日

 
    証拠はないが、あいつならやりかねん


 今から55年前、埼玉県狭山市で女子高校生中田善枝さんが強姦され殺されました。まもなく被差別部落の石川一雄さんが逮捕されました。逮捕そのものも不当な見込捜査に拠るものでしたが、当初の新聞報道を受けて形成された一般的世論は「部落ならやりかねない、いや、きっと部落がやったのだろう」というものでした。恐ろしい限りです。石川さんの逮捕そのものが不当なものでしたが、それでも、以後の数十年間の公判を維持してきたのですから、検察は公判を維持できるだけの証拠は揃えていました。

 金正男殺害事件が起りました。共和国国籍でない2人の女が実行犯として、マレーシア警察に逮捕されました。襲撃か悪ふざけかは別にして、彼女たちが金正男らしき人物を襲ったのはカメラに写っていました。ですから逮捕は正当です。ただし主犯でない以上、殺人犯として公判を維持するためには、主犯の逮捕と起訴が欠かせません。つまり単独では殺人犯として公判を維持できないのです。たぶん釈放されるでしょう。

 分かっているのは、今のところ女2人の犯行だということだけです。後は何ひとつ判っていません。共和国関係者の犯行の証拠はおろか、状況証拠さえもありません。共和国の犯罪だという情報は「韓国」情報院のデマ情報以外に何もありません。

 マレーシア警察当局が容疑者もしくは参考人を手配して取り調べるのは当然です。しかしマレーシア警察が行方を追っている共和国国籍の4人の男も、共和国大使館2等書記官も、航空会社の職員も、殺人に関与したという何の証拠もありません。当初容疑者であった共和国国籍の男一人は既に釈放され、北京に10日間留まった末に、昨日ピョンヤンに帰っています。本来ならマレーシア警察は本人と共和国政府にたいして誤認逮捕の謝罪をすべきでしょう。これは一般的な容疑者の誤認逮捕ではなく、外国籍の容疑者がシロと判明したのですから。日本の腐りきったブル新聞は証拠不十分で釈放されたと書きました。許す事のできない共和国差別です。

 もういちど言います。犯罪が共和国もしくは共和国関係者に拠るという証拠は、何ひとつ挙がっていません。容疑者や参考人は可能性の問題に過ぎません。ただしマレーシア警察が共和国を標的にして見込捜査をしているとも言えないでしょう。悪いのは全て日本のブルメディアです。依拠する「韓国」情報部は謀略機関ですから論外のサイテイです。

 いったい今回の日本のブルメディアのレッテル貼りと、狭山事件での石川青年クロ心証報道とどこが違うでしょうか。少なくとも石川さんは逮捕されています。共和国関係者は逮捕されていないどころか、容疑事実さえも全て「・・らしい」というものです。現状では証拠は皆無です。それでも「共和国が殺したらしい」というのが日本の腐りきったメディアです。

 下に最新のNHKウェブ記事を貼っておきました。さらに2人の男を警察が調べているそうです。殺人事件ですから、数十人、数百人が捜査対象になって不思議ではありません。私はたぶん既に数十人の名前が挙がっていると思います。マレーシアは国際的な根拠地とも言える国ですから、この中には多く外国人も含まれているかも知れません。日本のブルメディアだけが、共和国を標的にした報道を続けています。許されないことです。

 日本の3億円事件の容疑者と参考人は数百名に上りました。中にはきつね目の男などというのがいて、メディアが騒ぎましたが、全ての被疑者はシロでした。共和国犯行説は読めば読むほど根拠がありません。狭山事件の石川犯行説を上回るデッチアゲです。たしかな判断力と批判力を持ちたいものです。




 ジョンナム氏殺害 監視カメラに別の男2人 警察が捜査
 3月18日 16時11分
   NHKウェブニュース
北朝鮮のキム・ジョンナム(金正男)氏が殺害された事件で、これまでに特定されている容疑者とは別に、事件が起きた空港の監視カメラの映像にジョンナム氏の様子を確認するようなしぐさをみせる男2人が写っていて、警察が調べていることがわかりました。
キム・ジョンナム氏は先月、クアラルンプール国際空港で猛毒のVXによって殺害され、女2人が殺人の罪で起訴されたほか、警察は、事件直後に出国し、すでに帰国したと見られる北朝鮮国籍の容疑者4人を特定しています。
警察は4人が事件を主導したと見ていますが、空港の監視カメラの映像を詳しく調べた結果、ジョンナム氏の様子を確認するようなしぐさを見せる4人とは別の不審な男2人が写っていることがわかりました。
1人は白い服を着てジョンナム氏のあとを追うように歩き、もう1人は黒い服を着て診療所にジョンナム氏が入っていく様子を確認するようなしぐさを見せています。
マレーシア警察のハリド長官は「ほかにも事件に関わっている人物がいる可能性を排除しない」と述べ、この男2人についても調べていることを明らかにしました。男らの名前などは明らかにしませんでしたが、地元の新聞は、1人は30代で北朝鮮国籍だと報じています。
特定された4人の容疑者はすでに北朝鮮に帰国したと見られ、捜査が難航する中、警察は2人の行方についても調べ、全容解明を目指しています。
  1. 2017/03/19(日) 09:22:48|
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国会劇場の茶番劇を嗤う

古本屋通信   No 2482    2017年  03月17日

 
    国会劇場の茶番劇を嗤う

 森友なんか日本革命の目じゃあない。ブルジョア議会の駆け引きに惑わされるな。安保破棄⇒自衛隊解体の草の根のたたかいに起て!


 どうも、いま森友を黙殺すると日和見と見られるらしい。ブルジョア議会主義病に骨の髄まで冒されている御仁はさにあらん。あいにく私はそこまで腐っていないワ。

  少しだけ指摘しておこう。

 衆参両院の予算委員会は一昨日、23日に籠池の証人喚問をする事を全会一致で決定した。その席では、森友に鑑定価格より低く売却されたことをめぐっても、いくらかのやりとりがあるだろうが、自民党が賛成したのはこの件とは違う。焦点は百万円の金を安倍(夫人)が籠池に渡したか否かだ。これこそが23日の焦点だ。つまり籠池-ー安倍対決だ。といってもこの席には安倍も閣僚も出席しない。しなくても籠池-ー安倍対決に変わりはない。白黒ははっきりするだろう。

 昨日、参院の野党議員が大阪の籠池に会いに行った。安倍の100万円の寄付否定を受けて「現地調査」に行ったのだが、そこで籠池から、2人の細君どおしのメールのやりとりの情報も入手した。まあそれは置いておく(安倍はメールを公開してもよいと言っている)。

 いったい共産党は、そして民進党も、証人喚問でどういう結果を望んでいるのか。静かに見守るなんてキレイゴトを言うなよ。明らかに安倍が金100万円を籠池に渡していて、安倍が失脚することを期待している。どころかそれを狙っているのだ。私はそういう安倍失脚の展開にはならないと思うが、もし仮にそういう事態になったら、安倍失脚は右翼籠池の証人喚問の結果ということになる。共産党も民進党もブルジョア議会主義だから、その枠の中で考えれば、全く平気なのだろう。

 しかしコレは左翼プロパーの立場からすれば、奇妙な光景である。森友学園は幼児にまで教育勅語を叩き込むトンデモ教育だ。そのトップが籠池である。その籠池の証言でもって、内閣総理大臣安倍晋三を葬るのである。いちばん信用ならない右翼カスの証言が時の内閣総理大臣を失脚させる。これはこれでよいといえばよいだろう。しかしわれわれはこういうのを茶番劇と呼ぶ。ブルジョア議会劇場の茶番劇=猿芝居と呼ぶ。その心は、安倍埋葬が人民の内閣打倒の声によってなされた埋葬(革命の前段階政変)ではなく、右翼チンピラ個人の気まぐれによってなされたハプニングだからである。  

 だいたい、そもそも参院の小池晃質問それ自体が右翼自民党鴻池資料に依拠するものであった。出発から右翼依存だった。こういう質問はそもそも無効である。まあ言ってもブルジョア議会主義者には分かるまい。下記もお忘れなく。

「可愛い園児が朗々と教育勅語を暗唱したことに感動した--。鴻池氏は2008年、森友学園の運営する塚本幼稚園(大阪市淀川区)で講演した際、学園の教育理念を絶賛した」 (出典不詳。但し古本屋の創作ではありません)。

 鴻池も、籠池も、昨日の敵は今日の友。「アベ政治を許さない」 そのためには味方を選ばない。そうしてまで国会に残りたい。議会クレチン病は治らない。これで衆院選、敗けたら死ぬしかありません。れんほうさんは衆院に鞍替えとか。まさか比例区ではないでしょう。志位さんもアメリカなんかに行かないで、千葉の小選挙区一本で選挙に臨んでください。党首の比例区復活は恥ですから、重複立候補はあり得ません。かつての岡田さん(民主党)も、現在の小沢さんも選挙区一本で勝ちました。志位さんが選挙区で勝てないわけがありません。もし万に一つ負けても、委員長失格ではありません。「ウチの党は他党と違って委員長が国会議員でない真の革命政党である」 そう堂々と主張しようではありませんか。
  1. 2017/03/18(土) 16:06:36|
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